『リゾナンターΧ(カイ)外伝・赤の脅威』


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。



「久住さーん、そろそろ本番でーす!」

自分の控え室で仮眠を取っていた久住小春は、番組ADの馬鹿でかい声に目を覚ます。
相変わらず本名で呼ばれることの違和感に辟易しながらも、気だるそうに身体を起こした。

アイドルからモデルに転身したと同時に小春は、「月島きらり」の名前を捨てた。
別に心気一転とか殊勝な考えからではない。ただ、捨てたかったのだ。
アイドルであった時の名前を。そしてリゾナンターであった時に名乗っていた、名前を。
小春の意識は、自然と決別のあの日へと還ってゆく。




「本気なの…?」

リゾナンターのサブリーダーである新垣里沙が、改めてその意思を確認する。
けれど、小春にとっては何度聞かれようが、答えは変わらなかった。

「うん。小春はもう、リゾナンターを辞める」

「銀翼の天使」の襲撃から数日後。
幸いにして怪我の軽かった小春だが、喫茶店を訪れて口にしたのはリゾナンターを抜けるという
衝撃の決断だった。

「何もこんな時に、そんなこと」
「もともと、このままここに居ちゃいけないって、何とかしなきゃ取り返しがつかなくなっちゃ
うって思ってて。だから、逆に能力を失ったのは『いい機会』かなって」
「そんな、いい機会って…ひどいよ、そんなの…」

小春を嗜めようとしたさゆみだが、逆に小春の辛辣な返答に打ちのめされてしまう。
そこで黙っていなかったのは、例のメンバー。

「あんた、さっきから黙って聞いてたら、何言いよう?愛佳だって、能力がなくなってくのを必
死で堪えてるっちゃろ!!」
「みっつぃーと小春は違う。能力がなくなってるのに、それでも惨めにしがみつく生き方なんて
できない。大体、好きで手に入れた能力じゃないし」

俯いてしまう愛佳を見たれいなの中で、何かが弾ける。
言葉より先に、手が出た。
小春の首元を掴み、引き寄せる。

「二人とも、やめな」

静かに、それでいて全てを律するような声。
リーダーである高橋愛の言葉は深く、そして重い。
れいなは小春から手を離し、小春は何もなかったように襟元を直した。

「愛ちゃんは。愛ちゃんはどう思ってるの?」

里沙が、問いただす。
メンバーの離脱という事態は、リゾナンター結成後誰もが経験していなかったこと。ならば、最
終判断は発起人である彼女が下すのが妥当。里沙は、そう考えていた。

「…小春の、好きにしたらええ」
「愛ちゃん?!」
「元を正せば、あーしの都合でみんなにはここに集まってもらってるだけやし。小春を拘束する
権利なんて、誰にもないんやよ」

愛の言う事はもっともだった。
目的も生き方もばらばらだった8人が、喫茶店の店主の人柄に惹かれ、そしていつの間にリゾナ
ンターという名の集まりになっていた。愛や里沙の持つしがらみから成り行き上ダークネスと対
立することとなったが、そこに強制力はなかった。

小春は一言も発することなく、誰とも目を合わせることなく、背を向ける。
一歩足を踏み出した瞬間から、道は分たれる。それは挫折ではなく、さらなる前進。そう言い聞
かせながら前を向く小春に、愛が声をかける。

「でもな。あーしたちは、いつでもここで…待ってるから」




背中に寄せられた、最後の暖かい言葉。
それを振りほどくと同時に、回想から抜け出す。
何もかもが、もう通り過ぎたこと。
控え室のドアノブに手をかけると、指先がぱちっ、と乾いた音を立てた。
懐かしい感覚。けれど、これはただの静電気。小春の内にはそれを生み出す力すら、もうない。

今回小春が出演する音楽番組「ミュージックスタリオン」にて、アーティスト風の新曲を披露す
る予定だった。モデルなのに何で歌なんか、という周りの雑音を撥ね退けて小春はオファーを受
けた。それが自分のためになるならば、自身のステップアップになるならば彼女は何でもするつ
もりだった。

スタジオに入ると、既に他の出演者たちは雛壇に座り待機していた。
その中のただ一点、肌がざわつく何か。けれど、小春はそれを極力視界に入れないようにした。
最早、自分は何の関係もないのだ。言い聞かせる自分と、抗う自分。

