『the new WIND―――久住小春』


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田中れいなは喫茶リゾナントの地下にある鍛練場にひとり佇んだ。
大きく息を吸って、長めに吐く。
なんどかそれを繰り返し、すっと目を閉じた。
自分の呼吸に集中し、体の中心に己の“気”を集める。
流れるそれを感じるように、耳を澄ませ、開いていた心の扉を閉じる。

徐々に体が熱くなっていくのを感じ、今度は右手に意識を集中させた。
れいなの周囲の“気”が、れいなの右手へと集まってくる。
それを乱さないように、心は閉じたまま、じっと右手のみに感覚をもっていく。

頭の中で、完成のイメージ像をつくる。
最初に浮かんだそのイメージと合致するように、もっと具体的に、太く、濃く線を描く。

不定形だった気が、徐々に、ある形を成していく。
れいながそっとそれを握り締めると、確かに感触があった。

深く息を吐き、右手を見つめると、そこには立派な『刀』が握り締められていた。

「物体具象化能力……」

最近になって身についてきたこの能力に、れいなはそう名前を付けた。

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あの頃、れいなはリゾナンターとして闘いの日々に明け暮れていた。
ダークネスは昼だろうと夜だろうとお構いなしに現れてはれいなたちを攻撃してきた。

「愛ちゃん!」
「任せろっ!」

それでもれいなたちリゾナンターは、9人という仲間を信じあっていた。
リーダーである高橋愛を中心に、ともに手を取り合って、必死に闘ってきた。

「さっすがリーダー!」
「照れるー」
「もー、調子乗らないの」

闘うことが喜びだと思うことはなかった。
死と常に隣り合わせの毎日は、ときにはだれかの生命を奪うことだってあった。
それでもれいなたちは、自分たちの世界を護るために、自分たちの正義を信じて闘ってきた。

「さぁ、帰ろっか」

そんな日々がいつ終わるのかとか、考えたこともなかった。
この闘いの日々に終わりが来ることなど、気にもせずにただ毎日を送っていた。


そんなリゾナンターの運命が動き始めたのは、あの日からだった。
あの日も今日のように、少しだけ蒸し暑い、夏の終わりのことだった。

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知らせを聞いたれいなは、無我夢中で病室へと走った。
喧しくセミが己の生命を叫び、ギラギラと睨みをきかせた太陽が空の主役として居座っている。
短距離走は速い方ではないのだが、脚を止めることなく病室へと飛び込んだ。

「小春っ!」

ドアを開けた瞬間そう叫んだ。
しかし、そう呼ばれた彼女からの返事はなかった。
病室のベッドの周りには、リーダーである高橋愛、彼女を陰で支える新垣里沙、そして松葉杖をもった光井愛佳がいた。
れいなは息を切らしながらベッドへと歩み寄る。だれもなにも言わないままに道を開けた。

ベッドの上、久住小春は何重にも包帯を巻き、その顔には人工呼吸器を装着させられていた。
目は軽く閉じられ、いまにも「たなかさーん」といつものように鬱陶しい笑顔で叫んできそうな気配も感じる。
それなのに、彼女の体は全く動いていない。
ただ人工呼吸器から微かに空気の漏れる音が響き、ベッドの隣にある心電図が規則正しい音を刻んでいた。

「……意識、まだ戻らんのやって」

重苦しい空気の中、れいなの斜め後ろにいた愛はそう呟いた。
れいなは振り返ることなくその言葉を受けとめる。
遅れて聞こえてきた足音にも振り返らずにいると、「小春!」という道重さゆみの声が聞こえてきた。

愛は黙ってさゆみを見つめたあと、なにも言わないままに目線だけを小春に向ける。
さゆみの視線は愛に従って動き、ベッドの上の変わり果てた彼女を認めると、その瞳からは自然と涙が溢れていた。

「どう……して…?」

絞り出されたその言葉は震えていた。
愛がなにか言おうと口を開こうとしたとき、再び足音が走ってくる。
これ以上騒がしくなることを懸念したのか、里沙は松葉杖をつく愛佳の背中にそっと手をやり、愛佳を外へと誘導した。
それに従うように愛も病室の外へと出る。

