『-Qualia-Ⅱ』


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更新記録

2012/04/08(日) 更新分


運命は人の身の上に巡る、幸不幸の成り行き。
運命は長い一生を支配するモノ。
人生はその道のり。
だから道はひとつではなく、たくさん。
さんざん迷って、ようやく其処に辿り着く。
まだまだ。これから。

人はそうやって生きている。
いつかの結末を知っていても、生きている。
誰も変われない、代われない、替われない。

そして誰かはその間に目指すべきものを見つけて行く。
辿り着く為に明日を進み続けて行く。
未熟な虹よ、どうか。願う、見えないけれど、きっと、だからどうか。

 蒼い宇宙(ソラ)よ、永遠であれ。

 *

―― ああ、そういえば。

学校の校門へとつづく、長い並木道。
春の刹那の匂い、桜の花びら。薄ピンクを散りばめた未熟な木だけど、季節を彩る。
鈴木の通う学校は中高一貫校だ。
名称は黎明学園。正式だともっと長いけど案の定、忘却の彼方。
その向こう、校内に吸い込まれて行く生徒達に、挨拶を繰り出している何かが居た。

 「おはようございます!」

進行方向は正面。
校門のど真ん中に立って、生徒達を腕組みで待ちかまえていたのは、生活指導担当
の体育教師とその部下的な男性教諭。
そして女性教諭、三人とも判り易い体育会系である。
その教師たちを中心に末広がりにラインを二本引いたような列。

 「おはようございまーす!」

一際、大きな声が聞こえてくる。
数人の生徒がほぼ一列に並び、右腕には腕章。
いわゆる『生徒会』の面々だ。
さらにその列の反対側には『風紀委員』。

 「おはようございまーす!」
 「おはようございまーす!」

まさにあいさつ合戦。
ただそのすぐ傍を通っている生徒は朝からの過大な声に驚いて身を固くしているのが殆どだ。
鈴木香音はその光景は嫌いじゃなかったし、むしろ挨拶をまともに返さない生徒に
対してあまり良い気分ではない。
それにも確かな理由というのがあったりするのだが。

 「香音ちゃん、おはようっ」

風紀員の列の前から三番目。それが鈴木に声を上げた先輩の定位置だ。
中学二年からはリボンからネクタイへと変わるこの学校。
先輩―― 譜久村聖は手を上げて鈴木に合図を送った。
それに答えるように鈴木も笑顔を浮かべる。

 「おはようございまーすっ!」

大声を張ると周りから視線がこちらに向くが、鈴木はあまり気にしない。
叫ぶのは気持ちが良い。
元気が良いとよく教諭にも言われたが、その教諭というと、男子生徒の首を引っ掴んで
服の乱れをネチネチと説教していた。
鈴木はスカートとリボンを整えると、譜久村に合図を送って校門を抜けて行く。

 中学三年、譜久村聖。
 彼女と鈴木の出会いはなんて事のない、ありふれたものだ。
 先輩ではあるものの、その親しみのある空気がなんとも心地の良い事。
 周りにシャボン玉が飛んでるようなイメージがある。

ふわふわとした、穏やかな、優しい"色"。
鈴木は休み時間に譜久村の姿を見つけて声を掛けようとした。
だがそれと同時に女子生徒が譜久村と談笑を始めてしまう。

女子生徒は譜久村にとって友達の間柄だ。
確か陸上部に入っていて、鈴木とは残念ながら面識はない。

 話をしたかったが、昼休みにしようと声をかけるのを止めた。
 内容は当然、鞘師里保の事だ。
 人が近付く事が滅多にないあの屋上の出会いを、譜久村に伝えたかった。

女子生徒の方をチラリと見やる。
―― 微かに、違和感。
何処かで感じたことのある引っ掛かりだった。
譜久村に笑顔を浮かべる女子生徒の"音"が少し、ほんの少しだけ、ズレる。

それも一瞬。

鈴木は同級生に呼ばれて次の移動授業へと準備を始めた。
彼女にとって当たり前の"音"と"色"。
その正体を知っているのは家族と、譜久村だけ。
そういえば、ふと思う。
鞘師の"色"はどんなのなのだろうか。
あの時に見た両目の輝きを思い出し、ブルルと首を振る。
青とは対照的な眼差し。

