『-Qualia-』


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更新記録


2012/03/21(水) 更新分


其れは斜陽。
揺れる日と、照らす陽。影の伸びた陰。
消えて、枯れて、死んで、狂って、堕ちる。

宇宙のはじっこにヒトカケラ、涙を落としていく。
弾けて消えたのは虹になるはずだった、其れ。

 本当はね、虹って丸いんだよ。
 でも見えるのは橋みたいなカタチのだけ。
 だったら、あるかもしれない。

未熟な虹の、始まりと終わり。


 *

 ―― 先客、かな。

屋上に通じるドアノブに手をかけた瞬間、少女はぽつりと呟く。
感覚のはじっこの方に、引っ掛かる何かがある。
多分、誰かがすでに屋上にいる、これから少女がしようとしているように
立ち入り禁止の張り紙を無視した誰かが。

がちゃこん。
重い鉄鳴りのするドアを開く。
春色のあたたかい風が少女の黒髪をすべって、通り過ぎて行った。
ここは中等部の東側の校舎の屋上だ。
彼女のクラスは南側にあり、ここまではけっこう距離がある。
とにかく広い校舎の中で、わざわざこっちの棟の屋上を選んだのは
ただの、彼女のなんとなくだったのだが。


 「誰もいない、のかな」

人影はない。気配もない。
屋上は、バレーでもバスケットでも余裕でできるくらい広々としている。
背の高い金網に囲まれていて、よじ登って行けないようになっていた。
例えそれが出来たとしても、待っているのは空中と、鉄線。

 「まあ、いっか」

少女は進む。目の前に見えるのは、非常用の給水塔。
よいしょ、よいしょ、どっこいしょ。
少しおばさんのように心の中でタイミングを数えながら、スリッパ履きの
上靴のままスカートを風にひらひらはらはら。
誰かが見るわけもない。
給水塔にかけられたハシゴをよじ登り始めた。
軽やか、とは言えないのは彼女も少し自覚している面ではあるが。

 かつんこつんかつんこつん。

すると。

 「やっぱり、居るじゃん」

給水タンクの上は、狭めの六畳ワンルームくらいのスペースになっていた。
そこにひとりの女の子が―― 寝ている。
タンクに寄りかかるようにして、すやすやぐうぐうと。
だが少し不思議になった、彼女の制服はここの生徒のものではない。
起きてたなら対処ができたものの、一向に目覚める兆しを見せない。

 「あのー、もしもーし」


諦めて別のところに行っても良いのだが、不思議、変な女の子
を無視できるほど薄情なことも出来ない。
ふと、女の子の腹の辺りから微かな音が聞こえた。
少し最新のポータブルプレーヤー。
そこからコードが伸びていき、女の子の長い髪に隠れている。

少女はそろーと、それに手を伸ばす。
瞬間、女の子の瞼がパチッと開き、ぐあっと顔を上げた。

 「うわわっ」

ビックリした、少女は心の底からビックリした。
まるでバネでもあるかのように変な女の子は起きあがったからだ。
俊敏な動きではあるが、寝ぼけているのか、まだ身体を左右に揺らしている。
唸っている、ウンウン唸っている。

 「あ、あーのごめんね、なんか音楽鳴ってたみたいだから止めようとして。
 でも起きちゃったから叫んじゃって、とにかくごめんねっ」

謝罪する少女に気付いていないのか、女の子は眠そうに瞼をこする。
そしておもむろに髪を掻き上げると、耳からイヤホンを外した。
そしてあー寝たなーみたいな顔で伸びをして、ハタ、と視線をこちらに。

全ての動きをし終えるまで、少女はただその光景を見ていた。
そして女の子の第一声を待つ。

 「……サイダー」
 「さ、さいだー?」


そう言って、変な女の子はよっこいしょっと立ち上がって、少女の隣を
通り過ぎ、ハシゴを下りようとする。ぶつぶつ呟く姿が怖い。
だが寝ぼけているのか足取りがおぼつかない、スカスカとハシゴが
掴めないのはそうとう重症だ。

