『きみのいるばしょ』


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違和感のある左足を知らず知らずのうちに庇っていたらしい。
歩き方がおかしかったようだ。

愛に、どうしたんや?とその足を指摘され気がついた。

「なんか痛いような痺れるような変な感じなんです」

日が経てば治るだろうと思っていた。寝ているうちに打ったとか、軽く捻ったとか。
行儀が悪いとは思ったが、靴と靴下を脱ぎ椅子の上で三角座りをして弁解しながら、違和感のある左の踵あたりを撫でた。

「見た目ではどうもないんですけどね」

愛が調理場から出てきて愛佳の隣の席へ腰を下ろす。
そして愛佳が乗っている椅子を自分と向かい合うように引っ張り動かした。
反動で愛佳の身体が揺れる、支えるために思わず愛の肩を掴んだ。

「腫れてる、とかではないんやの」

愛の手が愛佳の足を柔らかく掴み、違和感があると訴えるその場所を撫でた。

「感覚はあるんか?」

踵の輪郭を愛の指先がなぞる。
確かに、触られている。愛佳は頷いた。

「1回さゆに見てもらえばよかとやん。もうすぐ来るっちゃろ」

夕方に向けて材料の仕込み中だろうか。
れいなの手元は小刻みに動き、まな板と包丁が当たる小気味のいい音を響かせていた。

「いやいや、きっと明日には治ってると思いますし」
「またそうやって無理するー。いつから変な感じだったのさ」

カウンター席にいたはずの里沙がいつの間にか愛佳の向かいに腰を下ろしていた。

いつから、そういわれると結構長いかも。
思い返したがさすがにそれを口にすることは出来ず、一昨日くらいですかね、と言おうとした矢先

「結構長いこと変なんやと」

愛がちょっと怒ったような口調で言い、愛佳の頭をスコンと叩いた。
読まれた!!

「読まれた、ちゃうが。アホ」

再び落ちるげんこつ。
目の前で暴力事件が起こっているにもかかわらず、里沙は止めるどころかニヤついた表情で愛佳を見つめている。

「みついが叱られてるなんてめずらしーねぇ」
「いけー!愛ちゃんもっと叱ったれー!」

ガヤが入る。どういうことだ。なんて薄情な先輩たちだ

「ホンマにあんたは。もっと自分のこと大切にせんとアカンやろ」

愛佳は3度目のげんこつに備えて頭を両手で守った。
だが次に降って来たのは温かな掌で。頭を守る腕を柔らかく撫でられる。
恐る恐る視線を上げると、怒ったような呆れたようなそれなのに優しくも見える、そんな表情をした愛と目が合った。

「もうすぐ来るさけ、さゆにみてもらい」
「でも」
「でもやない」

滅多に聞かないドスの聞いた声で愛佳は怯んだ。素直になるしかないのか。

「…はーい」

俯いて返事した頭にポン、と掌を乗せられる。そのあとぐしゃぐしゃに撫でてから愛は席を立った。
その瞬間を見計らったかのようにカウベルが鳴り、リゾナントの扉が開けられる。

「おあよーさゆ。ちょっと愛佳みたって」
「こんにちはの方が正しいけどね、愛ちゃん。てゆーか、突然意味わかんないよ」
「わー!ガキさんが愛佳ちゃんの前にいるー!もしかして叱られてんの愛佳ちゃん」
「ちょっとカメ。あたしが前にいると叱ってるってそれどーゆーことよ」

さゆみと絵里が連れたって現れた。
検査入院から帰ってきた絵里は楽しいものを見つけたかのようなキラキラした目をしていた。

「―――なるほどね。それではさゆみ先生が診てあげましょう」

愛から事情を聞いたさゆみが愛佳の隣に腰を下ろす。椅子に乗せられた左足に手のひらで触れた。

「さゆみせんせーって響き、なんかヤらしいよね」
「そんな事思うのはカメだけだと思うけど」

里沙の隣に座った絵里が肩を揺らす。そんな様子を気にすることなくさゆみは愛佳の左足に意識を集中させた。
足に触れるさゆみの手から淡いピンク色の光が放たれる。

「改めて見るとなんか不思議っちゃねー」

相変わらず手を動かしながらもさゆみの能力に力を足していたれいなが声を上げる。
考えてみればこうしてさゆみの能力をまじまじと見るのは珍しいことだった。
いつも戦闘で傷ついている時か、切羽詰っている時が多い。


