『リゾナンターΧ(カイ) -7』









しばらくは落下した鉄骨による土煙でもうもうとしていた建設現場だったが、視界が晴れるとともに、れいなは大きな違和感に気づく。

あいつらが…いない!?

そう。
れいなが空中戦で叩きのめしたベリーズのメンバーたちが、忽然と姿を消しているのだ。
あの速度で落下し地面に激突していれば、身動きすることすら不可能なはず。
周囲の様子を窺っていると、頭上から声がした。

「…やっぱり、一筋縄ではいかないみたいね」
「あんたは!!」

れいなの居る場所からはるか上方に、その女は浮かんでいた。
鉄骨の枠組が崩壊した時に姿を消していた、ベリーズのキャプテン。

「でも、これからあんたは地獄を見ることになる」

佐紀が言うとともに、背後に六つの顔が浮かび上がる。
雅。茉麻。千奈美。友理奈。梨沙子。そしてれいなとは戦っていない桃子までいた。

「ベリーズは、7人でひとつ」
「その意味を、その身で理解しな」
「ようこそ、うちらの世界へ」
「もう逃げられないよー」
「『七房陣』は既に、あんたを捉えてる」
「死んじゃっても、許してにゃん」

六人の顔が、六つの光の玉となり、れいなに襲いかかる。
避けようとするれいな、だがそれよりも速く光の玉がれいなの体に纏わりついた。


「なにこれ、動け…ん…」

抵抗する事もできずに、そのままれいなは光の渦へと呑み込まれていく。

「れいなっ!!」

大きな声で呼びかけたのはさゆみだった。
階上から轟く、隕石でも落ちてきたかのような大きな音に目を覚まし、心配になって地上に上がってきたのだ。
そして目にしたのは、六色の光に包まれているれいな。

「さ、ゆ?」
「今助けるから!」

れいなのもとに走り、その手を掴もうとするさゆみ。
しかし、手ごたえはなく空を切ってしまう。

「あんたの相手は後でしてあげる。こいつを始末してからね」

佐紀もまた、光となり、先にれいなを溶かしつつあった六色の光に合流する。
そして七色の光の塊になったれいなは、そのまま光の収縮とともに消えてしまった。

「れいな!れいな!!」

荒廃した建設現場に、さゆみの声だけが木霊していた。





黄色い、部屋。
包んでいた光が消えると同時にれいなの視界に飛び込んできたのは、薄い黄色の壁紙。
小さな、部屋だった。品の良さそうなテーブルに、黄色のバラが飾られている。椅子に座り、微笑んでいる、
ベリーズのキャプテン・佐紀。

「おぱょ」
「!!」

咄嗟に後ずさり、戦闘態勢をとるれいな。
しかし相手は動じることなく、テーブルにあったティーポットをティーカップに傾けている。

「ようこそ、『私の部屋』へ? お茶でも、飲む?」
「…遠慮しとく。そんなことしてる暇、ないけん」
「あら。残念」

佐紀が、飾られたバラの花にふぅ、と息を吹きかける。
凄まじい衝撃。理解のできない力によりれいなは吹き飛ばされた。
飛ばされた先にあった黄色の扉が開き、外へ弾き出された形で床に激突してしまう。

「あいたた…何が、起こったと?」

辺りを見回すれいなは、先ほどとは別の部屋にいることに気づく。
赤。赤をふんだんにあしらった部屋。壁に描かれた大きな電球の絵と、棚に飾られてる唇のオブジェがいかにもポップだ。

「何してるんだゆー」
「あんたは…?」

椅子に座っている、一人の少女。手には、魔法使いが持っているような、杖。
西洋の血が入っているかのような顔つき。どこかで見たことのある顔。
だが、明らかにれいなが知っている彼女とは違う。


「いや、でも明らかに小さいし、痩せ」
「失礼なこと言ってんじゃないんだゆ!」

小さな少女 ― 梨沙子 ― が、杖を振るう。
すると唇のオブジェが開き、そこから猛烈な風が吹き荒れた。

「くっ!これは!?」
「体の芯まで凍らす冷気だゆ」

風が、れいなの体温を急速に奪ってゆく。
視界が、意識が白に覆われてゆく。
猛吹雪が去った後にれいなが見たものは、先ほどとはまったく別の部屋だった。

今度は、紫。
紫の絨毯に、紫の壁。紫に塗られた鹿の頭を模したレリーフ。
その部屋の中心にいるのは、派手な顔つきの炎使い・雅。

「あんたか!」
「ベリーズワールド、楽しんできなよ!」

手から揺らぐ、炎。
雅が、れいなに向けて紅蓮の息吹を吹き付ける。さらに、鹿のレリーフの口が開き、そこからも火炎が放射された。
狭い部屋での二方向からの攻撃。このままではれいなのローストの完成だ。

あんなところに扉が!!

目ざとく紫色の扉を見つけたれいなが、俊敏な動きで移動し、扉を開け放つ。
そこはやはり、小さな部屋だった。

オレンジ。
まるで太陽のような温かみのある色に囲まれた部屋に鎮座するのは。


「ようこそ、千奈美の部屋へ」

幻視能力の使い手が軽く手を挙げると、彼女の後ろに飾られてあった紙人形が、そして絵の中の人影が、ゆらりと動き出す。

「これも幻術とかいな!」
「幻かどうか、試してみなよ」

襲いかかる三体の異形。
試しに体勢を屈めて足払いを繰り出すと、手ごたえとともに異形たちが倒れてゆく。
幻術じゃ…ない?
考える間もなく、さらにその後ろから紙人形が飛び掛ってきた。

右の紙人形にローキック。
真ん中の紙人形に返しのミドルキック。
左の紙人形にはそこから二段のハイキック。

倒した先に、更に四体の紙人形が。
この狭い部屋の中では、きりがない。
判断したれいなが、さらなる突破口を見出す。

勢いよく開かれる、オレンジの扉。
その先もまた、小部屋。今度は青に染められた部屋。

「もう、次から次へと…こんなの、好かん!」

と言っては見たものの、今度の部屋には誰も居ない。
青いベッドが、部屋の真ん中に置かれているだけだ。

「どこに、どこにおると?!」

今までの部屋には、ベリーズのメンバーが待ち構えていた。
ここにも必ず、誰かがいるはず。
れいなの勘は、正しかった。正しかった、が。


背後から、巨大な手が襲来する。
あっという間にれいなの体を掴んだその手は、れいなごと遥か上空へと上がってゆく。
体をぎゅうぎゅうに握り潰されたれいなが見たものは、大きな、目。
いや、れいなの何十倍もの大きさになった茉麻の目だった。

「気分はどう?逃げられるものなら、逃げてごらんよ」

意地悪く微笑む茉麻。
れいなは自らの力を増幅させ、強力な握力から開放されようとするが、びくともしない。
体の大きさが、あまりにも違いすぎる。

「くそ、開かん!この馬鹿力っ!!」
「ほら、次の部屋が待ってるよ」

今度は茉麻がれいなの首根っこを摘んで、大きな木枠の窓まで持ってゆく。
足をじたばたさせて抵抗するも、開けられた窓の外へと放りだされてしまった。

「あ痛っ!」

そのまま尻餅をつき、したたか尻を打つれいな。
部屋の色は、緑。鉢植えに植えられた観葉植物と、壁に描かれた観葉植物の絵。
見ている暇もなく、体を浮かせられた。

「重力操作!ってことは…」
「はい、正解です」

ぬぼっとした声とともに、本物と偽物、二つの観葉植物の枝がれいなに向かって伸び、そして動きを封じるように巻きつく。

「さてどうしましょうか。ここでゆっくり死んでく?それとも違う場所で死ぬ?」
「どっちも…お断りったい!!」


絡みついた枝葉を引きちぎり、友理奈に向き直る。
すると友理奈は、

「あーあー、だめじゃん。植物だって生きてるんだから、大事にしないと」

などととぼけたことを言い始めた。

「れいなだって生きて…」
「はいはい。お楽しみはこれから」

突如として、襲いかかる観葉植物の枝。それも、先ほどとは違い無数の枝の集まり。
勢いのままにれいなを突き飛ばし、隣の部屋へと追い出した。

「くそ、一体どうなってると!!」
「おかえり。随分早かったのね」

振り返るとそこは、黄色い部屋。
最初に顔を合わせた佐紀が、優雅に紅茶を愉しんでいる。

「あんた、説明しい!」
「言ったでしょ。ようこそ、『私の部屋』へって。正確に言えば、『私たちの部屋』だけど」
「はぁ?それってどういう」
「『ベリーズ七房陣』。あなたは、決してここから逃れられない」

佐紀の目が、かっと見開かれる。
れいなの体に、強い衝撃。
逆らい難い力により、れいなはまたしても扉の向こうに飛ばされてしまった。
飛ばされた先の部屋の椅子やらテーブルやらをなぎ倒し、床に転がるれいな。


「あたたた…今度はどこに飛ばされたとかいな」

立ち上がろうとしたところを、下からの蹴りが襲う。
咄嗟に後ずさるが、今度は背後の敵から組み付かれる。
ホールドを解き、渾身の肘打ちを食らわしながら、二方が見える場所へと移動した。

「今度は、二人?」
「ここは『あたしたちの部屋』だゆ」
「あたしたちの世界。何でも叶う、世界」

右に、先ほど対峙した幼い少女の姿をした、梨沙子。
そして左に、凍てつく刃を構えた大人の姿の、梨沙子。

「ほんとは魔法使いになりたかったんだゆ」
「望んで得た能力じゃない。けど、氷を操る能力は…私の能力」

れいなを挟み、二人の梨沙子が仕掛ける。
心の臓めがけ突き出された鋭い突き。魔法の杖が生み出す、氷の吹雪。
どちらを先に倒す。右か。左か。
だがれいなは、バックステップから大きく後ろに宙返り。

