『年を越えて―――under the same sky』


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喫茶「リゾナント」は随分と賑やかだった。
今日という日はお祭りだと言わんばかりに、だれもが笑顔で騒いでいる。
オードブルとお菓子、ジュースに缶チューハイ、どこから調達したのかスパークリングワインが机上には並べられ、大半は空になっている。

「里保っ!はい!」

そうして里保は顔が真っ赤な衣梨奈からグラスを渡された。
半透明なグラスの中身は、どう考えても水ではない。少し匂いを嗅いだが、明らかにアルコールの香りがする。

「焼酎?」
「いぇす!衣梨奈おススメ!銀滴ッ!」

おススメってどういうことだよと思いながらも、里保は促されるままに乾杯する。
チンという小気味良い音のあと、アルコールを煽った。喉をさらりと流れていく焼酎だが、思わずむせた。

「飲みやすかろ?」
「どこがだよ」

一瞬で酔いが回ることはないが、里保は未成年。
警察にこのタイミングで踏み込まれたら現行犯逮捕は間違いない。あれ、14歳だから少年法的にセーフかな?
あと、こういうのって責任者が捕まるんだよね。此処で責任者と言えば……あ、あの人だ。

「れーなぁ、料理がたりませーん」
「そう言うっちゃったら手伝えよ!」

さゆみは得意げに笑い、空になった缶チューハイ片手に厨房の方に声をかける。
ちらりと目をやると、厨房の奥では調味料を鍋に振りかけるれいなの姿があった。その隣には優樹がいて「たなさたーん、はやくぅ!」と急かしている。
優樹の後方では、遥が「邪魔すんなよ」と小言を漏らしつつ、皿と箸を用意していた。

「今年1年を総括すると?」

衣梨奈がぐいと肩を掴み、無理やり引き寄せた。
視線を絡ませると、相変わらず彼女は笑ったまま。ああ、なんかムカつくけど今日は怒らないよ。年に一度、だからね。

「うーん……成長、できたかな、少しは」

年に一度だからか、普段なら口にしないことを喋った。

「まだまだだけどさ、これからもっと頑張らなきゃだけどさ、少しは。うん、昨日よりも、ちょっとは前に行けたかなって」

里保は手の中のグラスを煽った。
相変わらず飲みやすいけど飲みづらい。苦手じゃないけど、まだ私には早いと思う。
そっか。焼酎ってこんな味なんだってぼんやり思う。くらくらと視界が回る。ヤバい、これはヤバいぞと手近のサイダーを飲んだ。

「で、えりぽんは……?」

そう振り返ると、彼女はすでにそこに居なかった。
あれ?と思うと、厨房からなにかを運んできた聖のもとに笑顔で走り寄っていた。
あの野郎、聞くだけ聞いてそれかよと肩を竦めて立ち上がった。一瞬立ち眩みがする。

「あ、取り分けますね」
「いーよ、直箸で」
「いやダメでしょ」

春菜がそうして、れいなの作ったパスタを取り分けた。
あの短時間でよくこんなものがつくれるなと里保はいつも感心する。自分が此処のマスターを任せられたって、こんなのできやしない。
どうしよう、いつかひとりでお留守番とかになったら、なんてぼんやり妄想していると、春菜から「ハイ」と渡された。

「あ、ありがと」

笑顔でそれを受け取り、手近の椅子に座った。
相変わらず世界はぐるぐる回ったまま。まずいなー…マジで酔ってんじゃん、これ。
えりぽんのせいだ、あーーーもう。うーーーー……サイダー…

「あれ、酔ってんの?」

その声に顔を上げると、クリスピーチキンを頬張る香音が立っていた。
香音は里保の隣に腰を下ろし、手をぶんぶんと振った。目は覚めているが据わっているらしい。里保は「うん」と頷いた。

「飲まされたの?」
「飲まされましたー」
「なにを?」
「ぎん……ぎん……ぎん、てきぃ?」
「あ、えりちゃんが持ってた焼酎ね。あれどこで手に入れたんだろ?」

そんなの私が聞きたい。
たったグラス1杯で酔うのは、酒に弱い証拠なのだろうか。とはいえ未成年なのだからしょうがないとも思う。
無性に喉が渇く。だがグラスの中の焼酎を煽る勇気はない。あーーー、サイダー………しゅわしゅわぽん。