 人間の目があんな風になる訳が無い。
 きっと充血か何かしてたんだ。
 彼女は眠るのが好きだからあくびしたんだ。

濁る、そう、あれは、まるで―― 鬼。

 「なわけないっつーの」

自分に突っ込んで、鈴木は歩き出した。

          ◇          ◇          ◇

2012/04/10(火) 更新分


 風向きの変化。今日はとくに機嫌が悪いらしい。
 誰かの洗濯ものが飛ばされた。
 その人は、風に文句を言う。
 だからかもしれない。
 いつかの風が、優しくなかったのは。
 きっと腹を立てていたに違いない。

鈴木は食べる事が大好きだ。
自分でも大食いだと自覚している、だけどそういう人間にも必ず
苦手な食べ物というのは存在し、意外な物なのが多かったりする。

単に食わず嫌いなのかもしれないけれど。
いつかは克服しなければいけないとも思っていて。
だけど今は、好きな物をたん能していたいと思ってしまうのはいけない事?
そう思うのは仕方が無い。
自分はそういう年頃で、中学生なのだから。
が。

 「マジでスカ…」

昼休み、鈴木は東側の屋上に居た。
譜久村が居るはずのクラスにも少しだけ顔を出したのだが、姿が
見当たらなかったので次の機会にしようと思ったのだが。
非常用の給水塔。
地面には影が二つ、二つ?
見上げて眩しい日差しの中へ、あ、と口を開く。
鞘師の隣に何故か―― 譜久村の姿。

 「あれ、香音ちゃんだー」
 「フ、フクちゃん?」

あんぐりと口を開く鈴木の目にハッと何かが映る。
鞘師がお弁当箱から箸でゆっくりと取り出されたある物。

ある意味あれはもの凄く貴重なのだ。
許可なくしては作ってはいけないと言われるいわくつきの食べ物。
給食に出るなら最後に残しておくだろう。
一気に食べてはいけない、少しずつ、少しずつ味わうのだ。
それを、それを…!

 「その卵焼きちょっとタンマああああ」

手を上に掲げる。
箸にがっしりと掴まれた黄色の生地。
甘くてふっくら卵焼きに向かって鈴木ははしごを上る。
が、その瞬間に鞘師がパクリ、かっこハート。

 グハアアアアア。

漫画ならそんな描写が鈴木の背後に描かれている事だろう。
そのまま下に落ちそうなほど仰け反る鈴木の腕を譜久村が慌てて掴む。

 たかが卵焼き、されど卵焼き。鞘師はにんまりと笑い、鈴木はうな垂れた。

給水塔まで引っ張り上げられた鈴木は譜久村に向かって問う。

 「実はこの屋上を出入りしてる生徒が居るって話しがあって
 調査をしようって事になったの」

風紀委員は学校が生徒達のために生徒達による自主的自立的な
心を養う為、かつ学校の風紀を乱さないように同じ生徒を厳しく時には優しく(?)
監督する立場として組織されている。

 「ここは昔もサボってた人達が溜まり場にしてたから閉鎖になっちゃったらしいよ」

その一員である譜久村は少しでも力になるためにその責務を負う事になった。
委員の推薦もあって、譜久村は俄然やる気を出していた。
先生は「サボり魔撲滅!」とまで叫んだらしい。
ボクメツっていうのは多分、良い事ではないと思う、響き的に。

彼女の熱意は純粋だ。
鈴木は顔を見ることが出来ない。

 というかそのサボリ魔ってあたしじゃない?

いや、あのイジメっ子達もここを利用しているのだから他にも利用者が
居てもおかしくはない、きっと、おそらく、多分………そうだと良いのに。
冷や汗が背中に流れてる。ダラダラ。ダラダラ。
だが譜久村は言う。

 「そしたら里保ちゃんが居て、これは何かあるなって思ったんだ」

譜久村がここに来た時は鞘師はすでに居た。
イヤホンを付けてポータブルプレイヤーを片手にサイダーを飲んでいた。
ひとりで給水塔に座っていた。

見慣れない制服。
教諭の目が光るあの校門からどうやってこの校舎に入ったのかは
判らないが、少しだけその姿が小さく感じて。
こんなにも誰もいない場所。
こんなにもたくさんひとが集まる場所。
イヤホンの奥で鳴っている音楽。
屋上とイヤホン。
それだけが全てで、その世界に潜ってしまっているようで。

