『絶望を越えた処に希望がある』


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【みっともなさすぎる言い訳】
  • へるみ~で短いのを書こうと思ったらこんな惨憺たる有様になりましたよっと
  • まあでもせっかく書き上げたんだから保全の一環として投下してもいいよねw
  • 生田さんとか色々アレですしおださくの能力はチートそのものですが劇場版ゆえのパラレルなんだなあっていう感じで受け止めて欲しい
  • 道重さんは療養中。 れいなはリゾナントを去った後。登場していない面子も他のどこかで戦ってます




絶望の底に沈む少女。
目の前に広がる五つの無残な死に様。

弩に喉元を撃ち抜かれた屍。
槍で心臓を貫かれた屍。
5.56ミリのライフル弾で身体を蜂の巣にされた屍。
鉄球に砕かれた脳天から脳漿を撒き散らした屍。
レールガンで胴体が消滅した為、頭と手足しか残っていない屍。

年齢の推定が不可能な状態のものもあるが、いずれの屍も生きていれば絶望に打ちひしがれている少女と大して変わらない年頃だろう。
体の震えを無理やり押さえた少女は屍から流れ出た血が溜まっている床に掌を押し当て、少女たちの血を自らが身につけていた漆黒のドレスに塗りたくる。

「クロノス。 時を戻して」

少女が詠唱すると飛び散っていた肉片や血液が屍の元に戻っていく。
まるで動画を逆回転で再生しているように屍が身体に再構築され、その死因となった銃弾や凶器が逆再生の動きで射出装置へ戻っていく。
やがて時は戻り…。

「あなたがさくらさんですか」
「うちらは正義の味方やけん」
「あなたのことを助けに来ました」
「時間がありません。急いでください」
「何グズグズしてんだよ!!」

口々に叫ぶ少女たちの中でもっとも年下で少年のような面持ちをした少女が顔を歪めその場に座り込んだ。

「あ、あたし死んだ。 レールガンで身体を粉々にされて」

少年のような少女に声をかけようとしたほかの少女たちも口々に恐怖の叫びを上げる。
さくらと呼ばれた少女は自分を救いに来たという少女たちに背を向ける。

「あななたちが今見ているものは幻覚でも夢でもありません。 たった今、ほんの数分前にあなたたちの身の上にあったことです」
「でも今私たちはこうして生きていてあなたと話をしてるじゃない」

少女たちの中でリーダー格なのだろうか。
年長者の雰囲気を漂わせる少女はどうにか平静を保っていた。

「時間を戻させていただきました」
「何ですってそんなことができるの」
「私の中にいるクロノスは時間を操作するチカラを持ったイリュージョナリービーストです」

「イリュージョナリービーストという言葉を聞いた一人の少女が歩み出た。
リィオォォォーン!!
少女の叫びと同時に空間が軋む気配がした。

「じゃああなたには私のリオンが見えるの?」

さくらと呼ばれた少女は少しだけ振り返った。

「かわいいライオンさんですね」
「じゃああなたにもDシステムが」
「あなたのイリュージョナリービーストはDシステムとやらによって呼び出せるのですか」

さくらは頭を振った。

「Dシステムがどういうものかは知りませんが私のクロノスは違う」

「クロノス。時を司ると言われている神がこの娘の…」

スタンドと言い掛けた口を噤んだのは飯窪春菜。
今は個人の趣味や嗜好を気軽に口にしていい場面ではないという分別は弁えている。
【五感共鳴】という能力を持つ彼女は対人戦闘では最強のポテンシャルを秘めている。

「クロノスははじめから私と共にいる。 私がこの世界に存在したその時からずっと一緒に。

さくらの言葉に違和感を覚えたのは譜久村聖。
五人のリーダー格だ。

「ごめん。 今のあなたの言い方―この世界に存在したその時じからってどういうこと?」
「そんな細かい言い回しとかどうでもええっちゃろ。 早くこの子を助け出して逃げんと」

