『リゾナンターΧ(カイ) -4』


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都内近郊に、かつてはショッピングモールとして賑わっていたものの、運営会社の倒産により打ち捨てられた建物があった。解体
することすら叶わず、現在は立入禁止の看板とともに有刺鉄線と鉄板で覆われた廃墟と化していた。

そのメインテナントだったディスカウントストア跡地。荒れているものの、商品だったソファーやベッドが放置され、ホームレスの類
が永住するには悪くない環境だった。
そのソファーを、7人の女たちが囲むようにして座っている。

「あのチビ、遅くない?」

不満を前面に出して、スレンダーな色黒の女性がぼやく。
オフィスビルでれいなと交戦した三人組の一人だ。

「…あいつを待ってたってしょうがない。とにかく、うちらだけでもはじめよう」
「ちょっと待ってキャプテン、誰か来る」

その場を纏めようとした、女たちの中でも一際小さな女性を、ツインテールの女が制す。
キャプテンと呼ばれたその女性が暗闇に目を凝らすと、こちらに向ってくる五人の人影を認めることができた。

「ごめんごめん。ちょっと仕事に手間取っちゃって」
「遅いよ、舞美」
「で、佐紀。マスターは?」
「まだ来てない。こんな場所にうちら集めといて無責任もいいとこだよね」

五人の中のリーダー格である舞美 ―喫茶店を単独訪れていた長身の女性― にキャプテンこと佐紀は呆れ顔で肩を竦める。

「大体あのチビ人使い荒いんだよ」
「わかるわかる。態度でかいし」
「もはや老害だよね」

舞美の後ろで、色黒で背の低い少女、せんとくんみたいな顔の少女、魚類っぽい顔の少女の三人が口々に「マスター」の悪口を
言い始めた。その背後に怒りに震えている女がいることも知らずに。

突然、得意げに「マスター」の悪口を言い放っていた色黒の少女が、7人組が集まってるソファー目がけて吹き飛ばされる。黒い
弾丸と化した少女は、ソファーにどっしりと座ってた巨体の女に衝突し、バウンドしてひっくり返った。

「随分楽しそうにおいらの悪口言ってんじゃねえか。お前らも飛ばされたい?」

突如現れた金髪の小さな女に、一緒になって悪口に興じていた二人の少女は首をぶんぶん横に振る。機嫌を損ねれば怖ろしい目に
合うことを彼女たちは知っているからだ。

少女たちにマスターと呼ばれた女。
「詐術師」の二つ名を持つ彼女は、ダークネスの幹部であるとともに、組織の科学部門の統括であるDr.マルシェこと紺野博士
より「研究の産物」を譲り受け運用する役割を担っていた。もっとも、博士から言わせれば「試用期間をオーバーして勝手に使
われている」のだが。

そしてその研究の産物こそ、「詐術師」の目の前にいる12人の少女たちだった。

ソファーのあるほうを睨みつける、「詐術師」。意図を察してソファーを占拠していた少女たちが、蜘蛛の子を散らしたように
四散する。その様子を見た「詐術師」は、満足そうにどっかとソファーの真ん中に沈み込むのだった。

「で、トックリーナ。あいつらはどうだったよ?」
「トックリーナって名前はちょっと」
「はぁ?お前、おいらのつけたカリスマニックネームが気に入らないのかよ」
「いっ、いえ、そんなことは」

恫喝され、萎縮するトックリーナこと千奈美。

「ちぃたちは田中れいなに接触しました。事前の情報どおり、強かったです」
「まああいつにはおいらたちも手を焼いてたから、って言っても本気になりゃいつでも潰せるけどな」

じゃあお前がやれよ、と千奈美が心の中で突っ込んだのは言うまでもなく。
続いて小さな為政者の目は、喫茶店に赴いたグループに注がれる。

「お前らはどうだったんだよ。チェリー、オカール、マーブル」
「全然たいしたことなかったよね。ね、ちっさー」
「ほんと。名ばかりリゾナンターって感じ」

さっきの失態を返上しようと、千聖と舞が口々にそんなことを言う。
しかし、舞美だけは様子が違っていた。

「でも、鞘師里保。あの子には田中れいなや道重さゆみクラスの危険性を感じました。他のリゾナンターたちも、決して侮れませ
ん」
「なるほどね」

舞美の報告を受け、考え込む「詐術師」。
彼女の計画では、厄介なさゆみとれいなを佐紀率いる「ベリーズ」が奇襲をかけ潰し、残った連中を舞美率いる「キュート」が掃
討することになっていた。事実、2グループにはそう伝えて動かしていた。

