『遠い背中を』


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喫茶リゾナントの地下にある鍛錬場で私は天を仰いだ。
ずっと動いていたせいか、息が切れる。
まだ鍛錬を始めて間もないのに、体力が全く追いつかない。

「こんなんじゃ……ダメなのに」

下唇を噛むが、私の膝は折れることを要求していた。
結局それに従い、私はため息をついて腰を下ろし、天井を仰ぐ。
短く息を吐きながら、昼間のことを思い出す。



太陽がじりじりと睨みを利かす午後、私は敵と遭遇した。
下っ端中の下っ端だったのか、男は図体は大きいものの、大した能力者でもなかった。
私はチャンスだと思った。いままで先輩たちとともに行動してきたけど、今日はたまたまひとり。
自分の力を存分に発揮できるのだと意気込んだ。

戦闘自体はものの10分もかからなかった。
図体が大きい分、振りも大きいために隙が多く、私はあっさりと相手の懐に入り込み、顎を砕いた。
力はまださほどついていないが、小刻みに拳を入れたことで、相手は膝を折った。
私はできる。私でも勝てる。充分な戦闘要員になれるのだと私は勝ち誇った。

だが、相手に背中を見せた瞬間だった。
男は何処から取り出したのかその手にスイッチを握っていた。
それが自爆装置の起動スイッチだと気付くのにはものの5秒も必要なかった。

何処に自爆装置があるのか、起動まで何秒かかるのか、なにも把握できなかった。
私が思考を止め、脚さえも止めてしまったとき、男の指先が動く。
スイッチが押される瞬間、私は右から走ってきた人に抱きかかえられ、そのまま転げるようにビルの陰に隠れた。

激しい爆音と爆風が走る。
耳を伝い脳の奥へとじんと痛みが走り、直後に上からチリチリとなにかの破片が落ちてきた。

「だいじょうぶと、工藤?」

私が目を開けたときに降ってきた優しい声は、私の最も尊敬する人のものだった。
彼女は優しく笑って髪についた破片を払い落としてくれる。

「なんで、此処にいるんですか?」
「んー?愛佳から聞いたんよ。工藤がひとりで闘ってるって。やから急いで来てみたと」

彼女はそうして立ち上がるとビルの陰から男を見た。
彼は当然のようにバラバラになり、その肉体は欠片すら残っていなかった。
人肉の燃える嫌な臭いが鼻をつき、彼女は「うぇー」と鼻をつまんで現場を確認する。

「……なんで、ですか?」

そんな彼女を見て私の中になにかが燃え上がる。
間違っているのに、こんなの私の思い上がりでしかないのに、どうしてか、止められない。

「私ひとりじゃ信用できませんか」
「んー、そういうことやないけんさ」
「じゃあなんで来たんですか!私ひとりでも闘えました!勝ってました!」

私はまるで子どものようにそうやって訴える。実際、私はまだ13歳と子どもなのだけれど。
自分に過失がないように、あなたが来なくても勝てたんだと、なぜか駄々をこねた。

「田中さんに来てもらわなくても…充分に」
「れなはお邪魔やったかいな?」
「そうじゃないですけど……私は、立派なリゾナンターの一員です」

認められたかった。
はるか遠く、ずっとずっと先を行く先輩たちの背中に追いつきたかった。
弱いところなんて、見せたくなかった。
いつまでも、新人なんかじゃない。

「知っとぉよ、だから来たんよ」

私が子どものようにそう叫んでも、田中さんは笑ったままだった。
少しだけ困ったような、少しだけ寂しそうな笑顔をつくって、田中さんは返した。

「仲間やけん、いっしょに闘おうって思ったっちゃん」

田中さんはそうやって目を細めて笑うと、私に近づいてきた。
てっきり怒られるのかと思ったけれど、彼女はぽんぽんと私の頭を撫でてくれた。

「仲間が闘っとぉけん、れなもいっしょに闘う。ひとりよりふたりの方が良いやろ?」

それだけ言うと、田中さんは歩き出した。
私は振り返ってその背中を見る。急に気恥ずかしくなった。
田中さんは仲間だって認めてくれていたのに、自分だけ、空回りしていたんだと。

でも、どうしても、焦ってしまう。その背中を見ているだけでは物足りない。
ずっとずっと前を行くあなたたちに追いつきたくて、肩を並べたくて、もっと前に進みたくなる。
同じ目線で、同じ高さで、同じ距離を、同じ時間を共有したかった。

