『リゾナンターΧ(カイ) 番外編』


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魔都上海編


空にばら撒かれた、無数の光。
光の洪水とすら思えるこの光景には、さすがに彼女も絶句せざるを得ない。
かつてこの異国の地を彩ったと思しき瀟洒な建物たちがライトアップされ、幻想的、いや、蟲惑的にすら思える。この雰囲気の前
には、遠くに見える不細工なロケットのような巨塔ですら、素晴らしいものに見えてしまう。

…観光に来たわけじゃ、ない。

下手をすると飲まれてしまいそうな、空気。
それを跳ね除けてから、女は海岸通りから、路地裏へと入る。
栗色に近い金髪、派手な装飾の赤いジャケット。女のいでたちはいくらここが異国とは言え、決して誉められる性質のものではな
い。むしろ、ある種の危険さえ呼び寄せる。

女が躊躇いもせずに入った、路地裏。
そこはまた、別の意味での別世界だった。
細い路地に、詰め込まれたかのような細長い看板の数々。空を見上げても空は見えず、わけのわからない漢字らしき文字が書き込
まれた看板は、表通りと同様ネオンサインで彩られる。
ただ、こちらには明らかに毒がある。そう女は感じた。

かつて魔都と称されたこの街の空気を、この路地裏は今も色濃く残していた。
道のあちこちで、怪しげな輩が声を潜めて話し合っている。中には、非合法と思しき薬物をやり取りしている連中も居た。もちろ
ん、今回の目的はそんなちっぽけなものではないから、見てみぬふりをした。


「おい、お前」

不意に、背後から声をかけてくるものがいた。
当然のことながらこんな街で一人歩きしようものなら、あっという間に闇の餌食となる。ただ、この女は普通ではなかった。昨日
も、そして一昨日もその手の人間には丁重にお帰りいただいている。五体満足、とまではいかずとも。

女が振り向くと、そこには女よりも少なくとも10センチは背が高い女性がいた。
髪は短く、ボーイッシュな格好をしてはいるが明らかに女であることは明らかだ。黒ずくめのパンツスーツではあるが、肩から先
の肌が露出している。戦うのに適した格好だ。

魔の都に入り込んだ女 ― 高橋愛 ― は、この女を捜していたのだ。
この場所で、日本語で話しかけてくる女、でもしやとは思ったが、まさに予感は的中。

「へえ。あんたから会いに来てくれるなんてな」
「何日か前からあたしのこと、探ってくれてるみたいじゃん。なら、会ってやろうと思ってさ」

直属の上司から渡された写真では見ていたが、実物を見ると何となくではあるが、愛のよく知る人物に似ていた。顔が似ているわ
けではない。気風が、似ているのだ。
だが、その人物も、そして目の前にいる人物も、敵。

女が、指を鳴らす。
スーツ姿の、屈強な男たちが音もなく愛の周りを取り囲む。サングラスで見えないものの、その奥にあるであろう瞳はすぐに闇の
住人であることがわかるほどの寒々しさを湛えていた。

首だけを動かし、相手の数を数える愛。
6人。いずれも鍛え上げられた肉体を武器とすることが見て取れる。並みの人間ならひと捻りで畳まれてしまうだろう。
しかし。


最初の一撃が愛の正面にいた男に加えられたとわかったのは、苦悶で男がくの字に折れ曲がって倒れた時だった。
それに気づいた隣の男が愛を捕まえにかかるが、態勢を低くしてのボディーブローで崩れ落ちる。
さすがに実力差に気づいたのだろう。4人がかりで向ってきた男たちを前に、飛び上がってのボレーシュートキックを1人目の男
にお見舞いし、連脚でもう1人を沈める。着地を待っていた馬鹿な2人には、落下しながらのニーキックを顔面に浴びせる。
あっと言う間の出来事。
いくら鍛えられたとは言え、所詮常人。能力者である愛の前には、いてもいなくても変わらない存在に過ぎない。

「さすがだね。元リゾナンターのリーダーかつエースの名前は伊達じゃないか」
「御託はええから、さっさと来るがし」

前触れもなく、女が跳躍した。
飛び上がった先にあった看板を力任せにもぎ取り、勢いのままに下の愛に向って投げつける。
まるで巨大なダーツのように、地面を抉り突き刺さる看板。ネオンと電線が弾け、爆ぜる音を周囲に撒き散らした。

この一撃ですでに、路地裏の住人たちは悲鳴を上げながら逃げていった。
だがそんなことはお構い無しに、女はそこら中の看板を次々にねじ切り、そして投下する。
逃げ遅れたものは哀れ鉄の板の餌食となった。
ものの十数秒で、路地は突き刺さった看板と、スパークしているネオンや電線による地獄絵図と化す。

「…さすがにこんなんじゃ、やられないってか」

女が下ではなく、水平方向に目を向ける。
愛は既に、同じように跳躍し路地を挟んで向こう側の看板に立っていた。


「力でごり押しのパワー型、てとこまで似てるんやな」
「は?何言ってるかわかんねえけど、おしゃべりしてる余裕なんて与えるかよ!」

まるで猛獣のように、愛に襲い掛かる女。
すぐさま愛のいる看板に飛び移り、その拳で潰しにかかる。

これで足での攻撃がメインやったら、コピーロボットやよ。

心でそう思いつつ、相手の猛攻に拳を合わせる愛。
拳の打ち合いをしてすぐに、女が繰り出しかけたストレートを引っ込めた。
右の拳が溶け、崩れた肉からは骨が露出している。

「全てを光へと還す、至高の能力ってやつかよ」
「そんなご大層なもんじゃない」」

相手が怯んだ隙に、光の力を込めたミドルキックをお見舞い。
派手に吹き飛んだ女、しかしその手はしっかりと愛の手を握っていた。

「一緒にバンジージャンプを楽しもうか!!」

宙に舞う二人の身体。
女は態勢を有利にするため、愛を振り回し自らの真下に飛ばす。

「地面とあたしの拳のサンドイッチになりな!」
「お断りやよ」

とは言え、このまま重力に身を任せていては地面に激突。いかに常人とは鍛え方が違う愛とは言え、無傷ではすまない。そこへ、
上からの女の攻撃。落下中に何かを蹴って軌道を変えようにも、対象となるべき看板たちはあらかた女がもぎ取っている。


万事休すか。
思わず愛の表情に、笑みが浮かんだ。

「何がおかしい!!」
「まあおかしいっちゃあ、おかしいよね」
「は?」

急降下してゆく女の身体に、異変が起きた。
光のようなものに包まれ、触れた部分から綿飴のように溶けていく。

「あんたが楽しそうに看板落としてる間に、仕掛けた」
「くそ…ツクリモノなんかに…あたしがああああ!!!!!」

爆ぜるネオンのスパークに紛れ込ませるように、落下軌道の中継点に仕込んでいた「光のネット」。
抗う間もなく、女は絶叫しながら光の中に消えていった。

勢いのまま、路地に落下する愛。
とともに舞い上がる砂煙。地面を光の力で砂状にしていたせいで、落下のダメージは最小限まで抑えられていた。全ては、女が看
板を使って愛を攻撃していた時に組まれていた計算。

「あんただって、似たようなもんやろ」

女のおかげで見通しのよくなった夜空を見上げながら、愛が呟いた。




東京都内を拠点に、名古屋、大阪、福岡、果ては中国やインドネシアで暗躍する犯罪組織。
その幹部の一人がここ上海に潜伏しているとの情報を得た警察は、能力者である愛を派遣した。階位で言えば11番目の大物にあ
たるため、愛はかつての同僚リンリンが所属する中国の国家機関「刃千吏」の協力を得て、万全の態勢で相手を迎えた。

結果は、ハズレ。
間違いなく、相手は幹部のクローン。手ごたえのなさが、それを証明していた。
ただ、仕事としては成功だろう。本物の幹部の指示でこの上海で数々の犯罪行為の陣頭指揮を取っていたのは事実だし、何よりも
組織とダークネスの繋がりを確認することができた。

ダークネスが所持している、クローン技術及び異能力移植技術。
自らの組織のさらなる拡大のために、他の犯罪組織に技術供与を行っている。さきほどの女は、その何よりの証拠であった。

そしてその計画の中心には。
愛は、かつて青春時代をともに過ごした、白衣姿の少女を思い起こす。
あの頃のふくよかな頬を携えた少女は、もういない。果てしない好奇心は、時に狂気へと繋がる。

止めなければ。第二の「i914」を生み出さないためにも。

自らを貫く運命と、そして使命。
目には見えないけれど、揺るぎないものを睨み付けながら、愛は魔の都を突き進んでいった。





仕事を終え、滞在先であるホテルへと帰還する愛。
そこで、意外な人物に遭遇する。

「オー、愛ちゃーん、ひさしぶりネ!!」
「リンリン!?」

ホテルのロビーにいた、真っ赤なチャイナドレスを着た女が、愛の姿を見つけるなり駆け込んできた。愛の手を取り、嬉しそうに
上下にぶんぶん振っている。

「何でリンリンが」
「お偉いサンとのパーティーがあったデスヨ!愛ちゃん来てるって聞いテ、抜け出してきタ!」
「それって大丈夫なの?」
「hahaha、バッチリデース!!」

リンリンはジュンジュンとともに帰国後、「刃千吏」の長官補佐の地位に就いていた。
「刃千吏」は元々、リンリンの実家である銭家の人間が長官を務める。加えて、彼女自身の日本での対ダークネスの活躍によって、
若くして組織のNo.2にまでのし上がったのだった。

「それデ、お仕事どうだったでスカ?」
「ターゲットは倒したけど、クローンやった」
「アイヤー、またクローンだたあるか」

オーバーリアクション気味に、自分の額に手をやるリンリン。
「刃千吏」もまた、例の犯罪組織の存在には手を焼いていた。愛が探していた幹部一名と、上位戦闘員一名がこの上海の地に潜伏
している事は、すでに「刃千吏」の情報網にひっかかっていた。だが、中国を代表する国家機関が総力で二人の抹殺に動いたにも
関わらず、上がるのはクローンの死亡確認報告だけ。そこで浮かび上がったのが、ダークネスの存在である。

