『風の行く末、未来への路、つづいていく青空、そこにいる仲間と』


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梅雨明けしたというのに今日も雨が降っていた。
こういう日は脚が軋むので苦手だった。
風力はゼロ、ジメジメとした湿気が病室内を包み込み、体力を奪っていく。

「暑い……」

私は痛む足を引きずって冷凍庫から氷嚢を取り出した。
クーラーをつけてしまえばある程度は解消されるのだろうけど、人工的な風はどうも苦手だった。
かといって雨が入ってくるので窓を全開にするわけにもいかない。
どうせ風力はゼロなので、開けても意味がないのだが、気休め程度に開けてみた。

私は汗を拭ってベッドに上り、足首をじっと眺めた。
腫れているわけでも、変色しているわけでも、まして骨が飛び出しているわけでもない。
しかし、「左距骨疲労骨折」という診断を受けたこの脚は、激しい運動には耐えられない。
以前のように仲間とともに一線に立って闘うことができないのが、歯痒かった。

「……みんなといっしょに、居たかったんやけどね」

私はそう呟くと、氷嚢を足首に乗せ、ベッドに横になった。
額に汗がべったりと貼りついて気持ち悪い。しかし、これ以上起きていると、余計なことばかり考えそうで、私は目を閉じて眠ることにした。


どれくらい、眠っただろうか。
前髪を揺らす優しい風を感じ、私はゆっくりと目を開けた。
“風”………? 風力が上がったのだろうかと上体を起こす。
すると、ベッド脇の椅子に座り、くるくると指先で空中に円を描いている彼女の姿が目に入った。
彼女は私と目があうと、「おはよー」と笑った。

「なに、してるんですか?」
「んー?お見舞いに来たらメッチャ部屋が暑かったからさー。少しは涼しくなるかなって」

そうして彼女は人差し指をふわりと天井に向けたかと思うと、くるりと回転させた。
風が私の前髪を撫で、少し隙間の空いた窓から外へと流れていった。
相変わらず、ジトッと重苦しい雨は降り続いている。

「脚、痛む?」

彼女はすっかり溶けてしまった氷嚢を掴むと、冷凍庫から新しい氷を入れる。
私は左脚をさすりながら、「落ち着きました」と返した。この言葉は、嘘ではない。寝る前よりも、ずいぶん楽になった。
氷で冷やしたおかげ、だけではないなと私は思った。

「風のおかげ、ですよ」

私が本心を伝えると、彼女は氷嚢を手渡し、照れたように笑った。

「そう言ってくれると嬉しいな。いっつも私、助けられてるから」
「そんなことないですよ。私こそ、あなたにはお世話になってますから」

彼女は心臓に、私は左脚にそれぞれ爆弾を抱えた。
ふたりは同じ病院に入り、一線で闘うリゾナンターたちの後方支援に回っている。
同じ場所に立つことはできないからこそ、見えない裏方として仲間を助けるという仕事はやりがいも誇りもある。
ただ、もどかしさも当然そこには存在して、どうして自分がこんな傷を受けなくてはいけなかったんだろうと悔しさも募った。

「まだ雨多いね、梅雨明けしたのに」

彼女は部屋に風を通しながら間延びした声で窓を見た。
外は黒い雲に覆われて重苦しい空気を携えている。雨はまだ上がりそうにはなかった。
彼女の瞳に、外の街はどう映っているのだろうかと考える。
この雨も、この空も、彼女の心と同じような色なのだろうか。

「明日は、晴れると良いなぁ…みんなでさ、お弁当持って屋上で食べたりしてさ、なんか青春って感じしない?」

彼女はくるりと私に向き直ると、そうやって笑って見せた。
その瞳は何処か寂しげで、だけどこの前屋上で見たような哀しみの色は少なかった。
もしかすると少しだけ、彼女の中でなにかが変わったのかもしれない。

「ねぇ、愛佳ちゃん」

彼女―――亀井絵里は自分のカバンの中をごそごそと漁り、一冊の本を手に取ると、私に見せにくる。
タイトルはズバリ、「手作りお弁当100選」だった。

「明日さ、みんなでご飯食べようよ。私とお弁当つくってさ」

亀井さんはニコッと笑うとその本をぱらぱらとめくる。
色彩鮮やかなページには、いくつもの魅力的なお弁当が並んでいる。そういえば最近、料理してないなぁ……

「亀井さん、料理できましたっけ?」
「そこはほら、愛佳ちゃんが教えてくれたらがんばりますよ?やればできる子ですから絵里は!普段やらないだけで」
「…いつもがんばりましょうよ」

私はそうして亀井さんに笑いかけるとページを覗きこんだ。
好き嫌いの多いメンバーが数人いるだけに、みんなを納得させるようなお弁当をつくるのは大変そうだと思う。
というか、別にピクニックに行くわけでもないのに、どうしてお弁当をつくらなくてはならないのだろう。
しかも料理があまり得意ではない亀井さんといっしょに……

「タコさんウィンナーとかつくれるかなぁ……あっ、玉子焼きは絶対だね!」

だけど、とも思う。
亀井さんの前髪は相変わらず風で揺れていて、それを見ると、まぁ良いかとも思ってしまう。
これほどまでに優しい風を吹かせてくれたのなら、それに応えたくなってしまった。
たまに狭い病室から、広い空の下へ歩いていくことも大事だよねと私は思う。

「愛佳ちゃんはなにが得意?」

亀井さんがそうして話を振ってきたので、私は少しだけ生意気に笑って言った。

「……ご要望があればなんでもつくれますよ」
「おー、言ったなぁ!じゃあメチャクチャ面倒なのリクエストしちゃうからね!」

私の答えを聞いたあと、亀井さんは真面目な顔で本を睨みはじめたので、私は思わず笑ってしまった。

窓の外に視線を向ける。雨はやっぱりやんでいなくて、重苦しい空気も変わっていない。
だけれど、少しだけ、微かな青空が私には視えていた。
良かった、明日はちゃんと晴れてくれそうだと私は嬉しくなった。

「おにぎりの具はなにが良いですか?」
「梅干し!」

亀井さんらしいその答えに、私は顔をくしゃりと崩して笑った。