『友(とも)』


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『友(とも)』

〈優しくいれるさ〉

1-1

10人のリゾナンターと関根梓、そして8匹の犬は、山奥の洞窟の前に立っていた。
ダークネスに囚われている梓の仲間を救出したい。そこにいる全員が同じ思いだった。
さゆみは梓に尋ねた。
「梓さん、ここがあなたのいた所?」
「はい、この洞窟の奥に、ダークネスの秘密の研究所があります。
私が瞬間移動したのは、その辺からでした。
洞窟の中では、瞬間移動を妨害する装置が作動していましたから…」
さゆみは後ろを振り向き、目を閉じて何かを探っている工藤遥に声をかけた。
「工藤、中はどう?」
「はい、ここから100mくらいの範囲には、敵の姿は特に見あたりません」
「…そう」
「警備兵がおらんってどういうことかいな?」
隣りで腕組みをしているれいなが、洞窟の入り口をにらみながら言う。
さゆみは頬に手を当てて考え込んだ。
状況が掴めない。
さゆみは、次の行動を決めあぐねていた。
その時、さゆみとれいなにとっては聞きなれた声が、頭上から鳴り響いた。
《さゆ、れいな、ハロー!あなた達も来てくれたのね。さあ、中へ入って入って!》
声の発生源を探ると、洞窟の上の茂みの中にスピーカーらしきものが見えた。
警戒するさゆみたちをよそに、その声の主はとても楽しそうに続ける。
《そこからパーティー会場までは一本道だから、早く入っておいでよ!》
さゆみとれいなが顔を見合せる。
そして、同時に小さく頷いた。
さゆみは視線を正面へ戻し、洞窟の入り口へ一歩踏み出した。


1-2

薄暗い洞窟を10分少々歩くと、ようやく明るい場所に出た。
そこは、野球場ほどの広さがある大きな空洞だった。
生田衣梨奈は「広っ!」と叫びながら前へ飛び出し、上を見上げた。
天井はドーム状になっている。高さは頂点部分で50mはあろうか。
床は、中心角120°半径約40mの三つの扇形の「島」に分かれていた。
扇の弧の方が空洞の壁面に接し、かなめの部分が中心を向いている。
それらの「島」と「島」の間には、氷河のクレバスのような大きな裂け目があった。
つまり、直径約100mの円が、Y字型の裂け目で三つに区切られているのだ。
裂け目の幅は20mほどあり、下の方を覗き込むと、深すぎて底が見えなかった。

さゆみ達から見て左側の「島」には、「闘技場」という額が飾られている。
一方、右側の方の「島」の壁面には、黒い鉄の扉があった。
その扉の上には、巨大なスクリーンが設置されている。
《ようこそ、パーティー会場へ!》
明るい声とともにスクリーンに電源が入る。
れいなは、そこに映し出されたマッドサイエンティストの笑顔に、思わず舌打ちした。
《No.6、あなた、やっぱり戻って来たのね。それ、正しい選択よ。
どんなに遠くへ逃げても、粛正人のあの人があなたを殺しに行くからね。
私はあの人とは違うよ。実はね、私、あなた達を預かることになったの。
あなた達を処分しないでくれって、私、一生懸命、上の人達に頼みこんだのよ》
思いがけない優しげな口ぶりに、梓は戸惑った。
「あの…、私達、殺されるんじゃなかったんですか?」
《そんなもったいないことしないよ。あなた達は、貴重な実験台だもの》
「実験台…」
《そう。まあ、運が悪けりゃ副作用で死んじゃうかもしれないけどね。
でも、あの殺人狂に嬲り殺しにされるよりは、ずっといいでしょ!》
マルシェの円らな瞳が、キラキラと輝いている。
梓はうつむき、唇を噛んだ。


