『Boys will be boys』




「研究所に行くのなんかイヤだ」

目的地の最寄りの駅で降車したリゾナンター達の手を逃れて小田さくらが姿を消した。
二人一組のチームに分かれて行方を探すことになった。
ステーションビルの一角に差し掛かった石田亜佑美と工藤遥の前に一人の女が現れた。
男装の麗人と見紛う女は小田さくらを奪取するために派遣されたダークネスの能力者だった。

「…信じてください。給食費を盗んだのは私じゃありません」

女の妖しく光る瞳に射すくめられた亜佑美は意識を失い悪夢の中に堕とされた。

「私の能力は催眠(ヒュプノ)。 精神系能力繋がりで以前は新垣のやつに色々と教えてやったもんだがな、少年」

催眠によって支配された人々によって作られた結界の中で女は亜佑美にだけ催眠を行使した理由を告げる。

「そいつの能力、加速だの高速移動が厄介なこともあるが、お前の方が催眠でじっくりいたぶりがいがありそうだってのが大きい」

遥たちリゾナンターが撃破したキッズの立ち上げにも一枚噛んでいたという女はその報復の機会を窺っていたという。

「うちらのボス、女帝はお前らにえらくご執心で迂闊には手を出せないが、別件のどさくさに紛れてならバレやしねえって」

邪悪なオーラに身体を硬直させてしまう遥を見て女は嘲笑った。

「そうそれ、一見強気なお前の精神は実は弱いっ。男っぽく振舞ってるのもその弱さを隠すためだ。さあお前の一番恐れるものは何だ」

再び妖しく光り始めた女の瞳が捉えたものは、目を固く閉ざした遥の姿だった。

「あんたの言うとおり、はるはいろんなことが見え過ぎて、そのせいで怖気づいてしまう。だから…」
「だから目を閉じて催眠を防ぎながら戦いますってか。 甘いぜ、少年!!」

優雅なダンスのステップと見紛う足取りで遥に接近した女は脚を繰り出す。
遥はその気配を察して両腕でガードしたが、女は構わずガードごと蹴り上げる。

一発!
「わたしだって諜報部門の統括なんて願い下げだっつーの」
二発!!
「粛清人とか魔女みたいに派手に暴れてえんだよ」
三発!!!
「私はあいつらみたいな小洒落た二つ名なんて持ってねえけど、たまにこう呼ぶ人間がいるぜ」

「鋼脚」
腕の数倍の力を持つ脚から繰り出される強烈な蹴りで宙を舞い続けさせられていた遥の体が上空に飛んだ。
前蹴りのベクトルを利用して高く飛んだ遥が、高度差を利用した反撃をしかけてくると察知した女は地を蹴って宙に舞い上がった。
その勢いは鋼脚によって蹴られたビルのフロアが震えるほどだった。

戦いは常に敵の先を読まなきゃいけねえ
ビルの天井に到達してガキを迎え撃ち、地上に叩き落とし、そのまま踏み殺してやる

天井に着地した女は急接近した何者かを反射的に撃ち落とす。

今のは高速移動の女
うちの震脚で目を覚まさせちまったか
工藤っていうガキは…
ふん、地上で迎撃するつもりか
相変わらず目は瞑ったままでうちの攻めに対応できるとでも?

天井を蹴りその反動を利して地上の遥に飛来し始めるまでの刹那、女は持ち前の回転の早い頭を巡らせた。

落ちてくるあたしにに対応するために工藤のガキが目を開いたら、即座に催眠で堕とす
あいつの恐怖の根源を探って、覚めることのない悪夢の中で廃人にしてやる
あくまで目を閉ざしたままだったら、構いやしねえ
膝を脳天にぶち込んでやるさ
姐さんにはお目玉を喰らうだろうが、偶発的な戦いの中でのことなら許してくれる
中澤さんはそういう人だ

邪悪な計算を秘めた金色の瞳の魔人が、少年のような面持ちの遥に飛来した。
それは自然落下ではなく、物理の法則を無視した垂直方向の突進だった。
二つの影が交錯したその後、立っている姿は一人だけだった。
地上に無様な姿を晒した敗残者が息も絶え絶えに勝者に声をかける。

「…な、何故あんな動きが出来たんだ」

地を這う芋虫のような姿を晒しているのは圧倒的な優位に立っていたはずの女だった。
女の膝が遥の頭を蹴り砕こうとした瞬間の出来事だった。
遥は両腕で自分の身体を支え、逆立ちの状態で女を迎え撃ったのだ。、
遥の両脚が腹部に突き刺さった衝撃で口から血を吐いている。

