それは、私が足のケガで検査入院した時の事でした。
次第に戦いの前線に立つようになっていた亜佑美と遥だったが、まだ身体の出来上がっていない2人にとって、それは負担が大きかったようだった。
共に身体能力も高く、負けず嫌いでもある2人だけに、いつしか無理をしてしまっていたのだろうか。
足の痛み・違和感を訴えた2人は、愛佳の紹介した病院に行くことに。検査と経過を見る為に、2人は一晩入院することになったのだが…
「ほら、くどぅーが悪いんだよ」
「何で?意味分かんない」
「まーちゃんが悪いけどさ、きつく言うから。まーちゃんくどぅーに教えようとしてるだけなのに」
「別に遥そんなん教えてほしいって言ってないもん」
また始まったね…と言うかのように、少し苦笑いで顔を見合わせる春菜と亜佑実。
ここは病室。4人部屋だが、ベッドを使っているのは2人だけでもう2床は空いている。
「5時で面会は終わりますからねー」
病室を覗いた看護師が声を掛けた。
まだ言い合っている二人を尻目に、荷物をまとめる春菜。ベッド脇の台を整理する亜佑美。
「ねぇ、いい加減にして」
「いやそうだけど」
「ねぇ、うっさい」
「ねぇ聞いて」
「よかった、よかった、よかった、ああよかったねー」
まだお互い言いたそうな二人だったが、春菜が多少強引にその場を収め、優樹を連れて病室を後にした。
静寂が訪れた病室。しばらく無言の時間が流れた。
先に口を開いたのは亜佑美だった。
「ねぇくどぅー、知ってる?」
「なに?」
「光井さんから聞いたんだけどさ、この病院の噂」
「え、ちょ、そーゆーのやめて」
「夜中にふと目が覚めると、脇に女の子が立ってるんだって。笑いかけてくると、病室を出ていくんだって」
「やめて、やだ」
「気になって追いかけていくと、階段の所にいるんだって。それで階段をずっと下まで降りていくんだって。」
「やだ、やだ」
「一番下まで行くとそこには女の子はいなくて、1つの扉があるんだって。そこを開けると―― 霊 安 室 って」
「やーーー!!もうバカ!」
「ふふ、くどぅー可愛い」
「あーーバカ!もうみんなバカ!」
何だかんだ言って、優樹とケンカして落ち込んでいたのだろう。
少しはいつもの遥に戻ったようで、亜佑美は安心していた。
病院の夜は早い。9時には消灯だ。普段寝ない時間に眠ろうとしてもなかなか寝れるものではない。
一度は眠ったものの、遥は目が覚めてしまった。目を開けると、横向きに寝ていた視線の先では亜佑美が寝息を立てている。
いいなー、寝れて…。今何時だろう。
ベッド脇の台に置いておいた携帯を取ろうと、遥は反対側を向いた。その瞬間――
シュン!
目の前に人影が現れた。
“夜中にふと目が覚めると、脇に女の子が立ってるんだって”
今日の亜佑実の言葉を思い出す。急速に早くなる胸の鼓動。
その時、人影の手元がぼうっと光った。人影の顔が下から照らし出された。
照らし出されたのは女の子だった。女の子は遥に微笑みかけた。
!!!!!!!!!!
悲鳴を上げる遥。それに驚き飛び起きる亜佑美。
「あれ?くどぅー?くどぅー?」
聞き覚えのある声の主が、遥の体を揺すっていた。亜佑美は枕元の電気スタンドをつけ、その方向を照らした。
「まーちゃん!?」
遥の傍らにいたのは優樹だった。
その時、こちらに来る足音が聞こえた。おそらく当直の看護師だ。
「ここに隠れて!」
亜佑美は優樹を自分のベッドの下に匿った。
そこに、病室のドアが開き看護師が現れた。
「どうしました!?」
「あ、あの、なんかこの子が寝ぼけてたみたいなんです、すみません」
遥を差す亜佑美。看護師は1つため息をつくとドアを閉め戻っていった。
(まーちゃん、なんで来たの?こんな時間に!?)
(だって、くどぅーが退屈かなって思って、まーちゃんのiPad貸してあげようって思って)
(だからってこんな時間に…何時?1時じゃん!ダメでしょ!こんな時間まで起きてて!)
(だって、くどぅーが心配なんだもん…)
(私は心配じゃないのかよ)
亜佑美の的確な突っ込みに、優樹は思わず笑った。つられて亜佑美も笑った。
(じゃあ、私が朝起きたらくどぅーに渡しておくから)
(うん!)
2人は遥を見ると、顔を見合わせ微笑んだ。そしてそれぞれ、遥の顔を撮った。
(じゃーね、すぐ寝るんだよ。おやすみ)
(おやすみなさーい)
シュン!
優樹はその場から消えた。優樹から預かったiPadの画面には、驚きのあまり失神して目も口も半開きの遥のだらしない顔が写っていた。
またケンカになるな…。
ニヤけながら亜佑美は再び眠りについた。
最終更新:2012年08月25日 10:06