「気にすることないですよ。ベリーズもキュートもまだ全員が顔見せしてるわけじゃない。そのさや何とかってやつがそこそこ出
来るとしても、うちらの敵じゃありません」

ベリーズの、一際派手な顔立ちをした女性が自信たっぷりに言って見せた。
ちなみに彼女のカリスマニックネームはミーヤだが、名前も雅なので、大して気にしてはいない。

「…油断は禁物。とだけ言っておきましょうか」

全員がその声に反応し、声のしたほうに顔を向ける。
ビジネスデスクの席に、一人の女性が座っていた。デスクの上のアームライトの光が、白衣の白さをより一層引き立たせる。

「詐術師」を除く全員が一斉に、深く頭を下げた。
先ほどとは違う、尊敬と恭順を示す態度。
そう、彼女こそが「ベリーズ」と「キュート」、すなわち「キッズ」の産みの親である紺野博士であった。今回の計画、「詐術師」
はただ彼女の指示を伝達する役目に過ぎない。
態度の変化があまり面白くないのか、育ての親より産みの親かよ、という的外れな皮肉を呟く「詐術師」。

「舞美さんがおっしゃった鞘師里保もそうですが、他の面々も充分に注意を払うべき存在です。特に譜久村聖・生田衣梨奈・飯窪
春菜の能力は発展すれば強力なものになります。全力で当たったほうがいいでしょうね」

長年ダークネスの科学部門を統括し、この世に存在するありとあらゆる能力を研究し尽くした人間の言葉には、重みと説得力があ
った。「詐術師」を含め、紺野に異論を唱えるものはいない。

「『詐術師』さんの当初の計画通り、「ベリーズ」には田中れいなと道重さゆみの始末を。「キュート」には残りのリゾナンター
たちの掃討に当たってもらいます。ただし」
「ただし?」

思わず聞き返してしまったのは、「キュート」のポイントゲッター的存在となっている愛理。とぼけた顔をしているがその実力は
折り紙つきだ。

「あなたたちには少し、面白い動きをしてもらうことになります」

そう言いながら、紺野博士は悪口三人衆最後の一人である早貴に耳打ちをする。
大げさなびっくり顔をした早貴が、さらに舞美に耳打ち。何か言いたげな舞美に、博士は静かに、

「まっすぐなのもいいことですが、あなたは少し駆け引きと言うものを覚えたほうがいい」

と説き伏せた。

「そうそう。舞美も、ももちのこと見習ったらいいよ」
「あなたは逆に駆け引きに頼りすぎな嫌いがありますがね。桃子さん」

ここぞとばかりに出てきたツインテールの女・桃子を軽くあしらう紺野。周囲からは、思わず笑いが漏れた。

「さあ、落ちがついたところで今日はお開きにしましょう。明日は忙しくなります。無理をして、今夜中に寝首を掻こうとしない
でくださいね」

その言葉を受け、一人、また一人と散開してゆく「キッズ」たち。
ソファーにふんぞり返る「詐術師」と、紺野だけがその場に残された。

「シミハム、ピーチッチ、ラビ、ミーヤ、トックリーナ、ユリーネ、オリン。チェリー、サッキー、アイリーン、オカール、マー
ブル。どこまでやれるのやら」
「あなたも随分センスのない名前をつけるんですね。彼女たちの本当の名前を呼んであげたほうが、きっと喜びますよ」
「けっ。そんなもんいちいち覚えるかよ。ただのツクリモノ相手に」

わざと「ツクリモノ」の部分を強調する「詐術師」。
そして周囲の気配が消えたことを確認してから、小声で紺野に問う。

「…で。ホントのところ、どうなんだ?」

紺野はひどく退屈そうな表情を浮かべてから、ゆっくりと問いただした。
ただ、何を言いたいのかはわかっている。

「本当のところ、とは?」
「お前が研究成果という見返りなしに動くわけがないじゃん。勝てばよし、最悪全員負けちまっても、お前にはメリットがあるん
だろ?」
「私は勝ち目のない計算をしたことなど、一度もありませんよ」

