『リゾナンターΧ(カイ) -5』


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その頃、件の建設現場にて。

もともと下町の長屋が密集していたこの地一帯を、再開発の名の下に空き地にしていったのが数年前。ところが、
計画をもちかけたディベロッパーが不動産不況の煽りを受け事業撤退。以後、代わりの業者が見つからないまま、
先駆けとして竣工するはずだったビルディングのできかけがそのまま放置される寂しい土地となってしまった。
逆に言えば、ダークネスのような闇の組織が利用するにはうってつけの場所とも言える。

「お。こっから入れるやん」

うれしそうに、れいなが指を指す。
敷地を囲う鉄板のボルトが一つ、外れかけている。鉄板をずらせば中に入れるようだ。

「楽しそうだね、れいな」
「なんかがきんちょの時にやった探検ごっこみたいっちゃん」

鉄板をずらし、隙間から猫のように侵入するれいな。
さらにさゆみが続く。しかしれいなのようにはいかず、入るのに少々手こずってしまった。

れいなのほうが小さいし!猫みたいだし!
そう自分を納得させるしかないさゆみだった。

中は薄暗く、上を見渡しても大雑把に組まれた鉄骨と防護網によって見通しが悪い。
不意打ちには持って来いの環境。そう思いついた二人の考えは、正しかった。

現場の土台として敷き詰められている、砂利。
そのいくつかが浮き上がり、二人目がけて飛んできたのだ。

「ずいぶん可愛らしい奇襲っちゃね!」

自らの身体能力を増幅させ、打ち落としにかかるれいな。
しかしさゆみの脳裏に嫌な予感が走る。

「ダメ!れいな、よけて!!」

戦場ではパートナーの言葉を信用すること。
旧来のリゾナンターが二人となり、お互いが組んでの仕事が増えてきた時に、その言葉は経験となって二人の中
に蓄積されていた。

れいなが軽やかな身のこなしでそれらを全てかわす。そう高速で飛来していなかったにも関わらず、小石の当た
った鉄骨に穴が空いていた。小石には、腐敗の力が付与されていた。
回避で、正解だったのだ。

「さゆ、これは?」
「あんたたち、『ベリーズ』ね!!」

れいなの問いに答えず、大声で叫ぶさゆみ。
すると、複数の小さな笑い声をたてながら、上階の鉄骨に七つの人影が現れた。
れいなが最初に会った時と同じ、黒と紫で構成された衣装に身を包んでいる。

「…はぁ。あの果たし状はトラップやったとかいな」
「あの捻くれてそうな地味顔がやりそうなことだし」

キャプテンである佐紀。
攻守ともに優れた「腐敗」の能力者、桃子。
チームの攻撃力、夏焼雅。
チームの守護神、「金剛の肉体変化」茉麻。
戦術サポートを担う「幻視」能力者、千奈美。
同じくサポートを担当する「浮遊」能力者、友理奈。
そして「氷使い」であり剣術を操る、もう一人の攻撃力である梨沙子。

七人の異能が結集した集団。それが「ベリーズ」だった。

「さゆ」

れいなが小声でさゆみに話しかけた。
相手に気取られぬよう、そのまま耳だけ傾けるさゆみ。

「うまい事発電設備探して、ブレーカー上げてきて。そしたらこんなやつら、れいな一人で片付けられるけん」

目当ては、現場各所に設置してある投光機。
これが生きていれば、視界が晴れることはれいなにとってプラスになる。

「でも、もしそれが逆に相手の罠だったら」
「大丈夫。どっちみちさゆは戦闘に加われんやろ。それとも、れいなの代わりにさゆがこいつら相手にすると?」

大きく首を横に振るさゆみ。
身体にいくつ穴が空いても足らないくらいだ。

「じゃあ決まりっちゃね」
「うう…行ってきまぁす」

交渉成立。
二手に分かれるれいなたちを見て、ベリーズ側も意図に気づいた。

「やばいよ、発電設備が狙われてる」と千奈美。
「だから投光器は片付けてって言ったのに。面倒がって誰もしないから」と茉麻。
「誰か一人でいいよ。あっちのほうを止めて来て」と佐紀。
「はーい。ももち立候補しまーす」と桃子。
「…別にいいけど、何で?」