「逃げたゆ!!」
「でもここは小さな部屋、あの勢いじゃ天井にぶつかる」
「あんたらに付き合ってる暇なんかないけん、強行突破!!」

天井を蹴破れば、部屋の中にいる人間より優位に立てる。
れいなの強烈な蹴りが、天井の化粧板を破壊。そのまま上方に飛び上がるかと思えた。
だが。


「ずるは許さないゆー」

またしても得体の知れない力が、れいなを叩き伏せる。
墜落し床面に激突したれいなが移動したのは、またしても紫の部屋。

「また来てくれたんだ」
「来たくて来たわけじゃないと!!」

雅が嬉しそうに、れいなに向け炎を放射する。
それを右に避け、懐に近づくと思い切り手首を掴みあげた。

「な、何すんのよ!」
「そんなに燃やしたかったら、全部燃やしぃ!!」

急に矛先を変えられた炎の奔流が、紫の壁を、絨毯を嘗め尽くす。
あっという間に火の海と化した部屋。

「だからさあ、無駄なんだって」
「はぁ?」

呆れたようにため息をつく雅を睨み付けるれいなだが、既に相手が雅ではないことに気づく。

「ここは『あたしたちの部屋』」

千奈美が現れるとともに、部屋がオレンジ色に変わってゆく。

「あんたが好きにできる世界じゃないんだよ」

千奈美から茉麻へと変化する、人影。

「抵抗は無駄なんだよね」

部屋がグリーンに染め上げられ、そこからさらにピンク色のハートマークが目立つ部屋へと変わってゆく。

「田中さんは、二度とここから出られないんですぅ。うふふふ」

友理奈から変化した桃子が、ぬいぐるみを抱いて微笑む。


それをきっかけに矢継ぎ早に変わる部屋。変わる人影。
黄色、赤、紫、オレンジ、青、緑、ピンク、黄色、赤、紫、オレンジ、青、緑、ピンク、黄色、赤、紫、オレンジ、青、緑、ピンク。
佐紀、梨沙子、雅、千奈美、茉麻、友理奈、桃子、佐紀、梨沙子、雅、千奈美、茉麻、友理奈、桃子、佐紀、梨沙子、雅、千奈美、茉麻、友理奈、桃子。

れいなの頭に激しく入り乱れる、色、声。
視覚から、聴覚から忍び込む情報が、心を激しく攪乱させる。
終わらない「七房陣」。
一瞬とも、永遠とも言えない時間の中でとうとうれいなは叫び声をあげた。

「もう、やめり!!!!!」

黒。
まったくの黒に覆われた。
新しい世界。
けれどそこは、最終地点。

七つの光に包まれた、黒い闇。
その闇に、れいなはずぶずぶと呑み込まれてゆく。

「お疲れ様。でもここが終着地だよ」

黄色い光に包まれた佐紀の、優しく残酷な声が聞こえた。


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が元ネタですが分かりにくかったのはおそらく作者の腕のせいですw




投稿日:2013/03/13(水) 22:59:07



★☆


早貴の敗退。
その事実が、残されたキュートメンバーの表情を固くする。
こちらが三人なのに対し、リゾナンターの戦闘可能人数はその倍。
固く目を閉じ、沈黙していた舞美が、口を開く。

「愛理。千聖。『あれ』、使って良いよ」

愛理と千聖の顔色が変わる。

「でも舞美ちゃん、あれはまだ」
「大丈夫。二人なら、できる」

舞美は愛理の手を両手で掴み、眼差しを向ける。
「あれ」の話が出た時には不安で覆われていた心が、ぱあっと晴れてゆくのを愛理は感じていた。

「そうだね。やらなきゃ、わかんないよね」
「よしっ、じゃあ一発ぶちかましていきますか!」

千聖もまた、愛理以上にプレッシャーに飲まれて後ろ向きな気持ちになっていた。
しかし、舞美の一言がスイッチングとなる。二人なら、できる。
やらなければならない、キュートの理想の実現のために。

もう、迷いはなかった。
愛理が、千聖が、リゾナンターが待ち構える戦いの場へと赴いてゆく。

対する若きリゾナンターたちも、決して楽観視できる状況ではない。
香音が倒れ、遥も体力を大幅に消耗してしまった。亜佑美も先ほどの高速移動の酷使が響き、疲労が激しい。今後のことも考えると
聖が二人に治癒の力を使うことはできない。戦闘にまったく向かない優樹を除けば、戦えるのは聖、衣梨奈、里保、春菜の四人。

「今度こそえりが出るっちゃん!あのちびをボコボコにしてやるけん!!」

鼻息荒く、衣梨奈が拳を握る。
春菜もまた先ほどのリベンジとばかりにやる気を出している。

「決まりだね。私と聖ちゃんはあの人に集中しよう」

言いながら、遠くの舞美に目を向ける里保。
舞美が相当の使い手であることは、里保自身肌で感じ取っていた。だからこそ、意識を集中させる。
いつでも、懐の刀を抜けるように。

衣梨奈と春菜。
愛理と千聖。
空間の中央で対峙する、二組の少女たち。

「へえ。今度はこそこそ隠れて狙撃せんとね?」
「うるさいばーか。お前なんて正面からやっつけられるっての」

互いに火花を散らしあう、衣梨奈と千聖。

「勝たせて、もらいますよ?」
「うん。負けないから」

対する春菜と愛理は、言葉の裏に闘志を滲ませる。
全員に共通する言葉、それは「勝利」の二文字のみ。

千聖が、両手をピストルの形にして衣梨奈たちに向ける。
先手必勝。発射された念動弾が空気を割きながら、二人の眉間を狙い飛んできた。
両脇へと回避する二人だが、その隙に愛理が前方へ、千聖が後方へと移動する。

「生田さん、おそらく前の子は何らかの直接攻撃方法を持ってます!」

千聖がどちらかと言えば、誰かのサポートを得て能力を行使する戦い方を好むことを、春菜は肌で感じ取っていた。そして愛理とと
もに取ったフォーメーションは、まさしく前衛の攻撃に対する援護射撃のためのもの。

「おっけー!」

衣梨奈が、両手を翳してピアノ線を展開させた。
下手に突っ込めばピアノ線に触れた瞬間、精神破壊能力が襲う。
しかし愛理は一歩も動くことなく、にへらと笑みを浮かべている。

「…なんかむかつくっちゃけど」

まるで挑発してるかのような愛理に、衣梨奈は苛立ちを隠せない。
何かを隠してる。
相手の余裕から明らかではあるが、直情型の彼女にとってはただまどろっこしいだけだ。

「いいと。お望みどおり、正面突破!」
「生田さん!?敵の罠ですよ!!」
「世界一を目指す能力者は、退かん!媚びん!省みん!!」

春菜の制止も聞かずに、愛理へと突っ込んでゆく衣梨奈だが、突如その足が止まる。
愛理は先ほどの位置から、動いていない。ただ、口をゆっくりと動かしている。その様子は、まるで歌っているかのようだった。

「どうしたんですか!?」
「何か知らんけど、動けん…」

様子を変に思った春菜が、話しかける。
脂汗を垂らし、立ち尽くしている衣梨奈。
そこを、後方の千聖が狙い澄ましたかのように念動弾を放つ。

春菜が弾けるような瞬発力で、衣梨奈の体を攫い、後方に下がった。
衣梨奈は悔しそうな表情で愛理を睨み付けるが、当の本人はまたしても緩んだ笑顔を見せている。

「あいつ、何したとかいな。急に、体が動けんくなって」
「大丈夫です。謎は、解けました」

再び、春菜が愛理たちのほうへ向く。
その表情は、自信に満ちていた。

「私があの子の相手をします。生田さんは、後ろの子を」
「あ、うん。わかった」

半信半疑の衣梨奈を他所に、春菜が走り出す。
目指すは、愛理。余裕を持っていた愛理が、春菜の接近を許した時に、初めて表情を引き締めた。

「あれ、どうして」
「あなたの能力は、『音波操作』ですよね?生田さんを連れ戻した時にわかりました」

春菜の言うとおり、愛理は音波を自在に操る能力者だった。歌っているように見えたのは、衣梨奈を近づけさせない音波を発してい
たため。
低周波の防護壁をまともに突破しようとした衣梨奈は、その影響を受け、動けなくなってしまったというわけだ。

そしてそのことに気づいた春菜は。
五感のうちの聴力をシャットダウンし、音の壁を無力化した。
あとは、相手を「歌わせない」ことに専念するだけ。

愛理が春菜の妨害を受けている隙に、衣梨奈が前線に飛び出す。
原理はわからんっちゃけど、平気みたい!
低周波が発生していた地帯を通り抜け、千聖目がけて突っ走る。

「げ。あいつ!」
「今度こそそのあほ面、泣き顔に変えてやるけん!」

狙いを定め、ピアノ線を射出。
しかし敵もさるもの、体を転がす大胆な避け方で絡め取られるのを防いだ。

「ちょっと何しとっと!大人しくえりの『新垣さん仕込みの』操糸術の餌食になりぃ!」
「なるわけないだろバカ!お前こそ千聖の100発100中の念動弾に打ち抜かれろよ!」

