『-Qualia-Ⅳ』


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2012/07/01(日)


 「あなた、クラスで苛められるタイプでしょ」

言われた少女は固まったまま、何も言わない。
言った少女は何も思わないように、ただ言った。
薄紫色の彼女と、赤色の彼女。

だが大人びたように見せても、異なった環境で育ったとしても
何かを落としてしまったように子供の面影を見せる。

二人を繋ぎ合せたものと出会わせたものは、"独り"、だった。

 「何で、休業しはるんですか?好きでやらはってるんですよね、お仕事」

赤色の彼女は世間でいう"アイドル"だ。
モデル業などもこなし、メディアでも在る程度の名前も知られているにも関わらず
休業をすると言いだした彼女に、紫色の彼女は問い詰める。

 「ダークネスと戦う皆と一緒に戦えるのは、今しかないから」

"アイドル"としての自分を捨てて、対立するある組織との戦いを優先する。
まるで夢物語のような現実に、身を置くことを告げた彼女。
それは強がりであり、意志であり、自分に欠けていた信念とも捉えれる。

そうして自分を確立していく彼女に、紫色の彼女の表情は優れない。
この頃から能力の副作用で、彼女の視力が徐々に低下していた。

 「何でなんですか。何で小春がリゾナンターを辞めなければいけないんですか」


赤色の彼女はそのことを仲間に指摘され、半ば喧嘩別れのように店を飛び出す。
紫色の彼女の頬が朱色に染まっている。
悲しそうな表情に、思わず胸が痛んだ。
こうして見ると、薄紫色の彼女はあまりにも優し過ぎる上に、気を遣い過ぎる。

どうして自分の本音を言わないのか疑問になるほど。
どうして相手のことをそこまで思えるのか。

 「私の目が光を失うのも、愛佳を失うのも私にとっては同じことなんだよ。
 だったら、私はこの目が見えなくなる方を選…」

平手を受ける赤色の彼女。
自分なんかのために大事な視力を無駄にさせるのが情けなかったのもある。
そしてそんな自分なんかのために大事な視力を無駄にさせる彼女が
許せなかった。

 「そんなことをして守ってもらったって私は嬉しくない」

初めて本音を叫んだ彼女。
彼女に対して、初めて言葉をぶつけた瞬間だった。
というよりは、本当は前からずっと思っていた事で、それを口に
する事で、これからの関係性に響くのが怖かったのもある。

自分はもっとわがままなのだ、もっと話しをしてみたかったし、もっと
自分の言いたいことを叫んでもみたかった。
だからあの時に叫んだら、意外とそれで良いんだと思えたのだ。

 そうして赤色の彼女と、紫色の彼女の心は重なった。
 そういった意味では、その時に初めて、彼女達は心を通わせるようになった。


そして、光景が変わる。
タイヤやガラスの破片、車体の部品。
それらが反対車線にまで広がっている。

死者が、出ていた。
四方から、火の手と悲鳴が上がっている。
街中を走行していた大型バスが、原因不明の爆発を起こした。
焼けこげたニオイ。
おびただしい悲壮、炎の色、血の色、黒く染まる空。
そして今、灯が一つ、消えようとしている。

 「なんでや、なんで…!?」

『刀』が散らばる其処で、紫色の彼女が絶叫した。

人間の悪意と【闇】が融合することで生まれる【ダークネス】
姿は様々な記憶に形容して変化し、暴走する。
【闇】がどういった概念の存在なのかは判らない。
どうして人間に立ちはだかるのかも。

人間にとって闇は敵で、本能的にも拒絶する存在。
闇によって絶望が生まれるのなら、誰かがやらなければならない。
だから彼女達は闘ってきた。
そうして戦う彼女達をある者はこう呼んだ―― 共鳴者と。
なのに。

