『リゾナンターΧ(カイ)・ガキカメ番外編』


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丘の上にある病院は、まるで中世の白亜の城のようだ。来るたびに、そう思う。
けれど。新垣里沙はこうも思うのだった。

治る見込みのない患者にとっては、永遠に出られない監獄なのではないか、と。

里沙の後輩の亀井絵里がこの病院に転院してから、もう2年近くになる。
腕のいい脳外科医がいる、という噂を聞きつけた当時の喫茶リゾナント店主・高橋愛が絵里をこの病院に転院させた。
それから、時は流れた。愛はリゾナンターを辞め、里沙も追うようにしてあの喫茶店を離れていった。その間彼女は、絵
里を見舞いにこの病院を何度も訪れていた。

病院の白壁が、オレンジ色に染まっている。
予定外の「仕事」が入り、見舞う時間が大幅に遅れてしまっていた。面会時間は夜の8時まで。時間は十分ではないが、
やるしかない。
ただ、その前に、担当医にも話を聞かなければ。
里沙は手馴れた感じで面会名簿に名前を書き、ナースステーションへと足を運んだ。


「あらぁ里沙ちゃん、久しぶりじゃなーい!」

顔を見せるなり、太めの中年女性が嬉しそうに声をかけてくる。
彼女はこの病院の看護師長で、里沙も随分と世話になっていた。面会時間を過ぎていたにも関わらず、内緒で病室に通してくれたのも一度や二度ではない。

「ご無沙汰してます」
「またカメちゃんに面会?」
「ええ、その前に、先生とお話を」
「そうなの? じゃあちょっと待っててね」

看護師長が、内線で担当医と連絡を取る。
ちょうど外来が途切れて時間が空いているとのこと。里沙は一礼してから、脳外科の診察室へと急ぎ足で向かった。

病気でもないのに、診察室に入るというのは、妙な気分だ。
特に、目の前に白衣を着た医者がいるとなおさらの事だ。
部屋の奥にある窓からは、カーテン越しに沈みかけの夕陽が見えた。

「新垣さん、久しぶりですね。お仕事、忙しいんですか?」

里沙の姿を見つけて、担当医は相好を崩す。
肩にかからないくらいの長い髪、彫りの深い顔。おそらく世間的には美形の部類に入るだろう。ただ、里沙はどうもこういうタイプが苦手だった。


「ええ、まあ」
「お疲れみたいですね。顔色があまりよくないみたいですが。ピクルス、食べます?」

そう言いながら、椅子をくるりと回して机の上にあったピクルスの瓶を手に取り差し出す。
て言うか何で診察室にピクルス? と突っ込みたい気持ちを抑え里沙は首を横に振った。

「で、今日はどういったご用件で」
「カメの…亀井絵里の病状について、聞きたいんです」

12月24日の夜。
「銀翼の天使」の襲撃の前に、成すすべもなく倒れていったリゾナンターたち。
まさに死の淵に立たされた彼女たちを救ったのが、絵里だった。
持病である心臓の病。なるべく負担をかけまいと、普段は使っていなかった「風を操る能力」をその場で暴発させる。
結果、「銀翼の天使」を撃退することはできたものの、絵里は心臓に途轍もないダメージを負うことになった。
そして現在に至るまで、目覚めることなくずっと眠っている。

「そうですね。あれから、2年でしょうか」

医者は一つ、息を吐いてから、言った。


「残念ながら、亀井さんの病状は2年の間、良くも悪くもなってない。平行線です」
「平行線…」

予想していた答えと、寸分の互いもなかった。
里沙が絵里に感じていることと、医者の意見は、まったく一緒だった。
医者は無言のまま里沙の顔をじっと見つめ、それから席を立って窓のカーテンを開けた。
強烈な西日が、里沙の頬を差す。

「医者はいい。人の命を救える。我々は、その使命に感謝しなくちゃならない。だから、最大限の手は尽くします。医者としての、誇りと良心を懸けて」
「よろしく、お願いします」

少なくとも、脳外科という分野においては彼に頼る他は無い。
里沙は、深く、頭を下げた。


絵里のいる病室へと向かう、里沙。
外はすっかり薄暗くなっている。時間は、あまりない。
里沙の足音だけが響く廊下で、彼女は妙な人物に声をかけられた。

「どーもー!!」

見知らぬ、女。
まさか、敵?
警戒する里沙を他所に、挨拶をした女はこちらへと近づいてくる。
まったく知らない顔、いや、この顔はどこかで見たことがある。里沙が思い出す前に、女が自分で名乗りをあげた。

