『the new WIND―――fate of resonant』


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更新記録

2012/08/19(日)


刀を自由に振りまわすだけでも、れいなは相当の体力を消耗していた。
この刀はあくまでも、れいなの気を集中させて具象化させたものであり、現実の物体ではない。
気を散漫させず、かつ出来る限り鋭利な刃物にするには、相当の集中力を要する。必然的に、体力も早く消耗する。

「99ッ・100ッ!」

それでもれいなはプライドがあるのか、100まで素振りをつづけた。
終わった瞬間、倒れ込むように床に寝そべると、刀はあっさりと消え落ちた。
やはり気を具象化された刀であるが故、持ち主であるれいなと呼応することは確かだ。
恐らくれいなが死ねば、この刀は二度とつくられないんだろうなとぼんやり思う。

寝転がって天井を見上げた。
いまでもときどき、あの日に聞いた、彼女の夢というものを思い出す。
闘いたくないと話した彼女は何処か寂しげで、その瞳から逃げるようにれいなは病室を出た。
それからジュンジュンに、夢ってなに?と質問をぶつけてみた。
彼女の夢というのは、バナナをたくさん食べるという実に彼女らしいものだったけど、本当にそれが彼女の夢だったのかは分からない。

「闘わんで済む方法って、あるっちゃろか……」

先ほどまで右手の中にあった刀を思う。
この刀もまた、闘いの道具でしかない。
本当に、闘わない平和な世界をつくることはできるのだろうかと、れいなは絵里の言葉を思い出していた。

 -------

昨晩、リンリンは深夜に病院を抜け出し、ひとりで闘いを挑みに行った。
幸いにも、愛とさゆみが現場に急行し、彼女の命は助かったものの、かなりの重傷を負った。
そのまま彼女はジュンジュンとともに異動が決定した。例によって異動先を知ることはなかった。

「ガキさん……」

病院から帰ってきた里沙をれいなは出迎えた。愛も厨房から顔を出し、彼女に近寄る。
里沙は帽子を脱ぎ、上着を椅子の背もたれにかけながら「難しいね…」と口を開いた。

「リンリンを止められなかったのは自分のせいだって責めてる。違うって頭で分かっても、心が納得しないんだね」

彼女の言葉をれいなはゆっくり噛み砕く。
最後にリンリンと会ったのはさゆみだった。だが、彼女はさゆみの制止を聞かずにひとり、闘いに挑んだ。
それは別にさゆみのせいではない。さゆみが力づくで止めたとしても、リンリンは闘いに行っただろう。
神獣を護る立場であるリンリンにとって、ジュンジュンを護れなかったことはどれほどの意味をもつかはれいなにだって分かる。
たぶん、それと同じほどの痛みを、いまのさゆみも感じているのだろうと感じた。

「それでも……」

愛はそっと口を開き、背を向けた。

「それでも、前に進まんといかんよ……」

そうして愛は厨房へと戻った。
れいなは酷い物言いだとは思わなかった。愛もまた、後輩が何人も倒れていく現実に心を痛めている。
膝を折りそうになりながらも、彼女は必死に自我を保って耐えている。
この言葉は、彼女が彼女自身に言い聞かせている言葉なのだと、れいなは思った。

―明日は、れなも病院行こう

れいなはそう思い、エプロンをつけ直した。
ズレた歯車を修正しようと、躍起になっていた。


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ジュンジュンとリンリンが異動し、2週間が経過していた。
愛や里沙、絵里、れいな、愛佳がなんどか交代で見舞いに行くことで、さゆみは漸く普段の生活に戻ることができた。
それでも、時折影を落としたような瞳を携え、ひとり遠くを見ることがあった。
あまり過剰に声をかけることは控えていたが、それでもれいなは、彼女をなんとか助けたかった。
もうこれ以上、仲間が減るのは嫌だった。

「田中っちー」

カウンターでひとり甘ったるいココアを飲んでいたれいなのもとに現れたのは里沙だった。
里沙はいつものようににこっと笑うと、れいなの隣の席を指差した。
れいなはその意図が分かり「どーぞ」と返すと里沙も素直に座った。

「なんか飲む?」
「ん?んー、じゃあ、ウーロン茶」
「喫茶店やっちゃけん、珈琲とか頼んで下さいよ」

れいなは苦笑しながら立ち上がり、厨房にある冷蔵庫へと向かった。
グラスにいくつかの氷を入れたあと里沙しか飲まない黒烏龍茶を注ぎ、再び戻ってくる。
お目当てのドリンクを見た里沙はぱあっと顔を明るくした。

