『the new WIND―――光井愛佳』



2012/11/26(月)


右脚を引きずっていた彼女―――道重さゆみはひとつ息を吐いた。
そんな仕草でさえも妖艶で、思わずれいなは息を呑む。

「いまでも、夢に見るんだ。私、どうして止められなかったんだろうって」
「……さゆのせいやないやろ。それを言うっちゃったら、れなやって、なにもできんかった」

夏の終わりに始まった今回の一連の出来事。
だれのせいだと責めることは簡単だが、いま責任を追及しても問題は解決しない。
れいなたちは“いま”を生きている。その脚を止めることはできない。

「もしあのとき、私がもう少ししっかりしてれば……」
「さゆやめぇよ―――」

そのとき、体の奥からせり上がってきたなにかを堪えるように咳をした。口元を抑えるが、手の平には微かに血液が付着している。
最近は少なくなったと思ったが、まだ万全ではないのかと肩を竦める。
血痕の付いた手を見せないように隠し、れいなはさゆみを見た。
過去を否定しようとすることもまた、反省と云う意を込めれば正しいのかもしれない。
だが、すべてさゆみのせいではない。彼女の話すように、彼女がもっとしっかりしていても、結局こうなることは避けられなかったのかもしれない。
歴史に「if」はない。戻れたらと願うことはできても、決して現在は変わらない。

変わるとすれば、それは、未来だ。
いまを動かしていき、積み重ね、未来を変える以外にないのだ。

―愛佳……

「未来」という言葉を考えたとき、れいなの頭には不意に彼女の名が浮かんだ。
だからと言って、どうしてその名を呼んでしまったのだろう。
過去に戻れないことなど、変わらないことなど、いまハッキリと理解したはずなのに。

 ------

ここ数日視えるヴィジョンはすべて不穏なものばかりだった。
どれも不定形でぼんやりとしてはいるものの、紅の鮮血が世界を染めていることははっきりと分かった。
その中心に座す人物の名を、愛佳はよく知っている。その来たるべき未来を避けるべきか否か、悩んでいた。
果たしてその未来を回避することで、新たな未来が形成されたところで、それが「希望」に結びつくかは、分からない。
愛佳はキーボードを叩く手を止めて息を吐いた。眼鏡を外し、目頭を押さえる。思考の闇に陥りそうなとき、ふいに声が聞こえた。

「すごいね、これ」

その声に、振り返った。
入口に立ち、床に散乱した資料を里沙は丁寧に拾い上げた。

「すみません。印刷しっぱなしでした」
「ううん。で、なにか分かった?」

里沙の問いに、愛佳は頷く。
先ほどまで作成していた報告書を一度保存し、画面を移動させる。
この街の地図が表示され、その上にいくつかの点が光って点在していた。

「あの男が現れた場所と時間を入力した地図がこれです」

愛佳は次に、キーボードを操作して新たな情報を入力する。

「で、“能力封鎖(リゾナントフォビット)”を持ったふたり組の女が現れたのがココ」

新たな光の点が地図上に現れる。
里沙は興味深く画面を見る。点在した点を、ゆっくりと線で結んでいく。

「この点を結んだとき、中心にあるのが、このビルです」

円の中心に位置する建物は、数年前に倒産した企業のビルだった。
いまでもテナントが入らず、廃ビルのまま町のはずれにひっそりと佇んでいる。

「此処が敵の本拠地、っていうのはあまりに短絡的ですけどね」
「でも、調べてみる価値はあるってことだね」

里沙の言葉に愛佳は頷く。
愛が離脱してからもうすぐ2週間が経とうとしていた。不気味なくらい、ダークネスからの襲撃はない。
その間にも愛佳は、密かに進めていた対ダークネスの情報を収集し、分析作業に取り掛かっていた。
敵の出現した場所、時間、殲滅にかかった時間と人数、能力の発動、敵の攻撃パターンなどを綿密に計算し、分析を繰り返している。
愛が此処を去って以降、愛佳はずっとこの部屋にこもりっきりだった。
おかげで少しずつではあるが、敵の姿が見えてきた。

「あの男ですけど、最初の久住さんと私に襲撃してきたときよりも、ジュンジュン相手に闘ったときの方が力が増してます」
「どうして分かる?」
「相手から受けた傷ですよ」

愛佳は印刷したはずの資料を探すためにファイルを戸棚から降ろした。
ぺらぺらと捲っていくが肝心の資料に辿り着かない。せっかくファイリングしても無意味だなと苦笑すると、それは見つかった。
すぐさま付箋をつけ、里沙の前に広げる。

「久住さんは鎖骨から胸骨への刀による断裂、私が内臓破裂と脚の断裂。でもジュンジュンは斬撃と、雷撃を受けています」
「……雷を操る能力を持ってたってこと?」
「それも考えましたが、最初の接触の時も雨は降っていました。だとしたら最初から私たちに雷を使うはずです」