さらに転がった先から体勢を整え、衣梨奈に指先の銃口を向ける。
至近距離からの射撃は、圧倒的に千聖の有利。

「格の違いってやつを、見せ付けてやるよ!!」

来る!しかも複数!!
指先に集まる光の大きさから弾数を想定した衣梨奈。脳裏に、最初の戦いにおいて無数の念動弾に打ち抜かれた恐怖が蘇る。

苦し紛れか、衣梨奈が自らの前にピアノ線を張り巡らせる。
ただその脆弱な結界では、強力な銃弾を防ぎきれないのは明白。

打ち出した念動弾の数発が、線を断ち切る。
軌道から身を避ける衣梨奈だが、そこを狙われてしまえば身体能力に関しては常人よりやや上程度の彼女に回避の術はない。

次々と、千聖の狙撃が続く。
かと思われたが、何かに気づき大きく後ずさる。

「何ね。気づいとうと?」
「ちくしょう、小賢しいマネしやがって!!」

千聖が避けたのは、自身に向かって弾け飛んだ鋭い曲線。
千聖が念動弾で断ち切ったピアノ線だった。
衣梨奈はわざと線が切れやすいように、線の結界を必要以上に強く張っていた。切れるぎりぎりの張力で張られていたピアノ線は、
限界を迎えるとともにその切っ先を千聖に向け飛んできたのだ。

刻まれた恐怖を前に、後退していた衣梨奈の心は、ぎりぎりのところで踏みとどまった。
ここで自分が倒れてしまえば、戦況がより不利な状況に傾いてしまう。とともに倒されてしまった遥や香音、亜佑美の仇を討つこ
とができなくなってしまう。
その思いが、彼女に勇気と逆転の一手をもたらしたのだった。

再び、互いの距離を広げた二人。
状況は振り出しに戻っていた。

一方、愛理を接近戦に持ち込んだ春菜は。
刃物のような何かで、切り刻まれた衣服。腕から流す鮮血が痛々しい。
その様子を見ている愛理は、だらしない笑顔を見せる。

「あたしの武器が低周波だけだと思ったでしょ。ところが。違うんだなあ」
「確かに。油断してました…」

五感強化によって聴力に力を集中していた春菜は、自分を切り裂いた何かの正体に気づいていた。
高周波。音波を操る事ができるのなら、出せても不思議ではない。
懐に近づき、近接攻撃によって音を封じる。春菜の作戦は上手くいっていたかのように見えた。しかし、愛理は近接時の攻撃
方法も持っていたわけである。

「でも。私が近づかなければ、あなたも攻撃できませんよね?」
「だね。攻撃なだけにこう、げき的なことをしないとね」

寒いギャグを挟みつつも、愛理は春菜に向かって微笑む。
この人、まだ何かを隠してる。
春菜は相手が隠し持つ切り札の存在を警戒する。

「愛理、いったん集合」
「ほーい」

千聖の呼びかけに、愛理が応える。
愛理が千聖に、千聖が愛理に近づくことで膠着状態は一旦解かれることとなった。

「はるなん、大丈夫!?」
「私は大丈夫です。高周波による攻撃と言っても、威力はそう高くありませんでしたから」

衣梨奈と春菜も同じように、一組になって体勢を固める。
相手の仕掛ける攻撃に対しては手も足も出ないのが実情だが、相手も条件は同じ。つまり、先に突破口を見つけた側が勝利す
る。春菜は、そう考えていた。

春菜の、聴力強化した耳が空間のほんの僅かな音の変化を察知する。
愛理が攻撃準備に入っている証拠だった。
間違いなく仕掛けてくる。
春菜は衣梨奈に向き直り、その危険性を知らせる。

「生田さん、気をつけて!あの人たち、攻撃してきます」
「わかっとう!!」

衣梨奈もまた、相手の高まる気配に最大限の警戒をしていた。
大技が来る。それを、凌がなければならない。
愛理と千聖に目を向けると、二人が攻撃態勢を取っているのが見えた。

「かぁーっ、実戦で使うのはじめてだからさ、緊張するなあ」
「大丈夫だよ。舞美ちゃんがそう言ってくれたんだもん」
「…だよね」

珍しく顔を強張らせる千聖に、愛理が励ましの言葉をかける。
幼い頃にダークネスに拾われた二人には、いや、今は倒れている舞や早貴にとっても、リーダーである舞美の言葉は道しるべであり、心の支えでもあった。
その彼女が大丈夫だと言ってくれた。疑う余地は、ない。

「いくよ千聖!」
「おっけ!!お前らこれでも喰らいやがれ、名づけて『奏式幽世(かなしきヘブン)』!!!」

叫び声と同時に、千聖がこれでもかというくらいに念動弾を打ち出した。
一見ただの無差別攻撃に見えるそれ。衣梨奈が、防護のためのピアノ線を張り巡らす。
だが、春菜の目が、耳が向かってくる念動弾の危険性を察知する。

「あれを、あれを受けたらダメです!!」
「え?」

唸りを上げて迫ってくる念動弾。
その一つ一つが、愛理の操る高周波を纏っていた。
当然、その威力・攻撃範囲は通常の念動弾のそれをはるかに上回る。

最早攻撃範囲から逃れられない春菜と衣梨奈は、「奏式幽世」の餌食となってしまった。
体を巻き込まれ、鋭い衝撃が全身を襲う。全てが切り刻まれ、鮮血を噴出させる。
その威力は最早、音響兵器と言っても過言ではなかった。

「はるなん!えりぽん!!」

念動弾になぎ倒される二人を見て、思わず叫び声をあげる里保。
しかし、念動弾の勢いは衰えることなく、さらに里保たちに向かって牙を剥く。


里保、聖、優樹はともかくとして。
極度の疲労から眠ってしまった遥、亜佑美、目を覚まさない香音。特に透過能力を使用できる香音が倒れているのはまずい、
いや、彼女の能力をもってしても攻撃を無効化できるかどうか。

ここは自分が凌ぐしかない。
堅い決意をもって、里保が腰のホルダーから水の入ったペットボトルを取り出す。そして徐に、鞘から抜いた愛刀「驟雨環奔」に水を垂らしていった。
使い手が達人であれば水を友とし、その能力を最大限に発揮すると言われている魔性の刀を、里保は力強く握り締めた。

「はあっ!!」

袈裟懸けに、空に向かい刃を振るう里保。
前面に、大きな水の膜が生成されていく。無防備に突っ込んでくる念動弾はその勢いを失い、消えてゆくのみ。でも、そうはならなかった。

まるで存在を迎え入れるかのように、接触した部分から穴を広げてゆく水の壁。
念動弾を包み込む高周波が、水を弾き、次々と突き抜けてゆく。
猛り狂った銃弾たちが、一気に里保たちに襲い掛かろうとしていた。

まさかの全滅。
想定していなかった事態に、聖は固く目を瞑る。
自分達の力では、敵わない相手だったのか。深く、沈んでゆく心。
それを引き上げたのは、里保の誰かを呼ぶ叫び声だった。

「まーちゃん!!まーちゃん!!!」

え…まーちゃん?
ゆっくりと目を開けた聖が見たものは。

優樹が、自分達に背を向けて、立っている姿だった。
手足を大きく広げて、後ろのみんなを守るようにして。
だが、受けたダメージが尋常ではないことは、足元の大きな血溜まりからして明らかだった。

まさか、瞬間移動を使ったの?

任意の人物を、自らの前に移動することができる、優樹の能力。
彼女自身が存在を熟知していれば対象は、人に限ったことではない。物体も、そしてエネルギーも。
優樹は、迫り来る念動弾を全て、自らのもとに引き寄せていた。

「ふくぬらさん、さやしすん。だい…じょうぶ?」

振り向いた優樹が、優しく微笑む。
念動弾に切り裂かれ、ぼろぼろになっても。彼女の笑顔の輝きが失われることはなかった。
けれど、そのまま糸が切れたかのように、ゆっくりと崩れ落ちる優樹。

「まーちゃん!しっかり!しっかりしてよ!!」

里保が珍しく、感情を露にして倒れた優樹にすがりつく。
その姿を見て、聖は自分が大きな過ちを犯していたことに気がついた。


― この力は、使っちゃだめだよ。…みたいになりたくないでしょ。―

温存。禁忌。
そんなことを、言っている場合ではなかった。そんな生温い考えで勝てる、相手じゃなかった。
聖は、激しい後悔の念を抱くように、自らの体をきつく抱きしめていた。


「凄い威力だね。うちらじゃコントロールしきれないくらいに」

大技を放った千聖が、肩で大きく息をつく。
愛理との合体技「奏式幽世」は、二人の予想を大きく超えた威力でリゾナンターたちを蹂躙した。
遠目から見ても、おそらく全滅に近い状況だと千聖は判断した。

「舞美ちゃんたちも無事みたいだし、最初の試みとしては成功だったんじゃない?」

愛理が、後方の舞美たちに目を向ける。
「奏式幽世」はリゾナンターたちだけではなく、味方である舞美たちにも襲い掛かっていた。ただ、笑顔で親指を立て
る彼女の様子から、どうやら被害はなかったようだった。

「これで終わりかな?」
「まって、まだ誰かが立ってる」

千聖が、念動弾がなぎ倒し尽くした場所に人が立っているのを見つける。
体をぼろ雑巾にされ、長い髪を前方に垂らして、それでも立っている少女がいた。
春菜は、全ての気力を振り絞ってその場に立っていた。

「どうする、千聖」
「あんな死に損ない、千聖一人で十分っしょ」

共に出ようとする愛理を制し、千聖が前に出る。
ふらふらとこちらに向かってくる春菜、しかし千聖にとってはただの動く的だ。

「なんかさあ、こういうゾンビゲーあったよね」

嘲笑いつつ、両手を合わせ照準を春菜の頭部に合わせる。
右に、左にゆっくり揺れながら近づいてくる相手にとどめを刺すだけ。
ゆっくりと息を吐き、狙撃に意識を集中させる。

と、千聖の視界から春菜が消えた。
上空に飛び上がった春菜は、先ほどまでの瀕死の動きからは想像つかないほどの俊敏な動きで千聖に迫り来る。

「騙したな!!」

両手を離し、二丁拳銃の要領で銃弾を撃ちまくる千聖。
だが、春菜の動きは止まらない。勢いが衰えない。

触覚をシャットダウンすることで、今の春菜は痛みをまったく感じない。
逆に言えば、死に繋がるような損傷を知覚することができなかった。
それでも、構わない。私のこの働きが、チーム全体の勝利に繋がるのなら。

