『リゾナンターΧ(カイ) -3』


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見られている。
隣町のスーパーに買出しに来ていた道重さゆみは、どこからともなく纏わり付いてくる視線を感じていた。まさか敵?と思いつ
つもどうも様子がおかしい。

確かに見られてはいるようだが、どことなくきもい。うざい。イラっとする。
さゆみが恐る恐る辺りを窺うと、精肉売場の柱の影からこちらを見ている少女の姿があった。

…さゆみのファンか何かかしら。

彼女のことをリゾナンターと知らない人間からすれば、ただの喫茶店の店主に過ぎないのだ
がそこはまあご愛嬌。敵組織の人間、とまずは疑いたいところだが、肝心の少女には敵意や緊張感というものがまるで感じられ
ない。それどころか、柱の影に隠れるのをやめてひょこひょこさゆみのほうへ近寄ってくる。

「あのー、みっしげさんですよね?」
「そうだけど。何か用?」

やはりそうだ。この子はさゆみの熱烈ファンに違いない。きっとどこかの喫茶店マニアが可愛すぎる喫茶店店主みたいなタイト
ルで隠し撮りをして、それがどこかの掲示板で大人気になっているに違いない。今は電脳の時代だからと「ネットパトロール」
と称したパソコンいじりを日課しているさゆみにとっては、揺るがしようのない事実にすら感じられた。

それにしても。
毛先が跳ね上がったツインテールという、日常あまり見かけない髪形。
少女と思いきや、近くで見るとそうでもない。さゆみとそう変わらない年に見えるのに、全力で少女ぶっている様は少々痛々し
い感じすら覚えてくる。

「やっぱり実物はかわいいですよねー」
「え?やっぱり?どこの誰か知らないけどありがとう」
「まあ、ももちには遠く及ばないですけど」

持ち上げておいて、落とされた。
きもくてもファンなんだから優しくしてやろう、というさゆみの思いは、木っ端微塵に破壊された。何者かは知らないが、徹底
的に痛めつけなくては。さゆみは得意の毒舌を披露しはじめる。

「ももちってあんたのこと? はっきり言うけど、全然可愛くないから。て言うか地味な顔だよね」
「控えめな顔って言ってくださいよ。ももちの可愛さに嫉妬してるのかもだけど」
「はぁ?何で嫉妬なんかしなきゃいけないの?さゆみのほうが可愛いし」

地味顔な女も負けてはいない。
自分の短所を短所とも思わない精神の強さ、ぶれない主張。
反論してみたものの、さゆみの表情に動揺の色は隠せない。

「だってー。みっしげさんっておいくつですかぁ?」
「に、にじゅうさんだけど」
「えーっ。じゃあももちよりみっつも、おばさんなんですねえ」

強烈な一撃がさゆみを直撃する。
いくら可愛くても、年齢だけは誤魔化せない。
特に最近はリゾナンターに自分の年齢より下のメンバーが増えてきただけに、女の発言は突如スーパーの青果売場で勃発した
「かわいい対決」における決定打のように思えた。

しかし、さゆみは仮にもリゾナンターのリーダーである。
絶対に負けられない戦いがあるとするなら、今をおいて他にない。

「…あんたさ、友達いないでしょ。て言うか女の子に好かれないタイプだよね」
「な、何をやぶから棒に」
「そうやって自分を可愛い可愛いって言うのは、他に可愛いって言ってくれる友達がいないからでしょ。あんたが必死になれば
なるほど、その事実が浮き彫りにされてくの!」

小さな目を限界まで見開き、ショックを受ける女。
一見さゆみの逆転勝利に思えたが、実はさゆみは自らの言葉で落ち込んでいた。
治癒能力。少々の傷ならば、たちまち塞いでしまう能力。使い方次第では「名医」と称され、場合によっては新興宗教の教祖に
すらなれる。しかし。さゆみがこの能力を発現したのは幼少の時。
子供たちは単純で、そして残酷だった。

結果。
さゆみに寄り付くクラスメイトはいなくなった。
公園で拾ってきた団子虫だけが、友達だった。自分のことを可愛い可愛いとやたら発言するようになったのもその頃。目の前の
女に吐いた言葉は、そのままさゆみにも当てはまっていた。