「はじめましてー吉川友でーす!!」
「え?」

吉川友。
なるほど、テレビで見ていたから見覚えがあったのか。
確か、最近売り出し中の新人アイドルで、里沙の後輩である久住小春と同じ事務所に所属していたはず。その彼女が、どうしてこんなところに。
神経を鋭く、研ぎ澄ます。が、その前に友に両手を掴まれた。

「もしかして、あなた新垣さん?」
「は?」
「小春ちゃんから聞いてますぅ!すっごくいい先輩だって!!」


そう言いながら、ぶんぶん両手を上下に動かす友。
あまりのテンションの高さに、やや腰が引けてしまう。

「そんじゃ、ごゆっくりどうぞー!!アディオース!!」

最後は満足したような顔をして、去っていってしまった。
なんなの、あの子。
まるで一瞬で通り過ぎた嵐に見舞われたかのように呆気に取られていた里沙。
ただ、手を触られた時に読み取った意識の中に、悪意はなかった。もしかしたら、小春に何か言われてここに来ただけなのかもしれない。
里沙は気を取り直して、再び病室に向けて足を進めた。

病室のドアを開ける。
中では、いつものように絵里が眠っていた。

「ったく。あいかわらずぽけぽけ顔して寝てるんだから」

言いつつ、近くからパイプ椅子を出してきて座る。
枕の横にあるテーブルには着替えと、開きっぱなしの雑誌が。あの子が差し入れしてくれたんだろうか、と想像しつつ、里沙の目は雑誌の記事にいく。


― 今、大評判の占い少女。その占いの脅威の的中率とは?! ―

そんな煽り文句とともに、水色のお姫様みたいなドレスを着た若い女性の写真が掲載されている。
馬鹿らしい。そんなの、あたしにだってできるっつーの。
毒づきつつ、雑誌を乱暴に閉じる。実際、里沙の能力を使えば、占いと称して相手の内面を探る事など容易だった。

絵里は、すやすやと眠っている。
まったく意識がないとは思えないほどに。
あの日あの時。里沙が「銀翼の天使」に喫茶店の場所を教えなければ。
今もなお絵里を包み込む悪夢を防ぐ事はできたのだろうか。
罠に嵌められた。言葉にすれば、簡単なことなのかもしれない。けれど、その結果引き起こされた事態は、取り返しがつかないくらいに、深刻で。

― 実験は…失敗だったみたいですね。―

「銀翼の天使」を引き取りにやってきた白衣の科学者は、確かにそう言った。
失敗、と言う割にその顔には厭らしい笑みが浮かんでいた。その時、里沙は悟ったのだ。
また、この子の恐ろしい戯れに巻き込まれたのだ、と。
自分も、リゾナンターのメンバーも、そして「銀翼の天使」自身も。


かつて裏切ってしまった仲間たちを、再び裏切る形になってしまった。
それにも関わらず一言も里沙を責めなかったのは、里沙が「銀翼の天使」に寄せていた想い、実の姉妹かそれ以上の感情について知っていたからに他ならない。
ただ、周りは許しても、里沙は自分自身を許せずにいた。
愛がリゾナントを離れて僅か1年足らずで自分もリーダーを辞したのも、それが遠因だったのかもしれない。

そして、仕事の合間を縫ってこの病院を訪れ、絵里に「処置」を施すのも。
彼女に対する、せめてもの罪滅ぼし。
そしてあの喫茶店から絵里を奪ってしまったことの贖罪だった。

病室の窓の外からは、外灯の光が漏れ出している。すっかり夜になってしまったようだ。
面会時間が終わる前に、済ませないと。
里沙は愛用の革手袋を外し、手のひらを眠っている絵里の額にそっと載せた。

同時に、里沙の体を突き抜ける衝撃。
里沙と、絵里の意識が繋がった合図だった。

精神干渉。
幼い頃に発現し、ダークネスに入ってからはひたすら対人攻撃用として鍛え上げられた能力。それが今は、人の心を治すために使っている。
「こんな能力、なくなっちゃえばいいのに」
ダークネスの養成所で、幾度と無く吐き出された言葉。けれど、今なら言える。この能力があって、本当に良かった、
と。


絵里の意識にアクセスした瞬間、里沙の脳裏には複雑に絡み合った無数のコード、それにコードが差し込める無数の
差込口が浮かぶ。これが今の絵里の意識のイメージ。コードが抜けてしまって、中枢が機能していない状態だ。

