『DAWN OF A NEW DAY』


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121 名前:名無し募集中。。。[] 投稿日:2012/10/23(火) 07:47:50.46 0
これから投下するものは過去の素晴らしい作品の影響を多分に受けまくった二番煎じも良いとこなものです
無駄に長いので分割しますが保全代わりですので生温かい目で見守って下さい




戦場に佇むキミは、とても、とても綺麗だった―――


風が啼いた。
髪を撫でて何処かへふわりと走っていったそれが羨ましかった。
出来ることならば、私も此処から遠くへ行きたかった。

一歩、進む。
じゃりっという音がする。
鉄屑やコンクリートの破片、割れたガラスが一面に散乱している。
随分と派手にやったものだ。ありとあらゆる建物が崩壊し、地に伏している。
視線の先には、数年前に完成したばかりの電波塔の残骸が見える。脚を失った塔は情けなく頭を擡げていた。
瓦礫の中を、私は進む。

此処はまだ、マシな方だ。本当にひどいのは、もっと先にある。私はそう予感していた。
砲撃の音を背にしながらほんの数歩進んだとき、その予感は確信へと変わる。
唇にイヤなものがべっとりと貼りついたような感覚を覚えた。人の脂肪が焼けて空気中に散布したのかと納得する。
そのとき、ガリッと、明らかにガラスや鉄屑でないものを踏み、私は思わず立ち止まる。
片足を上げると、それが人の指だと分かった。

「……ごめんなさい」

私はそう呟くと、その指を何処か邪魔にならない場所に移動、もしくは地に埋葬したかった。
しかし、まるで荒廃したこの場所にそんなものはなく、ため息をつく。
そのまま私はさらに進んだ。

視界が開けた場所まで行くと、砂埃が舞った。
砂塵の向こうがわは、まさに地獄絵図だった。
ぼんやりと歪んだ視界でも分かった。そこには無数の人が折り重なるように倒れていた。
在り得ない方向に曲がった四肢、飛び出して腐乱した内臓、助けを求めるように突き出された舌。血の海にはぷかぷかと眼球と毛髪が漂っている。
何処の戦場にもつきものな、人間の死体だ。

見慣れたようで見慣れない光景にうんざりしていると、数メートル先の“もの”が目に入った。
目を擦り、それを見る。そこには、既に息のない迷彩服を纏った元人間が、目を見開いて天を仰いでいた。
口は大きく開かれ、その中には臓器、恐らく心臓が咥えさせられていた。
この心臓は、此処にいる元人間の持ち物だったのだろう。その胸元も大きく開かれ、骨がいくつか飛び出している。
そして、頭部は腹部の上に置かれ、両手がそれを支えている。少しでも刺激を与えれば転がりそうなほど、不安定だ。
腰から下は見当たらなかった。少し離れた場所に左脚が地面から生えているが、あれがこの元人間のものかは判別できない。

なるほど、まるで芸術作品だなと思う。
どんなに愚か者でも、頭を胴体と切り離してしまえば、人間は死んでしまうことは分かる。
または、胸を切り裂き、心臓を取り出した段階でもう長くは生きられないことは分かる。
それにもかかわらず、この死体は、口に心臓を投げ込まれ、頭部は胴体と切り離され、腹部の上に置かれている。
こんなこと、意図的にやったとしか判断できない。
まるで粘土細工で遊ぶように、死体を弄んだのだ。

私は目を閉じる。
暗闇の中、聞こえてくる音にだけ耳を澄ませる。
砲撃、銃声、断末魔、そしてまだ息のある人間たちの途切れそうな呻き声が微かに聞こえた。
ひとつ、ため息をついて目を開けた。
再び風が啼き、視界が開けた。
自分の数メートル先、ひとり佇んで何処か虚空を見上げている彼女がいた。
こちらに背を向けているため、その表情は分からない。分かるのは、その両手がどろりと薄暗い赤で彩られていたことくらいだ。
赤は私の好きな色だが、いま彼女が纏っているう赤は好きにはなれない。

そうは言いつつも、私は思った。
終わりの始まりを告げる鐘が鳴り、なにもかもが腐りきった世界、すべてが終焉に近づいたこの場所に、彼女はいる。
なにが起きても自分を曲げず、真っ直ぐに佇み、闇の中に射し込んだ月明かりを浴びているキミは、とても、とても綺麗だ。
キミは洪水が来たとしても、ただずっとそこに静かに立っている一本の大木だと私は思った。

「―――――」

名前を呼ぼうとしたが、声にはならなかった。
喉の奥に声がへばり付いて離れない。
圧倒的なその存在に恐れているのか、それともただ、哀しかったのかは判別できない。
それでも私はぎゅうと拳を握り、声を絞り出した。

名を呼ばれた彼女は振り返った。
いつものようにだらしなく笑った彼女は美しい。此処が戦場でなければ、何人もの男にデートに誘われていることだろう。
だけど、両手を血に染めたキミは、どうしてそんなに笑顔でいられる?
キミはいったい、どれだけの人を殺した?どれだけの人を犠牲にした?どれだけの人を……
いや、それを言うのはやめておくよ。そんなことを言っても、いまのキミには分からないんでしょ?