とは言え、相手の女にダメージを与えているのなら、それでよし。
自らの痛みは表に出す事無く、さゆみは露骨に勝ち誇った笑みを浮かべてみせた。
悔しがる女。だが、それは一瞬のこと。

「ももちの可愛さでみっしげさんの可愛さがくすんじゃうのは仕方ないんですけど…別にそれが言いたくてここまで来たわけじ
ゃないんですよね」
「…どういうこと?」

さゆみの問いには答えず、側にあったレモンを手にする女。
するとどうだろう。先ほどまでは瑞々しかったレモンが、段々と黒ずみしわがれ、ついには掌の中で腐り落ちてしまった。

「あんた…何を」
「見てわからないんですか? このレモンがあなたの未来ですよ、みっしげさん」

女は微笑を絶やすことなく、その瞳の色だけを闇に染めていた。





☆☆


能力者。
特有の気配などまるで感じられなかったが、間違いない。
とにかく、逃げなければ。

さゆみは踵を返し、一目散に走り出す。
治癒能力は戦闘向きの能力ではない。相手が何者で、どういう類の能力なのかはわからないが、無策で戦うなどという話になれば一
方的に嬲られるのが落ちだろう。

スーパーを出て、大通りを全速力で駆けてゆく。今のところ、相手が追ってくる気配は感じられない。
もともと運動神経の鈍いさゆみであるからして、この全速力もそう長くはもたない。とにかく、人気のない場所に行かなくては。スピード
を落とさずに、目の前の細い路地の角で急カーブ。

相手が一般人ならば。
この後どこかの物陰に隠れれば、相手の追跡をやり過ごすことができるだろう。
ただ、相手は能力者。さゆみの隠れ場所など容易く見つけてしまう。しかもこちらは相手の気配がまったく読めない。

ついにさゆみは路地裏の広い空き地に追い詰められてしまった。
周りは高い塀で囲まれ、とてもではないが飛び越えて逃げることは不可能だ。

「もう、いきなり逃げ出すなんてひどいじゃないですかぁ」

女が空き地の入口を囲んでいた有刺鉄線を掻き分けて、近づいてくる。
鉄線はまるで砂糖菓子のようにぽろぽろと崩れていった。

「なんなのあんた!!」
「ももち、みっしげさんと二人きりになりたかったんですよ」

ツインテールの女はそれだけ言うと、小指を立ててさゆみに向けて突き出す。
この攻撃は…やばい!!
一見間抜けな動作に見えるが、さゆみの本能が危険を訴える。慌ててしゃがんだ頭の先を何かが掠め、そして背後の塀を貫通した。

「え!?」
「ももち必殺『こゆビーム』ですよ?うふふふ」
「…きもっ」
「ちょっと!可愛いの間違いじゃないんですか!?」

どういう原理かはわからないが、これも女の能力だとさゆみは確信した。
だがさゆみもここでただ嬲られ殺されるわけにはいかない。この誰もいない路地裏の空き地に逃げ込んだのには、理由がある。
それに万が一「あいつ」が来ちゃった場合、人がいないほうが色々と好都合なんだよね。
そう付け加えることをさゆみは忘れない。

「ともかく、ここなら騒ぎを起こすことなくみっしげさんを始末できますよ。あんまり目立った行動をしたらダークネスさんたちに
怒られちゃいますから」
「ダークネスですって!?」

女の言葉に、さゆみは目を剥いた。
それと同時に、ついにこの時が来たのかと覚悟をする。
「銀翼の天使」が喫茶リゾナントを襲撃してから、今までの間。リゾナンターのほぼ全員を何らかの形で再起不能に追い込んだと認
識したダークネスは、犯罪者社会の表舞台から姿を消した。そもそも彼女たちの存在自体が「闇」。リゾナンター潰しのためだけに
一時的に姿を現したとすれば納得のいく話ではある。その闇たちが再び姿を表したということはすなわち。

