『オリオン座の伝説』


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618 名前:名無し募集中。。。[] 投稿日:2012/11/28(水) 14:24:08.39 0
ノノ*^ー^) <姫?ご気分はいかがですか?
ノ|c| ・e・) <ちょっとご気分もヘッタクレも無いわよ!離れなさいよ鬱陶しい
       ちょっ!何処触ってんのよ!
ノノ*^ー^) <うへへ~良いじゃないですかぁ。私と姫の仲ですし。ほら、力を抜いて・・・
ノ|c| ・e・) <アァ・・・アァ・・・だめぇ・・・ってなる訳無いでしょう
ノノ*^ー^) <もおお! 私よりえりぽんの方が大事なんですか! そうなんでしょう! プンプン
ノ|c| ・e・) <いやそんな事も無いけれども。生田もカメもさゆみんも皆大切よ?
ノノ*^ー^) <さゆ!? 何でさゆが出てくるんですか!?
ノ|c| ・e・) <いやいやそれはアレでしょう! 言葉のアヤでしょう! ちょっとアンタ何泣きそうになってんのよ・・・あ!流れ星!
ノノ*^ー^) <姫姫姫!
ノ|c| ・e・) <速い! 願い事速い! しかもカメあんた・・・
ノノ*^ー^) <はい、姫が大好きだから姫とずっと一緒にいれるようにお願いしちゃいましたっ///
ノ|c| ・e・) <カメェェ! アンタ大切な願い事を私の為に!
ノノ*^ー^) <しかも姫、ヤバいです! 星座見つけちゃいました星座! 
ノ|c| ・e・) <いやそんなのどうでもいいよ、カメェェアンタって子は・・・
ノノ*^ー^) <ギリシャ神話で、穢れ無き乙女が冬空にオリオンを見出し時、その願いを叶えるであろう、って言われてるんですよ
ノ|c| ・e・) <ガチで!!?そんな言い伝えあんの!!?オリオン座やるじゃん!カメェェずっと一緒にいようねええ
ノノ*^ー^) <うわ汚っ! 涙と鼻水汚っ! ちょっマジで離れ・・・


そして二人はすくすくと愛を育みいつまでも幸せに暮らしました・・・


ーー
ーーー


真夜中の病院の屋上。夜空に瞬く星々を眺める一人の少女。
白い息を切らしながら何千もの、何万もの星屑たちをただジッと見つめていた。祈りを捧げるように…
唐突に一筋の肌を刺す冷たい風が通り抜け少女は背中を丸めた。橙色のマフラーが風に靡く。

目を細めると肩を竦め、その中に顔を埋めた。手を温めていた缶珈琲はもう既にその役割を果たしていない。  
少女は子供の頃、夜が嫌いだった。夜になると全てが無になりいつも一人取り残されてる感覚に襲われた。
いつからだろう、そんな暗闇が心地よいと感じるようになったのは。闇は全てを包み込んでくれる。不安も、孤独も、焦りも。
しかしいつしかその苦しみが飽和し、受け止め切れなくなってしまった様だ。
グッと唇を噛み締める。苦しい。苦しい。少女の悲しみの連鎖が辺りに木霊し、真夜中を締め付ける。
あ…
ふと少女は声を漏らす。寒空の中にオリオン座を見つけたのだ。鉄柵に手を掛け星の連なりにそっと手を伸ばす。
…こんなに近く見えるのに光を掴む事は出来なかった。
段々と目の前が霞んでくる。軈て一粒の涙が少女の瞳から零れ落ちた。まるで流れ星の様に。
刹那、風の流れが変わった様な気がした。

「こんな所にいたんですね」

背中に声を受けた。それは自分が良く知る、何処か幼さを感じさせる優しい声だった。
振り返ると漆黒のコートを身を纏った少女がいつもと変わらない柔らかい笑みを浮かべていた。

「探しましたよ、姫」
「…カメ、良く此処が判ったわね」
「運命の赤い糸ですよ~うへへ~やっぱり愛し合う二人は結ばれる運命なんですねぇ」

だらしなく頬を緩め、絵里は抱き付こうとしてきた。
しかし此方が冷めた眼差しで見据えると、少し引き攣った顔になり冗談ですよ、と言って慌てて手を引っ込め肩を竦めた。

「や、やだなぁもう。ストーキングするわけ無いじゃないですかぁ。ガキさんの切ないハートに絵里の想いが”共鳴”したんです。
だからストーキングじゃなくてフィーリングで位置が分かったんですよぉ」

そう言うとまたうへへへ、と声を漏らした。独特の笑い方だがもうすっかり慣れてしまっている。
里沙は絵里の言葉に一瞬ドキリとしたが、表情が緩みきった彼女に溜息を零した。何がフィーリングよ、と言って背を向る。
ボソリと「そんな怖い顔ばっかしてるから化粧崩れるんだよ~だ」と口を尖らせる絵里。
里沙の地獄耳はそれを聞き逃さなかったがグッと呑み込んで堪えた。背中越しでもアッカンベーしてる姿が手に取る様に分かる。

始めはねぇねぇ、とチョッカイを出していた絵里だが、幾ら手を出しても里沙の反応が無い事に気付き、軈て淋しそうな声で姫?、と呼び掛けた。
面倒なので五月蠅い、とだけ残し踵を返すと彼女から離れた。すると後を追う様にして直ぐに此方へトコトコと駆け寄って来た。
そして少しの間を置くと、里沙の服の裾を指で摘まみチョンチョンと引っ張った。

「姫…本当に心配したんですよ?」

一体如何したのか、如何して急にいなくなったのか、如何して電話に出なかったのかとしつこく尋ねてくる。
しかし里沙は質問の内容よりも別の所に反応した。

「どうでも良いけどその”姫”って呼び方止めてくれないかな。私はアンタの主人じゃない」
「えぇ?どうしてそんな事言うんですか、はっ、もうしかして何か怒らせるような事しちゃいました?謝りますから許して下さい、いきますよ…」

両手を猫の手にして里沙の顔を覗き込むように「ゆるしてニャン♪」とポーズを決める。
里沙は完璧にシカトを決め込む。下手に相手をしてはいけない。こういう時は無視。それが彼女との長い生活の中で悟った一番の対処法だ。
絵里は今「姫さまごっこ」と銘打ってメンバーに代わる代わる仕えている。
今は自分の番らしく昨日からアパートに転がり込んでいるのだが、仕えるどころか食い放題散らかし放題で完全に居座り状態だ。まぁ彼女らしいが。
暫くの間、沈黙が続く。軈てその空気が面白くなったのか突然吹き出した。

「な、何で無言なんですか…ふふっ、顔恐いですよ」
「何ですって」
「わーわかりましたっ、わかりましたよガキさんっ!さ、もう帰りましょうよ、寒いですし。あったかハイムが待ってますよ」

そう言って里沙の手を引き扉の元へ引っ張ろうとする。しかし里沙はその手を強引に振り払った。
すると流石に困惑した表情を見せた絵里。まぁ当然かもしれない。
嘗てこんな風に彼女を冷たく突っ撥ねたりする事は無かった。
寧ろ今までは身勝手な絵里に対して自分から歩み寄り互いを理解し合い、仲を取り持つ努力をしていたくらいだ。
絵里は髪を指でクルクル弄りながらう~ん、と唸り出した。考え事をする時の彼女の癖だ。

「もうしかして絵里がガキさんが寝てる間に布団に潜り込んだ事まだ怒ってるんですか?それとも下着を漁ったことですか?
お風呂を覗いた事ですか?あ!もしかして冷蔵庫のプリンを勝手に食べちゃった事だったりして…」
「……」
「じゃないですよね…あはは…」

おどけた表情で頭を掻く絵里。それにしても良く喋る。里沙はそっと目を伏せた。
自分の様子がいつもと違う事は気付いている筈。しかし彼女は分からないフリをして敢えて明るく振る舞っているのだ。
それが彼女なりの気の使い方だ。彼女をあまり知らない者からすればこの態度は空気が読めない、または天然として捉えられるだろう。
しかし実際の彼女は人間関係に神経を擦り減らしてしまう程、鋭く繊細だ。
それ故彼女の内面は里沙自身も未だ完全に把握しきれていない。

絵里は、風の様に掴み所が無く、また何を考えているかイマイチ読めない部分がある。
ミステリアスとは少し違うが…偶に謎めいて見える。
でもそれは本当は人見知りで、人との距離を上手く測れない不器用な性格だからそう映るだけだ。
普段はポケポケしているが…いや、それも彼女の一部ではあるが、本心を隠す際良くその態度をとる。
繊細で敏感な彼女は人の挙動や視線を必要以上に気にしてしまう。ずっと病室で過ごしていたからだろうか。
他人に遅れを取る事に恐怖を感じ、流行やファッションなど、舐められる事の無い様必死に勉強していた。

そして物事の正解が解らない彼女は、自分の意見を伝える事が出来ずに何時も愛想笑いを繰り返していた。
里沙は出会った頃からその事がずっと気になっていた。

そしていつしかそんな彼女の心の拠り所になれれば良いと考えるようになり、絵里に話し掛ける様になった。
始め絵里は自分の心に入り込もうとする里沙を拒絶していたが、それでもしぶとくアタックを続けた。
持久戦に持ち込めば里沙は強い。そして何時しか小姑仕込みのしつこい粘りに根負けした絵里は、本心を語るになった。

…しかしそこからが大変った。心を開いた絵里が、度を超えた我儘娘に変貌したからだ。
何事に対しても自己中心的で、思い通りにいかないと全て投げ出してしまう程にだ。
里沙は始め絵里の心を溶かした事を後悔した。何度か距離を置こうかとも考えた。が、しかし気が付くと何時も彼女の相手をしていた。
人懐っこくて、甘えん坊の彼女を何処か憎めない。それは彼女が根底では純粋で、綺麗な心の持ち主だからかもしれない。

いつしかそんな彼女のピュアな心に里沙の想いが重なって共鳴し、美しい輝きを放った。
その時初めてただの買い被りではなく、彼女が真の”リゾナンター”なのだという事を改めて実感し、胸が熱くなった。
その後絵里は、里沙やリーダーの愛の働き掛けで、親友のさゆみ以外の仲間たちとも飾らずスムーズに打ち解けられるようになり、軈て顔をクシャリと崩して本当の笑顔を見せる様になった…