 「どうしてですか!―― 新垣さん!」


紫色の彼女が対峙するのは、黒いフードとマント姿の女性だった。
その背後には【闇】と、それによって生まれた【ダークネス】が数体。
女性は円形の何かを操作する。

 「悪いけど、話してる時間はないよ、だから手っ取り早い方法をとったんだから」
 「そんな…そんな事のために他の人を巻き込んだっていうんですか?」
 「小春は手間がかかるからね、何か手立てはある?光井」
 「…ッ」
 「必要なのはあんた達の"共鳴"のチカラだけ」

  そして私が、世界を終わらせるんだよ。

それが、【闇】の意志だった。
理解不能?否、理解など通り越して、それは起こりつつある。
今更理解すること自体が間違っているとでも言うように。
ただ、終わらせるだけ。
今自分達がいる世界を終わらせるだけ。
簡単だと、新垣里沙は、【闇】は言った。

 次の瞬間には、【闇】が迫っている。
 成す術は無い、何も出来ない。
 だが背後から黄金の光が追い抜き、何かを告げるように弾けた。

――― 誰かの夢はそこまで。


鈴木香音が目が覚めると、そこは自分の部屋で、ベッドの中で、独りだった。
生まれも死にもしない。
平和の形骸のように切り取られた箱の中。
外には終わる世界で、久遠にたゆたう影。
灰になったモノは全てを失くして、還る。

鈴木の吐く息は何処にも行かず、ただ漂う。
あの学校潜入から3日目の朝を迎えたのを知るのは後の事。

 鈴木は制服を着込み、母親の言葉を振り切って家を飛び出した。

学校の廊下で同級たちと会ったが、南棟へと走っていく。
ハアハアハア。息が上がる。
心臓が痛い、階段を二段飛びで上がり、屋上に向かう階段には
『立ち入り禁止』のプレートと障害物。
それすらも跨ごうとして、スカートが引っ掛かってバランスを崩しそうになった。
鍵のかかっているはずのドアはスルリと開く。

給水塔を見上げた瞬間、鈴木は落ちていた空き缶を思いっきり振りあげ、投げた。
寝ていた朱色の彼女は反射的にスルリと避けたが、給水塔の柱にガツンと頭をぶつける。

  「痛いよかのんちゃん」

頭を手で撫でる鞘師は、薄い笑みを浮かべていた。

          ◇         ◇          ◇          ◇

2012/07/04(水)


その昔、闇と光があった。

闇は光を嫌い、光もまた、闇を嫌っていた。
闇がいつも悪い事をしていたので、光はとても困っていた。
人々が悲しんでいることに心を痛んでいた。

その時、光はある事を思い付く。
闇を打ち払う為の光を増やせばいいのだと。

だけど闇もまた、光と同じことを考え、それを増やす方法を思い付く。
光が考えたのは、人間のチカラを借りるというもの。

 それによって、≪共鳴者≫と呼ばれる人達が生まれた。
 それによって、【ダークネス】と呼ばれる怪物が生まれた。

≪共鳴者≫は光から与えられたチカラによって戦いを始めた。
【ダークネス】もまた、闇から与えられたチカラによって襲いかかる。

 光は≪ココロ≫を使って。
 闇もまた【ココロ】を使って。

それからずっと、闇と光は戦い続けている。


学園は静かな日々を送っている。
まるで自分の周りで"事件"が起こっていないように、平穏で、平和な日常。
誰もが知らずに、気付かずに、生きている。
気付いているのはきっと、彼女達だけ。



