『闇に哭く』-2


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2012/07/03(火)


…こ、これは。
ダークネス科学部門統括責任者、ドクターマルシェこと紺野あさ美は目の前で繰り広げられている光景に息を飲んでいた。
二つ名の魔女とは名ばかりの肉弾戦を挑もうとしていた藤本美貴の動きが止まっている。
マルシェの知る限りにおいて、こんな藤本の姿は見たことがない。
止めているのはダークネスが実体化したダークマターだ。
闇の王の指先が作ったコルナサインの先端からそれは放出されていた。

ドロドロと粘っこい白濁液がダークネスの指先から藤本美貴の顔に向かって放出されている。
美貴の額に命中した白濁液はところどころで泡立ちながら、重力の法則にしたがってゆっくりと美貴の頬を伝わって落ちてゆく。

「あっ、あっ、あっ」

美貴は倒れそうになりながらも、必死で踏みとどまっている。
その瞳は裏返り、正気と狂気の境目を行ったり来たりしていることが窺いしれる。

「ワハハ、よくぞこらえたものだ。 しかし、ダークマターは無尽蔵にあるぞ

白濁液を放っている左手首を右手で握り締めると、ダークマターの再放出が始まった。

「オラオラオラ! 白くてドロドロしたやつをオマエの顔にぶちまけてやるぜ」

勢いを増した白くて粘っこいやつは美貴の髪の毛も汚し、遂にはその口元に達した。

「うわぁぁぁぁぁ」

突如、美貴が咆哮すると闇の王目がけて跳躍した。
その高い身体能力の爆発は、狭い雑居ビルの天井を突き破る勢いだ。

「ぐわぁぁぁぁ」

間近に迫った天井に頭から激突する直前、美貴の拳が閃いた。
薄い天井ボードが剥がれ、床に落ちる。
天井を一撃した反動で軌道を修正した美貴は、膝頭を躊躇なくダークネスの顔面に炸裂させると同時に三角覆面を鷲掴みにする。
膝を顔面に押し当てたまま体重を前方に移動させると、チェーンソーを入れられた朽ち木のようにダークネスの身体が床へと倒れていく。

敵の頭部に膝を押し当てて薙ぎ倒すという一連の動作は、世界を股にかけ活躍したプロレスラー、ディック・マードックの十八番、カーフブランディングそのものだった。
狂犬というニックネームで知られるマードックのカーフブランディングは、技をかける者とかけられる者の協力があって成立するプロレス特有のムーブメントだった。
しかし美貴は実戦の中で強引に決めてしまった。
既にこの世を去ったマードックが、もし存命だったとしたら。
そしてこの場に居合わせて美貴の動きを目の当たりにしたなら、自分の技の継承者が現れたことを喜び、大きな掌で美貴の背中を叩きながら、こう囁いただろう
「コンバン、イッパツドウデスカ」

何はさておき、ぐしゃり。
己の膝とビルの床に挟まれたダークネスの頭が潰れる感触が伝わってきても、気にも止めない。
顔面に白くてどろりとしたやつをぶっかけられたことの衝撃と屈辱と嫌悪感を打ち払うためだけに身体を動かしている、否。
理性が飛んでしまい、暴力的衝動に身をまかせているのが今の藤本美貴だ。

白くてどろりとしたやつが瞼を横切る度、固く閉ざした口元の上を通る度、自分の身体の下に打ち据えたダークネスに鉄槌を振り下ろしていく、と。

ピィィィィッ。

レフリー服を着たマルシェがホイッスルを吹き鳴らし美貴を制止した。

「タップ、タップ」

戦意喪失したダークネスがタップしていることを美貴に指摘する。
ダークネスの手が自分の身体に触れているのを目にした美貴は、発作を引き起こしたように絶叫すると、振りかぶった両手に全力を込めて止めの一撃を振り下ろそうとする。