詐術師の名に相応しく、実にいやらしい指摘。
紺野はそれを否定するかのように前置きをしつつ、

「ただ、どちらに転んでもいいように、次の一手は打ってますけどね」

とだけ言う。
その眼鏡の奥の目は、心なしか笑っているようにすら見えた。

「じゃああの子たちが失敗したらあたしたちの出番ってことで、いいのかな?」

突如ソファーの後ろに浮かび上がる、赤と黒の人影。
ダークネスが誇る処刑人、「赤の粛清」と「黒の粛清」。

「おいおい何の用だよ、AとRがよ」
「その呼び方やめてくださいよぉ。何か犯罪犯した未成年みたいじゃないですか」
「…相変わらずキショいなお前。つーかどっちみちおいらたち犯罪者だっての」

しなっと訴えかける「黒の粛清」に、もっともな突っ込みを入れる「詐術師」。
「赤の粛清」「黒の粛清」とはあくまでも幹部内での呼び名に過ぎない。彼女たちの粛清対象となる組織の末端の者、または敵対
組織に属する人間からは、名前を呼ぶことすら憚れるということでそれぞれがアルファベットで呼ばれていた。

「どうしました、こんなとこまでわざわざ」

紺野が単刀直入に聞く。
すると、「赤の粛清」がとびきりの笑顔で、

「そんなの、お仕事に決まってるじゃーん。じゃなきゃこんな辛気臭い場所に来ないって」

と返した。

「お仕事、ですか」
「だってさっきあんた、どっちに転んでもいいって言ったよねえ?だったらあたしがリゾナンターと負けたガキンチョを始末して
もあんたは何の文句を言えない、そうでしょ?」

いかにも意地の悪い表情をしてみせるのは、「黒の粛清」。
それに対して「赤の粛清」が抗議する。

「ずるいよ、どっちも取るなんて。どっちか一つにしないとね。あたしはリゾナンターのほうを粛清したいんだけど、そっちは?」
「あら奇遇ね、あたしは無残に負けたキッズたちを粛清したかったから。だって殺るんだったら、頭数が多いほうがいいじゃん」
「…歯ごたえある相手のほうを殺ったほうが楽しいと思うけど。ま、そんなとこまであんたに趣味合わせることもないしね。にゃはは」

粛清人同士の意地のぶつかり合いが目に見えるような、やり取り。
ふう、とため息を一つだけついて紺野は、

「あなたたちの出番がないことを祈りますよ」

とだけ言った。

それには答えず、右と左に分かれて立ち去ってゆく粛清人たち。
おーおー、粛清人なんて卑しい地位なんかに就くもんじゃないね。二人の気配が消えてから、「詐術師」が吐き捨てるように言った。

もっとも、紺野には粛清人たちの思惑など、どうでもいい話だった。
彼女が生み出したキッズたちが勝っても、負けても、そのデータは「次」に繋がる。

次こそは、完璧な素体を創造しなければ。あの、i914を超えるような。

紺野はある一人の人物を思い出す。
彼女は紺野の前任者が創り出した最高傑作であり、そして紺野がただ一人「友」と呼んだ存在。
「高橋愛」と名づけられた彼女は、後にダークネスの存在を脅かす最大の失敗作となる。






★☆


夜が明け、朝が来る。
一日のはじまり。それは新生リゾナンターが、初めて全員の力を結集させる日でもあった。
こういう日に限って、客も来ない。愛佳からの依頼も、ない。
田中れいなは、リゾナントのベランダで徐々に下に落ちてゆく太陽を眺めていた。
正直、じっとしているのがあまり得意でないれいなだが、今日はやけに静けさが愛おしかった。
それは彼女が、沈みゆく太陽の向こうについて思いを馳せているせいかもしれない。

「れいなー、来てー!」

階下から、さゆみの声が聞こえてくる。
早速後輩の誰かが来たのだろうか。
かつて遅刻魔と名高かったれいなだからこそ、こういう時に誰が最初に来るのか予想するのが楽しい。
若手のまとめ役として頭角を表してきたフクちゃんか、最年長の飯窪か。とりあえず佐藤はないな。
などと予想しながら店舗まで下りてくると意外や意外。