「あいつらオモテ向きは商売敵としテ対立してるケド…幹部ドウシが密かにレンラクとってる話もアル。厄介な話ネ」

最後は肩を落とし落胆してしまったリンリン。
しかしハイテンションガールの気持ちの移り変わりは早い。

「ところデ、日本のアノ子たちはどうシテる?元気カ?」
「さゆから、時々メールが来てるやよ。後輩たちも元気みたい」

リンリンの問いに、愛は笑顔で応えた。
愛が喫茶リゾナントを去ってからも、さゆみは愛にメールを送っていた。愛もまた、仕事が立て込んでいる時以外は返信をするよ
うにしていた。内容は、新しくリゾナンターになった後輩たちの話や、喫茶リゾナントの話だったり。ただ、里沙卒業後は滅多に
喫茶店の話については触れなくなった。恐らく売上が芳しくないのだろう。

「それは何よりダ。でも、道重サンや田中サンに会いに行ったりはしナイ?」
「しない。遊びじゃないから」

愛がリゾナントを離れる直接の理由は警察の能力者対策部署のヘッドハンティングではあったが、もう一つの理由があった。

それは、ダークネスの目からリゾナンターたちを眩ますこと。

決して少なくないメンバーが離脱したリゾナンターは、ひょんなことから新しいメンバーを受け入れる事になった。荒削りではあ
るが、いずれは将来のリゾナンターを背負って立つ。そんな期待すら感じさせる逸材ばかりだった。
それだけに、愛が真っ先に危惧したのは彼女たちの存在がダークネスに知れ渡ることだった。
脅威から彼女たちの身を守るためには、まずダークネスたちのマークを外さなければならない。そこで、愛は策を講じた。

愛と里沙が相次いでリゾナントを離れる。
これにより闇の業界でリゾナンターの弱体化が噂される事となった。彼女たちは、実力もさることながら、統率力においても一定
の評価を得ていたからだ。
残されたのはれいなとさゆみの二人、しかも実質さゆみは戦闘要員ではない。能力者一人で何ができる。こういった評価はやがて
ダークネスの耳にも届き、やがて組織はちっぽけな喫茶店のことなど完全に忘れてしまった。

これは、愛佳による入れ知恵でもあった。リタイヤ後、かつての予知能力で培った洞察力を元に文字通りの何でも屋をすることに
なった愛佳。リゾナンターが弱体化したというのも、意図的に彼女が流した情報だったのだ。

「そうでスカ…」
「大丈夫やよ。あの子たちなら、絶対に」

愛は確信していた。
今の若いリゾナンターたちが、かつてのリゾナンターに肩を並べる存在になることを。
そして、いつの日か、ダークネスを打ち破ってくれることを。
だから、その日までは、遠くから見守らせて欲しい。
それは彼女の、そして図らずも途中で離脱してしまったリゾナンターたちの願いでもあった。

「とにカク、こんなトコで立ち話もナンだから、飲みニ行きまショウ!!」
「リンリン、さっきお偉いさんとのパーティー抜け出してきたって言ってたけど大丈夫?」
「エ?アア、あのコンペイトウとか何トカってオッサン?心配ナイね!バッチリデース!!」

愛の予想が当たってれば、今頃会場はとんでもないことになってる筈だが。
しかしその杞憂も、楽しげなリンリンに手を引っ張られているうちに、すっかり消えてしまっていた。





投稿日:2013/01/20(日) 03:15:12.10 0


赤の粛清編


 「久住さーん、そろそろ本番でーす!」

自分の控え室で仮眠を取っていた久住小春は、番組ADの馬鹿でかい声に目を覚ます。
相変わらず本名で呼ばれることの違和感に辟易しながらも、気だるそうに身体を起こした。

アイドルからモデルに転身したと同時に小春は、「月島きらり」の名前を捨てた。
別に心気一転とか殊勝な考えからではない。ただ、捨てたかったのだ。
アイドルであった時の名前を。そしてリゾナンターであった時に名乗っていた、名前を。
小春の意識は、自然と決別のあの日へと還ってゆく。




「本気なの…?」

リゾナンターのサブリーダーである新垣里沙が、改めてその意思を確認する。
けれど、小春にとっては何度聞かれようが、答えは変わらなかった。

「うん。小春はもう、リゾナンターを辞める」

「銀翼の天使」の襲撃から数日後。
幸いにして怪我の軽かった小春だが、喫茶店を訪れて口にしたのはリゾナンターを抜けるという
衝撃の決断だった。

「何もこんな時に、そんなこと」
「もともと、このままここに居ちゃいけないって、何とかしなきゃ取り返しがつかなくなっちゃ
うって思ってて。だから、逆に能力を失ったのは『いい機会』かなって」
「そんな、いい機会って…ひどいよ、そんなの…」

小春を嗜めようとしたさゆみだが、逆に小春の辛辣な返答に打ちのめされてしまう。
そこで黙っていなかったのは、例のメンバー。

「あんた、さっきから黙って聞いてたら、何言いよう?愛佳だって、能力がなくなってくのを必
死で堪えてるっちゃろ!!」
「みっつぃーと小春は違う。能力がなくなってるのに、それでも惨めにしがみつく生き方なんて
できない。大体、好きで手に入れた能力じゃないし」

俯いてしまう愛佳を見たれいなの中で、何かが弾ける。
言葉より先に、手が出た。
小春の首元を掴み、引き寄せる。

「二人とも、やめな」

静かに、それでいて全てを律するような声。
リーダーである高橋愛の言葉は深く、そして重い。
れいなは小春から手を離し、小春は何もなかったように襟元を直した。

「愛ちゃんは。愛ちゃんはどう思ってるの?」

里沙が、問いただす。
メンバーの離脱という事態は、リゾナンター結成後誰もが経験していなかったこと。ならば、最
終判断は発起人である彼女が下すのが妥当。里沙は、そう考えていた。

「…小春の、好きにしたらええ」
「愛ちゃん?!」
「元を正せば、あーしの都合でみんなにはここに集まってもらってるだけやし。小春を拘束する
権利なんて、誰にもないんやよ」

愛の言う事はもっともだった。
目的も生き方もばらばらだった8人が、喫茶店の店主の人柄に惹かれ、そしていつの間にリゾナ
ンターという名の集まりになっていた。愛や里沙の持つしがらみから成り行き上ダークネスと対
立することとなったが、そこに強制力はなかった。

小春は一言も発することなく、誰とも目を合わせることなく、背を向ける。
一歩足を踏み出した瞬間から、道は分たれる。それは挫折ではなく、さらなる前進。そう言い聞
かせながら前を向く小春に、愛が声をかける。

「でもな。あーしたちは、いつでもここで…待ってるから」




背中に寄せられた、最後の暖かい言葉。
それを振りほどくと同時に、回想から抜け出す。
何もかもが、もう通り過ぎたこと。
控え室のドアノブに手をかけると、指先がぱちっ、と乾いた音を立てた。
懐かしい感覚。けれど、これはただの静電気。小春の内にはそれを生み出す力すら、もうない。

今回小春が出演する音楽番組「ミュージックスタリオン」にて、アーティスト風の新曲を披露す
る予定だった。モデルなのに何で歌なんか、という周りの雑音を撥ね退けて小春はオファーを受
けた。それが自分のためになるならば、自身のステップアップになるならば彼女は何でもするつ
もりだった。

スタジオに入ると、既に他の出演者たちは雛壇に座り待機していた。
その中のただ一点、肌がざわつく何か。けれど、小春はそれを極力視界に入れないようにした。
最早、自分は何の関係もないのだ。言い聞かせる自分と、抗う自分。

「小春ちゃーん、こっちこっちー」

そこへ、能天気な声が飛んで来る。
見ると、黄色いワンピースを着た女性がオーバーリアクションで手を振っていた。
吉川友。小春の事務所の後輩だった。

そう言えば彼女もこの番組に出演するんだっけ。

思いつつ、気持ちを切り替える。
はいはい今いくよー。
次の瞬間にはもう、いつもの小春に戻っていた。戻っていた、つもりだった。

「小春ちゃんどったの?何かさっき怖い顔してたけど」

友の隣に座るや否や、そんなことを聞かれる。

「うん、ちょっと調子悪くてねー」
「マジすか?きっかいい薬持ってますよ、今から楽屋に急いで取ってきて…」
「あー大丈夫、もう収まったから」
「ほんとにー?まあ、人間気合っすよね、そんな感じー!」

いつもながらにアバウトだなあと、小春は思う。
しかし人から聞いた話によると、このアバウトさは小春の生き方に共感し身に着けたものだと言
う。自分のことをアバウトとは思わないが、ひたすら前を向いて進んでいく時には、知らず知ら
ずのうちに取りこぼすこともあるのだろう。彼女自身、そう理解していた。

「はいそれじゃ本番でーす、3、2…」

番組ADのカウントが終わり、スタジオ内に番組のジングルが鳴り響く。
雛壇の中心にいた司会者が、いつものように前口上を始めた。

もう大丈夫。
小春は自分に言い聞かせる。
確か自分の出番は比較的早かったはず。司会者の下らない質問に適当に答え、歌を歌って、あと
は雛壇でぼーっとしてればいい。それで今日一日が終わる。
そう、思っていた。けれど、その考えは甘かった。


「今日のトップバッターは松浦亜弥ちゃんでーす」

その四文字が、心臓に絡みつく。
視界から消す事はできても、耳を塞ぐ事はできなかった。
聞こえてきた音が、小春の目を一方向に誘ってゆく。

大輪の花をあしらった様なピンクのドレス。
声、仕草、そして表情。まさにアイドルという言葉が相応しい彼女。
だが小春は知っていた。
煌びやかなドレスが包んでいるそれが、どす黒く腐れ落ちる闇そのものだということを。

ダークネス。

組織の粛清人として、内外問わずの標的の首を刈り続ける存在。
「粛清人A」「赤の粛清」として恐れられている彼女のもうひとつの顔が、アイドルだった。

もちろん、小春が直接彼女に何かをされたわけではない。
けれど、彼女がダークネスの幹部であるという事実は嫌が応でもあの日の出来事を思い起こさせる。

目を細めて笑う、一人の女性。
眩い光に包まれ、笑っている。天使の笑顔。
でもその羽は、真っ赤な血に塗れている。
仲間が一人、また一人。
血の海に沈むたびに天使が微笑む。
小春の周りの人間が、次々に天使の無慈悲な裁きに崩れ落ちる。
そして、小春自身も。


思わず、口を押さえる。
叫び声が、出てしまいそうだった。
ぎりぎりの自制心が、本能を抑え込む。

恐怖。
あの日「銀翼の天使」が小春の心に植えつけたものをシンプルに表現すると、たった二文字に落
ち着く。けれど、深く刻まれた感情は決して拭い去ることはできない。

その感情に抵抗するように、小春は彼女を睨み付ける。
傍から見れば、ただ見つめているようにしか見えなかったのかもしれない。
表には表れない分、小春はその感情を内面に込めた。そうして視線で彼女を射殺そうとすること
でしか、自分の荒々しい感情を逃がすことができなかった。