愛佳は資料を捲る。
先ほど迎撃本部にいる愛から送られてきた資料にはいくつもの印がつけられていた。

「リンリンは雷撃は受けてませんが、代わりに鉄骨を右膝に受けて動きを封じられています。
男の武器は刀一本であるにもかかわらず、そしてリンリンはジュンジュンとともに一度男の斬撃を見ているにもかかわらず、です」

里沙は愛佳の言わんとすことが今一つ掴み切れなかった。
結論を急ごうと「つまりどういうこと?」と眉を顰めると、愛佳はパソコンに向き直り、「仮説ですけど」と前置きし、ある画面を起動させた。

「久住さんは刀で斬られた。ジュンジュンは雷撃を受けた。リンリンは鉄骨を浴びた。どれも矛盾した無関係の攻撃に見えますが、法則はあります」

画面上では「久住」と「純」と「琳」という文字が浮かんだ。
愛佳は「Enter」キーを押すと、「久住」から「純」へ、「純」から「琳」へ矢印が引かれた。

「ジュンジュンの雷撃が久住さんの能力やとしたら?」
「……は?」
「久住さんの能力は“発電(エレクトロキネシス)”。開放次第では雷雲を呼ぶことも可能です」
「ちょ、ちょっと待って」

里沙がなにかを言う前に愛佳は続けた。
こういうことは一気に出してしまった方が後々やりやすい。

「そしてリンリンへの鉄骨がジュンジュンの能力、“念動力(サイコキネシス)”で操られたもの。此処で動きを封じ刀での斬撃と考えれば説明が付きます」
「いや、待ってよ光井。“発電(エレクトロキネシス)”は小春の能力で、あの男の能力じゃないでしょ」
「それがもし、奪われたとしたら?」
「え……?」

そう、ここからが本当の仮説だ。
実証も検討もなにもない、机上の空論にもなりかねない暴論だが、いまは話すしかない。

「雷落とせるんやったら、最初の接触で使うのが普通です。その方が勝つ確率も高くなるし、手間も省ける。
それを使わんかったのは、使えんかったから。その時はまだ、その能力を有してなかったから。
男は最初から“発電(エレクトロキネシス)”や“念動力(サイコキネシス)”も持ってたわけやない。私たちに逢って、私たちを斬ることで能力を奪ったとしたら?」
「能力を……奪う?」
「そして、その力を持っているのが、あの刀だとしたらどうです?」

愛佳の言葉のひとつひとつを里沙は丁寧に噛み砕く。
男の有する刀が、人の能力を奪う?
だから、最初に現れたときは雷を操れなかった。だが、小春を斬撃したことで小春の能力を奪い、ジュンジュンに使用した。
そしてジュンジュンを斬ることで今度は“念動力(サイコキネシス)”を有し、リンリンに襲い掛かった。そうだとしたら一応の辻褄はあう。

「もちろん仮定の話ですけど、風や光を生み出す能力があって、その逆、奪う能力がないとは言い切れません」

愛佳の言葉に里沙は眉を顰めた。確かにその仮説は筋道が立っているし、ロジックの破綻も見えない。
100%の確証はないが、実証する価値はあるものだ。

「対抗策は…?」
「まだそこまでは…私も愛ちゃんも、もちろん本部も探してはいるんですけど」

所詮は机上の空論で、そのための対策も存在はしない。
次にあの男、もしくはダークネスの襲撃を受けては、リゾナンターが壊滅する恐れさえある。
正直、状況は最悪だった。

「新人の話、進んでますか?」

唐突に吐き出された愛佳の言葉に、里沙は目を見開く。
彼女はクスッと笑ったあと、「すんません。この間立ち聞きしちゃったんです」と肩を竦めた。
話がばれている以上、もう誤魔化す必要もない。里沙はひとつ息を吐いたあと、口を開く。

「なにも聞いてないよ。ホントに上層部が新人入れる気があるのかってくらいに。そもそも新しい“共鳴者”なんているのかも疑問だけど」
「それも考えてたんですけど……そもそも“共鳴”ってなんなんですかね」

愛佳は乱雑とした資料を拾い始める。興味深いことを言う彼女を、里沙はじっと見つめる。
視線の意図に気付いたのか、愛佳はまた口を開いた。

「総人口1億3千万の中で、特殊能力を有していた一部の人間。さらにその一部がリゾナンターとなり、“共鳴”する…
でも、“共鳴”は、9人にしかないものとか、そんなに限定的なものとは思えないんです」
「……だれにでも、“共鳴”の可能性はあるってこと?」
「私は最初、この9人は“共鳴”によって、そして生まれつき能力を持っていることで選ばれたと思っていました。
でも実際は、だれのなかにもチカラはあって、それが“共鳴”することで開放されるんじゃないかと考えてます」

鶏と卵、ではないが、能力と“共鳴”にはなんらかの因果関係があるはずだった。
“共鳴”が能力を持った9人を選んだのか。そうだとしたら、“共鳴”はいったいなにを求めているのか。
求めているとは随分と不思議な言い方だと思う。まるで、“共鳴”が意志を持ったひとつの主体であるかのようだ。
いや、飛躍しているかもしれないが、案外、的を射ているかもしれない。“共鳴”が実体のないものだと決めつけることはできない。
もし“共鳴”がなんらかの意志を持った個体だとしたら………?