此れまでの軌跡に浸りつつ目線を上げると、何故かその”相棒”は「もしもし亀よ♪」のフレーズで鼻歌を歌いながら小躍りしていた。
この女、何を考えている。或いは何も考えていないのか。その動きは滑稽…いや、ハッキリ言って気持ち悪い。というか不気味だ。
そんな純粋無垢な姿を見ていると強く胸が締め付けられた。そして全てが…全てが嘘であればいい…と、そう思った。

「珈琲…」
「え?」

不意に言葉を投げ掛けられ、素っ頓狂な声を上げてしまった。我に返ると絵里の人差し指が自分の右手を指していることに気付いた。

「珈琲、飲まないんですか?」
「あ、あぁもう冷めちゃってるしね…どうしよっかな」

「飲まないんだったら下さいな、絵里、喉乾いてるんで」
「う、うん…まぁ良いけど」
「ほれ、パスパス」

一瞬躊躇ったがフワリと缶珈琲を下から投げた。
絵里は両手で掴もうとするがそれは指を弾き予想通り缶を落とした。
痛てっ、という可愛い悲鳴と共に辺りに鈍い金属音が響き渡る。
そして直ぐにぎゃあ、と小さく叫び声を上げた。如何したのか尋ねると爪が割れたと連呼している。
取り敢えずあーあ、とだけ里沙は言っておいた。

絵里は吐息を指先に吹きかけ、必死に温めている。勿論意味は無い。
命の次に大切なネイルが剥げてしまい一気に顔面蒼白になってしまうその姿は、傍目から見ると少し面白くて頬が緩む。
まぁ気持ちは里沙にもよく分かるのだが今はとても構ってやる気にはなれない。
指先を大事そうに見つめる彼女の様子を尻目に奥の鉄柵の元へ歩み寄り、手を突くと鉄棒の隙間から街並みを見下ろした。
もう遅い時間なので灯りの数は少ないが、星空に負けず劣らず街の夜景も眩い焔を放っていて女心に少しロマンチックさを感じる。

………

一つ息を吐く。先程から彼女にどう切り出そうかと考えていた。今日でなくてもいいかもしれない…いや、それは駄目だ…
里沙は心の中で首を振る。そうして自分の中で葛藤し、考える…どうするか…
…しかしぼうっと灯りを眺めていると全てを忘れてしまいそうになる。
大きさも色も其々異なる光を一つ一つ順番に見渡した。
儚く、淡い光は幻想的で、自然と里沙の目線を集中させる。
どうしてこんなにも心を奪われるのだろう。
消えてしまいそうな焔に自分の弱さを重ね合わせているのかもしれない。

そう、自分は弱い人間だ。普段は壁を張って、表面を塗り固め、それを隠している。弱さを曝け出すのが怖いから。
架空の自分を演じる…悲しい生き方だがそれは自分にとって最も得意とするところだ。温かさの中に冷たい鋭さを潜ませる。
いつしか自身でさえも本当の自分が分からなくなり、己の心の内に迷い込んでしまった。

…自分の過去、何処までも深い暗闇に意識を集中させていると、ふと絵里の底抜けに明るい笑顔が心に貼り付いた。
何故かこの娘といると自然と言葉が溢れた。
頭の中で一度反芻し、今発する冪であるか考える筈なのに、いつの間にか口が勝手に動いていた。
紡いだ言葉が何の利益も生み出さないにも拘らず。
そういえば最初に私の壁を突き破ってきたのがカメだったっけ。…あれ、何考えてたんだっけ。
闇に彷徨い込んだ自分の手を引き、大丈夫だから、と光の射し込む出口へと導いてくれた絵里。
本当に救われたのは自分の方だったのかもしれない…
街の灯りは変則に蠢いている。段々と視界がぼんやりとしてきた。頭が思考を停止するよう命令を出してくる。
徐々に瞼が重くなってきた....

「ガキさん」
「わぁ!」

いつの間にか絵里に背後に立たれていた里沙は吃驚した。危なかった。
必要以上に大振りのリアクションをしてしまったので柵を突き破って転落してしまうかと思ってしまった。
ホッと胸を撫で下ろすと、絵里の方も自分の挙動に驚いたようでどうしたんですか、と言わんばかりに目を丸くしている。
もしここで夜景に見惚れていた、なんてクサい台詞を垂れ流そうものなら3か月以上そのネタで弄られるだろう。いや、それは無いか…
直ぐに自分の考えを改めなおすと自嘲的な笑みを浮かべる。絵里はそんな淋しげな表情を心配そうに覗き込んだ。顔が近い。
そんな絵里に何の用、と目で訴えた。 するとスッと缶を差し出される。

「…爪割れちゃって開けられません」
「じゃあ左手で開ければ良いんじゃない」
「手ぇ悴(かじか)んでるし利き手じゃないと無理ですぅ。お願い…」

駄々を捏ねる子供の様に甘えた声。子供か。おい上目遣いをするな、そんな目で私を見るな、馬鹿。
これではどちらが召使いか分からない。里沙は溜め息を突いて缶を受け取ると、プルタブを開け「ん、」と絵里に押し付ける様に渡した。
すると満足そうな笑みを浮かべ、喉を鳴らしてコクコクと珈琲を飲みだした。






★★

小さい缶でも両手を使って可愛らしく飲む仕草が男にウケるんだな、と里沙は思った。
寒さで頬がピンク色に染まり、弱々しさを感じる。ただ珈琲を飲んでいるだけなのに一生懸命さが伝わり、守ってあげたくなる。
何をしても絵になってしまう彼女をズルいと感じた。一息突いた絵里は宙を見上げたまま尋ねた。

「星を見ていたんですか?」
「え?」
「絵里が来た時、空を見ていたから」
「……」
「あれ?もうしかして獅子座流星群って奴!?」
「よく知ってるわねそんなの」
「へへ~、まぁ聞き齧っただけですけど」

でしょうね、と言って里沙も同じく宙に目を移した。そこには満面に眩いばかりの星屑達が輝いていた。
空気が澄んでいるので良く見える。幼い頃は家族で星を見に出掛けた事もあり、その時判りやすい星座を教えて貰った思い出がある。
中央に三つ星が並んでいるのが目印。大きく明るい星が多いため、特に有名な星座だ。

「さっきオリオン座を見つけたわ。それ以外はサッパリだったけど」
「えぇ!?凄いじゃないですかぁ。絵里には全然見えないですぅ…。流石!視力抜群ですもんねぇ」
「それは関係無い」
「おろろ?」

里沙にピシャリと締められ恍けた声を出す。良く分からない言い回しだが本人は可愛いと思って使っているらしい。
しかし先程からずっと冷たく当たっているので気を落とすかと思ったが、絵里は口に手を当てがい再び笑いを堪える素振りを見せていた。
半ばイライラしながら「何、」と里沙は問い掛けた。

「だって…昭和日本代表のガキさんがオリオン座とか言うから……え?」

絵里がチラリと目をやると…そこには化け物が佇んでいた。鬼だ。鬼の形相で睨んでいる。

それは眉間に皺を寄せる、など生温いものではない。これ以上無い程に眉が吊り上っている。
眉毛ビームを出すのかもしれない。本気で殺しに掛かる眼に絵里は竦み上がった。

「じゃ、じゃなくて…ギリ昭ですよねっ、はは、乙女チックなガキさんも素敵ですぅ。ははは…」

ブリブリの声で慌ててフォローを入れる絵里。フォローになっているかどうか微妙な所だが…
鬼はまだ睨みを利かせている。視線を合わせないように目を泳がせていると、絵里は思い出した様に「あ!」と声を上げた。

「そういえば知ってますか?穢れ無き乙女が冬空にオリオンを見出し時、その願いを叶えるであろう、って言い伝えられてるんですよ」

それはどうやらオリオン座に纏わるギリシャ神話のようだ。
人差し指を立て、得意気に話す彼女に思わず「へぇ、」と感心の声を漏らす里沙。
それは神秘的な伝承に思えた。気を良くした里沙は得意気になり堂々と胸を張る。

「私は正真正銘の乙女よ」
「はは~神様お豆様ジャンヌダルク様~何卒お戯れを~」

両手を胸の前に合わせ大袈裟に里沙を拝む。そんなテキトーさ全開のぽけぽけ娘に思わずクスリとした。

「あ、やっと笑いましたね」
「え?」
「さっきからガキさん、ずっと表情が曇ってたから…良かった」

ふんわりと笑う絵里の白い八重歯が零れ見え、一瞬ドキリとした。思わず挙動を乱してしまうそんな様子を絵里は不思議そうに覗き込んでくる。
「何でもないから」と笑って誤魔化すと、「ふーん」と言ってぽけぽけ娘は再び珈琲を口に戻した。それを流し目に見てホッと溜息を突く里沙。
すると不意に凍える様な突風が二人を襲い、里沙は目を細めた。

ぽけぽけ娘の髪はサラサラと風に靡いている。少し伸びたかもしれない。
全身を深い黒で包み込み、寒風に煽られる彼女は何処か大人の雰囲気を醸し出している。
その漆黒で染めるコートとは対照的に、真っ白な肌と吐息が幻想的で美しく、思わず見惚れてしまう。
今の彼女が撮影で使われてもおかしくはないだろう。

…そう言えばカメが着てるコートって何時買ったんだろ。それに前はタピオカばっかで無糖の珈琲なんて絶対飲めなかったのに。
思えば何処かへ出掛ける時は何時も一緒だった。お互いの事は殆ど知り尽くしていたと言っても過言では無い。
いつの間にか大人になっていたんだね。
ぽけぽけ娘だった少女が自分から離れてしまった事を実感し、少し寂しい気持ちになった。
珈琲を飲み終えた絵里は後ろ向きにヒョイと缶を投げた。
それは綺麗な放物線を描いて宙を舞い、軈て景気の良い音と共にゴミ箱の中に吸い込まれていく。…美しい。
そしてまたガキさん、と言葉を投げ掛けた。軽口を叩かれるかと思ったが次に呟いた言葉に少し冷やりとした。