譜久村聖に食ってかかったのは生田衣梨奈。
他者の精神を焼き尽くす【精神破壊】は衣梨奈自身の中に潜む悪竜だ。

「やべえ。 鈴木さんが危ない。 鞘師さんと魔女も硬直状態だし。 早くこっちを片付けて助けに行かねえと」

自分たちがいる地点から離れた地点で戦っている仲間の苦戦を伝えたのは工藤遥。
【千里眼】と呼ばれる彼女の能力は視界に入らない場所を視覚的に捉えることができる。

「どうぞ私にはお構いなくお仲間のことを助けに行ってあげてください」
「そんなことができるわけないでしょう」

感情を押し殺したようなさくらの言葉に反応したのは石田亜佑美。
イリュージョナリービースト“リオン”を召喚できる彼女は五人の中では最強の戦闘力を有する。

「私は特異点です。 何者からの影響も受けず、何者からも干渉されずただそこに存在し続ける存在です」
「存在し続けるって?」
「私は私であることを認識した時から今のままの状態でした。 そして何百年も変わらずに在り続けている」

それってまるで化物やんと言葉にしてしまった生田衣梨奈を怖い目で視殺した聖は、さくらに謝罪すると手を差し伸べようとした。

「ひっ。何この蜘蛛の巣みたいなもの」
「この国の国教会の最高権威の法儀によって張られた結界です。 化物として、魔女として恐れられた私を封印するためのもの」

ある日突然さくらはこの国に存在した。
出現したのではない、存在したのだ。
肌の色、髪の毛の色、瞳の色が自分たちとは異なり、勿論言葉も通じないさくらの存在は民を困惑させた。
困惑は恐れへと変わり、この国の当時における最高の智嚢とされる国教会がさくらの素性を調べることになった。
調査とは名ばかりの異端審問。
審問の名を借りた拷問がさくらを傷つけることはなかった。

「私の体が傷つく前にクロノスが時間を戻してくれたのです」

クロノスの効果で囚われの身を脱したさくらだったが、この国における異端である事実は変えようもない。
再び注がれる奇異の視線そして…。
何度も捕まり何度も審問を受けることになった。

「でもその度にクロノスが時間を戻して私を助けてくれる。 浅ましいものですね。 呪われた生を終わらせたいと思ってるつもりでも心の中ではしいたくないと思って、助けを求めてるんですから」
「浅ましくなんかない。 生きたいと思うことは当たり前のことなんだよ。 だからさあ」

石田亜佑美の声はさくらの心に届かなかった。

「クロノスの時間操作の効果は人間の記憶をリセットします。だから私に対する異端審問も行われなかったことになり最初から繰り返されることが続いたのですが、やがて様子が変わってきました」

クロノスの時間操作は特異点であるさくらを基点として時間を戻し、さくら以外の人間の記憶はリセットされる。
但し、さくらと関わりを持って因果律に組み込まれた人間の記憶は残る。

「審問官の中に時間が何度も戻っている可能性に気づかれた方が現れました。 そして私を傷つけることができないと判断した国教会は私を魔女として封印することを決めました」

まるで家電製品の説明書を読むように淡々と自分のことを明かすさくらに衣梨奈が噛み付いた。

「はぁ~。 なんでそんなに冷静でおられる。 あんたのことやけん。 あんた自身のことやけん」
「衣梨奈、そこは違うでしょ」
「黙っとり、聖。 衣梨奈、ムカついたけん」

口論になりかける聖と衣梨奈にさくらは声をかける。

「あなた達はお優しいんですね。 こんな私を命懸けで助けてようとしてくれるなんて。 でも…無駄です」

国教会は危険極まりない異端の魔女として、最高の法儀によってさくらを封印した。
それだけでその国教を信じる者にとっては完全無欠の抑止力となる。
しかし異国の人間や異教徒が驚嘆すべき異能を持つさくらを我がものにしようとする可能性を鑑みて、兵器による防衛システムを構築した。

「弩も投槍機もモーニングスターも自動小銃による弾幕もレールガンも。 全てその時代の最新鋭の兵器が防衛システムに加えられていきました」

今現在さくらが幽閉されている空間までの経路の警戒システムも聖たちの命を奪った最終防衛システムも仮想人格を持った最新鋭の量子コンピュータによって制御されているという。