「みっしげさん。悪いんだけど、ここで死んでください」

自分達リゾナンターが、再びダークネスの的にかけられたことを意味する。
最早猶予は無い。
さゆみはありったけの思いを込めて、念じた。

『助けて!!!!!!!』

リゾナンターたちは、互いに共鳴しあう。
それは思念においても当てはまっていた。
SOS信号は最も近い場所にいる人間に伝わり、共鳴し、さらに遠い仲間たちのもとへ駆け巡る。戦闘能力を持たないさゆみが再三
敵の脅威に晒されながらも今まで無事でいられるのは、この共鳴があるからこそであった。
さゆみが人気のない場所に逃げ込んだのには、心の叫びを察知してもらうのに条件がいいからだ。


「…でも、助けが来る前にももちがみっしげさんのこと殺したら、意味ないですよね?」
「かわいくないあんたに、さゆみは殺せない」

この女の言う通り。
仲間の助けが来るまで、さゆみは女の攻撃を避け続けなければならない。
とにかく、持ちこたえるしかない。それは一つの決意でもあった。

ツインテールの女が、一歩前に出る。
その表情はまるで鼠を目にした猫のようだ。

「まず最初にももちの能力を説明しますね。ももちの能力は『触れたものの時間の早さを、自由に進めることができる』能力なんで
す。レモンもそうだし、さっきのこゆビームもそう。つまり、みっしげさんはももちに絶対に勝てないってことですよ」
「…なんでそうなるわけ?」
「だって、みっしげさんには『治癒能力』しかないじゃないですかぁ」

この状況の問題点を言い当てられ、露骨に焦る顔をするさゆみ。
しかしそれは彼女の作戦でもあった。相手を油断させることは、戦いにおいて有利に働く。伸びる天狗の鼻を最後にへし折ってやる
のは、さゆみの性分にとてもよく合っていた。

「直接触られておばあちゃんになっちゃうか、それともこゆビームに貫かれるか。選んでもらっても、いいんですよ?うふふ」

少しずつ、間合いを詰めてゆく女。
掴まれたら終わり。老化した細胞はさすがに治癒能力で復元できない。
ならば、あの妙なビームを被弾した箇所を治癒しつつ逃げ続けるか。それもありえない選択肢。走りながらの能力発動など、そう簡
単にできることではない。

しかし、さゆみには勝算があった。
女を最初に見た時に感じた直感。それを、さゆみは信じる事にしたのだ。

「さゆみ、鬼ごっこなら得意なんだよね」
「えー、意外です。すっごい鈍くさいと思ってました。能ある鷹は何とやらなんですね」
「なんかすごくムカツクんだけど」

女が態勢を低くする。いつでも飛びかかれるように。
さゆみも同じく、腰を低く落とす。いつでもあの場所にバックステップできるように。
実はさゆみがこの場所にたどり着いた時、真っ先に地面に落ちている木の棒を目ざとく見つけていた。恐らく建築資材の切れ端だっ
たのだろう。相手の力が「時間の流れを自在に操れる」能力ならばそんなものは気休めにすらならないだろうが。





☆☆☆


「じゃあいきますよぉ?それっ!!」

女の体が前に躍り出た。
予告つきの行動に出たのは女の驕りだ。さすがのさゆみも反応ができる。
さゆみは後ずさり地面に落ちていた棒を拾い上げて両側を持って前に突き出した。
女の手が棒に触れる。が、棒は崩れ落ちる事はなかった。

「あれ?どうして」
「やっぱりね。あんたの能力は時間の流れの操作なんかじゃない」

さゆみの言うとおり、女の能力は決して時間に関するものではなかった。
そして、何故木の棒が朽ち果てなかったのか。

「この棒にはさゆみの治癒能力を巡らせたの。だから、あんたの力に抗ってるわけ。まあ、ちょっとした賭けだったけど…あんたを
信じてよかった」
「どういう意味?」
「だって、あんた見るからにひねくれてそうじゃん。本当のことなんて絶対に言わないんだろうなって思って」

女がはじめて、薄笑いを解き悔しそうにさゆみを睨んだ。


「じゃあ何でレモンをあんな風にできたんだろうなって、さゆみ考えたの。あんたの言葉を真逆に取れば、能力は時間に関係するも
のじゃない。ということは、物理的にものを腐らせる能力なんじゃないかって。そしたらさゆみの治癒能力はうってつけでしょ?」
「……」
「全身に治癒の力を巡らせておけば、腐食の力が及ぶ事はない。自分の体で試すのは嫌だったから、この木の棒で保険をかけたんだ
けどね」

