『Defenderes』


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目次

(前編)


もしも、もしも愛ちゃんがいなくなったら、その時れーなはどうする?
      ・
      ・
      ・
喫茶リゾナントを拠点に悪の組織ダークネスと日夜戦い続ける能力者集団リゾナンター。
そのうちの一人、共鳴した仲間の能力を増強するアンプリファイア能力の持ち主である田中れいなは、疲弊しきった身体をリゾナントの二階にある自室のベッドに横たえていた。
彼女の体力をそこまで消耗させたのは、サブリーダー新垣里沙と行った模擬戦闘だった。

「次のリーダーはれいなたい」
「ぬぅぅぅぅん!」

模擬戦とは思えない激しい鍔迫り合いを見守っていた亀井絵里は、訓練の終わりが告げられると、駆け寄ってれいなに肩を貸そうとした。

「余計な真似はせんでいい。 れいな、別にガキさんに倒されたわけやないけん」

本当はその場で倒れ込みたい。
水分を補給して、人目もはばからず肉体の消耗を、精神の疲労を声に出して訴えたかった。
誰か他人の手で自室に運んで欲しかった。が、それを拒んだのは、れいなに戦士としての矜持が備わっているからだ。

「はん。今日はこんなところで勘弁してやるけん。 今度こそはガキさんに勝って次期リーダーの座を貰うけん」

「そんな様子じゃリーダーの座は遠いね」

去り際に残したれいなの主張を新垣里沙は軽く受け流した。

 …れいな、最後まで倒れんかったけん、ガキさんに負けたわけやなかと。

それがただの強がりだということは自分が一番よく知っている。
リゾナント・アンプリファイアで増強した自らの身体能力の全てを注ぎ込んだ。
にもかかわらず、新垣里沙の牙城を崩すことはおろか揺るがすことすら出来なかった。

演習だという意識はいつのまにか頭から消えていた。
必殺の思いを載せた拳は、里沙の流れるような動きで捌かれた。
攻撃が空回りさせられる焦りから、雑になった動きを突かれて、里沙に懐に踏み込まれた。
来る!と思って全力で回避したら、それはフェイクだった。
里沙はというと涼しげな顔をして突っ立っている。
そこまでが冷静さを保つ限界だった。
こみ上げてくる熱い感情のままに近接戦闘に持ち込んだが…。

「あのクソ眉毛。 鬼のように強いやん」

自分の部屋の中だという安心感は、他の誰かと居る時には、決して使わないような葉を口にさせる。
そんなことをしても里沙との差が縮まらないことは判っている。
物理的な破壊をもたらす念動系の能力を持たないという点では、里沙とれいなは同じだというのに。
れいなになくて里沙にあるもの。
それは組織で鍛え上げられた身体能力と叩き込まれた戦闘スキル。
れいなの我流の喧嘩殺法では及ばないということか。
しかし果たしてそれだけの問題なのか。

― あんまし根を詰めてると今に大怪我しちゃうよ。 れいなは今のままでも十分強いよ

体力を強化するために、日課のロードワークに河原や林の中のルートを増やした。
その所為で負ってしまった擦過傷を、治癒してもらった時に、道重さゆみに言われた。

 …確かにちょっと無茶してるかもってれいなも思う
 …でもやるしかないやん




数週間前のことだ。
真夜中に目を覚ましたれいなは誰かの気配を感じて、地下のトレーニングルームを覗きに行った。

そこでは里沙と愛が訓練を行っていた。
れいなに対しては身体の使い方や闘技の手ほどきぐらいしかしたことのない愛が、訓練とはいえ里沙と戦っている。

 …うそやん。れいなかってガキさんとやったらきっといい勝負になるのに、何で

いくら望んでも許してくれなかった愛との手合わせを行っている里沙に羨望を覚える。
そしてそれを許した愛に怒りさえ感じたれいなだったが、二人の訓練の様子がはっきりしてくるにつれ、背筋が冷たくなってきた。

 …ガキさんがこんなに一方的にやられるなんて。

素手の愛に対して、里沙は鋼線を操っている。
頭の悪い不良が、力任せに振り回しているのではない。
希代のマインドコントローラーである新垣里沙が、チカラを発動させながら操っているのだ。
ただの凶器としてだけでなく、結界として、チカラの媒体として機能するはずの鋼線が虚しく空を切っている。
里沙が仕掛けた瞬間に、空間跳躍でその攻撃を回避すると、里沙の拙さを指摘する愛。