風紀委員として先輩として一人の人間として。
譜久村は心の涙を手で拭って立ち上がった。

 「―― で、警戒心を解くためにまずは慣れて行こうって事で
 卵焼きを差し入れてみました」

フクちゃん、それ餌付けっていうんだろうね。
譜久村は鞘師に対して厳しく注意をすることは無かった。
普通ならもっと問いただしたり、少なくとも屋上から追い出すものなのに。
同級生から言われている「おとぼけ」の冠位ゆえか、それとも「お嬢様」と
呼ばれる心の広さゆえか。

 なんて事を考えている鈴木もまた鈴木ではあるのだが。 
 というか推薦って、それ単に押し付けられて…なんでもないです。

どちらにしても鈴木の喪失感は拭えない。
なぜならば、隣で口をモゴモゴさせている鞘師里保が最後の卵焼きを
その口に含ませた姿を近接距離で見せつけられた事によるからだ。

 ああああああ。

なんとも言えない顔をしていたのか譜久村が笑いを堪えている。
鞘師も口に含みながら笑うな。

 「ああそうだ、前に香音ちゃんからリクエスト貰ってたんだよね。
 目玉焼きだっけ、今度作ってくるよ」
 「ホント!?」
 「うん」

わっしょいわっしょい。えんやこらえんやこら。
鈴木の脳内で祭が起こっている。牛のかつぐお神輿の一番上で踊る。
背景が黄色の輝きでキラキラと眩しい。
鞘師と目線が合う。少しムーとした表情に、鈴木はにんまりと笑った。

 「里保ちゃんにもあげるから待っててね」
 「うん」

鞘師の脳内にサイダー同士がぶつかり合ってカーンと鳴った。
まさに闘いの合図。視線が合う。負けねえ。負けない。
何の勝負なのかは判らない、理由のない勝負なんてたくさんあるさ。

 「友達がこないだ事故で怪我して、部活もできなくてすごく落ち込んでて。
 でも少しずつだけど笑うようになってくれて。なんか嬉しかったな。
 今度の試合が最後だから、差し入れしに行こうかなって思ってるんだー」 

譜久村は本当に嬉しそうに言った。
鈴木は両手の拳に力を込める、鞘師は両手を合わせて「ごちそうさま」と呟く。
空は晴天。

 ただ少しだけ綺麗過ぎて、澄みきり過ぎて、可笑しな空だ。
 気付くのは誰かで、誰かが呟く。"色"を見つけるのはきっと。

          ◇          ◇          ◇

2012/04/13(金) 更新分


――― 彼女の纏う風は微かな変化を望んだ。
走り続ける。
乾く喉。心臓の鼓動。はあはあ。
太陽が、揺れる。

誰にも邪魔されない、自分のペースで求められ続ける、世界。
空気が揺れる。
足が伸びる、走る感覚。
何度も何度も踏みしめる、地面を、大地を、世界を。
心の底。
曇る太陽、不純物、揺れる揺れる、其の歪んだ光。

揺れる音。心。
乾いた音。
揺れて揺れて揺れて。
太陽がブレる。揺れる。
音。
歓声。
太陽がブレる。眩しい、オレンジのヒカリが、この上なく。

 「すごいよ!また記録更新!」

陸上部部長がストップウォッチを片手に叫んだ。部員が近付いてくる。
練習なのに、そんなに喜ばなくても良いのに。
大したこと無いのに。
タイシタコトナイノニ。

空気が揺れて、見えて、空気が、見える。
歓声の感性。皆が喜んでくれた。
同級生も後輩も、記録を伸ばす度に、何度も何度も、喜んでくれた。

 「今度の大会、個人も団体もいけるかもね」

心の底で、眩しくヒカル太陽。
心の底で。橙、揺れる、ブレる、闇の、太陽。

 「タイシタコトナイヨ」

女子生徒は笑う。刹那、作られる笑顔。
タイシタコトナイヨ。タイシタコトナイヨ。タイシタコトナイヨ。
タイシタコトナイヨ。タイシタコトナイヨ。タイシタコトナイノニ。

 「じゃあ皆、集合ーっ。ミーティングするよっ」

感覚が、鋭く。鋭利。刃。肩に触れる手。痛む傷跡。
部長が調子の上がっている女子生徒を中心に部員を集めた。
虚空に視線。
怪我をした両足が、心臓の鼓動と同じリズムでじんじんと痛む。
ただそれだけ。
それだけなのに。

 そ れ だ け が や け に 痛 ん だ。

 「期待してるからねっ」

部長がもう片方の肩に手を置く。刹那、女子生徒の身体が震える。
違う、震えたのは、怯えた心。這い上がるものを抑えきれない。

 違う、違う、何処かで――― 安心した?