 「――― ……だから、この公式に当てはめると、イコールで、ガッと
 答えがくるワケなー。判ったかー?っておーい、譜久村聞いてた?」

名前を呼ばれた。
誰かの名前。
はっ、と顔を上げる。
それが自分の名前だと気付くまでに数秒もかかってしまった。
まるで遠い誰かに声をかけられたみたいだった。

 「えっと、あっと、その……っ、…す、すみません。聞いてませんでした」

譜久村聖は、申し訳なさそうに俯いた。微かに笑いが上がる。
教壇に立つ若い数学の教師は、やれやれといった風に大袈裟に溜息を
ついて見せる。

 「まあ、判るけどさあ。おまえも…てか、みんな、だな。
 この学校に入学してもうけっこー経ったよな。小学校とぜんぜん違うから
 最初のうちは緊張してだろうさ。
 んでも今の時期、学校にもすっかり慣れて、外は相変わらず
 晴れてて、おまけに昼飯を食ってお腹も満たされて。
 かったるい授業なんか、受けてられないっつう気持ちも判るさ。
 そりゃ、私も今は先生やってるけど、きみらくらいのときがあったワケで
 ……あ、ごめん。何をいおうと思ってたかってゆうとーあー…判んなくなった」

たくましさのある女性教師が話をはじめた直後、譜久村の態度に怒っているのかと教室中が
緊張感に包みこまれたが、その軽い調子に、緊張が一気に解けて、ドッと笑いが起こる。
ただ譜久村だけが笑っていいのか、まずいのか考えあぐねているらしく
表情を少し強張らせていた。

 「まあ、力を抜き過ぎず、入れ過ぎずって感じで、肩に力が入り過ぎてると
 うまくいかないこともあるからさ。そうだな、まずは、楽しもう」


穏やかに言葉を落とす。
生徒達の顔に一瞬「?」が浮かび上がり、その科白を呟く。

 「楽しもう」

めまぐるしく過ぎて行く日々。
今でも、楽しいと思える授業もある。
でも、中学生になってからは、みんな急に背伸びをはじめ、授業を純粋に
楽しむのがいけないように感じることがあった。
覚えることがたくさん。やらなきゃいけないこともたくさん。
やりたいこともあるけど、やらなきゃならないことの方が多かった。

生徒達、そして、譜久村の中で、ほんの少しの変化。
明日には忘れてしまう気持ちかもしれない。
でも、楽しめばいいんだと、思った。
なんだか判らない切迫感に心を裂かれるよりも、この日々がなんだか判らないのなら
なんだか判らないなりに、それなりに楽しめばいい。
楽しんでいけばいい。
急がなくても、いいんだ。

そう思って、譜久村はさっきまでぼんやりと眺めていた窓の外ののどかな風景から
再び黒板に敷き詰められた文字を目で追った。

これは譜久村聖が2年になったばかりの頃の記憶。
瞬きをした。


「女の子が、助けてくれたんだ」
 「女の子?」
 「私、どうすればいいのか判らなかったの。支えられなければ動かない足
 なんていらないって思ってた。でも、違ったの。私は、いつでも支えられてた。
 一人で立ってるって思ってた、独りで走ってるって思ってた。
 でも違った、私は、間違ってた、ずっと、ずっと間違い続けて、手遅れに
 なるかもって時に、その時に、あの子が助けてくれたの。
 やり直すチャンスをくれたの。もうダメかもしれないけど、頑張れるかもって。
 ねえ聖、私、まだ言ってないことがあるの、その子に―――」

ベットに横たわる彼女は弱弱しく泣いていたが、それは後悔や絶望でも
ない、ただ力を抜いて、安心したように。
気付けば譜久村は、屋上のドアを回していた。今は昼休み。今が現在。
微かに聞こえる話に耳を傾ける。

 「"きょーめいしゃ"?」
 「ほとんど敵にしか言われないけどね」

鞘師はどこから取り出したのか、チョークでコンクリートに文字を書く。
「共鳴者」と書いた後に、変なキャラクターが付け加えられている。

 「はあ、そうなんですか」
 「なんか冷静になってる?」
 「いや、驚いてほしいなら驚くよ、リアクション込みで」
 「いいよ別に」

空に近い場所に、二人は居る。
誰かが来るような気配はない、鈴木の姿を見ているのは何人も
居る筈なのに、それを追ってきた人間は一人も居なかった。

         ◇         ◇         ◇

2012/07/06(金)


昨日のように蘇るあの出来事があったはずの屋上は、何事もなかったように
形を保っていて、維持していて、鳥がフェンスの上で立っている。
ただ夢ではないことだけが、鈴木の記憶に残っていた。

