『闇に棲む者』 part-3 


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私は… 夢を見ていたのだろうか。しかもそれは夢であるならば…、 恐ろしい悪夢だった。

娘が死んだ。殺された。惨く。これ以上ないほどに惨く。

自慢の娘だった。親の私が言うのもなんだが、美しく、素直に、正義感の強い子に育った、自慢の娘だった。

遺体を見る事を止められた妻は、しかし気丈にも遺体と対面し…、 その場で気を失い、そのまま入院する事となった。
それから一週間以上が過ぎても、妻はベッドから起き上がることも出来なかった。

しかしむしろ私にとっては、それが… 妻の面倒を見なければならぬ、と言う気持ちが私自身の支えとなっていたようにも思える。
思えば、近親者だけの密葬と言う形ではあったが、葬儀でさえ、我ながら良くやり遂げられたものだと思う。

妻は葬儀にさえ立ち会うことは出来なかった。

あの数日間、私は深い霧の中にいたように思える。葬儀の間の記憶さえ、今は断片的でしかない。

そして…。あの出来事も、夢なのか…?現実なのか…? 

…それは今もわからない。


あの晩、妻に付き添い、私は病院に泊まっていた。
さまざまな思いが去来し、眠る事も出来ずに病室にいたはずの私は、いつのまにか廊下のベンチに座っていたらしい。
照明の消された暗い廊下。私の前には、いつのまにか幽鬼のような2人の女が立っていた。

一人はパジャマのようなものを着たショートボブの女。一人はフリルのついたワンピースを着ているらしい、ロングヘアーの女だった。
2人の服も肌も、色を失ったモノクロ写真のように見えていた。その表情も髪の毛と闇とに隠され、おぼろげにしか見えない。

「…復讐…を、 望みますか…?」

意外なほど柔らかな、幼い、と言っても良い声がロングヘアーの女から発せられた。

復讐…? 娘のか? …当然だ。

「私は残りの人生を全て捧げても… 娘の復讐を果たす…!」
妙にはっきりとした自分の声が響く。

「残念ですね… 人格者と言われた貴方が… そんな事をおっしゃるとは…」
女のやや悲しげな声が聞こえる。

人格者か… そんなものがなんの役に立つ…? 私は娘を救うことさえ出来なかった…。

「それならば… 復讐は私たちが果たします」
さほど大きな声ではなかったが、女の声ははっきりと聞こえた。

…この娘たちが…? …まさか。どのようにして…?

「…条件があります…」
私のとまどいを無視するかのように女は続けた。

「復讐は憎しみの連鎖を呼びます… それは途切れることなく続く…」

「…そして… “命は等価”…」

「お嬢さんの仇の… 一人の命を奪う為には、もう一人の… “貴方の命”を代償に差し出してもらわなければなりません…」
女はゆっくりと私の胸元を指さしながら言う。

「それによって復讐の連鎖は断ち切る事が出来る… それが条件です」

「…かまわない」

それで娘の敵がとれるのならば。私の命など惜しくはない。 …だが。

「…私にも、条件がある」

「…出来るだけ、惨く…」

「…苦しめて、殺してくれ」

女の顏が悲しげにゆがむ。

その時、それまで言葉を発しなかったもう一人の女が、突然ややハスキーな高い声を発した。

「アタシがやります…!」
横のロングヘアーの女が少し動揺したように見えた。

「アタシが、“ソイツ”がしたことの報いを受けて… “やったことそのまま”をされて死ぬようにします!」
「…ちょっと!」
横の女が咎めるような声を上げる。

「いいじゃん! 『因果応報』… そうすればこの人だって…!」
「待って!それとこれとは話が別だから!」

「…その話は後で…」
ロングヘアーの女は不満げなボブの女を制し、私に向かって言葉を続けた。

「…復讐は確かに私たちが引き受けました。そしてその様は貴方にもちゃんとご報告します…」

「そしてその後で…」
女は私の胸元を再びすっと指さす。

「…貴方の命を戴きに参ります」

「…わかった」
私は静かに頷いた。素性もしれない女たちの言葉ではあったが、私はなぜか信用する気持ちになっていた。
女たちもまた静かに頷きを返すと、ゆっくりと振り返り、病院の暗い廊下の奥の、闇の中へと消えていった。