 「キャアアアア!」

突然の風。
グラウンドの中を襲う、空気の渦が、ぐるぐると蜷局(とぐろ)を巻く。
混ざる鋭い刃、旋風の中心に出来る真空による、鎌鼬。
ガリ。
嫌な音が耳に付く、何かを引っ掻いたような音。
ガリ。ザリ。ガリ。ザリ。ガリ。ガリリッ。何の音、心の音。

 心が傷つく音。

ポタリ。
女子生徒の頬に何かが付着する、手で拭って。
両足がズクリと痛みだす。

 血。

!!!!――――――――…

風が止んだ後、部員たちが呻くように恐怖に震えていた。
見ると一人の部員が腕から血を流している。
他の部員がハンカチで止血をしていた。
女子生徒は呆然と立ち尽くしていた。

誰も彼女を見ていなかったが、見ているような気がした。
自分を咎めているような気がした。

オマエが。オマエが。オマエが。オマエが。オマエが。
オマエが。オマエが。オマエが。オマエが。オマエが。
オマエが。オマエが。オマエが。オマエが。オマエが。
オマエが。オマエが。オマエが。オマエが。オマエが。
オマエが。オマエが。オマエが。オマエが。オマエが。
オマエが。オマエが。オマエが。オマエが。オマエが。
オマエが。オマエが。オマエが。オマエが。オマエが。
オマエが。オマエが。オマエが。オマエが。オマエが。


 眩しい。眩し過ぎて仕方が無い。
 眩し過ぎて泣けてくる。泣けば良かったのに。
 乾く。風が全てを乾かしてしまう。

心が乾いて後に残るのはただ、虚無だけだった。

          ◇          ◇          ◇

2012/04/17(火) 更新分


大地から恵みを受けた人間は、死んでその恵みを返すように
土に戻って行く。
そしてまた大地は育って、人はその恵みを受け取る。
そうやって繰り返して、ひとは生きて来た。

ひとだけじゃない、この世界全てが、理由を欲しがっている。
生きてる証拠みたいなモノ。
確かで不確かで、カタチがあったり無かったり。
いつ死んでしまうかも判らない。

 理由がないと生きてはいけない気がして。
 意味が無いと、生きてる意味もない気がして。

だけど理由がなければいけないの?
意味がなければ生きてはいけないの?

 生きる為の理由。
 悲しみがあるから生きる理由を捜して行く。

雨あがりの空がとても澄んでいて、眩しくて目を閉じても。
なんだか笑えてくるような。
だからみんな、花が咲かない日を寂しがっている。
雨が降ると落ち込んでしまう。
でも雨があがり、花もきっと咲くのだ。

 蒼い宇宙(ソラ)に焦がれて、未熟な虹が始まりを謳う。
 それをかけた誰かが小さく願った。どうか、どうか――。

夕暮れ。
遊んでいた子供達のはしゃぐ声も遠くに消えて行く。
茜色。
学校から少し離れた公園の中を、長く伸びた影を引きずりながら
女子生徒は歩いていた。
ひとりで。
部活は中止になった。
怪我をした数人の部員は命に別状は無かった。

血を流していた部員も部活に支障はないという。
ふらふらと公園の中を歩く。
長く、長く伸びる影。オレンジ色の太陽。
こんな事になるなんて思いもしなかった。
自分が怪我をしたことから始まったのに。

 誰かに呼びとめられた気がしたが、もうどうでも良かった。
 友達だったかもしれない、でももう誰も居ない。

違う、誰か居た。
キイキイとブランコの揺れる音。腰かける女の子。視線。

 「アンタのせいで、誰かが傷付いた」

鋭い声。震えが起こる、止まらない。
自分で自分の身体を抱きしめるように、左手で右腕を握りしめる。

 「私のせいじゃない…私のせいじゃない!」

―― ~♪!

