『リゾナンターΧ(カイ) -6』


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あっと言う間の出来事。
頭に鹿の角を生やしたキュート一番手・萩原舞が、遥と香音と衣梨奈を吹き飛ばした。
三人は弧を描くように空を舞い、そして地面に激突してしまう。

「なんだ、あっけない」

一仕事終えた舞は余裕の表情。
しかし次の瞬間、その表情が崩れる。

「んなわけねーだろ!」

立ち上がる遥。
その体には傷ひとつ付いていない。
続いて起き上がってきた香音と衣梨奈もまったくの無傷だ。

「そんな、どうして!!」
「へっへー、どうしてだろうね」

挑発する香音に歯軋りしながら、舞は考える。
確かに舞の剛角は三人をピンポイントで捉え、そして吹き飛ばしたはずだった。
なのにまったくのノーダメージとは。
ならば、直接打撃を叩き込むまで。

「モード『戦闘くん』終了。新たにモード『元気ッくん』発動!!」

舞が叫ぶと頭の角が収縮し、代わりに先ほどまでカモシカのようだった足が見る見るうちに肥大化していった。

能力者の変身において最もポピュラーかつ強力なものが「獣化」。かつてリゾナンターに籍をおいていたジ
ュンジュンのように、自らの姿を獣とすることで途轍もない力を引き出すことができる恐るべき能力である。

しかし舞は人工能力者であるが故に、能力付与の際に不具合を起こし、体の一部分しか獣化できなくなって
しまう。それを逆手に取ったのが、今彼女が見せている「部分獣化」である。訓練の結果一部を獣化するこ
とで能力を特化し、力を一点集中させることでより強力な攻撃を繰り出せるようになっていた。

「一撃ひっさつ!元気ッくんホッパー!!」

肥大化した足による、強烈な跳躍力。
そしてそのまま、脚力に任せた跳び蹴りを食らわす。
ターゲッティングされた衣梨奈だが、思い切り横に飛ぶことで蹴りを回避することに成功。
しかし蹴りの行く先をみた彼女は青ざめることになる。

「え!ウソっちゃろ!!」

舞の着地点である床は、あまりの衝撃に崩壊。
まるで地雷が爆発した跡のように、床面が抉れていた。

「さあさあどうする?次はあんたたちの胴体に、穴が空いちゃうかもねー」

相手を動揺させることに成功した舞が、得意顔でふんぞり返る。
ただ、ここでただ萎縮するだけの新メンバーではない。

「うっし!じゃあはるとガチンコ対決しようぜ。鈴木さん生田さん、サポートお願い」

腕を回しながら、遥が舞の前に立つ。
見た目自分より貧弱そうな遥を見て、思わず侮りの気持ちが出る。

「あんたがタイマン?やめときなって」
「こう見えてもはる、チョー喧嘩強いっすよ?」


どうせ達者なのは口だけだろう。すぐに泣きっ面にしてやる。
舞は元気ッくんモードを解除し、再び戦闘くんモードに入る。
荒々しい鹿角が、遥の前に立ちはだかった。

舞にとっては、二本の角は二刀流と同じ。
右に、左に鹿角を振るい遥をなぎ倒そうとする。
ところが、遥の体を捉える事ができない。まるで風に舞う木の葉のように、攻撃をかわしていく。

「舞ちゃんしっかりしなよー!相手はガキンチョだぞ!!」
「言われなくてもわかってるっての!!」

千聖の言葉に反発しつつも、舞はあることに気づいた。
確かに遥は持ち前の敏捷性で舞の攻撃を避け続けている。しかし。
10発に1発くらいだろうか。鹿角は遥に確実にヒットしているのだ。
ただ、手ごたえがない。おかしい。目の前の標的はまるで無傷。その理由が、愛理の次の一言で明らかにな
る。

「舞ちゃん、三人の中に『透過能力者』がいるよ!!」
「ええっ!?」

愛理の分析は正しかった。
鈴木香音。ある特定の範囲内にある物体を透過させることが、彼女の能力であった。最初の舞の不意打ちも、
彼女が咄嗟に発動させた透過能力により完全に防がれていた。
三人が同時に飛ばされたのは、香音の能力を悟られないための演技だったのだ。

そして遥への攻撃も、香音が持つ透過能力によって無効化されていた。
加えて遥自身の素早さにより、舞は闇雲に空を切りつけているようなもの。


そんな。じゃあ舞の攻撃が当たるわけないじゃん…勝てっこないよ…
絶望感を覚える舞。
「キュート」、いやその前身である「キッズ」の中でも最年少の彼女は、庇護されることが当たり前の環境
にいたため、困難にぶつかると精神的に後ろ向きになってしまう面があった。