その後のことは小春自身、よく覚えていなかった。
ただ、自分の出番が来て歌を歌った時に、歌詞を二、三箇所間違えてしまったことだけは覚えて
いた。一度狙撃場を離れてしまえばそれまでの煮えたぎるような殺意はなく、席に戻った小春を
支配するのは「早くこの場から離れたい」という感情のみだった。

番組が終わった後も、すぐにその場を立ち去るだけの気力はなかった。
歌うのに全力投球で疲れちゃったんすかぁ?と茶化していた友も、地蔵のように動かない先輩に
見切りをつけたのか、一人で控え室に戻っていった。



気がつくと、いつの間にか辺りは真っ暗になっていた。
ステージのセットも既に撤収されていて、スタジオには小春一人が取り残されている状況。
何度かADらしき若い男女が話しかけていたような気がするが、どんな返答をしたかすら記憶に無
かった。

ただ、帰りたかった。
誰も見ていないところへ。
けれどそんなささやかな願いすら、打ち砕かれることになる。

「何一人で黄昏ちゃってんのぉ?」

地の底から生えてきた、悪魔の手。
そのまま奈落へと引きずりこまれそうな、そんな力を持った言葉。
相手が誰だか、確かめるまでも無い。

「…小春のことは、放っておいてください」
「つれないなー」

そう言いながら、極彩色の花びらは小春の元に舞い落ちた。
隣に座り、そっと肩に腕を寄せる。

「何でも相談にのったげるから。お姉さんの胸元に飛び込んでおいで?」
「…冗談はよしてください」

軽く、相手を跳ね除ける小春。
最早彼女に何かをする気力すらなかった。
なのに、彼女は小春が込めた力の何倍もの勢いでその顔を寄せて、言う。

「冗談?それはあんたが生放送中にあたしに向けてた殺意のことでしょうが」

思わず、体が反応した。
大きく後ろに後ずさり、距離を取る。
目の前にいるのは「アイドルの松浦亜弥」ではなかった。

「…知ってたんだ」
「あったり前でしょ。あんた、あたしのこと誰だと思ってんの?」

彼女の背後に浮かび上がる、衣装と同じ色の刃をした、大鎌。
反逆者を無情に屠る「赤の粛清」のものだ。
小春の心に怯えはない。代わりに訪れるのは、命を落とす危険性。

「あんたに殺意を向けた、そんな理由で一般人を殺すんだ」
「一般人?一般人にはそんな間合いの取り方、できないと思うけどな」

能力を失ったとは言え、肉体まで衰えたわけではない。
かつての経験が、小春に常人以上の動きをもたらしていた。

指揮者が振るうタクトのように、右に、左に刃を振るう大鎌。
その度にスタジオに張り巡らされたケーブルが切断され、暗闇に火花を散らす。
それは「あんたの首なんていつでも撥ねられる」という意思表示にも取れた。


「最近さあ」

小春を見ずに、「赤の粛清」が口を開く。

「あたしのことを色々嗅ぎ回ってる奴がいるみたいなんだよね。しかも、同じ芸能界の中に」
「それと小春の何が」
「あんたくらいしかいないじゃん。かつてダークネスと敵対していた組織の出身。それだけで、
有罪に値する理由になると、思わない?」

大鎌が、「赤の粛清」の前に躍り出る。
彼女の姿を隠すかのように激しく回転する刃。そして回転が収まった後に姿を現したのは。
黒衣の死神。
胸元の赤いスカーフが、まるで血のような妖しい光沢を放っている。

「さあ、処刑執行の時間だよ」

黒衣が溶けるように消え、小春の瞳に残る赤い残光。
いや、「赤の粛清」は小春のすぐ背後に移動していた。まるで死刑台のギロチンが如く喉元に当
てられた刃の感触が、魂をも冷やしてゆく。

小春は動かない。
最早どうにもならないことを知っているのか、それとも。


小春は背中で答える。
決して曲げる事のできない、自らの意志を。感情を。

「たとえ、たとえ小春がここで殺されても」
「そうだね。あんたはここで殺されるね」
「愛ちゃんが、きっと仇を打ってくれる」

その瞬間。小春にはフードで顔を覆っているはずの「赤の粛清」の表情が、変わったような気
がしてならなかった。

「i914、か。片や最高傑作と称され、片や、失敗作と唾棄される。いずれは決着をつけなく
ちゃ、そう思ってはいたけど」
「は?あんた何言ってんの?」

訝る小春。
そこへ、予期せぬ声が聞こえてきた。

「せんぱーい、何してるんですかー?マネージャーさんが探してますよー!!」

小春の後輩である、友の声。
同時に、不穏な鎌がゆっくりと下に下がってゆく。
理由はわからないが、背後からの殺意は完全に消えていた。

「どういうこと?」
「目的は果たした。能力を喪失したあんたに用は無いってこと。じゃあね」

後ろに大きく高く跳躍する「赤の粛清」。
天井の骨組みに着地したかと思うと、そのまま闇に溶けていった。


「何こんなとこで物思いにふけってるんですかー。それよりきっかおなかすいたんですけど!ス
タジオ前通りのでっぱ寿司、一緒に行きません?」

友の言葉に、無言で頷く小春。
ただ、意識はずっと先ほどの「赤の粛清」とのやり取りに向いていた。

― たとえここで小春が殺されても、愛ちゃんがきっと仇を取ってくれる ―

自分勝手な理屈でリゾナンターを飛び出した癖に、都合のいい台詞なのかもしれない。
けれど、小春はどうしてそんなことを自分が言う事ができるのか、わかっていた。

自分は今でも、リゾナンターなのだと。

能力は消えても、喫茶リゾナントで共に過ごした絆は簡単に消えはしない。
仲間たちと笑い、泣き、時には衝突しあったあの小さな喫茶店。
たとえそこから去っていくようなことがあっても。
歩む道は違っても、同じ星空の下にいる。
それだけで、充分だった。





投稿日:2013/02/20(水) 15:20:05.20 0


ガキカメ編


長編ゆえ左記のリンク先に飛んで   『リゾナンターΧ(カイ)・ガキカメ番外編』





投稿日:2013/03/24(日) 22:47:55.07 0



新人さくらの研修シリーズ

詐術師とさくら


新宿・歌舞伎町。
日本有数の繁華街として知れた街には、同じく日本有数の犯罪の坩堝としての面があった。
闇ギャンブル、違法風俗、ドラッグや拳銃の売買。
そういう場所こそが、「組織」が根を伸ばすのに最適な場所となる。

毒々しいネオン、行き交う人々の喧騒、車のクラクション。
一見賑やかな街も、少し場所を外れればそこは闇の領域。
メイン通りを外れた、薄暗い路地。
周りから打ち捨てられたような小さな公園の隅に、妖しい闇が溢れ出す。
闇から姿を現したのは、二つの人影。似たような背格好だが、片方には「小さな大人」という言葉が良く似合っていた。

「やっと制御装置が直ったって聞いたから移動が楽になると思ったら、よりによってこんなくっさい場所に転送されるなんて。
マルシェのやつ、わざとやってんじゃないだろうな…」

牛柄のだぼっとしたパーカーを着た、金髪の小さな女。
巨大犯罪組織「ダークネス」の幹部、「詐術師」の二つ名を持つ彼女は、誰に言うとでもなく不満を漏らす。
そして、後ろにいる少女に顔を向け、

「はぁ。めんどくさいなあ。何が『教育だと思って仕事場に連れて行ってください』だよ。何でおいらがそんなことしなきゃ…
まあいいや。とっとと終わらすから、ついて来な」

とこれまた面倒そうに声をかけた。

先日開かれた、ダークネスの幹部会議。
そこでいつものように遅れてやってきたDr.マルシェが連れてきたのが、この少女だった。
さらに幹部全員に依頼された、「新人教育」。本来ならばこの「詐術師」が一番嫌う子供の世話を引き受けたのは、それが組織にとって重要な任務として位置づけられたから。

「詐術師」の少女への印象は、一言で言えば陰気臭いガキ。
どっかの二人組と違って大人しいのはいいが、その顔を見ているとこちらまで暗くなる。
仕事はハッピーがモットー、そんなふざけたキャッチフレーズを身上としていた女と少女の相性はあまりいいとは言えなかった。

複雑に入り組む路地裏を縫うように、二人は目的の場所へと進んでゆく。
少女にとってはもちろん初めての場所ではあるが、戸惑う事もなく黙々と「詐術師」の後をついて来ていた。
そんな様子を背中で感じながら、「詐術師」は思う。

何なんだこいつ。まるで緊張してないじゃんか。

新人教育など、例の隔離施設に送られた二人は別としてもやったことのない彼女ではあったが、それでも組織に入った新人が任務を前にがたがたと震えている姿は腐るほど見てきた。
だが、この少女の表情には、少しの緊張も見られない。

「ったく。入りたてはいい年こいたオッサンですらビビっちまうのに。お前、とんでもない強心臓かバカのどっちかだな」

言いつつ、足を止める。
それは、標的のいる雑居ビルに到着したことを意味していた。
昭和末期に建てられたであろうその建物は、すっかり色あせてしまい、陰気な雰囲気をかもし出している。

「いいか。この中にいる腐れやくざは、おいらたちが稼がせてやった金を丸パクして海外へ高飛びしようとしてるクズ野郎だ。つまり」
「つまり?」
「消されたところで、何の文句も言えない奴らさ」

そんな台詞をどや顔とともに決めてみせる「詐術師」。しかし少女はそんなものはお構いなくビルの中に入ってゆく。

「ちょっと、おい!」
「…行かないんですか?」

不思議そうな顔をする少女。
何だよこのクソ度胸は。呆れつつ、「詐術師」は少女に続きビルに入っていった。

「川添興業」と書かれたプレートが打ち付けられた鉄扉。
いかにもやくざの事務所らしい、と鼻で嗤った「詐術師」が、思い切り扉を蹴りつけた。
只ならぬ音に、開かれる扉と共に出てくるチンピラらしき数人の男。

「なっ、てめえら何の用…」
「雑魚には用はない」

問答無用で、「詐術師」は銃を抜き男たちの眉間を寸分の狂いもなく打ち抜く。
彼女の保有する能力からすれば、攻撃手段は正確であればあるほどよい。必然的に、彼女の銃捌きは達人クラスに達していた。

