『サプライズの夜に』


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日曜日の喫茶店は混雑する。それは喫茶「リゾナント」でも例外ではない。
外は雨が降っているせいか、雨宿りに利用する客も多い。
次々と通されるオーダーに対応しながら鍋をふるって数時間経った夕方、漸く波は収まった。
れいなはぐっと伸びをしながら貯まった食器を洗い始めた。

「お疲れ様です田中さん」
「おー、お疲れ」

ホールに入っていた後輩である譜久村聖が多くの食器を持ってきた。
あまりの量に辟易して「うへぇ」と声を出すと、聖も困ったように眉を下げて笑った。

「じゃあフクちゃんはホールの掃除頼むっちゃ」
「あ、それは里保ちゃんと優樹ちゃんがやってるので、私はこっち手伝いますね」

意外なメンツが掃除しているんだなとれいなは納得した。
聖はれいなの隣に並び、食器を洗い始める。エプロンの胸元の膨らみに自然と目がいってしまい、気恥ずかしくなる。
それと同時に自分の胸が相対的に小さいことを思い知らされてため息をついた。

「……なんか、疲れてます?」
「へ?え、あ、違うっちゃよ」

まさか自分の胸が小さくて悩んでいます、とは言えない。
もう22歳なので、成長期はとっくに過ぎ去っていて、身長も胸も変化しないのだろうなと納得するしかない。
あれ、そういえば今日って、とれいなは洗い物をする手を止めて壁を見た。
掛けているカレンダーを確認すると、今日は11月11日。そっか、今日で誕生日なんやっけ、とれいなはぼんやり思った。

「わああああーーすごぉい!!」
「コラ、ダメだって!」

唐突に響いた声にれいなと聖は同時に振り返った。
現在、喫茶リゾナントにはキッチンにれいなと聖、ホールに里保と優樹しかいない。
そうなると必然的にこの声はあのふたり、ということになるのだけれど、さてなにをやらかしたのやら……
れいなが蛇口を捻ってホールへ歩こうとすると、聖は「私が見てきますよ」と制した。

「いや、なんか騒いどったけど」
「優樹ちゃんが遊んでるんじゃないですかね」

此処は遊び場じゃないんだけど、と言おうかと思ったがれいなは黙っておくことにした。
聖は蛇口を閉じるとホールを覗き、数秒後に戻ってきた。

「やっぱり遊んでました」
「怪我せんようにしてほしいっちゃけど……つか、さゆたちから連絡あった?」

そう訊ねると聖は首を振った。
さゆみは今朝早くに「用事がある」と石田亜佑美や飯窪春菜を連れて出掛けて行ったきり戻ってこない。
日曜日は混雑するからできればキッチンに入ってほしかったのだが文句は言わずにれいなは頷いた。
ついでに言えば、生田衣梨奈に鈴木香音、工藤遥は、今日はまだ顔を見ていない。
別に此処に来ることは義務ではないし、それぞれの生活があるのは分かるが、毎日顔を合わせているために、1日逢わないだけでなにか違和感を覚える。
その違和感は、仲間であるがゆえのことだとしたら嬉しいな、なんてぼんやり思う。

時代が動き始めた、なんてカッコ良いことも言えるだろうけれど、ここ2年でリゾナンターは大きく変わった。
気付けばさゆみとれいながリゾナンターを牽引する立場になり、聖や里保たちが中間に立ち、優樹や遥が下から支える構図が出来上がっていた。
最初は全く噛み合わず、なんども先代の高橋愛や新垣里沙に戻ってきてほしいと思ったかは分からない。
だが、まとめることを放棄してはいけないと、なんども新たな10人で“共鳴”を繰り返してきた。
100%正常に機能しているかと言えばそうではないが、それでも、いま自分たちにできることはやれているとれいなは思う。
少なくとも、信頼、という意味では“共鳴”していると感じていた。

―――ぱん

そんなことを考えているとき、高い音が響いた。
聞き慣れない、それでいて常に身の回りで感じる不穏なその音に、思わず顔を上げる。

―――ぱん、ぱん

もう2回、今度は間髪入れずに響いた音は、明らかにホールから聞こえた。
れいなは咄嗟にそれを「銃声」だと直感する。

「だ、だいじょうぶですよ、田中さん」

だが、走り出そうとしたれいなを再び聖が制した。

「いまの銃声やろ?鞘師と佐藤が危ないかもしらんやん!」
「まさか、そんなことないですって」
「なんで言い切れるとや!?」
「だいじょうぶですって。落ち着いて下さい」

冷静に制する聖を見ながら、れいなは無性に腹が立ってきた。
自分が感情的になっていることは分かる。だが、ホールにいるのは大切な後輩で、彼女たちになにかあったらと考えるだけで怖い。
それなのに、その気持ちは聖に伝わらず、なぜかこちらを宥めようとしている。
どうしてそんなにも、仲間を危険に曝すことができる?それ以上に、だれに対してそんな口を聞いているのだ?

