『かいこ』


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。



「改めて資料の方届けさせていただきますので、よろしくお願いいたします」
俺は商談相手に対して頭を下げ、部屋をでた
応接室からエレベーターへ、エレベーターからエントランスへ、そして外へ
息が白くそまり、コートからあわてて手袋を取り出す。そしてビルを見上げた
心に繰り返される上司の言葉、「今回の商談にミスは許されない」
 ・・・そうわかっている、これは俺にとってラストチャンスなのだから

一流会社と自分で言うのもおこがましいがこの街で俺はエリート街道を進んでいた
与えられた仕事で期待以上の成果を残し、仲間からの信頼も厚かった
幸せな人生を歩んでいた、そう言いきってしまおう

歯車が狂ったのは二年前
部下の小さいミスだった。資料の一部に商品の寸法の打ち間違いがあったのだ
それに気付かずにその商品は俺の期待の新作として全国の生産ラインで作られた
金型をつくり、専用の部品を発注し、そのためだけにPRイベントを企画した
しかし寸法ミスのために何一つとして完璧な商品は作られず、会社始まって以来の赤字に転落した
その責任を負わされ俺は地方の小さい工場の所長に「昇進」と称して飛ばされた

あんな小さい街にいるべき人間では俺は決してない
俺のいるべきはこの天が霞むくらいに作り上げられたコンクリートジャングルなのだ
再起をかけてプレゼンした作品は本社でも評判となったものの、以前の悪評が尾をついているのだろう
なかなか首をたてにふられることなく経過している
こんなところでぐずぐず立ち止まるわけにはいかない。そんな焦りも俺自身感じている
それを上の連中も勘付いたのだろう、大口の契約を取ることを条件に企画会議に提案すると言う
この街に戻るため、以前の輝かしい俺に戻るには成功しかないのだ

そこでふと俺は昼食を食べていないことに気がついた
時計を見ると既に昼の二時を過ぎていた。次の取引先の約束にはまだ一時間の余裕があった
どうしようかと考えていたところ、かつて足しげくかよっていた喫茶店のことを思い出した
初めに入ったきっかけは雨にうたれ、雨宿りをするためであった
本当に偶然だったが、そのお店は仕事でくたくたになった俺の心のオアシスだった
店の名前は『喫茶リゾナント』


白を基調とした椅子やテーブル、壁にかけられた油絵のフェイク、全てが俺好みであった
店主も唯一のウエイトレスはなぜか種類は違うものの訛が強かった。博多弁とあれはどこだ?
メニューも小さな店の割に充実していたが、いつもリゾリゾとコーヒーのセットを頼んでいた
足しげく通い始ったのもあるだろう、一度気ウエイトレスに「たまに違うのは選ばんと?」といわれたこともある
それを聴いたマスターに「こら、れいな!」と怒られてぶすっとした顔をしていたのも思い出だ

ただ、お店は落ちついているのに客はいつもにぎやかだった
マスターとファッション誌をみて俺には分からない用語を並べている小柄の女性
カウンターでマスターやウエイトレスと雑談を交わす黒髪と茶髪の美少女二人組
机で黙々と宿題をして、時折やってくるテンションの高い客の相手をする静かな子
持ちこんだバナナをパフェに盛り付けている自由な中国人二人組

そんな自由気ままな客がいたからこそ、俺は社会の疲れを忘れられたのかもしれない
あの店では俺は仕事を忘れ、一人の客としてお店を楽しんでいた

せっかくこの街に来たんだから久しぶりに行ってみよう。そう思い俺はタクシーを止めた
ほんの10分程度でお店には着いた
「変わってないな」
それは俺があの頃と変わりすぎているのに対してこの店は変わっていないことに対する気持ちなのだろう。
今では珍しくなった引き戸を掴み、カランコロンとベルが響き俺は店の中には行った

「いらっしゃいませ~あれ?久しぶりっちゃね?元気にしとうと?」
出迎えてくれたのはあのウエイトレスだった
バリバリの博多弁は変わっておらず、俺のことを覚えていたこともあり懐かしい気持ちがこみあげてきた
「ええ、まあ、それなりに」
「ふうん、ま、好きなところに座ると」
常連の客にはこうやって気さくに声をかけるところも変わっていない