私が諦めたようにため息をつくと、彼女は小首を傾げた。
「どうしたの?」と言わんばかりに瞳は、以前と何ら変わっていない。変わったのは私なのだろうかと錯覚してしまいそうになる。
まったく、やはり随分とムチャクチャな存在だ。

「あ……がぁ……」

そのとき、彼女の足元から低い呻き声がした。
ボロボロになった迷彩服を纏った男は、なんとかこの地獄から這い出そうと必死に指を動かしている。
私がそれに気付いたということは、当然、彼女も気付いていた。彼女は私から目を逸らし、足元の人間に目を向ける。
ニタァっと笑った瞬間、私は目を見開いて走り出した。たくさんの死体を踏みつけ、彼女の元へ駆け寄る。
彼女は右腕を振り上げ、一気に振り下ろした。あと一歩が、遠かった。

「あ゛あ゛あああああ!!」

私がそこに辿り着いたときには、彼女は男の眼球を刳り貫いていた。
ぐりんと引っ張り出し、こりこりと指先で弄んでいる。
新しい玩具を見つけた子どものようにガラス球を闇夜の星空に翳した。
視神経がぶちんと切れ、男は声にならない悲鳴を上げ、再び地面に伏した。片腕だけで目を覆い、それでもなんとか生きようと脚を動かす。
彼女はもう男には興味がないのか、刳り貫いた眼球をくるくると回し、じっくりと観察していた。
眼球を見る彼女の目は、キラキラと輝いている。本当に、純粋だ。残酷なほど純粋な、子どもだ。

「―――優樹ちゃん」

私はもういちど、彼女の名を、今度は先ほどよりもはっきりと呼んだ。
その声は震えていて、ついでに膝まで笑い出しそうで、随分と情けないけれど、それが私の本心なのだと客観視した。
彼女―――佐藤優樹は男の眼球を持ったまま振り返る。肩まで伸びた黒い髪が揺れた。
優樹は相変わらずニコニコと笑顔を携えたままこちらを向いている。不覚にも可愛いなんて思う自分は、随分と愚かだ。
誤魔化すように次の言葉を紡ごうとするのだが、全く言葉が出てこない。
なにを、なにを言ってやれば良いのだろう?この無垢な少女に、なんて声をかけるのが正解なのだろう。

「どうしたんですかぁ?」

間延びした声で優樹は質問してきた。
まったく、「待て」ができないところは昔から変わっていない。躾のなっていない、人懐っこい犬だなと私は思う。
感情の欠落のせいか、彼女には哀しいとか、痛いとか、そういうものが備わっていない。
それを痛感したとき、私は初めてリゾナンターであることを後悔し、優樹の持つ能力を、呪った。


私の所属する国家権力特殊戦闘部隊―――リゾナンターには数多くの戦士たちが集っていた。
彼女たちは皆、生まれながらに特殊能力を有し、それらを駆使して国家の繁栄と存亡を懸けて歴史の裏舞台で闘い続けてきた。
各人の有する能力はさまざまであり、光や風を自在に操ったり、精神を破壊したり、未来を先見したり、傷を癒したり、
そして、仲間たちと共鳴して、力を増幅させたりすることも可能だった。
だが、それらの能力は際限なく使えるわけではない。
術者には日々の鍛練が必須であり、各人のポテンシャルを発揮できなければ、能力は完全に開放できない。
また、開放できたとしても、能力の反動、撥ね返り、つまりは“副作用”からは逃れられることはできなかった。
私たちリゾナンターは常に生死の狭間を彷徨い、死と隣り合わせで生きてきたのだ。

彼女の持つ“死霊魔術(ネクロマンシー)”とは、文字通り、死者を召喚し、死霊を操ることのできる能力だった。
リゾナンターに入って数ヶ月のうちは、死者の声を聞くのがやっとだったが、1年も経つと、死霊を自在に召喚し、戦闘に有効に使うことができた。
死霊を操るという行為が、死者への冒涜ではないかと、当時の統制リーダーである道重さゆみは眉を顰めたこともある。
しかし、あの当時、敵との闘いは激化し、手段を選んでいる余裕はなかった。
当面、無理のない範囲で能力を行使して闘い、別途の能力が芽生えた場合にのみそちらを使用するということで話はまとまった。
いまにして思えば、そのときに私が無理にでも止めておくべきだったのかもしれない。
これ以上、優樹に能力―――“死霊魔術(ネクロマンシー)”を使わせることを。


「ひっ……ぁ…」

そのとき、再び優樹の足元にいる男が声を上げた。
左脚を失い、さらには目を失くした男は、それでもなんとか生き延びようと重い体を引きずっている。
優樹は私から目を逸らし、彼へと目を向けた。軽蔑とも侮蔑とも違い、ただ冷静に、見下ろしている。
ゆっくりと右腕が振り上げられたとき、私はその手首を掴んだ。彼女は「どうして?」と言わんばかりにこちらを向いた。