「私を救い出すにはあなたたちはあまりにも非力で愚かです。 どうか私のことは放っておいてお仲間を助けに行ってあげてください」

それがさくらからの最後通告だった。
背を背けたまま聖たちの呼びかけにも反応しなくなった。

「やっぱむかつく。 ちらっとしか見とらんけど野暮ったい顔しくさっとるくせに」

結界の存在に構わず突っ込もうとする衣梨奈の腕を聖は掴んだ。

「さっきあたし達が死んだ時のこと覚えてるよね。 この結界にこれ以上突っ込もうとすると防衛システムが発動する、 無駄死にだよ」
「構わないっちゃ。 そんな銃弾なんかくぐりぬけてあのクソ生意気なさくらをぶっ飛ばす」
「危険を冒すのなら聖の為に冒してくれる。 そしてもしも死ぬんなら聖の為に死んで」

凄みを帯びた聖の言葉に流石の衣梨奈も沈静化する。
そんな二人を尻目に工藤遥がさくらに言葉を投げかけた。

「オイッ。 お前何で涙流してんだよ。 平気な振りしてるけど本当は悲しいんだろ、寂しいんだろうが。こっち向けよ」

ゆっくりと振り返ったさくらの眦には涙が湛えられていた。

「この涙は自分の愚かさを憐れんでの涙です。 どうせ叶わないはずなのに自分が封印から逃れて自由になれるのではないかと儚い夢を抱いた自分があまりにも情けなくて」
「その胸元が濡れているのは私たちが流した血なんだね。 それと触れ合うことで私たちに記憶を残るようにしたんだ」

その記憶を武器に今度こそは救い出すと告げる聖にさくらは寂しく首を振った。

「あなた達はいったい何回死んだと思ってるんです」
「…さっき一回死んだんだよね」
「あれはあなた達にとって十回目の死です」

さくらの言葉に五人は息を飲んだ。

「最低でしょう、私って。 あなた達が何回も無残に命を落とすのを目の当たりにしながら、今度こそはここから連れ出してくれるのではないかと期待して時間を戻して」

この空間に足を踏み入れた五人に結界や防衛システムの存在を告げたり、兇弾が五人を襲う直前に時間操作を発動して軌道から逃れられないかと試みた全てが徒労に終わったことを明かした。

「本当に最低でしょう。 自分が救われるためにあなた達の命を犠牲にしようとして」
「それは違うわ。 あなたが時間を戻したのは、私たちを死なせたくはないからでしょう」
「でもっ」
「いいえ、そうに違いない。 そしてあなたが何者からの影響も受けない特異点だというのも違う。 だってホントにそうなら私たちのことでそんなに涙を流したりはしない」

優しく告げた聖は仲間に発破をかける。

「さあ、さくらちゃんをこれ以上悲しませないためにも、今度こそはしくじるわけにはいかないわね」

聖を含めた五人の戦意が高揚する。
五人を制止しようとするさくらに聖は言った。

「あなたが言ったように私たちは非力で愚かです。 
 私たちの先輩が今ここにいたらあなたのことを簡単に助け出せたかもしれないのに、こんな私たちでゴメンね。
 でもこんな私たちでも偉大な先輩方から引き継いだものがある。 それはどんなに叩きのめされても諦めない心。
 ひょっとしたらそれだけは先輩方にも負けてないかもしれないその心で何百回死んだってあなたのことを救い出すから」

聖の決意に四人の仲間が賛同して頷く。そして。

「でももしあなたがもう私たちを死なせたくないと思うならもっと心を開いて、思いの丈を聞かせて。 その言葉が私たちの力になるから」
「…て……さい」
「えっ、聞こえない。もっと大きな声で」
「私のことを助けて!!」
「うん、助けるよ」

聖の眼が戦士のそれに変わった。

「あゆみん。 リオンならこの結界に侵入できるよね」
「多分できるけど、さくらちゃんのところまで行けるかどうか」
「多分はいらない! 結界を歪めて人間一人通れる路を作って」