 …愛ちゃんは精神感応でガキさんがいつ、何をしてくるか読んでるっちゃ
 …でもガキさんなら、愛ちゃんのそういう能力にやられっぱなしってことはない筈やけど。

満を持した里沙の攻撃を、絶妙なタイミングで愛が回避する。 愛に避けられるたびに、里沙の顔の焦燥の色が増していく。
一方の愛は…、笑っていた。

だがその笑顔は心を許した者に見せるような、温かいものではなく、瞳に映る者を侮蔑するような冷たい笑みだった。
その場所がリゾナントでなければ、愛が闇に魅入られてしまったと思ったかもしれない。
愛は里沙に直接手は出さない。里沙の仕掛けを何度も潰していくだけだった。
そしてよく見ると里沙の攻撃を回避するタイミングを少しずつ早めて、距離を詰めていく。

 …こんな戦い方は惨いっちゃ。
 …何で愛ちゃんは一気に決めて、ガキさんを楽にしてあげんね

里沙と愛の一方的な演習は、唐突に幕を閉じた。
乾坤一擲の攻撃を仕掛けようとした里沙の腕に、虫も殺せないどころか、ゲーム機のコントローラーすら反応しないだろう静かな腕の一振りを愛が下す。
その瞬間、緊張が限界に達した里沙の身体が傾いた。

 …あぶない

愛と里沙の二人に隠れて見ていることを忘れて駆け寄ろうとしたれいなだったが、愛が里沙を受け止めるのを見て思いとどまった。
里沙をソファベッドに横たえた愛からは先刻までの冷たい感じは消えている。
水の入ったペットボトルを里沙に渡したが、寝たままでは飲めないことに気づいたようだ。
ガーゼに含ませて里沙の唇を潤そうとしたようだが、水を床にこぼして大騒ぎしている。

 …ああいつもの愛ちゃんたいね

里沙が何か言うと大急ぎで階上の店舗へ向かう。
愛に見つからないように隠れていたれいなは、開けっ放しの扉を潜ると引き寄せられるように里沙の元へ向かった。

「…みっともないところを見られちゃったね」

れいながそこにいることを、そこにいて愛との一部始終を見届けていたことなど判っていると言わんばかりの言いぐさに、反発を覚える。

「ガキさん、今のあれは…」
「本気の高橋愛は強いだろう」

 …また!

愛の強さを自分のことのように話す里沙に反発を覚えたれいなは口を尖らせて喋らない。
里沙はそんなれいなのことをお見通しだと言わんばかりの様子だ。

「でもその強さゆえに高橋愛という存在が消えるとしたら」

 …え、ガキさん何を言い出すと。

「もしも、もしも愛ちゃんがいなくなったら、その時れーなはどうする?」

思いもかけない言葉に動揺したれいなの心臓は早鐘を打っている。

「いきなり何を言い出すと」
いつになく真剣なれいなの問いかけに何を感じたか、里沙は目を閉じる。
「なあ、何か知っとうと」
教えんねと、意識せぬままにれいなは里沙の腕を掴んでいた。
「痛いって」
弱々しい里沙の声を聞き、れいなは自分がしたこと、そして里沙の現在の状態を意識した。
「…あ、ごめん」
済まなさそうに謝るれいなを横目に、里沙の口が開く。

「もうすぐ愛ちゃんが戻ってくるし、手短に言う。
本当は愛ちゃんを交えて話し合うべき事なのかもしれないけど、れいながいることで起きて欲しくないことを確定の事実として認めなきゃいけなくなったら、私泣き出すかもしれないから」

能力者は魔法使いでもモンスターでもない。
覚醒した能力が他の大多数の人間にとって不可能、不可触な分野であったからマイノリティに甘んじているが、本質的には他の大多数の無能力者と変わりない人間だ。
だったら、能力者を能力者たらしめている能力とは…。
世界各国で進められていた能力者の研究はその能力の解明に焦点が当てられていたことは否めない。
能力者の人間加齢は、能力に何らかの影響を与えていくのか、否か。
そしてそのことが能力者にわやんな影響を与えるかといった問題については、あまり重きを置かれてこなかった。

