『リゾナンターΧ(カイ) -2』


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。







とある住宅街の隅にある、小さな喫茶店。
立地からしてあまり流行らなそうなこの場所で、一人の少女が手持ち無沙汰気味にカウンターを雑巾で拭いていた。店の窓から見える空は、今にも泣き出しそうな空。おかしいな、さっきまで晴天だったはずなのに。
そんな少女の疑問などお構いなしに、雨粒かぽつりぽつりと窓を叩きはじめる。
今日の来客は期待薄、と少女が思いかけたその時だった。

からんからん。

喫茶店の扉につけているドアベルがレトロな音を奏でる。
カウンターを拭いていた少女が条件反射的に手を止め、来客者のほうへ顔を向けた。その顔は心なしか、緊張しているようにも見える。
無理はない。今日最初の、いや、少女が出迎える最初の記念すべきお客様だ。その人は少女・鞘師里保の記憶に永遠に残るだろう、というのは言いすぎかもしれないが。

その客人は本格的なロードバイク乗りの格好をしていた。長身の体にフィットした黒いボディースーツがよく似合っている。

客人は誰もいない店内をしばらくきょろきょろした後に、奥のテーブルに座り込んだ。徐に、メニュー表を開く。年で言うと里保より5、6こは上だろうか。真剣にメニューを選んでいるその表情は「美人」という言葉が相応しい。整った形でありつつも、力強さを感じるその表情は、ヒロイックファンタジーに登場する女主人公風のようでもあった。

「すみませーん」

元気な声で里保を呼ぶ客人。
カウンターから出てきた里保を見るなり、びっくりした顔をする。
同年代の中でも幼く見える里保が注文をとりに行けば、そうなるのは見えていた。

「あれ?お母さんは?」
「いや、あの。今日は私が留守番係で」
「そうなんだ。まいっか。すみません、じゃあこの大根おろしオムライス下さい」

里保のことをお母さんのお手伝いと勘違いした矢先にその仮定を投げ捨てる大胆な思考回路。まあ、ただの常連客の里保が何故か店主の代わりに店を任されているという現状を彼女に説明したところで、へー、すごいですねえ、と興味のない洋楽の解説を聞かされた時のような反応をされるのが落ちだ。

ちょっと隣町まで買出しに行ってくるから。りほりほお留守番、できる?
学校から帰ったばかりの里保に、この喫茶リゾナントの店主である道重さゆみは突然そんなことを申し付けた。
接客だけならという里保の回答を無視し、メニューは全部レンジでチンだから、という指示だけ残してさっさと店を出て行ったさゆみ。正確に言えばいってきますのハグとかいうセクハラまがいのことをしてから出て行ったのだが。

というわけで、14歳の喫茶店店主(代行)が誕生した。
里保はテーブル拭きをしながら客人が来るのを今か今かと待っていたわけだ。

にしてもレンジでチンとは。
前の店主だった新垣里沙、その前の高橋愛は料理が得意だったのだけれど、現店主はからっきしだった。里沙から店を引き継ぐ前に黄金なんとかとか言うキッチンスクールに通って料理を習得したらしいが、その効果もあっという間に薄れ、今では手抜きもいいとこのレンジでチンだった。

ただし、レンジでチンのほうが里保にとって都合よくもある。
彼女が喫茶リゾナントに通い続けなければならない理由が、そこに大きく関係していた。
水操作能力(アクアキネシス)。
幼い頃から悩まされ続けていた、謎の能力。

きっかけは幼少の頃に参加した友達の誕生日会で、里保の持っていたコップの水がまるで噴水のようにに溢れ出したのが能力の萌芽だった。
その時は水をこぼしてしまっただけと本人は認識したが、決してそうではなかった。

缶コーラが突然破裂する。
蛇口から水が噴出する。
そして、一緒にプールに行った友達が、里保の側で溺れてしまう。

彼女の家系が、水を操る事に長けた「特殊な一族」であったことを、後に知る。
そこからは、ひたすら水の力を我が物にするための辛い特訓の日々。
繰り返すような毎日に嫌気が差し、偶然訪れたのが「喫茶リゾナント」だった。