「ただ何となくあんたのことが見えたから」

何となくだと
そんなあやふやなことでこの私がこんなガキに敗れたのか
確かにこいつの能力は千里眼とかいう話だったが

「そうかそういうことだったのか」

自分の導き出した一つの仮説に納得したのか血で汚れた口が緩む。

「お前の千里眼のことをわたしはただの透視能力の類だと思ってたけどどうやら違ってたみていだ」

こいつは視覚は勿論のこと、聴覚や触覚なんかの他の感覚、共鳴で繋がってる他の仲間の感覚から得た情報を最適化した上でビジュアルに再構築できるんだ
つまり最新のイージス艦の管制システムがこいつの中に備わってるみたいなもんだ

「肉眼で見てねえんだから、私の瞳の催眠の効果も発動はしねえわな」

くくくと自嘲の笑みを漏らす女は人並みの整理の為に設置されている金属製のポールとポールを繋ぐチェーンに縋って立ち上がろうとする。

「でどうするんだ、少年」
「どうするって」
「お前は私に勝った。 私が油断してたことはあるがそんなことは言い訳にもならねえ。お前は私に勝った」
「決まってる。あんたに邪魔されたけどさくらのことを探し続ける」

遥の返答を耳にした女は笑おうとしたが、痛みがそれを邪魔した。

「わかってねえな、お前は。 私をどうするつもりだって言ってんだよ。 これがウルトラマンや仮面ライダーだったら倒された悪は爆発して終わりだがお生憎様、私はこうして生きている」

おおっと警察に知らせるなんて台詞で私を失望させてくれるなよ、工藤遥
そのへんの警官の二三十人だったら今の私にだってどうとでもできる
能力者用の装備を保有するPECTを呼び寄せるにはちょいと時間がかかる
それに結界として利用している奴らにはまだ私の催眠は効いているっつーことは兵隊として使えるってことだ
四五十人がかりなら身体にダメージの残ってるお前とお前の相棒を制圧できる
つまり…

「お前は私を殺すしかねえんだよ。いや殺すまではいかなくとも再起不能になるぐらい痛めつけるしかねえ。汚すんだよお前のその手を私の血でな」

嘲るような女の言葉を耳にした遥はそれまで閉じていた目を開いた。

「そんなことはしない。戦えない今のアンタをこれ以上痛めつけるなんてことで断じて出来ない」
「はっ。ガキみてえなこと言うなよ。そうすることが大人への通過儀礼ってやつだ。人はいつまでも子供のままじゃいられないんだ」

遥のが破顔一笑した。

「はるはいつまでも少年のままだから」

邪気の無いその笑顔に反発した女の中に反攻の力が再び湧いてきた。

「へっ、気に食わねえな。じゃあ少年、お前は何を恐れている」

妖しく光る瞳の力で遥の精神をねじ伏せようとしたが…。

「人間の恐怖を利用するあんたの催眠はもうはるには効かない。 だってこれまではるにもわからなかったはるの一番恐れるものの正体があんたのお陰でわかったから」
「…あんだと」
「はるは自分が怖気付いたせいで仲間を失うことが一番怖い。でもその怖さは自分自身で克服できる」
「得体の知れない恐怖には勝てなくとも、正体の知れた恐怖なら立ち向かえるってわけだ」

迷いのない遥の瞳を目にした女はちっと舌打ちをした。

「行けよ、クソ忌々しいが完敗だ。 今日のところは大人しく引き上げてやる。こいつら一般ピープルにかけた催眠も解いてやるよ」

助け起こした亜佑美と連れ立って歩いていこうとする遥の為に人間の結界の一部を解放した。

「おい待てよ。 最後にサービスだ、とっておきの情報を教えてやるぜ。 あの小田さくらってのは相当に重要な存在らしい。私以外に複数の幹部級の能力者が出張ってきてる」

遥の顔が緊張に歪む。

「一体、何人ぐらい。それにどんなやつが」
「そこまで教えてやる筋合いはねえし、お前の能力ならそれを暴くことも出来るはずだ。 ただそうさな、少なくとも一人は私より冷酷残忍で凶暴なやつ、そしてもう一人は私なんかが足元にも及ばない存在だ」

小田さくらを探すために、仲間の危機を救うために遥は去っていった。

ちっ汚れのない瞳をしてやがったぜ、あの工藤ってガキ
私もかつてはあんな瞳をしてたんだろうか
正義の為に戦ってたんだろうか…

力の無い足取りでその場を去る女の瞳が何を映しているのかは誰にもわからなかった。
ただ過去と現在の間を彷徨っていることだけは確かだった。




投稿日:2013/04/17(水) 13:12:48.74 0









最終更新:2013年04月18日 12:50