「人間の身体能力や感覚のように、加齢と共に緩やかな曲線を描いて、減退していくなら」

能力者と能力の一番望ましい関係は、能力者の加齢に応じて緩やかな曲線を描いて、減退していくことだと里沙は言う。

「年を取って身体が弱ってるのに、特定の能力が残ってるのが幸せなことだとは思えない」
「それは、まあ何となくそう思うけど…」

リゾナントアンプリファイアという他者の能力を増幅する能力の持ち主であるれいなには、リゾナンターの他の仲間、特に念動系の能力者の感覚がわからない。
ただ年齢を重ね、体力や知力に翳りが見えた人間が、高いレベルの異能を有している故に、危険な任務に従事させられたりすることは危険だと想像しただけだった。

「愛ちゃんはみんなと違う。 愛ちゃんの能力はみんなのように自然な流れで覚醒したものじゃない」

i914。
初めて知らされた時は胸が詰まりそうになった。
最強の生体兵器として誕生することを求められた生命。
遺伝子操作、薬物投与。
一千回に迫る試行錯誤の末に誕生したのが高橋愛。

 …あんな哀しい過去を背負っとるのに、何で他の人間にあんなに優しく出来るのか、れいなだったら絶対無理やけん

「愛ちゃんのチカラは天賦の能力じゃない。
何百という失敗例の上に誕生した愛ちゃんが、人為的に覚醒させられたのが今の愛ちゃんのチカラだから…」

能力の減退していくプロセスが全く予測できないと淡々と話す里沙

 …何でこんな大変なことを、こんな風に話せるっちゃ

里沙も思い悩んでいるだろうことは理解できるが、感情の反発は止められない。

「ガキさんはれいなのこと騙そうとしとる」
れいなの強い語気は里沙の目を開かせた。

「だって愛ちゃんはあんなに強いやん。ガキさんが手も足も出んくらい」

もうちょっとで騙されるとこやった。 その場を離れようとしたれいなの背中を里沙の声が追ってくる。

「そうだったらどんなにかいいのにね。私もそう思うよ」

能力者が能力を使用する限界は、その体力や精神の疲弊度にある程度は準拠する。
しかしあくまでもある程度であって、正比例するわけではない。

「能力の残量がゲージで表示されればいいのにね。 今日はこれだけ。 一晩寝たら80%回復するって法則がちゃんと決まってたら、どんなにか楽なのに」

「何かあったと?」

れいなは去ることを止め、再び里沙の傍らに戻る。 里沙はというと覚束ない様子で、身体を起こそうとしている。
手を貸そうとするれいなの手を拒むと、自分の力だけでソファベッドに座り直した。

「この前、私たち3人だけで放火事件の調査をしたことがあったろう」

それは24時間営業の大型商業施設で連続して発生した不審火の調査だった。
リゾナンターが動くということは、通常の放火事件ではない。
異能の存在を公式には認めていない現行の法体制では、罪を問うことが難しい発炎能力者の関与した事件だった。
捜査当局から非公式な協力要請を受けて、解決に乗り出すことにした高橋愛は、新垣里沙と田中れいなの3人で調査を進めることにした。
3人だけで調査に当たったのは能力者犯罪の捜査という、ともすれば恨みを買いかねない汚れ仕事に年少メンバーを巻き込みたくないという思いがあったからだ。

 …あん時のことは覚えとるよ。
 …犯人はほんまチンケなパイロキネシストやった、あんぐらいやったらライターで火を付けた方が早いぐらい
 …れいな一人で散々追い回して根性を叩き直してやってから捕まえてやったと
 …何であん時のことをガキさんは言い出・・・

「あん時、最初の打ち合わせでは愛ちゃんとれいなでとことん追い回してから捕まえる筈やった」

チカラを用いて罪を犯した者の能力のレベルが高く、被害が甚大なものだったら、彼は半永久的に一般社会から隔離されるだろう。
彼の犯した行為が犯罪として起訴可能か否かにかかわらずだ。
しかし発炎能力としては最低レベル、被害も建材を少し焦がした程度で、人的被害もゼロという案件に関しては、そこまでの超法規的措置は取れない。
お灸を据える。
身に備わって覚醒した能力を二度と悪用することのないよう恐怖を与える。
愛はテレポート、れいなはアンプリファイアで強化した体力を駆使して徹底的に追い回して、上には上がいることを骨身に沁みさせる。
その上で警察に引き渡す予定だったが、無様に逃げ惑うパイロキネシストの後ろ姿を見ていると、狩りの快感が沸いてきた。
れいな一人で追跡して、疲弊しつくした犯人を捕まえたのだが。