いくら銃弾を打ち込もうが、足を止めない春菜。
さすがの千聖も直接やり合うのを避けるため、回避行動を取ろうとする。が、足元に絡みつく何かによって動
くことができない。何事かと思い自らの足元を見ると、一本のピアノ線が何重にも巻きつきながら、遠くの衣
梨奈の手まで伸びていた。

「あいつ!!」
「お仕置きの時間ですよっ!!」

それに気を取られている隙に、春菜に胸元を掴まれた。
もう、逃げられない。

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァッ!!!!!!!!!」

目まぐるしい春菜の拳の応酬。
拳の触覚をなくすことで、限界を超えたパンチのラッシュを加えることが可能となる。
皮膚が裂け、拳の骨が折れても殴り続けることをやめない春菜の前に、抵抗すらできないまま千聖は遠くに吹
き飛び、そのまま動かなくなった。

「千聖!!」

圧倒的に有利な立場にいた千聖が、あっという間にやられてしまった。
同時に春菜も倒れるのを確認し、吹き飛ばされた千聖のもとに愛理が走る。
これでもう「奏式幽世」は使えない。残りのリゾナンターと戦う際は別の方法を考えなければならない。だが、
愛理の思考はそこで中断される。

ずん、と空気が重くなるような感覚。
辺りを見回す愛理。相打ちのような形で倒れたはずの春菜がもたらしているものか。
いや違う。横たわっている彼女からは気配を感じない。
とすれば、向こうか。

愛理が、遠くへと視線を移す。
そこには、こちらのほうを強く睨む一人の少女がいた。

「確かあの子は、能力複写の…」

だが、愛理が確認しているのは治癒能力と、早貴から複写した鏡の中に入る能力の二つだけ。どちらも、愛理
にとっては恐れるに足りない能力。

じゃあ、何でわたしが、こんなに気圧されてるの?

空気の変化を感じた時から、愛理の心を覆う暗い雲。
理由はすぐに判明した。
聖の長い髪が、風にゆられ靡き、やがて逆巻き始める。

「許さない。あなたたちは、絶対に許さない!!」

かつてリゾナンターに、自由に流れる風のような少女がいた。
そして今聖が使っているのは、その少女が行使していた力と同一のもの。

風使い。それが聖のストックした、三番目の能力。
何があっても使うまいと決めていたその能力が、開放される。

「聖ちゃんそれは亀井さんの…!駄目だよその力を使ったら!!」
「ごめんね里保ちゃん。でも」

この力を使わないと、あの人たちには勝てない。
その言葉は、聖の中へと飲み込まれていった。代わりに、独り言のように呟いた。

「きっとあの人に、亀井さんに出会った時からこの力を使うことが決まってたのかもしれない」

切り裂くほどの鋭い風を纏い、聖が愛理に近づいてゆく。

なるほど、あの子の切り札は「風使い」か。

こちらにまで届いてきそうな猛烈な風を前に、愛理は推測する。
もちろん、黙って接近を許す愛理ではない。
瞳を閉じ、「歌」を歌う。
低周波の破壊力に床が崩れ、大小の瓦礫が聖に向かって飛んでいった。

その流れに乗るようにして、愛理自身も聖に襲いかかる。
接近した時に、高周波で相手を攻撃する算段だった。
瓦礫が風の勢いに負け、舞い上がる。そこへ愛理が鋭く聖のもとへと迫る。

発せられる高周波。
しかし、聖はまったく怯まない。
生きている限り、耳が存在している限りはこの能力が通用しないはずはない。なぜ聖に攻撃が効かないのか、
その理由を愛理はすぐに理解することになる。


風を操りながらも、口から、そして全身から血を噴出させる聖。
体が、能力についてこれないのだ。
そして体を伝わり流れ落ちるはずの血が、聖の周りで赤い水玉のようにふわふわと浮いている。

「まさか、真空状態!?」

聖の周りだけが真空になるよう、風の流れが作られていた。
全ての音がシャットダウンされた状態では、愛理の能力が通用しないのは自明の理だ。

暴風とともに、聖が愛理に近づいてゆく。
遥。香音。亜佑美。衣梨奈。春菜。そして優樹。
彼女たちに対する申し訳ない思い、そして、自分自身を許すことができない感情。
もしメンバーを率いていたのがさゆみだったら。れいなだったら。ここまでの犠牲は出なかったかもしれない。
それら全てが、吹きすさぶ暴風となって聖の周りを取り囲んでいた。

その一方で愛理は、聖の懐に飛び込むことを決意する。
今の彼女はさながら小さな台風、迂闊に近づけは大ダメージは避けられないが。
このままでは、鋭い風に刻まれるのを待つだけ。なら、やるしかない。

愛理は、聖に向かって高くジャンプした。
無謀な行動。もちろん風の壁を突破することができずに、切り刻まれながら上空に飛ばされる。
全身に傷を負いながら、天高く舞い上がる愛理。その表情には、笑みさえ浮かぶ。
それが、狙いだった。


上から、聖の頭がよく見える。
今の聖が小さな台風なら、「台風の目」は必ず存在するはず。
急降下して聖の背後に降り立ったことで、その推論は正しいことが証明された。
すっ、と巻き付くように聖の体に腕を絡める愛理。

「えっ!!」
「こうやって体を密着させれば、音が伝わるよね?」

愛理がにへら、と笑いながら、聖にありったけの高周波を流した。
全てを振動させ、破壊する音の波。
だが、次の瞬間に倒れたのは聖。そして、愛理自身だった。

「あれ…なんで…?」
「傷の、共有」

亀井絵里の能力を行使するということ。
それは、彼女の切り札中の切り札である「傷の共有」を使用するということでもあった。
自ら受けた傷を、相手にも与える。
その力は絶大であるがゆえに、使用した側のダメージもまた、大きい。

聖が目を見開き、大きく吐血する。
能力の反動が、心臓に達した証拠。
絵里はこの能力を酷使した結果、心臓に大きな病を抱えることとなり、今もなお深い眠りについたままだ。そ
れだけ、危険な能力だとういうこと。
禁忌とされるのは、理由があるから。
でも。禁忌を破ってでも、勝たなくちゃいけなかったんだ。
床に倒れる聖の表情に、迷いはなかった。




投稿日:2013/03/17(日) 09:59:04.72 0 & 2013/03/18(月) 14:28:09.94 0


★☆★


相手の精神を捉え、閉じ込め、闇に沈める。
それが「七房陣」の正体。
ベリーズの七人の精神の波長が揃うことが、発動の条件。
そして発動になくてならないのが、キャプテン清水佐紀の「調律能力」であった。
精神干渉の一種であるこの能力は、各メンバーの精神に働きかけ、一つに纏め上げることを可能としていた。

もちろん、発動までの道のりは容易ではない。
七人の気持ちが一つとなることでようやく発動することができる、要求されるハードルの高い技。
それだけに、効果は絶大だった。

「くそっ、このっ!!」

コールタールのような闇の中に、もがきながら沈んでゆくれいな。
闇の底が発する重力に引きずられながらも、抵抗をやめないれいなに七人のメンバーはため息をつく。

「ねえ、もういい加減に諦めたら」

梨沙子が目を細めて、れいなに語りかける。

「そうそう。無駄な抵抗はやめて、さっさと消えてください。そのほうが、楽ですよ?」
「うちらの『七房陣』に捉えられたら、たとえダークネスの幹部級でも逃げられない」

続いて友理奈と千奈美も、れいなに向かって言葉を投げる。
その様はまるで、浮上するものの頭を押し付けるかのよう。


「こんな、こんなもん、すぐ抜け出せるけん!!」

それでもれいなは闇を掻き、黒を分けて這い上がろうとする。
ひと掻きするごとに、少しずつではあるが、身体が闇から抜け出しつつあった。
はじめは嗤っていたメンバーたちも、その決して諦めない意思に恐れを抱き始める。

「…どうする?」
「陣を強める。みんな、意識を集中させて」

茉麻に訊ねられた佐紀が、指示を出す。
14の瞳が閉じられた瞬間、れいなに纏わりついていた闇が、濃さを強くした。

必死に抵抗する手が、足が。
ぬめる闇に絡め取られてゆく。文字通りの逆らえない力で、れいなを底なしの闇の奥へと引きずり込もうとしていた。

「いかん、もう、限…界……」

口が、鼻が、目が、闇に塞がれる。
そして、最後のあがきのように天に差し出した掌すら、漆黒に呑まれようとしていたその時だった。

「れいな!!」

どこからともなく、聞こえてくる声。
紛れもない、さゆみの声だった。


「なにこれ、どこから聞こえてくるの!?」
「落ち着いて、ただの思念の声だから!」

うろたえる友理奈を、千奈美が宥める。
ただ、彼女自身も不安を隠す事はできない。ベリーズが誇る「七房陣」が他者の干渉を受けたことなど、今まで一度も
なかったのだから。

「…さ、ゆ?」
「さゆみが、さゆみがれいなを助けてあげるから!だから、れいなも!!」

さゆみは、一人取り残された建設現場で必死にれいなの意識を掴もうとしていた。

共鳴。

能力者の数だけあるとすら言われている特殊能力の中でも、リゾナンターだけが持つとされる力。互いの意識の波長が合いさえすれば、どんな離れた場所でも意識を通わせることができる。
そしてついに、れいなの意識の在処を捉える事ができた。