全員が、揃っていた。

「たなさたん遅いー!」
「まーちゃんだって危なかったろ!はるが部屋のドアぶっ壊して入ってこなかったら寝てたくせに」
「もううるさいなぁどぅーは。そんなことしなくてもまーちゃん起きれたもん」

遥と優樹による定番のほほえましいやり取り。
そんな様子をぽかんとして見ているれいなに、

「どうしたんですか?全員来るって思ってなかったんですか?」

と聖がいたずらっぽい笑顔で言う。そのさらに背後から、

「みんなで相談したんです。衣梨奈たちも一緒に戦うって。もう守られるだけの存在なんて嫌やけん」

と衣梨奈がいつになく真剣な表情で訴えた。

「だけん、今回は今までみたいな非能力者とは違う…」
「だから、みんなで行くんじゃないですか」

春菜が、大きな目をさらに見開く。
自分で来て欲しいと呼びかけておいて、戸惑っていた。れいなは彼女たちのことをまだまだ未熟と考えていたことを恥じ、そして考え
を改めた。

「そうやね。みんなで…行くっちゃね」
「そうだよれいな。全員揃って、リゾナンターなんだから」

全員揃って、リゾナンター。
さゆみの言葉が、れいなの心に染みてゆく。

「全員揃ってリゾナンターもええけど、うちのことも忘れんで下さいよ!」

と、店の奥のテーブルから声がする。
ノートパソコンのキーボードをリズミカルに叩いているのは、スーツに身を固めたかつての後輩。

「愛佳!!」
「田中さんの指示通り、きっちり奴らの『情報』調べて来ましたよ」

昨日の事件後、れいなは愛佳に例のオフィスビルで遭遇した三人組について調べるよう依頼していた。喫茶店でのミーティング後はそ
の他の連中の情報も提供した。その回答を持って来ていることは、彼女の笑顔からも伺える。

「今回の敵さん、あちこちで悪さしてるみたいです。びっくりするほどあっけなく情報集まりましたわ。ま、うちの情報収集力のおか
げでもあるんですけど」

その自信に満ちた姿にかつて電車に飛び込み自ら命を絶とうとした少女の面影は、最早ない。
そして能力を失ったとは言え、それに代わる新たな活路を彼女は見出していた。

愛佳は敵集団の詳細をメンバーに伝える。
前日聖が推測した通り、集団は2つのグループに分かれていた。
武闘派「ベリーズ」と穏健派「キュート」。その構成人数、能力。愛佳の調べ上げた情報はほぼパーフェクトと言っても過言ではなか
った。

「光井さんすごいです!!」
「誉めたって何も出えへんで飯窪」

と言いつつも、愛佳も得意顔だ。
そんな中、さゆみが立ち上がる。いよいよ作戦開始か。若手メンバーたちが、固唾を飲んでリーダーの一言を待っていた。

「それでは、以上のことを踏まえて。リゾナンターのリーダーとしてみんなに作戦指示を与えます。れいなとさゆみは『キュート』を
迎撃。残りのみんなは急襲してくるであろう『ベリーズ』の襲撃に備えて」
「ちょ、ちょっと待ってください!いくらなんでも5人相手に2人だけって!!」

慌てたのは人一倍真面目な亜佑美だ。もちろん、他のメンバーもさゆみの指示に疑問を呈す。

「少なくともメンバーを半分に分けるべきでは?回復役なら道重さんの能力を複写したフクちゃんがいますし、はるなんやくどぅー、
あゆみん、香音ちゃんと攻撃できるメンバーだって」

そう言いかけた里保に、さゆみが近づきその頬を両手で撫で回した。

「『ベリーズ』はトリッキーな能力者が多い。人数を多くすれば、奇策も分散せざるを得ない。逆に「キュート」は正攻法を得意とす
る。攻撃役1人に回復役1人のシンプルな構成がベストだと思う」
「はぁ。で、道重さんがやってるこの行為は…」
「これは戦いに赴く前の儀式だから。ガキさんも愛ちゃんもみんなやってたし」

明らかに嘘をついているさゆみだったが、里保は自らの頬がリーダーの力になるのならいくらでも差し出そうと思っていた。その手が
下に下がったり、顔が急激に近づいてきた場合は別として。