「フクちゃんはれいなより歳下やろ!?」

思わず口をついた言葉に聖は目を見開いた。
そんなことを言われると思わなかったのか、あまりにも驚き、それでいて哀しい瞳の色を見てれいなは一瞬だけ後悔したが、言葉は止まらない。
まるで洪水のようにひどい言葉を聖に向かって吐き出した。

「先輩に向かってそんな生意気な口聞くな!」

別にそんなことを言いたかったわけじゃない。
なぜこんなに激昂してしまったのか、れいなは分からない。
いや、正確に言えば分かっている節はあるのだけれど、どうしてそのフタをいま開けてしまったのかが分からない。
なにも言えずに佇んでいる聖の目から逃げるようにれいなはホールへと走った。

「だいじょうぶと?!」

れいながホールに飛び込んだ。
瞬間に目に入った光景は、血の海、折り重なる死体―――ではなく、キラキラとした紙吹雪と、テーブルいっぱいに広げられた多くの料理だった。
きょとんとした目でこちらを見るのは、先ほど叫んでいたであろう優樹だった。
同じく掃除していると聞いていた里保は「えーっと……た、田中さん」と目を細めて頭を掻いた。

「もー聖ぃ!ダメやん!」

奥の方にいたのか、衣梨奈はキッチンにいるはずの聖に向かって声を荒げた。
なんだ?なんだ?なにが起きているのだ?とれいながひとり理解できずにキッチンを振り返ると、聖が衣梨奈に向かって両手を合わせて「ごめん」と言っている。

「あーあ、バカれいなのせいで失敗なの」

朝以来に聞いたさゆみの声に振り返ると、彼女は壁に装飾をしている手を止めてこちらに歩いてきた。

「もういいや。れいな来ちゃったし、みんなで歌おう」
「もー、まーちゃんのせいだよ!」
「だってぇ…どぅーが持ってるクラッカーが面白そうだったからぁ」

気付けばホールにはリゾナンター全員が集合していて、それぞれの手を止めてれいなの方へと歩いてくる。
状況が分からないれいなはただただ立ち竦むだけだが、そんな彼女を無視して、さゆみは「せーの」と煽った。

「はっぴばーすでーとぅーゆー!」
「はっぴばーすでーとぅーゆー!」
「はっぴばーすでーでぃあ」
「れーいなー!」 「たなかさーん!」 「たなさたーん!!」
「はっぴばーすでーとぅーゆー!」

そんなシンプルな歌のあと、再び「ぱん」「ぱん」と音が響いた。
それは先ほど聞こえたものと全く同じで、れいなは漸くそれが、銃声なんかではなく、クラッカーだったのだと気付く。
次いで、いま自分の置かれている状況、彼女たちが仕掛けたサプライズを理解した。

「ドッキリかぁ!」
「気付くの遅い!しかもなに怒鳴ってんの?フクちゃん泣きそうじゃん」

さゆみにそう言われてれいなは慌てて振り返った。
彼女は最初にキッチンに来た時と同じように困ったような顔をして眉を下げて笑う。

そうだ、少し考えれば分かることじゃないか。
今日が自分の誕生日だということに気付いたのはさっきだとしても、あれだけのメンバーが同時にいなくなるなんてあり得ない。
普段はホールにいる聖がわざわざキッチンでれいなの手伝いを始めたのは、れいなをホールに行かせないため。
優樹と里保が騒いだときに阻止したのも、主役のれいなを寄り付かせないため。
わざわざ説明しなくたって、そんなこと分かりきっているじゃないか。

「もうすぐ頼んでたケーキが到着するから、それからパーティー始めよっか」
「あ、あ……うん。ありがと……」
「はい、れいなは引き続きお皿洗い!」

そうして肩を荒っぽく押され、れいなは頭を掻く。
当のさゆみはと言えば、「フライングじゃーん」なんて笑ってまた装飾を始めた。
「お」「め」「で」「と」「う」なんて紙を壁に貼って、まるで小学生のお誕生会のようで気恥ずかしくなる。
れいなはひとつ息を吐いてキッチンへ戻ろうとしたところで、聖と目が合った。