「いくら低レベルとはいえ、相手は能力者。一般の人が巻き添えで被害を受けないように、愛ちゃんはマインドサーチをかけながら追い込む手筈になっていた」

調査している愛たちに気づいた犯人が逃走し始めた時点で、そういう成り行きになったのだ。
行き当たりばったりではあるが、長年一緒に戦ってきた三人だからこそ、取れる行動だった。

「あの時、愛ちゃんはマインドサーチに失敗していた。 あいつの心を読めずにいた」

「でも、あの時あいつが何処へ逃げようとしてるか愛ちゃんがちゃんと教えてくれたよ」

「それは私がカバーした。愛ちゃんと違って他人の心と感応して心を読むことは出来ないけど、精神の波動の反応からある程度行動を予測することは出来る、レーダーのようにね」

一体何のためにそんな回りくどいことをしたなんて愚かな問いかけは口に上らなかった。

…それはれいなのため
…もし愛ちゃんの身にそんなことが起こってるとわかったら、れいな動揺してとんでもないミスをしてたかもしれん、だから…

だが長年共に戦ってきたれいなが気づかないぐらい、愛や里沙の言動は自然だった。まるでそれまでに何度も同じことをしていたように。

「同じことがあったん?リゾナンターとして動いている間に愛ちゃんが能力を使えなくなったことがこれまでにもあったん?」

黙って頷いた里沙は、指を折って数え始める。

「今年に入ってから七回。 程度の差こそあれ、起きている」

「気づかんかった。れいな全然気づかんかったとよ」

自分の未熟さを恥じてか、手を固く握りしめる。

「だから、さっきも訊いたけどもし愛ちゃんがいなくなったら、リゾナンターを辞めてリゾナントを出て行くことになったら、その時れいなはどうする?」

里沙の言葉を聞いたれいなの顔が険しくなる。
当の里沙はれいなの様子に気づかないのか、自分の思いを明かす。

「私はリゾナンターを受け継ぐ。愛ちゃんの跡を継いでリーダーになる」

自分に高橋愛の代わりが務まるだなんて思ってはいない。
高橋愛が去った時点でリゾナンターはリゾナンターでなくなるのかもしれない。
でも高橋愛の作り上げたもの、これからやろうとしていたものを無かったことにはしたくないという里沙の決意はれいなには届かなかった。

「愛ちゃんがチカラを使えんようになったら、追い出して自分がリーダーになるつもりなんか」

只ではおかないという思いがれいなの瞳に燃えている。
ピリピリした空気が一瞬に張りつめる。

「仮に能力の全てを失ったとしても、高橋愛が高橋愛であることに変わりはない」

積み重ねてきた経験や磨き上げてきたリーダーシーは、後進を導く上で何物にも代え難い財産だと言い放つ里沙をれいなはまっすぐ見つめている。

          ◇          ◇          ◇

(後編)


高橋愛がリゾナントに留まるということは、戦いの最前線に立ち続けるということを意味している。

「それが愛ちゃんにとってどんなに危険なことかはあんたにだってわかるだろう」

…わかってる
…愛ちゃんはリゾナンターのトップであり象徴でもある
…愛ちゃんがリゾナンターと共に在り続ける限り、闇は愛ちゃんを倒すことを最優先してくる。
…それはそうなるように、愛ちゃんが仕向けてきたこと
…常に戦いの最前線に立ち続け、敵の目を集めることで、戦闘に向いていないメンバーを救ってきた
…それが今となっては仇になったっちゃ
…じゃあ愛ちゃんが戦うチカラを失ったことを明らかにしたらどうなるっちゃ
…強い高橋愛を倒すことで名を上げよう、手柄を立てようっていう奴の目は逸らすことが出来るかもしれん
…でも、これまで愛ちゃんに散々な目に遭わされてきた奴らは絶対仕返しに来る

「私は高橋愛と共に戦い続けたい。 高橋愛の背中を守るのは自分でありたい。 それは今も変わらない」

なら、どうして?ともの問いたげなれいなの目を、里沙は見つめる。

「そして愛ちゃんも戦い続けることを望んでいる。 その所為で傷ついたり、命を落すことを恐れてはいない」

「だったら、どうして愛ちゃんがリゾナンターをやめるなんて言うね」

れいなの悲痛な叫びを里沙は真正面から受け止めた。

「それは私たちだけの感傷だから」

リゾナンターは高橋愛から始まった。
それは紛れもない事実。 しかし高橋愛一人だけでは存続し得なかったことも疑いようのない真実。

「もう愛ちゃんだけのリゾナンターじゃないから」

「愛ちゃんにしろ私にしろ、リゾナンターとして戦っていくことの覚悟は持ってると思う、もちろんれいなだって」

力強くれいなは頷いた。
それは命を落とすかもしれない戦いに身を投じる決意。
対峙した敵が自分より強くとも決して退きはしない。
仲間のために適わぬまでも、一太刀浴びせるだろう。
凶弾が仲間を襲った時は、その前に立ちはだかっているだろう。

