『―Silent noisy timbre―』


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  • 66話324 『―Coolish heated aqua―』 と(一応)対になっています
  • ↑同様にあまり気持ちのいい話ではないですので予めご了解の上お読みください



ようやく日は陰りつつあるものの、「熱の島」となったコンクリートジャングルは、昼下がりとさほど変わらない熱気を湛えている。

纏わりついてくるようなその空気の中に混じった「雑音」に、鈴木香音は小さなため息を吐いた。
ただでさえ熱気と湿度で不快極まりない思いをしているというのに、それ以上に不快な思いをしなければならないらしい。

 ――まだあきらめてなかったんだ

つい、そんな言い訳めいた独り言を心の中で呟く。
煩わしさを理由にひと気のない裏路地を選んで歩いていた自分が悪いことは、誰に指摘されるまでもなく分かっている。
だが、いつだったか鞘師里保に対して一人歩きをやめるよう偉そうに意見した手前、せめてそれくらいはしておかないとばつが悪い。

「何か用ですか?」

立ち止まり、そう言いながら後ろを振り返る。
その視線の先には誰の姿もない。
だが、香音の耳には、そこに立つ人間の気配がはっきりと“聞こえ”ていた。

「…想像以上にすごいんだね、あんたの“超聴力(ハイパー・ヒアリング)”」

中空から聞こえてきたその返答が終えられる頃には、香音の目に2人の姿が映っていた。

涼しげな色合いのノースリーブとショートパンツに身を包み、大胆にその小麦色の肌を露出させた若い女が1人。
同じく涼しげながら、体のラインを隠すようなゆったりとしたワンピースを纏った、対照的に真っ白な肌の若い女が1人。
この街のどこにでもいそうな2人組だった。

「美晴(みはる)ご自慢の“不可視化能力(インビジブライズ)”も形無しみたいだね、この子相手じゃ」
「私は別に自慢なんてしてないけど。亜由菜(あゆな)と一緒にしないでくれる?」

姿を現した2人は、香音そっちのけで緊張感のないやりとりを繰り広げている。
だがその実、それが張りつめた緊張の糸の上で為されている会話であることは、香音にとっては明白だった。

「さて、えっと…鈴木香音ちゃんだったよね?」
「だったらなんですか?」

小麦色の方がそろりと入れてきた探りを、不機嫌な声で切って落とす。
さすがに無愛想すぎたかもしれないが、分かり切っていながらわざわざ尋ねられるというのはあまり愉快ではない。

「そんな尖んないでよ。別に敵対したいわけじゃなくて、どっちかというとその逆なんだから」

やや鼻白んだ様子の小麦色の女に代わり、白い女がそう笑みを向けてくる。
作ったような色はなく、ごく自然な笑顔だった。

「私たちと一緒に来ない?香音ちゃん。ううん、来てほしい。…だよね?亜由菜」

白い女はそう言いながら、執り成すように小麦色の女の肩を叩く。
照れたような笑いを返した後、小麦色の女も香音に笑顔を向ける。

「ま、急にそんなこと言われても困るだろうけどさ、でも絶対に悪い話じゃない。“仲間”もたくさんいるし」

“仲間”の部分にやや強めのアクセントを置いた意図は明白だった。

「要するにわたしの“耳”が欲しいってことですか?盗聴とかするのに便利ですもんね」

皮肉な言葉ながらも、皮肉な口調にはならないように、できる限り淡々と返す。
ただ、若干ため息交じりになってしまうのは避けられない。

「…それは否定しないし、否定できない。あなたの能力を得ることで、私たちの可能性がすごく広がるのは確かだから」

それまでと一転、真面目な顔になった白い女がそう頷く。
声や言葉にも、それに伴って真摯な色が滲んだ。

「でももちろんそれだけじゃない。鈴木香音という一人の人間そのものを、あたしたちは必要としてる」

白い女の言葉を継いだ小麦色の女の表情も、ひたむきなものになっていた。
切実に自分のことを必要としているんだろうなと、そう思わせる姿だった。


「…わたしの能力について言っておきたいことがあります」

一つ小さく息を吐いた後、香音はそう言って2人を交互に見遣った。
その言葉を色よい返事と見ていいのかどうか、判断しかねているらしいのが伝わってくるが、構わず言葉を続ける。

「さっき『想像以上にすごい』って言ってもらいましたけど、もしかしてさらにそれ以上かもしれません」
「そうなんだ。どれくらいのすごさ?」

いまだ香音の意思を判断しあぐねているのが、明確に“聞こえて”くる。

「例えばちょっとくらい離れてても、心臓がどんな風に脈打っているか、“聞こえ”るくらいには」
「なっ!?心臓の音……!?」
「そこまで……!?」

まさに「さらに想像以上」であったらしく、2人の顔に驚きの表情が浮かんだ。
だが、それ以上の想像を働かせるところまではまだ至っていないらしい。
香音の“耳”に届く心音が、それを物語っている。