「それに…さっき泣いてましたよね」
「え?」
「もうしかして皆の事…」
「……」

里沙は遠い目をした。皆の事とは勿論リゾナンター達の事だ。
プラチナの戦士とまで称えられたリゾナンター達はこの短期間でダークネスの前に次々と散って行った。
自分と絵里を除けば新メンバーの8人を主体としている現状だ。しかも絵里は身体が弱い為戦力としては殆ど期待出来ていない。
皆を失ってしまった事への責任を里沙は深く感じていた。この結果を招いたのは参謀役だった自分の管理意識が甘かったからだ。
その咎を受ける冪は自分であるとも考えている。
…しかしここで自棄になってはいけない。今の自分には新メンバーを纏め上げるという使命がある。
絵里の言葉に里沙はソッポを向く。今の顔を見られたくない。
すると無言でその背中にギュッと抱き付いてきた。振り払おうとすると強引にしがみ付いてくる。
里沙は観念したように小さく溜息を突いた。仕方なく絵里に背中を預ける。暫くして、小さく「温かい…」という囁き声が聞こえた。

「ガキさん…絵里も不安です。だから、あんまり一人にしないで下さいよ…」

連絡が着かず、捜索願い出すところだったと語る絵里。黙って彼女の話に耳を傾ける。

どうやら自分の態度を不安からきているものだと思っている様だ。また暫くの沈黙の後、そういえば、と口を開いた。

「前も、絵里がガキさんの仕事場を急に訪ねた事有りましたよね」
「忘れたね、そんな事」

勿論しっかりと覚えている。昨年の丁度今頃、里沙の定期を盗み見た絵里が、自分の仕事場を割り出し突然やって来たのだ。サプライズのつもりだったらしい。
マイペースな彼女はその時も相変わらずふわふわとした雰囲気で経緯を語っていた。
しかし勤め先に姿を現したのは16時だったが実際はビル開店直後の10時からずっと探していたと聞いて流石に呆れてしまった。
が、それと同時に自分を驚かせるために具体的な場所を訊かず、諦めずに探してくれた事を嬉しく感じた。
ショップ店員だった里沙は其処で絵里のコーディネートをするよう要求された。可愛い我儘だ。
所構わず自分を掻き回すぽけぽけ娘。まぁ正直最初は少し迷惑に感じたが、いざ絵里をスタイリングしてみると楽しかった。
顔立ちが整っていて、モデル顔負けのボディバランスを持った彼女はどんな服にも良く映える。様々な服を試着させたくなるのだ。
そして自分のコーディネートを心から喜び、感謝してくれる絵里を見ているとやり甲斐を感じた。
試着に夢中になり、あっという間に時間が過ぎ去っていったのを覚えている。

「あの時はデートみたいで楽しかったです。ホンの一瞬でもガキさんの彼女になれた気がして。
でもあの後結局カードの残高が無くなって…金欠になった絵里を暫く面倒見てくれましたよね」
「そうだっけ」
「ふふ…ごめんなさい」

そう言うと里沙の背中に顔を埋めた。仄かにミントの香りがする。
里沙は胸が締め付けられた。今年のクリスマスも一緒に過ごしたい、なんて言われたから。徐々に感情が高ぶっていき、目頭が熱くなった。
どうかな…?里沙が曖昧に囁くと大丈夫、と返してきた。

「オリオン座にお願いすれば良いんですよ。来年も、その先もずっと…ずっと一緒にいようって…」

瞳がジワリと滲んできた。星を見るフリをして上を見上げる。目に溜めた涙を零さない様に…。

直ぐにでも絵里に向き直り、抱き締めて頭を撫でてやりたいと思う。
そんな衝動に駆られてしまう自分が嫌になった。拒絶し切れない自分が嫌になった。
絵里は帰りましょ、と里沙の身体を揺らした。それに対して無言を貫く。言葉を発すると声が震えてしまいそうだ。
するとそんな無反応の里沙に「もぉ!」とまた駄々を捏ねる子供の様な声を出し、強く抱き締めてきた。
痛い、と言おうとしたところで絵里がまた口を開いた。

「絵里はガキさんが好きですよ?」
「……!」

ピクリと里沙の指先が反応した。唐突な絵里の言葉に胸の辺りが先程よりも更に強く締め付けられる。
冷や汗を掻きつつも深呼吸して努めて冷静を装った。心臓の鼓動が聞こえない背中越しで良かったと沁々感じる。

「絵里はずっとガキさんが羨ましかった…。何でもテキパキ熟しちゃうし、リーダーシップもあるし、絵里に無い物を全部持っていて凄く嫉妬してました。
だから始めはそんな人が絵里に構ってくるなんて、只の自己満足の偽善だと思ってました。弱い者を助けてるっていう優越感に浸ってるんだろう、って」
「いや捻くれ過ぎでしょ」
「でも何時からかそれが本当の優しさだって気付くようになって。
さゆ以外にも絵里を理解してくれる人がいるんだって、心の底から実感することが出来て温かくなりました。今は本当に信頼してます。
だから絵里が困った時は直ぐに駆け付けて下さいな」
「いや甘え過ぎでしょ」
「それに忙しい筈なのに絵里の下らない話にいつも付き合ってくれるんですよね。それが嬉しかったです…」
「…カメの話は殆どが意味不明だしね」

ポツリとそう呟いた。それを受けて小刻みに震えているのが背中越しに伝わる。

「ふふっ酷っ、そこまで言いますか…意地悪ですねぇ、そういえば覚えてますか、あの話」
「あの話?」
「ほら、あの話ですよ。アレ…アレですよ」
「まさか忘れちゃったの」

思わず振り返った。あの話と言われても思い当たる様な節は特に無い。テキトーな彼女は話している内にまた忘れてしまったのかもしれない。
からかっている様な言葉に絵里はムッと頬を膨らませた。

「違いますぅ、ほら、あの、地球の話ですよ」
「あぁ、そう言えばそんな話してたっけ」
「へへへ~、あれ、解りましたよ」
「へぇ、聞かせてよ」

絵里がこのタイミングで引っ張り出してきたのは「地球の地面を掘って貫通して出るとき頭から出るのか足から出るのか」という昔した下らない議論の話。
彼女はこの辺りの掛け合いが上手だ。空気を読まないというよりかは自ら空気を作り出してしまう。
絵里の話は予想通りぶっ飛んでいて、自然といつものキレのあるツッコミを入れている自分がいた。
何か久しぶりだな、この感じ…。二人で話すこの空気感が妙に懐かしく、とても心地好く感じた。
時間以上に様々な出来事を巡るめく経験していたからそう感じるのかもしれない。
とても不思議な雰囲気を絵里は持っていると思う。
幾ら憎悪の感情を抱いていてもぽけぽけ娘はその負の部分をふんわりと掬い上げ、溶かしてくれる。
彼女の柔らかい言葉の一つ一つが里沙の中で波紋のように広がり心に深く沁み渡った。
いつしか里沙は彼女の独自の世界に吸い込まれ、自然と笑みを作っていた。…そしていつしか辺りには笑い声が木霊していた…

………

どれ位の時間が経っただろう。
話が一段落すると、また思い出した様に陰鬱な表情を里沙は浮かべた。
すると絵里は里沙の手を自らの元へと手繰り寄せ大丈夫ですか、と訊いてきた。
顔を真っ赤にして慌てて振り払うと、絵里はバランスを崩してよろけてしまう。危ないっ、と咄嗟に彼女を抱きかかえた。
トクン…
なんだろう。また自分の心臓が高鳴るのを感じる。先程の様に胸の辺りがモヤモヤして、苦しくなる。
里沙は固まってしまった。頭が真っ白になり身体が金縛りにあったかの様に動かなくなる。
困惑した表情の絵里にガキさん?、と呼び掛けられたところで里沙はハッと我に返り、同時に手を放してしまった。きゃあっ、と尻餅を突く絵里。
里沙は慌ててゴメンゴメンと彼女を起こした。そして息を吐き、胸を撫で下ろす。まだ脈打つ鼓動が落ち着かない。

此の侭ではいけないと、絵里から距離を取り深く息を吸い込んだ。
そして「どうして自分が此処に来たか分かるか?」と質問を投げ掛けた。
すると人差し指を顎に当て首を傾げた。明後日の方向を見つめている。恍けているのだろうか。

大凡(おおよそ)の検討はついているかもしれない。彼女にとって此処は忘れる事の出来ない場所なのだから。

「此処はカメがリゾナンターに入るキッカケになった場所だよね?」

その言葉に絵里は一瞬息を呑んだ。
此処は生れ付き身体の弱かった彼女が入院を続けていた病院の屋上。
絵里は幼少期から孤独でずっと病室で過ごしてきた。不思議な力を持っていた彼女だが、幼い頃は自身で制御し切れず、力を暴走させてしまう事が多々あった。
そんな”忌まわしい力”が周囲に悪影響を及ぼしてしまう事に、いつしか彼女は耐えられなくなってしまった。
そうして絶望しかけていた所を愛やさゆみ達が救ったのだ。
その後、自分が孤独でない、必要とされている事を身をもって知った絵里は、これ以上自分と同じ境遇の人間を生み出さないためにリゾナンターとなった。
一旦目を伏せ、一呼吸置き改めて里沙を見つめ直すと、また目を泳がし、絵里は気まずそうに頭を掻いた。

「あー、やっぱり知ってたんですか…どうして今になって此処へ? 絵里に内緒にしてまで来る理由って…」
「ていうかカメは良くこの場所が分かったじゃない。フィーリング?じゃなくて共鳴因子がビビビッとカメの頭ん中に呼応して何となく場所が分かったんだっけ。
泣かせるじゃない。アンタも成長したもんよ」
「ま、まぁ…。ていうか無視?無視ですかガキさん」