里沙は、頭の中で、このコードを差込口に接続する作業を、毎回、行っていた。
差込口とコードの正しい組み合わせを探り当てる確率は、絶望的なまでに低い。なのに、接続する事ができるのはたった一度だけ。
それ以上は、里沙の精神がもたない。

まさに砂漠の中から一粒の砂を見つけ出すような行為だが、成功すれば、脳外科医の施す治療効果が飛躍的に高まるのは間違いない。
希望がある限り、里沙はこの果てしない行為をやめるなんてことは絶対にできなかった。

当たりをつけたコードに精神を集中させたその時だった。
里沙がイメージしていた、絵里の意識がノイズが走ったテレビ画面のように揺らぎだす。
電気が弾けるような音が、断続的に続き、次第に揺らぎが大きくなってゆく。

ちょ、何?!

慌てふためく間もなく、里沙自身の意識が、どこかへ吸い込まれていった。
まるで、空けられた穴から、水がゆっくりと流れ出すかのように。
そして里沙は、完全に意識を失った。




投稿日:2013/03/24(日) 22:47:55.07 0


☆☆



閉じられた意識の蓋が、再び開かれる。
目覚めてすぐに、里沙はここが病院でないことに気づいた。

辺りを見回す。
里沙の前には、複雑に絡み合った無数のコードが張り巡らされていた。その奥には、コードが差し込める無数の差
込口の開いた壁が。
まるで、里沙のイメージを具現化したような世界。
いや、里沙のイメージの中に彼女自身が入り込んだような。

そこで里沙は思いなおした。
ここは病院とは別の場所であって、そうではない。

ここは…カメの意識の中の世界…

そう思える根拠があった。
一つは、自らが絵里を「処置」する際に描く世界と寸分違わずの光景が拡がっていること。
そしてもう一つ。
この場所は、世界中のどんな場所よりも絵里の存在を強く感じることができるということ。
ただ、何がこの状況を招いたのまではわからなかった。

カメの意識にアクセスしているうちに、あたしの能力が強化されたのかも。

そう思った瞬間、じゃあこれってカメ特化の能力なわけ?どんだけ?と自らに突っ込みを入れることを忘れない里
沙。ともかく。この具現化された世界でならば、もう少し多くの回数のコード接続を試す事ができるはず。
目の前に垂れ下がってるコードに手をかけようとしたその時。

里沙は、自分以外にこの場所に人の気配があることに気づく。
懐かしい、それでいてずっと感じることができなかった、気配。

「もうガキさーん、こんなとこで何やってるんですか?」

この気の抜けたような、甘い声。
間違えようがない。途端に、体の奥底から熱いものがこみ上げる。それを抑えながら、声のしたほうへ振り向き、

「あんたねえ。いつまで寝てんのよー」

とおどけたように背中で言ってみせる。
きっと振り向いたら、溢れる想いがこぼれてしまうから。


「絵里はまだまだ寝たりないですよぉ。ねむーい、なんちって」
「ったく、もうぽけぽけなんだから…」

里沙の肩が、震えていた。
絶望的と思える状況でも、決して彼女を救うことを諦めることができなかったのは。
風船のようにふわふわとした、暖かいこの声を、もう一度聞きたかったから。

「そろそろ。起きなきゃだめだと思ったんです」
「えっ?」
「さゆが、れいなが。新しいリゾナンターたちのために、頑張ってる。だから絵里も、寝てる場合じゃないんです」
「ちょっと、カメ、もしかして」

思わず、振り向いてしまった。
そこには、あの頃いつも見ていた、飽きるほど毎日見ていた、ふにゃっとした笑顔があった。

「ただいま。ガキさん」

もう限界だった。
気づいた時には、里沙は絵里の胸の中でわんわん泣いていた。
ずっと堪えてきたのに。ずっと、我慢してきたのに。彼女が倒れた、あの日ですらも。

「あはは。ガキさんも本当は甘えん坊なんですよね。絵里、知ってましたよ?」

言いながら里沙に両腕を回す、絵里。
暖かい。
その温もりに包まれて、里沙は何度も絵里の名前を呼んだ。

「そんなにかめかめ呼ばなくても大丈夫ですよぉ。だって…」

絵里はゆっくりと微笑み、唇の形を作る。






だって、嘘だから…




投稿日:2013/03/24(日) 22:47:55.07 0


☆☆☆


カメが、帰って来た。
心のどこかでもしかしたら叶わないのではないかとさえ思っていた夢が、叶った。
伝わってくる温もりは、それが幻ではないと里沙に感じさせる何よりの証拠だった。