「小春ちゃーん、こっちこっちー」

そこへ、能天気な声が飛んで来る。
見ると、黄色いワンピースを着た女性がオーバーリアクションで手を振っていた。
吉川友。小春の事務所の後輩だった。

そう言えば彼女もこの番組に出演するんだっけ。

思いつつ、気持ちを切り替える。
はいはい今いくよー。
次の瞬間にはもう、いつもの小春に戻っていた。戻っていた、つもりだった。

「小春ちゃんどったの?何かさっき怖い顔してたけど」

友の隣に座るや否や、そんなことを聞かれる。

「うん、ちょっと調子悪くてねー」
「マジすか?きっかいい薬持ってますよ、今から楽屋に急いで取ってきて…」
「あー大丈夫、もう収まったから」
「ほんとにー?まあ、人間気合っすよね、そんな感じー!」

いつもながらにアバウトだなあと、小春は思う。
しかし人から聞いた話によると、このアバウトさは小春の生き方に共感し身に着けたものだと言
う。自分のことをアバウトとは思わないが、ひたすら前を向いて進んでいく時には、知らず知ら
ずのうちに取りこぼすこともあるのだろう。彼女自身、そう理解していた。

「はいそれじゃ本番でーす、3、2…」

番組ADのカウントが終わり、スタジオ内に番組のジングルが鳴り響く。
雛壇の中心にいた司会者が、いつものように前口上を始めた。

もう大丈夫。
小春は自分に言い聞かせる。
確か自分の出番は比較的早かったはず。司会者の下らない質問に適当に答え、歌を歌って、あと
は雛壇でぼーっとしてればいい。それで今日一日が終わる。
そう、思っていた。けれど、その考えは甘かった。


「今日のトップバッターは松浦亜弥ちゃんでーす」

その四文字が、心臓に絡みつく。
視界から消す事はできても、耳を塞ぐ事はできなかった。
聞こえてきた音が、小春の目を一方向に誘ってゆく。

大輪の花をあしらった様なピンクのドレス。
声、仕草、そして表情。まさにアイドルという言葉が相応しい彼女。
だが小春は知っていた。
煌びやかなドレスが包んでいるそれが、どす黒く腐れ落ちる闇そのものだということを。

ダークネス。

組織の粛清人として、内外問わずの標的の首を刈り続ける存在。
「粛清人A」「赤の粛清」として恐れられている彼女のもうひとつの顔が、アイドルだった。

もちろん、小春が直接彼女に何かをされたわけではない。
けれど、彼女がダークネスの幹部であるという事実は嫌が応でもあの日の出来事を思い起こさせる。

目を細めて笑う、一人の女性。
眩い光に包まれ、笑っている。天使の笑顔。
でもその羽は、真っ赤な血に塗れている。
仲間が一人、また一人。
血の海に沈むたびに天使が微笑む。
小春の周りの人間が、次々に天使の無慈悲な裁きに崩れ落ちる。
そして、小春自身も。


思わず、口を押さえる。
叫び声が、出てしまいそうだった。
ぎりぎりの自制心が、本能を抑え込む。

恐怖。
あの日「銀翼の天使」が小春の心に植えつけたものをシンプルに表現すると、たった二文字に落
ち着く。けれど、深く刻まれた感情は決して拭い去ることはできない。

その感情に抵抗するように、小春は彼女を睨み付ける。
傍から見れば、ただ見つめているようにしか見えなかったのかもしれない。
表には表れない分、小春はその感情を内面に込めた。そうして視線で彼女を射殺そうとすること
でしか、自分の荒々しい感情を逃がすことができなかった。

その後のことは小春自身、よく覚えていなかった。
ただ、自分の出番が来て歌を歌った時に、歌詞を二、三箇所間違えてしまったことだけは覚えて
いた。一度狙撃場を離れてしまえばそれまでの煮えたぎるような殺意はなく、席に戻った小春を
支配するのは「早くこの場から離れたい」という感情のみだった。

番組が終わった後も、すぐにその場を立ち去るだけの気力はなかった。
歌うのに全力投球で疲れちゃったんすかぁ?と茶化していた友も、地蔵のように動かない先輩に
見切りをつけたのか、一人で控え室に戻っていった。



気がつくと、いつの間にか辺りは真っ暗になっていた。
ステージのセットも既に撤収されていて、スタジオには小春一人が取り残されている状況。
何度かADらしき若い男女が話しかけていたような気がするが、どんな返答をしたかすら記憶に無
かった。