「なんか、こういうの良いよね」
「うん?」
「皆でさ、年越しできるって良いよね」

香音はしみじみとそう言った。
確かに、こうやって大人数で大晦日から元日を迎えるのも悪くはない。
そりゃ未成年がアルコール摂取して、法律違反だということは重々承知だが、今夜くらい、大目に見てほしい。

里保はくらくらする頭でぼんやりと思考を巡らせた。
いろいろな境遇の、いろいろな能力を持った人たちが此処に集った。
だれかがだれかに手を差し伸べ、私のその手を掴み、そしてまた、私もだれかに手を差し伸べた。
そうして時間が過ぎ、果てない共鳴はつづいていった。

平和は長く続かないかもしれない。
不穏な空気を携えて、闇はすぐそこまで迫り、私たちを静かに呑み込んでしまうかもしれない。
だけど、そんなときでも、私たちは手を取り合って立ち上がろう。
そんな日がいつ来ても良いように、そして永遠に来ないことを祈りつつ、今夜は騒ごう。
長い1年を振り返り、少しだけ前より成長できた自分を褒めつつ、また次の1年も必死に生きていこうと。


「あーー!花火ですよ!!」

亜佑美の声にふと我に返った。
花火?もう年を超えたのか?と時計を確認するがまだ30分も早い。
みんながぞろぞろとドアを開けて外に出る。冬の風が頬を撫でた。寒い。寒い。あ、でも酔い醒めそう。

「フライング、ですかね」

聖はそうして夜空を仰いだ。
ドン!ドン!と花火が2発、3発と上がる。
フライングにしては数が多いが、まさかこのまま年越しまでの30分間上がりつづけるのだろうか。

「お金かかってるなー」
「そういうこと言わんと」

静寂の夜の闇を切り裂くように、大輪の花が咲く。
ぼんやりとそれを見ながら、隣に輝いた星を数えた。
キラキラ、キラキラと、星が1・2・3。その真横に堂々と輝くは雪白の月。満月は街を照らした。

「みーんな、見てるかな」

ちらりとその声の方を見ると、さゆみが白い息を吐きながらぽつりと呟いた。
その横にいるのはやはり彼女で、クスッと肩を竦め「どうやろねえ」と笑った。

「絵里とか寝てたりして」
「ありうるわー。愛佳はきっちり起きてメールとかくれそうやけど、小春はどうやろ?」
「年越しとか興味なさそうだけどねー。愛ちゃんはガキさんと中国行くとか言ってたけど」
「ああ、ジュンジュンとリンリンに会うとか言いよったね。時差ってどんぐらいやっけ?」
「日本のマイナス1時間。だからメール来るの遅れそうだよね」

さゆみもれいなも目を細め、夜空を仰いでいた。
夜空に咲く花火は見えなくても、あの雪白の月ならば、世界中どこからでも見えるはずだ。今日は中国も晴れだとさゆみが嬉しそうに話してたっけ。
同じ空が繋いでいるとはよく言ったものだ。
それぞれがどのような想いを抱えていたとしても、この寒い空の下にみんながいる。
同じ月を、もしかしたら仰いでいるのかもしれない。時が流れても、人が変わっても、想いはずっと受け継がれていく。
それって実は、凄いことなんじゃないかなって、そう思った。

「さあ。寒いから入ろっか」

さゆみのその声に促され、私たちはぞろぞろと店内に戻った。
相変わらずぐちゃぐちゃだが、今日は何処で寝るのだろうと一抹の不安を里保は抱えた。

「里保っ!里保っ!」

後方から強い衝撃を受けてうんざりして振り返る。
肩をグイと掴んできた衣梨奈は相変わらず真っ赤なままだ。これは酔っているのか、それとも冬の空気のせいか、分からない。

「今年1年を総括すると?」

衣梨奈はそうしてアナウンサー宜しくぐいと手を突き出してきた。
ああ、こいつ。全然酔いが覚めてないじゃないかと里保は肩を落とした。


2013年の幕開けまで、残り15分を切っていた。