突如、携帯電話の着信メロディが鳴り響く。
女子生徒は心臓が飛び出そうなほど、ドキリとしてしまった。
鞄に仕舞われた、友達とお揃いだと言って買ったストラップ。
チカチカと着信のランプを点灯させている。

今の女子生徒には大好きなはずの音楽が、憂鬱を運んでいた。
鳴り止まない。繰り返す発光。

 「心配しとる人がおるね。あんたは頼るものを間違えてる。
 傷つけたヒトはまた傷をつけるんだよ」
 「私には関係ない!」

携帯電話を放り投げた。茂みの中にバサリと音を立てて落ちて行く。
機械仕掛けの音。無機質な音。
いらない。イラナイ。もう"声"はうんざりだ。

 空気が、変わる。

瞬間、揺れて、ヒュッと空気を裂く音。
女の子の傍を貫いた。鋭利な『刃』へ。

 「カタチのあるものは色へ、カタチのないものは音へ。あんたの心は、カラッポじゃ」
 「近付かないで!」

放つ。
だが当たらない、女の子は涼しい顔で、女子生徒を見下ろしていた。
空気を裂く音。見えない『刃』。隠した傷跡。

 「私は傷つけるつもりなんて無かった、だってあれだけ、あれだけ練習して
 やっと結果も出るようになって、怪我で、全部無駄になるなんて……っ!」

だが女の子は避けない。スッと、ペットボトルを取り出す。
スパーンッ!
ペットボトルが引き裂かれる、空気が弾け、水の霧が雨のように降り落ちる。

 「なら、ここで此処に終わりにしよう。私が誰も傷つけさせない」
 「なんで…なんでよおおお!」

何故当たらない!何故!何故!!
視えないはずなのに。隠したはずなのに。
女子生徒はパニック状態なのか、眼球の運動が激しく、視線が
あちらこちらを彷徨う。手の中の球体が、ぼんやりと点滅を繰り返す。

 「でも終わる変わりにやり直せるんだよ。あんたは人間なんだから」

パチンッ――

奇蹟のようなヒカリが、黄昏を貫く。円形の青空が二人に注がれる。
女の子の身体が白い光に包まれ、手には鞘に収まった『刀』
ガンホルダーのようなベルトに固定された数本のカタナがガチャリと音を鳴らす。
鋼の翼に包まれ、抜き放たれた朱色の刃に祈るように、女の子は呟く。

 「私は、アンタを斬ることしかできない」

          ◇          ◇          ◇

2012/04/25(水) 更新分


 彼女は風を感じるのが好きだった。

あの事故から数ヵ月。
陸上部での大会が迫っていたが、あの事故には自身の足に重症の怪我を負わせた。
リハビリをすれば治ると医者に言われたが、喪失感は彼女を絶望させる。
中等部最後の試合だった。
高等部でも続けるつもりだった。
この先もずっと駆け続けるつもりだった。
練習して見に付けた力が無くなる。失くなる。
不安で不安でしかたがなかった。

子供だと思われるかもしれない。
実際、子供だった。小さな世界しか知らない、未熟な子供。

 そんな時だった。

完全に傷の治っていない、ちゃんと力の入らない足でも走る事ができた。
まるで魔法のように。
自分だけの魔法に、彼女は依存するようになった。

 例えそれが、自身の両足に負担をかけていた事になっていたとしても。

いつしか"アレ"は彼女に反抗するようになった。いわゆる、暴走。
『空気を操る力』
部活中にそれは起こった。
仲間の数人が怪我を負って、彼女は、思った。

 ああこれで、楽になれる。


思ってしまった。
いつこの魔法が解けてしまうか判らない不安と、背負わされた期待。
ただ走れれば良かったのに。
自分の気持ちが恐ろしかった。ただ走って振り切る事しかできなかった。

 誰に助けを求めばいいのか、判らなかったんだ。

ああ、眩しい。
オレンジ色のブレた太陽のヒカリ。
…違う。
似ているけど違う、あれは、あのヒカリは。

 ――― 少女の見下ろす世界。
 変わらないモノを変える世界。カタチの変わる世界。
 イノチの終わりを告げる世界。
 卑屈に笑って、真っ白に消える、退屈に咲いて、真黒に朽ちる。
 熱にうなされたまま。
 命の輝き、傷の癒えない軌跡、屋上に佇む黒い影。
 呟く、笑って、笑った―――