しばらく再会の喜びに浸る里沙だが、

「なんだかガキさんのこういうの、貴重だよね」

という絵里の一言を聞き、我に帰って体を離す。
とともに、恥ずかしさからか顔を赤くした。

「とっとにかく。どうして急に意識が戻ったのよ。さっきまでぽけぽけっとした顔で寝てたのに」
「んー、ガキさんの愛の力?」
「あのねえ…」
「たぶん、絶望的なまでに低い確率が当たっちゃったんですよ」

ぐへへ、と笑いつつ絵里。
つまり里沙が繰り返してきた、砂漠で一粒の砂を見つける作業が功を奏したということなのだろう。
相変わらずの楽観的、適当。でも実に彼女らしい。

「まったくあんたって人は。それじゃとっとと帰るよ?あたしもこう見えても忙しいんだから」
「はーい」

恐らく、自らの意識を絵里から切り離せばこの世界は解除されるだろう。
瞳を閉じて意識を集中させる里沙の耳に、あーっ!という間抜けな叫び声が聞こえてきた。


「なになに?!いきなりどうしたの?」
「あのー、絵里大事なこと言い忘れてました」
「もー…手短にね」

呆れつつも、絵里の言葉を待った。
ふにゃりとしていた彼女の表情が、急に堅くなる。

「ガキさん…絵里のこと、いつも看てくれてたんだよね。きっとそれが、絵里の意識を呼び起こしたんだと思う。本当にありがとう」
「カメ…」

別にお礼が言われたくて、やってたわけではなかった。
仲間として、そして間接的に傷つけてしまった絵里への罪悪感から。
それでも。

「はいはい。お礼もいいけど、あんたが寝てる間に色々あったんだから。田中っちもさゆみんもずっと待ってたし、これからさぼってた分働いてもらわないとね」

照れ隠し。言葉を矢継ぎ早に発していないと、また目が潤んできてしまいそうだと思った。
そう一日に何度も失態を見せてたまるものか。
が、それだけでは終わらなかった。

「それでですね。絵里、ガキさんにお礼がしたいんです」
「えー、後で病院で話聞くからいいよ」
「今じゃなきゃダメなんだってば」
「しょうがないなあ。で、何?」


里沙の頬に、何かが走った。
伝わる痛みと、流れ落ちる一筋の、赤。
思考が、目の前で起こったことについていけない。

「え?どういう…」
「ガキさん。絵里のお礼…受け取ってくれますよね?」

絵里は、もう笑ってはいなかった。
瞳に宿るのは、憎しみの色。

「あんた、一体何を」
「だって絵里が昏睡したのは、ガキさんのせいじゃないですか」

今度は、先ほどとは比べ物にならないくらいの、鋭い風。
紙一重の差でよけると、後ろから接続コードが切断される派手な音が響いた。

「あの日。ガキさんが『銀翼の天使』を呼ばなきゃ、誰も傷つかなかった。小春も、愛佳も能力を失う事はなかったし、ジュンジュンやリンリンも国に帰る必要なかった」
「そ、それは…」

里沙は反論できなかった。いや、反論のしようがなかった。
全てが絵里の言うとおりだった。あの日、ダークネスを抜けてきたと会いに来た『彼女』を匿うためにリゾナントの場所を教えなければ、あんなことには。


激しい後悔の念に駆られる里沙を、さらに絵里が追い詰める。

「『銀翼の天使』に喫茶店の場所を教えなければ、ねえ。本当にそうなのかな?」
「え、どうして…」
「ここはガキさんの意識の中であるとともに、絵里の意識の中でもあるんですよ?ガキさんの考えてることは全部、わかっちゃうんだよね。それはともかく。本当にそう思ってます?」
「それは」
「だってガキさんって、元を正せばダークネスの裏切り者じゃないですか。そんな人を招きいれたこと自体、間違いだった。そう思いませんか?」

触れられたくない。忘れたい。
けど、決して忘れられない。忘れてはいけないこと。

里沙はリゾナンターのサブリーダーであるとともに、ダークネスのスパイでもあった。
直属の上司である「鋼脚」の指示に従い、組織が手に入れられない能力を持つリゾナンターたちの動向を監視し逐次報告する。
リーダーの高橋愛を支え、かつリゾナンターたちを指揮するサブリーダーの地位にありながら、その宿敵であるダークネスに情報を流す二重生活。
それは、半ば囚われの身となっていた「銀翼の天使」の身の安全と引き換えにした苦汁の選択でもあった。