「こらー、ネガティブ禁止!!!」

そこへ、早貴の檄が飛ぶ。
思わず、はっとなる舞。

「実力じゃ勝ってるんだから、弱気はダメだよ!」
「なっきぃ…」

消えかけていた闘志の火が、再び燃え上がる。
そして次の舞美の言葉が、だめ押しとなる。

「その子の体力がなくなれば避け続けることはできないし、透過能力だっていつまでも続かない。がんばれ、
舞ちゃん!!」
「そっか。そうだよね!!」

再び遥に角を振るおうと、舞が立ち上がる。
その様子に苦い顔をするのは香音と衣梨奈だ。

「せっかく気持ちで勝ってたのに!」
「あの子、さっきよりも張り切ってるっちゃん」

しかし戦いの当事者である遥の瞳の光は消えていない。
むしろ舞の攻撃を待ってましたとばかりに待ち構える。

迫り来る剛角。
遥は強烈な一撃をすり抜け、そして片方の角をへし折った。


バランスを崩して尻餅をつく舞。
大人の腕ほどの太さのある角を、華奢な少女がいとも簡単に折ってしまった。
その事実が、信じられずにいた。
そんな…あんなか細い子のどこにそれだけの力が…どうして…どうして?!

「だったらこっちのほうでぶっ飛ばしてやる!!」

自らの疑問を払いのけるように、高くジャンプする。
元気っくんモードにおける最強の決め技「JAUP(ジャンピングアンドアップグレード)」。まともに喰
らえば命に関わる威力。
鋭く蹴り落としにかかる脚。だがそれは攻撃を交わしつつ、振り向きざまの裏拳を腿に入れた遥の前に崩れ
落ちる。勢いを急激に失った舞は、まるで失速する独楽のように派手に倒れた。

「…どうして、どうしてあんたみたいな非力そうな子にっ!!」
「はるにはさ、『視える』んだよね。あんたの弱点」

悔しさと怒りを露にする舞に対し、遥は事も無げにそう言った。

千里眼。
文字通り、千里の先まで見通すことのできる能力。
本来であれば、まったく戦闘向きではない能力だが、それを遥は強引に戦闘に応用した。
遠くを見渡す力のベクトルを、近くの、敵の体に向ける。
結果、遥は相手の体の弱点、どこを叩けば最も効率よくダメージを与えることができるのかを把握できるよ
うになった。俊敏だがスタミナや腕力のない遥にとって、その相性は抜群だった。

「舞はあんたに…あんたなんかに負けられないんだよ!!!!」

ついに舞の怒りが頂点に達する。不退転の決意を表すは、彼女の切り札「リアル戦闘くんモード」。まるで
網の目のように発達した角は、相手を捕獲するや否や細切れにしてしまうほどの鋭さを持っていた。

「弱点を見る間もなく挽肉にしてやる!!」

遥を包み込もうとしている角の檻の攻撃ポイントは無数、どこに触れても無傷ではすまない。
遥の素早さをサポートする香音の透過能力も、その全てをカバーすることはできない。

一瞬の静寂。
倒れたのは、舞のほうだった。

「あんた、えりのことすっかり忘れとったっちゃろー」

衣梨奈の能力である「精神干渉」。
相手の精神に付け入り、そして崩壊させる。防御するには自らの精神力の高さに頼るしかない、つまり物理
的には防ぎようの無い攻撃だが、逆に言えば自分よりレベルの高い能力者には通用しないということ。

ただ衣梨奈より実力者であるはずの舞は、感情を極限まで高ぶらせてしまい、そこに隙を生じさせてしまう。
敗因、それは舞があくまでも遥にこだわって他を見なかったこと。
舞は完全に攻撃の意思を奪われ、そして昏倒した。

「やった!倒したぞ!!」
「くどぅー、えりちゃんやったね!!」
「もしかしてうちら最強のトリオ!?」

相手が倒れるのを見て、喜びあう三人。
一対一では、とても敵わないであろう相手を打ち倒すことができた。
三人の能力の組み合わせの妙、そしてチームワークが導いた勝利。作戦を指示した愛佳の狙いが上手く嵌った
結果のことだった。





☆☆


闇が晴れ、光が満ちる。
足場の鉄骨、周りを覆う防護網、全てが鮮明に照らし出された。
友理奈は残念そうな顔をし、佐紀は桃子がしくじったのを悟り舌打ちをする。
発電設備が復活したことによる投光器の起動は、れいなにとってまさに反撃の狼煙であった。

しかし、それと時を同じくして桃子を除いたベリーズの全メンバーが最上階にたどり着く。

「残念でした。せっかく投光器をつけたのにね」

れいなの正面に立った雅が、その掌に炎を迸らせる。
その後ろで千奈美が、友理奈が、雅のサポートのために構えている。
右を見れば梨沙子が、左を見れば茉麻がれいなを捉えようと徐々に距離を縮めている。