 「あ、あーサイダーね!分かった!私が買ってくる!」
 「え?」
 「私が買ってくるから、ねっ、ここに居るんだよ、良い!?」

少女は女の子を元の位置に戻すと、ハシゴをがしがし降りて行く。
しばらくするとバタン、と遠慮気味にドアがしまる音が響いた。
女の子は溜息をはき、ふと思う。

 「……誰?」

 ガシャン。
 しばらくの後。また、屋上のドアが開いた。



 「―― って、あたしの学校で自販機なんてないじゃん」

少女―― 鈴木香音は階段を下りてすぐ南側に曲がって全力疾走したあと
壁に手を置いて反省した。
東側はほぼ実習でしか教室を使わないため、誰も居ない。
彼女の姿を見つけるものもいなければ、慰めてくれるものもまたしかり。

 「しかもお金自体持ってなかったよ…」


というか何であんな風に頼み込んでしまったのか。
あの変な子だって自分に頼んできた訳じゃない。
訳が分からなくなってこっちがお願いする始末だ。
自分の挙動不審に恥ずかしくなる。

 「あー喉乾いた…」

考え付いた結果、鈴木はもう一度戻る事にした。
少し脱力した身体を持ちあげるのが億劫だが、一歩一歩足をあげ、登る。
ようやく見えたドアに手をかけてあけた途端―― 耳を付く微かな声。

 「この声って…」

ああまたか。鈴木は扉の隙間から覗くと、歪んだ黒を見つめる。
それはきっと彼女だけが見えるモノだ。
聞こえる声のイメージをこうも禍々しく見せつけてくれる。

タイミングが悪いなあ。
後悔した所で、あの黒い影が消えることはない。
聞きたくないのに、聞けと言われているような感覚。

 彼女も見てるんだろうか、少し思って、聞こえる音にゾッとした。

          ◇          ◇          ◇

2012/03/22(木) 更新分


数人の女子生徒だった。
計四人の女子生徒達は鈴木、そして女の子が身を潜めているはずの給水塔から
少し離れた場所に、ゆっくりと歩いて行く。

金網に突き当たったところで、先頭を歩かされていた一人が後ろの三人を振り返る。
三人に何かを言っているその女子生徒は、明らかに怯えていた。
視線が定まらず、微かに震えている。
向き合う三人の真ん中に立つ女子生徒がにっこりと微笑み。

 パンッ。

乾いた、音。
風に乗って、鈴木の耳まで届いてきた。背筋が少しだけ震える。
手で頬を押さえて、地面にうずくまる女子生徒。
上履きや制服のリボンの色を見れば、鈴木と同学年だという事が分かる。
合図のようにして、取り巻き二人が呟く。

 「なに逆らってんの?バーカ」

一人が女子生徒の髪の毛を引っ張って、赤く腫れた頬と
痛みと恐怖で歪んだ顔を見て、ゲラゲラと笑いだす。
気味の悪さにげんなりした。
イジメかっこ悪いよ。―― ぽつりと、鈴木は思う。

 「あんた達なんか……っ!」

頬を手で押さえ、女子生徒が嫌悪した目で吐く。
それに対して苛立ったのか、制服の襟元を掴んで無理やり立たせる。


 「文句があるならデカイ声で言いな」

取り巻きに女子生徒は成す術もなかった。
だが鈴木は聞いた、何か微かに、呪文のようなものを。
ぶつぶつと、それは憎悪を篭めた、不気味な響き。
取り巻きはその異常さに気付いていない、だが鈴木は感じていた。

グチャグチャにしてやりたいという、あの三人よりももっと強い、どす黒い色。
以前はあんなモノは無かったのに……そんな時だった。
背後の階段からバタバタと登ってくる足音、ヤバイと思って咄嗟に
掃除道具入れのロッカーに身を隠す。

