『愛の炎』


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『愛の炎』

〈人目など気にせず燃えるから〉

1-1

《それじゃあ、次、始めるわよ!そっちの代表はれいなか鞘師ちゃんのどちらかにして》
マルシェの声が響き、スクリーンの下の扉が開いた。
「明梨…」
関根梓が、暗闇から現れた少女の名をつぶやく。
れいなは顔を正面に向けたまま言った。
「あいつか…。鞘師、ここはれいなが行くけん」
「どうぞ。私は愛瞳さんを助け出す方法を考えてます」
「サンキュ!」

スクリーンの中からマルシェがさゆみに尋ねる。
《ところで、さゆ、あなた、いまお酒持ってるの?》
「…一応あるけど」
さゆみは、足下に置いてあるピンク色のバッグに手を伸ばした。
底の方から取り出したのは一本の缶酎ハイ。
それを見た鞘師の顔が蒼白になる。
「うおおおおいっ!」
れいなは、さゆみの手からそれをもぎ取った。
そして、すぐに崖下へ全力で投げ下ろした。
「さゆ!なんでそんなもん持って来とう!?仲間の力を信じとるんやないと!?」
「も、もちろん信じてるよ。…でも、万が一ってことがあるでしょ?」
《さゆー、お酒が欲しかったら言って。こっちでもちゃんと用意してあるから》
鞘師が怯えている。さゆみは、その姿を見つめて人目も気にせず萌えている。
「さゆ!なににやけとう!?いいかげんにしい!」
れいなは、さゆみを一喝してから、闘技場へ歩を進めた。


1-2

「じゃあ、始めよ」
れいなが淡々と言う。
佐保明梨は武道家らしく腰を折って礼をした。
そして、息を吐きながら閉目し、重心を低めて空手の型に入った。
対照的に、れいなはただ立っていた。
それは、隙だらけに見えるが、体のどこにも力みのない、臨機自在の体勢だった。

先に動いたのはれいなだった。
音もなく前へ滑り出し、舞うように体を回転させる。
ボグッ!
れいなの右拳は、いとも容易く佐保の腹部をとらえた。
「ウッ…」
前屈みになる佐保。
適度な高さになったその左側頭部を、今度はれいなの右脚が襲う。
まともに喰らった佐保は、床の上に崩れ落ちた。

佐保が、右手を床について必死に体を起こす。
れいなは、黙って佐保の方を見下している。
中腰の佐保は、虚ろな目をれいなに向けて言った。
「…殺気が、見えない…」
れいなは淡々と言う。
「そりゃそうやろ。れいな、殺気を出さんかったけん」

佐保と死闘を繰り広げたあの夜の翌日、れいなは、鞘師と話し合った。
鞘師によると、佐保には「殺気」を読む力があるらしい。
今度襲ってくるときに備えて殺気を消す修練をするつもりだと、鞘師は言った。
(殺気を消すって、どうすりゃいいと?)
れいなには、どうすれば良いか皆目見当がつかなかった。


1-3

ある日、れいなは、工藤遥と石田亜佑美に体術の指導をしていた。
一段落ついて休憩していると、工藤がれいなに近づき質問した。
「田中さん、さっきだーいしと乱取りしてた時、大体何%の力を出してたんですか?」
「え?」
工藤が手刀を斬りながら、嬉しそうに続ける。
「田中さん、こないだ黒ずくめの奴らをバシッ、バシッってやっつけたじゃないすか。
あの時の田中さん、超強くて、超怖かったです!
あれが100%だとすると、さっきのはどのくらいの力を出してたのかなあって…」
「う~ん…、そうやねえ。まあ、30パーくらいかな」
「30%…」
少し離れたところにいた石田亜佑美が、少し複雑な顔をする。
それに気付いたれいなは、笑顔で言った。
「石田、そんなショックな顔せんでよ。石田はすごく成長しとるよ。
入ったばっかりの頃に比べたら、本当に強くなったと思う。
体術の強さでいったら、今のリゾナンターでは、れいなと鞘師の次、三番目やね」
「だーいし、すごいじゃん!」
駆け寄った工藤に肩を叩かれ、石田の表情が少し緩んだ。
工藤がさらに尋ねる。
「それじゃあ、鞘師さんと稽古する時は何%の力を出すんですか?」
「鞘師かあ…、鞘師とやるときは、100%近く出しとるんやないかな」
「100%!?…でも、こないだ鞘師さんと乱取りしてたとき、お二人とも強いなあっ
ては思いましたけど、全然怖くはなかったですよ。あれで本気なんですか?」
「それはさあ、なんてゆうとかいなあ…、本気なんやけど、本気やないんよ。
鞘師をぶちのめそうっていうんじゃなくて、なんか、先手を取り合っとるって言うか…」
(…ん?…「怖くなかった」?)
れいなは急に黙り込んだ。
珍しく考え込んでいるれいなの様子を、石田と工藤はきょとんと見つめていた。