圧倒的に不利な状況にあるれいな。
なのに、その表情には笑みすら浮かべている。

「もう笑うしかないってやつ?」
「そりゃそうでしょ。打つ手なしだもの」

茉麻がれいなの心情を推し量り、梨沙子が現在の状況を断じる。
れいなの笑みはやがて笑いに変わり、文字通り腹を抱えて笑い始めた。


「ねえちょっと、何がおかしいの?なんかムカつくんですけど!」

甲高い声で、自らの気分が害されたことを主張する千奈美。
堪えきれない、といった感じで笑い転げていたれいなは、一言だけ言う。

「いやいや。あんたら、おめでたいっちゃねーって思って」
「は?」
「まんまと罠に嵌ったのは、あんたらのほうったい!!」

れいなが、自らの足場に強烈な拳の一撃を叩き込む。
突然、れいなたちが立っていた足場が大きく傾く。それをきっかけに、鉄骨で組まれただけの建物はまるで地震
にでも襲われたかのようにがたがたと左右に揺れ始める。
揺れは徐々に大きくなり、そして限界点を迎える。

頑丈に組まれていたはずの鉄骨が、一気に崩壊した。

ただ闇雲に逃げ回っているわけではなかった。
追っ手から逃れながら、れいなは鉄骨の要である箇所のボルトを外していたのだ。
少しの衝撃で、足場が崩れてしまうように。

まるでジェンガを崩したかのように、ばらばらに崩落してゆく鉄骨たち。
当然、誰もが投げ出され、地面に向かって真っ逆さまに墜落してゆく。
このままでは全員タダではすまない。
咄嗟に友理奈が、メンバー全員を包み込むような形で重力操作をかけた。


急速に落下スピードが、弱まる。
巨大な鉄骨ですら、水の中を落ちていくようにゆっくりと、沈んでゆく。
あらゆる重力が軽減される、異空間。
もちろん、嫌でもれいなはその範囲に入ってしまう。

「熊井ちゃん、あいつだけ範囲から外して!」
「えっ!そんな器用なことできないって!!」

言ってはみたものの、あまりテンパらせ過ぎて友理奈の重力操作が狂い始めたら困った事になってしまう。なら
ば、この滞空時間中に相手を仕留めるしかない。
梨沙子が愛刀「氷室」を抜き、器用に浮遊空間を掻い潜りれいなに迫る。

「あんたが地上に着く前に、バラバラに切り刻む!」
「威勢がいいっちゃね、ピンク髪!」

この空間の中では飛び道具である「威舞」は役に立たない。
頼れるのは己の剣技のみ。
刀の射程圏内にれいなを捉えた梨沙子が、その凶刃を振るう。

常に氷の力を漲らせている刀、少しでもかすり傷をつけた瞬間、傷口は凍傷となり全身を蝕んでゆく。接近戦に
おいて、有利な立場にあるのは梨沙子。しかし。


当たらない。
この浮遊空間にも関わらず、れいなの動きは少しも阻害されない。
まるで通常時が如く、梨沙子の太刀筋はことごとくれいなにかわされる。

「なんで…あたしたちでさえこの浮遊空間は動き辛いのに!」
「んー、慣れた」

類稀な格闘センス。バランス感覚。
れいながまさにその持ち主であることを、梨沙子は渾身の蹴りを体に叩き込まれてようやく理解することになる。
増幅能力によって高められた蹴りの威力に、抗う事すらできずに梨沙子は気を失った。

「梨沙子!!」
「あと五人っと」

仲間が一人やられた。
身構えるベリーズのメンバーたちを他所に、れいなが上空に漂っていた鉄骨目がけて飛び出す。
鉄骨をがっしり掴んだれいな、まるで体操の鉄棒のように数回体を回転させたかと思うと、その勢いのままに下
方へと落ちていった。

その射程の先には。
重力操作能力の持ち主、友理奈。
能力が解除されれば、全員真っ逆さま。だから敵は、最後まで自分を攻撃することはないだろう。
そう高を括っていた友理奈は、れいなが自分に向ってくるのを見て泡を食う。


「ちょっと!こっち来ないでよ!!」
「だったら能力解除すれば?」

言いながらその距離を詰めてくるれいな。
元来友理奈は頭の回転が速いほうではない。能力を解除してれいなの動きを封じる。しかし一旦解除すれば全員
の身を危険に晒す事になる。
頭の中で描かれる天秤。どちらを取れば良いのか。

選択肢の結論が出ることはなかった。
回転の勢いを加えたれいなの右拳が、友理奈の腹に突き刺さったからだ。
友理奈の意識が飛ぶと同時に、重力が元に戻る。

再び速度をつけながら、全てのものが地面に向かって落下してゆく。
無論、れいなたちも例外ではない。

「あいつ、熊井ちゃんを!!」
「死なばもろともってやつかよ!!」

急激に落下していく感覚に、千奈美と茉麻が肝を冷やしながらも毒づく。
自分達にはいざとなれば茉麻の能力がある。軟体化した茉麻をクッション代わりにすれば激突の衝撃は大幅に軽
減されるからだ。
だが何の命綱ももっていないれいなにとっては、友理奈を倒したのはまさに自殺行為。


