『confrontAtion ―反鳴―』


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倒れて動けなくなった愛を一瞥し、“侵入者”は再び広間の扉へと歩みを進めた。

「…あとでさゆにでも治してもらって。見た目ほど傷は深くないはずだから」

冷たく機械的な口調。
に、似つかわしくない労りの言葉。
やはり愛を傷つけたことは後ろめたいのか。
あるいは、やり過ぎたとでも思っているのかもしれないが。

もう淡い期待を抱くのはやめにしよう。
いい加減、こちらも覚悟を決めるべきだ。

「…おっと」

扉へと近付く侵入者の鼻先を、里沙の決死の覚悟が走り抜ける。
侵入者はステップを踏むようにそれを避けた。
しかし、息つく暇など与えない。
リズミカルには程遠い、乱雑でランダムな鋼線の猛襲。
避けるのを諦めた侵入者は、風の壁を作り防御に徹する。

「本気だね、ガキさん」

里沙の決意を感じ取ったのだろう、彼女の顔から口から動作から余裕が掻き消えた。
注意深く里沙の指先、視線、鋼線の向きを観察し、風の壁の中から隙あらばと反撃の機を窺う。
付き合いの長い彼女は、里沙の攻撃が最小の労力と細心の注意によって成り立つことを知っていた。
下手に動けば殺られる。
先程の“台風”のような大技を出す余裕など存在し得なかった。

一方の里沙は、風の壁の綻びを探して、ひたすらに鋼線を繰り続けていた。
“口を動かす暇があるなら手を動かす”。
日頃から後輩に言い聞かせている言葉の一つだ。
彼女に言い聞かせたことも、一度や二度ではないかもしれない。

「そういえば私たちって、座学も実技もいっつも同じくらいの成績だったよね。…ちょうどいいじゃん、ここで決着つけてみる?」

一段と風力が強まった。
壁が鋼線を押し戻す。

里沙は退いた。
この場でこれ以上の抵抗は無意味。鋼線を手繰り寄せ、横へ跳ぶ。
間髪を入れず身に着けていた自動拳銃を取り出した。
照準は、脚。
躊躇いはない。引き金を引いた。

銃声と火薬の臭いが硝煙を纏って漂う。
徐々に晴れていく硝煙の向こうには一筋の赤が刻まれていた。
避けられたのか、それとも狙いが正確ではなかったのか。
真相は白煙の中。
しかし結果的に弾丸は敵の右腿を掠めただけ。脚を撃ち抜くには至らなかった。


彼女に深手を負わせることができなかった。
もう、そのことに安堵したりはしない。

里沙が最初から全力で事に当たっていれば愛があんなにも傷つくことはなかった。

この広間に入る前、愛に投げかけた問い。
彼女たちへの接し方を『どうする』べきか。
それを愛は敢えて、愛と里沙のどちらが敵を仕留めるかという意味で受け取った。
どういった意味を込めて里沙が聞いたかなど、愛にはわかっていたはずなのに。
愛は決断を避けた。
部隊の長として敵に甘い顔はできないと承知していながらも、ずっと一緒に過ごしてきた仲間として彼女たちを守らずにはいられない。
大体そんなところだ。10年もの間行動を共にしてきた里沙には愛の気持ちが手にとるようにわかる。
敵としてよりも仲間としての気持ちが上回る。
それは愛の優しさであり弱さでもあった。

―――突き放してやればよかったんだ、優しさも弱さも全部!

リーダーに欠けている部分を補うのがサブリーダーの役目。
愛が優し過ぎるなら、その分里沙が厳しくあるべきだった。
守ろう説得しようなんて考えは切り捨てて、最初から里沙が奴を殺すつもりでかかっていれば。
愛の心身があんなにも傷つくことはなかった。
守りたかった相手に傷つけられた愛の痛みがいかほどのものか…里沙は想像すらもしたくない。

「ハッ!!」

思案を抱える里沙の前に、幾重にも連なる風の刃が渦を巻く。
愛を切り伏せたのと同じ技。
今度は里沙をその手にかけるつもりか。

「この風は鉛だって切り裂く。もちろん銃身もね。…もう観念しなよガキさん。戦闘が本職じゃないあなたに私を倒すことはできない」

迫力で里沙を圧倒する意味もあるのだろう、一見する技の威力は先程とは桁違いだ。
まともに食らえばただでは済まないかもしれない。
五体満足でいられるかも疑わしい。
だが。