 「ちょっと、アンタたち!」

また女子生徒だった。
長い髪を耳にかけた彼女は四人の間に割って入って行く。
苛立つ表情でリーダー格の女子生徒に噛みつく。

 「何やってんのよ!」
 「別に、ただ遊んでただけでしょ?」

悪びれる様子もなく、しれっとした風に言った。
取り巻き達も同意するように「そうそう」と賛同する。

 「こんなこと、許されると思ってんの?」
 「あれ?もしかして一緒に遊びたかった?ごめんねー仲間はずれにしちゃって」
 「ふざけんな!」


彼女がついに怒鳴り返す。
それでも三人は悪びれる様子もなかった。
リーダー格の女子は彼女と、まだうずくまって泣いている女子生徒に
背を向けて、出口へと歩き出す。髪が優雅に踊っていた。
そのうしろに二人がつづき、ガチャン!と開けられ、閉められる。
その鉄鳴りがやけに耳触りに響いた。

 「大丈夫―― 」

泣いたままの女子生徒に駆け寄り、頬の状態をみようと手を伸ばす。
だが。

 「―― ほっといてって言ったでしょ!」

差し出された手を拒んで、なおかつ彼女を押しのけた。
思いのほか強い力で押され、彼女はバランスを崩して転んだ。

 「あ……っ」

とっさに声が漏れ、彼女に近寄ろうとしたが、動揺しているのか
視線をきょろきょろと這わせる。

 「……ホントに、もういいから!」

そう叫んで、彼女の横を走って屋上から出て行った。
呆然と、ひとり残された彼女が立ちあがり、誰もいなくなった屋上で
途方に暮れた。

やがて、彼女もその場から立ち去ると、掃除道具入れのロッカーから
鈴木が顔を出し、思いっきり息を吐き出した。


 「ガハッ、はあ…この中、くっさーい…」

カビの匂いと鉄錆の匂いにダウンしながらも、鈴木は再び、ドアを開ける。
給水塔のハシゴを登って、居る筈の影を捜す。
途端、鈴木の上に影が落ち、ふと見上げる。

 ―― 目だ。
 どう表現すればいいのか判らない。
 顔、鼻、口、頬、輪郭、その中で一番印象強く見えたのが、目。
 背筋に悪寒が走る。
 何だあの目は。
 空を見上げる目が、何かを見据えている。
 青、蒼…あお…?違う、あれは、あの対称的な眼差しは。

イヤホンのコードが風に揺れている。スカートが揺れている。
髪が揺れている、それでも視線だけはブレない。
ポータブルプレイヤーを両手に添えて、唇が微かに動き、何かを呟いている。
鈴木は耳をそばだてる。
何か今、聞こえたような気がした。
想像を越えた何かが、変な女の子の口から。



 ―― ビビビビビビビビビビビビビビビビビビビ。

言っていた。イっていた。蝉?蝉なの?
虫のモノマネなら私だって…じゃなくて!
鈴木は叫んだ。

 「―― う、宇宙人だったのか!」


思わず出た彼女の心の叫びはそのまま言葉になり、声になり、風に乗り
溢れんばかりの思いを乗せて変な女の子に届く。
見下ろす視線、お互いがお互いに釘付け。
誰か釘抜きありませんか。
結果。


 「ぐすん」
 「泣きたいのはこっちの方だよ!」

明らかに嘘泣きの女の子に突っ込む鈴木。
同時にカチッと、ポータブルの停止ボタンが押される。
終わって、始まる音。
ゆるやかなはずなのに、二人の出逢いは―― 荒れていた。

          ◇          ◇          ◇

2012/03/24(土) 更新分


変な子の名前は鞘師里保。当たり前だけれど、地球人。
現在絶賛サイダー中。
というかあるなら先に言ってくれ。
心の中で突っ込んでいる理由は、鈴木もまたサイダー中だった。
何処に仕込んでるのか判らないが、それほど好きだっていうのは分かった。

しゅわしゅわー、ぽん!