鈴木は両手をあげようとした形で鞘師に止められ、ゆっくりと腕を下げる。
手にあったサイダーの中身がポチャン、と揺れた。
いつものように晴れた青空の色を水で薄めたような其れ。

 「≪共鳴者≫はね、【ダークネス】を倒すヒトのことだよ。
 かのんちゃんが見たのがそれ、私は、それを追ってここに来たんだ」
 「…なんでここなの?」
 「別にここじゃなくても良かったと思う。簡単に"悪意"を生産して、なおかつ
 まとめて効率的に集めれる場所としては良いってだけ」
 「ニワトリって感じか」
 「うまいね」
 「別に笑わせるために言ったんじゃないよっ。…その制服の学校も?」
 「…そうだね」

地雷踏んだ?
鈴木は暗い影を落とす鞘師に何も言えなくなってしまい、サイダーを傾ける。
何かと事情はあるんだろうと思ったが、話がリアルを通り越してしまったらしい。
疲労度満載でここに来たことが馬鹿みたいに感じる。
きょーめいしゃだとかだーくねすとか、今まで聞いたことのない単語は
新しく学ぶ英文よりも理解に悩む。

 「あのさ、なんであたしには"アレ"が見えるの?」

鈴木は自分の目を人差し指で示す。
あの時、鞘師は自分のチカラを知って学校のあの場所に連れ出し、そして感じた。
どうして自分には、あの【闇】が"みえた"のか。

 「多分、光に触れたからだと思う」
 「ヒカリ?」
 「かのんちゃんのチカラは"音"から"色"を探ることが出来る。
 それに光が加わったことで、【闇】を感じれるようになったんじゃないかな」
 「…へえ」 

つまり見えなかったものが見えるようになったという事なのか。
ヒカリとかヤミとか、それにしては少し難しい言葉で彼女は説明をする。
鞘師は本当に宇宙人かなにかかもしれないと思った。
鈴木の表情に気付いたのか、鞘師は口を線に引き、視線を伏せる。

 「これが光の正体」

不意に取り出されたのは、見覚えのある小さな箱。
「あ」と漏らす鈴木に、布で包まれたソレが姿を現した。
微かにアメジストのヒカリを帯びた、ガラスレンズ。

 「これ、かのんちゃんに預けるね」
 「え、なんで?」
 「おまじないだよ。あとお礼。それがあればかのんちゃんのチカラも
 もっと扱えるようになるかもしれないから」

差し出される箱を鈴木は恐る恐る持ちあげる。
輝きを見ていると、何故だか安心した。ホゥ、と息を吐く。

 「りほちゃんは、なんでこんな事に巻き込まれてるの?
 そのきょーめいしゃってヤツだから?」
 「かのんちゃんは神様を信じてる?」

鞘師から意外な存在の名前を出されたが、鈴木は素直に頷いた。

 「神様がヒトの願いを叶えるなら、神様の願いを叶えるのは誰だと思う?」
 「誰って言われても、神様は万能だよ」
 「じゃあなんで救われない人がいるか分かる?」
 「それは…」
 「つまりそういう事だよ。私がこうなろうって思ったのは。
 神様ができない事をしようってね」
 「神様…ねえ」

神様はいるのかと問われれば、居ると鈴木は思う。
だって願いを叶えて欲しいとお願いするのは『神様』だから。
だから思いもつかなかった。

『神様』の願いを叶えるのは誰かなんて。
鞘師が浮かべる『神様』は、一体どんな姿をしているのだろう。

 不思議な気分だった。あんな事があったのに、世界は何事も無く平和で。
 あれが夢のような気がして、箱のヒカリに安堵していて。
 鈴木は、あの時の夢や、あの時の現実を口にする事はしなかった。

鞘師はサイダーを一口飲んで、僅かに視線を向ける、開いたドアがゆっくりと。

          ◇         ◇          ◇

2012/07/08(日)