―――それが、どうした


「なっ!?」
「……同じ?」

里沙は刃の切れ味に臆せず物ともせず渦の中へ飛び込んだ。
真正面から。
身体を可能な限り小さく縮め、技の影響下に置かれる範囲を最小限に抑える。
両膝は折り畳み腹部の前へ。両腕は手首を額の前で交差させて閉じた。
内臓と目と手足のどれか一本でも守れれば後はどうとでもなる。
両の手は手繰られた鋼線を握り締めていた。
間合いまでの最短ルートを最速で選択した里沙に、相手はまだついてこられない。
渦の向こうの彼女は隙だらけだった。

「うぁっ…!」

鋭い風を潜り抜け、里沙は指先に確かな感触を得た。
地に足を着けた背後で侵入者が膝をついたのが伝わってくる。
振り返り、収獲の結果を見た。

一番深いのは左の肩口から胸元にかけての傷だった。
身体を丸め横たわる彼女の上半身を赤く染め上げている。
どくどく。じわじわと。
その血量は留まるところを知らない。
他にも細かな傷はあるだろうが、赤が傷を上塗っていて傍からはそれ以外の傷がわからなかった。

ただし、それを静かに見下ろす里沙の代償も小さくはなかった。
右脚と左手の感覚がない。
見るとどちらからも、とめどなく血が溢れ出している。
歩き、手を握れているのが不思議なくらいだ。
もっとも、直にそれも出来なくなるのかもしれないが。

そうなる前に、やっておくべきことがある。
里沙は自身を傷つけた風の刃に負けぬほど鋭い眼光を侵入者に向けた。

「同じだと、思ったの?」

彼女は、自分と里沙を同じくらいの成績だったと言った。
同程度の評価を受けていたと。
だがそれは、あくまで訓練と勉強の上での話。

「…訓練と実戦は違うんだよ」

練習で命を危険に晒しては元も子もない。
己の身を守ることが優先される訓練と、相手の殲滅を第一に考える実戦。
慎重に慎重を重ねて守りに入る訓練時と、大胆に形振り構わず攻めていく実戦時。
新垣里沙は訓練と実戦で戦い方を変える。
今の今まで訓練でしか手を合わせたことがない彼女には知り得なかったことだろうが。

そう。
これは、実戦。
里沙たちと寝食を共にし喜びも悲しみも分かち合った亀井絵里はどこにもいない。
足下で横たわる彼女は、自分たちの組織を崩壊させようと狙う侵入者。紛れもない敵。殲滅対象。
情などかける余地もない。
これは仕事で、自分はプロだ。

「……悪く思わないでね」

感覚のない左手と違って、自由に動かせる右手。赤く滴る鋼線を握り締めている。
この右手が、動かせるうちに。

躊躇いのない非情の鋼線が振り下ろされた。


―――――――――――――――――――


その目に光が宿った瞬間を、リンリンは見逃さなかった。

「目的はなんや」

じりじりと後退りをする愛佳。
一見すると逃げ腰。それもそうだ、彼女が勝てる見込みは限りなく薄い。
だが。
先輩二人が既に落ち、たった一人で戦闘慣れした二人の敵と対峙しなくてはならないこの状況で。
彼女は瞳の輝きを失わない。
彼女はまだ、諦めていない。

「いくら久住さんのことがあったからって、こんなことする理由までにはならへんやろ。目的を言え」

逃げ腰の人間らしからぬ凄味をきかせる。
『戦意喪失など有り得ない』。そう告白したも同然だ。
光井愛佳は「リゾナンター」の誰よりも賢く、誰よりもしぶとい。
人一倍口が達者で頭の回転も悪くない彼女の狙いがリンリンには見えたような気がした。

「…そうですね。光井さんが言うことわかるですよ」

例えば、れいなとさゆみが少しでも回復するまで。
もしくは応援の部隊が到着するまで。
あるいは、愛と里沙が駆けつけてくれるまで。

彼女は、「時間稼ぎ」をしようとしている。

決して華々しい戦い方ではない。
“戦い”になっているかどうかも怪しい。
しかしこれが彼女の最善手。
冷静に状況を見極めた上で決した彼女の一手なのだ。
リンリンは、いじらしくも微笑ましい彼女の決断を尊重したいと思う。
今の自分が彼女にしてやれることはそれくらいしかないのだから。
謝罪も贖罪も断罪も、遠く離れた今の二人の距離では届かない。

視界の端で相方が渋い顔をしてみせた。
ジュンジュンは早く終わらせたがっている。
自分は逆だ。
全てを無に帰すその前に、少しでも多く彼女たちとの時間を刻みたかった。