梨沙子に聞かれた桃子は、飛び切りの笑みを見せ、

「だってさー、弱い立場の人を追い詰めるのって楽しいじゃん。この前の恨みもあるしねえ」

と言いながら嬉しそうにツインテールを揺らして階下へと下りていった。

「それじゃ私たちはあの博多女の鼻っ柱を折らないと」

階下を見下ろしながら、佐紀が言い放つ。
それを合図に、五人が方々に散っていった。






「ベリーズ」の動きに呼応するが如く、喫茶リゾナントにも異変が発生する。
とは言え、鍛錬室の上階、つまり店舗部分から「すいませーん」「すいませーん」と誰かが呼んでいる声がする
だけなのだが。

「何やねん、あれ」
「えっと。多分、大丈夫だと思います。みんな、来て」

店舗で何が行われているのかを察したのか、里保が他のメンバーに目配せして、1階へと上がる。予想通り、自
分達を探している五人組の姿があった。

「あの…」
「こんばんは。決闘に来たんですけど」

声を掛けようとした聖に、あっけらかんと答える五人の中で最年長に見える女。昨日喫茶店を単独訪れていた
「キュート」のリーダー・舞美だった。

どこの世界に「決闘しに来た」などとわざわざ言ってくる人間がいるだろう。
周りが誰もが顔を見合わせる中、実際に一度対峙している里保と遥は何となく納得していた。

「…場所は?」
「第二埠頭の倉庫。そこなら人目につかないから」

探りつつの亜佑美の問いに答える、舞美。
すると今度はキュート側から文句が飛び出した。


「ちょっとちょっと」
「ん?何?」

不思議がる舞美に、全員の突っ込みが入る。

「もう舞美ちゃんしっかりしてよ。遠いじゃん。埠頭までどうするつもり?」
「うーん、電車?」
「は?敵と一緒に電車に乗んの!?」
「ダメかな・・・?」
「そんなもんダメに決まってるでしょーが」
「敵と一緒に電車の旅って、す敵w」
「愛理黙ってて。寒い」

まさかのノープラン。
五人でやいやいやっている姿を見て、今奇襲かけたらあっさり勝てると、と聖に耳打ちする衣梨奈。これではどっ
ちが悪役だかわかったものではない。

「とにかく立ち話も何ですから、外に移動ということで」

見かねた春菜が提案を持ちかけたその時だった。
どこからともなく、声が響く。

「まったくもう、手が焼ける子たちだねえ」

まるで障子紙を破るように、何もない空間からばりばりと音を立てて現れる女。
金髪、妙ちくりんな格好、やる気のなさそうな表情。とは裏腹に、得体の知れない存在感をかもし出している。敵
か、味方か。両チームにはまったく判断がつかなかった。


「あたしが連れてってあげるよ。決闘向けの場所にね」
「え、一体何を」

遥が言いかけた刹那、硝子が割れるような鋭い音とともに。
何もないはずの場所が、割れた。

割れた箇所が剥がれていく度に、奥の真っ暗な空間が露になる。
あらかた破片が剥がれ落ちた後には、木のうろのような穴がぽっかりと浮かび上がっていた。

「未知の世界へ、ご案内」

女の言葉とともに、穴へと向かって強烈な力が流れはじめた。
吸い込まれる?!
その場にいた誰もが、四肢に力を入れ吸い込まれないよう抵抗する。

「ほらほら、抵抗するだけ無駄だから。リラックスリラックス」

そんな中、女だけが平気で歩いている。
そして歩きながら、わけのわからない力に翻弄されているメンバーたちの肩を、ぽんと押し出す。
キュート、リゾナンター、構わず。
バランスを崩した人間が、一人、二人と穴の中に吸い込まれ、そして見えなくなってしまった。

「え?何なのこれ!」
「なんなのって、あなたたちの味方じゃないんですか。あの人」

狼狽える舞美に、そっけなく里保が答える。
いきなり知らない人間が出てきて、敵味方お構いなしにわけのわからない穴に放り込んでしまった。
そして気づけば、残ったのは里保と舞美の二人。


「ふむ。あたしの空間に取り込まれないとは。なかなか見込みがあるね」

値踏みをするかのごとく、二人の間を歩き回る女。
背中でぱたぱたはためいている小さな翼は、人を小馬鹿にしているようでもあり。

「でもさー、あんたたちが向こうに行かないと話、進まないんだよねえ。さっさと行っちゃって」

それだけ言うと、だるそうに逆立ちを始めた女がそのまま里保たちに向けて蹴りを一発、二発。
なす術もなく蹴り飛ばされた二人は穴の中に勢いよく突っ込んでいく。

「うわあああああっ!!!!」

思わず叫んでしまう、里保。
目の前の視界は黒に覆われ、何も見えない。

このまま、死んでしまう!?