「久住サン!!」

さゆみの横から飛んできたジュンジュンの言葉にも、れいなは振り返らなかった。
ただ、横たわる小春の姿を黙って見つめる。ぎゅうと握り締められた手の平が、妙に痛かったことだけは覚えていた。

「れいな……」

いつの間にかれいなの隣に来ていた愛は、なにかを納得させるようにその肩を叩いた。
本当なら、意地でも動きたくはなかったが、愛に逆らうことは出来なかった。自分たちをまとめてくれるリーダーに、意地などはれない。
れいなは下唇を噛んだあと、小春に背を向けた。未だに呆然としているさゆみとジュンジュンを横切り、病室の外へと出た。

その数分後、リンリンと絵里も合流し、8人のリゾナンターは病院の屋上へと出た。
ジリジリと照りつける太陽のせいか、普段はあまり汗をかかないれいなの頬には、雫が伝っていた。
だがそんな暑さなど、まったく気にはならなかった。


―――小春と愛佳がダークネスに襲われて、ふたりとも怪我を負った


簡単に言ってしまえば、それが事の一部であり全てであった。
愛佳は左脚の膝から下に怪我を負い、松葉杖なしでは歩くことは叶わなかった。
対する小春は、彼女よりも重症だった。その体、鎖骨から腰骨にかけて斜めに大きな太刀筋を受けた。

「“視”えてはいたんです、その“未来”が……」

愛佳は苦しそうにそう呟いた。
8人の間を風がすり抜けていく。夏の爽やかな匂いを運んでいるはずなのに、ちっとも心地良くはない。
愛佳の言葉はそのまま噛み砕かれて脳へと走る。意味を理解するのは単純だった。ただ、納得は到底できなかった。
それでも7人は、愛佳の言葉を黙って受けとめた。

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小春と愛佳の前に立ちはだかった敵―――ダークネスであることは間違いないのだが、それは見たことのない相手だった。
黒いマントで身を覆い、軽くステップを踏むように体を揺らす姿に、ふたりは直感的に「恐怖」を覚えた。
彼―――恐らく性別は男だと思われる相手は、なにも思案していないような、それでいて思慮深いようにも見える。
世界中の闇を一身に背負ったような黒いオーラに、愛佳と小春は背筋を凍らせる。

「なんか、アイツ凄そうだね……」

小春はそう言うと、ぎゅっと拳を握って構えた。
口調は明るくて軽いが、相手から感じる異様なオーラを振り払おうとしているのは確かだった。
愛佳も小春に倣い構えると、敵の男と目が合った。


瞬間、愛佳の脳内にいくつもの情報が叩きこまれた。


それはだれもが想定しえない、最悪のヴィジョンだった。

遠くに轟く雷鳴。
黒い影。
光の中、宙に舞ったのは鮮血。
倒れたのは、隣にいるはずの小春だった。

小春の体は地面に叩きつけられ、その口元からは多量の鮮血と唾液を零している。
その心臓はいまにも止まりそうであり、すぐ傍に迫った「死」を予感させた。

あまりにも痛々しく、あまりにも恐ろしいその未来に、愛佳の呼吸は短くなる。
悟られないように整えようとするが、動揺は隠しきれない。心臓が高鳴り、ぎゅうと愛佳は胸元をおさえた。

「どうしたの?」

小春は視線は男に向けたまま、愛佳にそう聞いてきた。
噛みあわない視線なのに、小春の言葉は真っ直ぐに愛佳に届く。

愛佳はなにかを言おうと口を開くが、どうしても、言葉にはならない。
自分の中の言語情報は、たったのひとつとしても、音として、外部にもたらされることがなかった。
恐怖のあまりに音が失われたのか、カラカラに渇いた口の中で声が死んだのか、理由は分からない。

