『あなたのハニー!みんなのハニー!』


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『あなたのハニー!みんなのハニー!』

〈One ちょびっといじけて〉

1-1

石田は勝利を確信していた。
目の前の少女は強い。
れいなにしごかれる前の石田だったら、負けていたかもしれない。
だが、今の石田は、約一年間の鍛錬によって戦士として急成長している。
石田の優勢を裏付けるかのように、少女は苦しそうに肩で息をしていた。
さらに、全身からは異常な量の汗がしたたり落ちている。
「あゆみちゃん、まーちゃんに誰か連れて来てもらわなくても大丈夫?」
「大丈夫!私一人で倒せる!」
「でも、その人、なんかただ者じゃないっていうオーラが出てるよ。
とっても可愛らしいんだけど、たくさんの修羅場をくぐってきた凄味を感じる!」
「なんで敵をヨイショしてんの!?はるなんはそこで大人しくしてればいいから!」
「…はーい」
叱られてちょびっといじけている飯窪を無視し、石田は目の前の敵に集中した。
そして、次の一撃で勝負を決めようと一歩踏み出した時、石田は体の異変に気付いた。
(足が痺れてる!?)
「どうやら効いてきたみたいね」
蒼ざめる石田の顔と対照的に、敵の少女の口元が緩む。
「な、何をした?!」
「汗は武器!」
少女は、自らの汗を瞬時に化学変化させる特殊能力を持っていた。
石田の脛や拳には、攻撃の際の接触によって少女の汗が付着している。
その汗を、少女は化学変化させた。
皮膚から染みこみ、運動神経を麻痺させてしまう恐ろしい猛毒に。
「うそだ、うそだ、うそだ…」
石田は徐々に感覚が無くなっていく手足を見つめた。


1-2

飯窪石田佐藤工藤の四人は同時にリゾナンターに加入した、言わば「同期」である。
約一年前、四人は高橋愛によって「闇」から救い出された。
四人の境遇はほぼ同じだった。
もともと彼女らは「普通」の女の子だった。
ところが、ある日突然、特殊能力が発現する。
平凡だった日常が、それによっていとも容易く崩壊してしまう。
自分の娘が「異常」であると知った両親は、現実を受け入れられず困惑する。
彼女らは家族や友達から疎まれるようになり、体と心の置き場所を失っていく。
そこに現れる黒服の男たち。
彼らが差し出した名刺には、「国立能力開発センター」と印字されていた。
両親は大喜びで娘を彼らに預けることを決める。
両親に見放された彼女らは、その男たちについていくしか選択肢がなかった。
彼女らが連れて行かれた先は人里離れた研究施設。
その施設は「国立…」などではなく、ダークネスの秘密研究所だった。
哀れなモルモットとなった彼女らは、過酷な実験で心身がぼろぼろになっていく。
しかし、一年前のあの日、彼女らに救いの手が差し伸べられた。
高橋率いるリゾナンターが秘密研究所を襲撃したのだ。
四人は無事保護され、地獄の日々から抜け出した。
自由になった彼女らは、全員がリゾナンターに加わることを志願した。

高橋はその日の戦いが原因で行方不明になってしまい、新垣が次のリーダーとなった。
四人の思いを受け止めた新垣は、すぐに彼女らの両親たちに連絡した。
そして、彼女らが施設を出たこと、彼女らを自分に任せてほしいことなどを伝えた。
ダークネスについては、到底理解できないだろうと考え、説明しなかった。
新垣の申し出に対する両親たちの反応は、判で押したように同じだった。
「そちらで預かっていただけると、助かります」


1-3

喫茶リゾナントの近くにある安い賃貸マンションで、飯窪たちの新生活が始まった。
飯窪・佐藤・工藤の家は比較的裕福だったため、毎月多額の仕送りが振り込まれた。
それに対して石田の家庭はごく平均的であり、仕送りは滞りがちだった。
高校生になった石田は、生活費の足しにしようとアルバイトを始めた。
踊るのが大好きな彼女が選んだのは、某球団のチアリーディングチームのメンバー。

