『水と風と猫と未来への宴』


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私の先輩たちは変な人ばかりだ―――


「これは派手にやらかしましたねぇ……」

私が水から顔を出すと、プールサイドには苦笑した光井さんが立っていた。
松葉杖なしでしっかりと両足を地につけているその姿に、私は思わずホッとする。
以前にダークネスと闘ったときに左脚を痛め、結果的にその傷がもとで、光井さんは戦線から離脱することとなった。
長期にわたり車椅子、松葉杖と付き合い、左脚を庇うその姿は痛々しかった。なにもできない自分が、腹立たしかった。
私でさえそうなのだから、“治癒能力(ヒーリング)”を持つ道重さんはもっと傷ついているのだろうなと思った。

「いやー、絵里のせいじゃないですよ?れーなが能力増幅させすぎたせいで」
「え、れなのせい?最初にやれって言ったんは絵里やろ?」

プールサイドではさらにふたりの先輩が言い合っている。
最近はずっと私に付き合ってくれている亀井さんと、その亀井さんに無理やり呼ばれた田中さんだ。
先日、私の“水限定念動力(アクアキネシス)”と亀井さんの“風”、そして田中さんの“共鳴増幅能力(リゾナント・アンプリファイア)”を合わせた技を発動させた。
水砲と風の竜巻、それらの力の増幅は、予想以上に大きなものとなり、対ダークネスの急襲に備えた防弾ガラスを破壊した。

「で、どうするんです?これ…」
「なんとかバレないような方法ないかなーと思って」
「いや、ムリですよ亀井さん…」

どうもあの窓が破壊されたことをどうにか誤魔化せないかと亀井さんは光井さんに相談しているらしい。
そういうことなら、ついでに私も相談したいことがある。
先日水砲で壊してしまい、未だに点かない天井の蛍光灯、あれもどうにかなりませんかね、光井さん。

「でも、この窓壊すって凄いことですよ、普通に」
「そうやねぇ…絵里と鞘師って案外、相性良いっちゃない?」
「うへへぇ、そう思う?」

なぜか照れ始めている亀井さんはさておき、私は水から上がる。
3人の先輩たちに混ざって改めて破壊してしまった窓を見た。確かに見事にガラスが割れ、そこには格子しか残っていない。

「亀井さんがいまでも戦線に立ってたら、かなりの武器になったと思いますよ」
「……いや、そうでもないんじゃない?絵里がいなくても充分に……」

光井さんの言葉に亀井さんが反論した。というより思案しているようにも見える。
黙ってこめかみを叩きながら歩く姿は以前にも見た気がする。
あれ?デジャビュ?と私は何処か嫌な予感がした。それは田中さんも同じようで、ガシッと私の肩を抱いた。

「鞘師、帰るっちゃよ」
「え?」
「絵里、前にもあんな風に考え出して窓ぶち壊したやん。絶対今度もなんかいらんこと言うって!」

残念ながら、田中さんの予想は的中してしまう。
亀井さんは大きな声で「やっぱ実験あるのみでしょ!」と叫んだ。
ふたりしてその声に振り替えると、亀井さんはなにやら光井さんに対して力説している。

「前回は風に乗って水が走ったんだけど、水そのものに力を込めて吹っ飛ばせば、そこそこの力になるとは思うんだよね」
「えーっと……どういう意味です?」
「なにも絵里がいなくても、れーなと里保ちゃんだけでもそこそこの技にはなると思うんだ。
絵里が気流で風の道をつくらなくても、里保ちゃん自身が道をつくれるくらいに水を操れればさ」

その言葉をかみ砕きながら、私はなるほどと納得していた。
確かに前回は、亀井さんのつくった風の道に私の水を乗せて吹き飛ばした。風と水が合わさり、能力は増幅され水龍として天へと昇った。
しかし、そもそも私自身が水をもっと自在に操れれば、技の幅も広がる。
真っ直ぐに飛ばすだけでなく、曲げたり、捻ったり、遠くまで飛ばすことができれば……

「というわけでれーなっ」

亀井さんはニコニコ笑って田中さんの肩をポンと叩いた。
彼女は授業中に指名された生徒のように顔を歪め、これからなにをすべきかを瞬時に把握した。

「イヤやってー!またなんか怖しそうやもん!」
「だいじょぶ、だいじょーぶ!さゆにバレなきゃ良いんだってー」
「いやいや、バレんために愛佳呼んどぉのになんか違くない?」