1-3

「マルシェ!お前、この子らの命をなんだと思っとお!」
《れいな~、落ち着きなよ。だってさあ、考えてみてごらん。
あなただって『不用品』があったら、それを使っていろいろ遊びたくなるでしょ?
そうねえ…、例えば、要らなくなった電子レンジと、ケータイがあったとするわね。
そしたら、誰だってケータイを電子レンジでチンしてみたくなるじゃない?》
「ならん!」
激昂するれいなに、マルシェはやれやれという表情で溜息をつく。
《はあ…、あんたみたいに科学的な好奇心が1ミリもない人間には分からないか…》
梓が下を向いたまま声を絞り出す。
「私達は…、『不用品』なんかじゃない…」
マルシェは、教え子を諭す教師のような口調で話し出した。
《あのね、No.6、人はね、三つの種類に分けられるの。
一つは『使う者』。もう一つは『使われる者』。
そして、そのどちらにもなれない『不用品』。
あなた達にも、『使われる者』になれるチャンスがあった。
でも、誰一人それをつかめなかった。
まあ、神様から中途半端な力しかもらえなかったんだから、それも仕方ないわね。
結局、あなた達は、『不用品』になる運命だったってことよ》
「もういい!あいつ、ぶっとばしてやる!工藤、あいつはどこにおると!」
工藤が答える前に、マルシェが言った。
《私がいる部屋が見たいの?じゃあ、見せてあげるよ》
その言葉と同時に、マルシェのいる部屋の全景が、スクリーンに映し出されていく。
カメラが部屋の奥の方にパンしたとき、梓は目を見開いた。
「まあな…」画面には、血まみれで磔にされている一人の少女が映っている。
少女の名は新井愛瞳(まなみ)。梓の仲間たちの中では、最年少の15歳である。
うなだれて動かない愛瞳に、戦闘員たちが自動小銃の銃口を向けている。
《こういうことなの》
マルシェはそう言って、マグカップに口をつけた。


〈ずっと仲間だろ〉

2-1

工藤が小さな声で言う。
「田中さん、あの部屋は、スクリーンのある壁から20mくらい奥にあるみたいです」
マルシェが微笑みながら言う。
《リゾナンターの皆は、今すぐ帰ってもいいのよ。
あなた達を殺せっていう指示は、まだ上から出てないからね。
でも、あの子を助けようとして、少しでも変な動きをしたら、そのときは容赦しない。
すぐにあの子を殺して、あなたたちも全員始末する》
「マルシェ、あんたの狙いは何?」
《さゆ、私ねえ、実験がしたいの。
できればあなた達には、これから出てくる実験台と戦ってほしいのよ。
私、遂に即効性のある能力増幅薬の開発に成功したの!
そんで、その薬の効用のデータが欲しいのよ。
でも、あなた達が嫌だって言うんなら、それでも全然かまわない。
こっちでも実験道具は準備してあるから》
さゆみは、一瞬考えてから、スクリーンに向かって静かに言った。
「…わかった。戦うわ。ただし、私達は、梓さんの仲間を絶対に殺さない。
もし、戦闘不能状態になったら、そこで戦いを止める。それでいいわね?」
梓は、驚きと喜びの入り混じった顔でさゆみを見上げた。
《もちろん、それでOKよ!
こっちはデータさえ採れればいいから、殺そうが殺すまいが好きにして。
でも、そっちは死ぬかもしれないから、そんときは恨まないでね》
マルシェの嘲笑の下で、鉄の扉が口を開ける。暗闇から一人の少女が現れた。
「あやのん!」
梓が叫ぶ。だが、その叫びに少女は反応しなかった。
現れたのは佐藤綾乃。
以前、石田と戦った、「汗が武器」の少女である。


2-2

綾乃の額には金属製のヘッドギアが嵌められている。
《その子、ちょっと反抗的なのよ。だから、頭の中を少しいじってあるわ。
今は、ほとんど闘争本能だけの状態になってるから、話しかけても無駄よ》
マルシェの説明が終わると、綾乃のいる「島」から、幅2m程の橋がせり出した。
そして、ほんの数秒で、さゆみから見て左の方にある「闘技場」に繋がった。
綾乃は無表情のまま、橋を渡り始めた。
《それでは、実験を開始しま~す!さゆ、そっちの代表を一人決めて。
ちなみに、他の誰かが戦いに干渉したら、実験は即中止。人質は処分しま~す》
(代表…)
俯いて考え込むさゆみの前に、石田亜佑美が進み出た。
「道重さん、私に行かせて下さい」
まっすぐ見つめてくる石田の瞳には、強い意志が感じられる。
さゆみは頷き、石田の小柄な体を包み込むように抱きしめた。
そして、耳元でこうささやいた。
「あゆみん、できる限り逃げ回って時間を稼いでちょうだい…
でも、危なくなったら、勝負を決めていいから、無理をしないでね」
「はい!」
すぐにさゆみ達のいる「島」からも橋がせり出した。
石田はそれをゆっくり渡って行った。

「闘技場」の中央で二人の少女が睨み合う。綾乃の体はすでに汗で輝いていた。
《それじゃあ、準備はいい?用意、……スタート!》
合図と同時に、綾乃が前に動く。石田は後ろへ跳び、等間隔を保つ。
綾乃は、数m先を走る石田に向かって、手刀を斬った。
指先からかなりの量の汗の雫が飛び散り、そのうち数滴が石田の服に付着した。
同時に、そこから白い煙があがった。
《ほほう、汗を強酸に変化させたのか。やるじゃん!》
マルシェの嬉しそうな声が、広い洞窟内に響いた。