今度はさゆみが一歩前に出た。
先ほどとは逆の立場となる。

「お互いの能力が無効化するってことは、あとは素手での勝負になるよね? でも、さゆみは負けない。だって、さゆみはもうリゾ
ナンターのリーダーだから」

さゆみの言葉には、勢いがあった。
愛が去り、そして里沙も去った。結成当初のメンバーはれいなと自分だけ。でも、守られるだけの存在であってはならない。
里沙から長い旅に出る事を告げられた日から、密かにさゆみはトレーニングルームで自らの体を鍛え始めていた。治癒の力だけでは
なく、戦いの力を手に入れるために。


戦闘特化の能力者にそんな付け焼刃が通じるとは思えない。
しかし、お互いの能力が封じられてる今なら、その効果が存分に発揮されるはず。
幸い、相手はさゆみより小柄だし、何だか弱そうだ。

相手に組み付いて、そのまま地面に押し倒す!!
その通りに、さゆみは猛ダッシュで女に詰め寄り、そして両腕で体をホールドした。
そこではじめて、さゆみは自らの認識の甘さに気づくのだった。

組み付いた時の、がっちりとした硬い感触。それは女が見かけによらず筋肉質であることを意味していた。薄い唇が、笑みで曲線を
描く。
ひ弱な拘束は簡単に解かれ、よろめくさゆみに上段のハイキックが綺麗に決まった。

「あれー?もしかしてももちに勝てるとか勘違いしちゃいました?こう見えても、ももち結構鍛えてるんですよねぇ」

女の嫌味たっぷりの笑い声を遠くに聞きながら、さゆみの意識はぷっつりと途絶えてしまった。





さゆみの助けを求める声は、真っ先に近場にいる里保に伝わっていた。
道重さんが、危ない!
里保は即座に、それが喫茶店を訪れた三人組の仲間に襲われたことによるものと判断した。スロットルを一段階上げて、一分一秒で
も早く現場に着くため全速力で走り続ける。

雨は喫茶店を離れるとすぐに止んでしまっていた。
もちろん不用意な水との接触を嫌う里保にとってはむしろ好都合である。例えばの話ではあるが土砂降りの中で能力を開放すれば、
本人の意思では能力を制御できず力の暴走を招きかねない。

『里保、どうしたと!?』

頭の中に聞き覚えのある声が聞こえてくる。
里保の友人でリゾナンターでもある、生田衣梨奈のものだ。

『えりぽん、道重さんが!』
『えっ? 道重さんに何かあったと?』
『うん。敵に襲われてるみたい!私が一番近い場所にいるみたいだから』
『わかった。衣梨もすぐ行く!せんせー、おなか痛くなったんで帰りまーす!!』

最後の一言で思わず里保はずっこけそうになる。
恐らく学校の授業中だったのだろうけどもう少しましな言い訳があるだろうに、まあそれもまた彼女の彼女たる由縁と言ったところ
か。
とにかくまあ、精神干渉を得意とする衣梨奈が戦いに加わればその分、敵と対峙する時に優位にことが運ぶ。ただ、衣梨奈を待って
いるほどの余裕があるわけでもない。

さゆみの心の叫びの伝わり方から、相手は一人であると里保は推測する。よほどの使い手でなければ飛んで火に入る夏の虫、という
ことにはならないと確信していた。相手の実力が多少上回ったとしても、さゆみを連れて逃げることに専念すれば問題ないはずだ。

ただ、ひとつだけ気がかりなことがあった。
さゆみの心の声が先ほどからまったく聞こえてこないのだ。
まさか、もう…
不意に訪れる嫌な予感を、大きくかぶりを振り否定する。
れいなは「さゆは大丈夫やけん」と言った。その言葉を信じるしかない。