不意に、喫茶店のドアベルが鳴らされる。
来客か。しかしドアには「本日休業」の札がかけられているはず。
全員が不審がる中、香音が目ざとく紙切れのようなものを見つけた。

「道重さん、田中さん。こんなものが…」

差し出された紙切れに目を通す、れいな。
そして、苦笑する。

「あっちもおんなじこと、考えてたみたい。『キュート』から、れいなとさゆのご指名」

紙切れの正体は果たし状。
さゆみとれいなを、街はずれの建設現場へと呼び出すものだった。

「みんなは、ここで待ってて。大丈夫、奇襲は待ちかまえてる集団に効果は薄いから」
「道重さん、それうちの受け売りやないですか」

軽く抗議する愛佳の言葉を聞き流し、さゆみが全員を自分の元に呼び寄せる。
リゾナンター出陣の、掛け声。さゆみの意図を、後輩たちは理解していた。
数人でやったことはあるものの、全員でやるのは新生リゾナンターとなってからははじめてのこと。
ダークネスに、しかもその使い走りみたいな連中なんかに負けない。
さゆみが目の前に手を差し出す。まるで大輪の花が咲くように、手が幾重にも重ねられていった。

「がんばっていきまーっ…」
「しょい!!!!!!!!」

全員の声が、重なり一つになった。
リーダーの気合は全員に伝わり、そしてそれはまたリーダーの元へと返される。
リゾナンターの共鳴の原型であるこの儀式は、初代の高橋愛から二代目新垣里沙、そしてさゆみへと受け継がれたものだった。

続いてゆくんやね、きっと。
その様子を見ながら、愛佳はしみじみ思う。
もう自分はあの輪には入れない。けど、それに準ずる何かはできるはず。
そう思うことが、彼女の心の支えだった。

れいなが、喫茶店の扉を開け放つ。背を向け発つ二人。寄せられた信頼がその背中を通じて、後輩たちに確かに伝わっていた。





★☆★


東京郊外。
とある有名薬品メーカーの研究所とされているこの敷地、実はダークネスの所有物であった。先の薬品メーカーも実は、ダーク
ネスのフロント企業としての裏の顔を持っている。なだらかな坂道を上った先にある小さな建物からは、一見しただけでは闇の
匂いを感じることはできないだろう。
その建物の地下深く。幾重にもセキュリティがかけられたその先に、「彼女たち」は幽閉されていた。

「Dr.マルシェ?!こんな場所にいったい何の用ですか!!」

いかにも黴臭さが漂ってきそうな、さらに地下へと続く階段の前に立っていた守衛が、ダークネスの大幹部の存在に気づき敬礼
した。
年は50を過ぎたところか。くたびれた顔だ。
白衣の女性は守衛を一瞥すると、軽く片手を上げ挨拶する。

「まさか…『奴ら』を解放するつもりですか?」

先日の幹部会議において、Dr.マルシェこと紺野博士が「奴ら」について言及したことは、すでに多くの構成員に知れ渡っていた。
大体は「詐術師」が面白がって流した話ではあるのだが。しかし、日ごろから「奴ら」に苦しめられてきた下級構成員たちにとって
は、冗談では済まされない話であった。

新しい技を試しにかける、のは序の口。
互いが喧嘩した後の腹いせに、構成員を甚振る。
酷い時には夕食のハンバーグをかけて「どちらがより多くの構成員を始末できるか」という理不尽な戯れまで行った。さすがにそ
れは企みを知った首領により中止に追い込まれたが。
彼女たちの復活とは即ち、構成員たちの平和の終焉を意味していた。


「まさか。首領から許可も出ていないのに。ただの、面会ですよ」

背中で答えながら、階下へと歩を進める紺野。
ほっとしているだろう守衛について、思う。50を過ぎてもこのような下賎の仕事に携わっているようでは、先は長くないと。

段を降りるごとに、深まる闇。濃くなる、妖気。
不意に、目の前の闇が大きく口を広げ、自身が飲み込まれてしまうような感覚に襲われる。
生物的本能。この先にいるのは間違いなく、獣。
だが、紺野はその恐れを好奇心に変えていた。野に放たれた獣。先が読めない。だからこそ、楽しい。

階段が終わりを告げるとともに、景色が広がる。
薄暗い空間を、頑丈な透明の壁が仕切っている。この壁は、例え核弾頭を打ち込まれたとしても破壊することは不可能に等しい。
そうでないと、獣が逃げ出してしまう。