「そんなこと、教えてないよ」
「……」
「笑って人を殺すなんて、私は教えてない」

そう。彼女の表情は先ほどと変わらず、笑っていた。ぼやけた目でも、それくらい分かる。
まるで蟻や蝉を殺すのと同じように、優樹は自分と同じ“人”を殺している。たとえそれが敵であろうが一般人であろうが関係ない。
だが、いまの彼女には、そんな説法なんて、無意味だということくらい分かっていた。
優樹はぐいっと腕を捻り、私の手を振り払った。手首をコキコキと鳴らし、「つまらないなぁ」と唇を突き出した。

「楽しいのにな」
「……なにが?」
「だって、ほら、あれ」

優樹は自分の左方向を指差した。
そこには先ほど私が見た芸術作品の元人間がいる。

「あれ、面白くないですか?」
「趣味悪いよ、随分と」
「どうして?」
「私には、そんなセンスないし、いらないよ」

私がそう言うと、「分かってないなぁ」と彼女は腹部の上に置かれた頭部と、地面から生えた左脚とを交互に指差した。

「ココと、ココの角度とかキョリとか、完璧でしょ?」
「そんなこと、聞いてない。私は優樹ちゃんに、そんなことしてほしかったんじゃない」

私が努めて冷静に言うと優樹は呆れたように、何処か諦めたようにため息をついた。

「―――じゃあ、鞘師さんは私にどうしてほしかったんですか?」

その言葉はとてつもない勢いを持って私に襲いかかってきた。
急に発せられた私の名前と、私が最も悔いる過去の原点を抉る言葉は、あまりにも重い。
そうだ。私はどうして、止めなかったのだろう。
彼女が能力を行使するのを、どうして止めずに、寧ろ、推奨してしまったのだろう。


 -------

“副作用”は人それぞれで一様ではなかった。
能力に応じて変化しているかと言えばそうでもない。
どのタイミングで、どの箇所に、どのような作用が起こるかは特定できないために、対策の取りようもなかった。
だからリゾナンターたちは常に体調を万全に整え、闘いのあとはすぐに能力を閉じ、ケアを怠らなかった。
ある者は胸を劈くような痛みに襲われ、ある者は両膝の筋を断裂するような痛みに耐え、ある者は気胸を患った。
戦闘で死ぬより先に、この“副作用”で斃れるのではないかと、だれもが覚悟しながら戦場に赴いていった。
実際、先代のリゾナンターたちは何人も、自らの内に抱えた“副作用”で死んでいったと聞いていた。
この“副作用”は能力者には共通に例外なく訪れ、私にも、そして優樹にも降りかかった。
ただ、優樹の場合は少し、特殊だった。

「痛くないの?」
「うーん、あんまり痛みはないです」

譜久村聖の問いかけに対し、優樹は首を傾げた。
優樹と同期にあたる工藤遥は「まだ“副作用”がないって凄いね」と自分の膝にテーピングを始めた。

「良い意味で、まーちゃんが鈍感だからかな?」
「いや、絶対良い意味じゃないでしょそれ」

飯窪春菜が冗談めかして言うのを、石田亜佑美は苦笑して応えた。
私もそれは不思議に思っていた。能力者全員に一様に現れる“副作用”が優樹にだけ現れないはずがない。
彼女が痛みを誤魔化しているという仮説も立てたが、そうする意味が見出だせない。
そうなると、痛みとは別の“副作用”が所在するはずだが、それがなんであるのか、見当もつかなかった。

「やっぱり、やめた方が良いんじゃないかな。優樹ちゃんの“死霊魔術(ネクロマンシー)”」
「どうして?」

聖の提案に優樹は首を捻った。

「確かに優樹ちゃんの能力は有効だけど、“副作用”が現れてないのが気になるの。これ以上多用したらどうなるか…」
「でも優樹ちゃんのおかげで勝ててるわけやし、気にせんで良いっちゃないと?」

そこで口を挟んできたのは生田衣梨奈だった。彼女は深く息を吐いて椅子に座り、脚をぶらつかせる。
衣梨奈が聖に口出しをするなんて珍しかったので私は少し驚いたのを覚えている。
聖もまた、衣梨奈に反対されるとは思っていなかったのか、一瞬口を閉ざし、「でも」とつづけた。

「“副作用”がないなんてあり得ないよ。何処かしらに不調があるのが普通なんだから」
「たまたま優樹ちゃんにだけないかもしれんやん」
「たまたまってなに?そんなのあり得るわけないよ」
「あり得るわけないってなんで決めつけると?」

段々と、ふたりの言葉が走っていくのが分かる。
売り言葉に買い言葉、傷つけるつもりも反抗する気もなくとも、言葉は時に刃として、人の心を抉る。
そろそろ止めた方が良いのだろうかと思っていると、その前に鈴木香音が立ち上がっていた。

「確かに優樹ちゃんにまだ不調がないなら、良いんじゃないかな?」
「香音ちゃんまで…」
「でも、聖ちゃんの言うことも分かるから、少しだけ優樹ちゃんは能力を抑えるってことで良いかな?」