予期せぬ事態に、最悪の可能性が頭を掠める。
そんな彼女の思いを余所に、暗闇が突然晴れた。

と同時に何か固い場所に不時着。
咄嗟に受け身を取り衝撃を抑える里保が見たものは。

「え…ここ、どこ?」

造りは至ってシンプル。
平らな白い床、ところどころに突き出した、四角い物体。
ただ、そこが「普通の世界」ではないことだけは、理解できた。

「ようこそ、未知なる世界へ」

白い天井からさっきの女の間伸びした声が、響き渡った。






☆☆


建設現場にて、「ベリーズ」と対峙するれいな。
階上の人影が消えるのと、自らの頬に刃が迫るのは、ほぼ同時だった。
紙一重の差で避け、飛びのいて間合いを取る。
刃を振り翳したのは、髪の毛をピンク色に染めた少女だった。

「さすがリゾナンター。私の一撃をかわしたのは誉めてあげる」
「あんたに誉められても、うれしくないと」
「そう。じゃあこれなら…喜んでくれる?」

少女・梨沙子が刀を構えて気を込める。
その瞬間周りの温度が、ぐっと下がったようにれいなには感じられた。
いや、本当に寒いと。
れいなの息は、白く凍てついていた。

「氷の舞、受けなさい」

梨沙子がれいなに向って、刀を一振り。
どこからともなく現れた鋭い氷が、れいな目がけ飛んでくる。

「あんた、氷使いか!!」
「妖刀氷室が繰り出す、『射舞』。大人しく貫かれるがいいわ」

もちろん黙って蜂の巣になるようなれいなではない。
右に、左に。必要最小限の動きで次々と飛んでくる氷を避けようとする。が。


身体が、重い!

不意に襲ってくる、上から抑えつけられる様な力。
くそっ、この前のノッポの能力やん!
忌々しく思うれいなだが、その隙に梨沙子が急速に間合いを詰めてくる。

斜めからの袈裟懸け、しかし寸でのところで切っ先は標的を捉えられない。
どうやら味方を重力圏に巻き込みたくないらしく、一時的に重力を解除したようだ。

ほっとしたのもつかの間、今度は上空からもう一つの影が襲い掛かってきた。
危機を感じ咄嗟に横っ飛びしたれいなの判断は正しかった。まるで隕石、とさえ思えるような大きな塊が空から
降ってきたのだ。
敷き詰められた砂利の地面を大きく穿ったことにより、もうもうと土煙が周囲に立ち込める。

「もう茉麻、いきなり落ちてこないでよ!」
「…きっちり仕留めたはずなのに、避けられた」

抗議する梨沙子を他所に、悔しがる茉麻。
友理奈の重力操作によりれいなの動きを封じ、さらにそこへ茉麻の巨体を衝突させる。常人なら、衝突地点で
見るも無残な姿に変わり果てているはずだ。

だがれいなは、重力がかかる中上空からの攻撃を回避し、さらに土煙に紛れて一時的に敵の包囲網から身を
隠す事に成功していた。


くそ…視界さえ取れれば、あんなやつら!

周囲を鉄板に覆われた建設現場は、れいなが最初に感じた時より遥かに暗かった。
さらに、黒と紫と言う闇に紛れ易い「ベリーズ」の格好に比べると、同じく黒を基調としながらも白い布地を交
えたれいなの服は明らかに狙いやすい。

とにかく、相手の頭上に立って優位に立たんといけん。
梨沙子と茉麻に見つからないように、鉄骨を伝い階上に上るれいなだが、そこでもやはり敵は待ち受けていた。

「ちーん。2階、炎売場でございまーす」

顔を出したれいなを、ふざけた文句とともに炎が襲う。
身体を仰け反らせ、何とか直撃を免れるもののもちろん相手の追撃は止まらない。
今度は床を舐めるような炎。高く跳躍し、れいなが相手の前に躍り出た。

