『XOXO -Hug and Kiss- (4-d)』


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1時間。
60分。
3600秒。
この戦いにかけられる時間はおそらくそれぐらいだろう。
ただそれは、里沙の能力次第で如何様にも変わる。
攻撃は最大の防御とはいうものの、戦闘を進める第一条件として防壁の維持に意識を割かなければならない現状において、一気呵成に攻めることは不可能だ。
里沙の出方に合わせてこちらもスタイルを変えながら微かな隙間を衝くという持久戦を展開するほかない。

――なぁなぁそっちから手だしてくんないとどうしようもないんだけど――
――何言ってるんですか、そんな馬鹿な真似する阿呆がいるとでも?――
――それって結局馬鹿なの、阿呆なの?ーー
――雑談するくらいの余裕があるなら仕掛ければ良いじゃないですか――
――それこそそんな馬鹿なことする阿呆がいるかってんだ――


外からは、ただ粛々と対峙しているだけに映るこの血戦。
手塩にかけた我らの「子供」とこのような戦いを繰り広げようとは想像もしていなかったが、実際にそうなってみれば意外と楽しんでいる自分に気づいた。
反逆者を始末するという任務、それだけではない。ある種の親の気持ちというのだろうか、それも吉澤の昂りに一役買っていった。

--その前に子供を殺そうとする親心なんて存在しないか、いや一種のプレイか?―
--まったく変なこと妄想しないでください―

そのとき、鋼線内の抵抗がわずかだが弱まったことに気づいた。じりじりと紫外線が柔肌を焼くように侵入を深くしていくが、速攻で猛烈な反撃を喰らう。
しかしその攻撃に若干の焦りを感じ取れたということは、気の弛みは里沙の作戦でもなんでもなく自然な衰退であったということだ。


何がきっかけだ?

高レベルの念動力も同時に形成し続けている吉澤より、どう考えても精神の残量はあちらの方が圧倒的に余裕があるのだ、純粋な浪費が原因とは考えられない。
それならば里沙の精神に何らかのショックが働いた、そう考えるのが無難だ。

--お前なんか特殊なプレイが好みだったりする?--
--いい加減にしてください本当にもう―

微動だにしない。むしろ若干強まってしまった。だが、これで奴の綻びを完璧に捕まえた。
長所は弱点にもなりうる、典型的な分析を忘れていた。

--(『安倍さん、そのガキどこから連れてきたんですか』)―
--(『かわいいでしょう。圭織と外に出た時に見つけたのよ』)―
--!!!!!!!--

新垣里沙。赤子の頃からのダークネス育ち。
それは正真正銘のキャリアの証であると同時に、組織に全てを握られていたということ。

--(『よしざわさん!みて!すぷーんがこんなにまがっちゃったの』)―
--これは・・・・・・--


考えれば簡単なことだ。ここに乗り込んでくるということは過去を全て決別しなければならない。
もちろん里沙は決別し、克服したつもりでここへ来たのだ。しかしそれは所詮つもりでしかなかった。人間簡単に過去を捨てられるものではないのだ。
それは吉澤当人が一番理解していることで、精神系の使い手が最も攻めるポイントでもある。
里沙に対し、最も精神的に効果のある打撃、それは”ここ”で育ち、信頼を置き、なによりも愛していたという事実に他ならない。
表面ではいくらでも取り繕おうとも、純粋な心と心のぶつかり合いなのだ、そんなものは何の盾にもならない。

ただひたすらに自らの感情を込めることなく、ただ純粋に里沙の成長の記憶を本人にぶつけ続ける。


--(『見て!お人形さんが動かせるようになったの!』)―
--(『飯田さんがね、教えてくれたんです。私を拾ってくれたのは安倍さんと飯田さんだって』)―
--(『吉澤さん、今度手合わせお願いしていいですか?やっと自由に動かせるようになったんです』)―
--(『安倍さんを守るために、いいえ、安倍さんが望む世界のために私はいるのです』)―


瞬間、鋼線の抵抗がゼロになった。
持ちうる限りの精神力を駆使し、鋼線の支配権を奪い取ると同時に自らを守っていた念動力を解いた。

---言っただろ…?勝ち目のある戦いしかやらねぇってよ---
-----貫け-----

そう命じようとした直前、とんでもない突風が吹いた。あまりに突然だったその風は、後ろからではなく前から来るものだった。
あまりの衝撃に命令を忘れた吉澤を、支配とか関係なしに全てを飲み込む風圧は一気に里沙側に吸い込んだ----

(『…なら…ってくれる……』)
(『そんな…そん……とって…』)
(『高…愛は………そういう運命……』)

---これは…安倍さんと新垣…?あれは飯田さん…?---

(『私は…私は…………』)
(『これ……組織の命令ではない……未来の為の……の宿命……』)
(『高橋愛を……伐しなさい』)

---高橋愛を……殺す…?---

---アノ……新垣ガ----?---


せつな、胸部に突然の鈍痛が襲い目の前にいた三人が暗転する。
一気に意識が引きずり出されていき里沙の思考から抜け出す瞬間---微笑むあいつの姿が見えた---


「…俺の血って、ちゃんと、赤かった、んだな……」
「-------あなたも人間ですから」
「…なんだ、よっ…さっさと、とどめ、させよ…Mじゃ、ねぇっつった、だろ、かっ…!」

胸に刺さっているこいつを抜けば、息の根は止められる。そんなことは分かっている。
だけど。

「驚いているんでしょう?支配したはずなのにどうして?って思っているんじゃないんですか」
「簡単なっ、初歩すぎる罠に…はまっ、たんだよ……基礎中のっ、基礎にな…」

私の過去を盾に来られた時、正直厄介な手で来たと思ったのは本当だった。
それは間違いなく私の弱点で、それも私の予想外でもあったから。
ただ幸運だったのは、最前線に吉澤さん本人の意識が含まれていなかったこと。
記憶を盾に形成するのに集中していた吉澤さんは、私が自ら自陣に引き、相手を閉じ込めることで逆に意識をのっとろうとしたことに気づかなかった。
私を攻める為に形成した盾が、私の心を読み取る邪魔になるとは、あの状況では判断がつかなかったのだろう。


「逆にあのまま持久戦に持ち込まれてた方が私は嫌でしたよ、何の作戦も練れないですからね」
「くっそ…確かに途中、からっ…強弱だけで、判断つけて、ったから…な…」

溢れた血液が二人の足元を染める。むせ返るほどの生の匂い。

その発信源は今から絶えようというのに。

「さいごに…いっこ、きいて、いいか…」

鋼線を掴む力を入れ直し、目線で続きを促す。

予想は、ついている。

「お前は……だれに、忠誠を、ちかってるんだ…」

----鋼線よ、我が手元へ---

鋼線が戻ってくると同時にコロシアムに響き渡る断末魔。
鮮血の泉に歩み寄り、その中心にたたずむ家族の目を閉じる。

-----私は、私の意思で、ここに来たんです----

ふいに落ちた透明な雫が、赤いクラウンを作って、消えた。