その日も石田はチアリーディングの練習に行っていた。
遅くとも夜9時には帰宅するはずなのだが、その日は深夜になっても帰って来ない。
心配した飯窪は、練習場のある野球場に石田を迎えに行った。
屋外にある練習場の鉄の扉を開けると、チアリーダー姿の石田が少女と戦っていた。

石田の動きが止まった。飯窪が慌てて声を掛ける。
「あゆみちゃん!どうしたの?」
「体がマヒして動かない!どうしよう!」
飯窪は慌てて扉の陰から飛び出した。
そして、自分の背後に石田を隠し、少女の前に立ちはだかった。
ただし、飯窪は弱い。
現時点ではリゾナンター最弱である。
華奢な体に穏やかな性格。戦闘には全く向いていない。
一応飯窪にも特殊能力がある。
だがそれは、手のひらから茶色のネバネバした物体を出すというもの。
どのような使い道があるのかも分からない、気味が悪いだけの能力だ。
戦闘になると、飯窪はいつも先輩や同期が戦う姿を物陰から「見学」しているだけで、
全くと言っていいほど戦力になっていなかった。
そんな飯窪の実力を見抜いたのか、少女が余裕の表情で挑発する。
「ねえ、あんた、やるの?」
(どうしよう…、あゆみちゃんがかなわない相手に、私が勝てるわけない)
自分の体が震えているのを、飯窪は感じた。


〈Two ぷくっとほっぺを〉

2-1

しかし、飯窪は逃げなかった。
飯窪は全力で前へ走り出した。
「オラオラオラオラオラオラーーーーーー!」
猫パンチを繰り出しながら、甲高い声を上げて敵の少女に突進した。
れいなから伝授された戦闘術は、残念ながら飯窪の体には全く染みこんでいなかった。
少女は、突っ込んできた飯窪の顔面に、無造作に拳を当てる。
ボコッ!
飯窪は仰向けに倒れ、全く動かなくなった。
「はるなん!」
石田は自由に動かない自分の四肢にいら立った。

石田にも特殊能力がある。
それは「小石」限定のサイコキネシス。
手のひらに収まるサイズの石なら、石田は重力を無視して自由に動かすことができた。
石田はこの力をとても気に入っており、自らを「石プロ」と称していた。
だが、いま戦場となっている屋外練習場は、とてもきれいに整備されている。
念動力で動かせそうな適度な大きさの小石はどこにも見当らない。
急な戦闘に備えて、石田はいつも制服のポケットに小石を携行している。
しかし、今石田が着ている服はチアリーディングのユニフォーム。
制服は更衣室の施錠されたロッカーの中だ。
石田は、自分の不用意さを呪った。


2-2

「リゾナンターなんて大したことないじゃん」
嘲笑う少女。石田は痛くなるほど強く奥歯を噛みしめた。
「こんなショボい奴らに、なんでみんな負けたんだろ?」
「…今、何ておっしゃいました?」
突然後ろから甲高い声がした。少女は振り向き、声の主に言った。
「何だ、あんたか…。まだやる気なのか?」
「あなた、今、『ショボい』っておっしゃいませんでしたか?」
飯窪は仰向けになったまま、丁寧な口調で再び尋ねる。
少女はその態度に苛立ち、飯窪に向かって怒鳴った。
「ああ、言ったよ!お前らがショボいからショボいって言ったんだよ!」
「ショボい…、ショボい…、ショボい…、ショボい…、
 ハ、ハ、ハウーーーーーーーーーーーーーーーーーーン」
飯窪は眼を見開き、両手を地面と垂直に掲げた。
細長い十本の指がパッと開くと、手のひらから茶色の物質があふれ出す。
その物質は黒く変色しながら、ワンピースとなって飯窪の体を包み込む。
また、物質の一部は飯窪の頭の上で固形化し、二本の角となった。
飯窪は立ち上がって、モデルのようにポーズを決めた。
全身黒ずくめのその姿は、まるで悪魔のコスプレをしているかのようだ。
「なんだ、その恰好は?」
少女の問いかけに、飯窪がにやりと笑う。
「小悪魔ですって?いいえ、大悪魔よっ!」
「……誰も『小悪魔』なんて言ってねーよ!」
少女の突っ込みを無視し、飯窪が前方に両手をまっすぐ伸ばす。
二つの手のひらから、今度は大量の蜂蜜色の液体が噴出した。
「うわっ!」
叫んだのは、石田だった。