「心臓の“音”って、正直なんです。どんなに…嘘や演技が上手な人の心臓でも」

その言葉で、2人はようやく香音の言わんとしていることを悟ったらしかった。
「あなたたちの『嘘』や『演技』は、心臓の音を通じて最初から筒抜けです」と、そう言われているのだということを。


「目的は、わたしじゃなくって里保ちゃんですよね?」

間を置かずに発したその不意の問いかけに、2人から明確な「答え」が返ってくる。

すなわち――
今回の香音への接触が、鞘師里保を手中にしたい人物の意を受けてのものであることを認める“音”が。

何度かの苦汁を経て、直接里保本人を攻略するのではなく、周囲の人間を利用するやり方に変えたということなのだろう。
これまでその方法に手を出さなかったのはせめてもの仁義だったのかもしれないが、なりふり構っていられなくなったらしい。
里保に何度か手ひどく拒絶された後、ここのところしばらくは接触もなかったのだが―――

「まだあきらめてなかったんだ」

無言ながら“雄弁”な2人に向けて、先ほど心の中で呟いた言葉を今度ははっきりと声にする。

 ――これで少しは格好がついたかな

そう思いながらも、正直なところどこか負けたような気がするのは否めない。
元より、自分は里保との交渉の材料でしかないということなのだから、格好がつくとかつかない以前の問題かもしれない。


「…甘く見てたな。大したもんだ」
「ほんとね。ここまでとは思ってなかった」

しばらくの沈黙の後、2人がため息交じりの言葉を発した。

「せっかくの熱演が無意味だったのはショックだな。でも演技しなくても、あんたにかける言葉自体はそう変わんないよ。なあ、美晴」
「そうね。…改めてお願いする。私たちと一緒に来てもらえないかな?今回の目的は確かに里保ちゃんだったけど、あなたのことも本気で欲しくなった」

表情と口調、そして心音が初めて不協ではない和音を奏でる。
ただ、それは本音と建前が一致しているというただそれだけのことであって、香音にとって不快な“音色”であることに変わりはない。

「わたしの返事も、そっちが嘘を吐いててもほんとのことを言ってても変わんないです。断ります」

そっけない言葉を返すと同時に、空気が張り詰める音を香音は“聞い”た。

「『来てくれない』なら『連れて行く』しかないな。腕ずくでも」
「仕方ないね。来てもらうのは決定事項だから」

瞬時に「戦闘態勢」に切り替わった心音をバックに、小麦色の女の手元で微かなノイズが走った。
ノイズと同時に歪んだ空間に手が差し込まれ、素早く引き出される。
その手には、いつの間にか一丁の拳銃が握られていた。

「“転送(トランスポート)”――あたしの能力。ちなみにこいつはベレッタM87って名前。あたしの心臓に訊いてくれてもいいけどホンモノだからそのつもりで」

空間の歪みを経由して手元に運んだらしいその小型自動拳銃を片手に、小麦色の女が薄笑みを浮かべる。
先ほど、白い女が小麦色の女に対して、能力を自慢しているといったようなことを言っていたが、むしろ自慢したいのは拳銃のようだ。
本物かどうかは心音を確かめるまでもなかった。

「さて、じゃあこの状況でもう一回返事を聞かせてくれる?」

香音に向けてピタリと照準を合わせながら、小麦色の女が勝ち誇ったように笑う。
それなりの訓練を受けているのか極度の銃器マニア故なのか、構えは堂に入っている。

「こんな街中で撃つはずがないなんて思わないでね。逃げるのなんて簡単だし」

言いながら、白い女は自分の半身を再度透明にして見せた。

「なるほど……色々考えてあるんだ」

少し感心したような独り言を呟いた後、香音はそれまで無愛想だった顔に、初めて笑みを浮かべる。

「断ります」

そして――にこやかな表情のままそう言い切った。

「そっか……そういうことなら仕方ないな。怪我はさせたくなかったんだけど」

言葉とは裏腹に、小麦色の女の表情は生き生きとしている。
銃を手にしてからこっち、撃ちたくてうずうずしていたのだろう。

「できれば殺さないようにしてよ、亜由菜」
「なるべくそうする」

興奮を隠しきれないといった表情を浮かべながら、小麦色の女は引き金にかけた人差し指に力を入れていく。
高ぶっているらしい気持ちとは反対に、香音に合わせられた照準は微動もしない。
そこは素直に感心した。