「さ、ゆ。さゆ。さゆ!さゆ!!」
「れいな!れいな!!」

ついに二人の意識はがっちりと結びついた。
れいなの本来の力が、目を覚ます。
普段は自らの身体能力に使われる「増幅能力」。その全てが、共鳴の「増幅」に注がれた。


「何!?何なのこれ!!」

経験した事のない事態に、苛立ち叫ぶ雅。
れいなとさゆみの共鳴が、密閉されたこの場所を揺るがしはじめる。
メンバーたちが焦り、顔を見合わせた。
その感情の根底は、「七房陣」が破られてしまうのではないかという、不安。
だが。

「大丈夫だよ」

差し迫った状況に似合わない、高く柔らかい声。
桃子が、メンバーひとりひとりの肩に手を置き、言葉を添える。

「共鳴増幅がみっしげさんと田中さんの絆の力なら、『七房陣』はうちらベリーズの絆の力。だよね、キャプ
テン?」

桃子の言葉で、佐紀はあることを思い出す。
自らの生みの親である、Dr.マルシェこと紺野博士とのやりとりを。



キッズプロジェクト。
それが彼女たち人工能力者たちに与えられた題名だった。
身寄りの無い十五人の少女たちに人工的に能力を付与し、様々な臨床実験を経た後に、正式にダークネスの戦闘員として採用する。
要は体のいい人体実験じゃないか、と揶揄するものもいたが、プロジェクト責任者であった紺野は意にも介さなかった。

十五人のうち、早期に能力が定着した八人がチーム名「ベリーズ」の名を与えられ、試験的にダークネス幹部である『詐術師』の下に就くことが決定した。
正式な辞令が下される前の日のこと。キャプテンに任命された佐紀は、紺野の呼び出しを受けて本部の研究室へと赴いていた。

「まずはおめでとう。と、言いたいところですが。私には、あなたの、いや、あなたたちの能力について説明する義務があります」

ギム、という難解な言葉に佐紀は顔を顰める。
無理もない。当時10歳そこそこの少女に、義務の意味など理解できるはずもなく。

「そう固くなる事はありませんよ。医者が患者に薬を処方する際の説明みたいなものですから、楽にして聞いてください。
さあ、そこに座って」
「は、はい」


言われるままに、パイプ椅子に腰掛ける佐紀。
それまで研究室の壁に貼られた設計図やホワイトボードに綴られた難解な計算式に心躍らせていた気持ちが、あっという
間に萎んでしまう。

「佐紀さん。あなたは『共鳴能力』というものを知っていますか?」
「あの、私たちの先輩が持っていたという力のことですか?」
「間違ってはいません。i914もまた、共鳴能力を有した個体でしたからね。ただ、本来は一部の限られた能力者にしか使うことができない、途轍もない力のことを言います」

そして書類やレポートで乱雑に散らかっている机の僅かなスペースに置かれたコーヒーカップ。
手に取り、少しだけ口に含み、喉を鳴らす。

「その力を、正確に言えば『力の種』ですが。あなたたちに付与しました」
「ええっ!?」

研究員からは、佐紀の能力は「メンバーの精神に干渉し、纏め上げる力」と説明されていた。食い違う紺野の言葉に、佐紀は戸惑いを隠せない。

「心配する事はありません。あなたなら、あなたたちなら。きっと使いこなすことができる。その日を、楽しみにしていますよ」

眼鏡の奥の瞳を細め、微笑む紺野。
佐紀にはその時の紺野の表情が印象的で、いつまでも忘れることができなかった。



思えば、あの時紺野が言っていた「共鳴能力」は、今自分達が行使している「七房陣」のことを指していたのではないだろうか。ならば、勝算はある。

「あたしたちが。あたしたちの歩んだ道が、あの二人に負けるわけ…ない!」
「キャプテン」
「あいつらの絆より、あたしたちの絆のほうが強いってこと。今から証明しよう?」

言いつつ、自らの右手を差し出す。
するべき事は、全員に伝わっていた。
花が咲くように、ひとつ、またひとつと手が重ねられてゆく。

「ベリーズ七房陣、行くべっ!!」

そして、七人の声が重なった。
七つの力が、互いに繋がり集まり、また七人に拡散してゆく。
波のように寄せては返すことで加速した力が、れいなとさゆみの共鳴を押さえにかかった。

「なあっ?!」

身体から闇が剥がされつつあったれいなが、再び押し寄せる波に呑まれる。
その影響は、遠く離れたさゆみの意識にも強く出てしまう。


「この感じ、まさかあの子たちも『共鳴』を…きゃあっ!!!」

自分達に襲いかかる「力」の正体に気づいたさゆみだが、直後にその力に意識を攫われる。
れいなと意識をつなぎ合わせたということは、さゆみの意識もまた同じように闇に呑まれてしまうことを意味していた。

れいなが闇に捕らえられていく感覚が、さゆみにも伝わってくる。
そして自分の意識もまた、波に呑まれようとしている。

三人で共鳴能力を行使したことは、度々あった。
さゆみ、れいな、そして今はいない亀井絵里。時を同じくしてリゾナンターとなった彼女たちには、いつの間にか同期の絆のようなものが生まれていた。

そしてれいなとさゆみを繋ぐ存在。それが絵里だった。
性質が違う二人が、手を繋ぎそして心を通わせる。二人の間にはいつも、ふにゃりとした笑顔で二人を見守り、包み込む絵里の存在があった。

だが、絵里はあの日を境に深い眠りについてしまった。
もう、れいなとさゆみを繋ぐものはいない。
いや、彼女たちはまるで絵里の抜けた穴を埋めるかのごとく、それまで以上に互いのことを気にかけるようになる。
それまで一匹狼のように自由気ままに動いていたれいなはリーダーとしてのさゆみを気づかうようになったし、さゆみもまたれいなの我の強さを認めるようになった。


それでも、あの子たちの繰り出す「共鳴」には敵わないというの?
さゆみは自問自答する。

そんなことは…絶対にない!!

さゆみが自らの共鳴を大きく揺らしてゆく。
それが、れいなへと伝わり、彼女の共鳴増幅能力によってさらに大きな揺れへと変わる。

リゾナンターの一員として、喫茶リゾナントに通うようになってからも。
れいなの心は、どこか孤独だった。
けれど、それは街の不良として喧嘩に明け暮れていた時から抱えていたこと。
リゾナントで仕事の話はするけれど、それ以外は一人でいることが多かった。
絵里とさゆみと三人でいても、どこかで自分が孤独であるという感情が心の奥底にはあった。

それが、絵里の喪失でがらりと変わる。
近い人を失うことで、はじめて孤独の寒さ、人といることの暖かさを感じるようになった。
それを教えてくれたのが今の若きリゾナンターたちであり、そしてさゆみだった。

れいなはもう、昔のれいなやないと!!

れいなとさゆみ、二人の想いが大きくなり、ベリーズの「七房陣」をばりばりと潰してゆく。
圧倒的な力。これがダークネスが恐れる共鳴の力か。
全員の心が、目の前の恐怖に心を折られそうになる中、佐紀が大きく叫んだ。


「あたしだって、あたしたちだって、共鳴の力が使えるんだ!じゃなきゃ、あの辛い日々をみんなで越えて来た意味がない!!」

その言葉で、全員がはっとなる。
ある程度人工的に与えられた能力の制御、操作方法が確立された時期に結成された「キュート」と違い、彼女たち「ベリーズ」は試行錯誤の連続だった。
精神の限界まで追い詰められるような人体実験。過酷な任務。それは、仲間の一人が命を落とすほどの熾烈さを極めた。
それを耐えてここまで来れたのは、彼女たちには夢があったから。

七人の思いに呼応し闇が、一気に溢れる。
うねりや波どころではない。全てが、闇に満たされた。
あがくことも、抜け出すこともできない。なぜなら既に、闇に取り込まれているからだ。
れいなは、さゆみは。自分の身体が、ゆっくりと闇に溶けてゆくのを感じていた。

黒。
黒。
黒。黒。黒。
磨かれた鏡面のように滑らかで、他の何かが介在しようがないほどに純粋な、闇。
れいなは。さゆみは。自分がどこにいて、どうなっているのかすら理解できなかった。
理解しようとする意思さえ、消えてゆく。
それはまるで日が落ち、夜が来るように自然なことのように思えた。
おやすみなさい。
誰かが、そんなことを言っているような気がした。


光を見たような、気がした。
黒く染められた一面に落とされた、たった一滴の白。
それが、段々と拡がってゆく。
れいなの、さゆみの意識が目を覚ます。
それぞれの手が、誰かの手に握られていた。

「そんな!完全に消し去ったはずなのに!!」

二人の意識が息を吹き返すのを感じた佐紀が、大きく叫ぶ。
これまでよりもっと激しく、「七房陣」が揺り動かされる。

そして限界点を迎えた陣に、亀裂が走った。

それをきっかけに七つの部屋が、闇から炙り出される。
ひび割れ、崩れかけ、色あせてゆく部屋。
テーブルとティーカップ。電球の絵が描かれた壁。紫色の絨毯。人が描かれた絵本。青いベッド。観葉植物。ピンク色の天幕。
部屋を構成するもの全てが、まるで亀裂に飲み込まれるようにぼろぼろに崩落し、消えていった。

消えてゆく部屋と同じように、闇を取り囲んでいた七人の光がひとつ、またひとつ消えてゆく。

梨沙子が、友理奈が、信じられないものを見るような表情で消えてゆく。
茉麻が、千奈美が、雅が、悔しさを顔に滲ませて消えてゆく。
桃子が、何かを言いたげな顔をして、消えてゆく。

「こんなの、認めない…認められるわけが…」

そして佐紀自身も、消えてゆく。
闇を象る器が、粉々に砕け散るのを見届ける事もなく。




投稿日:2013/03/20(水) 22:05:04.47 0


★☆★☆


敵も、そして味方も。
次々に倒れていく。立っているのは自分と、敵方のリーダーだけ。
確かに、里保は彼女のと戦いを予感していた。けれど、こんな状況は決して望んではいなかった。