…ふと気がつくと私は相変わらず病室の中、妻のベッドの横の椅子に座っていた。
…夢か…? しかし私の見た光景はあまりにリアルだった。そして廊下の妙に冷えた空気の感触が肌に残っていた。 

…そして次の日の夜。私は再び“夢”を見た。いや… 夢というには不思議な… 古いビデオを見せられているような、不思議なビジョンだった。

音声は全く聞こえない、粒子の荒れたビデオのようなザラザラした風景の中。恐ろしいほどの筋肉美を持った白人男性が、ホテルの一室らしき部屋で、シャワーの後とおぼしき裸身を晒している。
かなりの長身、そしてまるで岩石のような筋肉がその全身を蔽っている。そして年齢不詳のその男の眼差しには、何か不愉快な…、獣じみた光が感じられた。

男が身支度を整え終わる頃…。その部屋を訪ねてくるものがあったようだ。男がドアに向かい、何か会話をしているように見える。

そして男がドアを開けた向こう側に立つ人物を見て、私は息を呑んだ。

…昨晩の“夢”に現れたショートボブの女が、そこに立っていた。

…あれは“夢”ではなかったのか? いや、今も私は“夢の続き”を見ているのか…?

私の戸惑いをよそに、ビジョンは恐るべき光景を写し出す。
男が凄まじい勢いで、部屋に招き入れた女を殴り倒したのだ。恐ろしいスピードで女の頭部が床に叩きつけられる。無音のはずなのに …ゴツッ…!!という大きな音が聞こえたような気がした。

しかも男は女に覆いかぶさり2発…!3発…!とさらに殴り続ける。男は全くためらいも見せず、バカでかいサバイバルナイフを手馴れた様子で取り出すと、今度は女を無造作に滅多刺しにしていく。

…そこで私は悟った。…コイツだ…!コイツが娘を殺したのだ…! こんな風に…。滅多刺しにして…!

心臓が激しく音を立てる。娘が殺されているさまを見せつけられているような気がした。吐き気がこみ上げ、額に汗がにじむ。

おそらく“あの女”たちは、何らかの方法でこの男が娘を殺した犯人だと気づいたのだ。

だが、無理だ…!あんなバケモノのような男…。大の男でも数人がかりでなければ取り押さえられそうもない…。あんな小娘では…。
私があんな浅はかな依頼をしたのがいけないのだ!あんな小娘たちに殺人鬼への復讐など出来る訳がない。私はまた犠牲者を増やしてしまっただけではないか…!?

…どうすれば?…どうすればよい?これは今起きていることなのか?急いでどこかに通報すれば…?だがこれは一体どこで起きているのだ…?

私の頭は惨劇のビジョンを前に激しく混乱した。しかし、次の瞬間…、状況は一変した。

今度は男が朽木が倒れるかのような勢いで昏倒したのだ。そして何度か痙攣を繰り返すと、先程までの女よりも凄まじい勢いで鮮血を吹き上げ始める。
私はあっけにとられながら、痙攣を起こしては鮮血を飛び散らせ、部屋を血塗れにしていく男の姿を見ていた。

…いや待て…!これはどういうことだ…!?

ふと気が付けば…、先程まで床に倒れ、切り刻まれていたはずの女が、いつの間にか立ち上がって… 男を見下ろしている…! 

しかも、ボロボロになった衣服から覗くその肢体は、血に塗れてはいるものの、既に傷はほとんど見えない。
…そして女は、私に見せつけるかのようにゆっくりと左腕を差し出す。

そこには、いまだ醜い傷がパックリと口をあけていた。しかし…、女がそれを右手で差し示した次の瞬間、倒れている男の左腕の、同じ位置からまたしても鮮血が吹き出す。

まさか…!?夢で見た女の言葉が蘇る…。

…「アタシが、“ソイツ”がしたことの報いを受けて… “やったことそのまま”をされて死ぬようにします!」…

まさかこの女は…?その約束通りのことをしているというのか…!?