「なんか……マジでヤバい感じ?」

小春は片頬をあげて呟く。
引き攣ったその笑みは、自嘲ではなく、思案のようにも見える。

普段、小春がなにを考えているか、愛佳にはよく分からなかった。
脈絡なく話を始めるし、その話もたいていは着地することなく浮遊して終わる。
かと思えば、夜中、鍛練場に佇んでは自分の能力と対峙し、輝きを持った瞳のまま天井を仰ぐ。
その姿は、テレビや雑誌で見かけるつくられた芸能人ではなく、ただひとりの「久住小春」のようにも見えた。
たぶん自分は、小春のなにひとつも、理解などできていないのだろうけどと、その姿を見ながら愛佳は思った。

掴みどころなんてない。
だけど、分かることだってある。

久住小春は、光井愛佳の、大切なリゾナンターの仲間であり、信頼できる友人だった。

「みっつぃー、来るよ……」

分かることがあるからこそ、ダメだ、と愛佳は思う。
言わなければ。伝えなくては。
いま視えた、最悪の、想定しえない未来を。来てはいけない、ほんの数時間後の出来事を。
避けることができる。このまま逃げるなり、仲間を呼ぶなりすれば、回避することなんて容易い。

それなのに。
それなのに、言葉が出てこない。

なぜだ、なぜだ。こんなときにどうして!


遠くで雷の落ちる音が聞こえた。
瞬間、だった。
軽くステップを踏んでいた男が視界から消えたかと思うと、愛佳の至近距離に現れた。
ふたりとも完全に虚をつかれていた。
愛佳は慌てて距離を取るが、刹那、男の右脚がそのまま腹部に直撃した。

「あ゛っ……!」

衝撃を受けた愛佳は、思い切り吹き飛ばされ背中から倒れる
血と交り、胃の中のものが逆流してきた。口内に広がった酸を吐き出した。
吐瀉物が地面に広がった。

「みっつぃー!」

小春は衝撃に倒れた愛佳に駆け寄ろうとする。が、その目の前に男が立ちはだかる。
その圧倒的な存在感に、瞬間、体中が震えた。

男は世界を闇で覆い尽くさんばかりの黒雲を背負っていた。
その中には微かな光さえも存在しない。
全てを呑み込むその存在は、「絶望」という名前が最もしっくりくる。

直感的に、小春は生命の危機というものを覚えた。
いままでなんども敵と戦ってきたが、これほど圧倒的に覚えた危機感はない。
しかもなにより最悪なのが、この場にリゾナンターが全員そろったとしても、その危機感が拭える保障がないと感じたことだった。

―なによ、ホントに……

かと言って、小春の選択肢の中に「逃げる」という項目はなかった。
小春は右脚で地面を蹴り上げたかと思うと、男の頭上より高く体を浮かせ、そのまま踵から振り下りした。

風を切る音のあと、地面がぐしゃりと音を立てて凹んだ。
小春の右脚は地面を抉るが、男はそれをあっさりと躱し、数メートル先に立っている。

「やっぱ躱すよねー……これくらい」

小春は再び男と距離を取る。
ちらりと視線の端に愛佳を入れた。彼女は腹部を抑えながら地面に横たわっている。
我慢強い彼女が立ち上がらないということは、相当な深手を負ったのだろうと推察した。
最悪、内臓破裂だとして、さっさと退却しないことには愛佳の応急処置もできやしない。

―さて、どう逃げようか……

小春はジリジリと距離を取るが、その度に男も詰めてくる。
この男に背を向けてはいけないと本能的に察知する。
愛佳を連れて男の視界から逃げるには、少なくとも12秒の余裕が欲しい。
そんな余裕、こいつがくれるわけないだろうがと、必死に小春は考えた。

―ああ、もう、面倒だな!!

そう心の中で思いながら小春は下唇を噛んだ。
ひとりでなら逃げられる。この圧倒的な存在感に自分ひとりで勝てるわけないことくらい分かっている。
分かっているのに小春は、愛佳を置いて逃げようとはしなかった。

「……バカだよねえ、小春って」

自嘲気味にそう呟いた。
再び遠くで雷鳴がする。先ほどまで晴れていたのに天井には黒雲が居座り始めていた。

面倒事や厄介事なんて大嫌いだった。
ただヘラヘラとバカみたいに笑い、大人の言うことを聞いていれば人生は上々だった。
そうすれば、揉め事に巻き込まれることもなく、平穏な日々がつづいていくはずだった。
だけど、そうしなくなったのは、リゾナンターに入ってからだと小春は思う。

