『狂犬は畑を耕す』


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東京都内の某所。
その一角にあるどう見ても普通の町工場にしか見えない平凡な建造物こそ、世界征服を企む悪の秘密組織ダークネスの根拠である。
外見こそ平凡な町工場であるが、その地下には技術の粋を凝らした施設が展開している。
最深部には組織の長であるダークネスの玉座がある。
悪の組織の首魁の部屋らしく、厳重なセキュリティで守られたその部屋では、今まさにテレビ電話を通じての定期連絡が終わろうとしていた。

「ドクターマルシェ。 科学部門が要求していたイカカニゴン再生計画の予算は満額認めることにしよう」
「ありがとうございます。 必ずやダークネス様の期待に応えてみせます」

科学部門を統括する悪の天才科学者に鷹揚に頷いてみせてから、通信をオフにする。
ふぅと一息つくとインターカムを通じて、次の間に控える幹部に暫くの間、誰も通さぬように命じた。
そして部屋の施錠を確認すると、TV電話に使用していたデスクトップのPCとは別のノートパソコンを起動させると何処かにアクセスする。

ディスプレイを眺める闇の王の瞳に、鮮やかな色が映る。
ワイアレスマウスを緩慢に動かしていくと、彩りが少しずつ変化していく。

「エロかっ!!」

誰の入室も許していないはずの部屋に闇の王以外の声が響く。 それも女の声だ。

「ヒィィィ」

闇の王の口から、らしからぬ悲鳴が洩れる。

「エロなんだな!!」
「お前は・・・藤本ではない…グエッ」

闇の王が奇声を発したのは、女に頭を殴られたからだ。
闇の王の頭を殴った女はというと、轟然と胸を張りこう言ったものだ。

「ミティ様と呼べや」

闇の王の玉座に侵入して、その頭を殴った女は藤本美貴。
闇の王の支配する組織、ダークネス構成員の一人で、幹部を務める。
組織に属していながら、そのトップに手を上げる辺りにこの女の傲岸不遜ぶりが表れている。
“氷の魔女”の二つ名で敵味方から恐れられている藤本美貴、いやミティは闇の王を問いただす。

「人払いをしてわざわざノートパソコンを使って楽しんでるってことはエロなんだな、おい」

闇の王は憂う。
この際だからどうやって部屋に侵入したとかそういうことは置いておこう。
部下の分際で首領の頭を殴った不敬の罪も問うまい。
ただ、今自分がノートパソコンで楽しんでいたものだけはこの女に知られたくはない。
知られたら、バカにされ笑いものにされてしまう。

闇の王は考えた。
ここで、エロなんかじゃないと言えば、この女はじゃあ見せてみろと迫るだろう。
それは拙い。
これは見られたくはない、少なくともこの女だけには。
といってエロだと言っても、女としての恥じらいなどどこかに捨ててきたこの女は目を輝かせて、じゃあ自分にもエロを見せろというに違いない。
判る、自分には判る。
散々いたぶられてきただけにこの女の思考パターンが読める。

闇の王は策を練った。
ここは二段構えで行こう。
まずはエロであると認めてみせる。
その上で恥じらいも慎みもなくしてしまったこの女でさえ、ディスプレイを見るのを躊躇うような類いのエロであると偽ろう。
あるいはそのことによってこの女からバカにされ、汚物を見るような視線を浴びるかもしれないが構わない。
いや、むしろそのことによってこの女が自分と距離を取るようになれば、万々歳ではないか。

闇の王は思案した。
ではどういった類いのエロならこの女さえ引かせてしまうだろか。
どんなエロならこの女の目を背けさせられるだろうか。 そして耳を塞がせられるだろうか。
SM? ボーイズラブ? ロリータ?
ダメだ、ダメだ。
そんな生半可なエロでは、このアバズレ女は嬉々として見入ってしまうに違いない。
…だったら。

「ワハハハ。 その通りエロだとも。 ワシだって健康な男子だ。 エロは必要だ。 悪いか!」
「いや、悪くはねえけどよ」

常にない強気な闇の王に、魔女も少し戸惑っている。
よし、このまま押し切ってやろう。 そしてこの女を追い出して、ワシの秘密は守りぬく。

「知りたいか。 どんなエロか知りたいか。 お前、そういう顔をしてるぞ、藤本」

呼び捨てにされたにも関わらず、そのことを咎めないほどに魔女は困惑している。
闇の王はここぞとばかりに追い討ちをかける。

「いいとも、教えてやろう。 今ワシが見ていたのは五十過ぎても独身の男が一人旅に出かけた先の旅館の女将と懇ろになる。 そういうエロ動画だ」
「なんだ、何てことないじゃん」