折り重なる屍を踏み越え、奥の部屋へと進む。
そこには意外なほど平然とした組長が、悠然と背凭れ椅子に腰掛けていた。

「『組織の者』って言ったら、わかるよな?」
「ああ。ただ、お前らみたいな小娘どもだとは思わなかったけどな」

左右に流した長めの髪を整髪料で固めた、一見身なりの正しい男。
しかしその目は、凶暴なぎらつきを湛えていた。

「結論から言ってやる。大人しく例の一件で得た金、全部おいらに寄越しな。そしたら命だけは助けてやるよ」

パーカーに両手を突っ込み、相手を挑発するような物言いで語りかける詐術師。
しかし。

「てめえ、誰に向かって口利いてんだ!?」

突然激昂した組長が、目の前のデスクを蹴り飛ばした。
それが、彼に余裕を持たせていた切り札を登場させる、合図。

現れたのは、屈強な肉体を誇示するかのようなタンクトップ姿の男。
しかし、彼の自慢の武器はそれだけではないらしい。

「知ってんだよ。お前らがわけわかんねえ力を使う”バケモノ”だってのはよ。だから…同じようなバケモノを当てがってやるよ」
「ひどいなあ、組長」


にやにやと笑う、男。おそらく能力者だろう。
組長の明らかに馬鹿にした態度はこれが原因か。
しかし「詐術師」にとっては、むしろ好都合な相手だった。

「おいデカブツ。おいらにその鼻が曲がるようなくっせえ能力、使ってみろよ」
「…舐めやがって。すぐにぼろぼろの雑巾みてえにしてやる」

男が、両手に力を込める。
強力な念動が、「詐術師」の体を捻り引きちぎり、血飛沫が舞う。はずだった。
ところが当の本人は涼しい顔。

「どうした?早く始末しろ!」
「なにっ、くそっ!どうなってんだ!?」

いつもは鮮やかに決まる殺人芸が、今日はまったく発動しない。
焦る男に、「詐術師」が言う。

「体の調子でも悪いんじゃね?キャハハ、おい、初仕事だ。やっちゃっていいぞ」
「わかりました」

うろたえている、能力を封じられた男を拳銃で打ち抜くだけの楽な仕事。
だが、あの巨躯だ。下手に掴み掛られでもしたらお気に入りの牛柄パーカーが汚れてしまう。
要するに面倒臭がって、自分でできる仕事を押し付けたのだ。

少女が一歩だけ、前に踏み出す。
「詐術師」がそれに気を取られたほんの一瞬の出来事。もう、全てが片付いていた。

ひしゃげた部屋のロッカーに首を突っ込み、倒れている男。
組長は、座ったままの姿で気絶していた。
少女は元いた場所から、微動だにせず佇んでいる。


は…?こいつ、何をしたんだ?

「詐術師」は短時間で、いや一瞬で起こった出来事を整理する。
こいつの能力は。そう言えばマルシェは「こいつ自身の能力については」何も語らなかった。一体、何をした。瞬間移動か。
いや、それならおいらの目にも映るはず。何なんだよ、これ。

「は、きゃ、キャハハハ。何だかんだ言っても新人だな。詰めが甘いっつーの!」

動揺を悟られないよう、上から目線を誇張し、懐から銃を抜き出して倒れている男の体に数発。
頭と心臓を打ち抜かれたそれは、数度痙攣し、それから動かなくなった。

それを、じっと見つめている少女。
さすがに「殺し」は衝撃的過ぎたか。
「詐術師」は少女が身じろぎしないのを、初めて人間が命を奪われる現場にショックを受けているのと思った。しかし。

数度の、はじける音。

少女は、いつの間にか「詐術師」から拳銃を奪い取っていた少女は。
事も無げに、椅子に凭れかかっていた組長の頭と心臓を、正確無比に撃ち抜いていた。

「これで…いいんですよね?」

そこで、初めて少女がにこりと微笑む。
学習したことを実践したのを、評価して欲しいかのごとく。

「あ、ああ。合格点…なんじゃね?」

「詐術師」は、そう言って見せるのが精一杯だった。




投稿日:2013/04/26(金) 13:29:14.58 0


さくらと鋼脚と沈む月



ダークネスの、本拠地。
「目覚めの日」から程なくして与えられた、少女の個室。
簡易なベッドと机以外は何も無い、殺風景な部屋ではあるが、少女にとって特に困ることはない。
ごろりと無造作にベッドに寝転がると、窓から煌々と輝く月が見えた。

部屋の扉をノックする音が聞こえてくる。
また、「体験学習」だろうか。
少女は一番最初に経験した「殺し」のことを思い描く。

小さくうるさい先輩に言われるまま、撃鉄を引いた。
撃たれた相手は、あっけなく死んでしまう。
とは言え、先輩にそう言われただけで、実際にどういう状態を「死んだ」というのか、少女自身よく理解していなかった。

のそりと起き上がり、扉を開ける。
そこには黒のライダースーツ姿の女性が立っていた。
一目見て男装の麗人と見まごうばかりの造形、しかしスーツから無造作に下ろされたジッパーから顔を覗かせる透き通る白い肌は間違いなく女性のものだ。

「仕事だ。行くぞ」
「はい」

その女性は、現れた時の端正な顔立ちを崩し、笑いかける。
これからツーリングにでも行こうぜ、とでも言いそうな雰囲気で。


ダークネスの本拠地に設置してある機械によって、制御される「ゲート」。
能力者、それも高位の人間しか使うことのできないそれは、簡単に言うと隔地間転送。
機械に行きたい場所の座標を入力する事により、その場所へのショートカットが開通する仕組みとなっている。

「普通の人は、使えないんですか?」
「ああ。弱いやつはここを通るだけで精神に異常をきたすって話だ。ダークネスの幹部クラスでそんなやつはいないけどな」

女性の言葉で、改めて自分が「普通の人間ではない」ことを実感する少女。
白衣を着た、ふくよかな頬の博士は自分のことを「特別な力を持っている」と言った。その特別な力とは何なのだろう。
この前、小さな大人の前で使ってみせた力のことなのだろうか。

思いを馳せている間に、目の前が明るくなる。
どうやら目的の場所に運ばれたようだ。

「…いきなり敵さんの集会場所かよ。コンコンもやること、えげつねえなぁ」

苦笑する女性の言うとおり、二人は柄の悪そうな連中たちが取り囲む輪の中心に出現していた。
突如現れた二人の女子供に驚く、男たち。
いわゆる特攻服というやつに身を包んだ、社会の枠から外れた境遇にいるものばかりだった。

「な、なんだお前ら!どこから出て来た!!」

男のリーダーらしき人物が、しゃがれ声で喚きたてる。
黒い特攻服、背に「天上天下唯我独尊」の刺繍、着ている本人は間違いなく意味がわかっていない、そう思わせるほどに男の顔立ちには知性が見られなかった。


少女が、辺りを見回す。ここは屋外、そして大きな駐車場。

「『組織』の指示に対する、数々の命令違反。これだけ言えば、うちらが何しにきたか、わかるだろ?」
「まさかてめえら!」
「お前らに恨みはないけど、死んでくれ」

言いながら、戦闘態勢を取る女。
抜き差しならない状況に気づいたリーダーが、

「構う事ねえ、こいつらブッ殺せ!!」

と叫ぶ。鉄パイプや釘バットを手にする手下、自慢のバイクにまたがる手下、その数約30ほど。

「能力者は、なしか。すぐに済みそうだ。お前は、後ろで見てな」
「…手伝わなくて、いいんですか?」
「ああ。必要ない」

それだけ言うと、女が得物を手にした男たちに飛びかかる。

まさに、流れるようなスムーズな出来事だった。
一斉に襲いかかる男たちを、大きく足払いでなぎ倒す。一撃で足の骨を粉砕された男たちは蹲り、その後に加えられた二撃で気絶した。

687 自分:名無し募集中。。。[sage] 投稿日:2013/04/29(月) 07:23:50.28 0
さらに数度、別の男たちが襲い掛かるも、同じように女の蹴りの前に地を舐める。
その破壊力の前に立ち塞がるものなし。彼女が「鋼脚」と呼ばれる由縁だ。

突然、派手なクラクションと排気音が轟いた。
女を挟む込むように突っ込んでくる、二台のバイク。片手には金属バットを携え、振り回す。
だが、「鋼脚」は回避行動の素振りさえも見せない。
そしてすれ違いざまに相手が打撃を叩き込もうとするのを、上空への飛躍で交わしつつの、強烈な回し蹴りから
の連脚。ライダーたちは路上に放り出され、御者を失ったバイクは派手に転倒し炎上した。

「あ…ああ…うそ、だろ?」

あっと言う間に手下を失った集団のリーダーは、その場にへたり込む。腰が抜けて、動く事もできないようだった。
自慢のロングリーゼントも、情けなく垂れ下がっている。
そこへ、一歩、また一歩と「鋼脚」が近づいてゆく。

「あたしはさ、許せないんだよね。『裏切り者』ってやつが」
「ゆ、許してくれ!あんたたちとは別の「組織」に脅されただけなんだよ!!」
「言い訳は閻魔様にでもするんだな」

「鋼脚」が放ったミドルキックが、男の側頭部にヒットする。
その威力の凄まじさは頭蓋骨を叩き潰すだけでは飽き足らず、首の骨をも千切り飛ばす。
男の頭はまるでサッカーボールのように、弧を描きながら遠くへ飛んでいった。

「かーっ、えらく飛ぶな。やっぱバカは頭軽いのかね」

ボールが飛んでいった遥か彼方を見る仕草をしてみせる、「鋼脚」。
その姿をじっと見ている、少女。
視線に気づいたのか、「鋼脚」は少女に近づく。

「お前さ、これから予定とかあんの?」
「いえ、特には」
「そっか。じゃ、ちょっと寄り道してくっか」
「寄り道、ですか?」

首を傾げる少女に、「鋼脚」はさも面白そうに、少女の頭をわしゃわしゃと撫でる。

「そうそう。直行直帰なんてつまんないだろ?お姉さんについてきな。奢ってやるから」

そう言うと、「鋼脚」は軽やかな足取りで駐車場の奥へと歩いてゆく。
もちろん、少女には「ついてゆく」という選択肢しかない。
断る理由もなければ、意味もない。
ただ、目の前の女性が何だか楽しそうなことだけは伝わった。