赤面するなら言わなくてもいいのに。
喉が砂を食べたように乾いていた事で、鈴木もがっつりと飲む。
青空の下で飲むジュースはなんて格別な事か。
くふ、と、口内から込み上げるものを押さえた。

 「ここで寝るなら厚着しないと風邪ひくよ」
 「寝てないよ」

頬に跡をつけたままで何を言うか。
鈴木は鞘師の存在をどう認識すればいいのか少し迷う。
年齢が同じという共通点だけが救いと言えるか。

 「りほちゃんってどこから来たの?ここの生徒じゃないよね?」
 「うん」
 「その制服とか見たこと無いよ、もしかして転校してきたとか?」
 「それに近いかな」
 「頭良いの?」
 「かのんちゃんがどれくらいなのか分かんないけど」
 「あたし?あたしはねー」

手を振って耳を貸せとジェスチャーする。
鈴木の言葉を聞いて鞘師はコロコロと笑った。
そんなに笑える成績でもなかったんだけどと呟いた時も、鞘師は笑っていた。
笑い過ぎじゃないかね君。

 ここの生徒じゃないならなんで屋上にいるのかとか。
 というかどこから入って来たのかとか。
 いろいろと質問することは山ほどあったが、まあいいかと投げ捨てる。

サイダーを片手に談笑ってか。
春になったばかりのこの季節に、だが日差しを浴びる
サイダーの瓶がこの上なく眩しく見えた。

 「でもさっきの子達よりかのんちゃんの方が頭良いと思うよ」

やっぱり見ていたらしい。比較対象に納得がいかないが。

 「…さっきの人達さ、数日前から急にあの子の事いじめるようになったんだ。
 あたしは学校が違うから詳しくは知らないんだけど、同じ学校だって聞いたけど」
 「そうなんだ、つらいね」

さっぱりとした言葉。
ただ鈴木自身も、この話をした所でどうにか出来るものでもなかったし
その後に続く言葉さえも出てこなかった。
サイダーを飲みほしたあと、鞘師はぐっと背伸びをする。

 「でもさ、助けてくれる人がまだいるなら大丈夫だよ」

鞘師が言うのは、彼女のことだろうか。
あの二人も、最近はどこかギスギスしている。
教室を戻る前に、となりの教室をのぞくと、イジメにあっていた
女子生徒がうずくまるように机に伏せっているのを見たことがある。
それを、彼女がじっと見つめていて。
他の生徒たちには、なんのへんてつもなく、いつもの光景で。

 たくさん絡まる"色"の中で、女子生徒だけが孤立していた。

もしかしたらその異変に気付いていたのは、鈴木だけだったのかもしれない。
だけどどうすればいいのか判らなくて、ただ見てる事しかできなかった。

 「じゃ、そろそろ行くね」
 「へ?」
 「そろそろチャイムも鳴るみたいだし、かのんちゃんも戻った方がいいよ」

そう言って、鞘師はハシゴを降りようとした。
ふいに鈴木は声をあげようとして、止める。

 ―― 明日も会える?なんて。

彼女は淡々と降りて行くと、手を振る。鈴木も、振る。
残ったのはサイダーの瓶が一つ。
それを飲み干し、眩しい青空に向かって鈴木は仰ぐ。

 「……変なの」

カラン、ビー玉が瓶に当たって反響した。

          ◇          ◇          ◇

2012/03/26(月) 更新分


―― 夜。半分の月が空に浮かんでいる。
半分は笑顔で、半分は見えない。もしかすると泣いてるのかもしれない。

月の光を避けるように、暗闇の中を影が動いていた。
時刻は、とっくに深夜零時を過ぎて、あたりは静まり返っている。
遠くで鳴る救急車のサイレンの音と、それに反応して吠える頭の悪そうな犬。

 影は、とある建物の中に身を隠し、この時間になるのを待っていた。
 この学校から、誰も居なくなる時を。

警備員が見回りに来たが、適当にライトを照らしただけでいなくなってしまった。
心臓が今にも飛び出してきそうなほど、激しく脈を打っていたが、何故か
嫌な気分では無い。
むしろ、これから起こることを思えば、心地が良い気すらしてくる。
興奮を抑えきれない。
影は薄ら笑いを隠しながら、校舎の裏手にあるグラウンドに出た。