ただ、帰りたかった。
誰も見ていないところへ。
けれどそんなささやかな願いすら、打ち砕かれることになる。

「何一人で黄昏ちゃってんのぉ?」

地の底から生えてきた、悪魔の手。
そのまま奈落へと引きずりこまれそうな、そんな力を持った言葉。
相手が誰だか、確かめるまでも無い。

「…小春のことは、放っておいてください」
「つれないなー」

そう言いながら、極彩色の花びらは小春の元に舞い落ちた。
隣に座り、そっと肩に腕を寄せる。

「何でも相談にのったげるから。お姉さんの胸元に飛び込んでおいで?」
「…冗談はよしてください」

軽く、相手を跳ね除ける小春。
最早彼女に何かをする気力すらなかった。
なのに、彼女は小春が込めた力の何倍もの勢いでその顔を寄せて、言う。

「冗談?それはあんたが生放送中にあたしに向けてた殺意のことでしょうが」

思わず、体が反応した。
大きく後ろに後ずさり、距離を取る。
目の前にいるのは「アイドルの松浦亜弥」ではなかった。

「…知ってたんだ」
「あったり前でしょ。あんた、あたしのこと誰だと思ってんの?」

彼女の背後に浮かび上がる、衣装と同じ色の刃をした、大鎌。
反逆者を無情に屠る「赤の粛清」のものだ。
小春の心に怯えはない。代わりに訪れるのは、命を落とす危険性。

「あんたに殺意を向けた、そんな理由で一般人を殺すんだ」
「一般人?一般人にはそんな間合いの取り方、できないと思うけどな」

能力を失ったとは言え、肉体まで衰えたわけではない。
かつての経験が、小春に常人以上の動きをもたらしていた。

指揮者が振るうタクトのように、右に、左に刃を振るう大鎌。
その度にスタジオに張り巡らされたケーブルが切断され、暗闇に火花を散らす。
それは「あんたの首なんていつでも撥ねられる」という意思表示にも取れた。


「最近さあ」

小春を見ずに、「赤の粛清」が口を開く。

「あたしのことを色々嗅ぎ回ってる奴がいるみたいなんだよね。しかも、同じ芸能界の中に」
「それと小春の何が」
「あんたくらいしかいないじゃん。かつてダークネスと敵対していた組織の出身。それだけで、
有罪に値する理由になると、思わない?」

大鎌が、「赤の粛清」の前に躍り出る。
彼女の姿を隠すかのように激しく回転する刃。そして回転が収まった後に姿を現したのは。
黒衣の死神。
胸元の赤いスカーフが、まるで血のような妖しい光沢を放っている。

「さあ、処刑執行の時間だよ」

黒衣が溶けるように消え、小春の瞳に残る赤い残光。
いや、「赤の粛清」は小春のすぐ背後に移動していた。まるで死刑台のギロチンが如く喉元に当
てられた刃の感触が、魂をも冷やしてゆく。

小春は動かない。
最早どうにもならないことを知っているのか、それとも。


小春は背中で答える。
決して曲げる事のできない、自らの意志を。感情を。

「たとえ、たとえ小春がここで殺されても」
「そうだね。あんたはここで殺されるね」
「愛ちゃんが、きっと仇を打ってくれる」

その瞬間。小春にはフードで顔を覆っているはずの「赤の粛清」の表情が、変わったような気
がしてならなかった。

「i914、か。片や最高傑作と称され、片や、失敗作と唾棄される。いずれは決着をつけなく
ちゃ、そう思ってはいたけど」
「は?あんた何言ってんの?」

訝る小春。
そこへ、予期せぬ声が聞こえてきた。

「せんぱーい、何してるんですかー?マネージャーさんが探してますよー!!」

小春の後輩である、友の声。
同時に、不穏な鎌がゆっくりと下に下がってゆく。
理由はわからないが、背後からの殺意は完全に消えていた。

「どういうこと?」
「目的は果たした。能力を喪失したあんたに用は無いってこと。じゃあね」

後ろに大きく高く跳躍する「赤の粛清」。
天井の骨組みに着地したかと思うと、そのまま闇に溶けていった。


「何こんなとこで物思いにふけってるんですかー。それよりきっかおなかすいたんですけど!ス
タジオ前通りのでっぱ寿司、一緒に行きません?」

友の言葉に、無言で頷く小春。
ただ、意識はずっと先ほどの「赤の粛清」とのやり取りに向いていた。

― たとえここで小春が殺されても、愛ちゃんがきっと仇を取ってくれる ―

自分勝手な理屈でリゾナンターを飛び出した癖に、都合のいい台詞なのかもしれない。
けれど、小春はどうしてそんなことを自分が言う事ができるのか、わかっていた。

自分は今でも、リゾナンターなのだと。

能力は消えても、喫茶リゾナントで共に過ごした絆は簡単に消えはしない。
仲間たちと笑い、泣き、時には衝突しあったあの小さな喫茶店。
たとえそこから去っていくようなことがあっても。
歩む道は違っても、同じ星空の下にいる。
それだけで、充分だった。