「飛び降り自殺の前に、焼死させてあげるよ!!」

パラシュートなしのスカイダイビング、躍り出るのは炎使い・雅。
隠れ蓑になる鉄骨は落下軌道にはない。人間火炎放射器によって、れいなは完全にロックオンされた。

「あんたのへなちょこな炎、リンリンに比べたら子供の火遊びやけん」
「言ってくれるじゃん、後悔させてあげるよ!」

挑発するれいなに向けて、掌を翳す雅。
溢れる炎、ただし灼熱の洗礼を浴びたのは、雅自身。

「あんたアホやろ。こんな下から風吹いてくるような状況で能力使ったら、そうなるっちゃろうに」

まず最初にれいなが警戒したのは、直接攻撃に長ける梨沙子。次が、炎による遠距離攻撃を得意とする雅だった。
しかしこの状況を逆手に取り友理奈の能力を潰すことで、雅の炎を封じることができる。と彼女がそこまで考え
るわけがない。ただ単に、ふわふわ浮かぶ能力が邪魔という理由だった。

ベリーズ、残り3人。
しかし、地面との衝突までの時間は確実に迫っていた。
落下した鉄骨が途中の防護網に引っかかり、網を引き裂きながらさらに落ちてゆく。


「やってくれるじゃん、でもそれ以上はやらせないよ!!」

れいなの上空で叫ぶ、千奈美。
この状況で幻視能力が何の役に立つだろうか。そう侮っていたれいなを前に、千奈美が自らの近くを落下してい
た鉄骨を掴み、そして思い切り投げつけた。

あの細腕のどこにそんな力が。
考える暇はない。避けなければ、鉄骨の軌道に巻き込まれてしまう。
回転しながら落ちてくる鉄骨を紙一重で避ける。いや、避けたはずだった。
予測を否定するのは、れいなの首根っこを捕まえる太い腕。

「捕まえた」
「しまった!!」

後悔するももう遅い。
千奈美は、幻術を使用して偽装していたのだ。
飛んできたように見えたのは鉄骨ではなく、れいな目がけ落下の軌道修正をした茉麻。
もがこうにも、既にれいなの両肩を力強い掌が掴んでいる。れいなを押さえつけながら落下する茉麻の背に、千
奈美が乗り込んだ。

「終わりだよ。安心して死んじゃって」

茉麻の肩越しから顔を現す、さも嬉しそうな顔をした千奈美。
諦めたかのように全身の力を抜くれいなを見て、自らが描いた結末は確かなものになる。そう考えていた矢先の
出来事。れいなは大きく息を吸い込み、そして叫んだ。


「…舐めるなぁ!!!!」

自分よりも一回りも二回りも体格の小さいれいなを押さえつけている茉麻。
だがこの時、掌から伝わる力は自分よりも遥かに大きなものを抱えているような錯覚さえ起こさせた。その一瞬
の怯みが隙を生む。

決してこじ開ける事ができないかと思わされるような剛力が、れいなの細い両手によって引き剥がされた。行使
することで、普段の何倍、何十倍もの力を発揮できる「増幅能力」。あっという間に茉麻のホールドを解いてし
まったれいなが、反撃に出た。

うつ伏せだった態勢を反転させて、一呼吸。
この一呼吸分、持ちうる力を爆発させる。
抉りこまれるような、右の正拳。それは、雨粒が土砂降りへと変わる最初の一滴に過ぎなかった。

次々と打ち込まれる、れいなの一撃。
対する茉麻は、肉体を硬化させて応戦する。れいなの攻撃の速さは経験済み、下手に追うより防御に回り相手の
自滅を待つほうが賢い。前回とは違い、全ての力を防御に回した今なら。手も足も出させないまま、地面と茉麻
のボディプレスの挟み撃ちにすることは十分可能と踏んだ。

事実、れいなの拳は茉麻の肉体にまったくダメージを与えていなかった。
加えて、地面到達まではあとわずか。
いや、茉麻の様子は明らかにおかしくなっていた。れいなの拳は止まることなく、茉麻の腹を打ち続けている。
皮しか捩れなかった一撃が段々と、筋肉にめり込んでゆく。


「まとめて、飛んでけ!!」

叫んだ勢いのままに、繰り出されるフィニッシュブロー。
おやつのカールみたいに折れ曲がる茉麻と、バランスを崩して足を踏み外す千奈美。茉麻が倒されたこと自体想
定外だった上に、気がつけばれいなは自分の目の前。
何をするつもり? 身構える千奈美にれいなは優しく微笑みかける。

「踏み台見っけ」
「はぁ?」

れいなは。
千奈美の肩に足をかけて、そこから更に高く跳躍したのだ。おまけに千奈美の顔に一撃を加えたのは、ご愛嬌。

くそ、まさか…ほんとに一人で全員倒すなんて…

失いゆく意識の中で、千奈美は自分達の認識の甘さを悔いた。
そう、単純に全員がかりで襲えば勝てる。そういう簡単な相手ではなかったのだ。

新たな踏み台を得て高く飛翔するれいな。
さらに、落ちていく鉄骨に踏み乗り、真横に飛ぶ。
飛んだ先は防護網、サッカーボールのシュートがネットに突き刺さるが如く、網は落下のエネルギーを最小限に
抑えた。