「あんた、この前の黒んぼ!!」
「誰が黒んぼだよ!健康的な小麦色って言ってよ!!」

甲高い声で反論する、千奈美。
その声を聞き、れいなは思い出す。

「そう言えば、あんた…幻視能力者やったと。つまり、さっきの炎は偽物ったい」


れいなの言葉に答えず、千奈美が再び炎をれいなに向け放つ。
今度も偽物…じゃない!?
ぴりぴりと肌を焦がすような感触に気づき、れいなは大きくかがみ込む。
振り向くと背後の防護網が、ぶすぶすと黒い煙を上げていた。

「『どうして?』そんな顔してるよ」

千奈美の背後から現れる、派手な顔立ちをした女。
勝気な顎が印象的な女は、れいなが対峙したことのない人物だった。

「あたしは雅、『発火能力者』。あんたの仲間にもいたでしょ?」
「…次から次へと」

毒づくれいなだが、二人の織り成す波状攻撃は厄介だった。
千奈美の幻の炎で行く手を塞ぎ、雅の本物の炎で仕留める。
幻視能力によって作り出された炎は、触れるまで幻とはわからない。
迂闊に近寄れない。
それに加え、時折訪れる身体が重くなる感覚。この場所もまた、重力操作能力者のテリトリーになるらしかった。
れいなが取れる行動は、逃げの一手のみ。

「あっ、上に逃げようとしてる!」
「追うよ!!」

追っ手を逃れ、更に階上を目指すれいな。
ただ、そこにも敵は待ち構えていた。


一際大きな影と、小さな影。

「鬼ごっこもここまで」
「この前はやられたけど、今度はそうはいかないよ」

「ベリーズ」のキャプテンである佐紀と、重力操作の能力者・友理奈。
佐紀の能力は、愛佳の情報力を持ってしても「まとめる力」としか判明しなかった。どういう能力かはわから
ないが、補助的な役割をする重力操作と同時に行使させると厄介なことには変わりない。

上を見上げると、すっかり暗くなった夜空が見える。
ここは最上階、逃れる場所はもうなかった。あとは、なるべく時間を稼ぐ。それだけだ。

「さっき下にいた子たちもこっちに来る。さすがのあんたも6人がかりでかかられたら、終わりでしょ」

不敵な笑みを見せる佐紀。
ただ、れいなの余裕はまったく崩れない。

「大丈夫。さゆが、やってくれると」
「投光機のこと?それならうちの桃子があんたの相方、追いかけてったよ」

狙いもばれていた。
ただ、そんなことは想定済み。
何の問題も無い。視界が晴れたら、全員ぶっ倒す。
れいなは静かに、佐紀と友理奈に向って拳を構えた。






☆☆☆


わけのわからない場所に飛ばされてすぐ。
里保は他の仲間の所在を確認する。
放り出された衝撃で倒れてはいるものの、全員無事なようだ。

それにしても。
真っ白な床。真っ白な天井。
なのに、壁だけはどこかの街と思しき風景を写し取ったパネルになっていた。

「あは、ごめんねー。ちょっとごはん食べてなくて、中途半端な低予算MVみたいな場所しか作れなか
ったんだけど。まあ、好きに使ってよ」

またしても、天の声。
先ほど自分達をこの空間に放り込んだ女と同一のものだ。

「あなたは一体何者?何のためにこんなことを?」

里保は白い天井に向って問いかける。

「戦う場所がなくて困ってたみたいだからさあ。お節介しちゃった。ちなみにこの空間はどっちかのグ
ループが全滅した時点で消滅することになってるから。それじゃそういうことで。ばいばーい」

自分が何者か、という最初の問いかけを無視して一方的に話を終了させる天の声。
そして、そのまま静寂に吸い込まれていった。

「何か変なことになっちゃったけど、ここで戦えるみたいだね」

不意に声をかけられる。
「キュート」のリーダー、舞美だった。
後ろには、他のメンバーが待機していた。

「…なんで」
「ん?」
「何で、私たちが倒れている隙に襲わなかったんですか?」

里保がここについてから最初に感じた疑問。
彼女たちの目的が自分達を襲撃することであれば、千載一遇のチャンスだったはず。

相手の一瞬の隙を見逃さず、突き、崩す。

水軍流の師匠でもある里保の祖父から、それこそ毎日のように叩き込まれた兵法。
鞘師家が海上で大艦隊を率いていた大昔、天候の僅かな変化が相手に付け入る隙となった教訓が、船を
棄て剣術に生きる現代の鞘師家にも伝えられている証左だった。