ふと気がつくと女の横には、やはり昨晩の夢に現れたもう一人のロングヘアーの女が、寄り添うように佇んでいた。
そしてその足元には…、もはや微動だにしない男の亡骸が、血溜まりの中に横たわっていた。

…そう思った瞬間…。ショートヘアの女が、凄まじい勢いで男の頭部を踏み付ける。

…ダンッ…!! …大きな音が聞こえたような気がした。

飛沫が飛び、ロングヘアーの女が嫌がる姿が見える。 …次の瞬間、ビジョンは歪むように乱れ、一旦途切れた。

…数秒の後、ビジョンが復活すると、同じ部屋ではあるが、何か先ほどとは印象が違う…、妙にひからびたように見える、男の死骸だけが床に転がっていた。

女たちはどこへ…?そう思っていると、急にドアが開き、先程のショートヘアの女だけが急いだ様子で戻ってきた。
そして横たわる男の死骸へと歩み寄ると、既にちぎれかけている左耳をつまみ、ブチィッ…と引きちぎる。

肉のちぎれる音の聞こえてきそうなその光景に息を飲んでいると、女はその耳をつまんだまま、ニコニコと笑いながら私の方へと歩み寄ってくる。
ボロボロに切り裂かれたパジャマのような衣服から、まだ硬さを残した果実のような乳房や、下腹部の陰りまでもがのぞく。

そして女の無邪気な笑顔が私の視界いっぱいにまで迫ってきた。
女は私の目の前にちぎった耳を突きつけ、“内緒だよ”とでも言うように人差し指を唇の前に立て、無音の世界で何事かを私にささやきかける…。

「 × × × × × × × … 」

…そして次の瞬間、ビジョンは再び歪むように乱れて消えた。

病室の仮眠用の椅子の中で“目覚めた”私は、急いで廊下へと出てみた。
…もしや『あの二人』がいるのではないか…?そう思ったのだ。

…しかし、暗い深夜の病院の廊下は、ひんやりと静まり返っている。

…廊下の遠くを歩み去る女性の姿が見える。だが、あの二人ではない。
スラリとした長身のその女性は、印象的な大きな目で一度だけ振り返ると、闇の中へと歩み去っていった。

…そしてその翌日。私は警察に呼び出された。

担当の野沢刑事に案内されたのは警察署内にある、かなり広い打ち合わせ室の、一番奥のデスク。
横には指名手配犯等のビラの貼られた掲示板。各社の新聞が揃えられた閲覧コーナー、コピー機などが置かれている、殺風景な一画だった。

…まるで“取り調べ”でもされるようだな…。
苦笑を浮かべながら粗末なパイプ椅子に座る。

しかし、その思いは実はあながち間違ってはいなかったのだ。

「…お嬢さんを殺害した犯人が見つかりました」
私の前に座った野沢刑事は開口一番、硬い表情でそう告げた。

「それは…! 誰だったのですか!?」
私は思わず息を飲む。

「クリス・パーカーという元米軍兵士です。」

「…ただ…。“彼”の犯行なのは間違いなさそうなのですが… 色々とあまりにも異常な事態が絡んできていましてね…」
野沢刑事は少し苦しげな表情で続けた。

「…お嬢さんは、友人の方が麻薬に手を染めていることを知り、その麻薬を提供していた高域暴力団、平田組の麻薬販売ルートを調べようとされた様です」
「そして、それに気がついた平田組の幹部、田中直也がパーカーに対し、お嬢さんの殺害を依頼したという事のようです。実際に依頼をしたメールの記録が確認されました」

…そうか!やはり娘は麻薬など使用してはいなかったのだ…。…しかし、異常な事態とは…?