「はい、お待ちどおさま」
「あーりがたや~」
「昭和すぎやろ」

れいなは里沙の少しだけ古臭いリアクションに笑いながら席に座る。
美味しそうにお茶を飲む姿はとても自分より年上には見えない。これで現場に立つと人が変わったような目をするのだから驚きだ。
だが本来里沙は、あのような殺伐の現場ではなく、こうした静かな空間でお茶を飲む方が似合っている気がする。
だれだって、闘いの現場に身を投じることは気持ちの良いものではない。

そんなことを言い出せば、リゾナンターのだれもが、普通の女の子なのだとれいなは思う。
普通に学校に通って、友だちといっしょに遊んだりして、テレビで見たアイドルがカッコいいとか、クラスメートに恋をしたとか
他愛のないお喋りをして、デートのためにアルバイトをがんばったり、喫茶店で静かに本を読んだり、手を繋いで家へ帰ったり。
何処にでもある平凡な日常を過ごす、普通の女の子なのだ。
この能力さえ、なければ―――

「でも、それがあるかられなは、此処におる」

れいなはひとり言のようにそう呟いた。
その声は隣に座る里沙にもはっきりと届いていたが、彼女はお茶を飲む手を止めただけでなにも言わない。
れいなの考えていることを理解しようとするように、グラスをなんどか傾けながら、思考を回す。
たとえばそれが不条理なのか、たとえばそれが運命なのか、それは分からないけれど。

「……なあ、ガキさん」

里沙がぐっと伸びをした直後、れいなは低く呟いた。
それはいままでの彼女のどんな言葉よりも重苦しくて、思わず息を呑む。

「れなたち、どうなると?」

喫茶リゾナントには重苦しい空気が流れた。
れいなは里沙のその口から、次に出てくる優しい言葉を待っていた。なにか明確な答えを示してくれることを期待していた。
小春、ジュンジュン、リンリンと3人もの仲間が離脱し、リゾナンターをめぐる状況は一変した。
この現実は、何処まで続いていくのだと、れいなは問うた。

だが、里沙はその問いに答えようとはしなかった。言葉を探しているようにも、なにも言えずにどう切り抜けようか模索しているようにも見える。
れいなはいよいよ、里沙や愛、はては上層部がなにを考えているのか分からなくなる。
もう二度と、仲間を疑うようなことはしたくない。でも、信じることは、思った以上に難しい。

「私は今日は愛ちゃんと東方部に出る。ダークネスの残党が動いてるみたいだから、それを止める。田中っちは―――」
「そんなこと、聞いとるんやないっちゃよ」

低く苦しい言葉が口の端から漏れた。
怒りを堪え、悲しみを背負い、それでもなお立ち上がり、前へ進もうとするれいなの姿を里沙は認める。

「……分かってよ、田中っち」
「そんな、大人やなかよ、れなは……」

決して、彼女を責めることをれいなはしなかった。
リゾナンターをまとめるべき存在の愛や里沙が“上”とリゾナンターとの間で板挟みになっていることは分かる。
彼女には彼女の信念があるが、それを貫き通せない現実があることも分かっている。
分かっているから責めない。だけど、分かっているけど、れいなは、耐えられない。

「もう誰も、傷つかんでほしいと……」

常に強気で、一匹狼で、孤高に戦うれいなは、誰よりも誇り高く、強さを誇示していた。
だから、これほど弱気に、これほどなにかに怯えているれいなを見たのは初めてだった。
それが結局のところ、彼女の本音であり本心であり、たったひとつの願いだった。

「だいじょうぶだよ」

里沙は柔らかく笑ったかと思うとそっとれいなの肩に手を置く。
その姿は先ほどよりもずっと大人びていて、光に満ち溢れていて、れいなには眩しすぎて目を細めた。

「みんな、此処にいるから」

里沙の言葉は決して、上っ面なものではなかった。
誰もが皆、確かに此処にいることを知り、再確認していた。独りじゃない、仲間は此処にいるともういちど呟く。
不安が拭い去れずにそこに存在していたとしても、引き返すことはできない。それが彼女たちの選んだ道だったから。

里沙はなんどかれいなの肩を叩いたあと、彼女の髪をぐしゃぐしゃにした。
急に髪を弄られたれいなは「にゃぁー!」と猫のように抵抗するが、それも楽しいのか、里沙は笑ったまま髪を弄る。