「って、なーんにも分かってないんですけどね」

愛佳は思考を止めて、手にしていた書類を宙に放り投げた。これ以上、思考の底なし沼に嵌ると、戻って来れなくなる。
ぶわさっと大袈裟な音を立てて数々の重要な書類が舞い落ちる。
普段なら絶対にしない彼女の行動に里沙は目を丸くした。まるで、ハトが豆鉄砲を喰らったよう。絵里の言葉を借りるならば「ハトマメ」だ。

「考えたって仕方ないのかもしれません。未来はすぐ、そこにやって来るんですから」
「……光井が言うと、重みが違うね」

里沙は肩を竦めてそう言うと、落ちた書類を拾う。
随分と草臥れてしまったなと思いながら、「脚の方はどう?」と声をかけると、彼女の空気が変わった。
ああ、やはりそうなのか、と、里沙はある程度覚悟はしていたが、それでも実際に事実を知るのはツラかった。

「さゆみんの“治癒能力(ヒーリング)”でも回復しない?」
「はい。骨の奥の方が傷んで、内側から浸食されてるイメージですね。歩けはしますけど……」

いったいなぜ、これほど痛みが根深くなっているのか、愛佳自身分からなかった。どちらにせよ、現場を離れる日が近いのかもしれないと覚悟する。
いまのところは上層部もなにも言わないが、逐一病院に通っていることは、とうに向こうも知っているはずだ。
明日になって突然「辞令」を言い渡されても、不思議はなかった。

「私も近々、異動しそうな気がするんだよね」
「予感、ですか?」
「そんなところ。もしそうなったら、もう、此処にはふたりしか―――」

瞬間、だった。
自分たちの周囲を取り囲んだ異様な空気にふたりは同時に言葉を失くし、立ち上がった。
なにかが、来る。

「あいつ……?」
「いや、違いますね。数が多い。だけど、もっと、弱くて……」

愛佳がなにかを言おうとしたとき、再び脳にヴィジョンが霞んだ。
ここ数日間、ずっと視え続けてきた“それ”は、愛佳をその未来へ誘おうとしているのかもしれない。
抗わずに、従えと、運命が囁いているようにも思えた。
未来を変えることができないなら、私はなんのためにこの能力を身に纏ったのだと下唇を噛んだ。

「どうしたの?」

緊急事態であるにもかかわらず、急に思考に入った愛佳を心配そうに里沙は見つめた。
未来が予知できた、ということは彼女も気付いていたはずだが、それ以上深く聞こうとはしなかった。
愛佳は「とにかく上へ」と階段を駆け上がった。あのヴィジョンが見えるたびに、愛佳の脳裏には、彼女の笑顔が浮かんでいた。
あの日に見た、彼女の優しくて柔らかな笑顔が、離れなかったんだ―――




2012/12/12(水)



「田中さん!道重さん!」

里沙と愛佳が1階に辿り着いたのと、リゾナントの窓ガラスが一斉に割れ、けたたましい音を立てて襲い掛かってきたのはほぼ同時だった。
その場にいたさゆみは咄嗟に机の下に隠れて身を護り、れいなは壁に隠れて外の様子を見た。

「なんね、急に……」
「囲まれてます。たぶん、相手は40~50人くらい」
「厄介だね。全員ダークネス?」
「それにしては様子が変だと思うんですけど……」

バンバンバン・ぱらららららっと銃声が再び鳴り響く。それに次いでガラスが割れて襲い掛かる。4人は壁や机で身を護りながら、眉を顰めた。
この“気”の感じはダークネスの持つそれではない。前に一度、自分たちが感じたものだ。これは確か―――
れいながその“気”の持ち主の記憶を辿ろうとしたとき、窓からなにかがいくつか投げ込まれた。
緑色の手の平に納まるほどの小さな物体が、手榴弾だと気付いた瞬間、4人はそれに背を向け、奥の窓へと走った。

激しい光と風、そして衝撃波が襲い掛かった。
数個の手榴弾が爆発したことによって生じた風圧が、4人の背中を押し流す。窓を突き破り、喫茶リゾナントの裏手へと飛び出した。
着地したのも束の間、4人に銃口が向けられた。何人もの人間が銃を持っている。が、その瞳は輝きをもっていない。
そうだ、こんなこと、前にもあった。

「邪魔っちゃ!」

れいなは即座に立ち上がり、間合いに入る。
引き鉄を引かれる前に顎の骨を砕き、よろめいたところでシャツの胸元を掴んだ。そのまま背負って投げ飛ばす。なかなか見事な背負い投げだ。