何故大丈夫なのか。
その答えは、里保が件の空き地にたどり着いた時に判明する。






☆☆☆☆


さゆみの反応があると思しき空き地に、辿りついた里保が見たものは。
そこに立っている二人の女。
一人はツインテールの背の低い女。そしてもう一人。

「…あんたの実力なんて、こんなもの?」

道重さゆみ。
口元の黒子が特徴的な、里保の先輩。のはず。
ただ、さゆみと大きく違うのは、自慢の黒髪が茶髪になっている点だった。

「へー。それが噂の『さえみ』ってやつですか。みっしげさん」

ツインテールの女は笑おうとするが、表情が引きつってうまく笑えないように見えた。
争った跡なのだろう。空き地の地面はところどころが抉れ、荒れていた。

「あんたの腐らせる能力なんて、さえみの物質崩壊(イクサシブ・ヒーリング)に比べたら子供だましもいいとこ」

さゆみ、であった誰かは、目の前の女の能力が物質腐敗(ディコンポジション)であることを見抜いていた。物質を変質させる力よ
りも、存在ごと崩壊させてしまう能力のほうが上位なのは明らかだ。

今度はさゆみ、いやさえみが一歩前に出る。
女が焦ったように自称必殺技「こゆビーム」を連発した。次々に飛んでくる「何か」。それは哀れにもさえみの体に届く前に砂団子
のように崩れ散ってしまう。

「腐敗の力を付与した小石を高速で飛ばして、被弾した部分が腐り落ちる。種を明かせばただの曲芸だよね」
「ちょ、ちょっとこっち来ないでくださいよ!!」

少しずつ距離を縮めてくるさえみに対し、明らかに動揺する女。
今度は女がさえみの能力に畏怖する番だ。何せ触れられたら最後、痕跡すら残さずに消滅してしまう。

その様子をぽかんと見てるだけしかないのは、颯爽とさゆみを助けに来たはずの里保だった。
髪の毛が茶髪であることを除けば、今目の前にいるのは身体的特徴からさゆみであることは疑いようが無い。しかし、里保の知って
いるさゆみは治癒能力に長けた変態、もとい戦闘能力のない能力者。
駆使する能力、相手を威圧する凄み、何かが違う。

「りほりほ!」

さえみが突然、振り向きざまに里保に向って猛突進。濃厚な抱擁をぶちかました。
そのねちっこい触り方で里保は確信する。この人は道重さんだと。

「あの、ちょっと道重?さん?」
「さゆちゃんだけずるい!さえみだってりほりほを可愛がりたいんだから!!」
「言ってる事がよくわからないんですが」
「あ~やっぱり子供の匂いは最高だよねスー」

しかしながらさゆみの場合、里保の顔色を伺い遠慮がちにスキンシップしてくるのだが、さえみは空気が読めないというか、遠慮が
まったくない。普段抑圧されているのだから、仕方の無い話ではあるのかもしれないが。
道重さえみ。彼女こそ、道重さゆみが内包しているもう一つの人格。れいなが「さゆは大丈夫」と言い切り、さゆみが「あの人は出
したくない」とその出現を避けたかった理由。

治癒能力とは、元を正せば細胞の活性化を促す能力。
その活性化を異常なまでに亢進させることで細胞の自己崩壊を発生させる。それがさえみの能力である物質崩壊の仕組みであった。

里保の頭に顔を埋め満足そうなさえみ。
その至福の時が、終わりを告げる。腐敗の力を帯びた小石が、矢継ぎ早に飛んできたからだ。

さえみを引き剥がした里保が、背に負う愛刀「驟雨環奔」を抜き、そのまま二、三度振るう。
最初の一太刀で石に込められた嫌な力を感じた里保は刀の背で小石を弾き落とすのをやめ、鋭い刃で石を切り伏せる方法を取った。
その選択は正解、石に触れる時間・面積を必要最小限に抑えて刀へのダメージを防ぐことを、無意識のうちにやってのけたのだ。

「あんたがリゾナンターの次期エース? こけしみたいな顔してやるじゃん」
「地味な顔のあなたに言われたくないんですけど」

言いながら、大きく女の前に踏み込む里保。
標的はかつてのリゾナンターであるれいなとさゆみだけ。あとの雑魚は取るに足らない存在。そう考えていた女の認識。その隙を
突く様な鋭い切り込みは、最早避けようがないように思えた。