例の集団が集会場にしていた駐車場は、大きなスーパーの所有しているものだった。
大きなスーパー、とは言えこんな夜更けにはとっくに閉店している。
屋上の塔屋に二人の女が座っていても、誰も気づかないだろう。

「ほら、お前の分」

「鋼脚」が、隣の少女に缶ジュースを投げて渡す。
慌てた少女がそれをキャッチしようとしたが間に合わず、缶は下の駐車場へと真っ逆さま。
のはずだったが、次の瞬間にはなぜか缶ジュースは少女の小さな掌に収まっていた。

「なんだそれ。変なやつ」
「…驚かないんですか?」
「ああ。あたしは他人の能力にそんなに興味、ないから」

ぷしゅ、と小気味よい音を立てて「鋼脚」は自らの缶ビールを空ける。豪快にぐびぐび飲み干し、そして大げさにプハーッと言って見せた。

「やっぱ仕事のあとの一杯は美味いよなあ」
「あの、『鋼脚』さん」
「ん?」
「駐車場で倒れてる人たち、始末しなくていいんですか?」

あどけない少女から発せられる、冷酷な言葉。
「鋼脚」は、やれやれと肩を竦める。

「潰すのはヘッド一人で十分だから。闇に心を食われたからって、無駄な殺生はしたくないんだよな。化けて出てこられても困るし」
「でも、面倒なことにならないんですか?『詐術師』さんが前にそんなこと、言ってました」
「大丈夫だよ。どの道あいつら、今日のことなんて何ひとつ覚えちゃいないさ」

言葉の意味は少女にはわからなかった。
ただ、引っ掛かることが、一つ。

「私が。私たちが殺した人たちは、どこに行くんでしょうか」
「何だよ。意外と哲学者タイプなのか?」

少女の頭を、からかうようにくしゃくしゃと撫でる「鋼脚」。
それから少し考え、空になった缶を足元に広がる闇に向け投げ捨てた

「死んだやつは、穴の中に消えて…さよならだ」
「穴の中?」
「あたしたちの、知らない世界だよ。きっとそれ以上でも、それ以下でもない」

少女が自分の部屋で見たときには白く輝いていた月が、大きく、赤く沈もうとしていた。
そんな赤い月を見ながら。

「『裏切り者』って人も…『鋼脚』さんの知らない世界に、行っちゃったんですか?」
「は?」
「さっき、『裏切り者』は許さない、って」
「あーあー、そのことか」

「鋼脚」が、赤く膨れた月へと視線を移す。
それは、睨んでいるようにも、諦めているようにも見えた。

「ある意味、そうなのかもな。でも、はいさよなら、で済む話でもないわな」

地表に近づくにつれ、赤く、大きくなっていった月。
それはやがて、低い場所を漂っていた雲に飲まれるようにして消えていった。




投稿日:2013/04/29(月) 07:21:53.67 0


さくらと守護者と鼠の話


ダークネスの本拠地の一角に、その建物はあった。
瓦葺の屋根、赤く塗られた柱、そこはまるで神社そのもの。
つまり、その奥には祭られるべき「神」がいる。

本殿へと続く、石畳の道。
少女は、躊躇することなく、その道を歩き続ける。

― 一度、お会いしたほうがいいでしょう。―

Dr.マルシェこと紺野博士は、そう少女に言った。
ダークネスを支える大幹部にして、「不戦の守護者」。
ダークネスがここまで大きな組織となった一因は、彼女の持つ予言能力にあると言っても過言ではなかった。

「不戦の守護者」の予言は常に正確で、そして”正しい”。
彼女の能力によって、その企みを実行に移す前に粛清された敵対組織や身内の構成員は数多い。戦わずして、組織を守る。
二つ名に相応しい、功績。

本殿の、重厚な門構え。
下界と神界を隔てているような重い扉を、少女はゆっくりと押し開いた。

奥へ続く、赤い絨毯。
そしてその絨毯を挟むように、白い衣と赤い袴を着た四人の従者が座していた。
そのうちの、面長の女性が少女に問いかける。

「何用でここに来た?ここは一介の構成員が立ち入るような場所ではないぞ?」
「…博士に言われて、来たんです。『不戦の守護者』さんに会いに行けって」

威圧するかのような相手の物言い、しかし少女の心は揺らぎさえしない。
不遜とも思えるその態度に、背の低い、短い髪の従者がしびれを切らした。

「貴様ごときが軽々しく口にするような名前ではないぞ!!」
「待て!今、博士と言ったな」

身を乗り出すのを、制するものがいた。
四人の中で一番年長と思しき従者、彼女は確かめるように少女に問いかけた。
ゆっくりと頷く少女。

「マルシェの差し金か。本来なら『守護者』様には我々神取(かんとり)の取次ぎ無しには決して謁見を許されないしきたり」

だが、その従者も知っていた。
かの奇天烈博士はしきたりなどを気にするような殊勝な人間ではないことを。
指示を仰ぐが如く、絨毯の奥の白い幔幕に目を向けた。

「構わない。あなたたちは、下がっていいわ」

幕の奥から、声が聞こえてきた。
優しさと、深遠さを兼ね備えた、不思議な声。
四人の従者たちは深く頭を垂れ、それから大きく四方に散っていった。

それを合図に、幔幕がゆっくりと上がってゆく。
姿を現したのは、幾重にも煌びやかな布を羽織った、長い黒髪の女性。

「はじめまして、じゃないわよね。一度あの会議場であった事があるはずよ」

美しい顔立ち。
しかしその瞳は、少女の全身を捉えている。並みのものならこの時点で脂汗を垂らし、一刻もこの場を離れたいと願うだろう。

「博士に言われて来たんです。あなたに会え、と」
「…紺野らしいね。まあいいや、あたしが見てあげる」

「不戦の守護者」の大きな瞳が、かっと見開かれる。
鬼気迫るその表情に、少女は釘付けになる。
それとともに。一瞬。ほんの、一瞬。
何かが、体を通り過ぎる。そんな感覚を、少女は受けた。

弛められる、眼力。
瞳を休めるように、少し目を瞑り、それから少女を呼び寄せその頭を撫でた。

「合格よ。あんたは、組織に害をなす人物ではない。今のところはね」
「『守護者』さんの力で、見たんですか?」
「そうよ。それがあたしの能力だから」

「不戦の守護者」が持つ予言能力。
組織に降りかかる禍を予知によって感知するとともに、個人が辿る運命をも見通すことが出来る。
しかし、そのような高次能力者は全員が与えられる情報を処理できずに精神の異常をきたしてしまう。
では、なぜ彼女はそのような能力を保有しているにも拘らず平静でいられるのか。

能力の規制。
「不戦の守護者」は、自らの予言能力にある規制をかけ、その巨大な力を制御する事に成功した。
その規制とは、組織にとって害となるもの以外の未来予知ができなくすること。
それにより彼女は安定した未来予言をすることが可能となり、同時に組織だけの守護者として君臨するようになったのだ。

「これで用は済んだっしょ?あまり長居すると神取たちがうるさいし、今日はもう帰んな」
「はい、わかりました」

少女は一礼し、踵を返してその場を去ろうとする。
そこへ、背中から「不戦の守護者」が声をかけた。

「紺野に言っといて。研究室に篭ってばかりいないで、たまには菓子折りでも持ってこっち来なってさ」
「わかりました」

少女は少しだけ振り返り、それから再び赤い絨毯に沿って歩きはじめた。
その小さな後姿を見つめながら、「不戦の守護者」は深いため息をつく。

紺野。あんたの考えはわかってるよ。あの子をあたしに会わせる事で、あらためて自分は「シロ」であることをアピールしたかったんだろう?

個人の運命を見ることが出来る彼女の能力。しかし。
紺野博士の運命を見ることはできなかった。普通に考えれば、彼女は組織に害をなす人間ではないということを意味する。
だが、「不戦の守護者」は本能で、警戒する。

紺野は、何かを隠してる。

先ほどの少女の運命が見通せなかったのも、「少女が紺野の所有物に過ぎない」ことを証明したに過ぎない。
ただ、紺野は自分が疑われていることを知っている、それだけは確かだが、まだ他に何らかの意図を隠し持っていると「不戦の守護者」は確信していた。

恐らく。
従順のポーズが解かれる時、紺野の隠している事は明らかになる。

紺野。「神」の目からは、逃れられないんだよ。

「不戦の守護者」には、紺野博士は一本道の通路を恐々進んでゆく一匹の鼠にしか見えていなかった。
その行く手に待ち構えている凶悪な罠によって、身を滅ぼす結末。それを楽しみにすることすら「神」のほんのひと時の、戯れ。




投稿日:2013/05/15(水) 00:02:55.49 0


永遠殺しとさくらの存在






上空を飛ぶ鳥が、空に磔にされる。
周囲から連射されるいくつもの弾丸が、軌道の途中でぴたりと止まる。
まるで流れ出ている液体が、粘性を持ち固まっていくかのように。

「永遠殺し」の周囲の時は、一斉に刻むのを止めた。


☆ ★ ☆


これは、ただの交渉のはずだった。
急激に力をつけつつあると噂のあった、とある敵対組織。
「永遠殺し」はそのトップとの対談のため、組織の本拠地に車で向かっている途中だった。
傍らにはおかっぱ髪の、表情に憂いを帯びた少女。

― 武力を使わない「戦い」も、きっと彼女にとって役立つと思いますが ―

本来、大事な交渉の場を社会見学の場にする趣味は「永遠殺し」にはない。
かのi914をモデルに造ったという少女、その保護者がそう進言したのだ。
既に少女に関する「叡智の集積」の指示は絶対、という通達が組織の長から全幹部へと届いていた。

なに考えてんのよ。
その独り言はかつての盟友である首領に向けられたものでもあり、また不可解な動きをする白衣の科学者に対するものでもあった。
特に、後者は。目的がまったく掴めない。
「永遠殺し」は、「銀翼の天使」と並ぶ組織の二枚看板である「黒翼の悪魔」の失踪に彼女が絡んでいると睨んでいた。
「黒翼の悪魔」が持つ空間操作能力ならば、幹部全員に気付かれることなく行方をくらますことなど容易なこと。
ただ、理由もなくそんなことをする人間では、決してない。
基本的に彼女が興味のないことには動かないことを、旧知の仲である「永遠殺し」は熟知していた。

「あの…」
「…何?」
「聞きたいことが、あるんです」

どこまでも潜ってしまえる思案を中断したのは、隣のシートに座っていた少女だった。
この少女も何を考えているのか得体のしれないところはあったが、車での道中、まだ目的地に着くまでには時間がある。
暇つぶし代わりに、「永遠殺し」は少女と会話をすることにした。