2-3

石田は必死に逃げまわるが、綾乃の放つ汗はどんどん量を増していった。
石田の服には、焦げ穴が生まれ続ける。
「うっ!」
石田は、右脇腹に焼かれたような痛みを感じた。
綾乃の汗が服を貫通し、ついに皮膚に達したらしい。
今まで味わったことの無い激痛に、思わず顔を歪める。
だが、それでも石田は走るのを止めない。
《あやのん!止めて!》
突然、スピーカーから、少女の甲高い叫びが響いた。
綾乃の動きが止まった。
叫びは、磔にされている愛瞳が発したものだった。
それに気付いた石田も、少し遅れて足を止める。
石田は肩で息をしながら、綾乃の表情を伺った。
血走った綾乃の眼からは、涙が一滴流れ落ちている。
《ちょっと~、NO.4!真面目にやってよね~。「仲間」がどうなってもいいの?
…まあ、いい頃合いだし、そろそろ実験開始といきますか》
マルシェはそう言い、手に持っているリモコンのスイッチを押した。
ヘッドギアの赤いランプが光り、綾乃の体がビクッと震える。
呼吸が激しくなり、全身からそれまでとは比較にならないほど大量の汗が吹き出した。
「うううう…」
綾乃は低いうなり声をあげ、再び石田に向かって走り出す。
石田は必死で逃げ回るが、綾乃の強酸の汗が横殴りの雨のように襲い掛かる。
(もう、逃げきれない…)
限界を感じた石田は、リーダーの方を見た。さゆみはコクリと頷く。
石田は、走りながらポケットに手を入れて直径5cm程の小石を取り出した。
そして、目にも止まらぬキレで振り返り、その小石を綾乃に投げつけた。
石田の特殊能力は、小石限定の念動力。
「石プロ」たるゆえんのその力を、石田はついに発動した。


〈時に厳しく〉

3-1

石田の投げた小石が綾乃の顔へ一直線に飛んだ。綾乃は首を横に曲げてそれをかわす。
しかし、小石は顔の真横で直角に曲がり、綾乃の小さな顎を激しく打った。
脳震盪を起こしたのか、綾乃はそのまま前のめりに崩れ落ちる。
石田は、綾乃が倒れたのを見届けてから、スクリーンに向かって叫んだ。
「もう勝負は着きました!私の勝ちです!」
マルシェは、甘えるように言う。
《ねえ、あゆみちゃん…だっけ?
人って追い込まれるとすごい力を発揮するじゃない?私、それが見たいの。
だから、もっと徹底的に痛めつけてくれないかな~?》
肩越しに映る磔の少女の姿が、その「お願い」を断る自由が石田に無いことを告げる。
(…あやのんさん、…ごめんなさい…)
石田は、何とか立ち上がろうとする綾乃を失神させるべく、小石を延髄にぶつけた。
小石が命中するのを見届けた石田は、俯いて目を閉じ、深く息を吐いた。
「石田!」
れいなの叫ぶ声に、石田は顔を上げる。
そこには、凄まじい形相でこちらを睨みつけている綾乃がいた。
よく見ると、綾乃の首の回りが、透明なプラスチックのような物質で覆われている。
状況が飲み込めない石田の耳に、マルシェの嬉しげな声が届く。
《へー!汗を硬化させたんだ!すごいじゃない!》
(汗を硬化させる…、そんなことができるの…?)
呆然とする石田に、綾乃が再び襲いかかる。
綾乃が放つ大量の汗は、また空気中で変化し、強酸となって石田に降り注いだ。
(一体、どうすればいいの…)
切り札だった小石での攻撃はもう通じない。
もはや石田には、綾乃にダメージを与える方法が無い。
焼けるような痛みを体中に感じながら、石田の心は折れかかっていた。