「私たちは壊したいじゃない。守りたいですよ」

愛佳のささやかなプライドを守るため、自らの大いなるエゴを貫くため。
と、いうわけでもなかったが。
リンリンは遠回しな言い回しを用いた。
彼女の問いの答え足る自らの心境を日本語で説明する。それはひどく困難なことに思えた。どんな言葉が適切かわからない。
ただただ脳裏に響くのは、あの日の亀井絵里のどこまでも透明な声。


―――――このままだと繰り返すから、きっと


―――――誰かが動かないとダメなんだ


―――――この先誰が“小春”になるのも見たくない。守りたいんだよ絵里は


追憶を引き裂く金属音。
ダガーと棍の鍔迫り合い。
数歩先には逡巡をやり場のない怒りで上塗った愛佳がナイフを構え、リンリンは考えるよりも早く自身の武器である金属棍を抜いていた。

「……っざけないでよ…!」

しかし発せられた声は愛佳のものではない。
背中から血を流し蹲る道重さゆみ。彼女だ。
さゆみは痛みに苦悶の表情を浮かべながら、尚も糾弾の声を緩めない。

「守りたい?壊してない?ふざけないでよ。今までを全部滅茶苦茶に壊しといて、今更綺麗事なんか言わないで…!」

まるで愛佳がさゆみの意思を代弁しているかのように。
さゆみの憤りに愛佳が“共鳴”しているかのように。
ダガーに込められた力が強くなる。
棍が押し返されそうになる。

「おまえらの言う“守る”ってなんやねん。仲間の心ズタズタに引き裂いて現状引っ掻き回すことか!」

言い終わらぬうちに。
遂には、押し返された。
彼女の刃の餌食になる前にリンリンは退いて体勢を整える。

助けが来るまで時間を稼ぐという愛佳の狙いは読めていた。
が、“共鳴”に伴う火事場の馬鹿力は完全に想定外。
どうやら自分の不用意な一言が、彼女ひいては彼女たちの闘争心に火をつけたようだ。

では、どのように言えばよかったのだろう。

愛が「小春は還らない」と告げ動揺の収まらない
仲間たちの中で食ってかかる絵里はジュンジュンと
ある晩の決意表明を偶然出くわした月明かりの廊下。

何が正しくて正しくないのか。自分という存在はどうあるべきなのか。己の心根すら見失ってしまったあの日々の中で。
最後にたった一つ耳を貫いた絵里の言葉。
明るくも儚げに呟かれたあの一言は夜道を照らす月明かりの如く、迷い惑うリンリンを一筋の光明へと導いてくれた。


―――――だって私たち………家族でしょ?


“家族”という言葉が中国人にとってどれほどの重みを持つか。絵里は知らなかったに違いない。
否。知らなかったであろうからこそ。
その一言が重く心に圧し掛かった。
彼女は“家族”のために全てを擲つ覚悟を決めたかけがえのない“家族”。
どうして放っておくことができただろう。


絵里もジュンジュンもリンリンも、『守りたい』その一心だった。
自分たちの起こす行動が彼女たちの気付きのきっかけになってくれれば。
あわよくば、彼らのきっかけにもなれれば。
始まりはその気持ちだけだった。

本当に、それだけだったのに。

愛佳の動きを注視しつつリンリンはそっと周囲に目を遣った。

頭を強く打ちつけうつ伏せに横たわる田中れいな。
血染めの背中で剥き出しの感情をぶつける道重さゆみ。
怒りに頬を紅潮させ武器を手に取る光井愛佳。

―――……どうして…?

自分たちの起こした行動も。
打ち立てた信念も。
何一つ間違ってはいないのに。
何かが、違う。
こんな光景を目の当たりにするためにここまで来たはずではなかった!


今更思い知ったところで後戻りはできない。
したくもない。
ならばせめて、貫こう。
誰の目にも確かな反逆者になる。
そうすれば心の奥底に抱いていた願いの一端は叶えられるから。きっと。

膠着状態に業を煮やしたのであろうジュンジュンがのっそりと歩み寄る。
彼女は今何を考えているだろう?あるいは、何も考えないようにしているだろうか。

リンリンが思いを巡らせたその数瞬の後。
“それ”は起きた。


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私はどこで間違えちゃったのかな。
自分で戦うって決めたから?
戦いの場所がここだったから?
相手が思ってたより強かったから?
意地張って手助けを求めなかったから?
…候補はいくらでも挙げられるんだけどさ…

私が「リゾナンター」に入ったことが間違いだった。

そんな風には、思いたくないなぁ。