否。
これが戦闘、これが戦場。
味方の損傷が酷い。特に衣梨奈・春菜・聖・優樹は一刻を争う状況だろう。治癒の手段を持たない里保が唯一やれることは、相手を素早く切り伏せてこの異空間から離脱すること。
元の世界には愛佳もいる。ただ、事は一刻を争う。

だが、そんな里保の差し迫った思いを知ってか知らずか。
例のリーダーは鷹揚とした口調で言うのだった。

「ねえ、先にお互いの味方の手当て、しない?」
「えっ」
「だってさ。気になるでしょ」
「それは、そうですけど」

舞美の提案に口淀む里保。
水軍流兵法、いや、全ての集団戦闘において、相手が這い上がる隙は絶対に与えないのがセオリー。
増してや、わざわざ敵のメンバーに手当ての時間を与えるなどもっての外だ。

「異議なし。ってことで」

舞美が、にっと笑う。
この人は、本当にダークネスの手先なんだろうか。
里保の中にあった疑念が再び、頭をもたげる。
だが、今はそんなことを気にしてる場合じゃない。
慌てて、負傷して倒れているメンバーたちのもとへと走っていった。

水軍流にて止血法を会得していたため、里保は死の危険性から四人を遠ざける事に成功した。
ただ、ここから解放され次第すぐに治療を受けなければいけないことには変わりないが。

時を同じくして、舞美もまたメンバーたちの応急処置を終えていた。
目を閉じ横たわっている四人の仲間の顔に手をあて、それから声をかける。

「ごめんね。頼りないリーダーで。でも、やじ…みんなの分まで…頑張るから」

その言葉は、一つの決意。
決意を胸に、舞美は空間の中央へ歩き始めた。

そこには、里保がいた。
二つの瞳が、まっすぐに舞美を射抜く。

「・・・はじめよっか」
「遠慮は、しませんよ」

確かに、目の前の人物は甘い、けれど素晴らしい人なのかもしれない。
けれど、戦いの場において考慮すべき項目ではない。
雑音を遮断し、己の刃に意識を集中させる。
それが水軍流を継ぐものの、いや。リゾナンターの一員である自分がすべきこと。

決意を示すかのように、愛刀「驟雨環奔」を抜く。
一太刀目は、中段の薙ぎ。
避けるために後ずさる舞美を、さらに里保の斬撃が追う。

「若いのに、いい腕してるね」
「まだまだ、これからです!!」

大きく踏み込み、下段構えからの斬り上げ。
横にかわした舞美が、反撃に出る。里保の懐に飛び込み、そのまま正面からの掌底。

やっぱり、能力強化系!!

里保は、舞美の体格を一目見て、自らの筋力・瞬発力の強化が可能な能力者だと判断した。
見るからに鍛えられあげたと思しき肉体からもそれは明らかだった。
そして彼女の読みどおり、近接による格闘を仕掛けてきた。

バックステップをしつつ、里保は腰のホルダーからペットボトルを取り出す。
もう温存の必要は無い。中身の水を全て、周囲に振りまいた。

「水使い!」

舞美が気づいた時には、既に里保の周りを大小の水の玉が取り囲んでいた。
追撃のために加速した動きは止まらない。
里保の刀での攻撃を避けて、中断への攻撃を仕掛けるも、浮遊した水の塊が盾となりダメージを与えられない。
逆に、別の水球から打ち出される剃刀のような切れ味の水流をかわすために、相手との距離を取らざるを得ない。

攻防ともに隙のない戦闘スタイル。
近距離にも遠距離にも対応できる里保のスタイルは、舞美の近接攻撃を無効化した。
近づけば斬撃と水での攻撃の餌食、かと言って離れていても遠くから水が飛んで来る。

それでも舞美が取った選択肢は、攻撃を仕掛けること。
一旦離した距離を再び縮め、手技、足技の応酬。迎撃のために打ち出された水流を素手で弾き、蹴りで断つ。
当然、手足は水の鋭さで裂かれ、血飛沫が舞う。それでも、舞美の動きが止まることはない。ついには、里保の目の前まで近づいてしまう。
その勢いは激しく、刀身で受けでもしたら間違いなく、体格差により弾き飛ばされてしまう。結果、里保は身をかわすことでしか応戦できない。

しかし、いかに相手が体力自慢だとしても、今の勢いが続くわけがない。
当然のことながら、スタミナ切れを起こすはず。手足の損傷にしても、軽視できるものではない。
なのに、舞美は全身汗まみれになりながら、笑みすら浮かべて攻撃ラッシュをやめようとしない。
何か、あるはず。里保は反撃の期を窺いつつも、相手が出してくるであろう別の手について最大限に警戒していた。

「ま、こんなものかな」

突然のことだった。
舞美がひとりごちつつ、里保との間合いを大きく広げる。
もちろん、消耗したスタミナの回復のため、などとは里保も思ってはいなかった。
「驟雨環奔」を斜に構え、いつでも斬りかかれるような体勢を取る。

里保の集中力は、剣の切っ先に向けて高まり続ける。
それこそ風の僅かな動き、相手の呼吸を肌で感じ取れるほどに。
しかし肌を水滴が、二、三度打つ。それで彼女の集中力は乱れてしまった。
決して意識を緩めたわけではない。ただ、不可解なのだ。

舞美とのやり取りで身体を動かしたものの、汗が出るほどのものではない。
とすれば。里保の肌を落ちていったのは、何の水滴なのか。
答えは水滴の連続によって導かれる。雨だ。

「そんな、雨だなんて」

狐に化かされたかのような表情で、上を見上げる。 白い天井。なのに、そこから、雨が降り注がれる。
ここに自分達を導いた女は、ここが異空間だと言った。密閉空間の中で雨が降るのも、また異空間ならではのことなのか。

「ごめんね。私、雨女なんだ」

舞美の一言で、里保は思い出す。
彼女が喫茶店に現れた時、天気だった空が雲に覆われてにわか雨に見舞われたことを。
あれは、この人の力だったのか。彼女の真の能力は、自分と同じ「水使い」。
でも、部屋の中で雨を降らすなんて。どうして。

その理由は、舞美の過剰とも言うべき攻撃ラッシュにあった。
大量の汗をかくことで、雲を呼び、空気中の水分を寄せ集め雨とする。
無駄とすら思えた手数は、全てこの状況を作るためのものだったのだ。
そして雨は一段と激しく、里保の身体を打ち続ける。これは彼女にとって、あまりよくない状況だった


水を操る技術が熟練していない里保にとって、過剰な水の存在は自身が操る水のコントロールを不安定にする。
雨の激しさで張り付いてゆく額の髪を掻き分けながらも、その表情が曇ってゆく。

「あなたが雨女だろうと、関係ない」
「じゃあ、存分に戦えるね」

土砂降りになった雨の中で、舞美が微笑む。
全身が、かいた汗でなのか雨でなのかわからないくらいに濡れている。
そんな舞美を見ながら、里保は次の舞美の出方に気を払っていた。

水による遠距離攻撃か。
それか、先ほどのような肉弾戦を絡めた複合攻撃か。
どちらでもいいように頭の中でシミュレートしつつ、刀を携え駆け出した。

しかし舞美は微動だにしない。
防御の体勢を取らないということは、つまりそうする必要がないから。
何が出るか。攻めあぐねて隙を作るより、果敢に攻めたほうがいい場合もある。
里保は持ち前の戦闘センスで後者を選択し、舞美に斬りかかった。

綺麗に決まる、袈裟懸けの斬撃。
しかし曖昧な手ごたえが、刃に伝わる。その感触はいかにも不可解。
刀を素手で弾いたのか。いや、それにしては衝撃が鈍すぎる。

よく見ると、舞美の体全体を、雨が、水が覆っていた。
舞美は雨や汗で濡れていたのではない。むしろ、雨を纏っている状態。
先ほどの里保の斬撃は、言わば水の鎧によって完全に防御されていた。

「…今度はこっちから、行くよ」

絶大な防御能力を手に入れた舞美が、里保目がけ走る。
迂闊に近寄らせたらまずい。弾丸のように突っ込んでくる相手を、牽制する必要があった。


里保が周囲に漂わせていた水球から、打ち出される水流。
鋭く差し迫る水の銃弾を、舞美は避けもせずその身に喰らう。
まったくの無傷。勢いが完全に水の鎧によって殺されていた。

次に、里保は水球を自らの正面に繰り出す。
足止めができないのなら、水際で止めるしかない。
相手の攻撃を凌ぎつつ、その隙を窺うという次の一手のための防御でもあった。

だが、信じられない事に。
里保が張り出した水のバリアは、舞美の一撃の前にまったくの無力であった。
舞美を避けるかのように、二つに分かれる水の盾。里保は防御の体勢を取らせてもらえずに、強烈な拳をその体にめり込まされる。

後ろに大きく吹き飛ばされる里保。
インパクトの瞬間に体を後ろに逃がすことで、致命的なダメージを負うことはなかったものの。
自らの意にそぐわない、水の動き。

この場全体が、あの人に支配されつつある…!!