2-3

蜂蜜色の液体は、全て石田に降りかかった。
避けようとした石田は、バランスを崩して地面に這いつくばった。
「ちょっとはるなん!何するのよ!」
石田は、ぷくっとほっぺを膨らませて飯窪を責める。
「あんた、寝返ったの?勝ち目がないから私の味方になろうってわけ?」
呆れる少女に対して、飯窪はゆっくりとこう言った。
「そうだ、味方だぜ。
 ただし、正義の……味方だ…」
「ウザっ!」
少女は飯窪に近寄り、その顎を下から強烈に殴り上げた。
「ゴボオォッ!」
飯窪は変な声を出しながら数メートル後ろに吹っ飛んだ。
再び仰向けにのびてしまった飯窪を見ながら、石田は思った。
(はるなん…、一体何がしたかったの……。
 それにしても何よこれ!ベタベタして気持ち悪い!
 うわっ、土がくっついて取れない…)
石田は土まみれの両腕を見つめた。
(…ん?!)
石田は不自由な右手で地面の土を掴みとり、最後の力を振り絞って固く握り締めた。
一方、余裕綽々な敵の少女は、石田の様子を見てこう言った。
「ハハハッ!土を掴んで悔しがるなんて、テレビドラマの一場面みたい。
 それじゃあ、クライマックスといきますか!」
ザッ!
少女は最後の一撃を撃ち込むため、大地を蹴って夜空高く舞い上がった。
そして、地面に横たわる石田めがけて、急降下してきた。
ゴギッ!
骨を砕く鈍い音が響いた


〈Three ふくらませてる〉

3-1

「な、なに…!?」
少女は何が起こったか理解できなかった。
自分の体が地上約1.8メートルのところで鋭角に折れ曲がって静止している。
腹部には、槍のように突き出された石田の拳がめり込んでいる。
「…ウグッ!」
少女は食道の奥からこみ上げてきたものを口腔内に溜め、頬を膨らませた。
石田が静かに言う。
「クライマックスには、大逆転が起こるもんなんだよ」
「…ブハッ!」
堪え切れなくなったのか、唇から大量の真っ赤な血を吐き出し、少女は意識を失った。
右拳が降ろされるのと同時に、石田は地面に崩れ落ちた。
一瞬遅れて少女も落下し、練習場に静寂が訪れた。

「はるなん…、大丈夫…?」
石田は不自由な四肢を懸命に動かし、這って飯窪に近づいていく。
仰向けの飯窪は、顔だけを石田の方に向けて、ゆっくり目を開けた。
「…う、…うん。あゆみちゃんこそ、…大丈夫?」
石田はようやく飯窪のもとにたどり着き、覆い被さるように抱きついた。
「はるなん、ありがとう…」
飯窪は朦朧としつつも、微笑みながら石田の頭を優しく撫でる。
石田の瞼はもう涙の重さに耐えられなかった。


3-2

四肢の自由を奪われた石田が攻撃できたのはなぜか。
飯窪の出した蜂蜜色の液体。
それはまるで瞬間接着剤のように、物質を強力に結合する性質を有していた。
少女が最後の一撃を見舞おうと空中から襲い掛かったあの時、
石田の右の掌の中には、一掴みの土が握られていた。
その土の一粒一粒が蜂蜜色の液体によって結合され、瞬時に泥岩のように固まった。
石田は握った拳ごと、泥岩と化したその「小石」を操ったのである。
「石プロ」たる所以の、自らの特殊能力を使って。

意識を取り戻した飯窪は、佐藤に電話をした。
佐藤はすぐに「飛んで」来た。同行者は道重さゆみ。
石田の四肢には麻痺が残っていたが、特に大きな外傷は無い。
体に付着していたあの物質も、10分も経つときれいに消滅してしまった。
石田の無事を確認したさゆみは、飯窪の傷の治療にとりかかった。