”共鳴”、それは自分達にとって切っても切り離せない、実態は不確かだがその胸の内に確かに息衝いている不思議な現象だ。
共鳴によって結ばれた戦士、リゾナンター。その先駆けとして皆を導いたのはリーダーの愛だ。
里沙は愛ちゃんってさ、と呟いて遠い目をした。
愛は何時だって自分より他人の事情を優先していた。謙虚で、人を思いやり平等に見る目を持ち合わせている真のリーダー。
ちょっぴりお節介で馬鹿だったけれど…
リゾナンターも皆悲しみに打ちひしがれていた所を彼女に救われている。其々に生きる意味を与えてくれた。
どんな時も戦いの先陣に立って、傷つき苦しみながらも弱い者を孤独から救おうという想いに、少女たちは心を震わせた。
軈て彼女の周りには自然と多くの仲間が集るようになり、いつしか少女たちは皆彼女に命を預けるようになった。

愛ちゃん、本気なの?私たちの力じゃ…
それはまあ、そうかもしれないけど。でも、昔とは違うから。昔を知っているから、出来ることがある。 昔を知る私達がやらなくちゃいけない。
………わかったよ、愛ちゃん。一緒に戦おう。

650 名前:名無し募集中。。。[] 投稿日:2012/11/29(木) 15:51:59.71 0
ありがとう、里沙ちゃん。里沙ちゃんなら、絶対そう言ってくれると思ってた。
愛ちゃんってば、また泣いてる。そうやって泣き虫なところは昔と変わらないね。
里沙ちゃんだって、涙目になってるがし。

里沙は初めてリゾナンターになった日の事を思い出した。
彼女から滲み出ていた人を守る事への強い意志。今の自分は彼女に近付けているのだろうか…
それはまだ分からないが、里沙の目は現実のその先を見据えている。自分を信じている。信じたかった。
絵里もまた里沙の言わんとすることを理解したのかさゆは、と語り始めた。
さゆみは絵里にとって掛け替えのない存在だ。病気がちな絵里をいつも見守っていてくれていた親友。
いつか、さゆみの癒しの力を絵里の風で世界中に届けるたい、そして落ち着いたら二人でケーキ屋さんを開きたい、とよく夢を語り合っていたそうだ。
遊園地で共に食べたクレープの味は忘れられない、と言うエピソードを付け加えるのが彼女らしい。

しかし…しかしそんな皆はもういない……その現実が里沙を締め付ける。
唇を噛み締める絵里。拳を握り締め暗闇の向こう、その先を見つめる。同じ様に里沙も絵里の視線の先を見つめ、言葉を紡ぎだす。

「私は皆…皆大好きだった。それなのに…」
「はい、皆…ダークネスに…やられちゃいました…」
「……あなたが手を回したから、ね」
「………」









.....え?









聞き間違いかもしれない。もう一度「え?」と絵里は問い掛けた。暗闇の先をジッと見つめ、里沙は沈黙に佇んでいる。絵里は眉を顰めた。

「ガキさん…今なんて…」
「カメ、リゾナンターを裏切ったでしょう」




★★★


絵里は目を剥いた。言葉の意味が解らない、という風に。
里沙は鋭い目を絵里に向けている。揺るぎ無い決意を秘めた眼差し。
その雰囲気に呑まれたのか、たじろいだ声を上げた。目はチカチカ動き絵里の視線は定まっていない。

「何…何言ってるんですか…?」
「恍けても駄目よ」
「ガキさん…え、冗談、ですよね…?」

声が微かに震えているのが伝わる。既に目が潤んでいる。
しかし里沙がそこから視線を逸らすことはしない。絵里が仲間を裏切った…そう語る里沙。

…以前から絵里はある理由から、メンバーに矢鱈と接触するようになっていた。そうした最中(さなか)、悉く皆ダークネスに襲われた。
時期はピッタリ重なる。それは絵里が事前に敵に情報を流し、誘導したからだろう、と里沙は問い詰めた。
それを受けて、時が止まった様にピタリと固まって絵里は動かなくなった。
そうして暫くするとパニックになった様に「え?え?」と同じ単語を連呼し始めた。狼狽える彼女を無視して更に続ける。

「愛ちゃんも、さゆみんも、皆も…皆アンタに嵌められた。そして私の事も欺こうとした」
「ちょっと待って…まさか本当に絵里を疑ってるの…?ウソですよね…」

ウソですよね…、と言いつつも里沙が冗談でこんな話をする人間で無い事は重々分かっている筈だ。
では逆になぜ既存メンバーで自分達だけ生き残っているのかと尋ねた。
絵里は初め里沙の真意が掴めないという風に眉を顰めた。その目は助けを求めている様に見えるが悄然として無言を貫く。まるで子供を躾する母親の様に。
暫く沈黙が続くと、軈てわからないよ、わからないよと呪文の様に繰り返し、絵里は頭を抱え地面にへたり込んだ。

「姫様ごっこ」
「え…?」

不意に里沙が呟いたその言葉に、絵里は吸い寄せられる様にゆっくりと頭を上げた。
”姫様ごっこ”…それは元々、絵里がバイトを兼ねてメンバーに仕えるようになった罰ゲームだ。
ある日一人暮らしが面倒臭いという理由で、籤で負けた誰か一人が召使いとなってメンバーに尽すゲームをしようと絵里が言い出したのが始まりだ。
怠け者の彼女らしい発言だったのでそれは自然な流れだったし、ユニークで面白そうだという理由から皆乗り気で参加した。
しかし結局籤引きで負けたのは絵里自身でメンバーの爆笑を誘ったのを里沙は覚えている。

…そしてその後仲間たちは次々と襲われていった。しかも全員一人のところを狙われている。
リゾナンターは普段単独行動を慎む様に指示を受けている。また万が一単独で敵に遭遇した場合は即逃げるように釘を刺してある。
そうしなかったのはすぐ近くに仲間がいて敵の数もそれ程でもなかったから。
しかしその時想定外の事態が発生していたとしたら…?
何故か仲間と共鳴を起こせなかったとしたら…?助けを求める心の叫びが、仲間に届く前に味方の騙し討ちに合ってしまったとしたら…?
最初に”ゲーム”を提案したのは絵里…籤引きにしようと言ったのもそうだ。
あれは最初から中身は全部スカで、自分の番に籤を引くフリをして元々持っていたアタリを取り出したんたのだろう、と自らの推測を説明する。

「ガキさん…何を…何を言って…?」
「その後、召使いになったアンタは多分「皆を願いを叶えてあげる」とか何とか言って…」

他の仲間たちの目が届かない地点、予め配置したダークネスが舌舐めずりをして待ち構える巣にまでリゾナンターを其々隔離し、そしてーーー

「ち、ちょっと待って下さいよ!」

話を聞き終わえないうちに堪らず待ったを掛ける絵里。それを受けて「白状する気にでもなったのか」と里沙は冷静に返す。
その言葉には温度が籠っていない。彼女に隙を見せてはいけないと考えているのだ。

例え目を真っ赤にして自分に訴えかけてきたとしても。

「おかしいですよ!?ガキさん、言ってる意味が全然分かんない!」
「そうかな、的を得てると思うけど」
「本気なんですか…?」
「……」

再び黙んまりを決め込むと、怯えていた様な目にグッと力を込め、此方を睨み返してきた。

「…もういいです…ガキさん、アナタはリゾナンターを首にします」
「…それで?」
「…少し早いですが代わりに目星を付けてある新しいリゾナンター候補を仲間にします」
「ふーん、その子にも姫姫~とか言って擦り寄って、何れ特殊能力だけ抜き取って抹殺するって訳?皆の様に」
「…そんな風に考えてたなんて。ずっと…ずっと絵里をそういう目で見ていたんですね。
さゆがいなくなって…ガキさんだけが唯一の理解者だって…そう、思ってたのに…」

最低、と一言残し踵を返すと扉の元へと歩き始めた。
それはよくドラマでガールフレンドが「愛想を尽かしました」と別れを切り出すシーンに良く似ている。

「其れだけじゃない。アンタは新メンバーの情報や敵を優位にする内部データも余す所無く漏らした。
そして…”共鳴”に関する機密までね。寧ろ順番としてはこっちが先だった」
「聞いてません。もう二度と絵里の前に現れないで下さい。さよなら」

吐き捨てるように言い絵里はその場を去ろうとした。そして扉に手を掛けたその時、里沙はその背中に向かって呟いた。

「…パソコン」
「…え?」
「パソコンを使ったんでしょう」

喫茶リゾナントの里沙が管理してるメインPC、そこにはリゾナンターの組織データやメンバー一人一人の能力の詳細、個人情報についてが詰まっている。
そして愛が経験を元に分析し纏めた「共鳴」についての独自の見解。リゾナンターにとっての最重要機密事項だ。
喫茶店の地下に造られたPCを複数設置してあるその制御室(簡易的なものではあるが…)には普段里沙以外は絶対に入れないようにしてある。
悪戯されたり機器を壊されたりすると不味いからだ。
以前里沙がPCを立ち上げようとした際、ノートが微かに熱を持っていることに気付いた。
不審に思った里沙が中を調べてみると、共鳴に関する機密ファイル、そして新メンバーの個人情報ファイルが開かれた形跡が残っていた。
その日部屋に入ったのは掃除を理由に鍵を渡した絵里だけ…

つまり里沙の考えはこうだ。
ダークネスは以前からリゾナンター特有の現象、共鳴に関する情報を取得する事を渇望していた。
しかし具体的な仕組みはメンバー自身も知り得ていない。そこで絵里を使い、共鳴に関するデータを流させる事を思いついた。
絵里は制御室に入るとノートの機密ファイル、そしてその存在がまだ明るみになっていない新メンバーの詳細情報を開き、ダークネスに漏らした。
そこからダークネスは”共鳴”が仲間と想いが重なり響き合う事で初めて発動する「共鳴因子」の働きによる”能力の増幅”であること、
また人数が多い程連鎖を起こしその効果が増す事を知った。
そこでダークネスは更に絵里を使って、リゾナンターを一人ずつ誘き出し抹消することを考えた。…姫様ごっこによって。
単独では力を引き出し切れないリゾナンターたちは敵の前に次々と倒されていった。

「今思えばあのカメが自ら掃除するなんて地球が引っ繰り返ってもいう訳無いわよね。しかも私以外入らないんだから汚れてるかなんて分からないし筈だし」

大袈裟に肩を竦め、淡々と話す里沙。
絵里は黒目をクルクルとさせ、軈てその大きな瞳からポツポツと雨の様に涙が零れ出す。
そして今にも寒さで凍え死んでしまう猫の様な眼差しを此方に向けた。