今でも意志を持って扱う水ならまだしも、何気なく存在する水にはあまり近づきたくないのが本音だった。料理をする、ともなれば普段の数十倍の神経を使うことだろう。
それでなくとも外は今雨が降っている。雨の中を帰るのは里保にとって憂鬱そのものだった。にわか雨であることを期待するしか、彼女にできることはない。

ちーん。
電子レンジのタイマー音で里保の回想が打ち切られる。
うさぎ柄のピンクのミトンを装着し、熱々のオムライスを取り出した。
冷蔵庫から予め摩り下ろしておいた(店主曰くこれくらいならさゆみにもできるの、とのこと)大根おろしを取り出し、別皿に添える。鞘師シェフ渾身の力作の完成。

オムライスと大根おろしをお盆に載せてカウンターに出ると、乱暴にドアベルが鳴る。
爆弾娘たちのお帰りのようだ。

「おいーっす!あれ、道重さんは?」
「こんちくわー!!って鞘師さんひとり?」

お客様とは思えない、ばかでかい声が二つ。
里保の可愛い、そして厄介な後輩たちだ。

「道重さんは買出しでちょっと店を開けてるの。それで代わりに私が」
「えーそうなんだー。たなさたんは?」

二人組の、大人びた顔の癖に喋り方が子供のほうがそんなことを聞いてくる。
彼女 ― 佐藤優樹 ― はたまに人を変な名前で呼ぶことがある。「たなさたん」はその最たるものだ。
たなさたんこと、田中れいな。さゆみと並ぶリゾナントの顔。彼女はお店のことはさゆみに任せ、時折寄せられる依頼をこなしている。最近は里保も仕事の頭数に数えられるようになったものの、まだまだ新入り扱いなのは変わらない。

「田中さんはお仕事。で、私は一日代理店主ってわけ」
「何だよそれー、はるにもやらせてくださいよぉー」

二人組の、幼い顔に似合わぬハスキーボイスのほうが唇を尖らせ言う。
この工藤遥。優樹、そして今ここにはいない二人と合わせた四人は、とある事件をきっかけに喫茶リゾナントに足しげく通うようになった。
経緯が里保たち「先発組」と似ているため、何となくではあるが親近感のようなものを里保は感じていた。

「えー、まーちゃんもやりたいー」
「あんたレンジの使い方も知らないじゃん」
「そんなことないもん!」

元気一杯な子猫たちのようなやりとり。
一瞬だけこの子たちにお店を任せて依頼でもこなそうか、と湧き出た里保の邪心はすぐ消えてしまう。だめだ、この二人に任せたらお店が潰れる。里保の危惧は凡そ正しいだろう。

「ひゃあっ!?」

と、そこへ突然響く悲鳴。
里保は目の前のいたずらっ子たちが何かやらかしたのか、と心配したけど、そうではなかった。
先ほどの客人が大根おろしのお皿に手を伸ばし、鷲掴みにして悲鳴をあげたのだ。

「すっ、すみません!おしぼりと大根おろしを間違えちゃって…」

何を言っているのかはわからないが、事実としてそういうことが起こったらしい。
里保は呆れつつも奥の冷蔵庫から、大根おろしを取り出して客席に運んだ。






☆☆


「じゃあ…いただきまーす!!」

満面の笑みを浮かべ、スプーンを構える客人。
大根おろしをオムライスにガーッとかけ、さらにテーブルの塩をバーッとかける。しかしそれは塩ではなく砂糖だった。里保がそれに
気づくも、既にオムライスの上には大量の砂糖が。

そして、口いっぱいにオムライスを頬張り掻き込む。砂糖たっぷりのオムライスを。
通常気づくであろう異変に気づく事無く、幸せそうにぱくぱくと食べている。ルックスに似合わず相当ワイルドな女性のようだ。
そんな様子を見て、二人組が何やら囁きあってる。