「その覚悟はカメやさゆ、小春にジュンジュン、リンリン、愛佳にだってあるだろう。だけど」

新しい世代。
しばらくの間途絶えていた新たなる共鳴。
その空白を埋めるかのように、今年になってから相次いで現れた新しい仲間。
ダークネスとは異なる組織の手から逃れてきた鞘師里保と鈴木香音。
心の中の空白を埋めるものを求めて、リゾナントを訪れた譜久村聖。
荒涼とした精神を抱え、声にはならない助けを求めていた生田衣梨奈。

「あの娘らはようやっとうと思うよ。 れいなが鞘師と同じ歳ぐらいの時のことを考えたら、とっても適わん」

里沙はリゾナンターに加わって日が浅い面々のことを、庇うようなれいなのことを好ましげに見つめている。

「鞘師の戦士としての可能性は、私なんかよりも遥か上だと思う。
聖や香音ちゃんも後方支援なら安心して任せられるし。 生田は…よくわからないけど」

れいなの意見を上書きするように、里沙も新世代のリゾナンターの長所を挙げていくが…。

「だけどあの娘たち、鞘師はまだしもそれ以外の面々はまだ修羅場を踏んだことがない」

修羅場と聞いてれいなは思い出す。
新垣里沙を奪還するため、ダークネスのアジトに乗り込んだ時のことを。
そのアジトは里沙のように潜入した先で精神を汚染された疑いのある工作員を隔離し、調査する施設だった。
それほどの戦力は割かれていなかったが、それでも警戒ラインを突破する瞬間は、歯が音を立てるぐらいに震えていた。

「それはそうかもしれんけど、これから経験を積めば必ず…」

「れいなはリゾナンターになってからこう思ったことはない? しも危なくなったって、声を上げれば愛ちゃんが助けに来てくれるって」

「それは…」

それはそうだ。
れいなと愛の最初の出会いがそうだったのだから。
ダークネスの能力者に襲われ、どう戦ってよいか判らず、辛うじて強気を装っていた。
心の中では必死に助けを求めていたれいなの前に、愛が颯爽と降りたったのだ。

精神感応と瞬間移動。
二つの異なるチカラを併せ持つ愛だから出来たことだ。

「今の愛ちゃんはあの頃の愛ちゃんとは違う。
経験の浅い鞘師たちを必ず助けられる保証はない。
あるいは鞘師たちの目の前でチカラを使えなくなり、傷つき倒れる可能性だってある。 もしそうなったら…」

れいなは、愛に救われたとき、愛のことをヒーローだと思った。
その思いは今も変わらないが、愛と一緒に戦った記憶、同じ屋根の下で暮らした時間は、違った感情をれいなにもたらしている。
高橋愛は完全無欠のヒーローではない。 自分と同じ人間であるという当たり前の認識。
泣いたり、笑ったり、怒ったりもするし、負けるとこだってあり得るという感覚。
仲間に加わって日が浅い鞘師たち四人と、共に悲しみを乗り越えてきた九人との違いがそこにある。

「鞘師や香音、聖や生田の目の前で高橋愛は負けちゃいけない。 高橋愛はあの娘たちにとっての希望の光なんだ。
絶対のヒーローでなければいけない。 あの子たちの前で命を落とすことがあっちゃならないんだ」

そうだよね。
同意を求める里沙に思わず頷いていた。
他の誰もが持たない能力を持って生まれた故にかなしみを味わった少女たち。
高橋愛に救われ、リゾナントに導かれたことで彼女たちは知った。
自分の身に備わった能力を恥じることなく、誇りをもって生きていく道があることを。

「あの子らがもうちょっと大人になるまで…」

戦いの経験が仲間との絆をより強くするまで、挫折の涙を流し人間として成長するまで、今少しの時間が必要だ。
そして、そのときまで彼女たちにとっての希望の象徴である高橋愛は傷ついてはならない。