「だってさ。そんなのフェアじゃないじゃん」

拍子抜けのような、それでいてやっぱりと思わせる舞美の回答。
最初に会った時から里保は感じていた。
この人は、本当に私たちの敵なのだろうか。
ダークネスの手先であり、そして自分達を付け狙う以上は敵であることは間違いない。


「どうしたと、里保」
「えりぽん…ううん、なんでもない」

里保の中にいつもとは違う何かを感じ取ったのか、衣梨奈が話しかけてくる。
いつもはKYのくせに、こういう時だけは能力を使用してるんじゃないかと思うくらいの行動を取ってくる。

「あいつら、何かくじ引きみたいのやってるったい。もしかしたら総力戦じゃなくて、一人ずつ向って
くるとかいな」
「乱戦になるより、場合によっては有利だと思ってるのかも」

聖が、冷静に相手の動向を分析する。
確かに数の上ではこちらが8人なのに対し、相手は5人。数の上で圧倒できる乱戦よりは、一対一で確
実に潰してゆくスタイルの方が相手方には得策なのかもしれない。

「えー、舞が1番手?」
「千聖にばーん!!」
「およ。あたしは3番か」
「4番かー。4番は呼ばん、なんちゃって」

そんな若きリゾナンターたちの思惑を他所に、「キュート」のメンバーたちが割り箸で作ったくじを引
いている。戦いに出る順番を決めているようだ。

あの人は、最後。
密かに聞き耳を立てていた里保が、その結果に身を固くする。
メンバーの中で最も戦闘向きの能力を保持し、かつ戦闘力の高い人間は自分しかいない。そして、おそ
らくあの5人の中で最も強いのはリーダーの彼女だろう。
彼女に勝てるとすれば、自分しかいない。
理屈ではなく、本能でそう感じていた。

「おーい、そろそろ戦(や)ろう!こっちは一人ずつ出すけど、そっちは何人来てもいいから!!」

若きリゾナンターたちに向って、千聖が小さな身体を大きく伸ばして叫んだ。
ちょっと千聖なに勝手なこと言ってんの、一番最初に出るのは舞じゃん、と隣で舞が抗議するが、右か
ら左に流している。

「随分余裕ですね…」
「でも、そこに光井さんが言う『うちらが付け入る隙』がある。ありがたく提案に乗っちゃおうよ」

負けず嫌いからか、相手の提案が気に入らない亜佑美。それを春菜が、愛佳の言葉を引用して宥めた。
事前の調査で「キュート」の戦闘スタイルを分析してはじき出した、勝利の方程式だ。

ええか。あいつらは、自分たちの戦闘力に絶対の自信がある。だからこそ、複数相手の搦め手には弱
いはずや。

喫茶店に「キュート」が現れる直前に、愛佳はとっておきの秘策を授けた。
回復役を1人温存しつつ、残りの7人で戦う。
向こうが1人で攻めてくるのに対し、こちらは3人で集中攻撃。あとは適宜回復・交代をしながら
それを5回繰り返す。


文章にしてしまえばあっけないが、実行するのは難しい。
ただ、愛佳は信じていた。
自分の後輩が、必ず相手を撃破することを。

「じゃあ、打ち合わせどおりに行くよ。くどぅー、かのんちゃん、えりぽん。お願い」
「おっけー。んじゃいっちょ派手にぶっ放しますか!」
「くどぅー、やる気だね!」
「かのんちゃん、えりもやるっちゃよー!!」

遥、香音、衣梨奈が前に出る。
逆に聖と優樹は後方に下がり、それを里保たち残りのメンバーたちがガードした。

「構うことないよ、全員引きずり出しちゃえ!!」
「りょーかい」

千聖の言葉に頷くと、舞は態勢を低くし始めた。
頭に、鹿の角のようなものが生えてくる。

「…獣化!?」

驚く間もなく、猛突進をはじめた舞の身体が迫る。
人の腕ほどの太さにまで成長した角が、三人を空高く吹き飛ばした。





☆☆☆☆


その頃、発電設備のブレーカーを探すべくさゆみは階下に下りていた。
鉄骨が組み上げられただけの地上階と違い、地下部分はある程度基礎が作られていた。
これなら目的地を探すのもそう難しくは無い。