だが、彼女自身にリゾナンターに対する強い愛着が芽生えてゆくとともに、スパイという立場は安定性を失ってゆく。
そしてとある事件をきっかけに自らの出自を明らかにした里沙は、紆余曲折の末にメンバーたちに赦され、認められることで苦難の道に終止符を打つ。
それは一方で「銀翼の天使」の安否を脅かすことにも繋がった。
だから、「追っ手から逃れてきた」彼女を里沙は受け入れ、喫茶リゾナントに招いたのだ。


「だって、だってしょうがないじゃない!!!」

不安。後悔。悲哀。苦悶。
やり場のない気持ちが、叫びとなって里沙の心にこだまする。
それすらも、絵里は糾弾する。

「開き直ってますね?でもそれは盗人猛々しいってやつですよ、ガキさん。あなたがいなければ、みんな幸せに暮らせていたんだから」
「もう、もうやめて…」
「今度は現実逃避ですか。しょうがないですね」

大きく肩で息をつく絵里。
それを合図としたかのように、周りの景色が変わってゆく。
俄かに、空から花びらが舞い落ちる。
赤。白。黄色。色とりどりの花に囲まれた場所。

「なんでこんなことが、って思いました?だって、ここは絵里の意識の中なんですよ?何ができても当たり前じゃないですか」

絵里は、目にしみるような赤いドレスを身に纏っていた。
右肩に飾られた薔薇の花のようなデザインが目を惹く。華やかなネックレスやイヤリング、髪飾り。肘まであるレースの手袋。
まるでこれから晩餐会にでも行くような格好だと里沙は思った。


「別に晩餐会になんて行きませんよ。そういうガキさんだって、似合ってますよ?そのドレス」

言われてから、はじめて自分の服装も変わっていることに気がついた。
絵里のものとは違い、少し短めのスカート部分が特徴的なドレス。青の生地と、左肩から右下にあしらったファーの色がコントラストを作っている。

怪訝な表情で、絵里を見る里沙。
最早言葉は必要ない、とすら思えてきた。

「何をするつもり?ですか。決まってるじゃないですか」

絵里の周りの花が、突風で散らされる。上空に舞い上がる、たくさんの花びらたち。
幻想的とすら思える光景は、逆に今置かれている状況が夢や幻ではないことを里沙に思い知らした。

「そういえば絵里たちって、戦闘スタイルは違えど、実力的に近い評価でしたよね。ちょうどいいじゃん、ここで決着つけましょうよ。因縁も、過去の清算も、何もかも」

やるしか、ないの?
もたらされた現実に違和感を感じながらも、両拳にあるピアノ線の感触を里沙は何度も確かめていた。


花びら舞い散る、この世のものとは思えないような美しい空間。
散った花びらが、床面に張られた水に浮かび、ゆらゆらと揺らめいていた。
突然その揺れが、鋭い軌道によって断ち切られる。
絵里が、風の刃を水面に走らせたのだ。

左にかわした里沙、しかしあまりの鋭さに完全には避けきれず、足先を軽く掠めてしまった。
赤い筋が、水面に浮かぶ。

「もし、意識の中で死んだらどうなるか、なんて考えてませんか?教えてあげますよ。意識の中で死んじゃったら、ガキさんは二度とここから出られません。だから、必死になって避けてくださいね」

さらに、風の刃を立て続けに飛ばしてくる。
頭の中の激しい逡巡が、里沙の避けるタイミングを僅かにずらす。

「ああっ!!」
「今のは骨に達しちゃったねえ。ガキさん、スパッと切れたら一生足は動きませんよ?」

左の脛から、痛々しい傷口が姿を現した。
もう少し避けるのが遅かったら、本当に脚が切断されていたかもしれない。
薄く笑う絵里の表情から、それが本気だという事を感じ取る。

ならば、自分も覚悟を決めるしかない。
里沙は、水面を全速力で駆け抜ける。


「やっとやる気になってくれましたね!おいで、ばらばらに切り刻んであげる!!」

絵里が、周囲に風の刃を纏う。
鋭い剃刀のような渦が、花びらを巻き上げながら壁となり立ち塞がる。
このまままともに突っ込めば、文字通りの細切れと化す。

「無駄だって!だって絵里はガキさんの動きが」

勢いよく噴出した風の軌跡が、水面を割る。
だがそこに里沙はいなかった。絵里が想定していた動きとはまったく違う動きで、まっすぐにこちらへと向かってゆく。

「えっ…読めない?」

里沙の全ての心の動きを把握していたつもりだった絵里は、急に相手の心が見えなくなっていることに気づいた。が、時既に遅し。

凶刃に絡め取られないよう、体勢を低くし、身を屈める様な形で風の渦に飛び込む。
頭と腹、致命傷となる部位を守りながら渦の中を駆け抜けた里沙。その手に握られたピアノ線の先に、絵里が絡め取られていた。