「また、これまで未解決の猟奇的殺人事件のいくつかについても、平田組の依頼による彼の犯行である事の裏付けが取れています」
「ただし…そのパーカー本人も、昨日異常な状態で殺害されているのが発見されました。」
「…殺害!? …しかも異常というのは…?」
「ええ… 実は彼のパスポート等は偽造されていましてね…。実は戸籍上の彼の年齢は130歳近くになってしまうのですが、20代後半となる様、生年が改竄されていました」
「ただ、彼は50年近く前のベトナムでの紛争にも20代後半として参加している事になっていましてね…」

「…つまり…、別人だと?」
「いや… 実は最近の記録に残る彼の写真は、本当に20代に見えるのですが…、昨日発見された彼の死体は… まるで彼が手に掛けた被害者のようにメッタ刺しにされているだけではなく、まるで“死後数十年を経た死体のように”ひからびた状態で発見されたのです…」

…ギクリとした。それはまさに私が昨夜見た“夢”のビジョンと一致するではないか。

「…彼の殺され方からみて、私たちは“被害者の関係者による復讐”という可能性を考えています…」

…それはつまり…、私も疑われている…?

「この男に見覚えはありませんか?」
野沢刑事が数枚の写真をデスクに広げる。どれにも見覚えのある白人男性が写っていた。
…“夢で見た”あの男だ!私はこの男を知っている…。昨夜の“夢”は“夢ではなかった”のだ…。

だがどう答えれば良い?「夢で見た」などと言っても信じてもらえるはずもない…。

私が黙っていると、野沢刑事が言葉を続けた。
「正直我々はご主人を疑っているわけではありません。昨夜も病院にいらっしゃった事は、複数の方の証言が得られていますし…」
「それに昨日現場となったホテルでは、犯行時刻に不審な女性二人が目撃されています。ただ、もし何かご存知のことがあれば…」

…“不審な女性二人” …それもまた私が知っている“あの二人”なのだろう…。

「…刑事さん…」
私が口を開きかけたとき、不意に打ち合わせ室に若い女性が入ってくる。
野沢刑事はそちらには目もくれずに、話しかけた私の目を正面から見つめてくれていたが、少々気を削がれてしまった私は、彼から目をそらし、女性が去ってから話をする事にした。

入ってきた女性は警察署に似つかわしくない、短すぎるほどのジーンズのショートパンツに、ド派手な柄の網タイツをはいている。
金髪に近い栗色の髪、赤いジャケットには鋲のような飾りや鎖のようなネックレス…。警察署に、なぜこんな女性が…?

女性は奥の掲示板に用があったらしく、何かを貼り付けるとスタスタと部屋を出ていく。
私は少しあっけにとられてその後ろ姿を見ていた。
短すぎるショートパンツから、小振りながらもキュッと盛り上がったヒップがはみ出しそうだ。

…なかなか肉感的なヒップだ…。そんなことを考えた瞬間、その私の「心の声」が聞こえたかのように女性はパッと振り向き、濃いルージュを塗った唇を歪めて、妖艶な笑みを見せた。
私は不意に恥ずかしくなった。…こんなことを考えている場合ではない…。

野沢刑事にも申し訳ない…、そう思って彼に向き直ると、彼は目を見開いて私の背後の壁の方を凝視していた。
そして彼はその一点を凝視したまま、慌てたように立ち上がろうとする。デスクと椅子がガタガタと音を立てた。

そして彼はいきなり振り返ると大声で叫んだ。
「誰か!!早く!!その女を止めろ!!今の女は誰だ!?」
そして椅子が倒れるのも構わず立ち上がり、打ち合わせ室を飛び出していく。