在り来たりな仲裁だったが、現状を鑑みてもそれが最良の策と言えた。
香音たちの言葉を聞き、優樹は少しだけ不満そうな表情を見せたが直後に「はーい!」と手を挙げて笑った。
そんな彼女を見て、聖は深くため息をつく。
聖の心労が増えて行っているのは日に日に理解していた。
現状、さゆみとれいなに次ぎ、上から3番目の立ち位置である聖は、いわゆる中間管理職を担っていた。
真面目である性格上、優樹や遥のように後先顧みず暴走しやすい後輩たちを統制することは彼女にとって苦手だった。

あのころ、私がもう少し目を配っていたら良かったのかもしれない。
だが、私自身、現在のリゾナンターにおける先鋒役として、自分の能力である“水限定念動力(アクアキネシス)”を高めることで精一杯だった。
直接打撃系の能力を有しているのは、当時のリゾナンターにおいては私だけだった。
私に課せられた責務は大きく、ひたすらに己と向き合う日々が続いていた。
それを言い訳にして、私は仲間と深く関わることを避けていたのかもしれない。だれかが争っていても、止めることを放棄していた。
そんな中で、唯一と言って良いほど、よく話す相手が、優樹だった。

「私、変なのかな?」

優樹の能力に関しての一件があったあと、私はリゾナントの屋上へ向かった。
ぼんやりと風に吹かれていると、いつの間にか隣には彼女がいて、ぽつんとそんなことを呟いた。
先ほどまでの笑顔を引っ込めた彼女は、何処か寂しそうに唇を突き出している。
その姿は、まるで子どもだ。死者たちの声を掬い取り、淡いエメラルドグリーンの光を降らせる戦士には到底見えなかった。

「“副作用”、まーちゃんにだけないんだもん。みんなとは違うのかな」

優樹の言葉にどう返すか、私はしばし悩んだ。
能力者に共通して現れる“副作用”だが、それは各人を蝕むものであり、無いに越したことはない。
それに、100%の確率で“副作用”があるという根拠はない。ただ、いままでのリゾナンター全員に現れたというだけだ。

「それは、変じゃなくて、特別って言うんだよ?」
「とく、べつ…?」
「優樹ちゃんは特別なんだよ。きっと。だからだいじょうぶだよ」

そうして私はポンポンと頭を撫でてやった。
「特別」という言葉は嘘ではない。実際に出現していないのは、ある意味で、彼女が選ばれた存在だからかもしれない。
というよりも、私にとって優樹が特別だから、そう言っただけだった。こんなに素直な私でいられる空間もまた、特別だ。
優樹は暫く考えたあと、先ほどまでの鬱屈した表情を捨ててにかっと笑った。それはさながら太陽のようで私には眩しすぎて目を細めた。


「優樹ちゃんの能力って凄いと思うよ」
「ホントですか?」
「うん。死んじゃった人の想いを汲み取るって、やっぱ優樹ちゃんにしかできないことだよ」

だれにでも懐き、簡単に人の心の扉を開ける存在の優樹が好きだった。
下手に飾らずに、在りのままの鞘師里保でいられる空間がそこにはあった。
優等生で、気を張って、切り込み役として戦場に赴く私じゃない私が此処にいる。それだけで良かった。

「じゃー、使っていいですか?」

優樹はキラキラ輝いた目で、私を見た。
優樹だけ例外かどうかは問題ではなく、私は彼女の意思を尊重したかった。
彼女なりにリゾナンターに貢献しようと闘っているのに、能力を封じるのはまるで彼女を阻害しているようだった。
だから私は、優樹の能力に関して、無理に押さえ込もうとは思わなかった。

「みんなには内緒だよ?」

私はいたずらっ子のように人差し指を唇の前に立てた。
たったふたりの秘密事が嬉しいのか、優樹は「はーい!」と元気よく言ったあと、屋上を駆け出した。
両手を広げて走る姿は何処かのアニメのキャラクターのようで、私はなにが可笑しいのかゲラゲラと腹を抱えて笑った。
優樹もそれが面白かったのか、顔をくしゃっと崩して笑い続けた。
夕陽が沈んでいく中、そんなくだらないことが楽しくて、私たちは暫くの間、闘いという現実から目を背けられた。
だが実際は、避けられない真実は沈黙として、静かな闇を形成し、私たちを呑み込もうとしていた。


 -------

私は投げかけられた優樹の質問に対し、答えを見つけられなかった。
いま思えば、なんというエゴなんだろう。彼女を追い詰めていたのは、私自身だったのだと気付く。
自分の勝手な感情で、優樹を振り回し、リゾナンターでいられなくしてしまった。

「優樹ちゃんをそんな風にしちゃったのは、私のせいだから」

私は静かにそう呟くと、腰に提げていたペットボトルに手を伸ばし、蓋を開けた。
彼女には私の手の内なんて丸見えなのだが、能力の発動を止めようとはせず黙って見ていた。
ペットボトルの中の水を地面へと垂らした。どぽどぽと水が血と混ざり合い、薄いピンク色に染まっていく。
水が完全になくなると、地面に広がった水と血の混ざった液体に手を翳す。
数秒の詠唱のあと、ゆっくりと手を引き上げると、見事な水の刀が完成した。