れいなが防護網に包まるのと、鉄骨たちが地面に次々と突き刺さるのは、ほぼ同時だった。







☆☆☆


「舞ちゃん!!」

勝利に湧くリゾナンターたちを他所に、キュートの四人は倒れた舞に駆け寄った。
気を失ってはいるものの、命に別状はない。ただ。
実力上位だったはずの舞が、相手が三人がかりとは言え敗退してしまった。このことは、残されたメンバーたちに
相手への警戒心を強める結果となる。

「次はあたしが行く」
「なっきぃ!」

力強い言葉とともに立ち上がったのは、キュートの中間管理職的存在の早貴だった。
それに対し、抗議するがごとく立ち上がったのは二番手になるはずだった千聖だ。

「ちょっとなっきぃ!次は千聖って決まってるんだから」
「最早そういうこと言ってられる場合じゃないから。あいつらは、全員あたしが倒す」

互いに譲り合う気配はない。
心配そうにリーダーのほうを見る愛理。舞美の答えは、至ってシンプルだった。

「二人でいこっか。相手は意外とやるみたいだし、うちらも気合入れてかないとね」

早貴と千聖はしばらく顔をつき合わせていたが、やがて何かに納得して二人でリゾナンターたちのもとへ向っていった。

一方、リゾナンターサイドもまた全員が無傷というわけではなかった。
特に、ずっと動き回っていた遥の消耗が酷い。
勝利の喜びを分かち合っていた三人だったが、遥が倒れこんだことで慌てて救護班が駆けつける結果となった。

「もう。くどぅーは無理ばっかりするんだから」

リーダー道重さゆみから「借りた」治癒能力で遥の体力を回復させる、聖。
複写能力を持つ聖が、一度に保有できる能力は三つ。そのうちの一つの枠を、メンバーの傷を癒す事のできる治癒
能力に充てていた。

「悪りぃ…対能力者戦のデビュー戦みたいなもんだから、つい調子に乗っちゃって」
「ついついはしゃいじゃったんだよねー、イヒヒ」
「うるさいなあまーちゃんは!自分が子供だからって人のことを子供扱いすんな!」

優樹の茶々に突っ込める元気はあるものの、本調子には遠い。
ここは、メンバーチェンジが無難だろうと聖たちは考えた。

「くどぅーの代わりに、私が出ます!」

挙手したのは、後発組の最年長にあたる春菜だった。
戦闘系に向く彼女の能力は、遥の代打としては最適だろう。


「うん。じゃあ香音ちゃん。えりぽん。はるなん。お願いね」
「了解っ!!」

元気よく返事し、空間の中央に進む三人。
ところが、そこには人の影はなく。
その代わり、大きな姿見がそこにあった。

「なに、あれ?」
「あはは、戦う前に鏡チェックしろってことっちゃろか?」

怪しむ香音と、お気楽な発言をする衣梨奈。
しかし、春菜は既に姿見の危険性を肌で感じ取っていた。

「みなさん、伏せて!!」

大声で叫ぶ春菜。
その声に差し迫るものを感じたのか、二人も慌てて地面に伏せる。

果たして春菜の直感は正解だった。
鏡から飛び出す、無数の念動弾。標的を見失った弾はそのまま背後の壁にめり込み、小さな穴を開けた。直後、鏡
の中から声がする。

「なんだよぉ。さっきので全員仕留めたと思ったのに」

鏡に、キュートのメンバーの一人である千聖が映っている。
思わず後ろを振り向く春菜たちだが、彼女の姿はない。

「そんなとこ見たってダメだって。だって、千聖は鏡の世界にいるからね」

352 名前:名無しリゾナント[] 投稿日:2013/03/05(火) 14:01:05
全員が耳を疑う。
鏡の世界にいるとは、どういうことを意味してるのか。

「意味がわからんと。頭悪そうな顔のくせに」
「生田さん、きっとあの人は、自分が鏡の中にいるってことを言いたいんだと思います」
「鏡の世界!?」

驚く香音に、春菜は首を振る。

「でも、鏡の世界なんてないはずなんです。ファンタジーやメルヘンじゃないんですから」

と、彼女は愛読書のある漫画の台詞を引用して言った。
が、言いつつも矛盾したものを感じる。私たちの能力自体、ファンタジーやメルヘンに属する存在じゃないのかと。

「だったら話は早いと!あの鏡、ぶっ壊す!!」

衣梨奈が鏡に向って走り出す。
両手には、いつの間にかグローブが装着されていた。

「衣梨奈、あれからいっぱい練習したとよ!」
「おいちょっと、お前何するつもりだよ!?」

無鉄砲に突っ込んでいく衣梨奈の勢いに押され、千聖の念動弾を打つタイミングが遅れる。
それを見透かしたように、両手を広げて鏡に向ける衣梨奈。
鏡は、ピアノ線に絡め取られてギチギチと音を立てていた。