かつて通っていた頃の定位置、奥から二番目のカウンターに座る
店の内装もほとんど変わっていない。カウンター奥の壁に何かの集合写真が増えているくらいだ
「注文はいつものでええっちゃろ?」
俺は驚いた。もう二年以上前にもなるのにこのウエイトレスは俺のセットを覚えていたのだ
そんな表情をしたのだろう、彼女は「いつも同じやけんいやでも覚えるとよ」とクスッと笑った
「注文~リゾリゾと3番コーヒーセット~」

「よく覚えていましたね。二年くらい来ていないのに。ところでマスターはどうしたんですか?」
コポコポと音を立てているコーヒーサイフォンにむかう彼女に問いかけた
「愛ちゃんならおらんとよ。自分探しするとかいって一年くらい前に旅立ったと」

 ・
 ・
 ・

刻がゆっくりと流れた
見た目が変わらないこの店でも確実に変化は起きていた
冷静を装い「そ、そうですか。どこに行かれたんですか?」と尋ねる
「え?知らんっちゃ。愛ちゃんそういうとこ頑固やけん教えてくれ」
「は~い、愛情たっぷりリゾリゾお待たせなの」

あ、あの黒髪だ!懐かしい顔がキッチンから顔をのぞかせた

それは向こうにとっても同じだったのであろう、彼女は俺を指差し「リゾ男③だ」といった
「こら!サユお客様になに失礼なことしとるっちゃ?」
「え~でもリゾ男③はれいながつけたあだ名なの」
そう言えば聴いたことがあるコンビニ店員は常連客にあだ名をつけるという
それがまさかこんな喫茶店でも行われているとは思っていなかった、いや思いたくなかった


しかしなぜこの黒髪少女がキッチンの奥から出てきたのだろう
そもそも特製といったということはこの子が作ったのか?
「はい、さゆみ特製のリゾリゾなの。冷めないうちに召し上がれ(ハート)」
(ハート)ってメイドカフェじゃないんだから、と心の中でつっこみながら目の前に料理が置かれる

それは俺の記憶の中のリゾリゾと全く別のものだった
具材が違う、大きさが違う、食べてみてわかったが味も違う
あの頃には入っていなかった蛸やもやしが入り、グリーンピースやエリンギが抜けている
昔の味と比べて全体的に味付けが濃く、とろみが強い。それからなぜか・・・辛い

食べながらウエイトレスとの会話を楽しもうと俺は視線をあげた
「そういえばあのマスターと仲良かったガキさん?っていう人はどうしたんですか?
 マスターいなくなって寂しがっているんじゃないですか?」
「ガキさんなら元々一人で生きてきた人だから大丈夫なの
 それよりさゆみは絵里がいなくなったほうが寂しいの」
えり?・・・ああ、いつも一緒にいたあの茶髪の儚げな印象の子のことか
口の中の微妙に生煮えの蛸の感触を確かめながらおぼろげな記憶が蘇る
俺が足しげく通っていた頃はこの店に若い笑い声が響いていた

うるさい甲高い笑い声、それをたしなめて笑う低い声、異国独特のニュアンスの笑い声
アヒャヒャという擬音が適切な奇妙な笑い声、ニシシと含んで笑う声
いろいろな笑い声がこの小さな店で反響しあい俺の心の一部をしめていたんだ

あの頃の俺がいなくなったようにあの頃の理想の店は亡くなってしまった
リゾリゾも味が変わった。あの頃の優しい味が舌の上でよびおこされそうにもない
気持ちを落ちつけようとしたコーヒーも豆を変えたのか?苦味が増していた
否が応でも目の前の事実に向き合わなくてはならない
今目の前にあるのは俺の好きだったあの店とは違うのだと。心の安息所としていた店は消えた
変わっていないことを願って訪れたわけではない。ただ実際には変わっていないことを願っていた
 ・・・現実は非情だな、なんてついつい苦笑してしまう