里保は今自分が対峙している相手の能力の高さと、自らの不甲斐なさに悔しさを隠せなかった。

同じ能力を持つものの戦いにおいて大きなウェイトを占めるのは、精神力。
この点において、里保は舞美に遅れを取っていた。
加えて降りしきる雨、水に囲まれた環境が、里保の精神状態に悪影響を与える。

焦りは苛立ちを生み、拙速な攻撃となって表に表れる。 苦し紛れに繰り出した一振りは、難なく舞美に避けられた。

「本気、出してないんだね。そんなに甘く見られてるのかな、私」
「・・・うるさいっ!!」

焦燥を刃に乗せ、胴を薙ぐ軌跡。
それも纏われた水の鎧を前にして、水面を掻くだけに終わる。
強い。これまで戦ったどの相手よりも。


それを痛感しつつも、安易な攻めを止める事ができない。
息は乱れ、防御より攻撃に大きく舵を取られる。里保は珍しく、冷静さを欠いていた。
そして考えなしの大振りがかわされ、がら空きの背後からの一撃を横腹に見舞われる。強い衝撃をまともに受けた里保は、水溜り
の上にもんどり打って倒れた。

「こんな、こんな攻撃で!!」

たった一撃で倒れるわけにいかない。
全身を濡らしながら、再び里保は舞美に立ち向かう。

刀を振るい、刃を交わしながらも、里保はある一つの大きな変化を感じていた。
水の支配権が、奪われはじめている。
同じ水を操る能力者が精神力の強さによって奪い合うものが、水の支配権。
これを相手方に握られてしまうと、水を操ることはおろか、形成さえ困難になってしまう。
それが、現実のものとなって里保の身に降りかかっていた。

その証拠に水の盾を形成することでさえ、体力の消耗が少なくない。
相手の水に対する影響力が里保にまで及んでいることの証拠だった。

こうなると最早攻撃手段としては手にした愛刀「驟雨環奔」による剣技のみ。
それにしたところで、今の里保の精神状態では技の冴えが鈍ってしまう。

どうしたら…いい?

追い詰められていた。
普段は冷静な里保が、自問自答することでしか現状に抗えない。
思考に偏り隙だらけの状態を、舞美は見逃さなかった。

素早く懐に飛び込んでの、ボディへの一撃。
骨が軋む。だが激痛に身を委ねる前に更なる攻撃が襲いかかる。
肝臓。胃。腎臓。そして心臓。降りしきる雨同様に矢継ぎ早に繰り出される拳に、里保の防御が追いつかない。
それぞれに大きなダメージを受けながら、再び水溜りに体を投げ出された。


一撃一撃が、意識が飛んでしまいそうなほどの威力。
そのぎりぎりで踏みとどまっていた里保だが、さっきまで手に握っていた刀の感触が失われていることに気づく。どうやら吹き飛
ばされた時に手放してしまったようだ。
よろよろと立ち上がる里保。刀を拾いに行こうと動いたその時。

「はい。素手じゃ、戦えないでしょ?」

ありえない。
舞美は、飛ばされた里保の刀を拾いに行き、あまつさえそれを手渡そうとしていたのだ。
外的要因、内的要因によってかき乱され続けてきた里保の感情が、ついに限界を迎える。

「なんで、何でですか!!」

怒りに任せ、舞美が手にしている「驟雨環奔」を叩き落す。
瞬時に奪い取り、そのまま斬り伏せる。そんなことを思いつかないくらいに、感情が昂ぶっていた。

「何となく、そうしたいと思ったから」
「あなたは、あなたは!ダークネスの手先じゃないですか!闇の手先なら闇の手先らしく、汚い手で私を殺せばいいのに!どうして、どうして!あなたみたいな人がどうして、ダークネスなんかに手を貸してるんですか!!!」

里保の叫びは、激しい雨音にかき消される。
少しの静寂。舞美は、ゆっくりと、けれど力強く語る。

「あたしたちには、やらなきゃいけないことがあるから」
「・・・・・・」
「ダークネスの目的は、能力者が虐げられない世界を作ること。だからあたしたちは博士に…ダークネスについていくことを決めた」
「嘘だ!!」

里保は当然の如く、反駁する。
虐げているのは、ダークネスのほう。能力を悪用し、闇の世界に君臨している。そのダークネスが『能力者が虐げられない世界』を作るなど。
しかし、舞美は首を振る。


「ダークネスは理想を叶えるため、そして世界を勝ち取るために、あたしたちみたいな身寄りのない子たちを人工能力者として戦力にしてる」
「えっ」
「訓練と称した人体実験。辛かったな。けど、ううん、だからこそ。これ以上、あたしたちみたいな子を作っちゃいけないんじゃないかって」

悲劇をこれ以上生まないために、悲劇に手を貸す。本末転倒。
だが、これ以上彼女の意見を否定することはできなかった。

その時里保が舞美に見たのは、揺るがない強い信念。
彼女の四人の仲間たちは、その強い信念に惹かれ、戦っていた。四人が舞美に寄せる思い、それはそのまま彼女の強さに繋がっている。

じゃあ、自分はどうなんだろう。
里保は自らの内に訊ねる。
リゾナンターのリーダーだった高橋愛に導かれ、リゾナンターとなり、ダークネスと戦う。
どうして自分達はダークネスと戦うのか。平和の為、能力者に脅かされない未来を作るため。それももちろんある。けれど、その根底にあるのは。

12月24日の惨劇。
その場にいた愛、里沙、さゆみ、れいな、絵里、小春、愛佳、ジュンジュン、リンリン。
彼女たちは深い傷を追った。時がたち体の傷は癒えても、心の傷は未だ癒えていない。
その時の無念は、今もリゾナンターとして現役であるさゆみやれいなから十分に伝わっていた。
なら里保たちを動かしているのは復讐か。いや、違う。

「私にだってやらなきゃいけないことは、ある!」

一度は自分で叩き落した「驟雨環奔」を再び手に取る。
里保が、いや新しくリゾナンターとなった全員がダークネスに立ち向かう理由。
皮肉な事に、舞美の強い意志に触れることでようやく見えてきた。
先々代のリーダーである愛が、リゾナントを去る日に残してくれた言葉を、思い出す。

― これ以上、あーしみたいな人間を増やしたら駄目だ。だから、ずっと戦ってきたんやよ ―


ダークネスによって踏みにじられる人間を、これ以上増やしてはならない。
相手に、守りたいものがある。けどそれは、自分達も一緒だ。
信念だけは、貫き通せ。自ら思い描いた言葉が、里保に力を与えた。

見出した覚悟とともにこれまでよりも力強く、舞美に向け踏み込む里保。
繰り出す鋭い一閃。水の鎧を裂くことはできなかったが、その動きはそれまでとは明らかに違っていた。

「・・・吹っ切れたみたいだね」
「おかげさまで」

とは言え、相変わらずの苦境であることには変わりない。
この空間にある水はおよそ舞美の支配権の下に置かれたと言っても過言ではない。
それを盛り返すのは、腕相撲で例えれば、倒されるぎりぎりの自らの腕を中央以上の位置に戻すくらいの労力が要される。
吹っ切れた勢いに任せて、という少年漫画の王道のようなやり方は里保向きではない。そのことは彼女自身が一番理解していた。

ならばどうする。
里保は刀を構えつつ、亜佑美ばりの高速移動で舞美をかく乱し始めた。
もちろん本家には及ばないものの、相手の目を眩ませるには十分の代物だ。

この場に私が操る事のできる水はない。だったら。

舞美を惑わしていたステップが、攻勢に転じる。
体を切り返し、距離を一気に縮めてきた。

これが、互いの最後の一撃になる。
里保の表情から、舞美はこれからの彼女の一手を計った。
牽制の意味を込めた右からのワンツーをかわし、低く屈んだ姿勢からの斬り上げ。
風を斬り雨を遮る鋭い軌跡が、舞美を襲った。

しかし、敵わず。
体力、そして精神力の消耗のせいだろうか。水面を鮮やかに割るはずの切っ先の軌跡は、水の抵抗に負けたかのように激しく波打った。
刀を振りぬいた里保のがら空きの体に、とどめの拳を喰らわせようとした舞美は、あることに気づく。
里保の手に握られているはずの刀が、見当たらない。
あるはずの刀は振り上げた勢いのままに宙を舞っている。

まさか、今の攻撃は囮?!

気づくのが遅かった。
刀を手放した里保が、体に捻りを加えながら舞美の側へ。
波立ち乱れた水の鎧に、渾身の力で右の掌を押し込む。

「うああああああっ!!!!」

全てを弾き、拒絶する強固な水のヴェール。
触れようものなら、手の水分と激しく結びつき、皮膚を突き破る。
一見無謀な攻撃。

「あなたの負けです」
「えっ?」

里保の言葉とともに、舞美を突き抜ける衝撃。
何が起こったかわからないという表情をすることしかできない舞美が、目にしたものは。


赤い、刃。
舞美の胸に突き立てられたそれは、里保の掌から伸びていた。

水を操り、我が物にする水軍流。その奥の手が、血の刃だった。
自らの血を水に見立て、水と同じように形成し操る。
本来ならば水のない場所において行使される、水使い最後の切り札。

「まいった…な。それは、思いつかなかった」

同じ水ならば、自らの支配下に置く事ができる。
だが、血はそうはいかない。増してや、血を水に見立て操る事のできない舞美には。

舞美を覆っていた水が、はじけ飛ぶように霧となり、消える。
それが、彼女が倒れる合図だった。
水しぶきを上げ、派手に沈む舞美。それは、里保の勝利を意味していた。

勝った。けど、私も、もう限…界…

里保の意識が途絶えるのと、異空間が歪んでゆくのは、ほぼ同時の出来事だった。




投稿日:2013/04/07(日) 07:29:43.68 0


★☆★☆★


建設現場なのか解体現場なのか、わからなくなってしまうほどに荒れてしまった場所。
ばらばらになった鉄骨が地面のあちこちに突き刺さり、防護網は引き裂かれ、だらしなく垂れ下がっていた。恐らく、関係者のほ
うが上手く処理してくれるとは思うが。
さゆみは、その後の関係者からの叱責のことを想像し、顔をしかめた。