刀は、ツインテールの女を袈裟懸けに切り捨てているはずだった。
ところが現実は、その切っ先は思い描いていた軌跡を辿る事無く宙に浮いている。青白い刃が、行く先を阻んでいた。

「ちょっとちょっと梨沙子、邪魔しないでよ!!」
「だって、2対1になってたから」

里保の刀を止めている奇抜な髪色をした少女に、ツインテールの女が猛抗議する。
しかし柳に風、気にも留めていない様子。
それより、里保の全力の踏み込みを受け止めておきながら、表情一つ変えていない。

このままでは、逆にこちらが切り伏せられてしまう。
里保は前方に向けていた力を斜め上に変え、刀を弾いた反動を利用して間合いを広げた。
鍔迫り合いから退く事は剣士としては屈辱だったが、実力差、という三文字が現実であることを彼女は十分に理解していた。

「下がっててりほりほ。こいつらは…さえみが消滅させる」

そして里保を庇うように、さえみが再び前に出た。
ところが梨沙子と呼ばれた少女、は出していた刀を仕舞ってしまう。

「今日のところは、あんたたちと戦わない。目的は、標的の把握。ただそれだけ」
「えーっ、ももちまだ『ピンキードリル』も『ももアタック』も出してないのにぃ」
「もも、うるさい」

それだけ言うと、ツインテールの首根っこを掴んで、そのまま引きずりながらその場を立ち去ろうとした。逃がさない。そう思い後
を追おうとしたさえみの前に、背丈の倍はあるような氷の壁が立ち塞がる。梨沙子のもとの思しき声が、遮られた向こう側から聞こ
えてきた。

「かの『氷の魔女』ほどじゃないけど。足止め程度にはなるから」

二人がかりで氷の壁を切り崩した時には、敵の姿はすでに消えていた。

里保もリゾナンターとダークネスに纏わる因縁についてはある程度理解していた。
「12月24日」について語る、今はリゾナントにいない高橋愛・新垣里沙・光井愛佳。それに、れいなとさゆみ。その時の彼女
たちの表情から滲み出る、怒り、無念。それを目の当たりにする度に、ダークネスという存在が里保にとっても不倶戴天の敵
であることを心に刻んでいった。
だが、そのダークネスの眷属であろう二人組を一瞬の隙を突かれ、逃がしてしまった。

「あの、道重さん…」

里保が謝罪の意を述べようと、さえみに向き直った時。
すでにその場にさえみはいなく、空き地の壁の前で頭を壁にガンガンぶつけていた。

「なってなかった!今日のあたしはなってなかった!!」
「ええと…道重さん?」
「あんなやつら、さえみにかかったらすぐに始末できたのに!りほりほの、りほりほの可愛さに見とれた隙を突かれて取り逃
してしまった!!」
「は?」

心配になってやってきた里保をドン引きさせるほどの狂気。
この頃までにはようやく彼女も、目の前の人物がさゆみであってさゆみでないことに気づく。

「と言うわけで、傷心のさえみの心をりほりほが癒して」
「何が『と言うわけで』なのか、わからないんですけど」
「そのためには、りほりほと一緒にお風呂に入らなきゃいけないの」
「…涎を垂らしながら言う台詞じゃないですよね」

食われる。
それが何を意味するか、幼い里保には理解できなかったが、とにかく本能が危険信号を発していた。

「りほりほー!!」

刹那、宙に躍り出るさえみ。こんなシチュエーション、どこかで見たことある。確か、ルパンが不二子相手に興奮した挙句、
脱衣と相手の捕獲を同時に行おうとするあの場面だ。
あまりの、非日常感。それはさえみから身を翻す事を不可能にする。
思わず、里保は両目を瞑った。

しかし里保のこの日一番の危機は、未遂に終わった。
ゆっくり目を開くと、地べたに倒れている黒髪の女性。気を失っているようだ。
助かった。思わずそんな感想を抱かざるを得ない里保であった。

その後現場に駆けつけた衣梨奈とともに、さゆみを担ぎつつ喫茶店に戻るのだった。

喫茶リゾナントに、夜の帳が下りる。
店の扉には、営業終了の看板。店じまいに少し早いが、そんなことは言っていられない。
店には、リゾナンターたちが集まっていた。さゆみとれいな以外は、全員が高校生、または中学生という頼りない構成。だが、
彼女たちはそれぞれが常人には扱えない能力を持っていた。