飯窪の治療が終わったちょうどその時、背後から叫び声が聞えた。
「キャー!」「まーちゃん?」
さゆみが振り向くと、さっきまで走り回っていた佐藤が棒立ちで夜空を見上げている。
佐藤の視線の先には、猛スピードで降下して来る巨大な鳥がいた。
その鳥は倒れていたあの敵の少女のところへ舞い降り、彼女を両足で掴んだ。
そして、すぐさま夜空に舞い戻り、漆黒の闇に消えていった。
それはほんの数秒間の出来事で、さゆみたちはどうすることもできなかった。
飯窪がさゆみに話しかける。
「道重さん、あの大きな鳥も敵なんでしょうね?」
「そうね…。いつ襲ってくるか分からないから、用心しないとね…。
はるなん、今回みたいな状況になったら、すぐ私達に連絡しなきゃだめだよ」
「はい…、心配かけてすみませんでした」
頭を下げる飯窪に、さゆみは笑顔で応じた。


3-3

「あゆみん、少し聞きたいことがあるんだけど、話せる?」
「はい、大丈夫です」
さゆみは、飯窪が豹変した際の様子を石田に尋ねた。
石田の説明が終わると、さゆみは改めて飯窪に聞いた。
「ねえ、はるなん、茶色のあれが接着剤みたいになるって知ってたの?」
「道重さん、茶色じゃなくてチョコレート色です。
 私、全然知りませんでした。…それに、さっきのことも全く覚えてないんです。」
「そう…、もしかすると何かがきっかけではるなんの中の別人格が現れたのかもね。
 石田の話だと、そっちのはるなんは、茶色のアレを上手に使いこなしてたみたいね」
「そうですね。チョコレート色のジェルにあんな使い道があったなんて…。」
「コスプレはともかく、茶色のアレを接着剤にすること、今もできる?」
「チョコレート色のジェルを接着剤にすることですか?やってみます」
飯窪は手のひらに集中した。すると、あの蜂蜜色の液体が滾々とあふれ出た。
「道重さん、できました!きれいなハニー色ですね~。」
喜ぶ飯窪。だが、液体の噴出はすぐに止まった。
「あれ?出なくなっちゃいました…」
さゆみは地面に落ちた蜂蜜色の液体に触れ、その強力な接着力を確かめた。
「……これ、使い様によっては、かなり役に立つと思う。
 はるなん、この薄黄色のベタベタしたヤツ、上手に使いこなせるようになってね!」
飯窪は嬉しそうに答える。
「はい!私、このハニー色のクリームを必ず使いこなせるようになります!
 いつも皆の足を引っ張ってばかりで、これまで私、何の役にも立ってなかったから、
この能力で、みんなの力になれるように頑張ります!
あなたのハニー!みんなのハニー!って、ちがうかっ!ちがうかっ!」


〈Endingでーす〉

おどける飯窪を見ながら、さゆみはその笑顔の裏にある陰を感じ取っていた。
(「これまで私、何の役にも立ってなかった」…か。)
両親から捨てられ、友人達から避けられ、新しくできた仲間の役にも立てない…。
自分の存在意義に最も疑問を感じているのは、この飯窪かもしれない。
「はるなん、気持ち悪いよー!」
さゆみは声を上げて笑い、湧き上がってくる切なさをごまかそうとした。

そんな二人のやり取りを見ていた佐藤が、飯窪に近づいてきて話しかける。
「はるなーん、てからせっちゃくざいだせるようになったの~?
それってさあ、はるなんにぴったりののーりょくだね~」
「えっ、どうして?」
「だって~、まーとどぅーとあゆみんがけんかしたとき、いっつもはるなんが
 なかなおりさせてくれるでしょ~?
 はるなんのおかげで、まーたちはなかよしでいられるんだよね~。
 ほんと、はるなんって、みんなのせっちゃくざいみたい」
「……ありがとう、まーちゃん」
飯窪はそう言って佐藤を強く抱きしめた。
佐藤は驚いてキョトンとしていたが、すぐに笑顔で飯窪のか細い腰に両手をまわした。
そんな佐藤を見つめながら、さゆみはある人の笑顔を思い出していた。
超天然で、何も考えてないようで、それでいていつも大切なことを気付かせてくれた、
あの大親友の笑顔を……。

―おしまい―

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