田中さんの言うことは最もだった。
道重さんにバレないためにどうするかという議題は、いつの間にか、新たな実験の種を蒔いている。
でも、先輩の言うことは絶対だ。なんて何処かの部活動のように再び私は呟いて、水へと飛び込んだ。
実際、試してみたくなった。
先輩たちの力ばかり借りるのではなく、根本的に、私自身の能力を伸ばすために。

「もー、鞘師やる気になっとぉやん!」
「ハイハイ、じゃーがんばってね田中さん」

亀井さんはヘラヘラと手を振り、田中さんも諦めたように肩を落とした。
諦めたように田中さんはため息をついてプールの水を掬い、手首へ流して落とした。

「ま、興味はあるけんさ」

そうして田中さんは子どものように笑って目を閉じた。静かに詠唱が始まり、周囲の気が張り詰めていく。
私も再び深く深く水の中へ潜り、水と体を一体化させていく。透明になった身体の奥底まで、水が満たしていく気がした。
右手をぶらぶらと動かし、静かに波をつくっていく。頭の中で、確かにイメージしていく。すべては、想像力の勝負だ―――


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「良い、先輩やないですか」
「うん?」

プールの中で気を高めていく里保とプールサイドに立つれいなを見ながら愛佳は言った。

「最近此処に来ては付き合ってたんでしょ?鞘師の練習に」
「んー、まあ暇だからねー、病室でジッとしてるの」
「ホンマにそれだけですか?」

愛佳はそうして湿気で重くなった前髪をかき上げた。
じっとりと粘っこい汗をかくが、破壊された窓から流れる風が心地良かった。

「鞘師と同時期に入ったフクちゃん、生田、鈴木はそれぞれ能力持ってます。直接的に攻撃できる能力を持ってるンは鞘師。
本人もそれを分かってるからストイックに鍛錬するけど、ある意味、それが無理に繋がっていることにも気づいてたんちゃいます?」

愛佳の言葉を絵里は黙って聞いている。
鞘師ら4人がリゾナンターに加入してもう1年半が経とうとしている。その間にも数々の敵と闘い、彼女たちは確実に成長してきた。
しかし、小春、絵里、ジュンジュン、リンリンが欠け、加入半年後には愛、さらにこの春には里沙と愛佳が一線を退いた。
激動の1年半は過ぎ去り、中核を担うものとしての責任を求められる。直接打撃系の能力を有した里保の責任は、重い。
だから、一刻も早く強くなりたかった。力がほしかった。仲間を護れるくらいの、強さが―――

「ほんで、その焦りを解消するために、かつ能力を伸ばすために、亀井さんが付き合っている、ように私には見えますけど」

傷を抱えた絵里と愛佳が選んだのは、後方支援という仕事。
直接戦場に赴くことはできないが、一戦で闘う彼女たちをフォローし、ケアする仕事は、地味だが、誇りだ。
そして絵里は、その後方支援の一環として、里保に実践しているように愛佳には見えた。
ふざけているようにも、ただの暇つぶしのようにも見えるけど、なんとなく、そう思った。

「絵里、そこまで良い人じゃないですよ?」
「そうです?」
「ただの、気まぐれですよ」
「プリンセスですか」
「そう、わがままお姫なの、絵里は」

絵里は肩を竦めて笑って見せた。
そのいたずらっ子のような、それでも優しい笑顔に、敵わないなぁと愛佳は思う。

「だからほら、れーな巻き込んでるし」
「はは、そうですね」

愛佳は絵里とともにプールへと視線を戻す。水面下から顔を出した里保とれいなは目配せし合い、頷いた。
優しくふたりを見つめる絵里のその視線に、田中さんのためでもあるんでしょ?と言いたくなったがやめにしておいた。
あのふたりの能力を伸ばすことは、そのまま未来への光へと繋がるんやろうなと愛佳はぼんやり思った。


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田中さんと目配せしあい、私は頷いた。
ゆっくりと、右手の中に水を集めていく。

「―――いくっちゃよ」

あの日のように、その言葉が解き放たれ、田中さんは深く息を吸い込んで、右脚を一歩踏み出した。
張り詰めていた空気がぱりんと音を立てて割れた。
膨張したものが破裂し、溢れ出したものが音のように染み込んでいくのを感じた。
あの日よりも深く浸透したように思いながら、私は迷わず、右腕を天上へと突き上げた。