聖の剣幕に押されるように亜佑美はリオンに命じた。

「リオン! ゴー!! この結界をこじ開けて!。 平らげちゃってもいいから」

空間が軋み、空気が揺れ動く。
亜佑美とさくら以外は目にすることが出来ないが、猛々しい獅子が国教の最高法儀によって張られた結界を食い破り侵入を試みる。

 >【結界への侵入者を感知。 防衛システム作動】

感情の込もっていない機械の音声が急を告げる。
そして弩が鉄球が槍が銃弾が結界に乱れの生じている部分へ痛打を浴びせる。

「うわぁぁっ」

イリュージョナリービーストが見えない聖たちには何もない空間上に兇弾同士が炸裂して火花が散っているようにしか見えないが、リオンが受けたダメージの何パーセントかが使役者である亜佑美にフィードバックされているのは間違いない。
激痛に耐え兼ねたあゆみが助けを求めた。

「はるなん、お願い」
「判ってる。 今さゆみんと痛覚を共有した。 痛みを分け合おう」
「違うっ、私の痛覚を麻痺させて」

そうした方が今亜佑美の受けている苦痛は軽減できるが、その結果肉体の耐えうる限界を越えて亜佑美が頑張ってしまえば命を落としかねない。
自分が痛覚を共有することで亜佑美の苦痛を和らげ、その限界を見極めて場合によってはリオンを退かせる。

「あの子を助けるためにあゆみんが死んだら意味がない。 これでいいんですよね譜久村さん!」

そう叫んだ春菜や亜佑美の腕や顔から血が滲み出していた。
それを目の当たりにした聖はリストバンドの中に保管していたシールを手にした。
それは治癒能力者である道重さゆみの能力を聖の能力複写によって転写したものだ。
敵との戦いで負ったダメージが癒えない道重が無理を押して聖に託した貴重なチカラ。
その数はあと4枚。

命の重さに変わりはないけど、誰にこのシールを使うか私が決めなくちゃいけない。
私たちをこの空間に向かわせるために強力な敵と戦っている三人の仲間。そしてこれからもっとも危険なミッションをこなすことになるのは…

「二人ともゴメン。 まだシールは使えない。 そのまま踏ん張って」
「私は大丈夫。 まだまだ余裕だから!」
「『任務は遂行する』『あゆみんも守る』「両方」やらなくっちゃあならないってのが幹部のつらいところだな」

言葉を交わして居る間にも電流に打たれているように二人の体が打ち震えている。
急がなくては…。

「くどぅ。 結界の歪みを見極めた上で私をレールガンの軌道線上まで誘導して」
「そんなことしちゃ聖が危ない」
「今は聖がリーダーだから、聖の言う通りにして!!」

聖の気迫に気圧された遥が持ち前の【千里眼】のチカラで聖を誘導していく。

「聖、何をするつもりっちゃ~」
「衣梨奈は待機! 久々にあれをぶっ放す覚悟を!」
「あ、ああ」

亜佑美の召喚したリオンが結界を歪ませ、銃弾を引き受けてくれたことで出来た路を聖は歩いて行く。

「そこをちょい左。 聖、ホントヤバいって」

聖を誘導している遥は今にも泣き出しそうだ。
聖の腕に何かが触れた。
それは見えない蜘蛛の巣上に張られた結界の一端。
リオンによって歪められはしたが、その本来の目的を果たすべく聖の体に触れた。

さっきも感じたけどこの結界に込められた思念はいったい?

譜久村聖の本来の力は接触感応だ。
物体に触れることでその物体に以前に触れた人間の残留思念と感応する能力だ。
実体のない結界といえど概念として存在する以上、聖の精神と感応する。
さくらという得体の知れない存在を恐れる善良な民衆の思念。
さくらという異端を封印しようという正義の思念。

この空間に張り巡らされた結界は正義の名の元に存在する。
自分を、家族を、友を、同胞を異端から守ろうという善意の塊が聖の精神に侵入し、侵食しようとする。

その時代に生きたこの国の人たちからみればそれは純粋な善意に基づいた行為なのかもしれない。
でもあんな可憐な少女を封印することが正義だというならそんな正義は…。
譜久村が許しませんわ。
体の自由を奪おうとする思念に抗いながら聖は視線を前方に転じた。
そこにはこの空間に設営された防衛システムの中でも最強にして桁外れの殺傷力を有するレールガンの砲身があった。