「おい…誰かそこにいんのか?」

絶対の防御壁から、声が聞こえてくる。
部屋の隅で、薄汚れた布に包まっている、何か。
布の奥の瞳と紺野の目が合う。刹那、心臓を凍える手で鷲掴みにされたような感覚。

「殺意は…衰えてないようですね。『金鴉』さん」

彼女たちがここに閉じ込められてから、ゆうに1年は経過していた。
与えられている食事と水の量からすれば、餓死しても不思議ではないはずだが、「金鴉」と呼ばれた女の赤く濁った双眸は研ぎ澄
まされ紺野の心の臓を射続ける。


「その声は…こんこんやな」
「あなたもお元気そうで。『煙鏡』さん」

少し離れた場所に座り込むもう一人の人物が、壁越しに紺野に話しかけた。
先ほどの「金鴉」と違い、落ち着き払った口調。だが滲み出る狂気は隠し切れない。

「そろそろええやろ。何でうちらこないな黴臭い場所で過ごさなあかんねん。こいつとの殴り合いごっこも飽きたし、そろそろ
出してえや。390戦390勝じゃ、そら退屈もするわな」

よく見ると、壁の向こうの監獄の床や壁、あちこちがひび割れ、抉れている。
相当激しい戦闘が、この中で繰り広げられていたであろうことが伺える。
「煙鏡」の言葉が気に障ったのか、「金鴉」が被っていた布切れを剥ぎ飛ばした。

「はぁ?お前なんかに負けるかよ。こっちこそ390戦390勝だっての」
「アホぬかせ。うちがお前に負けるはずないやろ。さすがバカ女は覚えるのが苦手やなあ」
「あたしがバカ女なら、お前はクソ女だ」
「抜かせ、バカ女。お前の負けや」
「勝ったもん!」「勝ってへん」「勝ったもん!」「勝ってへん」

まるで子供のようなやり取りに、思わず紺野は苦笑した。
それが二人の気に、障る。


「おい、何がおかしいねんこのフグっ面。早ようちらここから出せ言うたろ。何なら、この監獄を出て最初に、お前のタマ取って
もええねんで?」
「大体クソ弱え幹部一人殺したくらいで何でこんなとこに閉じ込められるんだよ!フっざけんなこの野郎!!」

腹を立てた「金鴉」が、前面の壁に渾身の拳を振るう。
インパクトの瞬間、壁から床に衝撃波が伝わる。並みの人間なら立っていられないほどの揺れ。だが紺野は、バランスを崩すこと
なくその場に立っている。
ただ、振動で安物の眼鏡のフレームまで震えている。新しいものを買うのは面倒だ。紺野はため息をつき眼鏡を外し胸ポケットに
仕舞いこむ。
代わりに紺野は、白衣のポケットから携帯を取り出して徐にそれを弄りつつ、

「あなたたちには、いずれここから出て仕事をしてもらいます。但し『首領』から許可が出たら、の話ですが」

と言った。
もちろん、こんなもので納得できるような二人ではない。

「お前舐めてんのかよ!あのクソババアがそんな許可、出すわけねえだろうがよ!!」
「大体何や自分、さっきから携帯ポチポチ弄りくさって!そないな態度で話されて、お前の言う事なんか信じられるか、ドアホ!!」

壁越しから、強烈な殺気が伝わってくる。
逆毛立ち、異様な目つきでこちらを睨んでいる姿は、最早魔物である。
だがそれすら、紺野にとっては好奇心を掻き立てるスパイスに過ぎない。

「ええ。ちょっとある場所に私のメッセージ映像を送っていたものですから。便利でしょう。あなたたちがこの薄暗い監獄で殺し
合いをしてる間に、科学技術は飛躍的な進歩を遂げているんですよ」

この絶対防御の壁がなければ、二匹の獣は躊躇なく紺野に襲い掛かるだろう。
深く渦巻く闇がバリバリとクレバスのように裂け、その鋭い牙をちらつかせる。まるで殺意の具現化、ここまで純粋な殺意を抱け
る人間を紺野は他に知らない。だからこそ、からかい甲斐がある。