ガシッ。

不測の事態を止め、戦いの尊厳を守るべく、レフリー紺野が狂乱状態の美貴に体当たりした。

「藤本美貴、レッドカード」
「うおおおおおおおおおおおっ! ぐおおおおおおおおおおお!」

狂獣の咆哮がビル全体を揺り動かさんばかりの勢いで響いた。

――数分後、会議室の一角に、濡れタオルで顔を拭う美貴の姿があった。
白くてどろりとしたやつのかかったジャージの上下はゴミ袋に脱ぎ捨てた。
今はインナーだけのあられもない姿だ。
その露出度をアイドルの写真集にたとえたならば、デビュー5年目。
無難な水着ショットを掲載する程度では熱烈なファン以外は財布の紐を緩めず、メディアも取り上げてはくれない。
だからといっていきなり「手ブラ」や「髪ブラ」みたいなセミヌード路線に踏み切ることもできないので、いわゆる下着ショットってやつを頑張ってみたという感じだ。

「ホント、信じられない。このド変態!」
「オイッ」
「いったい何考えてんの。この変質者!」
「何か誤解があるようなので、正しておきたいのだが…」
「なんで今日までアンタみたいな異常者が野放しになってたんたろう!まったく」
「ちょっ、異常者って言い過ぎ! ワシの話を聞けって」
「ああ、ヤダヤダ!こんなとんでもない色魔が身近にいたなんて」
「ちょっ、待てってば」

散々な言われようをしているのは、美貴に白くてどろりとしたやつをブッカケた張本人、闇の王ダークネスである。
罵詈雑言を浴びせられるたび、声に張りが出てくるのは生来のM気質なのだろう。

彼が美貴と同じ部屋に居ることを許されているのは、美貴の暴行によって負った傷の治療が終わるまでは動かせないと紺野あさ美が判断したからである。
ダークネスをドMの変態王と認定した美貴としては、とっとと叩き出したいところだった。
しかし白くてどろりとしたやつを清拭するためのタオルやら、何やらを甲斐甲斐しく準備してくれたマルシェの言うことだ。
ましてや始末したジャージの代わりの衣装を、商店街で調達してきてもらおうという心づもりもあるのでなおさら逆らえない。
勿論成人したアイドルがちょっとセクシー路線で頑張ってみたレベルの露出した自分の姿をドMの…闇の王の目に触れさせることは頑として拒んだ。
今居る部屋の元の入居者だったフットマッサージ店が夜逃げした際に残していったパーテーションで、ドMの変…闇の王の視線を遮っている。

「いいか、藤本。 お前はなにか誤解しているぞ」

ドMの変態王は漆黒の三角覆面やフードの上から包帯を巻いていた。
その姿はシュールに映らなくもないが、こんなのをシュールって言ったらホントのシュールリアリズムを表現しようとしてる人に怒られるよねw
パーテーション越しにいがみ合う二人をよそに、紺野あさ美は採取した白くてどろりとしたやつを顕微鏡で観察しながら、首を捻っている。

「手袋をしているとはいえ、そんなおぞましいものをよく触れたもんだ」
「ううん。これは美貴ちゃんが思ってるようなものじゃないと思うよ」

イヤ。この白くてドロドロ粘っこいのはどう見ても男のあれだろう。
その名称をはっきりと出さなかった美貴なりの配慮に際して、科学者ドクターマルシェは無頓着だった。

「美貴ちゃんはダークネス様が保存していた精液を、何らかのトリックを用いた水芸で射出したと思ってるみたいだけど、それは違うよ」

きっぱりと無頓着に言いきった。

「だってこの液体の中には精虫が泳いでない。 だから精液とは考えられないよ」
「いや、しかしこいつが種無しだってことも」
「いまさっきダークネス様がまき散らした液体の量は、一人の男性が一生のうちに体内で作り出す精液の量を遙かに上回っているよ」
「だったら戦闘員どもが総出で自家発電して…」

美貴の言葉はホイッスルの音色で遮られた。

「あんまり下品なこと言ってると、ほんとにスレの住人さんに愛想尽かされちゃうよ」
「アタシはいっそその方がいいけどね」

美貴が顔面にブッかけられたものを観察した結果、生物から分泌されたものではないという。

「それどころか、人類が未だ解析し得ていない物質である可能性が高いんだ」
「それって一体?」

ドMの変態王が声高らかに告げる。

「そう、それこそがこの偽りに満ちた世界に残されたたった一つのトゥルース、ダークマターーーー!!」

顔を拭っている美貴の耳に、「ひぃぃ」と押し殺した悲鳴が聞こえた。
もしや?と思い顕微鏡を覗いていた科学者に視線を転じた。
案の定だ。 話している内に精神が高ぶってやらかしたのだろう。
闇の王が射出した白い粘液が、紺野あさ美の顔面を汚している。
視力矯正のためか、優等生キャラを維持する小道具なのかはわからないが、丸眼鏡のレンズが白濁液ですっかり覆われている。