生まれもった不思議な能力。
それを異端として蔑むか、特徴として伸ばすかは人それぞれだ。
小春は自分の能力を疎ましく思ったこともある。この力のせいで面倒事に巻き込まれる日々も多かった。

だけど、それでも小春は真っ直ぐに向き合ってきた。
自分が此処で生きていられるのは、決して自分ひとりの力じゃないと知ったからだ。
仮面を被って笑っていれば、確かに平穏な日々を送ることはできる。
その日々を否定することはしない。
否定はしないけど、肯定したくもなかった。


―――行くやよ小春!

―――待って下さいよたかーしさーん!


―――小春は私の次の次の次の次の、またその次くらいに可愛いの

―――それぜんっぜん褒めてないじゃないですかー!


―――久住さんのこと、これでも尊敬してるんですよ?

―――ぜったい嘘だねみっつぃー!ほら、小春の目を見て言って!


口うるさくて、鬱陶しくて、たくさんケンカもしたし、衝突もしたし、もう知らないと逃げ出したこともあった。
それでも小春は、信頼していた。
静かで、そして熱い、“蒼い共鳴”で結ばれた9人のリゾナンターを。

割り切れたらきっと楽だった。
仲間とか絆とか、そんな鬱陶しいものを放り出して逃げることができたらきっと楽なんだ。
あの頃のようにふざけて笑っていれば毎日は平穏なんだ。

でも、そんな楽な生活であったとしても、みんながいなければ、意味なんてない。

「だから、逃げないんだけどさ」

小春は意を決したように呟くと、再び右脚で地面を蹴った。
今度は跳躍ではなく、そのまま男の懐に飛び込む。
突き出した右の拳を躱されたが、そのまま間髪置かずに左拳を突き出す。
男は華麗なステップを踏んでその拳を逃げていく。

遊ばれているのか、それとも興味がないのかは分からないが、力の差は歴然だった。

それでも小春は逃げずに次の手を繰り出す。
左脚を軸にして右脚を振り上げた。
長い脚は見事に回転し、男の腰を捉えようとするが、寸前で逃げられる。

「ちぃっ!」

ひとまず態勢を整えようとバックステップで男から距離を置いた。
男はゆらゆらと体を動かしたままこちらを見ている。
表情は見えない。なにを考えているのかも分からない。まるで男には、心がないようにも小春には見えた。


「っ…あ゛……」

愛佳は痛む腹部を抑えながら上体を起こそうとする。
だが、先ほどの衝撃で内臓を破損したのか、全く力が入らない。
冗談じゃない、此処でのんびり寝ている暇はないんだと必死に力を込める。

愛佳の目の前で、小春は男と闘っている。
小春の攻撃は男に当たることはないが、決して彼女は退こうとしなかった。

なぜ逃げない?
勝ち目がないことくらい、小春にだって分かっているはずだった。
それなのになぜ、小春は逃げないんだ?


瞬間、再び脳内に強いヴィジョンが視えた。
先ほどよりもハッキリと色を持って現れた「それ」に、愛佳は震えた。
小春が逃げないこと、この場に留まって闘い続けることは、結果的に、「未来」へと結びついてしまう。

「逃げて、久住さんっ!!」

再び頭の中に流れ込んできた情報を叩き潰すように、愛佳は叫んだ。
漸く世界に響いた声に愛佳は一瞬ではあるが安堵した。
届いているのなら、どうか応えてほしい。
自分は放っておいて良いから、どうか逃げてくれと愛佳は叫んだ。

「そいつホンマにヤバいんです!私のことは良いから逃げて!!」

愛佳の声は、確かに小春に届いていた。
だが、その声を小春が受け止めても、小春は逃げることをしなかった。
まるで聞こえていないかのように、彼女は闘いつづけた。

「久住さん!!!」

愛佳はありったけの力を振り絞って叫んだ。
が、その声が世界に響いたとき、全ての出来事は終わっていた。

雷が落ちた。
一瞬だけ世界は真っ白になった。

男はその腰に提げていた太刀を抜き、一気に天から降り下ろした。
それはまさに「目にも止まらぬ速さ」と以外に言いようがなかった。
愛佳が確かに確認できたのは、太刀は綺麗に、小春の体、鎖骨から腰骨にかけて一直線の筋をつくったことだけだった。
同時に、その筋はぷつぷつと赤い気泡を浮かべ、刹那のあと、空に赤い雨が降った。