「ほら、帰るよ工藤」

呼ぶ声がして、私は「はい」と駆け出す。
それはやっぱりまだまだ遠くて、高くて、手は届きそうもないなって思った。



「あーーー……もう」

私は大の字に寝そべった。

同じ場所にたどり着くには、自分を高めていく以外にない。
そのためには精一杯努力するしかないんだ。自分の能力を、もっともっと研ぎ澄ましていかなくてはいけない。
肩を並べて闘いたいってそう思う。
あの人と同じ場所で、同じものを見ていたい。

「はーっけーん」

そうやって感傷に浸っていると、大抵現れるのがこいつだ。
顔を覗き込んできた彼女は肩まで伸びた髪を耳にかけると「もー探したんだよ」と言った。
別に探される義務もないんだけど。

「なんの用?」
「どぅーに宿題教えてほしくて」
「自分でやれよ、そんなの」
「自分で考えて分かんなかったから教えてほしいのー」

彼女はそう言うと私の横にぺたりと腰を下ろした。
どうせ宿題教えてという割に、全部私のを写すに決まっている。いままでの経験から私はそう考えた。
その割に成績が良いのは彼女のほうだ。どうも人生はうまくいかない。かみさま不公平です。

「じゃー、まーちゃんと勝負する?」

突拍子もない言葉を理解するのに数秒必要だった。
私の脳みそは不測の事態に対応するのが遅いようだ。そのせいで今日も危なかったのだが。

「まーちゃんが勝ったら宿題教えて」
「……勝つわけないじゃん」
「分かんないよ~、まーは強い子ですよぉー」

小馬鹿にするように彼女はくるくると指を私の前で回して見せた。
その態度が非常に腹立たしくて、私は勢いをつけて状態を起こし、立ち上がった。
勝負する気なんてさらさらなかったのだが、私がぐっと伸びをすると、彼女も髪をひとつに束ね、準備体操を始めた。

「能力使うのナシね、手合せだけ」
「はーい」

私の提案に元気よく彼女は手を挙げた。
こういうところはやっぱり、彼女は子どもだと思う。
というか、歳相応の態度なのだろうかと考えながら、私は構えた。



決着は18分後についた。
彼女は肩で息をしながらずるずると膝を折り、床に腰をついた。
思ったより時間がかかったなと思いながら、私も息を整えて腰を下ろす。

「はぁー……やっぱどぅーは強いなぁ」

彼女は「へへっ」と私に笑って言う。
なんだかその笑顔は悔しさとかが滲み出ていなくて不思議な感じがした。

「まだまだだよ。田中さんとかに比べたら、私なんて全然…」
「どぅーはだいじょうぶ。絶対、田中さんに追いつけるよ」

そんなことを言われると悪い気はしない。
別に深い意味はないのだけれど、彼女に言われるとなんだか本当にそうなりそうな気がする。
実際、田中さんには追いついてみせる、絶対にあの背中を超えてみせる。
と、そこまで考えて私はハッとする。
もしかして彼女は励まそうとしているのか?
わざわざ鍛錬場まで降りてきて?宿題という口実をつくって?

「どぅーならできるよっ!」

そうして彼女は笑って、がんばれと言いたいのか両手をぎゅうと握ってきた。
その仕草はやっぱり歳相応なのだけれど、私はなんとなく気恥ずかしくなって顔を逸らす。
なんだ、いちばん子どもなのはやっぱり私かと口をもごもごさせる。

「……宿題、やろっか」

私がそうして立ち上がると、彼女はきょとんとした顔のままこちらを見上げていた。
目なんて絶対に合わせてやらない。どうせ凄く情けなくて、顔なんて真っ赤に染まっている気がしたから。

「ほら、早く行くよ」

歩き出した私を認めると、彼女は慌てて立ち上がり追いかけてきた。

「捕まえたー」

と、私の背中をどんと押してくる。
彼女は追いつくのが早い。きっと、私よりも前を行くことがあるのかもしれないななんて思ってしまう。
だけど、だからこそ、負けたくなかった。
あの小さな背中に、追いつきたいから―――



「………で、此処のXにさっきの数字を代入すれば良いんだよ」

私が教科書を読みながら彼女に説明したが返事はなかった。
あれ?と彼女を見ると、視線を落としたまま、ぴくりとも動かない。手に持ったシャーペンはいまにも落ちそうだったが。
人に頼んどいてその態度はなんだと、私は眉をひくひくと動かし、その耳元で叫んだ。

「起きろ優樹ぃ!」
「うわぁ!もー、どぅーうるさいぃ!」
「宿題やれよちゃんとぉ!」

結局今日も、まーちゃんは私のノートを丸写ししそうな気がした。