「だ、大丈夫。 こ、これはダークマター。世界の謎を埋める未詳物質。 あ・赤ちゃんの素なんかじゃな・い・い・い・いいいいいいい」

身に降りかかった災難から受ける精神的ダメージを、自己暗示で最小限に抑えようとしていたマルシェが突如壊れ始めた。
視界を塞ぐ目隠しでしかなくなっていた丸眼鏡を外すと、額や頬に付着していた白濁液を顔中に塗りたくる。

「ち・ち・ち・違いますよ。 わわ・私はダ・ダ・ダ・ダークネスのドクターマルシェなんかじゃありませんよ・よ・よ・よ・よよ」

ヤバい。脳がシャットダウンし始めている。
こんな時は…。

「オイッ、何か甘いものはないのか?なかったら探してこい」

脳に補給する糖分の調達をダークネスに命じると、立ち上がりながら新品のタオルを腰に巻き付ける。
使い走りを命じられ、不機嫌になりかけたダークネスだったが、一推しのマルシェの危機とあっては放っておくわけにもいかず、痛めつけられた身体を抱え給湯室に走る。

「アハ、アハ、アハハハハハハハハハハ」

順調に精神崩壊が進行中のマルシェは両掌で自分の顔を歪めだした。
その表情はもう変顔のカテゴリーを飛び越して、怪奇映像の領域に突入している。

「オイっ、気を確かに持て!」

元々お前推しの住人が少なくないスレで醜態を曝すなと気付け代わりに張り手をぶちかますと思いの外強烈に反撃してきたので、掴み合いになった。
そこへダークネスがプラスチック製のケースを手に戻ってきた。

取っ組み合う二人の部下の姿に一瞬気を飲まれそうになるが、持ってきたのかという美貴の問いかけに応じ、ケースを逆さにして中身を床にぶちまける。
ケースの中には個包装された薬包のようなものがいくつも入っていた。

「ちょっと待っててくれ。いま開けていくから」
不器用な手つきで開封した中身の粉末を広げたキッチンペーパーに落としていく。

「何だその粉は?」
「本当は角砂糖やキャラメルとかあればいいんだろうけどな」

構成員の健康を考慮して白砂糖やそれを使用した菓子の類を処分した本拠では、甘味料としてその粉末を使用しているらしい。

「トウモロコシから採った転化糖の一種で、砂糖と同じ甘さで十分の一の糖分しか摂取されないという…」
「オマエ、とことん使えねー」

ダメ出ししながら美貴は、彼が隠し持っていたものを目にした。

「いいもんがあるじゃねえか!」

チューブ入りのコンデンスミルクをマルシェに摂取させるように命じる。

「ちょお待てって」

ダークネスによるとこの状況でコンデンスミルクを摂取させるのは、色々と誤解を招いてマルシェにとって不利益だという。

「それはまあ顔中に白い粘液をべっとりつけた女がコンデンスミルクなんか舐め回した日にゃ」

その状況を想像した美貴はニンマリと笑った。

「面白え!最高じゃねえか!」

手四つに組んだマルシェの耳元に囁いた。

「ハーイ、あなたは小熊のプーさんでちゅよ」
「プ~?」
「お腹を空かせたプーさんは甘~い甘~いハチミツを探してまちゅ」
「まちゅまちゅ。 まちゅまちゅ」
「ミツバチさんは旅に出たのでプーさんはハチミツを集めることができまちぇん」
「ガルルルル」
「こういうときのためにとっておいたハチミツは悪いクマさんが盗んでいきましたとさ、それっ!!」

闇の王の手からチューブ入りのコンデンスミルクを奪い取ったマルシェは、キャップを外す手ももどかしげに…。

ぶちゅぶちゅ~。
チューブを握りつぶす勢いで搾り出した中身を、口内に流し込んでいく。
んぐ、んぐ、んぐ。
チューブ一本分のコンデンスミルクを飲み干すと、人心地がついたのか髪をかきあげ物憂げな表情になる。