「ねえどぅーどぅー、あの人なんか凄いね」
「だな。ノーパンのくせに」
「ノーパン?」
「何だよまーちゃん知らないのかよ。ああいう自転車競技のスーツって、パンツ履かないんだぜ?」
「マジで?ノーパンでオムライサーじゃ、ノーパンオムライサーじゃん!」
「ちょ、何だよオムライサーって」
「オムライサーはオムライス食べる人。だからノーパンオムライサー」
「意味わかんないけど、なんか気に入った!」

相当失礼なことを言っているのだが、当の客人には聞こえていないのか、もりもりとオムライスを頬張っている。

「ごちそうさまでしたー。おいしかったです」

完食。
そんな言葉がぴったりの皿の様子だった。飯粒ひとつ付いていない。
レンジでチンをこんなに喜んで食べてくれるなんて。里保は彼女の礼儀正しさに、そして食に対する真摯な態度に素直に感動した。

会計を済ませようと、客人が席を立つ。
カウンターで優樹と遥が「また来てねー」などと何故か店員気取りだ。

からからから!

突然、乱暴に店のドアが開かれる。
妙に来客の多い日だ、と里保は思ったがどうやら様子がおかしい。
入ってきた二人組、里保よりやや年上と思しき彼女たちは財布を取り出そうとした客人につかつかと詰め寄ってきた。

「ちょっと舞美ちゃん何普通にご飯食べてんのさ!」
「え?」
「えじゃないでしょ。忘れたの?目的!!」

色黒で小柄な少女にそんなことを言われ、はっとした表情になる客人。

「また舞美ちゃんの天然が炸裂だよ」
「ごめん、だってオムライスおいしかったからつい」

困り顔で手を合わせる客人に、もう一人のどことなく仏様を思わせる顔つきの少女は呆れ顔だ。ほら、センセンフコクに来たんでしょ、などと言いながら、客人の背を押す色黒。

「えーと、ちょっといいですか?」
「はい、なんでしょう」

いまいち状況の飲み込めない里保に、舞美と呼ばれた女性が頭を掻きながら言う。

「私たち、ダークネスから指示を受けてあなたたちリゾナンターを殲滅することになったんだけど。今度改めて日時を伝えるから、そ
の時はよろしくね」

一瞬の静寂。
言葉が実体を伴って里保の頭に入ってくる。
この人…敵!?

ダークネス。
その存在を里保は先輩たちから言葉で伝えられているのみで、実際に対峙したことはなかった…というのはあくまでも彼女の認識であ
り、正確には彼女たちが解決したある事件において深く関わっていたのだが。
かつてのリゾナンターたちと対立し、当時のメンバーのほとんどが抜けてしまう間接的な要員を作ったとされる。それについて先輩メ
ンバーは誰一人詳細に話したりはしなかったが、ダークネスについて話す時、一様に辛い表情をしていたのが里保には印象的だった。

素早く後ろに下がり、どこからともなく取り出した一振りの日本刀を抜き構える。
水軍流の使い手にだけ使用することを許された刀「驟雨環奔」。
水を友とし荒々しき流れを我が物にすると謳われた名刀だが、今の里保には過ぎた代物だった。ただ、刀としての性能も一級品であっ
たし、里保もまた性能に恥じぬ刀の使い手であることは間違いなかった。

「くどぅーとまーちゃんは下がってて!この人たちは、私が相手する!!」

そう言いながら、三人との間合いを少しずつ、狭めてゆく。
この狭い店内で、実力の未知数な複数の相手をするのは里保にはいささか不利だ。何とかして相手を店の外に出さなければならない。

「何勝手に人のこと足手まとい扱いしてんだよ、はるとまーちゃんも戦えるっての!」
「えー、まーちゃんも?」
「ったり前だろ!そこら辺のフライパンでもお玉でも持って戦えよ!」

千里眼(クレアボヤンス)の能力を戦闘に生かすことができる遥はまだしも、優樹の能力はとてもじゃないが戦闘向きではない。とな
ると優樹の側で守りを固める人間が必要だ。迷わず里保は遥の助太刀の選択肢を却下した。

ふと、相手の様子がおかしいことに気づく里保。
彼女たちには、まったくというほど戦う意思が見られないからだ。
そもそも彼女たちが能力者ならば、店内に入った時点でそのことに気づくはず。