光が収束し、女の子は刃の切っ先を女子生徒に向けていた。
振るった。
瞳に宿る一閃。ぽっかりと『穴』が開く。

 それがゆっくりと元の"カタチ"へと凝縮していく。
 無機質な球体ではなく、持ち主の感情そのままに。

コハクのヒカリを帯びた、砂時計。
女の子はそれをしっかりと箱に詰め、古びた電話ボックスの受話器を取った。


 「ふっ、ほっ、はっ」

鈴木香音は両腕を横に泳がすような動作を必死にやっていた。
自分の部屋で、何の恥ずかしさも無く。
夕飯の時間までの軽い運動、といえば聞こえはいいかもしれない。

 ぶおーん、ぶおーん。

両腕を横に振る事で微かな風力が収束し、見えない風によって壁に
掛けられたカレンダーがゆっくりと揺れている。
額から汗が滲んでいる。両目はどこか真剣だ。
少なくとも鈴木はまさに極めるかの如く「ちょうちょ」の動作をしている。
彼女の十八番だ。
得意だからこその真剣な眼差し。
それを往復数十回とこなすのだからモノマネも突き詰めれば達人の域だ。

母親は妹と一緒に買い物へ出かけている。
まだこの時間は学校で部活に励んでいるのだが、今日は顧問の先生が
不在だったため、休みになっていた。
誰も居ないからこそただならぬ集中力を発揮する。

誰かが顔を出そうと思うものなら鈴木の顔真似&両腕から繰り出される
横スマッシュによって顔を挟まれてしまう。
それとも「カマキリ」によって縦チョップが幾度となく繰り出されるかもしれない。

 たかがモノマネ、されどモノマネ。

4歳の頃から持っているクマのぬいぐるみがアフロを付けていても
それが鈴木にとっては自然であり、また愛しさを憶えるようになる。
虫に対してもそのカタチを全て記憶したうえで処理をする。
つまりはそういう事だ。


この動作に意味がなくとも、鈴木はモノマネをし続けるだろう。
そこに確かな愛がある限り。

 ~♪!

そんな何処か青春ドラマチックな音楽を流しているような雰囲気に
なっていた鈴木の耳に微かな着信音。
1階にある固定電話からだ。
誰も居ないからこそ必然と鈴木がそれを取る事になる。
さすがに電話の"音"で誰かがかけてきたのかまでは判らない。

鈴木はタオルで汗を拭きながら、その受話器を取った。

 「はい、鈴木でーす」

軽い口調で鈴木は相手に告げる。
だが声は返って来ない、静まり返るそれに、もう一度告げ返す。

 「もしもーし?」

鈴木は無言電話か?と思い、その受話器を下ろそうとした。
だがなんとなく、本当になんとなく気になってしまう。
もう一度告げ返して、何もなければ下ろそうと思い、口を開く。

 「あのーどちら様ですか?」

瞬間。

 『嘘のない現実は無い』


…?…??

 『本当の現実はあっても、嘘のない現実が無くなることはない』

突然聞こえて来た、女性の声。
宗教勧誘か?
鈴木は耳から離し、受話器を下ろす。聞いてはいけない気がして。

カチャン。――― ?

鈴木の鼓膜に"音"が響く。キインという鋭い音。
頭を揺さぶられる音、奔る音、嫌な音。
何故?
何故なら。

 『何故なら人の嘘で出来た世界だから。』

 『優しい声に人は惑わされてしまう』

 『優しい嘘に人は依存していく』

 『ねえ』

 『貴方は、本当にそこにいるの?』

ガチャン。
鈴木はビクリと反応する。
玄関から顔を出したのは妹で、「ただいまー」と声を上げた。
後に入ってきた母親が香音の姿を見て首を傾げる。


「どうしたの?電話でもかかってた?」
 「え?あ、う、ううん。間違い電話だって」
 「そう?なんか顔色悪いけど大丈夫?」
 「きっとお腹すいたんだよ、早くご飯ー」
 「じゃあ手を洗ってきなさい、香音もね」
 「うん」