「あれ、新垣さんの!」
「いつの間に会得してたんだよー!!」

遠くで見守っていた聖と里保も、衣梨奈の新しい「攻撃方法」に驚く。
精神攻撃は、あくまでもサポートにしか向かない。その役割を主力級に高めたのが、衣梨奈の先輩にあたるリゾナン
ター前リーダー・新垣里沙であった。グローブに仕込んだピアノ線を敵の体に絡ませ、ピアノ線を通して精神攻撃を
仕掛ける。さらに、線の鋭さで切り刻む。
自分と同じような力を持ちながらも物理的攻撃力を手に入れていた里沙は、衣梨奈の憧れだったのだ。

「くそ、何だよ!まさか鏡を壊すってんじゃないだろうな!やめろ、いややめて!!」
「面白い前振りっちゃねー、えいっ!」

命乞いをするかのような千聖を無視し、衣梨奈がピアノ線に力を込める。
線が這った場所から亀裂が入り、姿見はばらばらに破壊されてしまった。

「一丁あがりっと。なんね、大したことない連中」

得意顔で、ピアノ線をグローブに収納する衣梨奈。
同期の活躍に喜ぶ香音。だが、春菜の表情は冴えない。

「はるなん、どうしたの?」
「あの、私が読んだことある漫画だと…鏡をばら撒くのはまずいんです!」
「でもそれって漫画の話でしょ?大丈夫大丈夫」

あっはっはと豪快に笑いながら、春菜の背中を香音がぽんぽん叩く。
それでも、五感を研ぎ澄ました春菜の危険信号は鳴り止まない。


「生田さん!早く!こっちに戻ってきて下さい!!」
「えー、はるなん何急いでるとー?」
「いいから、早く!!」

訝しがりながらも、春菜たちのほうに向って歩いてゆく衣梨奈。
春菜の感は、またしても正しかった。けれど、彼女たちは既に敵の罠に嵌っていた。

「はーい残念でしたー。もう遅いよー」

声は。
周りのあちこちから聞こえていた。
そう。春菜の言うとおり、ばら撒くのはまずかったのだ。

春菜たちの周りには、ばらばらになった鏡の破片が。その一つ一つから、千聖の声が聞こえていた。
五感集中によって春菜が捉えた鏡の破片には、こちらに向って手をピストルの形にしている千聖の姿が映っていた。

「危ない、伏せ…」
「避けられるかよっ!一斉掃射!!」

鏡の中の千聖が、春菜たちに向って念動弾を発射する。
散らばった鏡の千聖が、同時に射撃するということは。それは。
標的となった三人に、雨あられの銃弾が降り注ぐという事だった。






☆☆☆☆


「くそっ、物質透過!!」

寸分違わず自分達を狙ってくる弾に、香音が自らの能力を展開させる。
ただ、一度に透過できる回数は限られている。能力の限界を示すかのように、端緒となる一撃が香音の左
肩を打ち抜いた。

「ああっ!!!!」

無力。
鏡の中の狙撃手が放った大量の銃弾が、次々に三人の体を打ち抜いてゆく。
香音の能力による弾数の軽減も、50発弾を撃たれるか100発弾を撃たれるかの差にしかならなかった。

「まーちゃん!!」

聖が、傍らにいた優樹に向って叫ぶ。
事は急を要する。空間の中心で踊っているかのような三人に、優樹の能力が発動した。
優樹が強く念じると同時に、背後に白い手袋をした巨大な二つの手が現れる。
それらが弾かれたように飛び出し、銃弾の雨に晒されている春菜たちを捕捉。次の瞬間には優樹たちの前
に運び込まれていた。


瞬間移動。
大まかに分類すれば、優樹の能力の名前はそういうことになる。
が、何でもかんでも移動できるわけではない。「先生」と彼女は呼んでいるのだが、先生が瞬間移動を実
行するのにはいくつかの制約がある。

まず、優樹自身が移動させる物体または人物のことをよく知っていること。
次に、移動する先は常に優樹の目の前だということ。
最後に、優樹自身を移動させることはできないということ。

欠陥だらけの瞬間移動ではあるが、今の場面のように便利な面もある。
少なくとも、春菜、香音、衣梨奈の命は救われた。
銃弾に貫かれ痛みで呻く三人を、聖が治療に掛かる。

「フクちゃん、様子は…」
「うん。香音ちゃんの透過能力で、急所だけは外してるみたい」

駆け寄る里保の問いに、傷口に手かざしをしながら答える聖。
しかしその表情に精彩はない。

「だけど、香音ちゃんが…」

他の二人に比べて、明らかに香音の傷がひどい。
恐らく。全ての銃弾を回避する事が不可能と悟った香音が、身を挺して衣梨奈と春菜を守ったのだろう。
春菜たちが意識を取り戻したのとは対照に、香音は未だ夢に魘されたままだ。