「せっかく勝ったのに、何渋い顔してると」

さゆみの背後から、聞きなれた声。
そうだ。自分は、この子を助ける事に成功したんだ。
先ほどまでの憂鬱はどこへやら。さゆみの心を喜びが満たしていった。

「れいなっ!!」
「うわっ!」

突然れいなの手を取るさゆみに慌てふためきながらも、互いの無事を喜ぶ。

「さゆみたち、勝ったんだよね」
「勝った。だからここにおる」
「そうだよね。さゆみと、れいなと」

言いながら、さゆみはあの時のことを思い浮かべる。
闇に呑まれそうになった時に、繋いでくれた手。きっとあれは。


「絵里が」
「え?」
「絵里が、助けてくれたっちゃんね、きっと」
「…そうだね」

れいなも、同じことを考えていた。
ベリーズが繰り出す荒ぶる闇に打ち克ったのは、紛れもなく、さゆみ・れいな、そして絵里の三人の絆。断ち切ることのできない
共鳴だった。
今も病院で眠っている絵里に、二人は思いを馳せた。

何かが崩れるような物音。
反射的に二人が音のしたほうへ向く。
突き刺さった鉄骨に体をもたせ掛けたベリーズのキャプテン・佐紀だった。

「あたしたちは、負けたんだね」
「そうったい。こてんぱんに」
「はは、あたしたちベリーズの絆は、共鳴は。あんたたちのそれに遠く及ばなかったってことか」

自嘲気味に笑う佐紀。
だがそれを、癒すような眼差しでさゆみが見ている。

「何?哀れみなら要らないよ」
「ううん。あなたたちの共鳴は、手ごわかった。さゆみたち以外に共鳴が使えるなんて、びっくりしたし。けどね。上手く言えないけど…あなたたちの共鳴には、何かが『足りなかった』んだと思う」

少しだけ怪訝な顔つきになる佐紀だが、すぐに何かを思いつく。
「足りなかった」何か、いや、「足りなかった」誰かを思い出したのだ。

「…そっか。あたしたちには『足りなかった』んだね。片時も忘れたことなんて、なかったはずなのに」

誰に言うでもなく、呟く佐紀。
その視線は、すっかり暗くなってしまった夜空に向けられていた。



ベリーズの七人は、その後警視庁特殊課の異能力対応チーム・通称PECTの隊員たちによって拘束された。
さゆみたちリゾナンターが能力者の起こした事件を解決した場合、その能力者のほとんどが彼らの手によって移送され、「適正な処理」をされる。
「適正な処理」と言っても、命に関わることではないらしい、ということしかさゆみたちは知らないが。

パトライトを回しながら遠くへと消えてゆく護送車を見送りながら、二人は大きくため息をついた。
さゆみがリーダーになって最初の、大仕事。それも、ダークネスがらみの。
「ベリーズ」たちを倒したからと言って、それは終わりではない。むしろ、長い戦いの幕開けとなるだろう。

「れいな、おぶって」
「はぁ?」
「力の使いすぎで疲れちょう。一歩も動けん」
「れいなやって動けんのに。しょうがないなあ」

さゆみが普段使わない地元の言葉を使うということは、相当疲弊してるはず。
れいなは、おぶる代わりにさゆみに肩を貸すことにした。

とは言え、れいなもベリーズとの戦いで疲弊しているのは確かだった。
その歩みは、亀よりも遅く。
それでもさゆみは、文句一つ言わずに体を委ねている。
と思いきや、すうすうと寝息を立てている。


「ったく…」

呆れつつも、れいなの頭にはさゆみと絵里と過ごした日々が甦る。
戦闘系に特化した能力を持ち、また格闘センスにも長けていたれいなは、瞬く間にリゾナンターの主戦力となっていた。
一方、後方支援のさゆみや、体の弱い絵里は二人して一緒に行動する事が多かった。
「役割が違うのだから」そう言い聞かせていたれいな自身、まったく寂しさを感じなかったと言えば嘘になる。

「さゆとは長いこと一緒やったっちゃけど、二人だけで戦うのははじめてだったかも。後輩も増えて、指導するので手一杯やったけん」

時は流れ、何時の間にかさゆみとれいなはリゾナントの最年長になっていた。
そして、リーダーの座がさゆみに巡る。その環境の変化は、様々な影響を与えてゆく。
時にリーダーとしての立場が、さゆみに厳しい表情をさせることも増えていた。

「愛ちゃんやガキさんがいなくなって。さゆがリーダーになって。さゆらしさがなくなったけん、れいなは寂しい。そんなこと思った時もあった。でも」

だが逆に言えば、問題に立ち向かい苦悩するさゆみの姿は、れいなにさゆみという人間の昨日までは見えてこなかった部分を見せることにもなった。

色々、ひっくるめて。
今なら、言える。


「さゆ。同じ年でリゾナントに入ってきて、長いこと経ったっちゃけど。今のさゆが、一番好き」

それは、さゆみが寝ている今だからこそ言える独り言。
のはずが、

「ありがと」

思わぬ反応。
さゆみは、寝たふりをしていたのだ。

「な!い、いつから聞いてたと!?」
「ふふふ、いつからだろうね」
「盗み聞きなんて、趣味悪いと!」
「うん。よく言われる」

鉄骨から落下して、あさっての方向を向いた投光器。
その光が、いつまでも二人の背を照らしていた。



目が覚める。
自分が寝ている場所があの正体不明の女が作り出した異空間ではなく、病室のベッドであることに気づいた時に、鞘師里保は一つ
の事実を実感していた。

私たち…勝ったんだよね?

半信半疑なのは、「キュート」のリーダーである舞美を倒した後、自らも意識を失ってしまったからだった。
それを現実のものに変えたのは、素っ頓狂な声をあげる来訪者だった。

「りほりほ!?」

病室を訪れたのは、リゾナンターのリーダー・道重さゆみ。
目を覚ました里保を見るや否や、猫まっしぐらの勢いでベッドに突進してきた。

「よかったぁ!やっと起きてくれたんだ!!」
「あの、道重さん?」
「もうさゆみがずっと看病してる間も撫でたり触ったりしても全然起きないから、心配したん…」
「道重さん。撫でたり触ったり、とは?」

急速に表情が無になっていく里保を目の当たりにし、大慌てでベッドから飛びのくさゆみ。

「あのっ!さゆみはただ治癒の力でりほりほをっ!別に変な意味とかなくて、最近りほりほはさゆみに『もしかしたら…』みたいなとこあるからやましい事は全然!!!」

あまりに必死に弁明するものだから、里保の顔に思わず笑みが出てしまう。


「まあ、道重さんがそういうタイプじゃないのは知ってますから。柱の影でこっそり見てるタイプですよね」
「そうそう、恐れ多くてついつい隠れちゃうの…ってちょっとりほりほ!!」
「…道重さん。私たち、勝ったんですよね?」
「うん。さゆみたちは、勝ったよ」

その後里保は、さゆみから事の顛末、現在の状況を聞いた。
里保が舞美に勝利した後、異空間から解放された八人を愛佳が病院搬送したこと。
敗北した「キュート」は警察に引き渡されたこと。
さゆみとれいなが「ベリーズ」を撃破したこと。
精神的に激しく消耗した遥、亜佑美。傷を負った香音、衣梨奈、春菜、優樹、聖。ともに回復し、最後に目覚めたのが里保であること。

「あれから『ダークネス』は」
「目立った動きはないよ。れいなが派手に暴れて町をめちゃくちゃにしちゃったから、あいつらも大っぴらに動けないんじゃないかな」

そこへ、破壊の張本人がやって来る。

「さゆ!人聞きの悪いこと、言わないの!!」
「だって事実じゃん。鉄骨ぐっちゃくちゃになって、PECTの人も『これをガス爆発事故にするのは無理が…』って言ってたし。絶対後で呼び出される」
「あーうるさいうるさい!れいなそんな手加減とかできんけん!!」


さらに、里保のお見舞いにやってきた同期たちが。

「あっ、里保ちゃん目が覚めたんだ」
「やっぱえりが毎朝お祈りしてたおかげっちゃね。さすが天才」
「えりちゃん何もしてないじゃん。寒いし」

続いて、後輩たち。

「鞘師さんよかった!!やっぱ鞘師さんあってのリゾナントですもんね!!」
「体の回復具合が計れなかったから、鞘師さんと稽古したかったんですよ、ってまだ早すぎますか」
「さやしすーん、おめでとうなう!!」
「またなうの使い方間違ってるし。あっ鞘師さんちぃーす!」

一気に賑やかになる病室。
「かしましい」と言った表現が的確な空間に、遅れてやってきた光井愛佳は思わず顔を顰める。
あんんたら鞘師は病人なんやから、と言おうとしたが思い直し、踵を返した。

ま、少しは水いらずってのもええやろ。

いつもは読むべき空気など何のその、と掻き分けて入る愛佳だが、今だけは一歩退くことにした。
今回の事は、あの10人が力を合わせて掴んだ、初めての勝利。
その姿を見て、愛佳は自分を含めた9人で力を合わせて戦ったかつての日々を思い出していた。


あの頃、みんなが手を取り合い、心を繋ぎ、そして共鳴していた。
それが、今の10人にも受け継がれている。だからこそ、勝つことができたのではないかと。

「光井さーん!」

後ろから元気な声が聞こえた。
愛佳に気づいた香音が、満面の笑みで迎える。

「里保ちゃんのために、でっかいケーキ買ってきたんです。みんなで食べましょ!!」
「はいはい、そんな強く手ぇ引っ張らんでも行くから」

ダークネスの手のものを退けての、つかの間の平和。
それが長く続かないことは愛佳も、そしてもちろんさゆみやれいなも知っているだろう。
こちらが力をつけつつあることを、気づかれてしまった。それを見過ごす甘い連中ではないことも。

だからこそ。
今は、羽を休めよう。
迫り来る危機に、万全の態勢で臨めるように。
愛佳は静かに、そして深くそう思った。




投稿日:2013/04/14(日) 08:30:24.38 0










最終更新:2013年04月14日 11:17