「これがラストチャンスだけど、どう?気が変わった?」

今さら変わったんて言わないでよと言わんばかりの表情で、小麦色の女が再度問いかける。
相手の希望通りの答えを返すのは癪だったが、やむをえない。

「変わるわけないです」
「そうか」

 キンッ―――

「!?」

次の瞬間、響いたのは騒々しい破裂音ではなく、甲高くもささやかな金属音だった。

「折れ…た…?」

呆然とする小麦色の女の足元に、小さな欠片が転がっている。
自慢のベレッタM87の引き金部分だった。

「ちょっと、亜由菜。手入れ不足なんじゃない?」

苦笑いをしながら、白い女が小麦色の女の肩を小突く。

「そんなはずないって!この間も―――」
「ま、それは後。仕切り直してよ」

不服そうだった小麦色の女だが、渋々といったように反論を飲み込む。
再びノイズが走り、その手元の空間が歪む。
一瞬の後、手の中には先ほどとはまた形状の違う、今度は銀色に鈍く光る拳銃が握られていた。

「悪いけど、もう一回は訊かない。いい加減時間も押してるし」

ほぼ同時に、引き金に力が加わる。

 ギンッ―――

「なっ――!?」

先ほどと同じように折れたトリガーに目を見開いた後、小麦色の女は思わずといったように香音へと視線を移した。
白い女も、今度は小麦色の女に苦言を呈することはせず、同じく香音に目をやる。

「わたしの能力についての話、さっきはまだ途中だったんですけど、続きを話してもいいですか?」

自分に向いた2つの視線に対してそう言うと、返事を待たずに言葉を継ぐ。

「わたしの能力のこと“超聴力(ハイパー・ヒアリング)”って言ってましたけど、それって違います。別に耳がいいわけじゃないんで」
「違う…?だけどあんたは実際……」
「そうですね、100m先のひそひそ話も聞こえますし、心臓の音の微妙な変化も分かります。でもそれは“優れた聴力”によるものじゃないんです」

今日一番の笑顔を浮かべ、香音は虚空に手をかざす。

「“音”です」

何もない空間を撫でるようにしながら、香音は歌うように一言そう言った。

「音……?」
「そう、わたしは“音”を愛し……“音”に愛されてるんです」

その言葉に小麦色の女が首を傾げかけた直後、鋭い破裂音が響いた。
それを追いかけるようにして、絶叫が重なる。

「亜由菜っ!?なに!?どうしたの!?」

白い女が、絶叫しながら片手を押さえてうずくまった小麦色の女の肩を抱く。
そしてすぐに何が起こったかを知ったらしく、元々白い顔がさらに蒼白になる。
暴発し、飛び散ったS&Wのレディースミスは、小麦色の女の手に深刻なダメージを与えていた。

「“共振破壊(リゾナンス・フラクチャー)”ってやつです。壊すだけのつもりだったんですけど、すみません」
「くそぉぉっっ!!」

血走った眼を香音に向け、小麦色の女は血まみれになったもう片方の手を中空にかざす。
ノイズ――歪み――出現する新たな拳銃。

「!!」

だが、利き腕ではない方の手でそれでも素早く構えたシグザウエルP220は、次の瞬間バラバラに分解して散らばった。

「人には……今まで向けたことないんです。でも、どうなるかは大体わかります」
「ひ……」

ただの部品の群れになった自慢のコレクションを、愕然とした表情で見ていた小麦色の女の顔がその一言に青ざめる。
戦意は完全に喪失したらしかった。

「わ、分かった。あきらめる。あなたにも里保ちゃんにも二度と近づかない。約束するから……」

同じく逃げ腰になっている白い女が、必死の表情を香音に向ける。
つい今しがた殺されかけたばかりの相手とはいえ、命まで奪うのは少し気の毒に思えた。

「かっ―――――」
「ッ!?美晴!?どうした!?おい!美晴!」
「すみませんけど殺しました」

突然倒れ伏した白い女にすがるようにしていた小麦色の女が、香音の方を激しく振り返る。
その顔には、表現のし難い感情が渦巻いていた。

「里保ちゃんが言ってました。自分の能力を詳しく知られるのは危険だって」
「てめえ!よくも……よくも美晴をっ!!」
「だから……すみません」
「あああぁぁぁっっ!!!」

香音の言葉の終わり際、咆哮とノイズが重なる。
様々な感情が乗ったその旋律のハーモニーは、なかなか綺麗だと香音は思った。

   *     *     *

 ――人に向けるとこういう風になるんだな……

心臓に、そして脳にそれぞれダメージを与えてみたが、思った以上にあっけないというのが率直な印象だった。
そして、できることならこの先二度と聞きたくない“音色”だとも。

「すみません。でもわたしが危険になるってことは、里保ちゃんも危険に巻き込むってことだって今日わかったから……。それは絶対避けないと」

申し訳なさそうな表情を浮かべながらそう言うと、香音は再び何事もなかったかのように歩き出す。
黄昏迫るコンクリートジャングルを歩く香音の体を、思い出したように熱気が包んだ。