れいなを中心として、めいめいが近くのテーブルに腰掛ける。
今日あったことをまとめ、そして次の対策に繋げるために。

「それにしても、どうして言ってくれなかったんですか。道重さんの能力の秘密を。事情が事情だから、しょうがないかもしれ
ないですけど。でも、本当に心配したんですから」

不満そうに口を尖らす里保。
もちろん、心配だったという思いのほかにも、「ある意味」危険だったからでもあるが。
さゆみを運び込んだ後に喫茶店に入ってきたれいなから聞いたのは、さゆみが二重人格者の持ち主であり、かつ人格によって行
使能力が変質するという衝撃の事実だった。

「まあその、タイミングってやつ? いきなりあんたらに、さゆに別人格があるって言っても混乱するだけと思ったけん」

2階で寝ているさゆみのことを気遣っているのだろう。
慣れない言葉を選ぶという行為に苦慮している様子が、れいなの表情からは見て取れた。

「それはそうと、田中さんに、道重さん。それと、鞘師さんにくどぅーとまーちゃんはダークネスに遭遇したんですよね」

発言したのは、ストレートヘアーの長い黒髪が印象的な、目鼻立ちがくっきりとした少女。
飯窪春菜。リゾナンターになってから日は浅いが、早くもさゆみとれいなを除くメンバーでも最年長であるという自覚からか、
話の核心について言及した。

「うん。はるがまーちゃんと鞘師さんと一緒に出くわしたのは、チャリンコスーツ着たお姉さんと、その他二人」

遥がその時の状況と、三人組の特徴を話す。

「れいなは、愛佳経由の依頼をこなしてる時に、黒ガリとノッポと太いのに襲われた。ま、余裕やったけどね」
「さっすがたなさたーん!!」

興奮のあまり組み付いてくる優樹を剥がしつつ、得意げに語るれいな。

「そして私と道重さんが、駅のはずれの空き地で二人組に遭遇しました」

実際に最初に対峙したのは里保ではないが、当事者のさゆみは眠りの中。
れいなの話によると、『さえみ』が発現していられるのは約5分。その後再びさゆみと入れ替わる形になるが、治癒能力の超
強化である物質崩壊を使うことによる消耗で、気を失ってしまうとのこと。
切り札が強力な分だけ、使うリスクも大きいのだ。

「…ということは、敵は少なくとも8人以上いるということですよね」

ミーティングの補助を買って出た、上品ながらもやや肉感的な少女がそう言いながら、ホワイトボードに「穏健派」「武闘派」
と大きな二つの丸を描く。穏健派の中に、小さな3つの丸。武闘派の中に、同じようにして5つの丸。

「みずき、どういうこと?何でどこの派閥に属してるかわかると?」
「8人の中で、実際に戦いを仕掛けてきたのは5人。喫茶店に来た人たちの『自分達はともかく、もう1つのグループは手出し
するかも』って言葉が本当なら、こうなるはずだよ」

疑問を投げかける衣梨奈に、丸を描いた少女 ― 譜久村聖 ― が簡潔に答える。訳あって里保たちと喫茶リゾナントを訪れ
てから2年。いつの間にか上から数えて3番目という序列についてしまった彼女だが、リゾナンターとしての、そして組織の中
間管理職としての自覚に目覚めつつあった。

「じゃあその『穏健派』と『武闘派』が今後どんな動きに出るかだよね」

鋭角的な顔つきの少女 ― 石田亜佑美 ― がテーブルから身を乗り出して言う。
彼女の言うとおり、その2グループの動きに対してどう応じるか。そこに今回のミーティングの本題があった。

「みんなの話が確かなら、『穏健派』が前もって予告してからの襲撃。『武闘派』は奇襲攻撃とかしてきそうな感じじゃない?」
「かのんちゃんの言う事ももっともだけど、そうやって決め付けるのは危険だと思う。どんな状況においても柔軟に対応できるよ
うにしなきゃ。そうですよね、田中さん」