「カメが願うなら。いつでもあたしはこの首を差し出す」
「ちょっとまって、うそでしょ、絵里のこと…本気で」

顔を蒼くさせ、涙目になって訴える絵里。
里沙は小さく、首を振る。拳を握り、そして力の限りに強く、引いた。

「でも、あんた『たち』なんかに差し出すほど、この首は安くない」

文字通り、絵里はずたずたに切り裂かれた。
糸に絡められた赤い花の飾りが、ぽとりと落ち、水に浮かぶ。
そして、絵里は切り裂かれながら、笑っていた。




投稿日:2013/03/27(水) 23:54:34.49 0


☆☆☆☆


腹を抱え、喉が張り裂けんばかりに笑う、絵里。
しかしその表情は掛け違えたボタンのような違和感を露にしていた。

「なるほどね。もうばれてたんだ。なら気づいた時に言えばいいのにね。演技して損しちゃった」
「いやいやいや、でも『新垣さん』の演技もアカデミー賞ものでしたよぉ?」

絵里の、いや、絵里を象った何かから聞こえてくる、二つの声。

「でもいつばれちゃったんだろ?」
「新垣さん、心を読まれまいと自分の精神にプロテクトかけてた。きっとヒントはそこにある」

狂気に顔を歪めながら、交互に二種類の声を出すそれは、まさに悪夢そのものだった。

「…ここがあたしの意識でカメの意識でもあるなら、あたしにもあんたの行動が読めるはず。けどそれはできなかった。つまり、最初の前提が嘘か、あんたがカメであることが嘘かのどちらか」
「もし後者なら、心にプロテクトをかけたら読めなくなるはず、か」
「まあね。それに、あんたカメにしちゃちょっと頭良すぎだから」

比較的早い段階で、里沙は相手が絵里の姿を模した偽物であることを見抜いていた。
そして、相手が心を読むことができる能力を持っていることも。
それでもなお、彼女の決断は遅れた。絵里の姿を、声を模したものに手をかけることを。


「でもまあ、案外嬉しかったんじゃないですか?嘘だとわかってても」
「だよね。カメェーカメェーって。感極まっちゃったって感じ?」
「いい加減にしなさいよ。いつまでもカメを騙るのはやめて」

里沙が言い放つと、絵里だった何かはまるで霧のように散ってゆく。
色とりどりの花に囲まれた景色もまた、花びらが散っていくかのように消滅する。
景色すらも、偽物。里沙が纏わされていたドレスもまた、本来の形に戻ろうとしていた。
複雑に絡まり、もつれ合うコードが段々とはっきりした形で現れる。
そして絵里の代わりに現れたのは、二人の女だった。

「さすがは元リゾナンターのサブリーダー」
「お見事っ!!」

二人とも、里沙の見たことのある人物だった。
一人は、病院の廊下で。そしてもう一人は、雑誌の中で。

「はじめまして。私、新宿のシンデレラことサトリです」

青いドレスを着た、童顔の女が名乗る。

「どうもー!さっきお会いしましたよね?吉川友でーす!!」

大人びた顔だちの、黄色い衣装を身に纏った女。
小春の所属している芸能事務所の、後輩。


「…ねえ、あんたたち」
「っと。ちょっと待ってください」

サトリが、一歩前に出る。そして、

「あなたの心を…さとります♪」

と両手の四本の指で四角を作り、妙なポーズを取った。
サトリの顔に、厭らしい笑みが浮かぶ。

「新垣さん。あなた、私たちのことをダークネスの手先か何かと思ってますね?」
「!!」
「違いますよぉ。私たちは、新垣さんと同じ、警察関係者なんです」
「は?あたしあんたたちなんて…」

再び前に出るサトリ。
指で囲った四角を、対角線上に反転させる。

「さとります。知らなくて当然です。だって私たち、警察のお偉方が新しく立ち上げた部署のメンバーだから」

そう言えば。
里沙を引き受けたクライアントから聞いたことがあった。
警察が、愛や里沙から学んだノウハウを元に、能力者だけの特殊部署を設立したという話を。

963 名前:名無し募集中。。。[sage] 投稿日:2013/03/29(金) 22:57:54.97 0
「その人たちが、たちの悪い嫌がらせをしに来た、って解釈でいいのかな」
「まさか。きっかたちにもちゃんと目的はありますから」