さて、ここまでにしておくか。
紺野は携帯電話を仕舞い、二人に向き直った。

「『金鴉』さん。ここから出た暁には、好きなものを何でもいくらでも食べさせてあげましょう。『煙鏡』さんは儲かる話のほ
うがいいですか?先日、ダークネスの支局長が失敗した仕事で、億単位の上がりが出そうないい話があるんですが」

闇がまるでモーセの十戒の1シーンのように、左右に割れて消えてゆく。
残されたのは期待と欲を膨らませた、ただの少女たち。

「ほんまか!それ約束やで、絶対やで!!」
「ウォォォォォ!!ハンバーグ!!ハンバーグ!!」

「煙鏡」が壁に顔を近づけにじり寄り、「金鴉」は喜びのあまり床に両拳を何度も叩き付けている。
呆れるほど単純。だが、この方法が使えるのは組織広しと言えど紺野だけ。
彼女は二人の嗜好を的確に、そしてこと細かく把握していた。

「まあ…期待しててください。それでは」

白衣を翻し、背を向ける紺野。
楽しい見世物を見せてもらった満足感と同時に、今回の面会は”無駄ではなかった”という確信。
切り札は、何枚でも持っておくべきだ。そしてそれが危険なものであるならば特に。

携帯電話を取り出し、画像を見る。
培養液に漂う少女。どことなく紺野が知っている人物に似ているその口元は瞳とともに固く瞑られ、動かない。

もちろん、あなたは特別ですが。

言いつつ、画面を閉じる。
そろそろ会いに行かなくては。飼育くらいなら一介の研究員にでもできるが、情操教育はそうもいかない。紺野は脳内で、自ら
の身を空けるべくスケジュール調整をしはじめていた。




★☆★☆


一方、喫茶リゾナントでは。
「ベリーズ」の奇襲に備え各メンバーが、地下の訓練室でその時を待っていた。
そんな中、香音が愛佳に声を掛ける。

「でもこうしてまた光井さんと一緒に戦える日が来るなんて…香音うれしいです!!」

聖・衣梨奈・里保・香音が喫茶リゾナントにやってきた頃、愛佳はまだリゾナンターのメンバーであった。能力は急速に
衰えていたものの、リゾナンターとしての心得を徹底的に叩き込んだのは彼女だ。

「ちょい待ちぃ。うちはもう戦える身体とちゃうねんで。そろそろお暇させてもらうわ」

苦笑する愛佳。
緊急用として、訓練室から外の下水道へと繋がる抜け道が用意されていた。能力者同士の直接のぶつかり合いにおい
て、自分が何の戦力にもならないことを彼女自身、理解していた。さすがに先輩として後輩の足を引っ張るわけにはい
かない。

不意に、愛佳の持っていたノートパソコンが光りだす。
おかしいな。さっき電源切ったはずやのに。
愛佳が思う間もなく、内蔵スピーカーから声がする。

「どうもお久しぶりです。光井愛佳さん」

ぞっとする声。
この声は聞き覚えがある。忘れたくても忘れられない。
訝しがる後輩たちを他所に、慌ててパソコンを開く愛佳。
予想通り、白衣の女が画面に映っていた。

「えりぽん思念探って!」
「わからんっちゃ!この近くにはおらん!!」
「くどぅー、千里眼!」
「はるの力でも見えないよ!!」

聖と春菜が、衣梨奈と遥に指示を出す。が、空振り。
どうやら相当遠くの場所から、そして能力ではなく何らかの電子機器でこの映像を飛ばしているらしい。

「さて、何から話しましょうか」

白衣の女性はデスクの上で両手を組み、ゆったりとした口調で話しかけてくる。おそらく、予め録画しておいた映像を流
しているのだろうと愛佳は判断した。

「最近のあなたの活躍ぶりは私の耳にも届いてます。培われた洞察力を駆使して何でも屋をはじめたとか。素晴らしい」
「はぁ。そらどうも」


いささか投げやりにも聞こえる愛佳の返事。
新メンバーたちは、知らない。わざと投げやりな風を彼女が演じていることを。
そしてすぐに、知る事になる。どれだけ感情を抑えているのかを。