突然。
さゆみの行く手に、明かりで照らされた顔が浮かび上がる。

「しっ、死神?!」
「やですぅ。こんな可愛い死神いるわけないじゃん。うふふふ」

顔色の悪い、地味な顔立ちの死神こと桃子はそう言って気持ちの悪い笑い方をする。
ご丁寧に懐中電灯を持って来てさゆみのことを追ってきたようだった。
彼女がここにいるということは、さゆみの目的もわかっているという事。
ならばすることは一つ。

「悪いけど、あんたに構ってる暇は無いの」
「あっちょっと待ってくださいよぉ!」

桃子を無視して駆け抜けるさゆみ。
しかし背後から桃子が投げつけた「何か」がその足を止める。
一見ただの水風船。しかし、風船には腐敗の力が込められていた。さゆみの足元で破裂した水風船は腐
敗した水をまき散らす。着弾したコンクリートの部分からは、ぶすぶすと煙が立ち込めていた。


「何すんのよ、危ないじゃない!」
「発電設備には行かせませんよぉ」

あくまでもさゆみの邪魔をしようとする桃子。
だが、ここで足止めを食らえばその分、れいなが6人相手に立ち回らなければならない時間が増える。
最早、形振り構っている場合ではない。

さゆみは覚悟を決め、治癒の能力を全身に行きわたらせつつ、再び全速力で走り出した。
能力を使用しながらの全力疾走、最近は体力強化に努めているとは言え、もともとスタミナのあるほう
ではないさゆみには負担が大きい。
その状況をあざ笑うが如く、追いかける桃子がさゆみの足元目がけ水風船を投げつける。
体に当てればいいはずの水風船を、わざわざ足もとに投げつける意図とは。

あの子、わざと狙いを外してる?

桃子の狙いはすぐに理解できた。
極限まで相手を消耗させ、弄び、動けなくなったところで楽しみながら止めを刺すつもりなのだ。
もちろん、何かの拍子で「さえみ」を呼び出さないために警戒しているというのもあるだろうが。

「当たっちゃったら、許してにゃん♪」

そんなふざけた台詞を言いながらも、桃子の攻撃の手が緩むことはない。
治癒のバリアを解いたら解いたで、その瞬間を狙って水風船を投げつけるに違いない。
今さゆみにできるただ一つのことは、すべての体力を使い切る前に発電設備にたどり着くこと。


細長い廊下を走り抜け、角を急カーブで曲がり、階段を駆け下りる。
そしてついに、「発電設備室」と書かれたプレートが掛けられているドアを発見した。
が、その時。

息が止まるほどの、強い痛みと衝撃。
さゆみの無防備の背中に桃子が飛び蹴りを食らわしたのだと気づくまで、時間はかからなかった。

「はい終了ー。ぴぴぴぴー」

蹴られた勢いで床にスライディングする格好となったさゆみが、桃子を睨み付ける。

「あんた、最初からこうするつもりだったのね! さゆみを、ぬか喜びさせて…」
「何のことですかぁ?ももちアイドルだからわかんなーい」

体をくねらせながら、桃子。
その顔には、嗜虐的な笑みが浮かぶ。

「これからどうしよっかな。『さえみ』さんが出てくると厄介なんで、一気に相手を死に至らしめない
といけないですよね」
「…何をするつもり?」

それには答えず、桃子は右手の小指を立たせた。
いつの間にか、指先に鋭く長いつけ爪が装着されている。

「ピンキードリルで、みっしげさんの心臓をえぐっちゃいますぅ」


小指に腐敗の力を付与させ、心臓を刺し貫く。
心臓が止まってしまえばもう一つの人格は発動しない。
「さえみ」によって一度苦杯を舐めさせられた桃子が考え付いた、合理的な方法だった。

にじり寄る桃子を、苦悶の表情を浮かべて睨み付けるさゆみ。
それを見て、ますます桃子は意地悪く微笑むのだった。

「あれ?もしかして、ももちから逃げたくても逃げられないんですか?ま、そうでしょうね。能力
と体力を限界まで使っちゃったら、そうなっちゃいますよねえ?」
「くっ…!!」