「レールガンが起動した。 今照準用のレーザーが照射される」
「みずきーーーっ!!」
急を告げる遥と衣梨奈の声が響く。

さくらさんの召喚するクロノスの効果で巻き戻された時間と保持された記憶が確かならば私は先刻、弩で喉元を貫かれた。
その瞬間を思い起こすことで、その時感じた激痛すら体に感じてしまう。

確かに痛くて苦しかったが、即死じゃなかった。
苦悶の中で私の目に映った。
遥の胴体にレールガンの照準用のレーザーの赤い光がポイントされる瞬間が。
それから二三秒のタイムラグが生じ、遥の肉体が粉砕された。

対人用の兵器としてはレールガンは明らかにオーバースペックだ。
そんなものが設置されている目的は重装甲の走行鎧のような足は遅いが通常の火器では対抗できない敵戦力を想定してのことだろう。
そんなレールガンが徒手空拳の自分たちに稼働したのは突入した際の隊形と個々の防衛システムの位置関係。
そしてリゾナンター五名の移動能力の差異がもたらした偶然のいたずらのようなものだと聖は考えていた。
だが今自分はレールガンを稼働させるために敢えてその射線上に身を晒している。

保全された断末魔の中で確かに聖は感じたのだ。
一瞬、ほんの一瞬、死の寸前自分は闇に包まれた。
それは死の寸前に誰もが垣間見る現象なのかと思ったが、レールガンの威力やその発射の行程の記憶を遡ることで一つの仮説が生まれた。

あのほんの一瞬の暗闇はレールガンの発射によって起きた瞬間的な停電だと。
そう絶大な破壊力を有する兵器を使用するために、防衛システムを管制する量子コンピュータ以外を除くかなりの施設で使用する電力がレールガンに回されている。
それほど大量の電力を必要とするレールガンの照準や発射には量子コンピュータの直接管制が不可欠な筈だ。
あらかじめ計算され尽くした軌道を移動する鉄球や槍や弩のような原始的な武器や、安価な弾丸を撒き散らして弾幕を張る銃器のようなわけにはいかない。
レールガンと量子コンピュータがオンタイムで繋がった瞬間に…。

何百年にも渡って塗り込められてきた正義という名の悪意に抗うように聖は右手を掲げ、その人差し指で標的を指差した。

「衣梨奈、あれをやってしまって」

ぐあああああああああああ。
咆哮と共に衣梨奈は疾駆する。
聖の指差すレールガンに向かって。
リオンによって歪められ一部を損傷しているとはいえ、聖の立つその場所から先の結界はいまだ健在だ。
ほとんどが手つかずの無傷に近い状態で残っている蜘蛛の巣は普通の人間なら一瞬で発狂してしまいかねないほどの精神的負荷を侵入者に与える。
しかし生田衣梨奈は違う。
生田衣梨奈は狂戦士だ。
石田亜佑美のイリュージョナリービーストとは異なるが、【精神破壊】というチカラもまた衣梨奈の精神に巣食う魔獣であることに違いはない。
衣梨奈の抱いた怒りや憎しみの負の感情を強烈な波動に変換して放出するチカラは、その毒で衣梨奈自身を壊してしまいかねない悪竜だ。
他の仲間を壊してしまわないために、そして何より衣梨奈自身を壊してしまわないために本来なら本来なら心の中で握り締め、使わないと決めたチカラを衣梨奈は今解き放とうとしている。
救うべき者を救うために。
守るべき者を守るために。
理不尽に虐げられし者を解き放つためなら、狂気の炎で己を焼き尽くそうとも構わない。
それが生田衣梨奈の正義。

ぐがあああああああああああああああああ!!
雷鳴よりも猛々しく、嵐よりも雄々しく、悪魔よりも禍々しく駆け抜けた衣梨奈は合金製の砲身に最大限のダメージを与えるため跳躍した。

「マイィィンディストラクション!!!」

一人の少女を何百年にも渡って封印してきた存在への怒りから生まれた凶悪な波動が防衛システムのオンラインを逆流していく。

「量子コンピューターかなんや知らんけど、仮想人格があるんやったら衣梨奈のこのチカラも絶対に効かんはずないっちゃ!」

 >【システムに異常発生 解析不能なハッキングによってシステムの80パーセントが汚染 システムの保全を図るために緊急シャットdwtw34#…】

防衛システムの電子音声が途絶えた。

「やりましたわ」「やった」「やったね」「やったぜ」

衣梨奈を除く四人のリゾナンターが口々に歓声を上げる。
【精神破壊】を放った衣梨奈の身体からはイエローウィッシュ・グリーンの光が立ち上っている。
優しげな光で包むことで衣梨奈が完全に狂気に堕ちるのを防ぐように。