「どうして私たちは能力なんか持って生まれてきたんだろうね」
「いやっ、この状況でそんなセリフ口にしたって少しも心動かされねーし」

えへっと照れ隠しに出した舌で口の周りについている白い粘液をぺろりと舐めた。
当たりだったらしい。 いやむしろ外れというべきか。 
紅潮していた頬がみるみる青ざめていくと、数枚のティッシュペーパーに唾を吐く。
それでも気分が収まらなかったのか、美貴の顔を拭うタオルを濡らすために用意していたバケツを抱え込むと、指を喉に突っ込み…。

げぼげぼ…。

「いやぁぁぁっ。 こんなの紺ちゃんじゃない」

          ◇          ◇          ◇

2012/07/11(水)


― 数分後。 落ち着きを取り戻したマルシェに対してダークネスが調子こいてやらかしてしまったことの謝罪をしている。
マルシェよりも大量の白濁液をブッカケられながら、謝罪の言葉一つかけられなかった美貴はおかんむりだ。

「つーか、お前のそれは何だ。 ダークマターなんて大層な名前ついてるからてっきり漆黒の闇色をしてるかと思ったら、白白のヌルヌルじゃねえか」
「それはしょうがないよ。 暗黒物質というのは、存在を確認できないことからつけられた象徴的なネーミングなんだから」

誤爆で受けた精神的慰謝料として、3ヶ月分の給与を残業扱の20パーセント増しで算出してもらうことになったマルシェが、さっそく雇用主のフォローに回る。

「とはいうものの、お前たちがダークマターに拒否反応を示した気持ち、わからないではない」

 …そう、あれはスレが完走することなくdat落ちしたというのに、新スレが立たない空白の期間のことだ。

「オイオイ、いきなり回想シーン始まったぞ」
「まあそこは能力バトルの定番ってことで大目に見て上げようよ」
「えっ、これって能力バトルだったのかよ。アタシはまたグダグダの三文コメディだとばっかり思ってた」

 …何回「リゾナント」で検索しても引っかからん。 何故誰も新スレを立てん。もう共鳴は続かないというのか?

「言ってる自分が立てりゃいいじゃねえか」
「でも最近スレを新しく立てたら荒れちゃうことがあるじゃない」
「だからびびって立てれませんってか。 あれぐらいカワイイもんじゃねえか」

 …ワシが弱いからスレが落ちたのか? ワシにチカラがないから新スレが立たんのか?

「んなもん関係あるわけねえじゃんか。住人が減ったから落ちるんだよ」
「でもそれを言うなら住人が今の倍以上居た時だって落ちたことはあるけどね」
「結構なことじゃねえか。スレが落ちるっていうのはみんな仕事に学業に全うな人生を送ってることのあらわれだろうが」
「それを言っちゃおしまいだよ」

 …聞こえるぞ。 壮途半ばにして朽ち果てた哀れなスレの呻き声が聞こえるぞ

「さっさと病院行けよ」
「ダークネス様は想像力が豊かな方だから」
「お前いやにあいつの肩を持つじゃねうか。もしかして出来てんじゃねえのか」
「ちょっと!変なこと言わないでよ。 それだったら美貴ちゃんだって」
「アタシがどうかしたって!」
「スキンシップが激しいじゃない」

 …闇よぉぉぉぉぉ! そんなに苦しいか。正義の名の下で理不尽に蹂躙されたお前の痛み、このワシが受け止めよう

「わけわからんオッサンにいきなりそんなこと言われたって闇も困るよなあって、おいコラッお前何笑ってんだ」
「笑ってなんかないってば。 ダークネス様の深く篤い思いに感動し、ちょっと、頬突っつかないでってば」