「意味…分かんない。ガキさん…何言ってるの?どうして…?ぱそこんがちょっと熱かっただけで絵里がダークネスになっちゃうんですか…?
絵里は…絵里はただガキさんが普段頑張ってるから、そのお手伝いが出来ればいいと思っただけです!」
「…あの部屋、掃除する前と後で殆ど何も変わってなかったわよ?物は散らかったままだったし」
「それは!、物を動かしたりしたらいけないと思ったから…!!部屋の物を勝手に触っちゃいけないと思ったからっ……!!
気を使ったのっ!!だって勝手に弄ったらガキさんいっつも怒るじゃんっ!!」

喉が焼けるような声でそう叫んだ。ボロボロと零れる涙を拭う事もせず。里沙自身も全て何かの間違いであればいいと思っている。
絵里が嵌められている可能性もあった。…ギリギリまで絵里を疑いたくなかった。
しかしリゾナンターを束ねるものとして、現実から目を逸らす訳にはいかない。

「カメ…」
「うるさい!あっちいけ!!」

蹲り耳を塞ぐと、金切り声でそう叫んだ。その姿に里沙は一瞬怯んでしまった。
絵里は涙を流しながら嗚咽を繰り返している。里沙は目を逸らした。自分も泣いてしまいそうだったから。本当はもっと早くに気付く冪だったのかもしれない。
軈て泣き疲れたのか絵里は吹っ切れた様な穏やかな表情になり、分かりました、と呟いた。

「…じゃあ絵里を殺せばいい」
「…え?」

その言葉は真っ直ぐに里沙を突き刺した。里沙の有するピアノ線を用いて、自分を殺せと言ってきたのだ。馬鹿な…。演技なのか…?里沙はそれを探る様な目で見つめた。
言葉の裏の意図を量ろうとする。すると訝しげな表情を見せる里沙に彼女は安心して、と言わんばかりの微笑みを返してきた。

「大丈夫です、傷の共有を発動させたりしませんから。」
「アンタ…」
「ガキさん、さっきも言いましたけど絵里にはもうガキさんしかいません。そのガキさんに拒絶されたら、もう絵里に生きる意味はないんですよ。
それにさゆたちに、仲間たちにずっと会いたかった…。さ、焦らすと気が変わっちゃうかもしれないんで、早くして下さいな」
「……」
「…ガキさん?」

覗き込むと里沙はボロボロと涙を流していた。それを見て絵里もまた泣き腫らした目に涙を浮かべる。

「…でも、絵里が裏切り者でも、これだけは信じてください。ずっと、絵里はずっとガキさんが好きです。…さようなら」

そう言うと大の字になって寝転んだ。白い息を震わせている。

里沙は絵里に近寄り、懐に手を掛けた。
今、彼女をピアノ線で貫けば彼女の全てが終わってしまう。
それなのに全く慌てる様子もない。覚悟を決めた、とでもいうのだろうか。
清々しい表情をしている少女。彼女の瞳に浮かべた涙は、星明りを浴びて綺麗な輝きを放っている。
思わず里沙はたじろいでしまった。彼女の瞳の奥に焔が宿っていたから。自分と同じく揺るぎ無い信念を秘めた、真銀の瞳。
いや、自分は常にグラグラに揺れ動いていた。後輩を安心させる程の広い背中を持ってはいなかった。
しかし今の彼女の固い意志は梃でも動きそうにない。暗闇の中、決意を込めたその瞳は自分には眩しすぎた。
それに彼女の言葉が演技とはとても思えない。即興で取り繕った言葉とはとても思えなかった。しかしーーー

「芝居ね」
「…え?」

そう吐き捨てまた鉄柵の元へと歩み寄る。それを流し目に見てムクリと起き上がり、「信じてもらえないんですね…」と淋しげに蹲る絵里。
そして少しの間を置き静かに語り出す。

「カメ…」
「もうわかんない…何も…わかんない…何も…信じられないよ…」
「私はPCに何か手掛かりが残っていないか探ったわ。
カメ、アンタは私の目を盗んでノートを立ち上げると、リゾナンターの「共鳴因子」に関するファイルを見つけ出した…。
…でも開いたファイルをダウンロードして持ち帰るんじゃなく、そのまま送信したのはミスだったわね。
スパイの経験が無いあなたには判らないでしょうが…PCの履歴って、削除しても実は残ってるのよ。
履歴を辿って行ったら、ダークネスのメールサーバにアクセスした跡が残っていたわ」

最初は信じられなかった。コンピュータのコの字も知らないような絵里が内部情報をリークした、なんて。
しかしその後リゾナンターは火の如く襲われていった。絵里がごっこ遊びを始めたのも丁度その頃。偶然とは思えなかった。
それに残っているのは自分と絵里のみ。敵に手を貸した者がいるとすれば必然的に絞られる。

里沙は更に続ける。
履歴を遡ることで証拠に辿り着き、そしてそのアドレスから「亀井絵里」の名前を使って逆にダークネスの機密文書の提示を要求した。
返信を固唾を飲んで待ち続けていると、直ぐに文書の添付付きで返信が送られてきた。正に今日の事だ。
一端の片戦闘員でも闇の組織にとって心臓とも呼べる内部情報を簡単に開示する訳は無い。
つまりこれが送られてきたのは短期間でも重々信用に足る程の並外れた成果を上げたからだ、と説明する。

「どう?これでもまだ白を切るつもり?」
「……」
「アンタが此処に来たのは共鳴でも何でもない。心を閉ざしたアンタに仲間の声は聞こえない。私の服の襟裏に此れを仕込んだから」

懐から赤く点滅するシールの様な機器を取り出すと床に投げ捨てた。発信機だ。
そしてもう一度懐を弄ると小さな拡張子を取り出す。

「リゾナンターは確かに追い詰められてるかもしれない。でも此れがあれば一発逆転…。中身はダークネスの組織図、これからの具体的な計画とか内部情報が詰まってるわ。
大っぴらにすればダークネスは終わりよ。間違い無く組織は解体に追い込まれるでしょうね」
「……」
「カメ、本当のことを言って」

一気に捲し立てた。毅然とした口調ではあったが実際はもう絵里の反応を見るのが耐えられなくなったのかもしれない。
彼女の口から真実が聞きたかった。自分の意志でダークネスに従っているとはどうしても思えない。
恐らく自分の時の様に何か弱みを握られているのではないか。そう考えた里沙は敢えて彼女をこの場所に呼びあの頃の気持ちを思い出させようと思ったのだ。
リゾナンターとして生きて行く決意を固めた日の事を…。絵里は無言のまま俯いている。
ジリジリと時間だけが過ぎ去る。いつまでも無反応の絵里に里沙は業を煮やした。

「何とか言ったらどうなの」
「……」
「ねぇ!!」
「……」

吠えるように叫んだ。普段冷静な自分からは想像出来ない程感情を剥きだしにして。
…里沙の叫びは虚しく辺りに木霊する。白い吐息が風に乗って消えていった…。空気が張り詰めた辺りは静寂に包まれている。
暫くの沈黙の後、絵里はよろめいて立ち上がり、ポツリと呟いた。




「....馬鹿ですね」




刹那、里沙の脇腹から鮮やかな赤い線がが噴き出た。その拍子に落とした拡張子がコロコロと地面に転がる。
里沙は低い呻き声を上げ、その場に蹲った。
左手で必死に傷口を抑える。ジワリと掌が赤く滲んでいき軈て溢れた血滴がひたひたと零れ出した。
苦痛に漏れる声を必死に殺し、顔を顰めながらも絵里に向き直る。彼女は相変わらず頬を淡いピンク色に染め静かに佇んでいる。
…しかし先程と異なるのはその瞳が色を失ってしまったのかの様に虚ろであるという事、嗚咽する程の禍々しい気を放っているという事、
そして…冷たい鉄の武器を此方に向けているという事。そしてその先口からは一本の煙の糸が立っていた…。

「…何も知らなければ助けてあげようと思ってたのに。ガキさんだけは絵里の気持ちを理解してくれると思ってたのに」
「カメ…やっぱり…」
「…ふふ、そうですね…ただノートにパスワードを敷いてあったのには焦りましたよ。でもガキさんのスパイ時代の識別コードが2121だったと訊いて。
もしかしたら、って思ったらビンゴだった訳です」




★★★★


凍りついた。
彼女の仕舞い込んでいた重々しいオーラが噴水の様に溢れ出し一気に辺りを呑み込んだ。ビリビリとして身体が震え出す。
先程までの穏やかさを何処に捨て去ったのだろうか。抑揚の無い声。無機質な表情。
瞳に宿していた焔は掻き消え、代わりに映していたのはどこまでも深い漆黒の闇だった。
こんな状況に陥っている今でさえ、カメ、アンタ女優になれるね…なんて事を考えてしまった。
分かっていた筈なのにこれが全て夢の中の出来事であるかの様な錯覚を起こす。
里沙の頭が必死に現実を受け入れるのを拒んでいるのだ。

「どうして…皆を裏切ったの…」
「どうして、ですかね。気が付いた時にはもう戻れない所まで来ていた、って感じですかね…」
「カメ…」
「ダークネスは絵里に力を与えてくれました。そうしたら、今まで悩んでいた事がバカバカしくなったんです。組織の考え方はシンプルです。弱肉強食。
特殊な力を持つものが最も強いとされる。今まで蔑まれてきた立場が逆転するんですよ」
「やっぱりアンタの心臓…」
「ええ、完治しました、ダークネスの医療科学によって。勿論違法ですけど。その後の世界はまるで違って見えました。それが最初の心境の変化かも知れないです。
そのまま抜けられないうちにズルズルと…ね」