「…だってさ。どうすんの舞美ちゃん」

そう言いながら肩を竦める仏顔。
一方、もう一人の小さな色黒は里保の戦闘態勢を見て火がついたのか、しきりに殴っていい?殴っていい?と繰り返す。そんな血気盛
んな少女を諌めながら、舞美と呼ばれた女性は改めて、

「大丈夫。ここでは戦わないから」と言い切った。

「どうして…ですか?」
「んー。おいしいオムライスご馳走してもらったし。そんなお店の中で戦うのは何か申し訳なくて」

相手の意図がわからず探るような聞き方をする里保に、舞美はあっけらかんと答えた。
おそらく彼女の言葉は本心だ、里保は確信する。

「頼れるんだか頼れないんだか…何て言うんだろう。まあこういう感じだからこそ、千聖たちはついてってるんだけどね」

このようなやり取りは一度や二度ではないのだろう。
自らを千聖と名乗った色黒の少女は、諦め気味に言うのだった。

それじゃ、と立ち去ろうとする舞美たち三人。
みすみすダークネスの関係者を名乗った人間を逃す形になるが、わざわざ立ち去ろうとする人間を引きとめるのは誰の目から見ても得
策ではない。カウンターの中でのおい、待てよ!というチワワのような遥の遠吠えを、里保は聞こえない振りをした。

「っと。一応忠告ね」

仏様のような顔をした少女が、去り際にくるりと振り向く。

「…なんですか」
「舞たちはともかく、ベリーズのほうはもう動いちゃってるかもね」
「ベリーズ?」
「あの子たちやることがシンプルだから。リゾナントの要の『増幅』と『治癒』、今頃襲われてるかも」

まさか!
増幅能力は共鳴増幅能力(リゾナント・アンプリファイア)の使い手であるれいなのことなのはすぐに推測できた。彼女なら心配ない。むしろ駆けつけることで逆に足手まといになってしまう危険性すらある。
でも、『治癒』能力の持ち主のほうは。
リゾナンター現リーダーであるさゆみは、戦闘能力というものを持ち合わせていない。後方支援が専らの役割である彼女には、その必要がないからだ。

だから一人でいる時に標的にされた場合、ウイークポイントになってしまう。
里保が喫茶リゾナントに深く関わるようになってから、常日頃考えていたことだ。れいなに進言したこともあった。しかし、れいなは
「さゆは大丈夫やけん」と答えるのみ。こんなことなら、もっと強く言うべきだったと里保は後悔した。

「くどぅー。まーちゃんをお願い」
「え?何?ちょっと、鞘師さん!」

戸惑う遥を尻目に、喫茶店を飛び出す里保。
どうか…間に合って!!
雨のことなどもうどうでもよかった。里保はわずかに感じられるさゆみの気配を辿りながら、降りしきる雨の中を駆け抜けていった。





☆☆☆


ここは都内某所のオフィスビル。
最上階という最も賃料が高いであろうフロアを丸々借りているその企業は、オークションサイトを経営し巨額の利益を得ていると専らの噂
であった。
そんな成功者の居城とも言うべきオフィスの廊下が、黒服を着たいかつい男たちによって埋め尽くされていた。ただし、全員気絶してのび
ているのだが。

「かっ、金ならいくらでも出す!だから命だけは、命だけは!!」

廊下の奥から聞こえてくる、情けない命乞い。
社長室、とプレートが打ち込まれた扉の内側では、エリート然とした若い男が一人の女性に対し、頭を床に擦り付けて土下座していた。

「…そんなん興味ないから。ただ、あんたが食いもんにした顧客にお金返せばいいけん」

つまらないものを見るような目つきで、女性が言う。
一般的女性に比べ身長の低い彼女に対して諂う大の大人という構図は、哀れを通り越して滑稽にすら映るのかもしれない。

「すみません!ごめんなさい!お金ならいくらでも返します!!だから…」

涙すら浮かべて謝罪の言葉を重ねる男。だが次の瞬間。

「これでカンベンしてくれよな!!!」

懐から隠し持っていた短銃を取り出した。銃口が、火を吹く。
ばーか。何で俺が稼いだ金を返す必要がある? お前がいくら女のくせに強くても、こいつにはかなわんだろう。
と、余裕の笑顔すら見せていた男が、突然苦悶の表情を浮かべる。
凶弾に倒れているはずの女性の姿が、ない。
それを認識するのと、自らの腹にお見舞いされた打撃によって意識を失うのは、ほぼ同時だった。