 …闇よぉぉぉぉぉ! 哭くがいい。誰も見向きもしないお前の悲しみ、このワシが代弁しよう

「つーか、今思ったんだがアタシの立ち位置って別によっちゃんでもよくね? ちょっと当たりをやわらかくして一人称をアタシとオレの混合で使い分けて、以降脳内変換」
「だったら科学者繋がりで私も保田さんにバトンタッチする」
「お前は看取ってやれ。 お前だけは最後まで見届けてやれ。 月給2割増しにしてもらったんだからそれぐらいの義理はあるだろう」
「それはさっきの精神的な慰謝料だから。 あっ、それより今年の夏は社員旅行に参加するんでしょ。 場所は去年と同じ利曽南島だけど」
「何かゾッとしねえな。 利曽南島なんてググってみても引っかからないぜ」
「それが意外とお得の穴場だったのよ、利曽南島」
「でも腰痛が治ってねえし、どっちかというと湯治場の方がいいんだけどなあ」

 …うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!
 闇の王であるワシですら抑えきれないチカラの奔流を感じるぞ。

「あれっ、変だな。アタシ何か涙が出てきた」
「正直あそこまでいくと痛々しいよね」
「少しぐらいは優しくしてやった方がいいのかなあ」

 …待てっ! 焦るな! 奔るな! 
オマエの黒の意志はワシが引き継ごう。
この世界の全てを闇色に塗り替えてみせよう。
だからっ、カタチを顕せ!
ワシの前に姿を現せ!
うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ。

「また吠えたぞ、こいつ。 おおっ、伸ばす、伸ばす」
「でもこういう無意味な文字を伸ばすと大容量コピペ荒らしとして運営に報告されるから、程々にしておかないとね」

闇の王の痛々しい独白が途絶えた。
息遣いが激しくなっている。

「だ、大丈夫ですか、ダークネス様」

如才なく気遣を見せるマルシェに対して鷹揚に手を振ると、口を開く。

「それがはじめてダークマターを実体化した瞬間だった」

オイッと言いかけた美貴はマルシェに肘で突かれて思い出した。
まぁ少しは優しくしてやっか。
乱暴な言葉遣いがデフォルトではあるが、やろうと思えば出来る女だ。

「あのように激しくダークマターを射出されてはさぞかし、玉座もさぞやひどい有様になったでしょう」
「いや、それがそうでもない」

ダークマターの初めての実体化は掌の上に突如出現する形で起こったという。

「ということは、つまり」
「そう掌からあの白くてドロドロした液体が溢れてきて、まあ床が汚れたことは汚れたが部屋中にぶちまけるということはなかった。 ただその時パソコンでコンノさんの新着水着フォルダーを開いていたから、一瞬ドキッとしたけどな。あれこれは粗相してしまったかなって」

白い液体、水着フォルダー、粗相という言葉を聞いてマルシェの顔が険しくなった。

「あっ、あの勿論そんな変なことはしてないしね。 ただコンノさんの美しい肢体をスクリーンセーバー代わりにして愛でていたという」

「待てぇぇぇぇっ」

険のある視線で闇の王を睨みつけたのは美貴だ。

「色々言いたいことはるが、一番聞き捨てならないのは紺野の水着フォルダって部分だ。 どういうことなんだ、オマエ。 昨年の社員旅行にはお前も不参加だっただろうが」
「ああ。 せっかくの社員旅行だというのに闇の王を目の当たりにしては、みんな羽が伸ばせないだろうと思ってな」
「だったら、なんでこいつの新着の水着フォルダがお前のパソコンにあるんだ。 あぁ? もしかしてプライベートで撮影会でも開いてるのか。 あっ、もしかしてアタシお邪魔だったかしら」

後はごゆっくりと部屋を立ち去ろうとする美貴の腕をマルシェが掴む。

「美貴ちゃん、誤解だったら」
「誤解もなにも今、コイツがはっきりと」

不審そうに首を傾げていたダークネスが得心したように手を叩く。

「ああ、こいつはすまん。 紛らわしい言い方をしてしまったな。 ワシが開いていたのはコンノはコンノでも石原さとみさんのそっくりさんとしても有名なグラビアアイドル今野杏南さんの新着水着フォルダだったのだ」

くだらねえ。 美貴は吐き捨てた。

「散々引っ張っておいて何そのオチ。 石原さとみのそっくりさんAVにでも出てる女なんだろうが」
「このド腐れ外道の牝豚めがぁぁぁぁっ!! その腐れ口を塞ぎやがれぇぇぇ!!」