魔女の顔にほっとしたような笑みが浮かぶ。

「但し、女将の年齢は五十八」

げっ、まじかよという表情になった魔女にダメ押しとばかりに…。

「そして二人の関係に嫉妬した七十一歳の大女将に地元の町長八十歳までもが加わり、ドロドロの愛欲絵図が繰り広げられるエロ動画を見たいか、見たいか!!」
「…そんなもん見たくねーよ」

勝った。
自分は氷の魔女に勝った。
心の中で快哉の声を上げた闇の王は、退室を促した。

「そうか、遠慮深い奴だ。 興味が無いならさっさと部屋を出て行くんだ。 ワシはまだまだこのエロ動画を楽しみたいからなあ」

ワハハハと豪快に笑う闇の王に対して、意味ありげな表情で氷の魔女は告げる。

「その言葉、アイツにもいってやれ」

ん、アイツ?
アイツって誰のことだと周囲を見回した闇の王の目に、デスクトップPCの画面の中で唖然とした表情をしているドクターマルシェが映った。
接続が絶たれていなかったのだ。

「ヒェッ、マルシェ」

画面の中のマルシェは闇の王の声が自分の名を呼んだのを聞くと、悪寒に襲われたかのように震えた。
そしてカメラから目を逸らすと感情が感じられない声で話しかけてくる。

「個人の嗜好についてとやかく言うべきではないのかもしれませんが…不潔です!!!」
「いやっ、違うんだ、これは…」

必死で呼びかける闇の王をよそに、通信の接続が絶たれた。

「違うんだ、マルシェ。 誤解なんだ」

          ・
          ・
          ・

暫くの後、闇の玉座に脚を組み腰掛ける氷の魔女の姿があった。 闇の王はというと、床に正座している。

「…ですから、人払いをしてまでゲームをしてるとか知られると、闇の王に相応しくないとか言われそうだったので嘘をついてました」

嗚咽し、言葉に詰まりながら釈明している。

「それにしてもジジババの愛欲絵図とかよく考え付いたな」
「それぐらい強烈なのをかまさないとお前を誤魔化せ、ヒィィ」
「お前じゃない、ミティ様と呼べや」

あまりにも倒錯している主従の構図には、流石の闇の王も拳を握り締めた。
だがそれを見逃すような氷の魔女ではない。

「何だ、その握り拳はよ。 やんのか。 マルシェにとりなして欲しくは無いのか、ああ?」
「いえ、そのような気持ちは決して。 ここはあなた様、ミティ様に骨を折っていただいて、何とかドクターマルシェの誤解を解いていただきたく…」
「つーかよ。 お前がボスでアイツが部下なんだからそんなに気を遣うこともないだろうが」

腕ずく、力づく。
闇の王の権勢を使って従わせればいいだろうという悪の正論を吐いている。

「女性に対してそんな非道なことヒィィ」
「さっきは女の私の前で随分といえば随分なことを言っていたじゃねえか」

他人の私室にエロか?と乱入してくるような奴にまで、女として気を遣わねばいけないのか。
闇の王の中に至極当然な疑問が湧いたが、それを口にすればどんな災いが降りかかってくるか判らないので黙っている。

「しかし、ゲームつってもいったいこれは何のゲームだ?」

魔女の目の前のノートパソコンのディスプレイには青い空、緑の大地が広がっている。
所々の地面が赤や黄色に染まり、画面の端には牛や鶏の姿も見える。

「ほ…り農……活です」
「聞こえねーよ」
「ほっこり…生……す」
「聞・こ・え・ま・せ・ん。 もっと大きな声で話してください」

言葉遣いが丁寧なのが逆に恐怖をそそる。
意を決した闇の王が腹に力を込めた。

「ほっこり農園生活というシミュレーションゲームでヒィィィ」

闇の王の頭に、組織内での決済書類を綴ったファイルが叩きつけられた。

「お前、アホか。 悪の組織の首領が何つーゲームやってんだ」

まだオンラインでチェスの世界チャンピオンと対戦するとかだったら許せるけどよという嘲りを耳にしながら闇の王はぼやく。

…こうなることが判っていたからこいつには知られたくなかっヒィィィ。

「こいつじゃなくミティ様な」

念を押してからマウスをクリックしてポーズ状態になっていたゲームを再開させる。

「で、これはどうやって遊ぶんだ」
「えっ?」
「だからどうやって遊ぶか聞いてるんだよ、ミティ様が。 お前はさっさと答えればいいんだ」
「そ、そのゲームは遊ぶものじゃない。 ほっこり癒されるもヒィィィ」