「…うーん、どうだろ。」

光が消える。さゆみは首をかしげながら愛佳の足を撫でた。

「ちょっと歩いてみて」
「はい」

そっと足を床につける。右足で一歩、そして左足。2度ほど同じ動作を繰り返す。

「アカンな。やっぱ歩き方いがんどる」
「目に見える傷じゃないからむずかしいの」
「びょーいんですね」
「病院いきっちゃね」
「今日中に連れて行くからね」
「保険証もっとるか?」
「はい、愛佳ちゃんのお財布の中に確認しましたー」
「ちょっと亀井さん勝手に出さんでくださいよ!」
「さ、みついー靴下と靴はくー」
「絵里の行ってる病院でも大丈夫なんか?」
「いけますよー。整形外科ありますから」
「愛佳ちゃん大人しく準備するしかないの」
「なんか愛佳がこんな状況…ウケるんっちゃけど」

がやがやと騒ぎながらも愛佳の病院行きの準備は滞りなく整った。

「仕方ないから絵里ちゃんが付いていってあげるよ」

何故か嬉しそうに絵里が愛佳の腕に絡みつく。


「行くで」
「はーい」
「…行ってきます」

愛佳の珍しくぶーたれた声のあと、3人は黄色の光に包まれ消えた。


「よくよく考えると、あたし達の能力って便利だよね」

里沙の呟きにさゆみとれいなが頷いたその時、二人を送り届けた愛が戻ってきた。

「ほんっとに便利だわ」
「ん?」
「なんでもない。愛ちゃんカフェオレおかわり」
「はいよー。さゆはなんか飲む?」
「抹茶オーレ!」
「最近そればっかりやね。ほな、2人戻ってくるまでティータイム。れーなも休憩しよ」
「そうやね。れーなはモカがいいと」


空がオレンジ色に染まった頃、絵里は本日2度目となる病院からリゾナントへの道を歩いていた。
暢気に鼻歌なんかを歌っている。手にはボストンバッグではなく、車椅子のハンドルを握っていた。

「すんません、亀井さん」

愛佳が申し訳なさそうに首だけで振り向く。足には白く分厚いギプスが巻かれていた。
車椅子にちょこんと座る愛佳。本当は松葉杖でもよかったのだが『付き添いの保護者』として絵里が断固拒否した。
『愛佳ちゃんは無理しちゃう性格なんで、マシになるまで松葉杖を与えないでください。
 絶対使いませんよ、ケンケンとかしますよ、この子。だから車椅子にしてください』
いつの間に精神感応を覚えたんだ。思わず絵里を見上げた時、彼女の口角は得意気に上がっていた。


「疲労骨折だなんて絵里初めて聞いたよ。ぽきって折れるだけが骨折じゃないんだねー。」
「愛佳も初めて聞きました。こういうのも骨折なんですね」
「じゃぁ愛佳ちゃんは左足ばっかり疲労させてたってことなの?」
「いや、よーわからんけどそれは違うと思いますよ」

絵里と喋りながら愛佳はきょろきょろと辺りを見回す。目線の高さが変わるだけで、こんなにも景色が違って見えるのか。
見慣れた道に新しい発見。そして、少しの不安。この道を一人で車椅子を漕ぎながら行き来しなければいけないと思うとぞっとした。

「はーい、とうちゃーく。みんなびっくりしちゃうだろうね」

カウベルがちりりん、と鳴った。絵里がリゾナントの扉を開けるより早くそこが開き、二人は一瞬動きを止めた。

「オカエリなさい」

出迎えてくれたのはジュンジュンだった。絵里が愛佳の乗った車椅子を押して店内に入る。
仕事終わりで来てくれたのだろう。そこにはリンリンと小春の姿もあった。
予想以上に大事になってしまった。愛佳は情けないような困ったようなそんな表情を浮かべた。