「愛ちゃんを目の前で死なすようなことがあったらいけん」

改めて言葉にすることで自分の気持ちが判った。 
田中れいなは高橋愛を守る。

「ここは戦いの最前線だ。ここに留まる限り愛ちゃんは戦いに巻き込まれる。
いくら前線に出ずに、リーダーとして後方から指揮に徹するように決めたって、あの人がそんな決め事を守れるとは思わない」

誰かが危機に陥れば身を挺して助けに行くだろう。 自分の身が傷つくことも厭わずに。

「近々、鞘師たちにこう知らせるつもりだったんだけどね。 高橋愛は秘密の使命を果たすために、リゾナントを長期間留守にする、と」

だがその目的を敵に知られないようにするために、事故に遭ったように擬装すると。
勿論、それは高橋愛がリゾナントを出て行くことで、鞘師たちが受ける衝撃を出来るだけ小さくするための二重に重ねた嘘。

「まあ、定期連絡という形でみんなにメッセージは送ってもらうし、…」

「それは、愛ちゃんとガキさんで決めたことなん?」

「ああ。 能力減退の対策を二人で話し合ってる内にこういう成り行きになった」

勿論、れいなたちにも近々知らせる予定だったという。

「最初にさゆに打ち明けて、さゆからカメやれいなに知らせてもらおうと思ってたんだけどね」

でも、一番最初に知ったのがれいなだったのは結果的によかった。
一人納得した表情をしている里沙に対して、れいなはどこか不満そうな表情だ。

「愛ちゃんはリゾナントを出て行ったら昔、お祖母さんと住んでいた村に行ってみたいと言ってた」

そこは愛にとって辛い記憶しか残っていない場所だという。
しかしとても大切な祖母との思い出が残っている場所だという。

「他の町村との合併があって名前も変わったり、度重なる集中豪雨の被害の復旧もままならなくて出て行った住民も多くて、実質廃村状態らしいんだけどね」

ずっと暮らしていくかは判らないが、しばらくの間はその近辺で過ごしてみたいらしい。

「そういう人の出入りの少ない場所の方が、身を守りやすいのかもしれないしね」

高橋愛が消える。
喫茶リゾナントから出て行ってしまう。
自分の目の前からいなくなってしまう。
やがて現実のものとなってしまう事態の変化に対応しきれないれいなは、里沙の言っていることを聞き逃した。

「……どう思う?」
「はぁ?」

心ここにあらずのれいなに、大きく息をはいた里沙は、それでも笑顔を取り繕ってれいなに話しかける。

「愛ちゃんがリゾナントを離れるにしても、繋ぎ役が必要だと思うんだよね。 愛ちゃんの傍にいて私たちと連絡を取ったり、もし愛ちゃんが襲われたときは一緒に戦いながら血路を開く。 そういう人間が一人要ると思う」

「それをれいなにやれってこと?」

「なんて言ったってあんたは愛ちゃんと一つ屋根の下で暮らしてきたんだし」

愛と別れなくていい。
これからも愛と一緒に暮らせる。
これまで以上に愛と二人っきりで過ごす時間が増える。
愛がリゾナントを出て行くと聞いたときは、目の前が真っ暗になった。
でも今里沙の口から語られているようになれば…。

「…何で勝手に決めると」
「ん?」
「そんなに大事なことをガキさんと愛ちゃんの二人だけで何で決めてしまうと」
「れいな…」

高橋愛の中で起こっている変化は、出来るだけ知られない方が良い。
いずれは知られることだろうけど、出来るだけ遅らせたい。
そう思って愛と二人で決めたことだった。

「聞いて、れいな。 確かにあんたにも相談しておくべきだったかもしれないけど」
「そうやないけん」

れいなは里沙にさっき言ったことを思い出せと言った。
リゾナンターは高橋愛だけのものではないと言ったことを。

「いくら愛ちゃんがリーダーで、ガキさんがサブリーダーでもそれだけは譲れん」
「でもね、れいな」

れいなの言っていることは正論だ。
平和な時ならそうやってみんなで話し合って決めればいい。
しかし今現在、平穏に見えても、いつ風雲急を告げる事態になるかもしれない。
特に愛の能力の不規則な減退現象が知られては、パワーバランスが一気に傾きかねない。
それを防ぐにはリーダー・サブリーダーの強権を発動することもやむを得ない。
れいなが大人になったと思って、秘密を明かしたのは間違いだったのか。
今はなんとかれいなをなだめて、決定的な言葉を彼女が口にすることだけは防がないと。
気は焦っても、目の前のれいなを説き伏せる自信がない。