「へっへー、どうだ!どうだ!」
「なんすっとかー!髪が乱れるっちゃ!!」

里沙は散々好き放題に髪を遊ぶと、ひょいと椅子から降りた。

「おー、田中っち、無造作ヘアでイケメンですよぉー」
「だれがそんなこと頼んだかぁ!!」

れいなが殴り掛からん勢いで迫ってきたので、里沙は慌てて喫茶店の入口へと走った。

「じゃあ、なんかあったら対応よろしくねっ!」

それだけ言い残すと、頼れる小姑は脱兎のごとく走り去った。
珍しい彼女なりの慰め方に、あんなことするようなタイプだったっけ?とれいなは大げさに肩を竦めた。
里沙の飲み干したグラスと自分の半分も残ったココアのカップを持ち、厨房へと戻る。
今日は何事もなければいいなと、れいなはさゆみの帰りを待った。


 -------

絵里の体調は時間を追うごとに悪くなっていった。
朝から妙に胸に痛みが走ると思っていたが、数時間前からさらにそれは悪化していた。
最後の直線に入った競走馬のように、心臓は走り、痛みを全身に伝える。

「今日は絶不調だなぁ……」

そうやってごまかすように笑ってみたが、どうも笑って済ませられる状態ではなかった。
呼吸は短くなり、脂汗を額にべっとりとかいている。

一応、10分ほど前に薬を飲んだのでそのうち安定してくると思うが、日に日に薬の量も多くなり、効果の持続も短くなってきている。
季節の変わり目は特にそういうことが多いのだが、それにしても最近のは異常ともいえる。

―いよいよヤバいかな、絵里……

自嘲気味に笑ってベッドに横たわる。
こんな姿、仲間に見られたら心配をかけるに決まっている。
愛と里沙は東方部に仕事に行っているし、れいなとさゆみは喫茶リゾナントで営業中なので、見舞いは来ないだろうが。
いちばん可能性があるのは同じ病院にいる愛佳だが、彼女はその能力のせいか、絵里の状態に気付いているのかもしれない。
それを口にしないのは優しさか、それとも言えないほどにひどい状態なのか―――

「……寝よう」

こうして体が弱っているときは思考も嫌な方向へと走る。
負の連鎖に呑まれる前に寝てしまった方が得策だと、絵里は強引に思考を切断した。

瞬間、だった。
凄まじい轟音の直後に病室が大きく揺れた。絵里は思わずベッドから落ちそうになるが手すりに捉まって堪える。

「な、なんの音……?」

間髪入れずに、ぱん・ぱんと銃声が聞こえた。
慌てて耳を澄ませると、音の方向が下の階、待合室からだと分かる。
絵里は点滴を支えながらベッドを降り、病室の外へと出る。
そのとき、彼女の額に銃口が突きつけられた―――

2012/08/28(火)


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「こうして会うことは異例中の異例だ。統制部に感謝しなさい」

愛は東方部へは向かわずに、都内某所の会議室に佇んでいた。
室内は薄暗く照明が落としてあり、何人の人間がその場にいるかは判別できない。まして人の顔など、全く分からない。
此処がリゾナンターたちへダークネスの情報を与え、指示を出している“上”、上層部、すなわち、統制部だった。
愛たちを管理し、監視している彼らと接見することは赦されていないが、今回は特別に許可が下りた。
というのも、1ヶ月前の久住小春の移動直後から、愛がしつこく“上”に連絡し、なんとか直接会うように言ってきたからだった。

「高橋愛、前へ出なさい」

統制部の誰かがそう口にする。声を聴くのは初めてだなと思いながら、愛は一歩前へ出た。
瞬間に、何処からかライトが光り、愛を照らす。さながらスポットライトか見せしめかと苦笑した。

「用件を簡潔に述べよ」

先ほどと同じ声がした。
愛が今日、此処へ来た理由、仲間であるリゾナンターにも黙って、里沙と東方部へ行くという嘘までついて此処に来た理由を口にする。

「先月からつづく久住小春、李純、銭琳への不可解な異動についてお聞きしたい。彼女たちは何処へ、どのような理由で異動したのですか?」
「それは連絡した通りだ、お前たちの知る必要のないことだと」