ダークネスの力は麻薬だ。不治の病から解放され、空想が現実のものとなった喜びに絵里は酔いしれているのだろうか。
組織の大義は能力者が一般の人間を支配する世界の創造。
確かにこれまで何をするにしても人の助けを必要としてきた彼女にとって”力”を得る事は世界が変わって見えるのかもしれない。
何も出来ない不甲斐無さ、そして自身のメンタルの脆さを嘆く節はこれまでも見受けられた。
でも違う、違うよカメ…弱いことは悪い事じゃない。弱さを持っているから人は他人を思いやり、優しくなれるんだよ。
さゆみんや皆が病弱なアナタを必死に守っていたのも優しさなんだよ。そして助け合う事で私達は強くなれる。
誰にも負けない鋼の心を手に入れる事が出来る。
その心の共鳴を武器にして戦うのがリゾナンターでしょう。それを忘れてしまったの?
「強さは人を傷つける為のものじゃない、人を守る為のものだよ」って後輩たちに自分で教えていたじゃない。
それを知っていたアナタは誰よりも優しかったよ。だからこそ私たちは共鳴することができたんだよ。ねぇそうでしょ。
私の声はもうアナタには届かないの?…カメ…

「それにガキさんも気付いてたんじゃないですか?私たちは生かされていただけだって」
「それは…」

ダークネスに身を置いていた里沙も薄々勘付いていた。
リゾナンターは特殊能力を持っていたとしても所詮は若い少女たちの集まり。
正当な訓練を受けた訳では無い彼女たちは寄せ集めの叩き上げに過ぎない。
結成当初は、ダークネスが潰そうと思えば簡単に出来た筈だ。そうしなかった訳。
リゾナンターが極めて特殊な存在だからだ。
ダークネスの能力者たちは愛も含めその殆どが人工的に力を得た者たちだ。しかしリゾナンターはある日突然特殊な力に目覚めた者たち。
しかも同時期に複数の少女たちが一斉に力を宿し、そしてその能力者たちは”共鳴”という科学の範疇を超えた不思議な感覚で繋がっている。
希少性が極めて高く此れまでに例が無かったためその芽を摘む訳にはいかなかったのだ。能力者による世界を創る為にそれを利用しない手は無い。
元々里沙はスパイとしてリゾナンターの日常の動向を観察し、報告する任務を与えられていた。
里沙が組織を抜け出した後は暫く膠着状態が続いていたが、続々と新たな能力者たちが加入し脅威に感じたのかもしれない。
そこで能力が発芽し切った既存メンバーは特殊能力を抽出して抹消することにした、ということか。事実未知数な部分が多い新メンバーたちは生き残っている。
能力者同士が集えば寧ろ好都合だ。様々な型のデータが一気に採取出来る。つまりーーー

「リゾナンターは初めから試験的に生かされていただけなんです。
残った新メンバーは適当に刺客を送り込んで戦わせることで彼女たちの潜在能力を覚醒させればいい。
私は姫様ごっこの延長として、召使いに扮して新メンバー一人一人の成長を記録し報告していたんです。過去にあなたがやっていたようにね」

淡々と機械的な声で話す絵里。その顔に感情の色は無く不気味さを漂わせる。しかしその中にも美しさを感じさせる彼女は流石だ…。
自分だけ残したのはスパイとしてのノウハウを持っているから再び仲間に引き入れようと考えた為、または新生リゾナンターを纏めさせる為か…
里沙と絵里を除けばリゾナンターはまだヒヨッコの8人しかいなくなる。間違い無く空中分解するだろう…
不意に里沙は目が眩む。寒さで体温が奪われ、呼吸も乱れてきた。傷口からの出血が止まらない。徐々に唇が青ざめていく。

「仲間を呼ばないんですか?」
「こんな状況、見せれる訳ないでしょう…」
「それもそうですね」

わざとらしく肩を竦めクスクスとした笑いを見せる。それを見て何も出来ない悔しさで顔を歪める里沙。
どうやらぽけぽけ娘は本当に帰ってしまったらしい。

「ガキさんがスパイを抜けてから直ぐに警察に駆け込まなかったのは…離脱後直ぐにダークネスが本拠地とサーバを移し替えたからですかね。
証拠が無ければ国も警察も動きませんから」

ふと鉄の味がした。すると突然言いようのない苦しい感覚に襲われ、次の瞬間里沙は大量の血を吐いて噎せ返った。
咳き込むと呼吸に掠れる様な音が付き纏う。内臓がヤられていると悟った。
思ったよりも傷が深い…。瀕死の表情を浮かべる里沙に絵里は尋ねた。

「苦しいですよね…ガキさん、絵里を倒さないんですか?ガキさん程の人なら情に囚われる様な事ありませんよね」
「……」
「倒さないんじゃなくて倒せないんですよね」
「!!」

背筋が凍りついた。その震える様子を見て絵里は歪んだ笑みを浮かべる。

「見事ですよガキさん、ピアノ線で能力封じなんて」

…バレている。初めからピアノ線が使えないことを絵里は知っていたのだ。
里沙の精神干渉は殺気出っている者には殆ど効果を示さない。
それに絵里を攻撃すれば”傷の共有”で自身も致命傷を受けてしまう。そこで策を考えた。
絵里が此処に来る事を読み切った里沙は、予め屋上全体に精神干渉を掛けたピアノ線を張り巡らせ、絵里の能力を封じ込める作戦を捻り出した。
暗がりなら細いピアノ線は殆ど判らない。
…この策は嘗てこの場所でDr.マルシェが行ったらしい能力阻害の応用だ。
ただこの作戦は自身も攻撃に転ずる事が出来ない。ピアノ線の陣を崩せないのだ。しかしそれでも良かった。
戦いを起こさなければ、つまり負けなければ切り札を持っている自分の勝ちとなる。
その状況ならば絵里を問い詰める事が出来ると思ったのだ。
それに心の何処かで絵里と戦いたくないと思っている自分がいた。戦いたくは無いがただ如何しても本人の口から真実が訊きたかった。
実際それによって”風の刃”と”傷の共有”は封じ込めることが出来た。しかしーー

「…でもまさか拳銃を持っているとは思わなかった…ってところですかね」
「カメ…如何して…」
「ガキさんも絵里の気持ち、解りますよね?だって生粋のダークネスだったんですから」
「違う…私は違うわ。組織に身を置いていても、その思想に共感してはいなかった」

それは美しく聞こえる。しかし別に正義感に溢れていた訳でも無い。当時は感情の起伏が余り無かった。
ただ与えられた任務を完璧に熟すだけ。そこに理由は無い。それが自分の仕事なのだから。
そういった意味では絵里を責める資格は自分には無いのかもしれない。
力を求めるのは悪い事では無い。ただダークネスのやり方が不当である、という事だ。
しかしリゾナンターにスパイとして潜り込む様になってから、考え方が大きく変わった。
里沙は弱くなった。皆の優しさに触れ、精神的に隙が出来てしまったのだ。
そして悩んだ。これまで何一つ疑う事無く、ただ与えられた任務を全うするだけだった自分が、初めて如何すれば良いか分からなくなったのだ。
しかしその葛藤が無駄だったとは思っていない。それと引き換えにこれまでの自分に無かった大切な何かを手に入れる事が出来たのだから。
己の不利を知りながらも里沙はリゾナンターとして生きる道を決めた。
それは愛や仲間たちがを里沙を初めて人として、仲間として受け入れてくれたからだ。
スパイだった里沙に愛が情報管理を一任してくれた時、本当に嬉しかった。この人の為に全力で尽くしたい、心からそう思えたのだ。
そしてリゾナンターになった時の気持ちは絵里も同じだった筈…。しかし何故こんな事になってしまったのだろう…

「ガキさんの言った通りです。絵里は召使いとして姫の願いを叶える為、という名目で……」

普段立て込んでいるリゾナンターに其々リフレッシュさせたいから、と事前に遠出してみたい場所を訊き出し予めそのポイントに組織の戦闘員を配置。
そうしてメンバーから隔離し、「姫」が感動と感激で油断し切っている所に一斉攻撃を仕掛けほぼ暗殺の形で抹消。
愛佳も不吉な気配を感じ取ってはいたが、不鮮明な未来しか捉える事が出来ず結局は抗えず。
…しかし特殊能力を抽出したのは呼吸が完全に停止してから。科学技術が進歩しそれが可能になった。
自分でも驚く程上手くいったので怖いくらいだった、後半のメンバーの頃には要領も分かってきてほぼ”作業”になっていた、と
柔らかい物腰で卑劣残酷な内容を語る絵里。それはとても仲間だった人間が言っているとは思えない様な台詞だ。

…そして更に其々の具体的な死期の状況についても鮮明に話し始めた。里沙は目を瞑った。彼女は今生き生きとしている。
如何して饒舌になれるのか理解が出来ない。聞かない様にしても絵里の言葉の一つ一つが耳にこびり付いて離れない。

「…皆1mmも疑わないんだもん、笑いを堪えるのに必死でした」
「やめて…」
「ただ、愛ちゃんだけは絵里がおかしい事に気付いている風でした。絵里の心の声が聞こえなくなったのをずっと気に掛けてました。
でもまさか絵里がダークネスと繋がっているとは思わなかったのか、それとも内部分裂を起こしたくなかったのか将又絵里が改心すると思ってたんでしょうか。
何れにしろ、絵里を心底では仲間であると信じていて。最期まで自己犠牲の精神を貫いた人でした」
「やめて…」
「ふふ…それはまだいいです。さゆなんて最期の最後まで絵里を信じきっていました。そうそう、真夜中の貸切遊園地でした。
二人の思い出の場所だったんです。自分が瀕死の状態なのに必死になって絵里を庇おうとしていましたよ。まったく、こんなに面白い事は無いですよね」

そうして嘲るように笑った。里沙はもうやめて!、と叫んで耳を塞いだ。胸が引き裂かれそうになった。
この期に及んでも絵里が闇に堕ちた現実を受け入れきれないでいた。考えると頭の中が焼き尽くされそうになる。
ずっと相棒だった絵里。外傷よりも心に出来た傷の方が里沙を刺し、深く抉った。
仲間を侮辱する絵里の声が頭の中を駆け巡り、グチャグチャになってパンクしそうになる。