〈大声で愛をさけぶから〉

2-1

「れいなは今、あんたに稽古をつけるつもりで戦っとる。
だから、殺気は出とらん、…と思う」
「なるほど…、そういうことですか…」
「あ、そう言えば、鞘師も殺気を消して戦うことができるようになったって言っとった。
まあ、アイツは真面目やけん、何かメイソウ?とかで鍛えたらしいけど」
佐保は深く息を吐いてから、れいなを正視して言った。
「分かりました。それでは、改めてお手合わせを願います。
あなたとは、能力を使わず、純粋に体術だけで勝負してみたいと思ってました」
そして、腰の位置を低めて、再び身構えた。
ただし、先ほどとは違って、今回は両目がしっかり開かれている。
「ええよ!いっちょ、もんじゃる!」
れいなの声は明るく弾んでいた。

10分後、二人は闘技場の中央で大の字になっていた。
「ふう…、あんた、やっぱり強いな」
「ハア…、ハア…、いえ、私の負けです…。
しかし、驚きました…。あなたは、前回より格段に強くなってる…」
「そお?…まあ、れいな、毎日、鍛えとるけんね。
あそこにおる後輩たちが、どんどん強くなりよるんよ。
れいな、あいつらには、まだまだ負けられんけん」
「いいなあ…」
「ん?」
「私も…、あなたのような先輩が欲しかった…」
れいなは天井を見上げながら、言った。
「じゃあ、あんたもれいなの…」
《ナイスファイト!いやあ、いい戦いだったなあ》
れいなの言葉を遮り、スピーカーから耳慣れた声が響いた。


2-2

れいなが立ち上がり、スクリーンを睨みながら叫ぶ。
「そんなとこでコソコソ覗き見しとらんと、こっち来(き)い!」
《れいなからの熱いラブコール、嬉しいねえ。
それにしてもNo.5もなかなかやるな。なあ、マルシェ、あいつ俺にくれない?》
画面の左側に映っているマルシェの顔が、不機嫌の色を濃くしていく。
《吉澤さんがどうしてもっておっしゃるから、薬無しで戦わせたんですよ。
その上、No.5をくれだなんて、ちょっと図々しすぎません?》
《冗談だよ、冗談。あれはお前の大事なおもちゃだもんな。
じゃあ、次は、俺のおもちゃで遊んでみるか》
吉澤はそう言うと、マルシェの前にあるボタンに手を伸ばした。
機械音とともにスクリーン下の扉が開き、長身の少女が現れた。
《れいな、ちょっとそいつの相手してくれないか?
そいつ、今日はマルシェの実験の手伝いをする予定だったんだよ。
だけど、お前らが来たから、その仕事がなくなっちまった。
せっかくの機会だし、そいつの力をお前で試してみたくてさ》
「フン、誰が相手でも構わん!ぶっ飛ばしてやる!」
《アハハハッ、そう来なくっちゃな!れいな、愛してるぜ!》

少女は、橋を渡るとまっすぐ佐保のもとへ向かった。
佐保は何かを観念したかのように、俯いて黙っている。
少女は、佐保の右肩に触れると、すぐにくるりと振り返り、橋を渡って闘技場から出た。
「おい!お前!れいなと戦うんやないと!」
れいなの言葉に、少女はまったく反応しない。
橋が戻されると同時に、スクリーン下の扉が開き、吉澤が現れた。
吉澤は、少女の隣に立ち、闘技場にいるれいなと佐保を見つめた。
「吉澤、どういうことか説明しい!」
吉澤は、れいなの言葉を聞き流して大声を上げた。
「そんじゃあ、キックオフといこうぜ」