 「おっそーい」

昼間屋上に居たあのリーダー格の女子が叫ぶ。
当然、その傍らには取り巻きもいる。

 「わざわざこの時間に出てくるのに苦労したんだからね」
 「あんたのためにこっちがチョー努力したんだからさあ」

二人は下劣にゲラゲラと笑う。

 「盗ってきた?」


笑い声に楽しそうな微笑みを浮かべて、リーダー格の女子が訊ねる。
影は無言で、ゆっくりと首を縦に動かし、脇に挟んでいた封筒を取り出す。
傍らの二人が、堪え切れずに吹き出した。

 「ギャハハハッ、ホントに盗ってきやがったよコイツ」
 「バッカみたいっ、別にいらないのにね、そんなモノ」

封筒の中身は来週のテスト問題のプリントだった。
言葉を浴びせられた影がうつむきながら、肩を震わせて。

 「あんた達が盗めって言ったんじゃないっ。消しゴムとかノートとか
 お金やサイフまで全部、全部あんた達が私にやらせたことでしょっ?」
 「静かにしなよ、見つかるよ?」

口元にへらへらとした嘲り笑いを浮かべたまま。
取り巻きの一人が笑いながら言った。

 「別にいいじゃない。あんたは最初から『万引き犯』なんだから。
 今更モノが増えただけで、結局犯罪者でしょ?」
 「違っ…私は盗もうなんて…」
 「あらおかしいわね、ちゃんとカバンに入れてたじゃない、お店の商品をさ」
 「入れるつもりじゃ…ただ…」
 「ただ?魔が差したとか?アハハ、だからバカだっつーの!あっはっはっは!」

げらげらげらげらげらげらげらげら。
笑う、笑い続ける、馬鹿だ、阿呆だと罵り、嗤う。

 「うるさい…うるさい…!」

影は、大粒の涙を流す。


 「あんたの事はずっと前から目ざわりだったんだよねえ。
 小学のときから変にモテてたし、マジうざっ」

リーダー格の女子は、逆恨みと妬みで影を―― 女子生徒をイジめていた。
偶然コンビニで、魔が差して商品を万引きしようとしていた彼女を見つけたのがきっかけ。

 「言うことを聞けば、黙っててもいいよ」

それからさも当然のように女子生徒に盗みを働かせた。
別にそれがほしいという訳でもなく、お金に困っていた訳でもない。
ただ、面白がっていただけ。
女子生徒をまるで人形遊びに利用していただけだった。

 「黙れ…黙れぇ…っ」
 「なに?ぜんぜん聞こえないんですけどお~?」

げらげらげらげらげらげらげらげら。
ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ。

 「―― !」

そんな中、闇の中から声が鳴り、彼女が走ってきた。
女子生徒の名前を呼ぶ。心配したようにその表情は歪んでいる。

 「ケータイもつながらないし、あなたのウチに電話したらまだ帰ってないって…。
 まさかとは思ったけど、またアンタ達?」
 「またオマエかよ、まさかストーカー?マジうざいんだけど」
 「…っ、ねえ帰ろう?お母さんも心配して」
 「うるさい…うるさいうるさいうるさい!」


彼女の言葉を遮るように、女子生徒は叫ぶ。様子が徐々に異変を見せる。
右手のひらをゆっくりと広げ、そこには黒ずんだビー玉のような球体が一つ。
人の手によって研磨されているのか、精密な紋様が刻まれている。