「だから、私にはキミを止める責任がある」

水の刀をゆっくりと握りしめ、構えると、優樹は肩を竦め、両手を広げた。
雲の間から月が顔を出し、優樹は天を仰いだ。淡い月光のスポットライトを浴びた彼女はとても綺麗だった。
エメラルドグリーンの光が舞ったかと思うと、周囲の空気が重く圧し掛かった。
まさか、と思った瞬間には手遅れだった。私は背後から羽交い絞めにされていた。
相手は見なくても分かる。先ほどまで此処に倒れこんでいた、優樹に殺された数多くの元人間たちの死体だ。

「鞘師さんのせいじゃないですよ?」

死人たちが次々と立ち上がる。
両腕を前に突き出して、のっそりと闇の中を這いまわった。脚のないものは腰を動かし、前へ進もうとする。
死者を自由に操ることができる、これが彼女の能力だった―――


 -------

優樹の“副作用”に気付いたときは手遅れだった。
“副作用”は、体へのなんらかの不調、外傷だという思い込みこそが間違いだった。思い込みとは恐ろしいものだ。人の正常の判断を狂わせてしまう。
何事も疑ってかかる。検証と実験を重ねて真実に辿り着くなんて鉄則であるはずだったのに、すっかり忘れていた。
彼女への能力の反動は、体への不調といったそんな生易しいものではなかった。

あくまでも推測でしかないが、彼女の有した“死霊魔術(ネクロマンシー)”の“副作用”は感情の破壊だった。
人としての慈しみ、他人を思いやる心、痛みを分かる気持ち。それらが優樹には決定的に欠けてしまっていた。
いつも彼女は笑っていたから気付かなかったが、“副作用”は確実に優樹の心を蝕み、壊していった。
結果的に優樹は、どうして人を殺してはいけないのか?という問いの答えを見失い、殺戮へと走った。
特に敵に対しては、体を八つ裂きにし、踏みつけ、バラバラにしても飽き足らないと思わせるほどに徹底的に殺した。
そのためには、「出来る限りの一般人を巻き込まない」というリゾナンターの暗黙の了解をも無視した。
被害が徐々に表面化し、遂には仲間に手を上げたとき、私たちは彼女に攻撃をした。それが、彼女と別れたあの日のことだ。

「まーちゃんダメだ!」

優樹の振り下ろそうとする手を遥が止めようとしたが、その前に遥は鋭い風圧に押され、壁に激突した。
まるで能力が暴走しているかのように、優樹の周囲には「風の壁」が出来上がり、人を寄せ付けることはなかった。
優樹は相変わらず笑ったまま、私たちの見ている前で、次々と人を殺していった。
敵であろうが一般人であろうが関係なく、そして、同じ仲間であるリゾナンターにまでその牙を向けた瞬間、私は能力を発動させた。
水砲を優樹に向かってぶつけたが、「風の壁」に阻まれて天へと弾かれていった。
優樹はくるりとこちらを向き、私と目を合わせた。その手は未だに、彼女の同期である亜佑美の胸ぐらを掴んだままだ。
その目がなにを訴えているのか、私には分からなかった。いったい彼女がなにを望んでいるのかが、見えない。

「優樹ちゃん……!」

とにかく私はなんとか壁を突き破ろうと、再び水を動かした。しかし結果は変わらない。
正面がダメなら上しかないと、水を優樹の垂直上まで動かし、滝のように叩きつけた。
「風の壁」の唯一の死角が破られ、優樹と亜佑美のもとに豪雨のように降りつけた。優樹はようやく彼女から手を放し、こちらを見た。
相変わらず優樹は笑ったままだったが、オモチャを奪われた子どものように頬を膨らませ、頭を掻いた。

私と彼女は暫くの間、黙って見つめ合った。
優樹の瞳を覗き込み、その奥に輝く光を追い、なにを言わんとすのかを掴みたかった。
だが、滲んだ視界でははっきりと掴み切ることができない。ごしごしと私は目を擦り、眉間に皺を寄せた。

沈黙を先に破ったのは彼女だった。
優樹は突然ケラケラと笑い出した。壊れた人形のような優樹を、私たちはただ、黙って見つめる以外になかった。
優樹は明るい笑い声をあげて走り出した。あの日と同じ、両手を広げてアニメのキャラクターのように、彼女は遠くへ駆け出した。

だれも彼女を、止めることはできなかった。

 -------

後方で爆撃の音が聞こえた。
すぐ傍まで“彼ら”が迫っていることに気付いた私は、まずこの死者たちを斃そうと考えた。
右脚を踏み込み、腰を思い切り捻った反動で、死者たちを振り解いた。間髪入れずに刀で脚を斬る。これで暫くは動けないはずだ。
瞬間、虚空になにかが投げ込まれた。それが手榴弾だと気付いたときには、数人の死者たちがそれに飛びかかっていった。
思わず耳を覆った直後、爆発した。
光と音の衝撃のあと、死体から肉片が飛び散る。血のシャワーを浴び、頬を拭った。

「じゃまだなー」

優樹はそういうと、右手の指を弾く。すると、死体たちが一斉に私へと走ってくる。
すぐに刀を構えたが、死体は私の横を華麗に通り過ぎ、さらに後方へと向かっていった。
「え?」と振り返ったのと、男たちの断末魔が聞こえたのはほぼ同時だった。
無数の死体が、私たちの背後にいた“彼ら”―――国軍に襲い掛かっていった。迷彩服同士が戦う姿は、まさに同士討ちという言葉が相応しい。
私は再び彼女へ向き直る。優樹は得意そうに笑ったあと、拳を構えた。
それは共に闘っていたあのころとなにも変わっていない。やはり、変わったのは私なのかと錯覚してしまいそうになる。
そんな考えを振り払うように目を閉じて首を振った。優樹が暴走したせいで、国軍が動いたのだと言い聞かせる。


―――本当に?