「科学の進歩は人類の進歩、とは言いますが。人間の創意工夫によって科学は進歩し、そして人類もまた進歩してい
った。そういう意味ではあなたが今懸命にやっていることは、科学にとっての原点なのかもしれません」
「ふん。勿体ぶった言い方やな」
「『予知能力』なんてつまらないものに頼っていた時より、よほど生き生きとしてますよ。ある意味『銀翼の天使』
さんに感謝しなければなりませんね」

「銀翼の天使」。
言葉が形になり、愛佳の心臓を鈍く打つ。
そのキーワードは冷静を装う心を揺り動かすのに、十分な効果があった。
じわりと滲む汗と共に思い出される、あの日の出来事。

12月24日の惨劇。
最初は、店の中に雪が舞い降りたのだと思った。
ふわふわと空中を漂う、光る天使の羽。
眩くも美しいそれは、全てを破壊した。
燃え上がるカーテン、爆ぜるガラス、砂糖菓子のように溶けてゆくテーブル。
成すすべもなく倒れていった、仲間たち。不甲斐なく打ち崩された、自分自身。
記憶の中で絶叫する自らの姿が、今の姿にぴったりと重なった。


「うあああああああ!!!!!!!!!!!」
「み、光井さん!?」
「うっさいわ!お前に何がわかる!!お前らのせいで、久住さんは!ジュンジュンは!リンリンは!亀井さんは!!!!」
「お、落ち着いてください光井さん!」

ノートパソコンを投げつけようとする愛佳を、辛うじて里保が止める。
しばらく肩で大きく息をしていた愛佳だが、徐々に本来の冷静さを取り戻し、頭を振る。

あかん。後輩たちが不安がっとるやないか。うちが冷静にならんで、どないするねん。
自らを落ち着ける意味合いもあるのだろう。愛佳は近くのデスクテーブルにパソコンを据え置いた。

「本題に入りましょう。今回の『ベリーズ』と『キュート』の襲撃。あなたならきっと、トリッキーな『ベリーズ』
には人数で、正攻法でいく『キュート』には実力あるベテランをぶつけるのでしょう…もう、おわかりですよね?」

愛佳が、苦虫を潰したような顔になる。
何がどうしたのだろうと、亜佑美が側に駆け寄った。

「光井さん?」
「全部、読まれてた。こっちには『キュート』が。道重さんと田中さんは『ベリーズ』が待ち受けてる」


全員に動揺が走る。
それでは、立案した作戦とはまるで逆。完全に相手に裏を掻かれてしまったことを、メンバーははじめて理解した。

だが、無慈悲な機械は、なおも演説を続ける。

「さあ光井さん。この難局を持ち前の洞察力と作戦能力で抜けて見せてください。間違っても、『予知能力』があれ
ば、などと落胆しないでくださいね。私はこれでも、あなたには期待してるんですよ。一般人に成り下がったあなた
が、一体どこまでやれるのかをね」

まるで、アリが小石を運ぼうとしている姿を激励してるかのような態度。
いけ好かない。
愛佳がはじめてこの白衣の女性に会った時に抱いた感情は今も変わっていなかった。

「私からのメッセージは以上です。では、ごきげんよう」

そしてノートパソコンの電源は切れてしまった。画面が、暗い湖面のようにメンバーを映すのみだ。

「光井さん。さっきの人、誰ですか?」

誰もが突然の事態に動揺を隠せない中、優樹が臆面もなく聞いてくる。
確かに、あの白衣の女性にルーキーたちは誰も会った事が無かった。
しかし、愛佳は彼女と初めて出会った時の事を鮮明に覚えていた。
まるで瞳に直接焼き付けられたかのように、言葉たちが蘇る。


― 予知能力、ですか。随分つまらない能力をお持ちなんですね ―

― 全てを識(し)る力は文字通り、神の能力とでも言うべきなんでしょうか ―

― ただ。神の思惑を超えることこそ…叡智の集積(マルシェ) ―

「ああ。知識の塊という名の、ばけもんや」

言いながら、改めて愛佳は実感する。
あいつを出し抜かなければ、ダークネスを倒すことはできない。
ならば、やることは一つ。

「あの、今だったらまーちゃんの瞬間移動で…」
「いや。ええねん」

言いかけた春菜を、愛佳が制する。

「今からうちが秘策を授ける。みんな、よう聞いて」

だったら、超えたろうやないか。その叡智の集積とやらを。
その目には、最早不安は存在していなかった。