放たれた水は真っ直ぐに天井に設置された蛍光灯へと走る。その速度は、以前よりも格段に速い。
ぐっと腕を曲げる。動けと念じ、水へ想いを伝える。
瞬時に水砲は折れ曲がった。直角に横へと走り、まずいと私はさらに捩じった。
水は走り続ける。形を成した水龍は苦しむように螺旋を描き、逃げる。
勢いを止めることなく水龍はプールへと飛び込んできた。激しく波立って水が揺れる。ぐるんと視界が回転した。

「鞘師!」
「里保ちゃん!」

予想外のことに先輩たちの声が遠くで聞こえた。
私の視界はぐるぐる回り、プールの奥へと沈んでいく。
だけど、此処で終わりたくなかった。まだ、まだ、まだ、強くなれると、私は両腕を突き上げた。

「な―――!」

先輩たちの驚愕した声が聞こえた気がした。
私の体は水とともに勢いよく撥ね上がり、一瞬だけ、宙に浮いた。
再び息を吹き返した水龍は居場所を求めてうねり、もがき、走った。
支えをなくした私は、そのまま垂直にプールへと落下する。落ちる、落ちる、落ちる、怖い!

「世話の焼ける後輩ですよ」

瞬間、私の体は風に乗った。
亀井さんの発動させた“風”が私の体を支え、ふわりと空中に浮いたままになった。
上空数メートルから見る世界は何処か新鮮だった。田中さんと光井さんはホッと胸を撫で下ろしている。

「あ……」

別に忘れていたわけではない。
しかし、“水限定念動力(アクアキネシス)”は文字通り、念じることで水を動かし、操ることができる。
当然、その念が乱れれば水もどういう動きをするかは予想がつかない。
結果的に、空中に舞い上がり、心まで舞い上がった私は、水を制御することが不可能になり、水龍は勢いそのままにシャワーへとぶち当たった。
ガシャガシャと派手な音を立ててシャワーが蛇のように撥ねたかと思うと、壁に亀裂が入り、そこから水がちょろちょろと流れ始めた。

「……これ、水道管が壊れたんちゃいます?」
「そう、とも言うかもね」
「あり得んっちゃー……」

風の毛布がゆっくりと下がっていき、私は水中へと戻された。
水面に顔を出し、先輩たちと同様にぽかんとして壊れたシャワーを見る。
まさか壁に亀裂が入ったのは予想外だった。いくら田中さんの能力で増幅されたからと言って、そんな破壊力が生まれるのだろうか。

「じゃー、やっぱれーな、謝っといてね」
「また?!つか今回のってれなのせい?!」
「後輩の失敗は先輩が責任取るもんですよ?」

随分とムチャクチャなロジックが展開されているのを聞きながら、私は水を掬った。
完璧ではないが、一瞬だけでも、私は水を自在に操れた。
それは田中さんの能力のおかげかもしれない。でも、そうじゃないかもしれない。

「鞘師」

そのとき、光井さんから声をかけられた。
未だになにか言い合いをしているふたりを尻目に、こちらに手を伸ばしていた。
私は素直にその手を取り、プールサイドに上がった。髪がぺったりと貼りついているが、どうしようもなく気持ち良かった。

「成長、できた?」

その言葉に私はしっかりと頷く。
一歩ずつではあるが、確実に私は強くなっていると思う。まだ充分じゃないけれど。先輩たちの背中は程遠いけど。
それがはっきりと実感できたのが、嬉しかった。

「4人で謝ればさゆだって鬼じゃないし分かってくれるって」
「とか言って、れなだけ先に行かせて逃げる気やろ?」
「うへへぇ~、そーんなことないですよ?」

亀井さんと田中さんのやり取りを見ながら、「あれは嘘ついてる目やな」と光井さんは笑った。
今度こそ、雷が落ちるのを覚悟しなきゃなと思いながら、恐らく水道管が破裂した壁を見た。

私の先輩たちは変な人ばかりだ。

でも。でも。
とても頼もしくて、優しい先輩たちばかりだと思った。

「じゃ、みんなでごめんなさいしに行きますよ?今度は前借りじゃなくて」

そうして亀井さんは田中さんの肩を叩いて笑った。
私は歩き始めた3人の背中を追いかける。
亀井さん、田中さん、光井さん、ありがとうございます。そして、道重さん、ごめんなさい。と、心の中で呟いて。