「二人が歩いてるトコロ見えたデスから。みっつぃさん、タイヘンな事になりましたネ…」

リンリンがテーブル席の椅子をひとつ引き出し、窓際に移動させてくれた。そこに愛佳の乗った車椅子が納まる。

「疲労骨折、だって」

車椅子のブレーキをかけながら絵里が言う。

「疲労骨折?左足ばっかり疲労させてたの?」

ついさっきどこかで聞いたような小春の言葉に、愛佳と絵里は顔を見合わせた。

「そういうわけやないと思うんですけど。とりあえず、全治8週間って言われました」

絵里が愛佳のカバンから診断書を出し、テーブルの上に広げた。
『左距骨疲労骨折』医者の達筆な手書き文字に一同は眉間に皺を寄せた。読めそうで、読めない。


「8週間って…2ヶ月くらいってことだよね?」

いち、にい、とカウンターにおいてある小さなカレンダーで8週間を数えながら里沙が言う。
愛佳は改めて聞く『8週間』に溜息を漏らした。


「どうしよ…」

めったに聞くことはない、愛佳の口から出た弱音。呆然と診断書を見つめたまま動かない。
怪我の具合は思っていたより深刻だった。ガチガチに固められた左足。歩くことを許さない車椅子。
自宅で普段どおりの生活は到底出来そうにない。そして協力してくれる家族も、いない。

「2ヶ月くらい、ここにおったらええよ愛佳」
「え?」

愛が愛佳の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。重い空気を吹き飛ばすかのように、白い歯を見せて笑う。

「あーしの部屋一人くらい泊めれるスペースあるし、ちゃんと布団もあるし家にいるより…安心できるやろ?」
「そやけど…」
「つべこべ言わんと泊まったらええっちゃん。この家の持ち主がゆうとぉけん」
「絵里がここに来て病院に付き添えばいいし、いい考えなの」
「ま、たまには甘えなさいってこと。」
「ジュンジュンみっつぃさんおんぶして階段あがれるゾ」
「オー!ジュンジュンさすが力持ちデース!」
「いーなぁー絵里ちゃんもおんぶしてー」
「小春も小春もー!」
「こーらー!二人とも!ジュンジュンまで怪我しちゃったらどうするの!」

はしゃぐ声を後ろに聞きながらも、愛佳は顔を上げることができなかった。
無意識のうちに親指の爪を噛んでいる。愛佳が思いつめている時の癖だ。

「ホンマにアンタは…」

小さく漏らしながら、愛がその手を柔らかく掴む。
腰を落とし、車椅子の愛佳と視線を合わせた。

「たまには素直に甘え。こんな足で、愛佳ひとりで生活するなんて無理やろが
 なんのためにあーしらが居るんや。もっともっと、頼ってくれたらええが。甘えてくれたらええが」

咎められているわけではない。それでも強い口調で言われた言葉に愛佳の目頭が熱くなり、ぶわっと涙が溢れた。

「不安やったんやろ?わかっとるから。あーしら迷惑やなんてこれっぽっちも思わんで…大事な大事な家族やさけ」

甘えるのが人一倍下手くそな愛佳がたまらなく愛おしかった。
助けてほしいときに助けてと、素直に言える子だったら、彼女はもう少し幸せに生きていたかもしれない。

頬を流れる涙を、愛は乱暴に掌でぬぐってやった。
里沙の手が頭に乗せられて髪の毛をぐしゃぐしゃと混ぜられる。

「さ、みっついさん。新しいお部屋に行きますデスよ」

車椅子の正面にしゃがむジュンジュン。

「早く乗らないと絵里が乗っちゃうよ」
「やーだー小春がのるぅ!」
「アハハ!みっついさんサンドイッチになっちゃいマス!」
「れな上で愛佳の場所つくって待っとーけんね」

愛に背中を押され、愛佳はゆっくりと腰を上げた。そしてジュンジュンの背中に体を預ける。

「立ちますヨ?」

しっかりと体を支えられて体が浮く。

「…ありがと、ジュンジュン」
「うん!」

あまりに大きくて温かい背中に愛佳は頬を押し付ける。
後からたくさんのメンバーにサポートされながら階段を上がった。
クッションやらブランケットやらが敷き詰められたソファー
れいなが即席で作ってくれた『愛佳の場所』
ジュンジュンがその上にゆっくりと愛佳をおろす。

「ふわふわっちゃろ。どうすればいいか分からんやったけど、なんかええ感じやない?」

ニヒっと笑うれいなに愛佳もつられて笑った。
その顔に口元を緩める仲間達。

「暫くの間、よろしくお願いします」

律儀に頭を下げる愛佳の小さな体を、8人が取り合うように押し合うように優しく大きく包み込んだ。



「おかえり。愛佳」