正座している闇の王の首を回し蹴りで刈った魔女は呆れかえっている。

「お前、世界征服を企む組織のトップがほっこり癒されてどうする、おい」
「そんなことを言っても組織の運営に追われ、世界征服への道は今だ遠くヒィッ」

魔女の上げた手が自分に向かって振り下ろされるのではないかと脅えた闇の王だったが、それは杞憂に終わった。
まいったなあとこめかみの辺りを掻いている。

「まあこんなもので遊んでる限り、世界征服どころか町内征服だって無理だろうけどよ、ん」

魔女が目を瞬かせたのは正座を命じていた闇の王が膝で立ち身を乗り出しているからだ。

「せっかくそこまで発展させた農園が手入れを怠ると荒れてしまうではないか」

魔女がポーズ状態を解除してしまったことで、ゲーム内の時間が動き出したので気が気でないらしい。

「お前、たかがゲームのことでそんな真剣になん…」

魔女の顔に浮かんだ邪悪な笑みを見て、闇の王が息を呑んだ。

「全部売り飛ばしてしちゃえ~♪」

ゲームの詳細な説明は見ていないが、何となく判る。
畑で作った農産物を売って得た金で農園を充実させていくのだろう。
適当にその辺をクリックしていき、出現した店のアイコンを開く。

「うわあ、ちょお折角リンゴの木が育っているのに」
よく見ると農園の半分近くを鮮やかな赤色の果実を実らせたリンゴの木が占めている。

ビンゴだ。
市場では各種農産物を買い取ってもらい、得た金で新しい作物の種や苗、家畜や農園の施設の拡充も行なえるようだ。
暫く市場で行なえることを調べていた魔女は、大体の内容を見終わると、黙って闇の王の頭を小突いた。

「イテェッ。 いきなり、何をする」
「それはこっちのセリフだ。 お前こそなにやってんだよ。 リンゴの木なんて辛気臭いもの育てなくたって、カカオを育ててチョコレートマシンを導入すれば荒稼ぎが出来るだろうが」

現実にはリンゴとカカオを同じ場所で育てることは不可能に近いが、そこはゲームの世界。
適度にデフォルメされて、寒冷地や熱帯でしか育てることの出来ない農作物が同じ農園で育てられる使用になっている。
流石に育てられる時期は異なって設定されているが。

「いやぁ、それはちょっと…」

だからこのゲームは金を稼ぐことが目的ではなくて、色んな農作物を育てて四季の変化によって彩りを変えていく農園の姿を愛でることにある。
そんなことを言っても、この性悪女には理解できまい。 それに…。

「オイ! 誰が性悪女だ」

うっかり呟いてしまった本音を聞きとがめられたらしい。
闇の王は臍をかんだ。

「エヘ。エヘへへ。 何かの聞き間違いではないでしょうかね。 確かに施設を充実させて農作物を二次加工していけば収入は増大するが農園がゴミゴミしてしまって…」
「お前は花畑牧場を否定するのか!!」
「ヒィィィ」

魔女の口から思いもかけない名前が出たことで、闇の王は驚愕した。
魔女はというと不気味な笑顔になっている。

「許せねえな。 元カントリー娘。としてテメーの今の発言許せねえな」

っていうか、何、このメタ設定。
自分の立ち位置が掴みきれずに、困惑する闇の王をよそに魔女は豪快な笑い声を上げた。

「もっともよく考えたら、アタシ畑仕事も牛の仕事もしたことねえや。 ガハハハ」

バタン。
玉座の扉が蹴り開けられた。
そこに立っているのは、眦を吊り上げたドクターマルシェこと紺野あさ美その人だった。
どうした、その血相はと魔女が声をかける前にマルシェは叫ぶ。

「それは違うよ、美貴ちゃん。 カントリー娘。に紺野と藤本(モーニング娘。)だからね」
膝をパカパカさせながら、それだけ言うと退室していった。

その後姿を毒気を抜かれたように眺めていた魔女は心許なげにパソコンのディスプレイを眺めている。
その目はチョコレートマシンやジュース製造機の価格を追っている。

「確かに機械を導入すれば売り上げはアップするかもしれん。 しかし値段がバカ高い上に複数の材料を投入していくのにとても手間がかかる」

言外にはお前みたいなずぼらな女がそんな手間のかかることは出来ないだろう。 さっさとパソコンから離れてゲームをやらせろという願望がこもっている。

「オイッ」
「ハイッ」

反射的に返事してしまった自分の弱さを嘆く暇もない。

「オイ、いいの見つけたぞ。 っていうかお前バカじゃねーの。 こんな高く売れるもん植えたことがないなんてよ」

ディスプレイにはビートの売買価格の目安が映っている。
それは単一で売る場合、ダークネスが好んで育てていたリンゴやオレンジの数倍の利益は見込める額だった。

「ビートは確かに高く売れるのだが、農園が紫色に染まると毒々しくなるだろうと思ってな」

確かにディスプレイの中のビートは少しどぎつい紫色で表現されていた。
自分は四季によって彩りを変えていく農園の美しさを楽しみたいのであって…。
効率のよいビートを導入しなかった理由を恐る恐る言葉にしていく闇の王の姿を目を細めて見ていた魔女はデスクトップのパソコンをインターネットに接続させている。