「あ……?」

なにが起こったのか、彼女自身も分からなかったのかもしれない。
小春は口内から鮮血と唾液を迸らせ、ゆっくりと倒れていく。
その瞬間だけ、世界はスローモーションで動いていた。

「久住さんっ!!」

彼女が倒れた瞬間、まるで金縛りが解けたかのように愛佳は立ち上がった。
腹部を突き刺すような激痛に苛まれているが、その両脚でしっかりと地面に立っていた。

しかし、それも束の間の出来事だった。
男は瞬時に愛佳の前へと移動し、その太刀で愛佳の左脚を捉えていた。
ざくりという感触のあと、遅れて骨が軋む音がした。膝が砕け、なんの感触もなくしたのはそのすぐ直後だった。

「―――っぐぁ゛ぁ゛!!!」

体の中心から溢れたような低い声が響いた。
腹部に感じた痛みの何百倍もの重みが左脚を襲い、再び愛佳は地に伏した。

とめどなく溢れる血が、地面に沁み込んでいく。
立ち上がらなきゃ、久住さんを助けなきゃとなんども心の中で叫ぶが、全く体に力が入らない。
血とともに自身の生命力が流れ落ちていくような感覚だった。

男は苦しみに蠢くふたりを黙って見下ろしたまま暫く動かなかった。
しかし、途中で興味をなくしたのか、太刀を仕舞うと再びステップを踏んでその場を立ち去った。
唐突に過ぎ去った脅威に安堵する暇もなく、愛佳は失血のために気を失ってしまった。
小春を、なんとかして小春を助けなくてはと、心の中で、なんども叫んでいた。


ぽつりと雨が落ちてきた。
冷たい夏の雨は、愛佳と、そして小春の頬を濡らし続けた。

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「………視えてたんに…なんも、なんもできんかった…」

愛佳は両手で顔を覆う以外に術はなかった。
確かにあのとき、未来が視えていた。だが、それを伝えることも、回避することもできなかった。
自分のせいで、小春を殺してしまいそうになったのだと、なんども頭の中でだれかが囁いていた。

「愛佳のせいじゃない」
「でもっ!」
「違うから、絶対に」

愛はなにかを諭すようにそう呟いた。
愛佳のせいでないことくらい、みんなが分かっている。
分かっていても、やりきれない、何処か靄のかかったような想いを抱えているのは事実だった。
その想いを弁明し、かつ靄を払うように、愛はもういちど「愛佳のせいじゃない」と繰り返した。

「……小春の、容体は?」
「うん……話だと、今夜中には意識が戻るみたい。ただ、傷の回復には、少なくとも2ヶ月はかかるって」

絵里の質問に答えたのは里沙だった。
受けとめるにはあまりにも大きすぎる答えに、まただれもが口を噤む。

「……相手は、だれやった?」

重苦しい空気の中、愛は口を開き、愛佳を見つめる。
愛佳は松葉杖をぎゅうと握り締めたあと「分からないです…」と返した。

「見たことのない男でした…あまりにも真っ黒なオーラを背負ってたことくらいしか分かりませんでした……」

愛佳の答えをしっかりと聞くと、愛は深く頷いて踵を返し、屋上をあとにした。
なにも語ることのないその背中を、7人はただ見送る以外に他なかった。
れいなはぎゅうと拳を握り締める。伸びた爪が皮膚に食い込み、血が流れそうになった。

納得のできないことは山のようにある。
愛佳に詰め寄ったところでなにも解決しないことくらい分かっている。
分かっているからこそ、れいなはギリリと奥歯を噛みしめ、ただそこに突っ立っている以外になかった。



久住小春の意識が回復し、長期の療養が命じられたのはその日の深夜のことだった。

そして、彼女のリゾナンターからの異動が決まったのは、その二日後のことだった。