 「――― みーずきっ」
 「うわひゃあっ」
 「なにしてんの?こんなところにへばり付いて」
 「な、なんだえりぽんか。驚かさないでよ。なんでいるの?」
 「質問を質問で返すなんて聖ひどいっちゃねえ。んー?あそこにいるのって確か敵怪人…」
 「えりぽん」
 「冗談っちゃん、えーとそうだそうだ、香音ちゃんだ。でも隣は知らない子。
 制服もみたことないし、もしかして侵入者っ?」
 「違うよ、ええとあの子はその、友達なの、そう友達っ」
 「そうなの?じゃあ別に隠れることないっちゃない?おーい、そこの二人ー」
 「あっ、ちょっとえりぽん!……もおKYっ」

譜久村は飛びだした生田に叫んだ。
結果的にその声で二人に気付かれたのだが、生田が携帯を構える。

パシャリ。
携帯を顔から離すと、鞘師に向けて笑顔を浮かべた。

 「見かけない子っちゃね。名前はなんて言うの?」

突然の訪問者に鈴木はうわっと思った。
生田衣梨奈、何故ここに?
その背後から出て来た譜久村が慌てて生田の肩を掴む。

 「ご、ごめんね二人共っ、その、盗み聞きしようなんて思ってなくて…」
 「何言っとうとよ、壁にへばりついとったやん」
 「わー!わー!」
 「ねえそっちに行っても良いっ?」


その言葉とは裏腹にがっつりとはしごを上って来る生田。
鈴木は慌てて箱をポケットに突っ込むと、鞘師の影に隠れるように移動する。
生田の後に上がってきた譜久村は気まずそうに笑顔を浮かべていた。

 「へえ、こんな所上がったの初めてだけど、良い景色っちゃねえ。
 で、あんたはどこの子?えりなはここの学校の2年っちゃけど」

鈴木と譜久村が鞘師に視線を注ぐ。
すると、鞘師は薄く笑顔を浮かべて、こう言った。

 「初めまして"えりなちゃん"。
 今度ここに転校することになった鞘師里保と言います」

 *



 「――― 知ってる?なんかさ、転校生くるらしいよ?」

黎明学園一年の生徒達は、朝一番、教室に入った瞬間から
この話題で盛り上がっていた。
ただその盛り上がりは普通とは少し違っていて。

 「転校生ってマジ?」
 「だってさあ今って…」
 「だよねえ…」
 「まだ"四月"でしょ?」


四月に入学式があり、その一週間後に一学期の始業式。
さらにその約一週間後が、今日。五月に入ろうという下旬だ。
ちなみに天気は相変わらずの晴天。
気温も高くなく風もゆるやかで、たいへん気持ちのよろしい一日が始まる予感。
中学生活は始まったばかりだ。

それなのに、転校生がやってくる。
妙なタイミングなのもあって、その騒動は他のクラス、他の学年にも飛び火しようとしていた。
そんな中で一番気になるのは。

 「ていうかオトコ!?オンナ!?」

それぞれがそれぞれに想像、妄想を膨らませる。
ああだこうだ、イメージは拡大していく。
ただ大概、冷たい現実。

日常の中のちょっとした刺激的な出来事は、そうやって幕を下ろす。
そのはずだった――― 。


 ――― 何を言い出すんだこの子は。

きょとんとする生田に、どう反応すれば良いのか判らない鈴木と譜久村。
鞘師はさも当然のようにドヤ顔を隠さない。

 「新しい学校が気になって、ちょっと忍びこんじゃったの。
 ここはあまり人も来ないから、丁度いいかなって思って」
 「…あはっ、そっか転校生かあ、やることが大胆っちゃねえ」