今日最大の大音量でダークネスが怒鳴る。

「今野さんはそんな人じゃない。 2012年の日テレジェニックにも選ばれてる期待の新鋭だ。 石原さとみさんのそっくりさんというのもネットの住人が騒ぎ出してのことで本人が売りにしてるわけじゃない、それに…」

「そっくりさんAVというのは作るのが意外に難しい。 歌手だったら楽曲の衣装を真似すればいいが、女優となったらドラマの当たり役…」

闇の王の言葉が途絶えたのは、一推しの科学者が冷たい視線を自分に注いでいるのに気づいたからだ。

「あのっ、言っておくが別にワシは言うほどAV好きっでわけじゃ…」
「いえいえ。 ダークネス様のマニアックな博識ぶりには感服しましたわ。 さあ続きをお聞かせください」

言葉とは裏腹の冷たい拒絶。

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ! 見敵必倒、ダークマターーーー!!」

進退極まった闇の王のヤケクソの一撃が科学者を直撃した。

「…アハハハハハ、違いますよ。 ダークネスのドクターマルシェなんかじゃありませんよよよよよ」
「助けてくれ、誰かこのグダグダなループからアタシを助け出してくれ」

美貴の悲痛な声が虚しく響く。

― 十数分後、ようやく落ち着きを取り戻した会議室の中で三人の登場人物が話し合っている。

「ともかく、ちゃんとやろう。 ちゃんとやらなきゃダメだ、アタシたち」
「これだけ空虚な展開というのも珍しいよね」
「そもそも展開なんかがあったとはワシには思えんのだが」

お前が言うなと言わんばかりの視線を浴びて、闇の王は意気消沈とする。

「とにかく話を戻そう。 オマエがはじめてダークマターの実体化を果たした時のことだ」
「ああ、そうだった。掌いっぱいの白濁した粘液を見てワシは思ったよ。 これはヤバイって」

まあ、それはそうだろう。
グラビアアイドルの画像を前にして、掌から白くてドロドロした液体を溢れさせている男の姿を想像した美貴は思う。
変態だ。
しかも、黒覆面をしている。即刻射殺してもいいレベルだ。

「まだその時点ではワシはダークマターが最強最悪の能力者殺しだとは知らなかった。 ただの白くてドロドロした液体を顕現させるだけの能力だと思っていた」
「いやっ、もうその能力者殺しの設定とかやめとけって」
「まあワシの話を最後まで聞け。 嬉しかった。 ただの白くてドロドロした液体を出現させるだけの異能であったとしてもワシは嬉しかった」
「ダークネス様…」

王は気遣わしげに話しかけてきたマルシェに頷いてみせる。

「望みもしない異能を持って生まれてきたた故に苦しんだお前には悪いが、それでもワシは嬉しかった。 余人には出来ない異能をはじめて手にしたのだからな。 だが同時にヤバイと思った何故なら…」

流石に息を飲んだ美貴とマルシェは闇の王の言葉を待った。

「何故なら、こんなに動きの乏しい能力ではアニメ化されないではないか」
「アホかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

美貴は叫んだ。腹の底から息を振り絞って叫んだ。

「ただのおっさんが白くてドロドロした液体を掌の上に載せてるオッサンをアニメにしようっていう物好きがどこにいるよっ! セルの無駄遣いだ!」
「そうだ。 いくら闇の王と呼ばれるワシでもアニメ業界ではぽっと出のルーキー。 派手なアクションがなければアニメ化までこぎつけられん」
「いや、違ぇよ。 そうじゃなくてな」
「エウレカセブンAOなんてエウレカセブンの続編ってことで制作されてはいるが、戦闘シーンは毎回毎回大味な火力戦で動きが乏しいんだよ。 あれじゃニルバーシュがボードに乗ってる意味がねえんだよ」
「いや。 制作費とかきつくて細かい作画とかできねえんじゃんねえのか。 それよりもだ…」
「大体あのヒロインがいかんのだ。 オープニングでは空に羽ばたこうとしてるアオに後ろからしがみつきおって。 あいつがアオを地上に縛り付けてるんだ」
「いやいや、オープニングなんてアイキャッチ優先で適当だろう、普通。そんなことよりもだな…」
「それに何、あのヒロイン。自分の意志で敵にホイホイついて行きおってからに。あんな尻軽女などにヒロインの資格はない!!」