2-3

合図と同時に、佐保がれいなに襲い掛かった。
攻撃をかわしながら、れいなが叫ぶ。
「吉澤!そいつは戦わんのか!」
《れいな、お前が戦っているのは、No.5じゃない。こいつだ》
吉澤は、腕組みをしている右手の親指で隣に立っている少女を指した。
「何!?」
佐保は攻撃を止めた。そして、にこやかに挨拶した。
「はじめまして。北原沙弥香です」
その声色は、先ほどとまったく違うものだった。

さゆみが、隣にいる関根梓に尋ねる。
「梓さん、あの子、知ってる?」
「はい。彼女も元『研修生』です。一時期、一緒に訓練をしていたことがあります。
でも、私達とは違って、あの子、さぁやは早いうちに正規メンバーに選ばれました。
さぁやの特殊能力は、私と同じ精神干渉です」
梓の話を聞いていたのか、佐保が振り向き、北原の声で話し出す。
「せっきー、久しぶり!相変わらず可愛いわねえ。
ところでさあ、今の説明、ちょっと訂正させてもらえる?
私の力は、あなたと同じなんかじゃない。もっと優れたものよ。
いま私は、明梨の肉体を自分の意思で直接動かしている」
「直接、やと?」
「そうです」
れいなの方に向き直り、佐保が続ける。
「だから、私は、明梨の技術も能力も体力も、思うままに使えます。
本人なら、恐怖や痛みで、到底できないようなことだって…」
そう言うと、「佐保」は一気に距離を詰めた。
隙だらけの顔面に、れいなは思わず拳を打ち込む。その拳の下で佐保はニヤリと笑った。
そして、れいなの胸部に、それまでとは比較にならない威力の正拳突きを突き刺した。


〈愛している程疑わない 信じているの〉

3-1

人の筋肉は、脳をはじめとする神経系によって、その動きを制御されている。
そうしなければ、過度な負荷によって、骨格などが損壊する恐れがあるためだ。
よって、筋力の限界とは、正確には脳に制御された限界、つまり心理的限界と言える。
北原は、その制御を外した。そして、佐保の限界以上の力を引き出した。

れいなも、何となくそのことには気づいていた。
以前れいなは、新垣里沙から心理的限界について教わったことがある。
「…ってことなの。だから、人は筋肉の持つ力を全て使っているわけじゃないのよ」
「ふ~ん…。じゃあさあ、ガキさん、れいなの頭の中に入ってその制御機能を止めてよ。
そうすれば、れいな、超速く動けるってことやろ?」
「ちょっと~、私の話、聞いてた?そんなことしたら、田中っちの体が壊れちゃうよ!
それよりさあ、しっかり栄養を取って、筋力そのものの量を増やした方がずっといいよ。
ほら、また納豆残してるー。食わず嫌いしないでちゃんと食べなさーい」

強烈な打撃を喰らい続け、れいなはついに床に膝をついた。
「ハア、ハア…、北原…、お前はその子の体がどうなってもいいんか…?」
「ええ。どうせ使い捨てですから」
「…痛みは、感じないんか?」
「私はまったく感じせんよ。痛覚の神経系を遮断してますから」
「…違う。…体の痛みじゃない。…心の痛みだ」
「心?…ああ、そういうことですか…。
…確かに、明梨とは、研修生時代に一緒に汗をかいたこともありました。
でも、私は、この力によって、吉澤さんに戦士として認めていただきました。
もう私は、明梨のような落ちこぼれとは違うんです。友情も感じていません。
あなたは、要らなくなったゴミを、一生大事にとっておくんですか?」
れいなの瞳に、怒りの炎が揺らぎ始めた。


3-2

さゆみは、闘技場を心配そうに見つめていた。
梓がさゆみの顔を覗き込む。梓の気持ちを察したのか、さゆみは言った。
「梓さん。私が心配しているのは、れいなじゃないよ…。あの北原っていう子」
「えっ?」
「れいな様がお怒りみたい。ああなったら、もうさゆみも止められない…」