月の光を吸いこんでいるように、球体が鈍く光を映す。

 「アハハ、アハハハハハハハハ!」

女子生徒の笑い声。涙を溢れさせて、絶望的に哀しい眼で、鬱る。
リーダー格の取り巻きは不気味の悪さに気付かない。
彼女もまた、だが女子生徒に近付いて不安を荒げる。

 「どうしたの!?ねえ!」

女子生徒の持っていた球体が、歪む。
歪んで歪んで、夜には眩しいくらいに奇抜な紫色の。

 「なんだよオマエ…なんなんだよ!」

一瞬。
彼女につかみかかろうと、さらに近付いていった取り巻きの一人が ――

  ―― バクンッ。

消えた。あっさりと、その身体を消して行く。嫌な、不気味な、異様な音と共に。
もう一人の取り巻きの姿が消えた時、リーダー格の女子が異常にようやく気付く。

 「ど、どうなってんの!?なにが…だ、誰か……ヒッ!」


女子の声が、ひゅっと詰まる。
空気が途中で詰まって、心臓が肋骨と皮膚を突き破るような衝撃。
目の前で起きている出来事を拒むことしか出来ない。
だが、それを許す気は毛頭ない。

 女子生徒の足元から浮き出る影―― 紫模様の大蛇が大口を開けて
 地面ごと、女子を丸ごと呑み込んだ。

狂笑が響く。嗤う、嗤う。

 「な、なに、してるの…なにしてんのよ!ねえ!」
 「何をしたって?」

恐怖で表情を強張らせながら、彼女は悲鳴のように叫ぶ。
瞳孔が開きっぱなしの視線が、ぎょろりと向いた。

 「消したんだよ、そう、消したの!目障りなヤツは消えればいい!
 そう…みんなみんな………アンタもね」
 「………え?」

バクン。不気味な音。大蛇に喰われた、咀嚼音。

 「アハハハハハハハ!ほら消えた!友達だとかふざけたこと言って!
 昔からそう!頼んでもいないことをやって、それで誰かにほめられてさ!
 なにも考えなかったでしょ?私の気持ちなんて!でももう良いの、もう…くは、ははは」

狂い嗤う。
愛でるように紫色の大蛇にしがみつく。自身の歪みを愛でるように。
女の子は―― そんな彼女に対して冷ややかな視線をぶつけていた。

          ◇          ◇          ◇

2012/03/28(水) 更新分

827-831

惨めだ。惨めだ。惨めだった。惨めだった。惨めで。惨めで。
あんなヤツらにイジメられて、大人しく従って。
友達なんて名前ばかりの偽善者に哀れに思われて。
イヤ。
私を見るな。目の前から消えろ。
みんなキエロ。
メザワリダ。
―― このコもまた、私と同じなんだ。
アメジストのような紫色のバケモノ。未来を掴むのは自分のチカラで。
生まれ変わるために。
未来を変える為に。私の未来にアイツらは必要ない。
チカラを貸してくれる、人間では無いけれど、人間じゃなければ
未来を掴めないなんて嘘っぱちだ。

 闇だ。暗い。でも―― 満たされてる。

くはは、ははははははは!


 「…―― 消えたら、どうなるの?」
 「な…!?」

彼女が振りかえる。そこには女の子が居た。記憶にはない顔。
だが誰も居ないはずだ、自分で校舎中を見た限りでは誰も。
もしかして紛れ込んだのか?この学校に。
どうする、どうするどうするどうする。

 「今度は、ヒトリだって受け入れられずに泣く羽目になる」


ぐあっ。彼女の両眼が見開かれる。
大蛇が動いて、女の子を呑み込んでしまおうと大口を開く。
そうだ、もう考える必要は無い―― 必要がなければ、消すまでの事だ。

 「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

吠える。
だが女の子は、大蛇の巨体が重力を無視してものすごい速さで
襲ってくるのを、ひらりと簡単にかわした。

 !!?

ズガアアアアアアアン!
怒号のような轟音を響かせて、大蛇は彼女を巻き込み
地面を抉りながら校舎の手前ギリギリで動きを止める。
そして女の子は片腕を天高く、半分の月に刺さるように掲げ、指を。

 パチンッ――

フィンガースナップ。
奇蹟のようなヒカリが、闇を貫く。円形の青空が二人と一匹に注がれた。
突然のことに、有り得ない光景に大蛇が、彼女がひるんで動きを止める。

 女の子の身体が白い光に包まれ、光が弱まって行くと女の子の
 手には鞘に収まった『刀』が握られていた。

同時に、他にも数本のカタナが、腰や背中に現れたガンホルダー
のようなベルトにガッチリと固定されている。―― まるで鋼の、翼。
鞘から引き抜かれたカタナは朱色の刃をしていた。

 ――――――…ガアアアアアアアアアアアアン!