「私で答えられるものなら」
「博士は、『今回は、相手を殺さない戦いです』って言ってました。でも、私は敵は必ず殺すものって教えられてきました。その違いが、わからなくて」


誰よ、そんな物騒な考えを教え込んだのは。
大方「黒の粛清人」か、はたまた「氷の魔女」か。殺人マシーンを育てるのなら、それでもいい。ただ、「永遠殺し」はそん
な趣味の悪い計画に付き合うつもりなどまったくなかった。

「敵とは言え、言葉でわかりあえる場合もある」
「…そうなんですか?」
「私たちは能力者であるとともに、人間でもある。武力では解決できないこと分野を、言葉というものは担っているのよ」

少女は、「永遠殺し」の言葉を咀嚼するかのように、その視線を左右に泳がせた。
そのうち、新たな疑問が湧いたらしい。

「でも、能力を持たない人たちは。私たちのことを『バケモノ』って言います。能力者は、化け物なんですか?人間なんですか?」
「どちらとも言えるし、どちらとも言えないとも言えるわね。ただ…」

「永遠殺し」が、窓の外に目を向ける。

「人は、自分の理解の範疇を超えたものに対し、そう呼ぶことはあるわ。そして、そういうものは大抵社会の中のマイノリティーに過ぎない。私たちは能力者として強者であるとともに、勢力的には弱者とも言えるのよ」
「そうなんですか」
「だからこそ、ダークネスという組織が存在する」

言いながら、予想外の展開に自分で呆れてしまう。
まさか、こんなところで組織の存在意義について語ることになろうとは。
ただ、そういうことを教えても損はないのもかもしれないとも思う。
少女は、i914をベースにして造られているという事実。
つまり、育て方によっては先輩と同じように組織を裏切る可能性があるということ。
それだけは、避けなければならない。


「さあ、着きましたよ」

運転手に声をかけられ、車を降りる。
しかしそこは、建物の影すら見当たらないただの草原。

「何もないじゃない。本当に着いたの?」
「ええ。ただし、着いたのはあんたたちの人生の終着地だけどな」

運転手が片手を上げる。
草叢から一斉に現れる、黒のニット帽を覆面代わりに被った集団。その数、20以上。
手には、マシンガンらしき銃火器を携えている。
瞬く間に蜂の巣にされるのは、明白だった。

「どういうつもりよ」
「見ての通りだ。あんたたちは、罠に嵌ったんだよ!!」

運転手の顔が、徐々に変容してゆく。
擬態能力者か。しかし彼の能力など、今となってはどうでもいいこと。
それにしても。
傍らにいる少女は、これだけの人数を前にしても眉一つ動かさない。
噂には聞いていたがここまでの強心臓とは。

「これだけの人数相手に、あんたの能力がどれだけ通じるかなあ。『永遠殺し』さんよ?」
「ああ、そう」
「余裕ぶるのも今のうちだ。撃て!!」

男の言葉を合図にして、周りを取り囲んだ男たちの銃が一斉に火を吹いた。


☆ ☆ ☆


「永遠殺し」が時を止めていられる時間は、凡そ8秒。
この場にいる全員の息の根を止めるには、時間が足りない。
ただし。
エンジンのかかった車に乗り込むには十分過ぎる時間。

「永遠殺し」は、車のそばにいた運転手を遠くへ蹴り飛ばし、そしてそのまま運転席に入りアクセルを思い切り踏み込む。
蹴り飛ばした運転手が包囲網の中心に転がった気もするが、そんなことは些末なことだった。

車は、敵の本拠地に向けひた走る。
余計な寄り道をしてしまったが、当初予定していた時間には間に合うだろう。

「本当に誰も殺さなかったんですね」
「ええ。だって殺す必要がないじゃない。無益な殺生を避けるのも、仕事の一つよ」

バックミラーに見える、少女。
その視線を感じながら、「永遠殺し」は不可解な思いを抱く。

彼女が時を止めた時。
少女は。少女の姿は。
どこにも存在していなかった。

一瞬で時の支配の及ばない場所へ逃れたのか。
瞬間移動が彼女の能力ならば、後で合流すればいいだけ。
そう思い、車での離脱を実行した「永遠殺し」だったが。
車を走らせた際には、すでにバックミラーに少女の姿が映っていた。

予め私の行動を読んで、車へと移動したのか。
それとも、そもそも私が止めた時の中に少女は”存在していなかった”のか。

答えは、止められた時の中にしか存在しない。
その謎を時ごと置き去りにするように、「永遠殺し」はそのことについて考えるのをやめた。




投稿日:2013/05/17(金) 21:41:44.48 0


さくらと天使と黒翼の悪魔-1


女は苛立っていた。
先ほどまで電話で話をしていた、相手に。
物腰こそ柔らかいが、その奥に潜む、軽視と侮蔑。
女はその上司に、殺意さえ抱いていた。

先代の科学部門統括の意志と才能を継いだ、100年にひとりと噂される天才。
彼女が発明した「モノ」の数々は組織の発展に貢献し、能力を持たない一般人にも関わらずその功績が評価され
て幹部の地位にまで上り詰めた。

「ドクター、マルシェ…」

女はその天才の名を呟き、心中に潜む悪意の炎を燻り続けさせる。
女は、Dr.マルシェこと紺野あさ美の部下だった。彼女自身もまた科学分野において秀でた才能をダークネス
に買われ、ヘッドハンティングされた存在。
組織加入後も、溢れる才能を組織の研究につぎ込んだ。その成果の最たるものが「小型異能力妨害装置」。組織
は彼女にダークネス本拠地の研究室長という地位を与えた。

だが、女は気に食わなかった。
実質的には紺野に次ぐ科学統括部門ナンバー2の地位。それが、気に入らない。

あいつなんかより、私のほうが優れているのに!!

苛立ちはピークに達し、女は机の上に置いてあった研究資料を掴み投げ飛ばす。
彼女は科学者としては良質ではあったが、人間的な資質にやや欠けていた。

クローン技術に物質転移装置、量産化した戦闘部隊「戦獣」。全て、先代からの研究を引き継いだだけじゃない。
あたしは違う。あたしは、たった一人であの装置を小型化するのに成功したんだから。

それまで2トントラックで1台運搬するのがやっとだった異能力阻害装置、それをピアス型のアクセサリーとして
小型化したのが、彼女の研究の成果だった。

― 小型異能力妨害装置を発明したホープの手腕、期待していますよ ―

事あるごとに、紺野は女にそう声をかけていた。
それが、女の心を逆撫でする。まるで、あなたにはそれしかないんですから、と言われているような気になるのだ。
気に入らない、許せない。

「さくらの教育の最終段階、あなたにお任せしたいのですが」

それが、紺野の電話の用件だった。
だが、驚くべきところはそこではない。問題はもっと深刻で、困難を極める。

「さくらを、『銀翼の天使』と会わせようと思っています」

その一言を聞いた時、女は自らの心臓が凍りつくのを実感した。
それほどまでに紺野が発したキーワードは、恐怖を抱かせる対象として十分な効力を持っていた。

銀翼の天使。
ダークネスの幹部でありながら、他の幹部たちとは一線を画した穏健派だった人物。
だった、と過去形になっているのは、最早当時の彼女とは「違う存在になっている」から。
紺野の投薬によって破壊兵器と化した天使は、瞬く間に敵対していたリゾナンターたちを壊滅寸前まで追いやった。

女はその様子を映像で見ただけだったが。
正直、身震いが止まらなかった。人間は、こうも簡単に無慈悲に、残酷になれるものなのかと。
そして、その人物に紺野の秘蔵っ子であるさくらを会わせると言う。

「あくまでも一般的な見地から申し上げるなら…正気の沙汰ではないように思いますが」
「それで結構ですよ。それに、『銀翼の天使』は周期的に本来の人格を取り戻しています。その時間帯を使えば、問
題なくさくらは天使との邂逅を遂げられる」
「…何があっても、知りませんよ」
「責任は私が取ります。それに、あなたがついていれば問題ないでしょう。小型異能力阻害装置を発明したホープの
手腕、期待していますよ」

女からすれば、屈辱的な要求。
しかし、女は敢えてその指示に従うことにした。


数時間後。
女は、さくらを車に乗せて郊外のとある施設へと向かっていた。
そこには、「銀翼の天使」が隔離されていた。
組織でも一部の人間を除き立入ることもできない、最高機密。
女自身、その場所へ赴くのははじめてのことだった。

― 心配いりませんよ。案内役をつけていますから ―

ならば最初から案内役にやらせればいいのだ。
そう思いつつも、紺野はあなたにしかできないと話した。

女が開発中の、最新型の小型能力阻害装置。
何かあった場合はそれを使用して欲しい、紺野はそう要求したのだ。
確かに現在女が手がけている装置は、現行のものの数倍の威力を誇るものの、操作方法についてはまだ簡略化が叶わ
ず、事実操作できるのは彼女ただ一人だけだった。

それにしても。
女はバックミラー越しに、後部座席のさくらを見る。

薄気味悪い、少女だ。

さくらは、女と初めて対面した時から、必要以外のことを一切話さなかった。
車に乗り込んでからも、ずっと外の景色を眺めている。
組織の造りだした、人造人間。
つまりi914やa625の後継に該当するのだが、先輩たち同様、掴みどころが無い。
i914とは面識はなかったが、a625、つまり「赤の粛清」には一度遭遇したことはある。

― へえ。あんたがポスト紺ちゃんねえ。ま、よろしく ―

多分に含みのある言葉をかけられたのを憶えている。
「ツクリモノ」ごときに見下されるなど、女のプライドが許さなかった。が、仮にも相手は能力者の幹部。しかもご
丁寧に「粛清人」の地位も付加されている。下手に機嫌を損ねれば面倒なことになりかねない。ただ黙って、耐え忍
ぶしかなかった。

今同席しているさくら、これもまた言いようのない得体の知れなさに包まれている。
紺野が言うには、組織のこれからになくてはならない能力を持っているのだと言う。戦闘系か、戦闘補助系か。紺野
が多くを語らないため詳細は不明だ。
ただ、これだけは言える。
彼女は、「銀翼の天使」と会わせるだけの価値を、持っている。

施設敷地の正門を、抜ける。
詰めている警備員を除いて、この施設内にいる人間は存在しない。ただ一人、紺野の言う「案内役」を除いては。ま
ともな人間は、施設の最深部にいる「銀翼の天使」の発する負の気を受けて発狂してしまうという。