男が拳銃の引金を引こうとした時。
すでに彼女は動いていた。大きく横に跳び、それからくの字を描くようにして男のがら空きのボディーに強烈な一撃を叩き込む。
彼女 ― 田中れいな ― は自らの持つ増幅能力(アンプリファイア)を身体能力に応用することで、常人には捉える事のできない俊敏な攻撃を仕掛けることができた。

「ったく。あんたみたいな悪党の手口、お見通しっちゃんね」

呆れ顔で地に這い蹲る男に言う、れいな。
彼女にとってはこの程度の仕事は朝飯前にもならないだろう。

新生リゾナンターの稼ぎ頭であるれいなは、例の事件以降、一層精力的に依頼をこなすようになった。今回この悪徳オークション会社に出向いたのも、オークション詐欺被害にあった少女からの依頼を受けてのことだった。

数日前。リゾナンターのOGである光井愛佳が管理している仕事請負サイトに、その少女からの依頼が舞い込んだ。提示された報酬額は微々たるものだったが、喫茶店の運営資金なら愛や里沙からの仕送りで十分事足りる。

さて。こいつらの悪事の証拠を愛佳に送らんと。
ひとりごちつつ、先ほどのした社長の椅子に座る。目の前のPCは愛佳の事前準備によって丸裸状態、簡単な操作でデータは全て彼女のPCを通してしかるべき場所へと送られる。軽快なタッチでキーボードを叩き、画面にデータ転送量を示すバーが表示された。暗くなった画面。そこにれいなの顔と、その後方に見知らぬ女の顔が、三つ。

「…何の用?れいな今、忙しいっちゃけど」

このバカ社長、まだボディーガートを用意してたとかいな。
しかしれいなはすぐに自らの推測の誤りに気づく。ボディーガードにしては、妙な格好をしている。紫と黒を基調とした、派手なデザインの洋服。胸の十字架のワンポイントが髑髏になればれいな好みの色使いなのだが、そんなことを考えている場合ではない。

「時間は取らせませんよ」

色黒のスレンダーな女性が、背の高さに見合わぬ高い声で語りかける。
絶やさない笑顔が、逆に底知れない何かを感じさせる。

「まぁがすぐに終わらせるからね」
「え?どういうこと?うちら戦わなくていいの?」
「…熊井ちゃんも戦ってよ」

妙に自信溢れる恰幅のいい女性と、温和そうな背の高い女性がすっとぼけたやり取りをする。
最初の色黒が、すっと一歩前に出た。

「ダークネスから指示を受けました。あなたを始末するようにって」
「!!」

予期せぬ単語が、一瞬だけれいなの心をかき乱す。そのほんの僅かな隙を突くように、山のような巨体が襲い掛かった。

椅子に座るれいな目がけ、振り下ろされる鉄拳。
拳自体がれいなの体ほどはあろうかという巨大な腕が、上のPCごと机を叩き潰した。
ただしれいなは椅子から遠く離れた場所へ。

「残念でしたー。もうデータは転送済みやけん」

軽口を叩きつつも、れいなは別のことを考える。
こいつら…能力者? でも、全然気配を感じんかった。
一端の能力者であれば、かつてのリゾナンターリーダー・高橋愛のような優れた精神感応(リーディング)能力の持ち主でなくとも、近くに居る能力者の存在くらいは感知する事ができる。しかし、目の前の三人はまったくそれを感じさせなかった。

それにしてもダークネスとは。
あの襲撃事件の後、組織は息を潜めたが如く表立った活動をしていなかった。
もちろん、喫茶リゾナントに手出しをすることすらもなく。
それが今になって小間使いらしき連中とは言え、再び名乗りを上げた。
自分の見えないところで何かが動き出している。目の前の敵に集中しつつ、不穏なものを感じていた。