桃子は勝利を確信する。
完全に気絶させなければ「さえみ」は出現しないことはわかっていた。だから、あえて「中途半端
に」追い詰めた。ゴール地点で相手が全ての力を出し切ってしまうように。

「それじゃ、ももちの愛のアンテナ・・・受け取ってください!!」

小指を突き出した桃子が、さゆみの懐に飛び込んだ。
指先どころか、拳の先までずぶりと沈み込む感覚。
いっけない。ももちが可愛すぎて、みっしげさんの身体ごと溶かしちゃった。
だが、桃子が貫いたのはさゆみの身体ではなかった。


目の前には、「発電設備室」のプレート。
そう、桃子が貫いたのは鉄の扉だった。

気づいた桃子が上を見るも時既に遅し。
限界まで溜めた力を跳躍に注ぎ込んださゆみが、着地と同時にドアノブを回し、ありったけの力を込
めて全開にする。扉の表側に手を埋め込んだ状態の桃子は、そのまま壁とドアのサンドイッチになっ
てしまった。
ノブに伝わる、果物を潰すような鈍い感触に思わず顔を顰めるさゆみ。

「うっわー、痛そう」

挟まれたままぴくりとも動かない桃子を見て、さゆみは意地悪そうな笑みを作る。

「あんたがさゆみの消耗を狙ってるのは判ってた。だからほんの少しだけ、余力を残してたの」

言いつつ、室内に入るさゆみ。
足取りは重く、体力と能力を限界近くまで使ったことを改めて実感する。
しかし、残された仕事はあと一つ。それだけは、やり遂げなければならない。

設備室内の構造は至ってシンプルだった。
大きな鉄の箱。箱の扉を開くと、馬鹿に大きいブレーカースイッチがついていた。
これを上に上げれば、ミッション完了だ。

れいな、あとはお願い。

祈るような気持ちでブレーカーの前に立つさゆみ。
しかし、その背後には小さな影が差していた。


ひょこひょこと揺れる影、そしてバナナみたいな形をした、ツインテール。
倒されたはずの、桃子だった。

人工的に造られた能力者の気配は、能力者に捉える事はできない。
れいなが、そしてさゆみがベリーズたちの来襲に気づけなかったのは、そのことが起因していた。
そして今、その特性を最大限に生かして桃子がさゆみの背後に立つ。

みっしげさん、油断大敵ですよぉ。うふふふふ。

今度は心臓を一突きなどという細やかな攻撃はしない。
頭を掴んで、そのまま腐り落とす。
弾かれたように身体を躍らせ、今まさにその手中にさゆみの頭を収めようとしたその時だった。

標的が、沈む。
いや、そうではない。さゆみが思い切りその身を屈めたのだ。
勢い余った桃子は前のめりになり、バランスを取ろうとして手にかけた物体は。

発電設備の、ブレーカー。
その機会を、さゆみが見逃すはずがなかった。
屈んだ反動で、思い切り飛び上がる。桃子の手首を掴み、そして上へ。
ばちん、という鈍い音と共に電流が駆け巡る。


そして。
「濡れた手でブレーカーを触ってはいけない」。
そう言われるのは、水が電気をよく通すからだ。
桃子の手は、先ほど自らの手で腐り溶かした金属に塗れていた。
その結果。

「にゃん?!」

ブレーカーを上げた瞬間に、桃子の全身を電流が突き抜けた。
哀れ、桃子は口から煙を吐きながら地面に崩れ落ちる。破裂したバナナのようになってしまったツイ
ンテールが、電流の強さを物語っていた。

「あんたのことだから、絶対に不意打ちしてくると思った。でも、さゆみにはそんな手は通じない。
だって中の下は、可愛い子に敗れ去る運命なんだから」

勝ち誇るさゆみだが、腰から砕け落ちその場にへたり込んでしまう。
今度こそ、限界のようだった。
しかしながら、「さえみ」は発動しない。彼女は、主人格であるさゆみが危機に晒されない限りは決
して目を覚まさないのだ。

それは、れいなに対する大きな信頼に裏打ちされている。
さゆみは安心して、ゆっくりと瞳を閉じた。