「れいなは愛ちゃんについていかん」
「ちょっと待って、れいな」
「愛ちゃんも出て行かさん」

もしも戦闘の最中に愛が能力を使えなくなったら、自分が守る。
これまで愛が担っていたようには出来ないかもしれないが、自分なりのやり方で仲間を守る。

「ようするに敵が何か仕掛けてくるよりも早く、突っ込んでいってぶっ飛ばす」

なるほどな。
やっぱりこの娘はこういう子なんだ。
この子の思いは判るけど。

「いかにもあんたの言いそうなことだよ。でも今のあんたじゃ無理だよ」
「な、何で」
「さっきの私と愛ちゃんの模擬戦闘を思い出してご覧よ。それでもまだあんたは同じことを言える?」

わかっている。
自分と愛の間には意志の力だけでは乗り越えられないほどの隔たりがあることはわかっている。
今目の前にいる新垣里沙ですら、自分には及ばない高みにいることもわかっている。
わかっているのに気づかないふりをしていた。
いきがっていい気になって強気で押し通てさえいればどうにかなると思っていたし、事実そうだと思っていた。
でもそれは違っていた。
とても大きな掌の庇護を受けていた。
そして、その大きく柔らかな掌に包まれて、このリゾナントという場所で温かな木漏れ日に照らされるように暮らしてきた。
でも今その優しい掌の持ち主がこの場所を去ろうとしている。

それが仲間を守る最高ではないが、最善の方法であると信じて。
はなしたくはない ― それがわがままだということはわかっている
でもその掌をはなさせてはいけない ― 自分以外の幼い同志のためにも
それがなんの根拠も裏付けもないガキの戯言なことぐらいわかっている。
でもそのために出来ること、無力で愚かな今の自分に出来ること、それは。

「ちょっと、いきなり土下座なんかしてどういうつもり?」
「ガキさんに頼みがあるけん。れいな一生に一度のお願いがあるけん」
「そんなこと言われても今の私は愛ちゃんとの戦闘訓練で手一杯で…」
「そのことやけん!」

困惑。逡巡。そして

「言ってみ」
「れいな愛ちゃんがリゾナントから出て行くのには反対やけん。もしも愛ちゃんが戦えん時は愛ちゃんの分までれいなが戦うけん」
「それは無理だね。高橋愛の分まで戦うってことは、高橋愛と同じステージに立たなきゃ意味がないってことだ」

里沙は自分が精神干渉という対抗策を以てしても、本気の高橋愛の足下にも及ばなかった事実をれいなに突きつけた上で、翻意を迫った。

「確かにあんたは強い。 能力使用を制限した上での格闘戦なら、愛ちゃんとだっていい勝負になるかもしれない」

でもそんなものは能力者同士の戦闘では無意味だ。 冷徹な事実がれいなの前に立ちふさがる。

「そんぐらいれいなにだってわかっとる!!」
「だったらさあ…」
「わかっとるけん、ガキさんに頼みがある。どうかどうかれいなのこと強くして欲しいけん」
「…出ていってくれるかな」
これまで聞いたことがないぐらい里沙の声は冷たかった。

「一体何を言い出すかと思ったら自分を強くして欲しいだって」

自分の精神干渉のサポートとれいなのリゾナント・アンフリファイアが作用すれば、れいなの実力の底上げに繋がるかもしれない。
その可能性は認めた上で里沙は断じた。

「でもそんな手段で手にした強さで高橋愛の分まで戦うだって」

その程度の覚悟では高橋愛どころか、自分の身すら守れない。 里沙の容赦ない言葉がれいなの心に突き刺さる。

「わかっとるけん。だからガキさんにれいなを鍛えて欲しか。愛ちゃんがガキさんにしとるように、ガキさんが持っとる戦闘スキルをれいなに叩き込んで欲しいっちゃ」

系統立った格闘技術を習得しているわけでもない。
敵の精神にアクセスするチカラを持っているわけでもない今の自分が、愛と対能力者用の実戦訓練を行ったところで、何も得られない。
それがれいなの自己分析だった。

