『ダークブルー・ナイトメア~10.クロスロード』


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ずっと前だけを向いて生きてきた。
だから、落としてしまったものを振り返ることはできなかった。



休日の繁華街。
人が行き交う大通り。
大きな買い物袋を抱えた、幸せそうな親子連れとすれ違う。
親子はしっかりと手を繋いでいた。
聞こえてくる会話はとても仲睦まじそうで、なんの関係もないこちらまで自然と笑みが零れてくる。

武器密売組織のアジトを殲滅した帰りの出来事だった。


場面が切り替わり、自宅。
リュックサックにたくさんの荷物や菓子を詰め込んで、何度も何度も中身を確認する幼い自分。
何日も前から、友人と遠くへ遊びに行く約束をしていた。
その前夜だった。

『“仕事”だ。頼むぞ』

約束が果たされる日は、ついぞ訪れなかった。

父の片腕として生きると決めてから、リンリンは失ったものを数えることをやめた。
学校へ行って友達を作って笑ったり悩んだりしながら日々を平凡に過ごしていく幸せはもう手に入らない。
だけど自分には、戦ったり守ったり嘆いたり悲しんだりしながら手に入れた今の幸せがある。
そう思っていた。そう思うことにしていた。

しかし、ふと立ち止まり考えることがある。

“それは本当に正しい選択だったのか?”

普通の人生を諦めてまで。時に本心を押し殺してまで。
貫かねばならないことだったのか。
納得のいく答えは出せていない。

自分で選んだ道を後悔したくない。疑問なんて持ちたくない。
それでも迷いは消えなくて。
振り返ることも前を向くこともできず、リンリンは膝を抱えて座り込む。
過去も未来も怖かった。
もう何も見たくなかった。



『・・・リンリン?』

膝頭に顔を埋めていると、遠慮がちに聞こえる懐かしい声。
しばらく忘れていた、しかし決して聞き間違えたりしない大切な人の。

顔を上げる。

『何してんの?こんなとこで』

朗らかに笑う愛が、そこにいた。

闇の中に閉じこもっていた身には、なんてことないこの笑顔ですら眩しい。
まともに愛の顔を見ることができず、再びリンリンは目線を下げた。

「何もしてない、何も・・・できないんですよ」

目を閉じるまでもなく、数々の場面が頭に浮かぶ。
言いたいことを我慢した記憶。
手に入らないものを知って涙した記憶。
ひたすらに他人をうらやんだ記憶。
数え上げればきりがない。

愛と再会を果たしても、リンリンの心を覆う闇は晴れなかった。
これまで自分が歩んできた道が間違いだったというのなら、自分はこれからどこへ進んでいけばいいのだろう。
どうすることもできず、ただその場に座り込む。

「私は・・・間違えてしまったのかもしれないですね。無理にこの道を選ばなくたって、私たちは父子でいられたはずなのに」

父だって、この道を強制はしなかった。
むしろ、まだ幼かった自分にも容赦なく接することで戦いの中に生きることの厳しさを諭してくれていた。
歯を食いしばってまで耐える必要なんてなかったのだ、初めから。

「今まで私は、なんのために・・・・・・」

今更やり直しなんてきかないのに。
失ったものが、あまりにも多過ぎる。

『・・・じゃあさ』

きつく膝を抱えたリンリンの上に、ぽつりと言葉が落とされる。
リンリンは微動だにしない。
構わず愛は続けた。

『あたしたちと出会ったことも、間違いだった?』

聞こえてきた言葉が、別世界の言語のように思えた。
意味が呑み込めない。
落ちていかない。
耳元に引っかかって離れない。


リンリンの前で、再び記憶の断片が渦を巻いた。

海を渡ってきた自分。
ジュンジュンと出会い、愛たちに迎えられ、新しい仲間と新たな関係を築く。
辛いことも泣きたくなることもあった。
けれど、笑っていた。
記憶の中に見る自分はいつだって笑顔で仲間たちとの日々を過ごしていた。
後悔なんて微塵も感じさせない、幸せそうな顔で。

「間違い・・・・・・」

記憶の波が引いていく。
リンリンはゆっくりと顔を上げた。
世界を覆う闇も目の前に立つ愛も通り越して、ここではないどこかをぼんやりと見つめる。

「間違いじゃない、です」

焦点の合っていない瞳とは裏腹の、はっきりとした口調で言い切った。

たとえ自分の選んだ道が間違いだったとしても、そこに至るまでの何かまで意味がないとは思わない。
出会えた仲間も、思い出も。
悲しい記憶も、苦しんだ経験も。
それらすべてが今の自分。
無駄なことなんて何一つないのだと、今ならちゃんとわかるから。

「愛ちゃん。私は、あなたたちと出会えてよかった」
『うん。あたしもリンリンと会えてよかったよ』

もう座り込んでいる理由なんてない、リンリンは立ち上がって手を差し出した。
愛も同じように手を差し出す。
この世界の“異物”である愛は、リンリンの手を握ることができない。
しかし、二人の手は確かに重なった。
触れることは叶わなくても、今はそれで充分だった。

「一つお願いがあります、愛ちゃん」
『なに?』
「私は寂しい思いをいっぱいしてきました。だから今までの分を取り返すくらいの楽しい思い出を、これからも一緒に作ってください」

愛は一瞬、面食らったようだったが、すぐに笑顔になって言った。

『喜んで』


いつか祖国に帰ったら、父にも同じことを伝えよう。
あの堅物な父とて、始終一貫して総統の顔をしているわけではないはずだ。
国籍も年齢も違う彼女たちと心を通わせることができたのを思えば、今から父との距離を埋めることが不可能だとは言い切れない。



消えていった愛の代わりに、愛のいた場所には小さな女の子が立っていた。
肩を震わせ泣いている。
リンリンは手を伸ばし、見覚えのあるその少女の頭を撫でた。

「悲しいけど、もうしばらくの我慢だよ。いつか何もかも分かち合える仲間に会えるからね」

言い聞かせながら、リンリンは彼女たちの顔を思い浮かべていた。
そう、少しばかり単純で騒がしくて。
けれどもしっかりと心を通わせた、愛すべき仲間たちの顔を。