「うおおおおおおおっ!!」
れいなが叫ぶ。怒気の塊となったれいなは、弾丸のように走り出した。
だが、その向かう先は佐保ではない。闘技場の端の方だ。
「おいおい、跳び越える気か!?そりゃあ無茶だろ…」
吉澤の言う通り、今のれいなの速度でも、20mの裂け目を跳び越えるのは無理だ。
だが、れいなは己の限界を超えたスピードで走り続ける。そして、そのまま崖から跳んだ。
ただし、跳んだ先は対岸ではなかった。
れいなは洞内の側壁に向かって斜めに跳び出した。
5mほど宙を舞ってから、れいなの右足が側壁に着く。
そして、そこから三歩、斜めに傾きながら、壁面を駆ける。
失速して重力に引きずり降ろされる寸前で、れいなの体は対岸に転がりこんだ。
「あいつ、やっぱりネコだな…」
吉澤が感心したように呟く。
れいなは床の上をゴロゴロと回転してから、パッと立ち上がった。
そして、息つく間もなく、北原に向かって走りだした。
鬼のような形相で迫るれいな。だが、なぜか北原は全く動じていない。
それどころか、軽くほくそ笑んでいる。

「さぁやに触ったら、田中さんの体も支配されちゃいます!」
梓がそう叫び、さゆみを見る。
だが、さゆみの表情は先ほどと変わっていない。
その大きな瞳には、最強の戦友への信頼と、憧れとが透けて見えた。


3-3

れいなの全力の拳が、北原の顔面を撃ち抜いた。
北原は、投げ捨てられた鉛筆のように、床に転がった。

呼吸を整えるれいなに、吉澤が静かに言った。
「お前、れいな…、だろ?」
息を呑む譜久村達。
「……吉澤、今日こそ決着をつけてやる…」
それは、まごうこと無くれいなの声だった。
スクリーンのマルシェが吉澤に言う。
《能力の発動、やっぱり間に合わなかったようですね》
「あのスピードじゃあ無理もねえわな…。それにしても、なんつう速さだ…」
れいなの体から溢れだす殺気に当てられて、吉澤の血も沸々と滾り出す。
「来いよ、れいな。俺はマジでいくぞ」
「れいな!だめ!」
さゆみが慌てて止める。だが、その声はれいなの耳に入らない。
《吉澤さん、れいなを殺すのはちょっと…》
「うるせえ!俺ももう抑えらんねえんだよ!」
吉澤の怒声に呼応するように、れいなが猛然と跳びかかった。
その時だ。
れいなの姿が黄色く光り、消えた。
「れいな!?」「田中さん!?」
呆然とするさゆみ達。
吉澤は構えを解き、大声で怒鳴った。
「余計なことしやがって!小春!お前だろ!」
(小春?)さゆみは驚いて周りを見回す。
スクリーン下の扉がいつの間にか開いている。そこから、二人の少女が現れた。
「吉澤さ~ん、落ち着いて下さいよ~。小春、良かれと思ってやったんすよ。
ここで田中さん殺っちゃったら、吉澤さん、中澤さんから超怒られますよ~」


〈Ending:抱きしめあうのは二人でしょ〉

「小春!れいなに何をしたの!?」
「シゲさ~ん、おひさで~す。田中さんなら、心配いりませんよ。
10分後にはちゃんと戻って来ますから。ねえ、きっか」
「はい。正確には、10分ちょっとですけど」
れいなを消した光は、久住小春の隣に立っている少女の指から発せられたものだった。
吉澤は憮然とした表情で、スクリーン下の扉の方へツカツカ歩きだす。
「あれ?吉澤さん、帰るんすか?お疲れ様で~す。……あ、北原はどうします~?」
「お前の好きにしろ!れいなと戦ってる時、そいつ、ギリギリの所で力抜きやがった。
おそらくNo.5の体を気遣ったんだろうよ。そんな甘ちゃん、もう顔も見たくねえ!」
「そうっすか…。じゃあ、北原は小春が預かっときます」
吉澤は何も言わずそのまま通路の奥に消えていった。
「それじゃあ、シゲさん、小春、いったん紺野さんに挨拶してきますね~」
「小春!待って!」
さゆみの呼びかけに答えず、小春と少女は扉の向こうへ消えた。
床に倒れている佐保や北原は、それぞれ戦闘員が担いで行った。
洞内には、さゆみ達だけが残された。

やがて、「10分ちょっと」が経過した。
れいなは、先刻消えた辺りに俯せの状態で現れた。
さゆみ達のいる「島」と、スクリーンのある「島」を繋ぐ橋が伸びる。
さゆみは急いでそれを渡り、れいなに駆け寄って覆い被さる様に抱きしめた。
れいなは憔悴しきっていて、その顔はまるで死人のようだった。

―おしまい―





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