鏡の中の…鏡の中に人が…

うわごとのように繰り返すその言葉。
それが気になったのか、聖は衣梨奈と春菜に聞いた。

「鏡の中に人がって、どういうこと?」
「あの…鏡の中にキュートの人が映っていて、一斉に念動弾を放ったんです」
「きっと、鏡の中に入れる能力者っちゃね」

鏡の中から攻撃をしかけてくる狙撃者。
それが本当ならば、自分達に攻撃手段はない。
ただ、何かが引っかかる。それを、春菜が指摘した。

「でも、基本的に能力者は一つの能力しか持てないはずじゃ」
「だよね。私の複写能力は別として、はるなんの言うように一人が複数の能力を所持してる事はありえ
ない」

聖は相手の陣営に目を向ける。
そこで、違和感の理由がはっきりする。もし聖の推測が正しいとすれば。

「えりぽんは下がってて。次は私とはるなんと、あゆみちゃんで出る」

自分が出るしかない。
治癒役を温存、という愛佳の策からは外れてしまうけれど、このまま全滅してしまうよりはましだ。
第一、突破口を開く能力を持っているのは、自分しかいない。
聖の決意は堅かった。


「聖!何でえりが外されると!こんな傷、大したことないけん!!」

外されてしまった衣梨奈が、不服の声をあげる。
同じ条件なのに、春菜が再び登板するのも納得いかない。
言葉に詰まる聖、そこへ里保が助け舟を出す。

「えりぽん、フクちゃんはえりぽんを温存してるんだよ。メンバー唯一の精神攻撃ができるえりぽんは、
次の戦いに取っておいたほうがいいってね」
「…そう?」
「世界一の能力者を目指してるんでしょ?」
「そ、そうっちゃね。わかった。聖、後は衣梨奈に任せてがんばってきて!」

恐ろしく単純。だがそこが彼女のいいところでもあり。
衣梨奈の見てないところで、里保が聖に目配せ。ごめんね、口だけ動かしてから、聖は鏡の破片が散乱し
ている場所まで歩いていった。

「譜久村さん、どうするんですか?回復役の譜久村さんがいなくなったら…」
「うん。だから、勝負は一瞬」

三人が手も足も出ずにやられてしまった惨劇を見ていた亜佑美が、不安げに聖に訊ねた。
その不安を和らげるよう、言い含めるように聖は自らの作戦プランを明かす。


「あゆみちゃんは、中の狙撃手が狙いをつけられないように、できるだけ破片を遠くへ散らばして。相手
が『弱点』を晒したら、私の能力で一気に攻める」
「なるほど。遠くへ破片を持っていく事で念動弾の軌跡の隙間を大きくするんですね!さすが譜久村さん
です!」

春菜が目を輝かせながら、そんなことを言う。
ただ、今はそのよいしょに気を良くしている場合ではない。
最初の行動が間違っていれば、計画自体が水の泡になりかねない。

ゆっくりと、一番近い鏡の破片へと歩いてゆく聖。
そして、突然、走り出した。
急に向かってくる相手に、小躍りして喜ぶ鏡の中の千聖。

「自殺志願者はっけーん!」

破片を手にした聖。
しかしすでに銃口は聖を狙い照準を定めていた。
鏡から手へ、電流のような何かが走る。

「あゆみちゃん、お願い!」
「オッケーです!!」

千聖が念動弾を発射するより速く、亜佑美が動いた。
聖から鏡の破片を奪い、空に向かって放り投げる。


「バーカ!そんなやり方で千聖の攻撃が避けられるかよ!!」

発射される弾。
しかし亜佑美はそれを、恐ろしくキレのいい動きでかわす。

「まだまだいくよっ!」

避けきった地点から、さらに移動。
別の場所にあった鏡の破片を、力いっぱい蹴り上げた。
そこからさらに横に跳び、別の破片を足払いで散らばせる。
それらすべてが、目に止まらない高速の動き。

「何だこいつ、狙いが定まらないじゃんか!」

憤る千聖。
ぶれる照準を何とか調整しつつ、打ち出した念動弾による一斉射撃。
それも、軌道の隙間が広げられたものとなり、亜佑美にいともたやすくかわされてしまう。

亜佑美の動きは止まらない。
高速移動。それが亜佑美の能力。彼女の動きについてこれたのは仲間内では田中れいなしかいない。里保
でさえ、奇策を使わなければ高速移動を捉える事ができなかった程。増してや鏡の中にいる相手には亜佑
美の影さえ踏むことはできない。

ひとつひとつ、確実に破片を飛ばしてゆく亜佑美。
鏡の中の人物にダメージが与えられるわけではない。ただ。
聖の言う弱点が露になるまで、踊り続けるだけ。
針の振り切れたダンスマシーンになろうと、彼女は心に決めた。


一方、再び千聖の射程圏外まで移動した聖と春菜は。

「はるなん」
「はい」
「少しでも変な特徴のある破片があったら、聖に教えて」
「わかりました」

五感強化。
視覚。触覚。聴覚。味覚。嗅覚。
これら任意の感覚を一時的に強化できるのが、春菜の能力。
さらに、相手の五感を一時的に奪う事も可能。つまり、彼女の能力の本質は、自分もしくは相手の五感
に作用する力だった。

春菜の意識が、亜佑美の弾き飛ばしている鏡の破片へと集中する。
鏡には全て、狙撃手である千聖の姿が映し出されている。
見た目には何の違いもない。

一方、亜佑美の高速移動できる時間は刻一刻と少なくなっていた。
人知を超えるスピードを繰り出す高速移動、体力の消耗は尋常なものではない。

踊る。踊り続ける。鼓動が、止まるまで!!

