『ここではない、どこかへ』



早朝。どんよりとした曇り空。
集合住宅の屋上。柵の外側に佇む少女。


お母さん、いつも一緒に行ってたスーパーが見えるよ。あの日も私が起きたら一緒に行くんだったよね。
私の学校も見えるよ。もう、あんな所なんか行かないんだ。
お父さん、ごめんね。さようなら。
お母さん…。


視線を下に向けたその時、一人の少女の姿が目に止まった。
立ち止まり、こちらを見ているようだ。


見かけない子…。私と同い年くらいかな…。
早くどっか行ってくんないかな…。人に見られたくないからこの時間にしたのに…。


こちらの視線に気付いたのか、少女は前に向き直り、歩き出した。



よかった…。どっか行った…。

眼下の地面を見つめる。


 …ふぅ。
お母さん、ごめんね。私、今からそっちに行くよ。


バッ


少女は空中に飛び出した、その瞬間――


ザッパーン!!!!


!?!?!?!?!?


地面に横たわる少女。でも、生きてる????
どこも痛くない????
ただ、全身がびしょ濡れだった。
周囲のアスファルトの地面も濡れている。建物の壁や近くに停めてある車にも水しぶきが掛かっている。
でも、ここにこんなに水の出る所なんてない。
自分がついさっきまでいた屋上を見上げる。



私、あそこから落ちたはずなのに…??


タッ


不意に足音が聞こえ、身構えた。見ると、さっきこちらを見ていた少女のようだった。
彼女は口を開いた。

「ダメだよ」
「え…?」
「あんなことしちゃダメだよ。私、見てたよ」
「見てたって…飛び降りたのを?」
「そう」
「…じゃあ、私、一体どうなったの?」

彼女は空を見上げた。

「今日みたいに、雨の降りそうな日はなんとなく分かるんじゃ」

じゃ…?どこの子?この子…

「命にかかわる、気持ちの乱れを」

何言ってんのこの子?

「どんなことがあっても、自分から死を選んじゃダメだよ」
「…あなたに何が分かるの!?」
「うん。あなたのことは何も知らない。どんなことがあって飛び降りようとしたのかも知らない。でも、自分から死を選んじゃダメだよ」
「もう生きてたって、いい事なんてない」
「そうかもね」
「!?」
「あなたが、ここにいる限りはね」


ブロロロロ…
牛乳配達だろうか、1台の軽ワゴン車が集合住宅の敷地に入ってきた。
車から降りた男性が、一瞬こちらを見て怪訝な顔をしながらも、建物の中へ入っていった。


「世界は、あなたのまわりだけじゃない。今あなたがいるここは、あなたのいるべき所じゃない」
「じゃあ、どこへ行けばいいの!?」
「ここではない、どこかへ。どこかに、あなたの幸せな未来がある世界がある」
「だから、それがどこなの!?」
「それは分からない。でも、私も私のまわりの世界しか知らなかった。だけど、仲間に出逢えた」
「仲間…?」
「一緒に、幸せな未来を目指せる仲間」
「…。」
「きっといつか、どこかで出逢えるよ」

そう言うと彼女は、立ち去っていった。

 …クシュン!

そう言えば、びしょ濡れだった。
 …帰ろ。帰って、シャワー浴びよ。

小さな事からだが、少女は再び生きようとしていた。



「あれ?鞘師?」
「あ、光井さん、おはようございます!」
「おはよー。どしたん?こんな早くにこんな所で」
「いやー、なんか目が覚めちゃって。散歩してました。それ何ですか?」
「あーこの野菜?リゾナントで使ってもらおうって思ってん。さっき採って今行くとこなんやけど一緒に行く?」
「はい!」
「あれー!?」
「どうしました?」
「あの池、水が全然無い!結構広いのに。昨日通った時は普通に水あったんやけど。鞘師何か知ってる?」
「さあ?何ででしょうね」














最終更新:2012年07月18日 07:59