「ん?何一人で笑っとうと?」
変わらないのはこいつの口調だけか。答えずにこの名前の同じ違う料理を食べきることにした
「はっはーん、さては愛ちゃんがおらんくて寂しいのを笑ってごまかしとるんやろ?」
「え~やっぱりそうなの?前からリゾリゾばかり頼むから噂にはなってたの」
 ・・・その噂を本人がする前で普通するか?やはりあのマスターがいなくなって雰囲気も変わったな
はやく食べ終えて綺麗な思い出を可能なだけ美しいままで残すことにしよう

そこに、元気な明るい声を伴い扉がガシャンと大きな音をたてて開かれた
「こんちくわ~たなさた~ん、アイスくださ~い」
驚きスプーンを噛んでしまい、口の中に痛みが広がる
(な、なんだ?)そう思い声の主を探る

声の主はウエイトレスヤンキーの腕を掴んでいる中学校の制服を着た女の子だった
「まーちゃんもなにか食べたいんですよ~イヒヒ・・・」
笑い方がこの子もなぜか特殊で、雰囲気が天然の空気を醸し出している
「こら、佐藤優樹!お客さんがいるんだから静かにしなさい!」
低いハスキーボイスの声が飛び込んできた
声の主は同じ制服を着た女の子だが・・・やや男の子っぽくもみえなくもない
その視線に気がついたのかその少女は俺の方を見ていった
「なに?なんか用ですか?なにも用ないならジロジロみないでください」
 ・・・かなり強気の性格だとわかり、あわてて視線を逸らした

「こら、くどぅ!お客さまを怖がらせちゃだめっちゃろ!」
「でも、田中さん!この人の視線おかしいんですよ!はるの顔じっとみるんですよ」
「うわぁ、変態さんだ~ロリコンですね~」
「こら!まあちゃんも調子に乗らないの!ほら、二人ともおやつ出すから座っていなさい」
天然と強気の二人の少女はそれぞれ何か言いたいことがありそうであったが、奥の席に座らされた
「申し訳ありません。あとでサービスの料理出すけん許してほしいと」
料理を出されようが出されまいが許そうとは思ったが好意を無駄にするのも惜しいので頷いた

「こんにちは~道重さん、今日もかわいいですね」
「いや~ん、はるなん、あたりまえだけど嬉しいの。コーヒー出すから待ってて欲しいの」


お店に入ってきた途端に黒髪を褒める新たな客の出現に俺はとまどった
なんだこいつ、というのが最初の感想。次いで今日「も」ということはいつもしているのか?ということ
「飯窪、いつものコーヒーでいいっちゃろ?」
どうやろこの子も常連のようだ
静かにカウンターに座りカバンから画集を取り出し、コーヒー片手に頁をめくっている
こんなうるさい子達がいるところで画集なんて読んで落ち着けるのかと疑問を抱いた

そうしているとまた入り口のドアがカランコロンとなった
「道重さん、田中さん、おなかすいた~何かだしてくださ~い」
「はい、新作のリゾ唐なの」
注文しないで新作が出ると言うことは今入ってきた子も常連か?
待ち構えていたように出されたそのピンク色の唐揚げ明らかに食べてはいけない香りがするのだが・・・
「いっただきま~す!! !! う・・・こ、これは・・・」
ほら、いわんこっちゃない
「フランスの味だ!」
 ・・・おそらくフランスの味とは異国の味ということなのだろう。

「道重さん!あゆみちゃんを新作の試食係につかわないでください!
 そのせいで二人でパフェ食べに行けなくなっているんですよ!」
「フクちゃん、ごめんなの。でもフクちゃんもリゾ唐は」
「私はいまお腹一杯ですのでまたの機会にいただきますわ」
いつの間にかまた客が増えている。妙に湿り気のある若奥様がいた
きっと本当のフランス料理店のランチセットを食べてきた帰りなのだろう

気がつけば客が随分と増えていた。天然、強気、画集、フランス、若妻と5人もか。
するとまた新たな客が3人やってきた
三人とも同じ中学校の制服を着ているのでクラスメイトなのだろうか
一人はボブカットの聡明そうな子、一人は笑顔が印象的な純朴そうな子だった
そして残ったもう一人は・・・よくわからない。というのも
「いや~ん、りほりほ~いらっしゃいませなの~さあ、さゆみの愛情たくさん召し上がれ」
お店に一歩踏み入れた瞬間に黒髪に抱きつかれ、そのまま奥へと連れ去られたからだ