大気が、音を絶つ。
その瞬間、地面が轟音を鳴らして裂け目を作ったかと思うと
大蛇の巨体が横に引き裂かれた。
大蛇の両眼が大きく見開かれ、闇に浮かぶ半月が視界に入る。
だが届くはずもなく、半分になった体躯は竜になれず、無惨に叩きつけられた。

と。
大蛇の裂け目から何かが吐き出される。
イジメっこ三人組と彼女の友達、外傷はなく気を失っているだけだった。
大蛇が形を保てずにしぼんでいき、小さな球体に戻っていく。
それにカタナの切っ先を向けた。

 「やめて!それが無くなったら私…!私はただ…っ」

横からの懇願の叫び。
爆風に飛ばされてひざまずき、成す術のなくなった彼女が映る。

 「サイコーにひどい顔しとる。あんたをイジメてたヤツらと同じじゃ」

どこかの訛りをきかし、だが女の子は鋭く突き立てる。
彼女の眼から大きな雫がボトボトと落ちて、弾く。

 「結局、自分の代わりを探してるだけだよそんなの」
 「しょうがないじゃない!だってアイツらが…!」
 「逃げるチャンスなんていくらでもあったと思うけど」
 「…っ」
 「あんたは一番、多分この人達よりも一番分かってるはずなんじゃ。
 知らないフリなんてしてたらそんなの、誰だって辛いに決まってる」
 「ああああああァ…」


声が鳴り、音が響き、不思議なほど透明で。
彼女はただ泣いている、現実を受け止めるには時間がかかるだろう。

 女子生徒が一番心の中で抱いているのはイジめられた事でも
 彼女に対しての妬みでもない、分かっているからこそ。
 分かっていたからこそ、どうしようも無くなっていた自分に対しての、後悔。

それを解決すべき答えを女の子は持っていない。
だけど女の子に出来るのはただ一つだけ。

 「でも同じくらい、あんたは一人じゃないことも知ってる。
 もう、気付かないフリをする必要もないじゃろ?」

女の子はカタナを振るった、瞳に宿る一閃。朱の閃。
黒ずむ球体からモヤが覆ったかと思うと、ぽっかりと『穴』が開く。

それはきっと、心の穴だ。



 ――― 駅のホームで女の子が一人。
 虚ろな視線には線路。
 ホームに滑り入る電車に、自然と身体が揺れた。
 風が誘う、イザナウ。
 見えたのは人工の光、だが逆からもまたヒカリ。

 優しいヒカリに誘われ、女の子は想う―――…。

          ◇          ◇          ◇

2012/03/30(金) 更新分


ガチャ。

扉が開かれる音。重い鉄鳴りのするドアを開く。
春色のあたたかい風が少女の黒髪をすべって、通り過ぎて行った。
人影はない、気配もない。
でもこの前にもあった、感覚のはじっこの方に引っ掛かる何か。

非常用の給水塔までハシゴで上って行く。
よいしょ、よいしょ、どっこいしょ。
スリッパ履きの上靴のまま、スカートを風にひらひらはらはら。
すると。

 「何だ、今日もいるじゃん」

鈴木はそう言って、手に持っていた袋を地面に置く。
鞘師はぽかぽか陽気に負けたのか、またすやすやぐうぐうと寝ている。
何処となく自分の基地を占領されてるような気分になって少し
ムーとした顔をしていたが、溜息を吐いた。
と。

 「ん…かのんちゃん?」
 「いくらあったかいからって防寒具くらい付けなよ。はいこれ」
 「……?」
 「飲まないの?じゃああたし飲むけど」
 「ダメ。絶対に飲まないで」
 「じゃあどーぞ」