友が、大げさに両手を振る。
彼女が小春と同じ事務所にいるのもおそらく、何らかの目的があってのことだろう。里沙は何となくそう感じていた。

「目的って何よ」
「単刀直入に言いますね。それは、亀井絵里を永遠に目覚めさせないこと」

サトリの言葉が、理解できなかった。
未だ深い眠りにつく絵里にさらに鞭を打つ行為に、何の意味があるのだろうか。

「何のために、って思いました?それは、彼女の力をダークネスに悪用されたら困るからです」
「そうそう。『傷の共有』って使い方によっては恐ろしい能力だからねえ」

確かに。
絵里を目覚めさせる事ができる人間がダークネスにいたとして、彼女の力を組織のために利用するとするならば。これほど
危険なことはない。
だが、それは絵里を永遠に眠り姫にしていい理由にはならない。

「だから、新垣さん。あなた、邪魔なんですよ。ここで消えてください」
「ま、きっかとまのちゃんがいれば楽勝でしょ」
「ちょっときっか!私は今は『サトリ』なの!」
「ごめーん、あははは」


笑いあう二人。
里沙はそれが、自らを、今の状況を嘲笑っているかのように見えた。
両手のピアノ線が、強張ってゆく。

「あたしも時間、無駄にしたくないんだけど。そろそろ、行くよ?」

サトリと友は里沙の表情を目にし、それから軽蔑した表情を見せる。

「もしかして。うちらとやり合う気っすか?」
「新垣さん、あなたの行動は全部読まれちゃうんですよ?だって私、サトリだから!」

先ほどの風の渦への突入によって、里沙は決して小さくないダメージを負っていた。
その上、心を読む能力者が相手だ。簡単な戦いにならないのは明らかだった。

サトリが懐に忍ばせてあったナイフで自らの周囲を切り始める。ぶつぶつと音を立てて切れてゆく、何か。
偽者の絵里と戦う際に巧妙に仕掛けたはずのピアノ線による罠が、全て見抜かれていたのだ。

「さっき心にプロテクトをかけてた時に、周りにピアノ線を張ってましたね?でもそんなの無駄無駄、今の新垣さんの考えてることは全部お見通しなんだかから。きっか、やっちゃって」
「はいはーい」

友が、邪悪な笑みとともに呼び出すのは。
ショートの髪。慈愛を帯びた表情。それなのに色のない、瞳。
里沙があの日見た「銀翼の天使」。突如現れたそれは、あの時の彼女を再現していた。


「この力で、さっきのカメもどきも作ってたんだ」
「新垣さんの『悪夢』を呼び出しちゃいました。思い出すでしょ、あの日のこと。その恐怖をもう一度味わえるんだから、きっかに感謝してくださいねー?」

悪夢召喚。
相手の心の傷を形にし、使役する能力。
里沙にとって、トラウマとも言うべき12月24日の惨劇を友は具現化したのだ。

「うわぁ。新垣さん、びびってますね?いいですよ、そういうの。心の読みがいがあります」
「じゃ、いきますか。イッツショータイム!!」

天使が背中の羽を広げる。
きらきらと輝く羽の一枚一枚が、狂気を帯びていることを里沙は知っていた。そして覚えていた。

「これ、ホワイトスノーって言うんでしたっけ。もちろん本家の力なんて全然出せないけど、あんたを消すには十分でしょ。そんな感じ~」

体の奥底から湧き上がる、黒い恐怖。それはあっという間に、里沙の心を支配した。

勝ち誇る、友。
しかしそれはすぐに引きつったものに変わる。

「あれ?ちょっと。体が、動かない」
「…『銀翼の天使』を呼び出したのは正解だったけど、不正解だった。恐怖の感情に塗りつぶされて、心が読めなかったでしょ?」


サトリが切断したはずのピアノ線が、友に巻きついていた。
いわゆる、ロープマジックの応用。切断されてもいい場所だけを相手の目の前に晒し、別のピアノ線を手繰り寄せる事で再び結びついた線が、友の体を拘束したのだ。

ぎりぎりと体を、喉を締め付ける糸。
たまらず友は「銀翼の天使」を戻してしまう。

「やっぱりそうそう上手くはいきませんね」

言葉とは裏腹に、サトリに見える余裕。それは自らの「武器」に対する、絶対的な自信。
手にしたナイフを、ゆっくりと里沙へと向けた。

「でも。あなたがきっかを切断する隙を見て、このナイフであなたを刺す。あなたの行動は全て読める。このナイフは、避けようがない」
「やれるものなら」

言ってはみたが、サトリの心を読む能力に対抗する術を里沙は持っていなかった。
最初の時は相手が油断していたから、心を防護することで対応できた。
次に、本能的に湧き上がる感情が、心を隠してくれた。
でも今は、どうすることもできない。銀色の刃が、まるで里沙の心臓に収まるのが当然かのように、妖しく輝いていた。