…何事か?私は彼が凝視していた方向を振り返った。そこには先程の女性が立ち寄った掲示ボードがあり…。

…ベットリと血糊の付いたちぎれた耳が、女性のルージュの色を思わせる真っ赤な虫ピンで貼り付けてあった。

…そして私は、“あの女”がビジョンの中でささやきかけた言葉が、なんであったのかを理解した。

無邪気に笑うおんなの顏が目の前いっぱいに広がる。女がささやいていたのは…。

… 壁 に 耳 あ り …

署内は大騒ぎになっていた。先程の女が打ち合わせ室に入るまで、そして出ていった以後も、警察署内の誰一人、あの女を目撃していないらしい。

「警備の担当はどうしていたんだ!?」「いや、署内のカメラにも全く写っていないぞ!?」「そんな馬鹿な!!」「あの耳はガイシャの無くなってた耳で間違いないのか!?」

私はその騒ぎを聞きながら、そんなこともあるだろう…と、妙に落ち着いた気分でいた。あの女も、おそらくは“あの二人”の仲間なのだ…。そして、私に他言するな、という警告に現れたのだ。
…いつでも監視しているぞ、と。それがたとえ警察署の中だったとしても。

昨夜の“夢”が夢ではなかった以上、彼女らは何か“この世ならぬモノ”たちなのであろう…。先程の女もまた。
そして私は彼女らと「契約」をしたのだ。古くから言い伝えられる「悪魔との契約」。それは“魂と引換えに願いを叶えられる”というものだったと聞いている。
私は「命」と引換えに「復讐」という望みを叶えたのだ。そのことに後悔はなかった。

私への聴取は再開することなく、「何かあったら連絡ください!」…というお座なりな野沢刑事の言葉とともに、私は開放された。
私は妙に気の抜けたような気分で病院への道をたどっていた。

復讐は見事に彼女らが果たしてくれた。ヤツが“やったことをそのまま自分の身に受ける”という形で。…しかし娘はもう戻ってはこない。
早晩彼女らは私の命を奪いに来るだろう…。それを逃れようとは思わない。ただ、心配なのは、今も起き上がることさえできない妻のことだった。

しかし、私が病室へ戻ると妻がベッドに起き上がっていた。その顔にかつてのような笑みさえ浮かべて。昨日まで暗く感じていた病室の照明が、明るくなったようにさえ感じられた。
驚いた。何が起こったのかと聞くと、「娘の友達」と名乗る二人の女が訪ねてきたのだという。

そして、「娘さんから預かっているものがある」といい、不思議な「光」のようなものを渡したのだという。
女たちはそれを娘の持っていた「命の光」だと告げたらしい。そしてそれを受け取った妻は、胸の奥が暖まるような感覚と、身体の中から漲るような力を感じたという。

「こんな状態じゃあの娘も喜ばないなって思って。あの娘のために何かできることをしなきゃって思ったの」
そんなことまで言い出す妻を、私はあっけにとられて見ているだけだった。しかも、その二人の女というのは… どうも“あの二人”のように思えてならなかった。

…そして、あれからだいぶ経つが、私はまだ生きている。

妻は娘の遺志を継ぎ、麻薬撲滅の運動の為に忙しく働いており、以前よりもむしろ活動的になったようにさえ見える。

私は… 夢を見ていたのだろうか。

“あの二人”は、あれ以後二度と現れることはなかった。

そして…。あの出来事も、夢なのか…?現実なのか…? 

…それは今もわからない。


 *** *** ***

“あの病院”の4階の病室の窓から、二人の女が外を眺めている。

そこから見える病院の入口には、中年の夫婦が看護婦長と言葉を交わし、お礼を述べていると思しき姿があった。
そして、明るい日差しの中を歩み去る夫婦の足取りには、悲劇を乗り越えて歩もうとする、しっかりとした意思と、強い活力さえもが感じられた。

…それを眺めていた栗毛のショートカットの女が口を開く。

「…でもねえ… えりちゃん “壁に耳あり” よりも “障子にメアリー”のほうが怖いと思うんですよねー」

「…はい…?」

色の白い、ロングの黒髪の女が訝しげに訊く。

「いや、メアリーさんていうからには、金髪か赤毛の、白人の女の人だと思うんですよねっ!」

「それが大きい目で、じっと障子の向こうから見つめてるんですよー!? 怖くないですかー?怖いですよね!?」

「なにそれこわい」