『ひと粒のリンゴ』


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危なっかしい手つきでリンゴの皮をむく彼女を、私はハラハラしながら見守る。
絶対に指を切る予感がする。そんなのわざわざ視なくても分かる。

「いったぁ!」

案の定、彼女は指を切った。
だからやりますよって言うたのに…と思いながら、私はベッドから降り、絆創膏を渡した。
彼女は切った指を口に咥えながら「うー」と不服そうな声を上げた。

「出来そうな気がしたんだもん」
「じゃあ気のせいですね」

私がそう言うと彼女は拗ねたような、何処か寂しそうな目をする。
お気持ちだけ頂きますよと、彼女からナイフとリンゴを受け取り、皮をむき始めた。
リンゴの皮むきなんて、小学校の家庭科で習わないのだろうかと思うが、聞くことは、やめにしておいた。

「はー…相変わらず上手いね」
「料理好きなんで、いつの間にかこうなるんですよ、やってたら」
「絵里はいつまで経ってもそうならないよ」
「だいじょうぶですよ、その内できますから」

私は皮をむき終えると、適当に何分割化に切っていく。
芯と種を取り、ゴミ箱へ捨て、用意していた皿にリンゴを乗せた。

「お見舞いなのにやってもらっちゃってごめん」
「構いませんよ。むしろ来てくれるだけ嬉しいですから」

そうして私が笑うと、彼女も漸く笑ってくれた。
私は皿を台の上に置き、ベッドに座った。彼女もすぐ隣に椅子を出して座ると、ふたりでリンゴを頬張る。
このリンゴは当たりなのか、妙に甘くて美味しかった。彼女はシアワセそうに目を細めて「おいしーい」と笑った。

私も思わず目を細めたが、瞬間、左脚に痛みが走った。
時たまやってくる軋みに思わず顔を歪めると、彼女は心配そうにこちらを見ていた。

「やっぱ…痛い?」
「ん、平気です……もしかしてまた雨が降るのかもしれんですね」

そうして私たちは窓の外を見た。
今日は晴れているのだが、遠くの方に大きな雲が見える。あれが雨雲なのだろうかとぼんやりと思った。
ふと脚になにか温もりを感じた。目をやると、彼女が指先で私の痛む箇所にそっと触れていた。

「ダメですよ、亀井さん」
「うへへぇ、バレた?」
「“傷の共有(インジュリー・シンクロナイズ)”…使ったら絶交って言いましたよね」
「絶交はやぁだぁぁぁ」

そうして彼女は使おうとしていた能力を閉じると、駄々をこねるように暴れた。
本当にこれで私より年上なのだろうかと思うが、事実なのだから仕方がない。

リンゴを齧りながら、最初に怪我を負った日のことをぼんやり思い出す。
あの日も彼女はこうして、私の脚を指先でなぞり、その能力を使おうとしていた。


―――“傷の共有(インジュリー・シンクロナイズ)”使うのだけはやめて下さいね


―――だって…この傷……


―――使ったら絶交です亀井さん


―――ぜ、絶交って…


―――亀井さんにこれ以上、重荷背負わせたくないんです


カッコ良いことを言っているなとは思うが、何処か心の中では期待していたのかもしれない。
この傷を、彼女が受け取ってくれることを。自分ではない誰かに、移動させてしまうことを。
自分だけが楽になることを戒めるように、私は彼女に能力を使わないでと言った。
「絶交」なんて子どもっぽい約束まで取り付けたけど、それでも彼女は使わなかった。

「……早く、良くなるといーね」

彼女はそう呟くと私の脚をなんどかさすった。
彼女の微笑みは優しくて、温かくて、見ているだけで安心する。
私は「はい」と笑うと、リンゴを食べ終えた。甘酸っぱい味が口内に広がる。


―――本当は、あなたの病気を共有したかった


彼女の持つ、“傷の共有(インジュリー・シンクロナイズ)”を使いたかったのは事実だった。
でも、それは自分の怪我ではなく、彼女の抱える心臓病に対して使いたかった。
彼女の抱えた病気を私も共有できれば、少しでも彼女の痛みを軽減できるんじゃないかって、そんなことを思った。
そんなムリな話を言おうものなら、彼女はなんて答えるだろう。

「そんなことしたら、愛佳ちゃんとは絶交だからね!」

そうやって本気で怒鳴るんやろうかと思いながら、リンゴを食べ終えた彼女をぼんやり見つめた。
やっぱり、絶交はいややなぁと苦笑すると、彼女は不思議そうな目をこちらに向けた。
その目はつぶらで輝いていて、やっぱり私より年上に見えなくて、私はまた笑ってしまった。
それが不服だったのか、彼女は頬を膨らませたあと、もうひとつリンゴを齧り始めた。