3-2

れいなとさゆみは、二人並んで「闘技場」の石田を見つめていた。
「…さゆ、どうすると?」
「…あゆみんを、信じよう…」
《ねえ、保護者のお二人さん!このままじゃ、可愛い後輩がやられちゃうよ~。
れいな、あなたの能力、久しぶりに見てみたいから、今だけ特別に使ってもいいよ!》
マルシェの声に、れいなもさゆみも全く反応しない。
耐えきれなくなったのか、それまで黙っていた関根梓が、突然さゆみの前に進み出た。
「道重さん、もう十分です!石田さんを助けましょう!
私達のために、石田さんが傷つく必要はありません!」
「違う。これはあなた達のためじゃない。自分の信念のためなの」
「え…」
「梓さん。私達は、特殊な力をもって生まれてきた。
そしてそのせいで、いろんな苦しみや悲しみを味わってきた。
これが私達の運命なら、ほんと、残酷よね。
でもね、さゆみ、思うの。
運命は、友だちみたいなものじゃないかって。
運命と仲良くなれるかは、結局は自分次第。
自分の良心に従って、精一杯生きていれば、運命はそんな私を好きになってくれる。
さゆみ達は決めたの。梓さんの仲間を助けようって。
一度そう決めたんだから、どんなことがあっても、その信念は貫き通したい。
そうすれば、きっと運命は私達の味方になってくれる」
「…でも、このままじゃ石田さんが…」
「大丈夫、あゆみんは負けない!」
梓は、さゆみの瞳の中に揺ぎない輝きを見た。
「さゆみは信じる。運命と、あゆみんの力を!」

さゆみの言葉は、石田の心を奮い立たせた。
(道重さん…、私も運命と、仲間の力を信じます!)


3-3

石田は高速でターンをしながら、ポケットから二つ目の小石を取り出した。
そして、綾乃の顔面へと全力で投げつけた。
綾乃は両腕を顔の前で交差させて、汗の鎧をまとうことのできない両目を守る。
小石は、両腕の硬化した汗によって、簡単にはじきとばされてしまった。
その瞬間である。
「うおおおおっ!!」と叫びながら、綾乃のがら空きの胴体に、石田が突っ込んだ。
そして、両手で綾乃の足を抱え込み、そのままの勢いで突進する。
石田の動きがあまりに予想外であるため、綾乃はそれに対応できない。
そのまま石田は、綾乃とともに、猛スピードで「闘技場」の端へ近づいていく。
(まさか、石田…、あの子を道連れにして…)
れいなは、思わず一歩前に出た。
「石田あっ!やめりいっ!」
しかし、石田の前進は止まらない。
崖まであと数歩。
その時、石田が心の中で叫んだ。
(お願い、私の運命!)
グンッ!石田の着ているTシャツの背面が、突然、円錐状に突き出した。
パラシュートが開いた直後のスカイダイバーの様に、石田の体が「く」の字に曲がる。
Tシャツは強酸による焦げ穴だらけである。
だが、幸運にも、石田の軽い体重を支えるに足る程度の強度はまだ残っていた。
崖まであと数10cmの所で、辛うじて石田の体は静止した。
一方、綾乃は、慣性の法則によって「闘技場」から飛び出した。
「あやのーーんっ!」
梓の叫びが空しく響くなか、綾乃の体は暗い裂け目に落ちていった。

「マルシェ、決着はついたわ。崖から落ちたってことは、もう戦闘不能でしょう?」
さゆみの勝利宣言を聞き、マルシェは苦虫をかみつぶしたような顔で言った。
《あんなのあり~?…まあ、薬の効果は見れたから、今回はこれでよしとするか。
でもさあ、つぎに同じことやったら、その時は人質を処分するからね!》


〈Ending:叱ってくれるだろう〉

「小石を使って自分の体を停止させるとは…。あの子、やるじゃん…」
マルシェはそう呟くと、振り向いて後ろにいる戦闘員たちを怒鳴りつけた。
「なに、ぼうっとしてんのよ!早く実験台を回収に行きなさい!」
数分後、「闘技場」の壁の一部がスライドし、そこから戦闘員が二人現れた。
そして、綾乃が落ちていった辺りに跪き、ロープを崖の下へ降ろした。
そのロープの先を、汗に濡れた小麦色の右手が、しっかりと握り締めた。

石田は、綾乃を崖から落とすとすぐに、祈るような思いで飯窪を見た。
その時すでに、飯窪の両手からは、大量の薄黄色の物質が放出されていた。
飯窪には、強力な接着能力を持つ物質を両手から出すという特殊能力がある。
猛練習の結果、飯窪は放出する量や方向、粘度などを調節できるようになっていた。
飯窪の放った物質は、落下する綾乃を優しく包み込み、彼女を岩壁へ貼りつけた。

駆け寄る涙目の石田を、これまた涙目の飯窪が抱き締める。
「私、すぐにあゆみんの考えが分かったよ!」
「私も、はるなんなら絶対分かってくれるって信じてた!」
「ほらほら、あゆみん、はやくこっちにおいで。
ちゃんと治さないと、綺麗なお肌に傷跡が残っちゃうの」
さゆみは、子供を優しく叱る母親のように、石田に声をかけた。
(運命と、仲間を信じる、か…)
梓は、さゆみの言葉を思い出しながら、その様子を眩しそうに見つめていた。

―おしまい―