「皆を…悪く言わないで」
「絵里を軽蔑しますか」

無機質な声でそう尋ねる。先程までの甘い雰囲気は微塵にも感じさせない。
駄目だ…。もう既に理解している筈なのに里沙の口は自然と動いていた。

「皆を手に掛けて…何も…感じなかったの…?」
「…何も」

その言葉を聞いた時、心にぽっかりと穴が開いたような気がした。如何して判り切った質問をしてしまったのか…。その問い掛けには何の価値も孕んではいない。
答えを聞いても何のメリットもない。或いは彼女が否定してくれる事を望んだのだろうか。これは全て何かの間違いだと、自分の意志では無かったと。
彼女はもう仲間ではない。そう覚悟を決めてこの場に望んだ筈なのにこの期に及んでまだ試そうとしていたとは…。

寧ろ絵里の方は全くと言って良い程ブレていない。決然と腰を据え、一片の迷いも無い様に映る。
…絵里が完全に闇に呑まれている事を悟った。もう自分の声が届きそうにない。
里沙は天を仰いだ。


愛ちゃん、気付いていたなら如何してカメを止めなかったの?闇に呑まれてゆくカメを、如何して見過ごしていたの?
…人を信じる事が出来なくなってしまったら…私たちは終わり。だって、信じる気持ちを武器にして戦うのがリゾナンター、そうでしょ?
甘い…愛ちゃんは甘いよ。甘さと優しさは違う。リーダーは時には非情さと割り切った決断も求められる。
それが出来ないからアンタはいっつも損な役回りをさせられるのよ。分かる?不器用なのよ、アンタは。
…でも、そんな愛ちゃんに一番影響されてたのはガキさんだと思うの。だから絵里をギリギリまで信じたかったんでしょう?そう、大切な仲間だから。
でもそれは間違いだったよ、さゆみん。そのせいで皆を助けられなかった。
私の状況判断が不適格だったせいで…愛ちゃんも、さゆみんも、田中っちも、小春も、みっつぃも、ジュンジュンも、リンリンも…皆…失ってしまった…。…ごめんなさい…本当に…。
…大丈夫なの、ガキさん。きっと絵里は少し道を間違えただけ、方向音痴だから。だったらまた元の道に導いてあげればいい。
ふふ…馬鹿ね。この状況に陥って尚助けろっていうの?…無理よ。奴は敵。アナタ達の最期を嘲笑っていた敵(かたき)。
絶対に許さない。必ず殺す…。必ず…。
…でもそれじゃあ愛ちゃんの想いが無駄になってしまうの。それに…ガキさんだって愛ちゃんの想いが通じたから本当のリゾナンターになったのでしょう?
アイツと私は事情が違いすぎる…。アイツはもう手遅れ。それに躊躇すればこっちが喰われる。
…心配しないで…大丈夫…
愛ちゃん…?
里沙ちゃんはこんな所で負けたりはしない…だって…
え……?
…正義は必ず勝つんやからね!

……

里沙は額に汗を滲ませ苦悶の表情を浮かべた。悠長にしている時間は無い。
傷口は深く、いくら病院の上にいると言ってもこれ以上手当が遅れると命が危ない。里沙は足元の小石の様なコンクリートの破片を掴むと暗闇の中へ放り投げた。





★★★★★


鉄屑は床に転がり絵里は音の方向へ振り向く。
一瞬の隙を突き里沙は蜘蛛の巣の様に張ってある全てのピアノ線を解き放った。

「アンタの事情をとやかく言う資格は私には無い…でも…」

リゾナンターの一員として、許す事は出来ない。
暗闇の中、音を立てずに忍び寄るピアノ線に絵里は気付かなかった。数多のピアノ線が次々と蛇の如く絵里に襲い掛かる。
堪らず銃を落とす。一本のピアノ線が右腕を貫通し、焼ける様な悲鳴を上げた。
そして線は渦を巻き、絵里の身体をグルグルに縛り上げる。
悲痛に顔を顰めた絵里。糸より細いピアノ線は身体に深く食い込み少しでも動けば肉が切れそうだ。
里沙は絵里に対して掌を翳すと血走った眼を向ける。

「カメ、観念しなさい…」
「ガキさん…良いんですか」

刹那、絵里の口元が微かに緩んだような気がした…。と、次の瞬間里沙の右腕に激痛が走った。
ぐっ…。声が漏れると同時に周囲の空気の流れがおかしくなる。
気付いた時里沙は既に”不自然な気流”の中に閉じ込められていた。しまった…。直ぐに脱出を試みる。
すると一瞬で鋭い風の刃たちが五月雨の様に一斉に降り注ぎ、身体を連続で切り刻んだ。
そして風に足元を掬われ身体は宙を舞い、身動きが取れないところを容赦無く強風に嬲られる。
軈て暴風の中を溺れた身体は其の侭地面に叩き付けられた。
背中から落下した里沙の叫び声は吐血によって籠ってしまった。

絵里は力を失ったピアノ線を強引に振り払うと、身体の感覚を確かめる。グーパーをすると右腕は痺れるように痛む。
里沙は壁を背にしてムクリと起き上がった。強打した背骨が軋む。
意識的に肩で息を繰り返すが暫くして呼吸が落ち着くと深く息を吸い込みゆっくりと吐き出した。
そうして全身の力をすとんと抜くと自虐的に笑う。
自分は悉く甘いと感じる。縛り上げるだけでは駄目だ。確実に急所を狙う冪だった。
例え傷の共有で刺し違えになったとしても。
まったく…普段新メンバーにあれ程口をすっぱくして戦場の油断は命取り、とか言ってる癖にね…
絵里は左手で拳銃を拾い上げ、銃口を突きつけた。

「USBを此方へ」
「ふふ…」
「何ですか…?」
「其処に転がってるでしょ。欲しけりゃくれてやるわよ」
「まさか…フェイク…って訳」

見事に一杯喰わされたと僅かに顔を顰める。
里沙はノートに絵里がリークした証拠を掴む事は出来ていなかった。削除した履歴を辿る技術を里沙は持ち合わせていない。
里沙が取り出した拡張子。最初から中身は空。残っているのは絵里と自分、そこでカマを掛けたのだ。
絵里は烈火の如く顔を紅潮させ、ギロリと睨みつけた。怒りを露にしたそれは初めて見せた素の感情かも知れない。

「…いいよ、殺しても」

唐突に投げ掛けられたその言葉に絵里は目を剥く。
今の里沙はこう言うのが精一杯だった。彼女はそれを目を細めジッと見つめる。
暫くすると目を伏せ、ゆっくりと銃を下ろした。口を微かに動かし、何かを喋る素振りを見せつつも何も語らず少しの間を置く絵里。
相変わらず”それっぽい”空気感を作り出すのは上手い。
そうしてチョコンと首を傾げると「絵里ね?」と幼い子供の様な語り口で話し掛けてきた。
頬を染めたその童顔は可愛らしい小動物を連想させる。しかし次に紡いだ言葉は「おなかすいたの…」ではなかった。

「解りますよ…?ガキさんが考えてる事」

…「殺してもいい」そう言えば人は必ず躊躇する。潔の良さに戸惑い、考え込んでしまう。
考える程昔の記憶が蘇り相手を可哀相だと感じるようになる。
そして絶対に引き金を引かない。可哀相だから。それが人間の深層心理だ、という事。
それは一種の擦り込み。マインドコントローラーであればその手の駆け引きはお手の物だろう…。
絵里の考えは全部お見通し…。此処に来れば絵里が思い直す…。その考えが甘いんですよ、と言い放って絵里は妖しい笑みを見せた。

「内側からリゾナンターを潰そうとしていたスパイが、今はその仲間達のために命を懸けている、って美しい物語ですね…ねぇ、ガキさん?」

飾った台詞と共に再び銃口を里沙に突きつける。気管から血が逆流し再び里沙は噎せ返った。
出血の量が限界をに近付き頭がぼんやりとしてくる…寒さで体の熱が奪われていく…


「さようなら…」


そう言うとキラリと八重歯を光らせ、引き金に掛けた指先にゆっくりと力を込める絵里。チェックメイト…


「…?」


指が動かない…。…いや、身体全体が硬直して身動きが出来ない。
次の瞬間絵里は拳銃を屋上から鉄柵の向こうへ放り投げた。何だ…?自分の意志に反する行動。まさか…。
視線を移した絵里は驚愕の表情を見せた。里沙の目は真っ赤に充血し、黒目は不規則に蠢いている。
絵里も良く知っている。それは里沙が精神干渉を掛けている合図だ。

「ど、どうして…」

心の隙は一切見せていない。いや、それ以前に虫の息の里沙に他人の神経をジャックする力など残っていない筈だ。
絵里は気付かなかった。里沙は自分に精神干渉を掛け、能力使用可能な脳の稼働領域を精神が崩壊しないギリギリまで広げ、眠らせていた潜在能力を解放したのだ。
そして同時にピアノ線にも精神干渉の触手を伸ばす。すると線の束が息を吹き返した。

「まさか複数同時に…!?」

二つの物体に同時に支配を掛けるという事は、右手と左手で同時に別の絵を描く様なものだ。里沙は神経を尖らせ、必死に集中した。
出血と能力の酷使で意識が飛びそうになる。必死に己を保ち再び絵里を縛り上げる如く線の渦を巻かせた。
絵里は直ぐさま”風の刃”を発動させると唸る疾風が線をバラバラに切り裂いた……

かに思われたが強度の精神干渉が掛かったピアノ線を断ち切る事が出来ない。硬化された其れは、まるで鋼線のようだ。
身体の自由を奪われた絵里は碌に抵抗も出来ず再び縛り上げられ、その場に倒れ込んだ。
更に絵里の脳内に深く触手を伸ばした里沙は能力使用領域にブロックを掛けた。これで暫く能力を使用出来ない。
そして一時的に自身に掛けた精神干渉で痛覚を遮断しさらに傷口からの流血をストップさせた。直ぐに治療が必要だがこれで少しは持つ筈だ。

「…どう?これがアンタが求めた”力”」

一本の線を直線状に硬化させ絵里の脇腹に突き刺した。苦痛に顔を歪め、呻き声を上げる。
終わり…。能力も拳銃も身体の自由すらも奪われてしまった絵里。徐々に線が締め上げる力が強くなり肉が裂かれそうになる。
絞殺される…。絵里は死を覚悟し、瞼を閉じた。これが裏切り者の末路。
死…死…。
その刹那、仲間たちとの記憶が雪崩の様にフラッシュバックし、絵里の頭の中を駆け巡った。
共に戦ったこと、笑い合ったこと、喧嘩したこと、泣きあったこと、助けあったこと、…重なる想いが共鳴したこと。
更に頭の中が掻き乱される…痛い…痛い…痛い…


