『始まりを知る二人の朝。』


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子供が走って来る。母親を急かすように走っているため、目の前に居た
彼女に気付く間もなく、その身体に激突してしまう。
軽い衝撃だったが、それでも予想外の反動で子供は地面に倒れ込んだ。

 「すみません、この子ったら」

母親はぽかんとした表情で彼女を見る子供を叱りつける。
が、子供は何が起こったのか分からないのか、母親が怒る理由が
分からず、徐々に目が涙を溜め始めていた。
彼女は慌てて母親をなだめる様に呟く。

 「大丈夫ですよ、ごめんなさい。私もよそ見をしてて」

そう言うと、母親は謝りながら子供を起こし、手を握って去って行った。
今日から新しい年を迎え、子供達は今、冬休みの真っ最中だ。
寒い風が肌に触れるが、白い雫はこの都会に来て何度も見ていない。
買いもの袋から温かいココアの缶を取り出し、彼女は空を見上げた。

 隣には誰も居ない。誰かが居ない買いものが始まって、もう。

携帯が鳴って、誰かのメールが受信された事を告げる音。
夕方の刻。
ああ、そろそろ帰らなくては、彼女が来てしまう。
不思議なこともあるもんだと、彼女は思った。

 ご飯をしようと言ったのは、彼女だった。

そんな誘いをしてくるような人間ではないと思っていた。
その場に一緒に居るから食べるようなことは何度もあったが。
その場に集まって食べよう、という事はあまりしない方だと思っていた。

それも彼女の、道重さゆみの家で。

その為に買いものに来たが、正直料理が上手いとも言えないので
とりあえず惣菜やレンジでチンが出来る鍋物を買いこんだ。
彼女も彼女で何か持ってくるらしい。

 昨日は夜から下の子達が集まり、日の出を見に行った。

謹賀新年の挨拶をする真面目な子ばかりだが、集まるとそこは子供。
騒がしい。とにかく騒がしい。
こんな光景で若さを感じるというのは道重としても悔しさが沸くが
そんな事を思うほど彼女達の元気さは面倒でもある、が、楽しい訳ではない。
大きく言わなくても事実、楽しかった。

 「嫌いじゃないから、良いんだけどねえ」

呟いて、空き缶をゴミ箱に捨てる。歩を進める。
一人の道を、自分が帰るべき場所へ、そうして確かめるように。
白い息が上がる、ああ、誰の温かみも感じない、この一刹那。
新しい年なのに。

家に帰ると、暖房を付けて行ったので温かい風が冷たい肌に沁みる。
適当に取り出してレンジという名の料理をしていると、電子音が鳴った。

 「やっぴー、さゆ」
 「いらっしゃい…って、なにそれ?」
 「ん、なにって、ケンタッキー」
 「それだけ?」
 「あとはんー、デザート。冷蔵庫に入れとくけん」

長四角の箱に4つほど入ったチキンを嬉しそうに見せる田中れいな。
鍋物もあるのに、と思ったが、まあ食べれるだろう、と。
なんだかんだで、温まったこたつの中に潜り、持ちよった料理をテーブルに置き
冷たいものとしてお酒を用意して、それを注いでいく。

 そういえば高橋愛は、自分が成人だった頃は眼前でお酒を飲むのは控えていた。
 新垣里沙もそう。
 飲む姿を見たのは、道重や田中が成人になってからだろうか。
 ああ、確かその前に亀井絵里が。


チキンを食べる田中に対して、携帯を向けてボタンを押す。
何撮っとるとーと自分も隙アリと写メを撮り遊んでいく。
工藤や佐藤に見せたら嬉しいだろうねと言うと、見せたら怒るけんねと笑う。
アハハ。
アハハ。
会話は他愛のないものばかりだが、ほぼ下の子達のことばかりだ。
暗い話は似合わない、特に田中は、そういう話は似合わない。
だから道重も言わない。
不安さえも口にしない、彼女の前で話すことではない。

 似合わないから。似合わない、こんな新しい年に。

お酒を飲んで、頬を赤らめる二人はテーブルの料理に箸を入れる。
意外なほど、二人であの量を消化している事に今更気付く。
酔ってしまったのだろうか、瞼が少し重い。
田中は何も言わずに口を動かす。そして何も思わずに、紡いだ。

 「なんか、こういうのって初めてだよね。二人でって」
 「んーそうっちゃね」
 「なんで誘ってくれたの?」
 「なんでやろ、下のヤツばっかりおるから、ちょっとこういうのもいいかなって」
 「それなら一人で食べてもいいんじゃない?」
 「ん、んーなんかいな、なんか、さゆなら良いかなって」
 「なにそれ」
 「空気読めるし」
 「あはは、どうしたのれいな、なんか」

ああこんな役目は高橋がやる事だった。
田中的にはジュンジュンに甘える姿が多かっただろうか。
リンリンが面白い事を言ってくれた。
光井が相談にのる所で、久住が適当に空気を変えてくれた。

自分には似合わない。似合わない。

 「なんか急に、寂しくなった?」

それは自分の答えだ。自分で問い掛けた、答えだった。
一人で買いものをするようになって、一人で居る機会がほしくなって。
下の子達が増えて、田中の笑顔が増えて、自分の楽しみが増えて。
それでも少なからず、そこに、底に存在するわだかまり。

 「変わることはきっと、間違いじゃないんだよ。
 ただどうしても寂しくなるのはね、どんな時でも自分が、自分だからなんだ」

誰かの声がふと、思い返される。
田中がお酒を一杯煽ると、時計を見て「あ」と口を開けた。

 「もう2日やね」
 「そうだね」
 「今年は何があるかいな。また敵と戦うんやろね。いつまで続くとかいな」
 「どっちかが飽きるまで、だよ」
 「そうっちゃね。さゆは、飽きた?」
 「飽きたとは言えないけど、でも慣れなきゃいけないとは思ってる」
 「…そうやね」

田中はお酒が無くなって口を尖らしたが、道重が手元に残っていたお酒を注いだ。
あの頃には出来なかった事が今こうして出来ているという現実。
欠けてしまった誰かに、でもいつかはまためぐり合えるのだろう。
繋がっているならきっとまた、会えるのだ。

 「ま、今年もよろしく」
 「…うん、よろしくね、れいな」

日常は変わっていく。自分達も変わっていく。環境も、世界も、変わってく。
誰かが居なくなってしまった、誰かが居てくれた。
その差はあまりにも深く、存在力は強い。
どちらも大切で、どちらも不安な要素を拭えないが、それでもきっと、これが
自分にとっての現実だということを受け止められる日が来る。

掲げて、掲げよう。
新しい世界に手を振って、自分の存在を掲げよう。



 「あれ、絵里からあけおめメール来てる」
 「マジで?もう2日になっとうとよって文句言ってやりぃよ」
 「多分これ打って寝てると思うけどね」
 「あはは、そういえば愛ちゃんからも来てたよ」
 「ガキさんからも来てた、デコ付きで、コッテコテのヤツ」
 「れなのも良い感じやったっちゃろ?」
 「あれってどこのサイトにあったの?」
 「ちょっと待って、無料でいいところ見つけたったい」

日常の切り替えはきっと、誰でも可能なことなのだ。
少しだけ思い出に浸れたよ。
親友の姿を思い出しながら、携帯の返信を送った。