瞬間、何処かで、もうひとりの私が問いかけた。


―――優樹ちゃんのせいにしているだけじゃないの?


違う、違うと首を振って言い聞かせる。


―――私たちは手に余る存在だった。だから排除するための言い訳が欲しかっただけじゃないの?


うるさいうるさいと、必死にもうひとりの私を消そうとする。
もし仮にそうだとしても、国軍が動いたのは事実なのだ。
優樹が私たちの前から姿を消した1週間後、愛佳からかかってきた1本の電話により、状況は大きく動いた。

「やっ―――むい―――――さと―――たす――て」

それは雑音が多く、よく聞き取れない電話だった。
私はなんどか聞き返すが、それでも明瞭な回答は聞こえなかった。

「逃げて!」

唐突に彼女がはっきりと叫んだ直後に、電話が切れた。
無機質な通話音のあと、喫茶リゾナントの周囲にイヤな空気がざわりと漂った。私たちは立ち上がり、それぞれ構えた。
遠くで聞こえた砲撃を香音が聞き取り、一斉に走り出した直後、リゾナントは一瞬で崩壊した。
黒煙と炎を上げたその空間を、全員がただ呆気にとられたように見ていた。
なにが起きたのか、だれも把握できない。ただ、現実が迫ってきていることだけは理解できた私たちは再び走り出した。


あとで知った話だが、国務総司令部最高指揮官はその日、「総司令部最高指揮令三○三」に署名した。
それは国軍に下った指令であり、国家権力特殊戦闘部隊であるリゾナンターを“殲滅”することであった。
その理由は、佐藤優樹に起こった“副作用”だった。
いまは優樹にしか現れていない“副作用”が、今後、他のリゾナンターにも出現しないとは限らない。
敵味方関係なく、際限なく殺戮する「兵器」を、これ以上手元に置いておくのは危険だと指揮官は判断した。ただそれだけのことだ。

リゾナンター各人がバラバラの方向に逃げたのは、一ヶ所に固まると狙い撃ちにされるという単純な理由からだった。
国軍が動いた時点で、私たちの命運は尽きていた。そんなことだれもが知っていた。だから、何処かで落ち合おうなんて約束はしなかった。
それぞれが走り出す直前、私たちは瞬時に全員の顔を見回した。悲壮感や絶望感、孤独や寂寞と、抱える想いはみな違っていた。
それでも私たちは天を仰いだ。いつか、だれかが云った「青空が繋いでいる」という言葉を信じるように。
ただ虚しく空は広がる。こんなに心が鬱屈として息苦しい日でも、空は変わらずに晴れ上がり、太陽が微笑んでいた。

「死なないこと」
「生き延びること」

さゆみとれいなはそれだけ伝えた。
私たちは無言で頷いたあと、必死に走り出した。背後に迫る爆撃や銃声から逃げるように、ただただ必死に走った。
先輩たちの言うことは絶対だ。命令に背くことは赦されない。但し今回に限っては遂行が難しいなと、私は苦笑した。


「使いたいだけ使って、急にポイって捨てるのはひどいですよねー」

優樹はその視線を、私を通して向こうがわへ放った。
国軍に対してか、そのさらに向こうにいる最高指揮官に対して放った言葉なのかは分からない。
彼女の言うように、優樹の“副作用”による暴走を言い訳に、危険な手駒を始末したかっただけかもしれない。
手に扱うにはあまりにも強大な力を封じ込めるために、国軍を使って粛清したいのかもしれない。
だが、どちらにせよもう遅い。国軍は動き始め、リゾナンターは壊滅状態にあり、現にいま、私と優樹は囲まれている。
優樹が数百もの国軍の死体を操って足止めをしているが、それがいつまでもつかは分からない。
仮にいまを凌げても、次の攻撃がいつ来るかも不明だ。結果的には、死を迎えるのも時間の問題というところだ。
だから、その前に、私には責任を果たす必要がある。

「まーちゃんだけに向けられると思ったんですけどねー。失敗だったかなー」

右脚を踏み込もうとした寸前に発せられた言葉に、思わず私は二の足を踏んだ。
彼女の言葉の意味を噛み砕き、一瞬だけ浮かんだ仮説に頭を振る。必死に、否定する。

「全滅の必要はないですよねー」
「……全滅じゃなくて、殲滅」
「あ、そっちですそっち。えへへ、似てますよね、ふたつとも。うふふ」

その笑顔と笑い声に、どくんと心臓が大きく高鳴る。
冗談でしょう?と思うのだけれど、いちど浮かんだ仮説はなかなか消えてくれない。


優樹がわざと、国軍の目を自分に向けるために、自らの意志でリゾナンターに手を上げ、此処から離れたのではないかという仮説が―――


いや、在り得ない。
最高指揮官が、「総司令部最高指揮令三○三」に署名するなんて優樹には分からなかったはずだ。
国軍が動き出し、リゾナンターが殲滅される未来なんて分からなかったはずだ。


―――その“未来”が分かっていたとしたら?