…今日は思いっきり羽を伸ばして下さいな!え?大丈夫ですよ姫、料金は私が持ちますから!
やだなぁ、本当ですよ。うへへ~今日は楽しみましょう♪

……

姫?ご気分はいかがですか?
…もう聞こえないか…。…さようなら、姫。


ーーー
ーー

どうして…どうしてなの…?どうして絵里の病気は治らないの?
毎日点滴打って、毎日薬飲んで、毎日病室(ここ)で大人しくしてるのに、毎日祈ってるのに。
毎日、毎日、毎日毎日……
…絵里、落ち着いて、大丈夫だから…。少し入院が延びただけじゃない。先生もきっと慎重になってると思うの。
前もそうだった…。前もそう言っていつまで経っても外に出れなかった。少しだけ、あと少しだけって…そうして絵里は軟禁され続けた。
もう絵里は治らない。きっと治らない…
…絵里、大丈夫だから!きっと…きっと良くなるから!
離してよ、さゆ。もういいよ。今までありがとう…
…離さない、離さないよ!絵里はさゆみの親友!ずっと、ずっと一緒にいるよ…!
痛いよ、さゆ。どうしてそんなに優しくしてくれるの?絵里は、何も返せないよ…。そんなに尽くしてくれても、絵里を想ってくれても…。
怖い。怖いよ、さゆに疎まれたら、さゆに愛想を尽かされたら、さゆに嫌われたら、絵里は終わり…。
忌まわしい力のせいで、絵里には誰も近づかない。絵里には誰もいない。
さゆがい、なかったら、絵里は終、わり。絵、里は壊、れる、壊れ、る、壊れ…怖い、怖い、怖い怖い怖い怖い…

……

愛ちゃん!どうしよう…絵里のせいで…愛ちゃんがこんな傷を…。どうしよう、治らなかったら…
…大丈夫、絵里。泣かないで。大丈夫やから…
ごめん…絵里が足手纏いだったせいで…絵里を庇いながら戦ったせいで…絵里が…弱いせいで…戦えないせいで…
…大丈夫だって…大丈夫だから!絵里、もう帰ろう…?絵里…?
絵里がいなければ…絵里はやっぱり必要なかったんだよ…皆の足を引っ張るだけ…
…絵里、しっかりして!そんなことない、絵里は大切な仲間だよ!それに優しさならアナタは誰にも負けない!
いらない…。優しさなんて…いらないよ。そんなの…何の役にも…立たない…。絵、里は力が欲し、い…誰にも負け、ない…敵を一人で、殺…
…しっかりしろっ!馬鹿っ!!
痛い、痛い、ごめん、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさ……


ーーー
ーー

……私はもう、生きる価値が無いんです。いいえ、初めからそうでした。親にも、妹にも、 皆に迷惑を掛けて。
さゆだって、本当は私なんかいなければ、もっと好きなことができるんだから。
…だから死ぬというの?妹にまた怪我を負わせることになっても?
妹のことは大丈夫、さゆに近くにいてもらっています。あなたも、離れたほうがいいですよ。私のチカラ、どこまで及ぶか分からないですから。
…私は死なないわ。ダークネスを討つまでは。あなたも死なない。あなたのお友達が、助けに来てくれる……

……

ごめん、さゆ。…さゆが、また助けてくれたんだね。
…もう、絵里!心配ばかりかけて!絵里が死んじゃったら、私は…。
…もう絶対あんなことしたら駄目だよ。
あの、高橋さん。話は聞きました。悪の組織ダークネスと、高橋さん達リゾナンターのこと。
高橋さんには迷惑をかけちゃったし…私も一緒に戦わせて下さい!
…ちょっと、絵里!?絵里の体じゃ…
大丈夫だって!あぶなくなったら、さゆが…た助けてく…ればいい…ゃん!

…わか…た。2人と…今日からリゾ…ンターよ……


ーーー
ーー


愛ちゃん、さゆ…

一粒の涙が絵里の瞳から零れ落ちた。そう、それはまるで流れ星の様に。軈て小さく「ごめんなさい…」と呟いた。
次の瞬間締め付ける鋼線が解かれた。困惑の表情で「え?」と呟く絵里。全身の感覚もいつの間にか戻っている。

「…勘違いすんじゃないわよ」

死への恐怖で心に隙が出来た瞬間に、絵里の記憶の奥深くに仕舞い込んであるリゾナンターとしての記憶を引き出したのだ。
…里沙は…絵里を解放した。仲間を嵌めた裏切り者を…。
しかしそれは彼女を許したからではない。絵里が居ないとダークネスを潰す手が詰んでしまうからだ。
絵里の行いは決して許される事は無い。勿論皆を手に掛けた事は必ず償いをさせる。何年掛かっても。
そして罪を背負わせる。十字架を背負わせる事で過ちの重さを痛感させるのだ。
甘いですね…。どこか儚げな表情の絵里に突っ込まれ思わず苦笑してしまった。これでは愛を馬鹿に出来ないな。
絵里は脇腹に刺さった一本を引き抜くとそれを杖代わりにしてよろめきながらも里沙の傍へと歩み寄った。

「エッチですねぇ、ガキさんは」
「…何よ」
「やっぱり…絵里はガキさんが好きです」
「…調子乗んじゃ…ないわよ…」
「うへへ~」

おどけた表情で頭を掻く絵里。そしてありがとう…、と言って鉄柵に凭れ掛かった里沙を抱きしめた。
その目は再び優しい色を取り戻していた。そっと頭を撫でると顔をクシャクシャにしてホロリと涙を流した。そしてまたありがとう…と呟いた。
鼻の奥がツンとした。里沙もまた涙し、目を細めた。死の淵まで行った所で恐怖を再び思い出し漸く人の心を取り戻した馬鹿女。
しかし…彼女はやはり自分の相棒だった。世話を焼かせる…ぽけぽけ娘。
自分に彼女を正しい道に再び導く事は出来るのだろうか…。
いや、どれだけ苦労しても小姑仕込みの強制で性根を叩き直すしかない。皆の想いを無駄にするわけにはいかないのだから。
それにきっと想いは通じる。だって…心を一つにした仲間なのだから。…だよね?愛ちゃん

里沙はスマホを取り出すと病院の内部と連絡を取った。準備をして直ぐに駆け付けるという。
深い安堵の息を吐いた。改めて辺りを見渡すと、掠れる息を吐きながら里沙は苦笑した。
其処等中に流血の跡がこびり付いている。この有様を見たら病院の関係者は嘸驚くだろう。
里沙は天を仰いだ。其処には眩いばかりの星々が力強く瞬いている。
あ…
思わず声を漏らした里沙。そしてクスリと笑った。

「最後に星が…願いを叶えてくれた…って訳ね…」

穢れ無き乙女が寒空のオリオンに想いを託し時、その願いを叶えるであろう、という言い伝え。
オリオン座の七つの星の連なり、その七つが其々のメンバーを彷彿とさせる。
きっと私の想いが…皆に届いたんだ…

…里沙は息を呑んだ。
気が付くと絵里の顔が自分の鼻先まで擦り寄っていた。
息遣いが肌に伝わる。慌てて顔を逸らすと絵里は里沙の頬を掌で包み込み自分の方へと引き寄せた。
そして其の侭里沙の耳に掛かった髪を指で2,3度掻き上げる。里沙はただぼうっと絵里を見つめた。
星空の様に曇りの無い真っ直ぐな瞳。
暗がりで星灯りに照らされた彼女の美貌は一層引き立ち、その瞳に吸い込まれそうになる。
絵里は瞼を閉じるとゆっくりと二回首を振った。そして耳元でそっと囁く。

「…星は…願いを叶えたりなんて、してませんよ」
「…なん…」

言葉を遮るように口を塞がれた。唇に柔らかい感触が広がる。重なるその唇を通してほんのりと彼女の温もりを感じた。
軈て彼女は恥ずかしそうに肩を竦めると悪戯っぽく笑った。
それは唐突過ぎて里沙は呆気に取られてしまった。そして辺りを静寂が包み込む…。

そして絵里は首を傾げると柔らかい笑みを浮かべた。里沙が最初に振り返ったその時の様に…

「だってあのギリシャ神話……」













......嘘だから













……耳に衝く音がした。それは冷たい鋭利な刃が皮膚を真っ直ぐに抉る音。

ホンの数秒の出来事…しかしそれはとても長い時間だった。
何が起こったのだろうか…。鉄柵にくたりと凭れ掛かり、そして里沙はゆっくりと地面に倒れ込んだ。
赤黒い血が波の様に流れ出す。軈て地面には真っ赤な液体が絵の具を零した様な跡を作った。
その時初めて里沙は気付いた。…自分の心臓を……鋼線が貫いている事に。
痙攣する指先を必死に伸ばし、口をパクパクさせ掠れる様な声で里沙は何かを呟いている。その声はもう言葉にならない。
…目が霞む。徐々に視界が色を失い、黒く覆われていく。
最後に見たのは自分の大切な相棒、その少女の冷めた眼差しだけだった。
軈て口元からの白い息が途絶え、里沙は動かなくなった。

少女はその様子をただジッと見つめていた。里沙が力尽き、冷たくなっていく瞬間を…ただジッと。
それは難しい事ではない。少女は闇に呑まれてなどいなかった。初めから自分の意志。ただ、それだけ。
オリオン座に輝く7つの恒星。ベテルギウス、リゲル、ベラトリックス、ミンタカ、アル二ラム、アルニタク、サイフ。
明日は其処に1つ加わり星が8つになるかもしれない。勿論少女が知る由もないが。


「....さようなら、姫」


立ち上がり踵を返すと再び歩き始める。
その少女が微笑むと口元を震わせ静かに一言だけそう囁いた。紡いだその言葉は誰に届くでもなく風の中に吸い込まれる。
吹き荒ぶ風の中、少女は闇の中へと溶けていった.....




                      --end--