冷たい声が返ってくるが、愛は引き下がらない。

「納得のいく説明をいただけるまで帰りません」
「なんども言わせるな。お前たちには関係のないことだ」
「仲間が欠けたのに関係ないことなどありません!」

語気を荒くする。
良い子の仮面をかぶり、聞き分けの良いリーダーを演じてきた。ときに不条理な“上”の命令であっても、愛は受け入れてきた。
そうすることでしか、リゾナンターを、みんなを守れないと思っていたから。
だが実際はそうではないのかもしれない。
いま、此処で上層部の考えを問いたださなくては、今後の仲間との共鳴に罅が入る。
いったいなにが起きているのか、なにを考えているのか、上層部はなにを狙っているのか、知る必要があった。

「すべて必要なことだ、いまは分からなくとも、きっと分かるときが」
「なぜ説明責任から逃れるのですが。責務を果たしてください」

別の男が諭すように話しかけたが、愛はそれをあえて無視し、自分の言葉をつないだ。
それが相手の心象を悪くし、男たちが一斉に怒声を上げた。

「だれに向かって口をきいているんだ高橋ッ!」
「一介の手駒が、我々に歯向かうなど言語道断。いますぐ連れ出せ」
「黙って持ち場に戻れ」

徐々に大きくなる怒声に愛の怒りも沸々と湧き上がる。
やはり彼らは、こちらのことを下に見て、ただの戦闘の駒としか扱っていない。異能力者を化けもの扱いしているのは、敵だけでなく、上層部も同じだ。
もっとも、彼らにそんな期待など最初からしていなかったのだが。

このままこいつらに反旗を翻してやろうかと口角を上げた。
どうせいまの発言で愛の立場は非常に微妙なものになった。“上”の考えは相変わらず読めない。分かったのは、彼らも敵とさほど変わらないということだけだ。
ならばいっそ、会議室の前で待っている里沙とともに、彼らをバラバラに刻んでも悪くはないだろう。
今後は“上”に縛られずリゾナンターだけでダークネスと闘っていけば良い。もしくは、この闘いも放棄してしまおうか。
世界なんて、もう、どうでも良い―――

「黙りなさい」

手の中に光を掌握させようとしたとき、ひとりの男の声が響いた。
瞬間に先ほどまでの雑言がぴたりとやみ、静寂が広がった。愛は無意識に掌の中の光を放散させた。

「久住小春、李純、銭琳の異動について説明しよう」
「し、しかし管理官―――」

男の声は途中で途切れた。おそらく、管理官と呼ばれた男が相当なにらみを利かしたのだろう。
まるで蛇ににらまれた蛙のように動けなくなり、そのまま口をパクパクさせながら体を小さくさせた。

「高橋愛」
「……はい」
「久住小春は北に、李純は南、銭琳は西へと異動した。具体的な配置は言えないがね。
3名とも今回の一件がなくとも異動してもらう予定だったんだが、例の男の襲撃を経て、このような措置になった」

管理官という男の言葉を愛は冷静に噛み砕く。
“今回の一件がなくとも異動してもらう予定だった”……?どういう意味だ?

「……近いうちに、新垣里沙にも異動してもらう」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「質問は受け付けない。君の質問には答えた。以上だ」

管理官はそう言うと、手でなにかを合図した。
すると、周囲にいた男たちが愛を取り囲み、羽交い絞めにして、部屋から退去させようとした。

「ま、待って!なんで里沙ちゃんまで…!」
「すべてのものがひとつとなる。いずれお前たちにも分かる」

まるで他人事のように呟く管理官に遂に愛の堪忍袋も切れた。
全身に力を込めて一気に吐き出すと、周囲の男たちが瞬時に吹き飛んだ。
ざわりと部屋の空気が変わる。“光使い(フォトン・マニピュレート)”としての能力を吐き出した愛に統制部が狼狽えた。

「貴様ッ!!」

だれかがそう叫んだのも束の間、愛は右手に宿した光球を地面に突き立てた。
地鳴りがしたあと、部屋全体が揺れる。地を通じて響いた力が男たちの足元を危うくさせた。
ああ、もう、反逆罪も良いところだと覚悟しながら、愛は管理官に狙いを定める。この距離なら外さない。

「生徒諸君―――」

管理官はそう呟くと右手を翳し、さっと掌で一閃を引いた。
瞬間、愛の中からなにかが失われる。いままであった大事なものが瞬間に消え去った。

「諸君はこの颯爽たる、諸君の未来圏から吹いて来る、透明な清潔な風を感じないのか」

この感覚、前にもあったと記憶を掘り起こすと、いつだったか、8人で闘った、“能力封鎖(リゾナント・フォビット)”だと思い当たった。
だが、それが分かったところで愛にはどうすることもできない。
即座に男たちに羽交い絞めにされ、出口へと引きずられた。