それでも亜佑美のキレはまったく落ちない。
業を煮やした千聖が、ついに最終手段に出た。


「狙いがつかなきゃ、大量にバラ撒いてやるよ!!」

千聖は、ありったけの念動弾を発射しようとしていた。数撃ちゃ当たるの論理だ。
ただしこの場合、亜佑美はもちろんのこと、味方であるキュートのメンバーにも被害が及ぶ。まさに諸
刃の剣が振り下ろされようとした時、春菜が叫んだ。

「譜久村さん!あれです!今あゆみんが蹴り上げた鏡の破片です!!」
「わかった!!」

普段の聖からは想像もつかないような、猛ダッシュ。
天高く舞い上がる鏡の破片をジャンプしながらキャッチすると、そのまま鏡の中へと吸い込まれていっ
た。

鏡の破片から導かれた世界。
そこは、外の世界を反転させただけの異空間。
そこに、鏡の世界の「主」はいた。

「何で、この場所に?どうして…私がここにいるってわかったの?」

何も無かったはずの場所から、ゆっくりと姿を露にしてゆく小柄な少女。
その表情には、焦りの色が浮かんでいた。


「私の能力は『複写』。3つまでなら、人から得た能力をストックできる。その枠をね、一つだけ空け
ておいたんだ」
「それで私の能力を使って鏡の中に。でも、鏡には全部千聖の姿が映るようにしてたのに」
「…匂い、ではるなんが見つけたの」

見た目は全て一緒でも、その人間の匂いまでは消す事はできない。
春菜の強化された嗅覚が、狙撃手を影で操る指揮官を捉えたのだ。

追い詰められた。
そう感じたのか、少女 ― 早貴 ― が一歩、後ずさる。

「私の能力が、そんな決め打ちみたいな方法で破れるなんて」
「ううん。決め打ちじゃないよ。ヒントはいっぱいあった。それはさっきの閉ざされた空間の中であな
た一人が姿を消してたこと。それに、あなたの居場所だって」
「な、なによ」
「随分昔にね。ある人に教わったことがあるの」

聖は、懐かしそうに、ある人物の顔を思い浮かべながら言う。

「『能力は、人の願いに呼応して発現するものなんだよ』って。あなたの能力は鏡の中の世界を作り出
すこと。相手が決して手を出すことができない場所を作る人は」
「……」
「本心ではいつも、どこかに隠れていたい。引っ込み思案」


相手の持つ能力から、聖は早貴の本来の性質を見抜いていた。
もともとはグループの中でも後ろからついていくことの多かった早貴。年長メンバーが任務で相次いで
命を落とす中、気がつけばサブリーダーの役割を与えられていた。立場上前に出ざるを得ないことが多
くなり、人が変わったかのように積極的になってはいたが。

「人間、魂までは変えられないんだよ」

決定打となるはずの聖の言葉。
けれど、それを聞いた早貴の顔には笑みが浮かぶ。

「魂は変えられなくても、考え方は変えられる」

早貴の背後に浮かび上がる、無数の鏡。その中で、人差し指を聖に向ける無数の千聖。

「鏡の中に入る能力しか持たない私が、何の手も打ってないとでも思った?最早絶体絶命ってやつ、これ。
あんたの能力のストックは、あと2つ? ゆーても、攻撃手段になる能力は…なさそうだよね!!」

確かに昔は引っ込み思案のなかさきちゃんだった。けど今は違う。
舞美ちゃんの、キュートの願いを叶えるために。私は変わったんだから!!
相手の命運を握った感触と、自らの使命に早貴の感情は高揚していた。


対照的に、あくまでも冷静に早貴を見つめる、聖。
その瞳を彩るのは、包み込むような優しさと、そして敵を断ずるほんの少しの厳しさ。

「いつも、どこかに隠れていたい。あなたはまた、隠れてる」
「まだ言うつもり?!私はどこにも隠れてなんか…」

言いかけた早貴が、急に目の前に現れた少女の姿を目にして戦慄する。

「この子、いつの間に!!」
「あなたの能力、忘れたんですか?」

早貴は考えていなかった。
自らが外敵の撃退策を講じていたように、相手もまた攻撃手段を用意していたことを。
聖は絶好のタイミングで春菜を鏡の中に引き入れたのだ。
そして早貴は突如の不意打ちに対応できずに、鳩尾にきつい拳をまともに喰らう。

「無意識かもしれないけど、あなたは味方の援護射撃範囲の内側に移動してた。位置さえ予測できれば、あ
なたの虚を突くのは簡単だった」

膝をつき、その場に倒れる早貴。
なっきぃ何やってんだよー!というぼやきとともに、次々と消えてゆく鏡の中の千聖たち。
鏡の中の空間は急速に安定を失い、そして聖たちを排出しつつ消えていった。