「心が降参してますよ?やっぱ私最強♪」

満面の笑みを浮かべ、サトリがゆっくりと近づいてくる。
一歩、一歩。その過程を楽しむかのように。
その歩みが、はたと止まる。


サトリが、困惑した面持ちで辺りを見回し始めた。

「え、何これ。ヒャクマミ?意味わかんない。ちょっと黙ってて!ああうるさいうるさいうるさい!!やだ、やめてよ!!」

明らかにうろたえているサトリ。
そしてそれは、縛られている友も一緒だった。

やがて二人は白い光に包まれ、消えてゆく。
はじめ何が起きているかわからなかった里沙だが、すぐにそれが誰の仕業かに気づいた。

「もう。気づいてたんだったら、さっさと出てきなさいよ…」
「えー。だってー」

不服そうに登場するのは、この空間の主。
明らかに眠たそうな顔はいつものこと。

「起きれなかったんですって。今こうやって表に出てるのも偶然だし」
「偶然ってねえ」

今度こそ、本物の絵里。
里沙は胸を張って信じることができた。

「て言うか、ガキさんひどくない?本物の絵里はそんなに頭良くないって」
「だってそうじゃん。あんた計算とかできないでしょ?」
「そりゃ、そうですけど。でもまあ絵里は絵里なりに考えてるんですけどね」


肯定しつつも、ふて腐れる絵里。
やっぱり本物は違う。ぽけぽけ感というか、適当感がずば抜けている。
里沙は改めて、後輩のある種の才能に感心するのだった。

「あのー、誰かに呼ばれてたような気がするんですよ」
「いきなり何言ってんのよ。この状況であたし以外に誰があんたを呼ぶの」
「うーん。よく覚えてないんですけど。なんか助けなきゃ、みたいな感じで」
「まったく。相変わらずカメはぽけぽけぷぅなんだから」

くにゃっとした笑顔は、あの日のまま。
もし、悪夢から作られた絵里が隣に並んだとしても、確実に自分は本物を選ぶだろう。
そう、自信を持って言い切ることができた。

ふと里沙が絵里の顔を見ると、段々と姿がおぼろげになっていくのが見て取れた。
どうして、などとは思わない。
絵里はあくまでも、一時的に「呼び出された」だけ。それは彼女の消えゆく意識が物語っていた。

「ガキさん、またお別れだね。久しぶりに会えて、嬉しかった」

不意に、悲しげな表情を見せる絵里。
里沙は、そんな彼女に。デコピン。

「いたっ?」
「・・・何言ってんのよ」
「ガキさん」
「あんたが何度眠ろうが、あたしが何度でも叩きおこしてあげるんだから」
「あはは。お願い」

額を押さえながらも、その顔には笑顔が戻っていた。
笑顔とともに、絵里の体は緩やかに薄くなり、やがて一陣の風と共に完全に消えていった。


ふと気がつくと、そこはもう絵里の意識の中ではなかった。
見慣れた白い部屋、白い病室。

絵里は、何事もなかったかのように眠っている。
一方、里沙のほうは疲れが酷い。先ほどの出来事が夢ではなく、現実に起こった出来事であることを物語っているかのようだ
った。それを後押しするように、

「意識の中に入り込んだ私たちを、強制排出。そんな芸当ができれば、ダークネスに乗っ取られる心配はないみたいね」

病室の入口に立つ、二人の女。
サトリと友は、忌々しげにこちらに鋭い視線を送っていた。

「まだやる気?疲れてるけど、相手できないことはないから」
「待って待って。きっかたちはもうこれ以上やり合う気はないっすよ!」

慌てながら、両手を振る友。心からの言葉ではなさそうだが、里沙としても本音はその言葉に乗ったほうが得策ではあった。

「今回は私たちの負け。戦うステージの主に敵に回られたら、勝ち目なんかないし。でも、これだけは覚えておいて」

サトリが、里沙の両の瞳を視線で射抜く。
冷たい氷のような、悪意。

「私たち『エッグ』は、あなたたちより優れてるってこと。いつか、証明してみせるから」

気分が悪くなるような置き土産を残し、足早に去るサトリたち。
その言葉の真意を里沙が知る事になるのは、まだ、先の話。