「こんなこと、前にもあったよねっ―――!」

さゆみは右手を広げ、勢いよく地面を叩いた。びしっという音のあと、地面が次々と割れていく。
銃を持った彼らは足元をすくわれ、隙ができた瞬間に里沙が彼らの懐へと入った。

「あのときは能力が使えなかったけど……今回の敵の能力は“精神干渉(マインドコントロール)”だけ、なのかな?」
「でも、それを持った女は、あのとき確かに……」
「いや、でもあそこにいるのは、間違いなくあの女です」

反論しようとしたれいなを、愛佳が止めた。
数ヶ月前、れいなたちの前に立ちはだかったのは、“精神干渉(マインドコントロール)”と“能力封鎖(リゾナントフォビット)”を持ったふたり組の女だった。
苦戦したものの、あのとき確かにふたりは死んだ。それなのに、愛佳はもういちど「あそこにいます」と呟く。

「向こうがわに立ってんのは、“精神干渉(マインドコントロール)”の女です」

愛佳が視たヴィジョンに口出しはできない。これまでなんども、愛佳の予知に助けられてきた。
だが、どうして死んだはずの人間がそこにいるのかが理解できない。頭を掻き毟って考えようとするが、彼らはそんな余裕を与えない。
銃弾を避けながら、あの日と同じように、一般市民を殺さないように斃していく。

「田中っちとさゆみん、此処をお願い!」
「え、ガキさんは?」
「その女のところまで行く!」

里沙はそう言うと、銃を持った男たちの中へと走っていった。
マジかよ。なんて呟いた直後、彼らはガクンと膝を折り、地に伏した。次々とドミノ倒しのように崩れていく彼らをれいなは呆然と見る。
これが彼女の能力―――“精神干渉(マインドコントロール)”だった。
だが、愛佳の言うことが正しかった場合、彼らはすでに女の“精神干渉(マインドコントロール)”によって心を覗かれ、操作されている。
その上からさらに別の力を押し付けたとき、彼ら一般人の被る心的外傷は計り知れない。そうならないように加減するのが、彼女の能力者としての資質だろうけど。

「れいな援護!」
「お、おう!」

さゆみの言葉に弾かれるように、れいなも慌てて後を追った。
愛佳は走り出した3人の背中を追う。
先ほどから脳裏を走りつづけるヴィジョンと、彼女の笑顔が離れない。


―――「愛佳ちゃんを、仲間を、信じてるから―――」


走りながらちらりと、背後にある喫茶リゾナントを見る。爆発した店内からは黒煙と焔が上がっていた。
ああ、もうなにもかもが終わってしまうなのだろうかと、愛佳ははぼんやり思った。


 -------

里沙がその人物の目の前に立ったとき、最初に感じたのは恐怖だった。
それは、相手から感じるオーラとか、そういったものではなかった。彼女もまた、その瞳に色を携えておらず、なにより、匂いが違った。
彼女からはまるで“生”の匂いがしなかった。いったいなにが、彼女をここまで追い込んだのだ?

「あなたは、いったい……?」

そう口を開いたが、彼女はなにも答えない。圧倒的に感じる“死”の匂いに震えながらも拳を構える。
彼女は右腕をゆっくりと上げ、こちらを指差した。なにか来ると直感した直後、鋭い痛みが全身を貫いた。
目には見えない物質の痛み、“精神干渉(マインドコントロール)”の初歩動作だと気付く。即座に精神にロックをかけて弾き飛ばす。
間髪入れずに彼女の心を操作すべく撥ね返した。が、心が全く覗けない。そこに広がっているのは、恐ろしいほどの深淵の闇だった。

―この人……

言い知れない悪寒が全身を包み込むその前に、里沙は一歩踏み出した。
大きく振りかぶり、右腕を垂直に突き出す。呆気ないほどに肩に命中し、彼女は二・三歩後退した。
が、里沙のその拳は全くと言って良いほど、手応えを感じなかった。あまりに軽いその当たりに眉を顰めると、彼女は膝から崩れ落ちた。

「うーん、やっぱりイマイチだなー」

聞き覚えのあるその声に顔を上げた。
里沙ははっきりと彼女と目を合わせた。数メートル先に彼女は立っていた。ニコッといつもの笑顔を絶やさずに。白衣に手を突っ込んだまま。
眼鏡を外して白衣の胸ポケットに入れ「実験は失敗だね」と笑った。