「あの……フクちゃん」
「はい。なんですか?」

聖は泣きもせず、だが、少しだけ哀しそうにしながらこちらを真っ直ぐに見ていた。
その瞳はだれかに似ていたが、それがだれのものかを思い出そうとはしなかった。なんとなく、その人に「ばかれーな!」なんて怒られそうな気がしたから。

「その…えっと……」
「ごめんなさい。なんか紛らわしいことしちゃって」
「あ、違う、そうやなくてさ……」

先に謝られてしまい立場がなくなるが、れいなと聖は並んでキッチンに戻る。
言葉を探そうと蛇口を捻り、洗い物を始める。だが、言いたいことはなにも出て来ない。
散乱する言葉をかき集めたところで、ちっとも伝わりそうにはなくて、困る。

だけど、そんな想いを聖は“共鳴”したのか、「だいじょうぶですよ」と笑った。
その笑顔が痛くて、れいなは首を振る。そうじゃない。そういうことじゃなくて―――

「フクちゃんのこと、よく誤解すると…」
「え?」
「仲間想いじゃないとか、冷血とか……全然、フクちゃんはそんなことないとに」
「フフ、よく言われます。でも、だいじょうぶですよ」
「そ、それとさ」

あまりにも、彼女がなんども「だいじょうぶ」と繰り返すから、れいなはそれを遮るように言葉をつづける。
そうじゃない。そうじゃなくて。
れいなが聖に対して抱いていたのは、不満ではなくて、あまりにも大きな期待なのだ。
失うのが怖いんだ。これ以上、大切な仲間を、もう手放したくないから。

「焦ると、れいなが」
「……なにを、ですか?」
「いつか、フクちゃんが、背負うんかなって思うと、いろんなことを」

その言葉は真っ直ぐに聖を射抜く。
れいなが抱えていたことを、少しだけ聖は理解する。
時代が動き始めたのだとしたら、いつか、この時代も過去のものとなる。
さゆみとれいながいつまでも此処に留まるとは限らない。先代のリゾナンターのように、別の部署への異動も、そして怪我での離脱もあり得る。
そうなった場合、年功序列を考えると、今後時代を引き継ぐ人物は、自然と限られていく。

「だから、その……か、過剰な期待?って言うとかいな……そーゆーのを…」

途切れ途切れながらも、れいなは必死に言葉を紡いだ。
実際、れいなはそれをずっと考えていた。
新たな時代の牽引者に襷を渡す日が来たとしたら、それをどうか、大切に受け取ってほしい。
これまでの時代を踏襲し、良い意味で破壊し、そして再構築するためのその襷はあまりにも重い。
そんな重荷を、わずか2年足らずの後輩に背負わせるのは、あまりに酷だとは分かっていたけれど。
期待と願望とが交差し、心のフタは勘違いのためにあっさりと開いた。結果的にそれは、ただ聖を傷つけるだけになってしまったけれど。

「分かってますよ、田中さん」

聖の言葉にれいなは顔を上げた。
彼女は真っ直ぐにこちらを見つめている。その瞳は微かにうるんでいるものの、涙は流さずにいる。
確かな意志を携えた瞳は、何処までも美しくて強い。

「私が…いえ、私たちが、きっと時代をつくっていきます。だから、だいじょうぶですよ」

今日何度目かの「だいじょうぶ」は、最も輝きを放った言葉だった。
きっと彼女は、れいなの言わんとすことをちゃんと理解している。それは言葉と、そして瞳を見れば分かる。
だからと言って、れいなが理不尽に怒鳴ったことはやはり許されることではなくて、れいなは改めて「ごめん」と頭を下げた。

「じゃあ、田中さんにお願いしていいですか?」

優しい声にれいなが頭を上げる。
そこにはやっぱり優しい笑顔の聖がいて、それがもういちど、彼女と重なった。

「これからもたくさん教えて下さい。戦術とか、戦略とか。聖が間違っていると思ったら言って下さい」
「……じゃあ、れいなが間違っていると思ったらフクちゃんも言って」
「フフ、はい。分かりました」

ちょっとだけ意地悪そうに笑うその笑顔は、やっぱりもうひとりの同期を想わせてれいなは困ったように眉を下げた。

「たなさたぁん!ケーキ来ましたぁ!」
「だから!言っちゃダメだって!」

ホールからそんな声が聞こえてきて、れいなと聖は顔を見合わせて笑った。