一緒に入ってきた二人は特に動揺することもなく空いている席に座った
あまりの出来事に愕然とした俺は笑顔の子に「お友達大丈夫なんですか?」とついつい尋ねてしまった
「道重さんのことだから大丈夫なんだろうね。すぐに里保ちゃんも戻ってくるんだろうね」
といい落ち着いてカバンから宿題を取り出し向かい合って勉強を始めた
「はい、ズッキはカプチーノ、さくらちゃんにはハーブティーっちゃろ?」
「「田中さんありがとうございます」」
ヤンキーウエイトレスも落ち着いているということはよくあることなんだろうと無理矢理納得させた
納得させるしか他になかったのだ、更におかしい出来事がおこったのだから

「じゃんじゃじゃ~ん、皆様にここで報告があるっちゃ!
 なんと生田衣梨奈、高校入学決まりました~イエーイ、はい拍手!!」
ドアが開いた瞬間に一人の少女が異常なテンションで高校合格を声高々に報告したのだ
パチパチと拍手をするのは画集を読んでいた子のみ
他の子はその報告を聞いても無反応で各好きなことをしている
俺は思った。この子はKYだ。そして博多弁だ

「生田は何の前触れもなくいきなり来て、あういうことするっちゃ、びっくりしたやろ?」
「いえいえ、そんなことは」
「嘘つかんでもええよ。はい、これサービスやけん、どうぞ」
俺の前に置かれたのはクレープ生地の上に目玉焼きとチーズが載せられた料理だった
「これなんですか?」と見たことない料理だったので正直に尋ねた
「ん?これ?ガレットっちゃ。愛ちゃんが愛佳に教えていたのを教えてもらったと」とウエイトレスは答えた
リゾリゾ以外の料理を食べるのは初めてだった。ゆっくりとナイフで食べやすい大きさに切り分ける
一口大にし半熟の黄身がこぼれおちないように口元までもっていき、ゆっくりと味わうように噛んだ
「・・・おいしい」
「そりゃそうったい。愛ちゃんとれーなとみんなで作ったガレットやけん不味いはずがなかとよ」
嬉しそうなウエイトレスをみて、なんだか俺も気分が明るくなった
十分にお腹が満たされそうなものなのにガレットの箸が止まらず、リゾリゾも止まらない
確かにリゾリゾの味は変わった。でも、今改めて味わうとこの味も嫌いではない
むしろ好みの味わいをしている・・・のかもしれない


あの頃の常連客は一人を除いてもういない。その客もお店を運営する側になっている
普通なら通い慣れた店であれば寂しさを感じてしまう

なのに今この時、俺は寂しさを感じなかった

あの頃とは違う活き活きとした幸福が店に降り注いでいるように感じたからだ

天然と強気の喧嘩なのかじゃれあいなのかわからないが楽しそうな中学生トーク
画集を読んでいる子の二人組を包み込む優しそうなオーラ
ピンクの唐揚げを食べている小さい子とその親戚と思われる奥さんの仲睦まじさ
宿題を一緒に解きながら時折こぼれる小さな笑い声
キッチンの奥から聴こえる冷めた溜息
そしてKY

すべてが俺の知っている日常の中では得られないものたち
リゾリゾの味は変わった。店も変わった。客も変わった

でも、この店が「好みの店」であることに変わりはない

あの頃と俺は違う、年もとった。髪も薄くなった。仕事も変わった。仕事に生活に焦っている

この瞬間に思った、変わることが必ずしも悪いわけではないんだ
もちろん変えなくてはならないということでもないだろう

変えるのも選択、変えないのも選択
そこに正解なんて-ないのだろう

リゾリゾの味は変わったがそれを不味いと思うか、旨いと思うかはその人次第
それに対して俺はこう言って店を去ろう

「リゾリゾ美味しかったよ。また来るよ」


+ +をクリックで投下後の作者のコメントを表示