正門からは簡素な車道が一本道で、目的の建物まで伸びている。
白い、飾り気の無い正方形の建造物。
それが通称「天使の檻」と呼ばれる建物だった。

建物入口の、横に車を付ける。
先にさくらを降ろし、次に自らも車を降りる。
入口には、誰もいない。
まさか、遅れてやって来るのか。
そう思いかけたところに、周囲の状況に異変が起きた。

空間が、ばりばりと音を立てて裂け始めていた。
凶獣の口のように開いた黒いクレバスから、体を捩じらせ現れる人物が、一人。

「いやあ、お待たせ。あたしが案内役だよー」

金髪のその女性は、無邪気な笑顔を湛えてひょっこりと顔を出す。
タイトなその服装、背中には小さな蝙蝠の羽。それをぱたぱたとはためかせ、ゆっくりと地上に着地した。

「あなたは、まさか」
「んあ?知ってるの?」

知ってるも何も。
「黒翼の悪魔」。「銀翼の天使」と並ぶ、ダークネスの二枚看板。
しかし女は、と言うよりは組織の誰もが彼女については突如謎の失踪を遂げた、と聞いていた。

「な、なぜ、こんなところに…」

うろたえる女を尻目に、悪魔がさくらのほうを見る。
白衣を着たいい大人が震えているのに対し、さくらは悪魔を見ても表情ひとつ変えない。

「はじめまして。あたしは紺野博士の真の友にして最大の理解者。なんてね。気軽にごっちんとでも呼ん
でちょーだい」
「はい。宜しくお願いします。ごっちんさん」

ぺこり、とさくらがお辞儀をする。
そんな様子を満足そうに眺めてから、

「おいでよ。『銀翼の天使』のいるところまで案内してあげる」

と手招きするのだった。




投稿日:2013/07/18(木) 12:31:36.59 0


さくらと天使と黒翼の悪魔-2


外装同様に、建物の内部もまた一切の飾り気の無い単純な構造をしていた。

ただ一つ特徴があるとすれば、過剰なほどに設置された、防護壁の数々。
ごく一部の人間に与えられたパスカードにより、核シェルター並みにに厳重な防護壁が開閉する。もし仮に何かがあ
ったとしても防護壁を作動させつつ建物を脱出すれば、命を拾うことができるわけだ。

まさか。マルシェと「黒翼の悪魔」が繋がってるなんて。

ぱたぱたと羽を動かしながら先導する後姿を眺めながら、女は思う。
これは、組織にとって重大な裏切り行為なのではないか。
何を企んでいるのかは知らない。ただ、組織に隠れて何かをする行為について組織が是であると認定する可能性は限
りなく低い。

「しかし、さすがはダークネス1の能力者ですね。こんな気の狂いそうな空間にいても平気で動けるんですから」

思いを隠すかのように、女が言う。
常人なら発狂しかねない、濃密な負の気が満ちている場所。
女は、自らが身に着けているピアス状の小型異能力阻害装置によって守られている。とは言え、多少気分が悪いのは
確かだった。

「あはっ。一般人とは鍛え方が違うからね。そこの子もね」

さくらもまた、顔色一つ変えることなく、悪魔の後をついている。
こいつらは、バケモノだ。
女は心から嫌悪感を示した。そのバケモノたちの手によってダークネスが運営されているのは事実であるけれども、
彼女はそう言った連中を尊敬し畏怖することはなかった。

それまで場を覆っていた、重い空気がさあっと晴れてゆく。
同時に、女の中に渦巻いていた気分の悪さも嘘のように消えていった。

「『天使』が正気に戻ったみたい。これで、問題なく会えるよね」

「黒翼の悪魔」が言うのと、最後の障壁が開き始めるのは、ほぼ同時。
壁の隙間から、ゆっくりと視界が開けてゆく。

そこは透明なガラスによって部屋の半分を仕切られた、何の飾りもない部屋だった。
そしてガラスの向こうに、一人の白いワンピースを着た女が椅子に座っているのが見える。

「あれが…『銀翼の天使』?」

女がそれを見て漏らした感想は、至極当たり前だった。
肩にかからない程度の短い髪の女は、少女と見まごうばかりの華奢な体躯をしていた。

これが、あの殺戮兵器?

本拠地で見た、「天使」とリゾナンターの戦闘の映像は。
まさに、赤子の手を捻り潰すが如く。
光は散らされ炎は踏み躙られ風はかき消される。
ピアノ線を駆使した精神攻撃などまるで効かず、獣人族の爪と牙を片手でいなし、電撃を受けてもまるで表情が変
わらない。
9人のリゾナンターの攻撃を受けきった後、その「奇跡」は起こった。

「天使」の背中から、文字通り、天使の羽が生えていた。
羽の一つ一つが、きらきらとした光に包まれ、輝いている。
美しい。思わず、その光景に見とれてしまう。
だが、それは天使の祝福であるとともに審判でもあった。
女は、実際に体験していないというのにその事実、恐怖を心から実感したのだ。

「…ごっつぁん?」

まどろんでいるように見えた「天使」が、ゆっくりと目を開き、そんなことを口にする。

「やあやあ、久しぶり。今日はね、あんたに会わせたい子がいるんだ」
「…誰?」

軽くガラス越しの挨拶を交わすと、「悪魔」は自らの後ろについていたさくらを一歩前に出させた。

「あの、はじめまして『天使』さん。私、さくらって言います」
「この子はね、こんこんが作った最新作なんだよ」

こんこん、と言う言葉を聞いた「天使」が顔を曇らせる。
だが、すぐに表情を緩めると、

「そっか。おめでとう」

とだけ言った。

「おめでとう、ってどういう意味ですか?」
「あなたが生まれてきたこと。その全て」

ゆっくりと微笑む「天使」。
さくらは、その瞬間に湧いた疑問をそのままぶつける。

「生まれたこと、生きること。生きていることは価値のあるものなのですか?」
「ん?」
「人間は、簡単に死にます。そんな存在に、生きていることの意味なんてあるんですか?」

さくらは、これまでに施されたダークネスの幹部たちによる教育の集大成を見出そうとしていた。
人を簡単に殺すことのできる、自らの能力。
それ以前に、簡単に死んでしまう、人間という存在。
死んでしまった人間の行き先は、知らない世界。知られない存在は、無に等しい。
無に還ってゆく存在に意味など、祝福される意味などあるのか。

「生きることって。人生って、素晴らしいんだよ」

さくらの難題を突き崩す、たった一言。

「素晴らしい?」
「うん。誰かと出会ったり、笑ったり泣いたり。強い絆で結ばれたり」
「強い絆、ですか」
「そうだよ。あたしも、そういう子たちを知ってる。たった9人の、か弱いけれども、力強い存在をね」

何かを懐かしむように、目を細める「天使」。

「リゾナンターのことだね」
「リゾ、ナンター?」
「そう。共鳴しあうものたち」

横で、悪魔が補足を入れる。
天使の言葉は、まさしく福音。そこに存在するのは、正しさ。揺るがない、光。
さくらは目の前の人物を、人の形をした光のように感じていた。

そんな様子を見ながら、すっかり蚊帳の外だった女科学者が、ゆっくりと前に出る。
決意と、そして悪意を持って。

「そんなリゾナンターは、あなたの手によってばらばらに引き裂かれた」

再び、表情を曇らせる「銀翼の天使」。
それを見て女は自分の推論が正しかったことを確信するとともに、さらに言葉を重ねる。

「たった9人の、か弱いけれど力強い存在だったリゾナンター。あなたはその子たちの信頼を裏切り、踏み躙り、そ
して徹底的に破壊した」
「違う!あたしは裏切ってなんか」
「へえ?私はDr.マルシェから、あなたには心の奥底に眠った闇を呼び起こす薬が投薬されたと聞いていますよ。
つまりそれは、あの日に起きたことは、あなたの本当の願望」
「違う!!!あんなこと、あんなことを望んだわけじゃ!!!!」
「あんなことって、こんなことですか?」

女が、懐から数枚の写真を取り出し、ガラスを隔てた天使の前に突き出した。
徹底的に破壊された、喫茶店。
ガラスは打ち破れ、テーブルはへし折られ、壁は所々が深く抉られていた。
ぼろぼろに崩れた床に横たわる、9人の能力者たち。
血を流し瞳を閉じている、「天使」を敬愛していた能力者。

「やめて!!もうやめて!!!!!」
「そこまでにしときなよ。これ以上は、『天使』の心がもたない」

見かねた「悪魔」が、女に声をかける。
女は、口の端をにぃっ、と吊り上げた。

「あんたは。自分を慕って、助けようとしている人間を。信頼を。自分の手で、壊したんだよ」

臨界点。
まさにそう呼ぶのが相応しい状況だった。
建物は根から打ち震え、頑丈なつくりのはずの壁が、床が、大きく揺さぶられはじめた。
先ほどまで微笑をたたえていた女性は、もうそこにはいない。

天使が、翼を広げて煌く羽を舞わせる。
その羽の一つ一つが、途方もない膨大なエネルギーの塊。常人が迂闊に触れようものなら、魂ごとこの世から存在を
かき消される。
頑丈な透明な壁によってその影響はこちら側には及ばないものの、いずれ壁が崩れることは明白だった。

「あんた、一体」
「あはははははは!!!!!!最初から、こうするのが目的だったんだよぉ!!!!!!!!」

自らの目論見が、達成される快感。
女は自然に自分の感情が頂点に達するのを感じていた。歓喜に体が、打ち震えていた。

「これでこの建物の中にいる人間はおしまいだよ!『天使』の暴走に巻き込まれてねえ!マルシェには無謀な試みに
よって貴重な実験体が失われましたとでも報告するさ!!」

一方、女の罠に嵌ったはずの「黒翼の悪魔」とさくらは、ただただ女のことを見つめていた。
その目に映る感情の色を女は量ることができない。が、その疑念はすぐにバケモノの気持ちなんて人間にわかるもの
か、という侮蔑に摩り替えられた。

「そしてあんただけがここから逃げ果せる、か。随分おめでたい思考してるんだね」
「…誰が『天使』からそのクソガキを守る?あんたがバケモノを食い止めてる間に私はこの建物を出ることができる。
セキュリティーカードもこっちの手にある。万が一あんたが生き延びたとしても、『組織から黙って姿を消した』人
間のいう事なんて誰も信じないわよ」
「なるほど、ね」