 >バックアップシステム起動 侵入者の殲滅を最優先 全施設内に神経ガスを放出 一分前

だめだった?
確かにこれだけの防衛システムを構築してる以上、二段構え三段構えで対策は講じているのは当然だといえる。
どうすればいい?
クロノスの効果で時間をどれだけ巻き戻せるかわからない。
神経ガスが放出される前まで戻せることができれば、あるいはこの空間に突入する前まで戻せたならまたトライできる。
この失敗の記憶を元に対策を練る。
鞘師里保、鈴木香音、佐藤優樹。
今ここにはいない仲間。
聖たち五人をこの空間に向かわせるために難敵と戦っている仲間。
一旦退いて、彼女たちに加勢して敵を各個撃破。
八人顔を揃えたところでもう一度挑戦してみるべきか。
あるいは日本に帰って先輩の力を借りる。
久住さんの電撃なら防衛システムを完璧にシャットダウンできるかも?
そして光井さんの予知能力と明晰な頭脳。
高橋さんなら結界を無視してさくらちゃんを連れ出すことができる。
もし先輩たちを動かすことが難しいなら、私の能力複写でチカラを…。
ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。
それではさくらちゃんをここに置き去りしてしまうことになる。
特異点である彼女の記憶はリセットされない。
何百年と積み重ねてきた孤独の記憶に新たな一ページが加えられてしまう。
でも今日の一ページはこれまで積み重ねてきた中の一ページとはわけが違う。
ここまで肉薄してもう少しで、あと少しで助けられるところまで来たのに私たちが無力なせいで届かなくて。

それはどんなに苦しいだろう。 どんなに悲しいだろう。
そんなかなしみを抱えたままでさくらちゃんを孤独の檻の中に残して行くわけにはいかない。
だったら…。

「衣梨奈。 悪いけどやっぱ死んで」
「ラジャー!」

「譜久村さん!!」

飯窪春菜が、石田亜佑美が、工藤遥が異口同音に聖を詰る。
その非難を敢えて聖は受け止めた。
もしもこれで衣梨奈が命を落としたら。
仮にクロノスの時間操作の効果で、衣梨奈に何のダメージも生じていない安全圏内の時間まで戻ったとしても自分は生きていられない。

衣梨奈の体から立ち上っていたイエローウィッシュ・グリーンのオーラをかき消すように紫の焔が燃え上がる。
それが生田衣梨奈の本来の精神の色。
狂気の紫。

くわはははははは。
狂人の哄笑と共に紫の焔を帯びた右の手刀をレールガンの砲身に振り下ろす。
何の躊躇いもなく。
正常な精神なら己の身体が傷つくことを厭って、出来ない筈の行為も今の衣梨奈にとっては造作もないことだ。
鈍い音と共に叩き折った砲身。
その代償として衣梨奈の右手の皮膚が裂け、血が吹き出した。

「漁師コンピュータの分際で魚群でも探知しとけっちゃ!!」

咆哮と共に砲身を壁に叩き込む。
壁の一部は崩れ落ちたがまだ健在だ。

「たった一人の女の子を捕まえとくためにここまでするようなやから一発ぶっ飛ばしたくらいじゃ衣梨奈も収まらんけん」

そして崩れかけた壁に向かって両の拳を叩き込む。
一撃で皮膚が裂け、二?目で骨が砕け、三?目で肉が飛び散り、一撃を見舞うごとに衣梨奈の拳が、腕が壊れていく。

「これはさくらの分! これもさくらの分! これもっ!これもっ!これもっ!これもっ!これもっ!これもっ!これもっ!
 これもっ!これもっ!これもっ!これもっ!これもっ!これもっ!これもっ!これもっ!これもっ!これもっ!これもっ!
 これもっ!これもっ!これもっ!これもっ!これもっ!これもっ!これもっ!これもっ!これもっ!これもっ!これもっ!」