生田も笑う、鞘師の言葉に何の疑いも見せずに、純粋に受け止めていた。
そんな二人をよそに、鈴木とその隣に移動してきた譜久村は変に焦っている。
肩を掴まれた。

 「ねえ、転校ってホント?」
 「いや、今初めて聞いて…ていうかなんでみずきちゃんがいるの?」
 「私は里保ちゃんに用があって……それを言えば香音ちゃんだって。
 ずっと寝込んでるから今日も休むってお母さんから聞いてたのに」
 「あーうん、治ったから大丈夫だよ。ほら、このとおり」
 「そ、そうなの?でも気分悪くなったら言うんだよ」

笑顔を含めて表したのが良かったのか、譜久村の優しさにほんわりとした鈴木。
半分は嘘で半分は本当。
ただ説明するにはいろんな意味で面倒くさい。
ふと、視線に気づいたかと思うと、鞘師がこちらを見ていた。
鈴木ではなく、譜久村の方に。

 「フクちゃん、私に何か聞きたい事があるんでしょ?」
 「え?あ、ええと…」
 「良いよ、ここで話してもらっても」
 「でも二人が…」
 「なになに?なんの話?」

鞘師の言葉に戸惑う譜久村は、だが他の二人の視線も集まる。
口にした時点で遅し。
自分の知らない顔ではないというのもある。
諦めたように一呼吸つき、おもむろに口を開いた。

          ◇          ◇          ◇

2012/07/11(水)


 「――― なあ香音、転校生が職員室に来てるって。見に行こうよ」
 「…あたしパス」
 「なんだよ、ノリが悪いなあ。クラスの仲間になるヤツなんだから
 もうちょっとハリキっていこうぜ?」
 「いいよ別に、あたし知ってるもん」
 「え?いつ?どこで?オンナ?オトコ?」
 「女の子」
 「マジかッ!なら友達になるしかないフラグだな!」
 「んー?んーそうだね」

いつもなら一緒に騒ぐ所なのだろうが、鈴木は逆に溜息が漏れた。
転校生が来るのは良い。
彼女の言うとおり、友達になっていろんな話を聞くのも良い。
鈴木自身、それはきっと楽しいものだとも思っている。
だから多分きっと、なんとなく、だ。

 「私ね、"みえる"んだ。場所とか物に残ってるものとか。
 二人には言ったことがあるでしょ?私のチカラ」
 「確かさいこめとりーってヤツっちゃんね。すごいメジャーな超能力」
 「なんかバカにされた気分…」
 「あ、ごめん。ごめんってみずきー」

『接触感応 -サイコメトリー-』
物体、物質に残る残留思念を"触れる"という条件のみで読み取るという
テレビでも重宝されてきたあの超能力だ。

小さい頃は手に触れたもの全部を読み取っていたことで苦労したと
譜久村本人から聞かされたことがあり、鈴木がチカラを打ち明けるための
きっかけにもなっていた。

 「テレビなんかでもよくやってるじゃない、証拠を見つけるとか、あんな感じのを想像して。
 ただ知りたかっただけなの、なんであんな事になったのか。友達だから。
 そしたら、里保ちゃんが、見えたの、最初は確信はなかったんだけど
 あの子の話す女の子がね、里保ちゃんに似てるなって、それで…」
 「試してみる?」

鞘師は自分の掌を差し出して、呟いた。
譜久村は先にそれをされるとは思わなかったらしく、戸惑いを浮かべる。
表情を崩さない鞘師にもう一度視線を向けて、グッと顔を強張らせる。

微かに指を伸ばし、それを彼女が引っ張った。



ざわつく教室。
時刻は午前八時を過ぎていた。

 「今日からみんなと一緒に勉強することになった――― 」

担任教師が教壇に上って、隣に立つ彼女にゆっくり視線を下ろす。
自己紹介をしなさい的なうながしだった。

 「……………あ、あれ?」

だが彼女は、担任の思いやりやら尊厳やらを片っ端から無視して、じーっと教室の様子を
今日からクラスの仲間になる生徒達の様子を、観察するようにゆっくり見渡していた。
鈴木は目が合う前に見もしない教科書でガードする。
別に嫌では無いのだが、反射的に、ただ、なんとなくだった。