スーパーの袋を抱える母親と妹を見て、もう一度電話機を見つめる。
鈴木は頭をかきむしりながら、二人を追った。
微かな違和感を端っこに押しやるように。

鈴木は気付かない。
それが受話器の向こう側ではなく、直接脳に伝わっていた事を。
鈴木は気付かない。
既に自分が"当事者"である事を。
鈴木は気付かない。
誰も気付かない。

 今から始まるのではなく、以前からずっと続いていたことを。

2012/04/26(木) 更新分


 ――― 譜久村は公園に立っていた。

ホームルームの時に彼女が入院した事を教諭から聞き、放課後
倒れていたというその場所に立っていた。
両足が酷い状態だったという。
事故で怪我をしていたという話をは聞いていた。
まだ完治していなかったにも関わらず、部活で走り続けていたのもあって
一歩遅ければ手術しなければいけなかったらしい。
だが時間をかければ治る見込みはあり、今後はリハビリをする事になる。

名もなき通報者によって彼女の人生は救われたと見えた。

 「……」

譜久村の真下には何かの欠片が残っていた。
ペットボトルのキャップ、プラスチックの破片が散らばっている。
液体はもう乾いてはいるが、その事実は変わらない。
万物の元素の一つである物質層には、人が決して見ることの出来ない思念を纏っている。
本質的なエネルギー場、アストラル・コーザル。
足跡、そして、傷跡。
膝を折り、地面に手を置いた。

譜久村の両眼がグアアアと見開かれる。
眼球を押さえつけられているような痛みに眉が歪む。
ビデオテープの巻き戻される音が鼓膜を刺激する。
ガリガリガリガリ、ザリザリザリザリ。
目がジクジクする。視線に薄紅の閃が過る。

 「くっ…」


白黒、モノクロ、揺れる影、揺れるのは、女子生徒だ。
意識が揺れる。ダメだ、まだ。
気持ちが悪い、音に酔う、色に廻る。
まだ。
まだ。

女子生徒の姿。キイキイ。ブランコ。後ろ姿の女の子。
女の子と言い合う女子生徒。ブレる、ブレる。見えない。
携帯電話。投げられる。茂みの中。
女の子の顔が逆光に照らされる。ブレる視界。女子生徒が吠える。

赤。朱。血。刃。
ガリガリガリ、ザリザリザリ。
倒れる。ぼんやりと掠れた視界。黒、闇。穴。

 オレンジ色。コハク色。
 知ってる。箱に詰めた、コハク色。オレンジ。

知ってるような気がした。

 ――― 遊園地の観覧車の前で女性が一人。
 綺麗な笑顔だった。
 まるで今にも散ってしまいそうな華のように。
 透き通る瞳。手を上げる。高く、高く、高く。指を宙(ソラ)に。
 口を開ける。大きく、叫ぶ。
 女性は満足したように静かに、風の音を聞いた―――…。

 パシンッ。


パシンッ。

譜久村の意識が戻る。
目を見開き、弾かれるように青空を仰ぐ。
晴天。今日もまた、晴天だ。

 知ってるような気がした。あの女性の事。
 とても切なくなるような、悲しくなるような、気持ちが揺れ動く。
 涙が溢れそうになって、それを乱暴に拭った。

譜久村は茂みの中を捜し回り、携帯電話を見つける。
開くと、画面には一つの留守電。
部活が中止になった事を聞いて掛けた、譜久村の着信。

彼女から話を聞く必要がある。
譜久村は彼女の居る病院へと足を進めた。

 頃合い、か。

屋上。其処は何処でもない。
其処はハシゴの上。其処は給水塔。其処はあっち側。
ポータブルプレイヤーにはイヤホン。両手にはサイダー。
イヤホンを付ける耳には静かなさざ波の音。

 街が見える、公園が見える。小さな影が一つ、事実を拾った。
 鞘師は少しだけ寂しくなかったが、しょうがないと思う。
 目玉焼きはかのんちゃんに譲るよ。想う。


夕凪。
静かな海の上を、めいっぱい羽根を広げたうみねこ
が飛んでいく。
波打ち際。光の中で。
光が眩しい、蒼い、蒼い空。
それは誰かが夢見ていた、願い。

 世界は廻る。誰かが居なくなっても、それでも。



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