「なるほどな。 紫色が毒々しいと。 お前がリゾナンパープルこと光井愛佳を全否定してることはよくわかった」
「ちょおおおおおおっ!!」

闇の王は魔女の言葉を大慌てで否定した。
魔女はというと日本最大のインターネット掲示板に新しいスレを立てている。

そのスレタイも『『光井愛佳ってなんか毒々しくね(笑』』

「ちょお待てってば」

『『禿しく同意』』
『『良スレ発見』』
『『今日のアンチ光井スレはここだと聞いてやってきました』』
『『愛佳は天使』』
『『↑コンタクト買う金もねえのかよ』』
『『在宅のアンチはクソスレ立てるしか能がねえのか』』
『『るせーよ』』
『『スレ立てもろくに出来ない携帯は黙ってろ』』

携帯とパソコンを使い分けて、スレを煽って勢いを伸ばしていく

「ちょっと待てったら。 ワシはただこのゲームの中のビートの色が毒々しいと」
「言ったぞ。 お前確かに言ったぞ。 農園が紫色に染まると毒々しいと言ったぞ。 これは潜在意識の中で光井のことを否定してるということに…」

違うわ~!! 闇の王史上最も大きな声を出した。

「好きやっちゅうーねん。 愛佳のことめッちゃ好きやっちゅーねん。 前髪降ろしておちょぼ口で何か食べてる愛佳の姿にめっちゃ癒されるねん。 一度でいいから愛佳の作ったたこ焼き食べたいねん」

大声で捲くし立てたせいで息が切れている。

「じゃあビートを植えてもいいよな」
「…ハイ…」

ノートパソコンの中のダークネス農園がビートの紫色で埋め尽くされた。
その光景は闇の王が危惧したように少し、というかかなり毒々しかったが魔女は気にも留めなかった。
収穫の時が来るまでの暇つぶしに牛や鶏をクリックして鳴き声を響かせている。

「あの…」
「何だ(ギロリ)」

闇の王は魔女の恫喝に脅えながら、ビート畑の一角を指差す。
そこにはビート水滴のようなアイコンが発生していた。

「何だこれは!!」
「それはっ」

闇の王の説明によると、水滴のマークは畑の水分が不足していることを示しているらしい。
早く水をやらないと作物が枯れてしまうらしい。

「けっ、面倒くせいなあ。 どうすれば水やりができるんだ」
「それはそこのジョウロのアイコンをクリックして、井戸の所まで移動させてだな」

闇の王自らマウスに手を伸ばして水やりを敢行しようとしたが…。

「うぜーよ、寄るんじゃねえ。 超熟女好みの変態野郎が」
「それは違うって」

魔女に片手で追い払われてしまう。
暫くの間ジョウロのアイコンをクリックして、水やりを行なおうとしていた魔女だったが、ノートパソコンの小さな画面内のことゆえ苦戦してしまう。

「面倒くせいんだよ。 やめだやめだ。 水やりなんかやめだ」

“Only the strong survive”

強いものだけが生き残る。
それが自然の法則だと嘯く魔女に対して闇の王は反駁した。

「それを言うなら農業というものはある意味自然破壊の一種なわけで…」
「ゴチャゴチャ細かいことはいーんだよ」

日本の稲作農業の限界がどんどん北上していったように、このビートたちの中からも干ばつに強い品種が生まれてくるはずだ。
腕を組み、水不足のアイコンだらけになったビート畑を睨みつける。
そして、数十分後。
全てのビートが枯れ果て、茶色の荒地だらけとなったダークネス農園の姿があった。

「ガハハ、こんなに空しいゲームなんてアタシには向いてないわ」

ちょっとばかりリゾナンターと遊んでくるわと玉座の間から出て行った。
残されたダークネスは赤茶けた土地ばかりとなった農園を見ながら呆然と呟く。

「火星の運河だ。 母さん、火星の運河が見えるよ」

これは世界征服を企む悪の組織、ダークネスの物語。