☆☆☆☆


「あのさあ。そんなデータとかどうでもいいんだけど」

一撃で葬ったと信じていた相手が、ぴんぴんしていることに憮然としながら、大柄な女性が厚めの唇を尖らせる。その腕は先ほどと違い、常識の範疇の大きさになっている。

目の錯覚か。それとも。
能力者の中には自らの肉体を変化させることができるものがいるという。だとしたら少々厄介だ。まるでどこかの海賊漫画の主人公みたいやん、とれいなは心の中で吐き捨てた。

とにかくあの太いのにノープランで突っ込むのは危険。
そう判断したれいなは攻撃の矛先を、ぽわんとした平和ボケしてそうな女性へと向ける。高速移動から相手の懐に飛び込み、その場で跳躍しながらのアッパーカット。

れいなの拳が空を切る。
しかも相手はまったく避けた風もない。目測を誤ったか。176cmの相手を殴ろうとしたつもりが、まるで180cmオーバーの相手を殴ろうとしたかのような手ごたえのなさ。
無防備になったれいなと、女性の目が合う。

「じゃあ、反撃するね」
「!!」

れいなの体が浮き上がったかと思うと、急速に床に叩きつけられた。
今のは…重力操作!?

受身を取りダメージを最小限に抑えたれいなに、さらに巨大な足が踏みつけようとしてくる。見上げるような大きな足の裏、そんなもので踏まれたらただでは済まない。

寸前で、身をかわして攻撃を避ける。踏まれた床が、大きく破壊された。
どうも様子が変だ。相手のペースがいまいち掴みきれない。
そんなれいなの様子を読み取ったのか、色黒の女性ががっかりしたように、

「あんた本当にリゾナンター最強? ちぃが昔聞いた話じゃリゾナンターってもっと強いはずだったんだけど」

と漏らす。
これにはれいなの闘争心に火が点かないはずがない。

「言うやん」
「だって楽勝そうだから」
「あんたたち如きが?」

侮蔑の表情を浮かべる色黒の女性に、れいなは挑発の笑みを返す。
次の瞬間にはれいなは標的に向ってまっすぐ走り出していた。

こういう時、愛佳やったら的確に今の状況を把握して対策を出すっちゃろうね。でもれいなは頭悪いけん、単純に考えるしかなかと。

出された能力は二つ。机を破壊した巨大な腕。それと重力操作能力(グラビティレーション)。
目の前の三人は太いのとノッポが前に出て、色黒が後ろに下がってる。つまり出ていない三つ目の能力は、後方支援。
なら、この妙な違和感のもとはそこにある。

れいなが色黒の女性に飛び掛ると同時に、太目の女性が背後から拳を繰り出す。しかし突進する体には届かず、纏わりつこうとする重力をもすり抜けられる。れいなの体が翻り、背後から標的の首に腕を回した。

「ぐえっ?!」
「ちぃ!!」

慌てふためく仲間の二人。
本気の、しかも狙いを定めた高速の動きについていけなかったのだ。
もう相手の手足は巨大化しない。その破壊力が本物だとしても、もう漫画のような巨大化はできないだろうとれいなは踏んでいた。そしてその推測は、正しかった。

「一気に形勢逆転っちゃね」

重力操作能力の性質上、今のれいなを的にかければ仲間を巻き込むことになる。
そして。
れいなが今人質にしている色黒の女性の保有能力は、幻視(ハルシネーション)。精神干渉能力を視覚のみに特化した能力だが、本体を掴まれていては自らも幻覚に取り込まれてしまう。もちろんれいなはこのことを知らないのだが、さすがは戦闘のプロの感覚の成せる業か。

「…振り出しに戻っただけじゃん」
「しかもあんたとまぁたちは、3対1。あんたのほうが不利だよ」

口々にそんなことを言う二人。
1人を犠牲にしてでも、その隙に相手を確実に討つ。そんな決意の読み取れる言葉。

「さっきの動きを見て、まだわからんとかいな。あんたらとれいなじゃ、格が違う」
「なっ…!!」

相手が言葉を発するより早く、れいなは攻撃に行動を移す。
人質に取っていた女性を、前方に蹴り倒す。と同時に残りの二人の片割れの懐に潜り込んだ。
長身の女性の足元に潜り込みながらの、電光石火の足払い。不意を突かれた女性はバランスを崩さざるを得ない。態勢が低くなったところに、畳み掛けるようなローキックが襲う。