「久しぶりだね里沙ちゃん。と、リゾナンターの皆さん」

その声に振り向くと、里沙のすぐ後ろにはれいなとさゆみ、そして愛佳が追いついていた。
4人は真っ直ぐ、彼女と対峙する。

「なんで……あなたが此処に?」
「ん?実験を見届けに来たんだよ。この子、私が“つくった”から」

目の前に立つ白衣を纏った彼女は、ダークネスの科学者だった。
かつて里沙もダークネスに籍を置いていた時代は、年の近い彼女とよく話をしていたものだった。彼女の科学に対する探究心には頭が上がらなかったのを覚えている。
だが同時に、彼女の底知れない欲求と、探求への熱意のあまりの暴走は、時に里沙にとって恐怖だった。彼女は、科学のためなら、なにも厭わない。
彼女―――機関内では紺野と名字で呼ばれていた彼女はクスッと笑い、地に伏していた元能力者を見下ろした。
パチンと指を弾くと、それが合図かのように、能力者の体は一気に劣化し、さらさらと砂のように消えていった。
つい先ほどまでそこにあった肉体は消滅し、いまはもう彼女が纏っていた黒い服しか残されていない。

「クローン人間……?」
「フフ、正解だよ里沙ちゃん。いつの間にそんな頭良くなったの?」
「からかわないで。あなたたち、本当にまだそんな研究を続けていたの?」
「技術の進歩は人類の進歩だよ。この子は失敗だったね。培養液から出すのが早すぎたみたい。二匹目のドジョウはいないもんだね」

紺野の言葉を冷静に噛み砕くなか、愛佳はひとつだけ引っかかった。彼女の言う、「二匹目のドジョウ」とはなんのことだ?
一度ロジックを組み立てようとちらりと里沙を見るが、彼女は下唇を噛み、拳を握りしめていた。
里沙がダークネスに在籍した当時から、彼らはクローン技術についてなんども実験を重ねていた。
既に一般社会でも、クローン牛や羊は存在するが、倫理的な問題から人間にはその技術は応用されてこなかった。
だが、ダークネスはその倫理のラインを超えてしまった。いわば、神の領域に踏み込んだのだ。

「確かに彼女は飛び降りて一度死んだ。そのあと、彼女の細胞を持ち帰って培養した結果がこれ。でも上手くいかなくてさー」
「人の命を弄ぶことが許されると思ってるの!?」
「この命は私がつくったものだよ。私がどう使うかは私の自由じゃないかな」
「そんな……そんなこと……!」

科学の探究者とは、時に残酷なものだ。人の命を命とも思わずに扱う。
紺野の前では、里沙も、そして既に息絶えた彼女も、ただの生命エネルギーでしかない。

「とりあえず、今回は失敗ってことで、尻拭いする必要があるからさ」

彼女はそう言うと白衣のポケットから両手を出した。右手には拳銃が握られている。

「皆さんには死んでもらおうかな」

折り畳み式の小銃を設置すると、銃口は真っ直ぐに里沙の額を捉えていた。一歩でも動けばその引き鉄は引かれるだろう。

「“精神干渉(マインドコントロール)”が発動されれば、拳銃なんて意味ないよ?」
「能力が使えるって思ってるところが里沙ちゃんの認識の甘さだよ」

それはどういう意味だ?と聞き返すまでもなかった。
即座に頭に浮かんだ思考を吹き消すように、里沙は能力を発動させようとしたが、その前に空気が張り詰め、パリンとなにかが割れるような音がした。
この言いようのない感覚は前にも襲われた。欠落してしまった感覚に下唇を噛む。間違いない。

「“能力封鎖(リゾナントフォビット)”―――」
「ピンポーン。さて、彼女は何処にいるでしょう?」

あの日死んだはずの“能力封鎖(リゾナントフォビット)”の使い手の彼女もまた、クローン技術で甦ったようだ。
里沙の能力が封じられたということは、当然れいなたちも同じ状況だった。
「また……!」と彼女が苦虫を噛み潰したような声を絞り出したのが聞こえる。この状況は、あまり良くはない。

「じゃあ、里沙ちゃん。お別れだね」

真っ直ぐな銃口を睨み付ける。避けられないことはない。だが、里沙の後方にいるれいなたち3人全員が避けきれるか自信はない。
まして、愛佳は脚を引き摺っている。流れ弾が当たれば、2発目を心臓に打ち込まれる可能性もある。

「二匹目のドジョウ、ってことは、一匹目がいたと考えて良いんですか?」

里沙の思考の中心にいた愛佳は、時間稼ぎのつもりか後方から声を出した。
紺野は彼女を真っ直ぐに見据えたあと、にこっと笑った。否定も肯定もしないその微笑みが、いくつかの答えを導いていた。
なるほど。やはりそういうことか。と愛佳はロジックを構築させる。すると不思議と、ある夏の夜の思い出がよみがえってきた。






2012/12/19(水)


 -------

「みっつぃーみっつぃー!小春すっごいこと発見したよ!」

閉店後の喫茶リゾナントで本日の売り上げを計算していた愛佳とリンリンの右斜め後方から明るい声が飛んできた。
夜だというのに相変わらずの高い声に眉を顰めながら振り返ると、果たしてそこには久住小春がだらしない笑顔を携えて立っていた。