 「まあ、そうだなあ、いきなりだから緊張してると思うが…」

しかし緊張しているのは担任と、生徒たちの方だった。
小柄な彼女はやたらと幼い。
なのに立ち姿や伝わってくる雰囲気は、オトナびている。
自分達と同い年の中等部1年、制服は新しく新調した、この学校の校章が付いている。

なんというかもう、猫でもうさぎでもトナカイでも被ってるほど完璧な空気だ。
そしてようやく。

 「鞘師里保です。はじめての街で不安と戸惑いで、ちょっとドキドキしてます。
 みなさん、どうかよろしくお願いします」

まるでカンニングペーパーでも食べたようにしっかりした口調で、鞘師は言った。
嘘くさいものは嘘くさいが故に本当っぽく見えるものだ。
その努力のかいあってか、数ヶ月で彼女は"優等生"としての地位を築く事になる。
多分、良い意味で。



 「――― ッ」
 「ど、どうしたと聖」

鞘師の手に触れた途端、ものの数分も経たずに譜久村は泣き崩れた。
鈴木はもはや傍観者側に立っていた。

 「里保ちゃん、これは、本当の事なの?」

鞘師は表情を崩さず、ゆっくりと頷いた。
譜久村が"みた"光景が一体どんなものだったのかは鈴木には分からない。

 「ねえ里保ちゃん、私にも何か出来ることはないかな?
 里保ちゃんはそのためにこの学校に来てくれたんでしょ?」
 「聖、全然話が見えんっちゃけど、えりな達にも説明してよねえ香音ちゃん?」

生田が不意に、傍観者だった鈴木を引きずりだしてきた。
それに「え?あ、うん」と変な相槌を打ってハッと口をつぐむ。

 「えりぽん、この学校はね、危機に直面してるの。
 でもやっと判った、多分、私達がやるべき事なんだ。
 何でか判んないけど…私達がしなきゃいけない気がする」

譜久村の珍しくもある真剣な眼差しを伏せる姿に、生田は何を思ったのか
彼女の肩を優しく触れた。
そして何かを決めたように、というよりは何かを期待した眼差しで口を開いた。


 「つまり事件やね、聖。いよいよえりなの本領が発揮するときが来たあああ!」

というより両腕を空に突き上げて叫んだ。嬉しそうだ、心の底から喜んでいる。

 「ちょ、えりぽん、これは遊びじゃないんだよっ。それに私まだ何も説明してない…」
 「危機に直面してるってことはそういう事態ってことやろ?
 この学校を狙ってる敵がおるってことっちゃん。で、えりな達は何をすればいいと?」
 「……突きとめるんだよ、この事件の"真犯人"を」

――― 昼休み時間。チャイムと同時に一緒にしようとした女子や、休み時間に
 できなかった質問タイムを今度こそおっぱじめようとたくらんでいた男子が振り向いた
 ときには、鞘師の姿はすでになかった。

というより、休み時間のたびに居なくなっている。何故か鈴木香音と一緒に。

 「なんでみずきちゃんを巻き込んだの?」
 「フクちゃん自身が決めたんだよ、私はただ問い掛けただけ。
 フクちゃんもまた、『共鳴』したヒトだったんだ。えりなちゃんはまだ興味本位ってとこかな」
 「りほちゃん、なんか楽しんでるよね」
 「そうかな?」
 「そうだよ」
 「うん、でも、ちょっと嬉しい」
 「え?」
 「一緒に戦ってくれる人達が出来て、多分、嬉しいんだよ――― ありがとう」

鞘師はそう言って、笑った。
何故彼女がそんな事を言ったのか、鈴木はこの時、判らなかった。気付かなかった。
どうしてこの4人だったのかも。
鞘師の笑顔が少しだけ、寂しそうだったのも。

こうしてこの日を境に、鈴木は実に日常的で、非日常な生活を送る事になる。

 ――― 携帯の画面には鞘師と鈴木の二人が映っている。
 "彼女"はようやく出会えた待ち人を見つめるように、嗤った。