うへっ。
流石に辟易した美貴はそれでも、アニメ好きのマルシェに闇の王の言ったことの真偽を問うた。

「マジでか?」
「う~ん、尻軽とか寝取られとかは置いといてヒロインが敵のボスキャラと行動を共にしてるのは事実だよ。 ただ気絶した主人公の垣間見た幻覚と現実が混在して描かれているのでどこまでが真実なのか」
「しかし、深夜アニメとはいえそういう展開はキツイな」

二人が話している間も闇の王はフレアこそ真のヒロイン、でもフラグ折れちゃったしな。 年増のレベッカさんも捨てがたいと勝手なことを喚き散らしている。

「黙っとけ!」
「しかしトラパーの風が」
「いいか、何が白けるって知らないアニメや漫画のネタを得々と続けられることほど白けることはねえ。 正直アタシもジョジョとかわけわかんなかったんだから」
「いやだがエウレカセブンという冠を背負ってる以上は…」
「いいじゃねえか。 イヤなら見るな。 とにかくだっ、要するにお前はただ白くてドロドロした液体を掌の上に出現させるだけじゃ地味だから、勢いよく放出できるように修行したってことでおk?」
「そういうことだ。 しかしその白くてドロドロした液体がダークマターという未詳物質で、最強の能力者殺しであるという事実がわかった今となってはあの苦労も何だったんだろうなって感じだな」
「オマエ、馬鹿なの」

美貴の言葉の剛速球が闇の王を直撃した。

「最強の能力者殺しって何寝言言ってんだよ。 散々ぶっかけられたアタシやマルシェがピンピンしてんじゃん」
「え」

フリーズした闇の王はそれでも反駁した。

「しかし、実験台になってくれた「俺」や「髭」は一体?」
「あんなもんオラオラとぶっかけられたら大抵の人間は具合が悪くなるっつーの。 いいか、オマエは確かに異能を手にしたかもしんねえ。 でもそれはこの世界の矛盾を解決する暗黒物質でもなければ、最強最悪の能力者殺しでもねえ」
「だったら、なんだというのだ」
「白くてドロドロした液体をぶっぱなす能力だろうが」

うわぁぁぁぁぁぁぁ。
おのれのアイデンティティを木っ端微塵に打ち砕かれた闇の王が絶叫した。

「くそっ、くそっ。 この世界には真実なんて存在しないのか」

そこはトゥルースをかぶせようや。
突っ込もうとした美貴だったが、闇の王の落胆ぶりを目の当たりにすると流石に気の毒に思ったのか、心のこもっていない慰めを口にする。

「くそっ、くそっ」
「まあいいじゃんか。 アレはアレで人を驚かすぐらいは出来るだろうし。 それに一応液体だから火とか消せんじゃね。 あ、あと非常用の水とか」

あんなもの誰も好んで口にするとは思えないが、とりあえずこの場さえ取り繕ったらさっさと退散だ。
まだ時間は夕方の六時前。
急いで行けば髪も切ってもらえるだろう。
問題は着るものだ。
マルシェに調達してもらうつもりだったが、その本人がダークマターだかなんだかにまみれてしまっている状態だ。
ここは何とかエサで釣って商店街に行かせて…。

「恐れながら、まだそうと決まったわけではないと思います」

失意の中にいる王を励ますように科学者は言った。
折角収まりかけてるのに何話蒸し返そうとしてるんだ。
制止しようとする美貴を無視してマルシェは話し続ける。

「ダークネス様が具現化されたダークマターが能力者に対して極めて有効な反物質であるという仮説はまだ崩れてはいないと思います。何故なら…」

うんざりしきった美貴と嘆くことを止めたダークネスに見つまられたドクターマルシェを少し照れた。

「何故ならかつてのわたしは現在の道重さゆみ同様の治癒能力者でした。 しかし光に背き闇を歩くことを決めたあの日、癒しの光は私から消えてしまいました」

そう言って寂しく笑ったドクターマルシェこと紺野あさ美の姿は白濁液まみれで滑稽だった。



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