「じゃじゃーん!」

彼女は右手にコップを持ち、左手を腰に携えて堂々としていた。
そのままなにかのCMに使えそうな構図に、さすがはモデルだなと感心したものだ。

「……なんですか、それ」
「生卵にハチミツ入れてみた!ほら、生卵って栄養あるじゃん。でハチミツ甘いから合わせたー!」

そこまで聞いて一気に食欲が減退した。どう考えたってまずいに決まっている。
くるりと会計計算の方に意識を向けながら「で、美味しかったんですか?」とあえて聞いてみた。

「激マズ!みっつぃーやんない方が良いよ!」
「やりませんよ、だれも」
「デモ、意外と美味しそデスヨ」
「見た目だけやで。やめとき」

リンリンはそれでも、黄金に輝く液体がまぶしくて珍しいのか、小春から目を離さない。
小春も当然それには気付いていて、どうせなら巻き添えにしようとリンリンの肩をグッと掴んだ。


「飲む?」
「飲ム!」

やめとけって言うてんのに……と愛佳は思ったがもう関わることをやめにした。
売り上げの計算を終え、収支報告を記帳していく。今日は新商品のパフェが大人気で、黒字だった。良かった良かったとペンを置く。

「不味っ!」
「でしょー?」

頭の足りない姉妹は放っておいて、愛佳があくびを噛み殺すと、厨房からジュンジュンが苦笑しながらコーヒーカップを4つ盆に乗せてきた。
中心にはバナナの房が乗っているが、まさか全部ひとりで食べる気だろうか。なんて思う。
笑顔のジュンジュンからブラックコーヒーを受け取り、ストローに口づけた。
夏に飲むアイスコーヒーは好きだ。氷の溶ける音も、汗をかいたグラスも、仄かな苦みも、すべてが完璧だ。
リンリンは顔面をくしゃくしゃにして、苦みを忘れるようにコーヒーを煽った。オッサンやんと思ったが言わないことにしておく。

「小春、ときどき思うんだけどさ。小春がリーダーじゃなくてホント良かったって」

唐突になにを言うんだろうと愛佳は眉を顰めストローを離した。微かに先端が曲がっている。齧る癖が抜け切れていない。まるで子どもだ。
ジュンジュンは素直に「私もそう思イマース」と手を上げた。小春は怒りもせずに「ねー、思うよねー」と笑う。

「この4人の中だとみっつぃーがしっかりしてるかな。だからなんかあったら小春、みっつぃーに任せるから」
「急になんの話ですか。リゾナンターのリーダーは愛ちゃんですやろ?」
「そーだけどさ。びみょーにいろいろあんじゃん。上と下で」


その言葉に愛佳もジュンジュンも、そしてリンリンも押し黙った。
4人全員が確かに感じていたもの。愛、里沙、絵里、さゆみ、れいなという5人と、自分たちの間に微かに存在する、壁。なかなか埋められない実力差。
上の5人と、下の4人の間で揉めていたわけではない。勝手にこちらが劣等感を覚えているだけなのだけれど。微妙なズレが、少しずつ、広がっていくのは認識していた。

「小春たちだって、いつかは田中さんたちみたいにガンガン引っ張っていかなきゃいけないわけじゃん」
「リーダーになるデスカ?」
「うーん。分かんないけどさ。喰らいついていくだけじゃダメなんだなって最近よく思う」

カランと氷が落ちた。汗をかいたグラスが蛍光灯に照らされて綺麗だった。
小春の言うことのすべてが理解できるわけではない。先ほどの自分とリーダー論の話からの飛躍についていけない部分もあった。
だけど、彼女の話の本質は触れることができた。この4人が成すべきこと。先陣切って、仲間を護れるだけの強さがほしかった。

「愛佳は、久住さんに任せたいんですけど」
「えーー、なんで?」
「ジュンジュンはどっちでも良いダケド、久住サン、案外、真面目デスダカラ」
「本気で思ってないでしょそれ!」

否定されたジュンジュンは面白くないのか、ストローに息を吐き、ブクブクと泡立たせた。
汚いからやめんかと注意すると彼女は素直に「ハーイ」と手を上げた。子どもか、なんて思う。


「うん、久住サン真面目デス。さっきの不味かったケド」
「不味いのと真面目関係なくないかー?」
「リンリン真剣言ってマスヨー」
「ホントにぃ?」
「嘘デス、ハイハイ」
「嘘かよ!」

漫才か、なんてツッコミを入れたくなったが、それをしたら自分の負けのような気がしたからやめた。
結局なんの話だったっけと思いながらコーヒーを飲む。半分が空になったところでグラスをくるくる回した。もうすっかり氷は融け、コーヒーは薄くなった。
ああ、そうだ。自分たちのこれからやるべきことだ。いつまでも後輩として甘えてるだけじゃ、ダークネスは斃せない。自覚も覚悟も実力も足りない。
だからこそ、前に進むんだ。自分たちの信念を曲げないように、信じた道を真っ直ぐに突き進むんだ。少しは強くなるために。