否定しようとした矢先に再び湧き上がる仮説が、ぞわりと背筋を凍らせた。
殲滅される未来がもし、彼女に見えていたとしたら?いや、正確に言えば、未来を視る人物から、知らされていたとしたら?
愛佳からかかってきた最後の電話が甦る。
よく聞き取れないあの言葉を繋ぎ合わせたとき、もし彼女が「やっぱり無意味だった」、「佐藤を助けて」などと言っていたとしたら?

いや、そんなはずないと私は息を大きく吸う。
深く吐きながら、妄想だ、幻想だ、在り得ないと心の中でなんども呟く。
優樹の行動は“副作用”のせいだ。“死霊魔術(ネクロマンシー)”の多用によって感情が欠落していたんだ。
だから彼女は殺戮を繰り返したんだ。敵味方関係なく、笑って人を殺したんだ。それは彼女のせいではなく、“副作用”の―――

そこでふと、走り始めた思考を止める。
それこそがもし仮に、私の「思い込み」だとしたら?
つまり、優樹自身が、自らに起こっている変化、すなわち“副作用”を理解していたとしたら?
人を思いやる温かい心、優しい気持ちと云ったものを失い、自分を見失ってしまうことに優樹が気付いていたとしたら?
このまま放っておけば、際限なく人を殺してしまう自分がいることに優樹が気付いていたとしたら?
そして、未来を視る彼女から、なんらかの理由で、リゾナンター殲滅の未来を聞かされていたとしたら?

「じゃあ、始めましょうか、鞘師さん」

優樹の声が飛んできて、目を開ける。
彼女は相変わらず笑っているのだけれど、私の視界はずっとぼやけたままで、よく見えない。
私に起きた“副作用”は、著しい視力の低下だった。
日常生活には支障がないが、能力を使う戦闘中では特に視野が狭くなり、最近ではほぼ音と感覚のみで闘っていた。
そしていまもなお、その“副作用”はつづき、優樹の姿はぼやけて見えにくい。


―――私には、優樹の顔が明瞭には見えていない


瞬間、バラバラだったピースが綺麗に嵌っていく感覚を覚えた。

「……なんだよ、それ」

此処に無数に倒れていた死体を思い出す。あれは迷彩服を着た国軍のものがほとんどであり、一般市民はほぼいなかった。

それこそが、答えだった―――

ひとつの隙間もなく埋まり、完成したジグソーパズルを見た瞬間、私はずっと勘違いをしていたのではないかという結論に至った。
“副作用”に蝕まれ、我を失っていたのは私の方だった。曇った視界の向こう、優樹は「笑って」なんかいなかったのではないか。
優樹はずっと、助けを求めていたのではないか?優樹は表面上で笑いながら、心の底ではずっと泣いていたんじゃないのか?
私が水砲を彼女に向かって放ち、彼女と対峙したあの日、優樹は私に対して、訴えていたんじゃないのか?
“副作用”に呑み込まれ、自分を見失ってしまう前に助けてくれと、
殺戮に走る壊れた己とギリギリの場所で闘いながら、私に向かってずっとずっとずっと叫んでいたんじゃないのか?

「どうして……」

私は目を閉じて、刀を下ろした。
終わりの始まりを告げる鐘が鳴り終わる。死の濁流がすべてを呑み込もうとしている。
手遅れだ、なにもかも。
私はこの手で、なにも救えやしない。世界中の人とか、目の前にいる人とか、そんな大きなことなんて到底出来やしなかった。
助けを求めた、たったひとりの後輩ですら、伸ばしてきたその手を離してしまったんだから。

「私は特別なんかじゃないです。だから、“副作用”も、ちゃぁんとありましたよ」

優樹は一歩、私に近づいた。
私はその場から一歩も動けずにいると、彼女は私の背後に回り、そっと背中を預けた。

「止められなかったのは、まーちゃんのせいです。鞘師さんのせいじゃないです。ごめんなさい」

それはなにに対する謝罪なのだろう。
“副作用”を止められなかったことか、国軍による殲滅の未来を止められなかったことか、それとも、気に病むなという意味か、判別できない。
いずれにせよ、優樹の声はあまりにも優しくて、顔を上げることはできず、ただその背中の温もりを感じる以外になかった。

派手な爆撃音が聞こえる。
バリバリバリと闇夜の空に大型の軍事用ヘリコプターが飛び交い始めた。

「第三陣…四陣かな?もうやって来てますね」

優樹は振り返らずにひとり言のように呟いた。
国軍がまたやって来る。応援部隊は大勢いる。何処から湧いて出るのか、捨て駒は際限なく私たちに襲い掛かってくる。
強大な敵は、私たちを容赦なく叩き潰すだろう。