「離せぇっ!!」

叫んだ声は空しく反響するだけでだれもなにも答えてはくれなかった。

「それは一つの送られた光線であり、決せられた南の風である」

扉が開き、ごみのように放り出された直後、管理官の声が聞こえた。
詩のような響きを持った言葉の意味を掴みとる前に、扉は閉められた。

「説明しろぉ!」

愛は扉を叩いて説明を求めたが答えは返って来なかった。
瞬間に、体に異様な重さがかかる。膝を折ったそのときに、再び自分の中に能力が戻ってきたことを感じた。
訝しげに眉を顰め、二度と開かない扉を見つめた。

「愛ちゃん、だいじょうぶ?!」

扉の前で彼女の帰りを待っていた里沙は、慌てて愛を支えた。
愛は短く息を吐きながら、先ほどの会話を脳裏にめぐらせた。
もし管理官の言うことが本当だとしたら……と、愛は里沙の顔を見た。

彼女はきょとんとしたままこちらを見る。つぶらな瞳に映る自分の顔はひどく青ざめていた。
愛はなにも言えず、そのまま彼女の肩を掴み、ぎゅうと抱きしめた。自らを落ち着けるように呼吸をなんどか繰り返し、体の震えを抑えた。
里沙もなにか言おうとしたが、それ以上問い詰めることはなく、愛の頭をなんどか撫でた。


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「まずいって、一般人に対しての能力解放は禁じられてるんだから!」
「やからってこのまま黙って見とけっていうとや!?中には絵里も愛佳もいるっちゃよ!」

さゆみとれいなは警察やマスコミ、そして野次馬でごった返している病院前に立って口論していた。
絵里と愛佳の入院する病院で立てこもり事件が発生したことをれいなはニュースで知った。
店を閉めて現場へ向かおうとしたとき、さゆみがちょうど店内に入ってきた。
彼女の瞳にはまだ若干の迷いや不安もあったが、此処に残しておくのは危険だと判断した。

「あとで説明するけん、さゆも来て!」

れいなは半ば強引にさゆみの腕を掴み、ふたりで現場へと走り出した。
到着したときにはすでに、警察が病院外を囲み、マスコミが我先にと報道合戦を繰り広げていた。

現段階で分かった情報を集めると、犯人たちは4人組、全員覆面をつけていて拳銃を所持している。
彼らの狙いは、現在入院中である大物民政党議員の命であった。
「大物」と名のつくものには大抵裏があり、この議員も例に漏れず、汚職や献金問題など黒い噂は絶えず、敵も多い。
彼らもまた、この議員の敵のひとりなのだろう。

「でも、中に入る手段なんてないよ。さっきの情報だと正面玄関とかの出入り口は封鎖されてるし、地下にはSIT入ってるみたいだし…」
「そこをなんとかするのがれなたちの仕事やろうが」
「そんな仕事じゃないでしょリゾナンターは…だいたいダークネスに関わりがない一般人の犯罪に手を出すことはダメなんだから」

さゆみの言うことはれいなにも分かっていた。
リゾナンターは対ダークネスにおける戦闘要員である。ダークネスが関係している事件の捜査をすることはあっても、一般犯罪に関渉することはない。
そもそも能力者であることを一般人に知られてはいけないことが暗黙の了解であり、能力の開放など以ての外だ。
今回の立てこもり事件も、“上”からの連絡が入っていない以上、犯人はダークネスではない。
したがって、れいなたちリゾナンターが建物に侵入することは許されない。

「納得できんって…絵里も愛佳も万全やないのに……」

れいなは不条理な状況に下唇を噛む。
どうすることもできず、此処に立って解決を待つしかない自分が歯痒かった。

「まぁ犯人の目的は民政党の議員さんらしいし、反抗しなければ解放されるよ。逃走手段もなさそうだし、早めに解決するって」

そうしてさゆみは手にしていたパソコンをシャットダウンし、耳からイヤモニを外す。
警察の無線を傍受していたが、犯人たちは素人らしく、さほど難しい事件ではなさそうだ。

確かに大勢の人質はいるし、銃器も保持しているが、ただ議員が殺せればそれで良いという考えしか持っていない。
金銭要求があったが、受け渡し時に逮捕される確率が最も高い。なんの策も講じずに金銭を受け取るのはあまりに不確実だ。
議員には悪いが、解決するのも時間の問題だろう。先に警察かSITが突入すればそこまでだが。