「そんな日が来たら、凄いですね」
「え?」
「久住さんが一番上に立つ日、ですよ」

自分でそんなことを口にしながら、そんな瞬間なんてあるのだろうかと思った。
ハッキリ言って、いまの体制がずっと続くかどうかは分からなかった。変わらないに越したことはない。だけど、そんな保証はない。
高橋愛を中心としたこの9人の“共鳴”が永遠なんて、本当にあるとはどうしても思えなかった。それは、現実的な問題として。
そうなったとき、いつかこの4人の中から、あの位置に立つ人間が出てくるのかもしれない。それは少なくとも、私ではない。

「愛佳は久住さんにやったらついていきますよ」

そうやってからかうように笑うと、ジュンジュンが「イェーイ!」と囃したてた。
リンリンもそれに倣うように「よっ!リーダー!」なんて手を叩く。急におだてられて困惑しながらも小春は「ないよぉ!」と否定した。


「みっつぃーの方がしっかりしてんじゃん!」
「……久住さんのこと、これでも尊敬してるんですよ?」
「ぜったい嘘だねみっつぃー!ほら、小春の目を見て言って!」

あのとき、彼女の言葉には返さずに、目を合わせることもしなかった。本音をしまいこんだまま、ストローに口づけてぼんやりと窓の外を見た。
夏の満天の星が流れる夜が深まっていく様は見事だった。こんな静かな闇も悪くないなと思う。
もちろん、リゾナント内には静寂なんてなくて、小春は未だになんやかんやと喚き、リンリンは大爆笑していた。彼女の笑いのツボは、よく分からない。
ストローを離す。やはり先端に齧った跡が残っている。三つ子の魂なんとやら。と笑った。

「じゃー、ジュンジュンがリーダー。オイ久住、バナナ買ってこイ」
「なんでだよー!」

こんな夜も、嫌いじゃない。いつか、いつかこの4人が、先輩たち5人を超せる日が来たら良いと思った。
胸を張って、リゾナンター此処に在りと証明出来たら良いと。この静かな夜を護るために闘おうと、そう決めたんだ。あの瞬間に。

「強くなるよ」
「強くなるダカラ!」
「強くなりマス!」

うん。そうやね。

「強くなろう―――」


 -------

あの日の誓いはあっさりと破られた。強くなるよと笑った彼女は、あの男に斬られた。
如何ともしがたい実力の壁をなんとかして埋めようとしていた矢先に、私たち4人はいとも簡単に地に伏した。最後に残るのが自分だけになるとは夢にも思わなかった。

「その一匹目も、想定外やったんやないですか?」

愛佳はひとつ息を吐いて紺野に言葉を向ける。
彼女は漸く、その笑顔を引っ込めた。その代わりに愛佳は不敵に笑った。
ジュンジュンとリンリンが最後に闘ったときの想いを、愛佳はしっかり“共鳴”していた。それを分析し、導き出された結果は、どうやら正解のようだ。
それならもう、腹は決まった。その未来、受け入れよう。

「科学は万能やないし、まして我々は神でもない。そう私は信じてます」
「あなたがどう信じようが勝手だけど。でも、まさかいちばん正解に近い位置にいるとはね」

銃口がはっきりと、里沙から愛佳に向けられた。
紺野と愛佳の間で交わされる会話についていけないれいなは眉を顰める。里沙は一歩踏み出そうとするが、まだ動けない。


―――“能力封鎖(リゾナントフォビット)”の女は西方800メートル地点のビル屋上です。行って下さい


瞬間、3人の脳裏に愛佳の声が聞こえた。
自分たちの能力を封じる女の居場所も突き止めてある以上、行かない理由はない。あるとしたら、愛佳を置いていくことへの負い目だけだ。


だが、愛佳の言葉はつづく。


―――田中さんが走り出すと同時に引き鉄が引かれます。それをなんとか止めます。振り返らんで走って下さい


愛佳の言葉に揺れる。が、躊躇している暇はなかった。
れいなはぐっと拳を握りしめると、じりっと左脚を下げた。それに目敏く気付いた紺野が銃口を上げた。
瞬間、愛佳は左脚で地面を蹴りあげ、紺野に飛びかかった。引き鉄が引かれる寸前に、マガジンを握り、弾を避ける。

「愛佳!」
「田中さん早く!」

後ろ髪を引かれながらも、れいなは走った。
さゆみと里沙はもつれ合うふたりの間に入ろうとするが、争うなかで銃口が常にこちらを向き、時折唸り声をあげ弾を発射するので下手に近づけない。
愛佳はぐぐぐっと力を込めて銃を左右に振り、引き離そうとする。が、相手も粘る。全く、ヴィジョンの未来通りだと苦笑する。


―――もし、ここで逃げ出せば、未来は変わる


もうひとりの自分がそう囁いた。傷つくのはイヤだし、できることならば平和に生きたい。そう願うことになにも悪いことはない。
だけど、自分たちの犠牲の先に平和な未来を築くのだと、あの夜に決めたのだ。