鞘師は開けられたサイダーを眠気眼で口に含んだ。
刺激に微かに表情が歪むが、うんうんと納得する、美味いと言いたいらしい。

 「ここに来るときに、あの子に会ったんだけどさあ」
 「誰?」
 「…ここでイジめられてた子。元気がないのはいつもの事だったんだけど
 なんかね、雰囲気が変わったっていうか、嫌な感じがしなくなったっていうか」
 「へえ」

鈴木の聞いたあの憎悪の色。異常な感覚。
それが彼女の背中から殆ど消え失せていた。
そして教室の前にはあの彼女が、その姿を待っているのも見つけた。

 「でもきっと、楽にはなってないんだろうなって。
 あーあ、なんであたしがこんなこと考えてんだろ」

鈴木とは一切関係のない、ただ同学年というだけの事だ。

 救おうなんて思っても無いクセに。
 気付かないフリして、楽になりたくて、鞘師にこうして話を振っている。
 でも自分ができることなんてたかが知れていた。

もしも自分の立場がイジメられっ子なら、誰が助けてくれるんだろう。

 「かのんちゃんってやっぱり頭が良いね」
 「何が?」
 「頭がよくなかったら他人のことなんて考えないよ。
 あとはうん、きっと良い人。面白いし、楽しいし」
 「…ありがとうございます」
 「どういたしまして」

サイダーを一口。
しゅわしゅわと刺激を与える不思議なジュース。
お酒は飲めないけど、何処か大人になったような感覚にさせてくれる。

 「りほちゃんってしっかりしてるのかなんだか分かんないね」
 「そうかな」
 「そうだよ、何か悩みとかないの?」 
 「んー…サイダーの博士になりたいなあ、とか」
 「悩みなんだ」
 「うん」

でも現実の自分は、まだ中学生だった。
分からない事があって当然だし、それを悩んだところでこの先も
別のことで悩み始めるだろう。

何も解決してないが、きっと、これから少しずつ知る事になるんだろうか。
大人になって、なんでも受け止められるような、そんな、"未来"。
変われる未来を掴めるかどうかは、自分次第ってヤツ。

 「よし、じゃあ一気飲み対決しよっ」
 「ヤダ」
 「えー」
 「しっかり味わなきゃダメなの」
 「分かったよお」

立ち上がる鈴木を止める鞘師は真剣な表情で言い、渋々頷くしかない。
その時、鞘師の服から何かが飛び出した。
カタンと、小さな箱の落ちた拍子に蓋が開いた状態になる。

 「あ、りほちゃんなんか落ち」

鈴木は箱を拾い上げようとした。
その中身が見え、鈴木の両目は釘付けになる。
布で包まれたアメジストのヒカリを帯びた、ガラスレンズ。

 ――― 駅のホームで女性が一人。
 虚ろな瞳に溜められた大粒の涙。
 闇の中、電灯一つ、やってくる電車は見当たらない。
 待っている、誰を?誰かを、でも分かっている。女性は。
 待ち人が来ないことを知っている。
 涙が一つ、堕ちた。あじさいの花の様に。
 女性の口が震えて、言葉を零した―――…。

 「かのんちゃん」

ドキッとした。別に鞘師に抱いたものではない、彼女に肩を
叩かれて意識が戻った、その反動だ。
え、あ、えと、どもる鈴木の手から鞘師はレンズを取り、箱にしまう。

 「かのんちゃん、虫のモノマネやってよ」
 「へ?は?」
 「上手いんでしょ?ほらやってよ」

唐突に何を言うかと思えば、だが鈴木も嫌という理由が
なかったので、彼女のリクエストに応える。
手を動かし顔芸を披露すると鞘師は面白いぐらいに笑ってくれた。
大爆笑だ。
手に持っているサイダーが揺れて中で跳ねて飛び出しそうになっている。
春の風に髪を撫でられながら笑い声も流れて行く。

 これがきっと始まり。
 この"世界"とか、二人とか、皆とか、誰かの願いとか。
 虹の果てに辿り着くのはまだ、遠い。