「鞘師さん、お願いがあるんですけど」

絶望の闇に呑みこまれる中、私はまだ、優樹の声に応えられない。
とてもではないが、動けない。助けられなかった、引き鉄を止められなかった罪が、後悔が、重い。

「私をころすの、もうちょっとだけ待ってくれますか?」

遠くで砲撃が聞こえた。もうすぐ大勢の兵士たちが斬り込んでくる。
一歩も動けずに私は立ち尽くす。死の濁流が呑み込もうとし、洪水のなかで私は倒れそうになる。
だが、優樹は斃れずに佇んでいた。それはなににも動じない、決して流されない、見事な一本の大木だった。

「道重さんたちはたなさたんもいるし、だいじょうぶです。でも譜久村さんたちが危ないです。いっしょに闘ってくれませんか?そのあとで、ころされますから」

一気に紡がれた言葉に、目を伏せた。
なに言ってるんだよ、優樹ちゃん。
ねえ、なに言ってるんだよ。
助けに行くってこと?国軍相手にまだ立ち向かうってこと?
ムリだよ、相手がだれだか分かってる?国家権力なんてものじゃないよ。この国すべてだよ。
数も武器も力も、なにもかもが圧倒的なのに、敵うわけないよ。

頭ではそう理解していた。
勝てるわけがない、見込みのない負け戦。
たとえどれだけリゾナンターたちが抵抗したとしても圧倒的な敵の前に、ただ死んでいくしか道はない。
それ以前に、世界の終わりを告げる鐘を止められなかった後悔の波に攫われそうになる。
足元がふらつき、すべてを失ってこのまま消えてしまいたくなる。
私は優樹のように、真っ直ぐに佇む大木にはなれない。

「鞘師さんのこと、尊敬してたし、大好きでしたよ」

優樹の声が背中越しに響く。
いままでただの音でしかなかったそれが急に色づいてきた。
どうして、だろう。まだ心の何処かでは、なにも諦めていないからだろうか。
おいおい冗談だろう?それじゃあまるで、まるで、私がまだどこかに、希望の光を託しているかのようじゃないか。

「ずっと傍で見守ってくれる鞘師さんは、特別でした。ううん、いまでも、特別です、鞘師さん」

なにを、なにを言ってるんだよ。
私は特別なんかじゃない。凡人で、弱くて、ズルくて、逃げてばかりで、独り善がりで、だれも救えやしないんだよ。
そう言い聞かせた。理解していた。納得していた。
諦めて打ちひしがれていたはずなのに、刀を握りしめるその手の力だけは強くなっていった。
たったひとりの後輩も救えなかった。ただ傷つけるだけの、独り善がりの正義に酔っていた。
だけど、だけど、だけど。

「―――――!」

私は腹の底から吠えた。
手遅れだとか、勝てないだとか、ムリだなんていう「思い込み」が大嫌いだった。
気付いたときに始めれば、最後まで諦めずに立ち上がれば、きっとなにかが変わるんじゃないかって信じたかった。
それが贖罪にならなくても、ただの偽善であっても良い。
自分を信頼し、頼ってくれた後輩の手を、今度は離しちゃダメなんだ。絶対に、その手を離さずに、最後の瞬間まで闘っていたかった。

ああ、なんだ。と私は理解した。
優樹の持っていた問いに対する答えをようやく見つけた。
私はただ、いっしょにいたかっただけなんだ。
あの空間で、いっしょに手を繋いで笑っていたかっただけなんだ。
そんな簡単でだけど難しい未来が、私は欲しかったんだ。

頬を伝う涙を拭おうともせず、私は天を仰いだ。
ぼやけた視界でもはっきり分かる。月が真っ直ぐに見下ろしている。
この世界の行く末を。創り出そうとする未来を。強大な敵に抗う、小さな蟻のひと噛みを。

「……フクちゃんたちの場所まで跳べる?」

気付いたときには私はそう訊ねていた。
優樹は一瞬だけ背中越しに私を見たあと、くしゃりと顔を崩した。

「よゆーですよ。びよーんっていけます」

実に楽しそうに答える彼女の声を背に受けながら、私は目を擦る。
先ほどよりも少しだけ、視界が明るくなった気がした。なんだ、ちゃんと見えるじゃないか。まだ、闘えるじゃないか。

「また、まーちゃんが危なくなったら、止めてくれますか鞘師さん?」
「……そのときは、ちゃんと止めるよ。それが私の責任だから」

そう答えると、優樹はまた楽しそうに笑った。
それは、感情の欠落ゆえのことではなく、心の底からの安心を携えた笑い声のように聞こえた。
気のせいとか、勘違いとか、思い込みとか、そんなものではないと信じたかった。
私は刀を持たない左手で優樹の右手を繋いだ。光に包まれたあと、“瞬間移動(テレポーテーション)”が発動した。


世界の終わりなんて思い込みを壊すために、私は最後まで、その手を離さなかった。