―――「ダークネス以外にも私たちは…傷つけてるんだね、多くの人を」


発作の起こるなか、彼女は大きく息を吸って言葉を繋いだ。
だれもが平和に生きられる明日をつくるために、だれかを犠牲にしてきた昨日があると分かっていた。その中に一般人を巻き込んで良いはずがない。
だけど、それでも愛佳は闘うことをやめない。生きることを否定しない。傷付けてきたことが罪だとしても、自分の闘いの人生を完遂し、光在る明日を紡ぐと決めたのだ。


―――「愛佳ちゃんを、仲間を、信じてるから―――」


それが私が、あの未来を拒まない答えだった。
私がヴィジョンを見た瞬間にいっしょに見えた亀井さんの笑顔は、私の未来を後押ししたんだ。


紺野は尻ポケットに手を入れ、取り出した。尖ったそれがなにであるか、愛佳は見なくても分かっていた。だから拒むことなく受け入れた。
一瞬引かれたあと、真っ直ぐに突き立てられた左手は、右腹部にナイフを生えさせた。間髪入れずに小銃の引き鉄が引かれ、左脚を砕いた。
そのあと間合いを取るように体を突き飛ばされ、愛佳の体は地面に伏す。この間、わずかに2.7秒足らずであり、里沙もさゆみも、なにが起きているのか理解できなかった。

「愛佳ぁ!」

さゆみが倒れ込んだ彼女にかけよろうとしたとき、引き鉄に手がかかる。が、引かれる直前、紺野は鋭い頭痛を覚え、後退した。
思わず里沙を見る。彼女は真っ直ぐに紺野を睨み付けていた。見事な“精神干渉(マインドコントロール)”だ。一瞬ロックが遅れれば奈落の底に沈んでいた。

「紺野ッ―――!」
「……今日は退いた方が良さそうだね」
「待てっ!!」

里沙が追いかけようとする直前、光が空気の割れ目から射し込んできた。空間が歪んだかと思うと、彼女がその裂け目へと消えていった。
これも科学の力なのか、と下唇を噛むのも束の間、里沙は倒れた愛佳に駆け寄った。

「光井!光井!さゆみん、“治癒能力(ヒーリング)”を!」
「やってます!黙ってて!」

れいなが“能力封鎖(リゾナントフォビット)”の持ち主を斃したようで、リゾナンターに再び能力が戻ってきた。
しかし、愛佳の受けた傷は思った以上に深い。特に左脚は治癒しているにもかかわらず血が止まらない。まるで絵里の状況と同じようでさゆみの域は短くなる。
もうイヤだ!どうして私の腕の中でみんな助けられないの?どうしてみんなこんなに―――!

「ずっ、と………こわ、く、て」

途切れる言葉の中で、愛佳はそう呟いた。
血をなんとか止めようとさゆみは能力を解放するが、全く追いつかない。どうしてこういうとき、自分は無力なのだろう。どうしてどうして!

「久住、さんも……亀井さんも、まも、れなくて……」
「光井分かった。喋らないで。傷口が開く」

里沙はハンカチで足首を巻きつけ、止血をはかるが、なかなか止まらない。骨の奥を蝕んだなにかが、ここぞとばかりに暴れているようだった。
彼女の脚を侵食した“なにか”は、いったいなんだ?
考えようとした矢先にれいなが走り寄ってきた。状況を理解したのか、叫びながらも彼女はさゆみの肩に手を置き、その能力を解放した。
“共鳴増幅能力(リゾナント・アンプリファイア)”でさゆみの“治癒能力(ヒーリング)”を増幅させ、愛佳の治療に当たる。が、まるで血は止まらない。
里沙はすぐに救急車を要請した。自体は刻一刻と深刻化していく。これ以上、もう、仲間を減らしたくないのに―――

私はみんなを護りたかった。
あの夏の日、未来が視えていたのに、私はあの男の襲来からあなたを護れなかった。ジュンジュンも、リンリンも、そして亀井さんも。
自己犠牲のつもりやないんです。生きて償うことも覚悟してました。でも、もし私があの科学者を避けていたら、どんな未来が待っているのか、想像するのが怖かった。
今度は新垣さんや田中さん、道重さんが犠牲になるんやないかって……だから、自分が楽になる道を選んだんです。

ごめんなさい。いつも逃げて。
あの4人で強くなろうって約束したのに、果たせなくてごめんなさい。

ごめん。ごめん……ごめんなさい―――


―――ほら、行こっ!


―――光井サン早く早くー!


―――強くなりましょう!みんなで!


なんやこの走馬灯。ベタベタな死に際の光景やなと苦笑した。

だけどまあ、悪くないと思う。
どうしてこんなに、心が落ち着いてるんやろ?
分からんなあ…


そっと涙が頬を伝った。
冬の空に星が輝く。空気の澄んだ世界に星たちはその命を輝かせた。
満天の星が流れる中、愛佳の命の炎はいまにも燃え尽きそうだった。

















最終更新:2012年12月21日 08:02