「そもそも愛ちゃんはガキさんとやるみたいに、れいなと厳しく戦ってはくれん」
「何といっても私と愛ちゃんは同じ訓練を受けた仲だからね」

少しだけ遠い昔を懐かしんだ里沙にれいなは頼み込む。

「やけん、ガキさんやったられいな何とか喰らいついて…」

里沙の顔が再び険しくなったのを見て、れいなは口を噤んだ。
自分の言ったことが、里沙の気分を悪くしかねないものだという自覚は流石にある。

「れいなのこと鍛えて欲しいけん。 でも愛ちゃんじゃレベルが違いすぎて訓練として成立せんけん手頃な強さのガキさん教えてくれんね」

里沙はれいなの口調を誇張して再現した。
そうすることで、その思いがいかに自己中心的なものなのか、本人に気づかせるつもりなのか。

「いや、れいなそんなつもりで言ったんじゃないけん」
「私、持ち上げられてるんだか、落とされてるんだか」

苦い顔の里沙だが、機嫌はそんなに悪くない。

「まあ、実の所あんたの考え方は正しいけどね」

念動系の能力を持たない里沙とれいなは、戦士として同じ地平に立っている。
里沙の精神干渉、れいなの共鳴増幅。
持っている能力の違いによって、戦闘スタイルも微妙に異なりはするものの、己の肉体を駆使した格闘戦が核になるという点では共通している。
能力者との対決を念頭に置いた格闘技術を訓練するにあたって、里沙がれいなの指導に当たるのが一番効率的なのは事実だ。

「…結局、私とあんたは同じ方角を向いてるみたいだね」
「どういうことね」

能力の発動にランダムで支障が生じる可能性の高い高橋愛を守り抜くという決意。

「私は愛ちゃんを後方に下げることで、最前線から遠ざけようとした。でもあんたは自分が敵に突っ込んで、自分自身が最前線になることで、愛ちゃんやみんなを守ろうっていうんだね」
「そんな、カッコいいつもりやないけん、ただ…」
「ただ?」
「気づかない内に守られていて、それが当たり前のようになっていて、愛ちゃんの背中を追っかけてた頃の気持ちを見失っていた自分のことがくやしくて」
「…いいけど」
「えっ?」
「だからいいよって言ってあげてるんだけど」

里沙はれいながスキルアップを果たすための指導役を務めてもいいと伝えた。

「但し。それが楽じゃないってことはあんたもわかってるだろうね」

れいなが歩もうとする道は、日々の鍛錬を少しずつ積み上げて、実力を上げていくような着実な道程ではない。
絶望的なまでに遠い目標へ限られた時間で到達するための無謀なまでの全力疾走だ。

「私のことを本当の敵だと思ってかかってきなよ。私もあんたのこと潰すつもりでいくから」

学校の部活動や町中の道場じゃ教えないような禁じ手や裏技の数々。
関節を破壊し、靱帯を断裂させ、内臓を損傷させるような汚い攻めも随時織り交ぜていくという。

「修行だから訓練だからって、チンタラした気持ちで取り組んだって時間の無駄だから」

高橋愛の後を継ぐにせよ、高橋愛の代わりを務めるにせよ、リゾナンターの前面に立って戦うということには、並々ならぬ覚悟を要する。

「私のやり方とあんたのやり方。どっちが正しいのか。それともどっちも間違ってるのか」

「遠慮はせんよ。ガキさんをぶっ飛ばしてリゾナンターの次期リーダーの座を奪うつもりでいくけん」
「頼もしいことだね」

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ほんの少し体を休めるだけのつもりだったのに、ついウトウトしてしまった。
背中を流れる汗が冷たい。
大慌てで時計を見る。
およそ三十分のロスは痛いけど、取り返しがつかないってほどの時間じゃない。
自分で自分に罵声を浴びせながら、ベットから飛び降り、ジョギングシューズを下げて、念のため忍び足で階段を降りていく。

夜にもロードワークを入れたんは詰め込みすぎっちゃあ詰め込み過ぎなんやろう。
さゆあたりは強くなる為には体を休めることも必要だとか言いそうやけど。
でもそんなのは寝言やけん。

実のところ、れいなもこのままベッドで眠ってしまいたい。でも…。
れいなとの訓練を終えたガキさんは、きっと今頃本気モードの愛ちゃんと実戦訓練をしとる。
地下のトレーニングルームの件から、ガキさんとは毎日話をしとる。

それまでも日常の挨拶はそれなりにしとったけど、こんだけ密に話合うことはなかった。

その時が来なければいいと思ってる。
でもその時が来た時、オタオタ慌てんように、後悔せんようにするには、今出来ることをやるしかない。
今日もガキさんとそう話した。
でもそれは言葉と言葉を交わしてする会話じゃない。
拳と拳を交えて、魂で語りあったけん。

真っ暗な道を走り出す。
朝はまだ見えない。