「危ない熊井ちゃん!!」

咄嗟にもう一人が、れいなの前に躍り出た。
先ほど拳を交えた時点で相手の能力のことはだいたいわかってる。肉体硬化とか。
体の巨大化は幻術によるものとしても、あの破壊力は本物。その力を今度は防御に集中させるつもりか。
しかしそう理解していながらも、攻撃を中断しようとしない。
蹴りを弾かれてしまえば、今度はれいなに隙ができてしまう。
巨体の女性はそれを狙っていた。

しかしそれが誤りだったことに気づいたのは、れいなの鞭のようにしなる蹴りを両手で受け止めた時だった。凄まじい衝撃が彼女の全身を駆け抜け、勢いのままに後方へ吹き飛ばされた。もちろん、背後にいた長身の女性を巻き込みながら。ついでに言うと、最初に倒したバカ社長は巨体の下敷きになった。

れいなは一般的な女性の平均からすると、だいぶ小柄な部類に属する。
となると、どうしても拳や蹴りが軽くなりがちである。それを補うのが、能力増幅による攻撃の高速化。柔軟性を最大限に生かした高速の蹴りはさながら鞭やフレイルのごとく、身を固めた敵の内部に衝撃を与えるのだ。

圧倒的。
幻術使いの女性を蹴り飛ばしてから態勢を整えるまでの間に、残りの二人を打ち倒してしまう。
かつてのリゾナンターにおいてリーダーの高橋愛と双肩を並べ、今なお随一の実力を有しているれいなに初めて刺客の三人は恐ろしさを感じた。

「あんたらみたいなひよっこ、話にならん」

れいなが一歩、詰め寄る。
降伏か、抵抗か。どの道逃がすつもりは無い。ダークネス、その言葉を相手が口にした時から彼女の気持ちは一つに固まっていた。

こいつらから、ダークネスの居場所を聞き出す。

喫茶リゾナントを襲撃した、「銀翼の天使」と名乗る女性。
彼女によってリゾナンターたちは計り知れない大打撃を蒙った。
あるものは能力を失い、あるものはダークネスと渡り合うための実力を身に付けるために、そしてあるものは、警察上層部から引き抜かれ
て。喫茶リゾナントを去っていった。

「さすがはリゾナンター最強の能力者。うちらじゃ歯が立たないってことか。悔しいけど」

すっと立ち上がったのは、ダメージの一番少なそうな色黒の女性だった。
次いで、巨体の女性の下敷きになった長身の女性が立ち上がった。巨体の女性はれいなの蹴りの衝撃がまだ残っているのか、横たわりなが
られいなのほうを睨んでいる。

「まあいいや。最初からここで倒せるとは思ってなかったし」
「あんたは、『七房陣』で葬ってあげる」
「えーと。あれ使うの?あれ使うの初めてじゃなかったっけ?」
「…うん。使うことになってるから。とにかく。田中れいな、あんたとは今日はここでお別れ」

それだけ言うと、三人の姿がすうっと掻き消えた。
社長のオフィスデスクがあった場所の後ろの壁に、大きく穴が空いている。

「あ、やられた!!」

れいなは三人の中に幻視能力者がいることをすっかり忘れていた。
穴から外を見るも時既に遅し。重力操作を駆使して三人はすでに地上へ降り、逃走していた。

悔しがっていてももう追いつけないのだから仕方ない。
相手はご丁寧にもう一度襲撃するとの予告を出した。ならばその時に決着をつけるまで。

「でも、れいなが襲われたということは…」

刺客があの三人だけとは限らない。
ダークネスが指示を出しているとしたら、多分「もう一人」にも刺客を差し向けるはず。

ま、さゆなら大丈夫やろ。

そこには最早二人きりになってしまったかつてのリゾナンターに寄せる、信頼があった。