「黒翼の悪魔」が、くるりと背を向ける。
小さな蝙蝠のような羽が、みるみるうちに姿を変え翼となり、果てしなく大きくなっていった。
その様子を、さくらは黙って見ていた。まるでそうなることが当然であるかのように。
やがて翼は、天井を覆いつくし夜の闇と化す。

天使と悪魔を隔てる、ミサイル数発の直撃すら耐えるガラスの防護壁。しかしそんなものは、神域の争いの前にはま
ったく意味を成さない。

「じゃあ、あとは勝手にやってちょうだい」

優越感を胸に、女は争いの行く末を見ることなく踵を返す。
世界の全てが、手中に収まった。そんな錯覚すら覚えながら。




投稿日:2013/07/22(月) 08:18:10.10 0



さくらと天使と黒翼の悪魔-3


行きしなに開けていった防護壁を丁寧にひとつずつ閉じていきながらも、女はセキュリティカードをリーダーに翳す
手の震えを止められない。興奮が、抑えられないのだ。

「これでマルシェ、あんたもおしまいだよ!!!!!」

そして感情は声となり、叫びとなった。
止めようのない、歪んだ感情。

組織最大の危険人物である「銀翼の天使」を安易に実験体と接触させたがために暴走を起こし、実験体は命を奪われ
た。この責任は重大である。マルシェはいずれその座を追われることになるだろう。一方こちらは”上官”の命令に
従っただけだ。咎を受ける理由は無い。

「黒翼の悪魔」が現れたのは予想外の展開だった。
だが、それすらも女は契機に変えて見せた。
もともと天使を暴走させた後はさくらを置き去りにしようとしていた女だが、その場に天使と同等の力を持つものが
居れば互いに力をぶつけざるを得ない。果てしない能力の闘争は、女が施設を抜け出すのにちょうどいい時間稼ぎだ。

こちらが「天使」の感情を煽り暴走させたという証拠もない。それを知っているさくらは既にこの世にいない。万が
一「悪魔」が「天使」に打ち克ったとしても、今まで姿を隠さざるを得なかった人物の証言など何の価値も無いだろう。

「私は!天使も、そして悪魔さえも屈服させた!!そして無能なマルシェを放逐して、私が、私こそが『叡智の集積』
となるんだ!!!!!」

女が最後の扉を開ける。
隙間から、ゆっくりと外の光が溢れていった。

「はい、おつかれさま。随分遅かったから、途中で寝てるのかと思ったよ」
「え?」

女は自分の眼を信じることができない。
それもそのはず。光を切り抜く、闇のシルエット。
目の前にいるのは紛れも無く。

「ねえ。あんた程度が仕組んだ策略で、ことがうまく運ぶとでも思った?」

悪戯っぽい笑みを浮かべているのは、「黒翼の悪魔」。
本来ならば、今頃「銀翼の天使」と熾烈な争いを繰り広げているはずの人物だ。

ありえない。
空間を切り裂いてここまで来る余裕など、なかったはず。
激しくうろたえた女が搾り出した結論は。

「そ、そんな。お前が、無傷でここへ来るなんて。瞬間移動を使う『二重能力者(ダブル)』だなんて、聞いてない
わよ私は!!」
「はぁ。やっぱバカなんだね。あたしの隣にいる子は、誰?」

「黒翼の悪魔」に言われて、ようやく女は悪魔の傍らに立つ、ひどく青ざめた顔の少女を認めることができた。

「さ…くら? そうか、こいつが瞬間移動の能力を……!!」
「そんな生温い能力であの修羅場を潜り抜けられるはずないじゃん。やっぱ無能は無能か」

女のプライドが、限界を迎えた。
バカだ無能だと散々こき下ろされるなどという屈辱を、女が捨て置くわけがない。

「バケモノごときが言ってくれるじゃない!!私にはこの『小型異能力阻害装置』があるのを忘れた?あんたには、
いや組織の誰にも言ってなかったけど、こいつの性能は『詐術師』の使役する能力阻害の威力に匹敵するのよ?」
得意げに耳のピアス状のそれを弄びながら、懐から護身銃を抜き出す。

「どんな能力かは知らないけど、そっちの子は随分消耗してるみたいよ?能力阻害が働いてるフィールドで、私の
銃がその子を打ち抜くのを防ぐ事ができるかしら」

「黒翼の悪魔」は、ゆっくりとさくらの頭を撫で、それから呆れたように女のほうに視線を向けた。

「さすがに直接あんたがこの子に害を与えるってのは、まずいんじゃないの?」
「黙れ!私に指図するな!!」

やれやれ。
悪魔は深くため息をつくと、ゆっくりと人差し指を女に向ける。

「何をするつもり?さっきの私の話を聞いて…」
「あんたのさあ、手の甲を見てみ?」
「その手には乗らないわ。隙を見て飛びかかるなんて、随分原始的な考えね」

言いつつも、銃口を向けた手の甲は自然と女の視界に入る。
戯言か。女の手の甲はいつもの見慣れたそれだ。
いや、手の甲に、黒子がひとつ。
こんな場所に黒子なんてあっただろうか。気づかなかっただけか。

違う。錯覚じゃない。
黒子は、一つが二つ、二つが四つ、四つが八つと加速的に増加してゆく。
何だこれは、これは黒子なのか、いやこれは…穴?

女は、次の瞬間には全身に無数の孔を穿たれて倒れ伏していた。
白衣が、あっと言う間に真っ赤に染まる。

「がッ・・・・・・ごほっ・・・がほっ・・・」

自らの身に何が起こったのか、理解が出来ない。
全身から吹き出る鮮血を目にしてなお、認めることができない。
能力は、忌々しい能力は阻害装置によって全て無効化されるはず。
なのに、どうして私は畑に打ち棄てられた蓮根のように転がっている?

「あ、わ、私を殺すの?まさか…偉大な発明で組織に貢献したこの私を!!」

苦痛にのた打ち回る女の眼前に、「黒翼の悪魔」が迫る。
女が発した言葉を無視するかのように、悪魔は最後の大きな穴を女の心臓に穿つ。

「あんたの代わりなんて、いくらでもいる」

苛烈な苦痛と投げかけられた言葉への憤怒で、女の目が限界まで見開かれた。

「その『おもちゃ』がやぐっつぁんと同等の能力?笑えないねえ」
「『おもちゃ』…ですって…」
「最後に教えてあげるよ。どうしてこんこんが能力阻害装置の小型化を手がけなかったのか」
「え…なにを…」
「それはね。高次元の能力者同士の戦いにおいて、能力阻害は『まるで意味を成さない』から」

自らが作った血だまりを這いつくばる女を、若干の哀れみを持って見下ろす「黒翼の悪魔」。
悪魔の言っていることは意味がわからなかったが、自分がこうなった原因は理解できた。

手にしている「それ」で、私を貫いたのか。

悪魔の掌で踊るは、黒く渦巻く空間の穴。
瞬時に女の全身に空間の穴を開けることで、同時に女を蜂の巣にすることができたのだ。

「でも…ありえなび…わ、だじ…の、そぶち…が……」

血の池に顔を埋め、歪な泡を吐きながらの言葉。
それっきり、女が次の言葉を発することは無かった。
最後まで、自分の発明が役立たずなことを認めることなく。

「さよならおばかさん。ま、最後はおばかさんなりに大いに役に立ってくれたけどね」

「黒翼の悪魔」が、先ほどから一言も言葉を発しない少女に目を移す。
明らかに色を失い、けれども鮮やかな感情を植えつけられた顔がそこにあった。
彼女は見てきたのだ。
死と生の、狭間の世界を。


「そうですか。ご苦労様」

暗闇に佇む、白衣。
施設に三人で入り、そして二人で出てきた。受話器越しのたったそれだけの報告で、紺野は実験の成功を知ること
ができた。

紺野がさくらを「銀翼の天使」に会わせた理由。
それは、自らも奪われる可能性がある命の一つだということを、さくらに理解させること。

ただのロボットでは、田中れいなに関わる実験を成功させることはできない。
紺野は、確信を持ってそう言うことができた。死の意識は、そして生の意識は。自らがその狭間に立つことでしか
知り得ない。

そしてさくらをそこまで追い込める人物は。
理性の箍が完全に外れてしまった破壊の化身をおいて他にない。他の誰でもない。「銀翼の天使」でなければ、彼
女にそれを理解させることはできなかったのだ。

「ただいまー」

そんな間の抜けた声とともに、空間に避け目ができる。
そこから顔を覗かせるのは、暗闇に映える金髪。

「お疲れ様です。『黒翼の悪魔』さん」
「嬉しそうな顔してるねえ。実験は大成功、と言ったところ?」
「ええ。さくらは、どうしてます?」
「部屋に篭りっきりだね。ま、殺されかけたんだから当たり前か」

目論見通り。
さくらは「能力」を発動させ、無事に帰還した。
有り余るほどの、恐怖を抱え込んで。

「例のおばかさんも始末したよ。にしてもあそこまでこんこんの言うとおりに動いてくれるなんてねえ。もしかし
てこんこん、予知能力者だったりする?」
「まさか。私は普通の人間ですよ。ただ…」

紺野は眼鏡のフレームを、少しずらす。

「私が一見無茶な依頼をすれば、彼女は必ずそこに付け込んでくる。そう信じてましたけどね」
「さっすがー。全部お見通しって感じだったんだねえ」
「さて、楽しい語らいはここまでにしておきますか。今、あなたにあまりうろうろされると、都合が悪い」
「はいはい。でも、久しぶりになっちと戦いたかったなあ。なんかさあ、最近ごとーずっとおあずけされっぱなし
じゃない?」

そんな不平を述べながら、悪魔は再び空間の狭間へと消えていった。
紺野は、再び闇の中にその身を委ねはじめる。

闇の中から、一人の人物の姿が浮かび上がる。
紺野を深く恨み、そしてその地位に取って代わろうとした、女科学者。

「私はね。あなたを評価していたんですよ。だから、あなたにこの役目を果たしてもらった。もちろん評価してい
たのはあなたの能力ではなく、その浅ましいほどのプライドと野心、でしたがね」

女の姿は闇に呑まれ、かき消されてゆく。
それと同時に、紺野の記憶の片隅からも消えていった。

モニターの電源を付ける。
与えらられた個室で、植えつけられた恐怖に震えているさくらの姿が、映し出された。
その姿を見た紺野は、目を細める。

さくらの育成も、最終段階。
一刻も早く、着手をしなければ。

次の一手は既に、指し示されていた。




投稿日:2013/07/23(火) 19:40:06.80 0