「日本の警察もそこまでバカじゃないでしょ」

れいなが落ち着かないように脚で地面を蹴ったその瞬間だった。
一発の乾いた銃声が響いた。
何処までも綺麗なその音に、警察やマスコミの目が病院内に向けられる。

れいなとさゆみは同時にイヤモニをつける。
電波状況が悪いのか、雑音が大きくなっていく。
人ごみから離れ、建物の陰に隠れる。さゆみは再びパソコンを起動させ、チャンネルを切り替えた。


「――――発砲―――7階―――民政――」
「本部―――議員は―――病院にはいませ―――」
「―――報告―――SIT突入――射殺許―」
「――議員の無事―――認―――院内の患者た―――」


ふたりはほぼ同時に顔を見合わせる。
聞こえてきた情報をつなぎ合わせれば得られる結果なんて、ほぼひとつしかない。

「議員さん…おらんやってこと?」

民政党の議員は此処にはいない。
退院したのか、それとも先に情報を入手して逃げたのか、この病院内にはもう存在しない。

それだけなら犯人の目的は達成できず残念で終わるだけの話だが、先ほどの発砲を聞くと問題はそう簡単ではない。
「SIT突入」と「射殺許可」、そして最後に聞こえた「院内の患者たち」という言葉が頭に残る。

「まさか逆上して見境なく発砲したとか…」

さゆみが自分の考えを不意に発した途端、れいなの顔色が変わる。
真っ先に駈け出そうとした彼女の腕を掴んで必死に止めた。

「さゆっ!もう止めんな!」
「ちょっと待って!まだ確定じゃない!情報が足らなすぎる!」
「能力使わんけりゃ良いっちゃろ?さっさと侵入して5,6発殴って気絶させたら良いっちゃ!」
「お願いだから待ってって!警察幹部に入った情報聞いてるから!」

さゆみは怒鳴りつけるように言うと、イヤモニに全神経を集中させる。
雑音に交じって聞こえる声に耳を澄ませ、パソコンを叩きながらなにかを計測している。
れいなも少しずつ頭が冷えてきたのか、彼女の答えを待つことにした。

「SITだけなら良いけど、警視総監出てきたらSATも動くかも…」

パソコン音痴なれいなは、彼女がなにをしているのかは理解できなかった。
ただ、多くの情報が画面上で行き来し、すぐさま院内の地図がでてきたことには感嘆した。
見取り図とセキュリティのチェック、電気水道の状況、そして患者たちの人数が大まかに示される。

「地下のセキュリティが厳重すぎる…だとすると……」

さゆみの指先が小さなパソコンの上で走り出す。
いったいどのような文字列を打っているのかれいなにはさっぱり見当がつかない。

さゆみはなんとか侵入できないか、あらゆる角度から病院内のセキュリティを解除しようとしていた。
もっとも、外部の人間に素早く解除できるようなセキュリティなど無意味なのだが。

―もう、絶対、傷つけない

さゆみはなんども心の中でそう唱えていた。
リンリンを行かせてしまったことがどうしても消えない。
だれもが私のせいじゃないと優しく包み込むのだが、できることなら、責めてほしかった。
責めて責めて責めて責めて責めて責め抜いて、それを乗り越えて、もう二度としないという決意に変えたかった。
どんな手段を使ってでも、仲間を止める義務があるとさゆみは思いたかった。

だが、仲間はだれも責めなかった。
さゆみのせいじゃないと口をそろえて言うのだが、じゃあいったいだれのせいでリンリンは瀕死の怪我を負ったのだ?
あの男は物理的な危害を与えた。しかし、その危害を与える手段を与えたのは間違いなくさゆみだ。
それは疑いようのない事実であり、認めざるを得ない。

「だからもう、傷つけない」

さゆみはなんどもパスコードを入力し、ロックをこじ開けようとする。
なんども弾かれるが、その度に新しい可能性を模索する。
それが自分にできる、唯一の贖罪なのだから。

「射殺許可―――」

聞こえてきた声に目を見開く。
もう時間がないとさゆみはパソコンを閉じ、天を仰いだ。見据えた先に映ったのは、晴れ上がった青い空だった。
さゆみが走り出したのを見て、れいなも慌てて追いかける。出入り口があるとすれば、もうその一点しかなかった。そこに懸けるしかない。

頼むから、頼むから無事でいてくれと、天に祈るようにふたりは走った。

その先に待ち受けるのが、破滅かどうかなど、分かりもしないで―――