聖が、れいなに同意を求めるように問う。異を唱えられたややシルエットが丸い少女・鈴木香音もまた、れいなの次の発言を待っ
ていた。

時が、静まる。
れいなに一斉に注がれる、16の目。期待や不安、そのほかの色々な感情が入り混じり、彼女たちの瞳を通して投げかけられて
いる。
全てを受け止めよう。それが運命なら。
れいなは意を決し、口を開いた。

「2年前のあの日。12月24日。れいなたちは、ダークネスに襲われた。色々、失った。取り返しのつくものも、それから取り返
しのつかんものも。それはれいなとさゆの問題。みんなにまでそれを背負わすつもりはないけん」

みんな、ばらばらになった。
当時のメンバーであった、高橋愛。新垣里沙。亀井絵里。道重さゆみ。田中れいな。久住小春。光井愛佳。ジュンジュン。リン
リン。
小春と愛佳は、能力を失った。ジュンジュンとリンリンは、その手酷い怪我の治療のため、母国中国に帰る事になった。

そして絵里は、今も眠りの向こうの世界にいる。目覚める保証は、まったくない。
残った愛と里沙も、能力者による犯罪に頭を悩ます警察のヘッドハンティングにより相次いでリゾナントを離れた。あの時のこ
とを知る者は、れいなとさゆみ、二人しか残っていない。
新しく入ってきた8人は、あの日の惨事を知らない。

「でも。あいつらは、ダークネスはあんたらみたいな伸びしろの多い能力者をほっとかん。闇に染まらんもんは、全員粛清される」

192 名前:名無し募集中。。。[] 投稿日:2013/01/12(土) 20:30:23.22 T
ここに集まったのは、何らかの理由で闇に迫害され、闇に抗ってきたものばかり。
8人の少女たちは、真剣な表情でれいなの話を聞いている。一言一句、聞き漏らさないように。

「れいなたちはあんたたちを守る。けど、あんたたちにも、戦って欲しい。覚悟ができたら明日の夕方、リゾナントに集合。
待ってるけん」

れいなを除く全員がはじめて聞く「戦う覚悟」。
今までも、それなりの連中と交戦する事はあった。ただ、それは能力を持たない一般人。バットを携えた不良集団だろうが、
銃を構えたやくざだろうが、鍛え抜かれた用心棒だろうが。油断しなければ危険な目に遭うことはない。

今回のケースが「決してそうではない」ことを、彼女たちはれいなの言葉で改めて実感することになった。それぞれが、そ
れぞれの思いを胸に秘めながら、喫茶店を後にしてゆく。

全員が出払った後の喫茶店は、怖ろしく静かだった。
さっきまで年少のちびっ子たちがはしゃいでいたテーブルも、今は外の街灯の光が差し込むのみだ。
これでええんとかいな。
自問自答するれいなの背後に、さゆみが立っていた。

「本当だったらさゆみがれいながしたこと、しなきゃいけなかったのに」
「さゆならもっとうまく言えたかもよ。りほりほはさゆみが守るの~、とか言って」

軽口を叩くれいなだが、その言葉は本心だった。
元々戦闘能力に長けたれいなだが、その力ゆえに、グループという単位でメンバーを見たことがなかった。もともと一匹狼な
性質がそれに拍車をかけたのもある。
さゆみは、決してそうではなかった。治癒能力という、決して表舞台に出る事はないがメンバー全員を支える力を有すること
で、大きな視野でメンバーを見ることができた。里沙がさゆみを次期リーダーに指名した時に、れいながわだかまりなく納得
したのもそういう理由があった。

「…明日は長い一日になるね」
「連中の詳細は愛佳に頼んで調べてもらってる。今夜襲ってこない理由はないっちゃけど、こてんぱんにされて間もないのに
また襲ってくるほどバカじゃないと思うけど」
「でもさゆみが会った子は結構しつこそうかも。なんかクネクネしてたし小指も立ってたし」
「マジ?めっちゃきしょいやん」

そう言って笑いあう二人の間には、確かな絆があった。

「勝とうね。今ここにはいない、みんなのためにも」

さゆみの言葉に、無言で頷くれいなだった。