一撃ごとに紫の狂気の波動が聖たちにまで波及する。
その一方で確実に減っていくカウントダウンの数字。
9、8、7、6、5、4、3まで進んだところでその数字は止まった。

「これもっ!これもっ!これもっ!これもっ!これもっ!これもっ!これもっ!これもっ!これもっ!これもっ!これもっ!
 これもっ!これもっ!これもっ!これもっ!これもっ!これもっ!これもっ!これもっ!これもっ!これもっ!これもっ!
 これもっ!これもっ!これもっ!これもっ!これもっ!これもっ!これもっ!これもっ!これもっ!これもっ!これもっ!
 これもっ!これもっ!これもっ!これもっ!これもっ!これもっ!これもっ!これもっ!これもっ!これもっ!これも・・・・

「衣梨奈」
「これもっ!」
「衣梨奈!」
「これもっ!」
「衣梨奈、もう止まったよ」
「これもっ!」
「もういいから」
「これもっ!」
「もういいから、ホントにゴメン」
「これもっ!」

もう原型を留めていない腕らしきものの残骸を武器に孤独な格闘を続ける衣梨奈を抱きしめた聖は、その身体があれだけの破壊と蛮行を行ったとは思えぬほどか細いことに気づいた。

「ありがとう」
「これ……み~ず~き~」
「衣梨奈」
「えりなはみずきのやくにたてたかな」
「完璧だったよ。ごめんね無理言って」
「じゃちょっとやすませてくれんね…」

体力以上のチカラを燃やし尽くした衣梨奈の両腕に治癒のチカラが転写されたシールを貼った。
道重さゆみと譜久村聖。
二人の精神から放たれる桃色の光が衣梨奈を包む。
どす黒く浮き出ていた血管も正常に収まり、その様子はとりあえず小康状態を保つ。

「どぅー、衣梨奈をお願い」

駆け寄ってきた遥に衣梨奈を任せると状況を確認する。
生田衣梨奈は行動不能状態。
石田亜佑美と飯窪春菜も疲労困憊。
工藤遥は比較的余力があるが、戦わせるのは正直心許ない。
ここにいない三人の仲間も無傷でいるとは思えない。
そして自分は…。
レールガンの射線に身を晒す危険を冒したとはいえ、傷ついてはいない。
しかし心は鉛のように重い。

こんな重圧の中であの人たちは戦ってきたんだ。
高橋愛、新垣里沙。
リゾナンターを導いてきた偉大なリーダー。
そして現リーダーである道重さゆみ。
自分なんかじゃあの人たちにおよばないことは百も承知だ。
でも今は自分が他の仲間の命を預かっている。
高橋愛が新垣里沙に亀井絵里に道重さゆみに田中れいなに久住小春に李純に銭琳に光井愛佳に手を差し伸べたところからリゾナンターは始まった。
高橋愛に手を差し伸べられた者が生田衣梨奈に鞘師里保に鈴木香音にそして自分に手を差し伸べてくれたから共鳴は絶えることなく続いた。
飯窪春菜、石田亜佑美、佐藤優樹、工藤遥。そして…。

譜久村聖は改めてさくらに手を差し伸べた。
何百年もの間、世界の脅威として封印されてきた特異点。
そんな彼女もまた共鳴という絆によって結ばれるべき仲間なのか?

「あなたを連れて行きたい場所がある。 紹介したい仲間がいる。会わせたい人たちがいる」

聖の手を見ながらさくらは震えていた。
その手を握れば数百年の孤独は終わるかもしれない。だがしかし…。

「私なんかが一緒に行けばきっとあなたたちに迷惑をかけてしまいます」

自分は特異点だ。
何者にも関わらず、何者にも影響を与えない存在であり続けるべきなのでは…。

「さっきも言ったけどこの状況はあなたが作りだしたものよ。 私たちが来るまでのあなたは絶望の真っ只中にいたかもしれない。 でも今のあなたは…」
「とても不安なんです」
「諦め切った人間は不安なんて感じない。絶望を越えた今のあなただから不安も感じる、けれど希望だって、ね」

行きましょうという聖の言葉に惹かれるようにさくらの手が聖の手へ重なった。
そして共鳴は続いていく。