『confrontAtion ―相克―』


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「組織に所属している以上、決定には逆らえない。だから私たちは抜けた。あのままじゃ私たちの声はどこにも届かなかったから」

『自分たちの憤りを知らしめるために組織を去った』。
その主張はもっともだ。
内部から非難の声を上げるのは難しく、しかも勇気がいる。
けれど。


「わかったら早くそこどいてくれませんか?今の私は一分一秒が惜しいんで」

苛立ちを募らせ、絵里は足踏みをする。
愛は絵里に対した。

「言いたいことはそれだけ?」

自分でも驚くほど低い声が出た。
心の中から“私”の部分を消そうとすればするだけ頭が冷え切っていく。
それはきっと正しいことなのだろう。“公”を果たすことを第一とする「リゾナンター」のリーダーとしては。
そう思わなければ、やっていけない。

「無許可脱退に脱退教唆。加えて今日は警備に対する暴行及び不法侵入。…亀井絵里、あんたのやってることは反逆以外の何物でもない」
「だから?」
「説得が通じないなら次は拘束を試みる。それでも抵抗を続けるようだったら……わかるよね?」

返答を待つまでもなかった。
愛と絵里、一瞬で交差する二つの影。
すれ違いざまに叩き込んだ愛の拳打は全て受け流された。まともに当たった感触は一打もない。
しかし愛も直後に放たれた絵里の渾身の一蹴りを見事に避けた。
二人の初撃は、互角。

愛としては、互角で一向に構わない。
絵里と対するのは愛一人ではないのだから。

「カメ!覚悟っ!」

前方から愛が、後方からは里沙が自慢の鋼線で狙い撃つ。
絵里の注意は二人に向けざるを得ない。
複数に向けられ、落ちる一人に対する注意力。
愛はその瞬間を見逃さない。

「っ!」

絵里が里沙に気を取られた一瞬の隙を突いて、斜め後ろから背に回し蹴りを見舞った。
苦悶の表情を浮かべてよろめく絵里。
それを見た愛にはゼロコンマの躊躇いが生まれる。次撃を放つのが遅れた。
今度は愛に、一瞬の隙。

「…ぐぁっ!」

突風に煽られる。凶暴かつ強力な。
身体が無抵抗に吹き飛ばされる。引き寄せられるようにその先にある、壁。
壁に叩きつけられた。
全身強打のブレーキを引き換えにして、愛の身体はようやく自由を取り戻す。

「愛ちゃん!」
「もっと本気でやってよ愛ちゃん。絵里は手を抜いてあげないよ?」

互いに、乱れた呼吸を整える。

「とはいえやっぱ二対一はキツいね。しかも相手はリーダーとサブリーダー。……倒すのは、諦めたほうがいいかな?」

絵里は右手を掲げた。
彼女を中心に風が発生する。
絵画や花瓶などの装飾品を巻き上げながら次第にその強さを増していく。
やがて、何者も近づけさせない強烈な風が絵里の周囲でうねりを上げた。

「なっ…!」
「“台風の目”ってあるでしょ?力の影響範囲にあるものは容赦なく吹き飛ばすのに、その中心だけはなんともないの」

絵里は台風の目と化した。
風の鎧を身に纏い、あらゆるものを薙ぎ倒しながら幹部のいる部屋に繋がる大広間の出口へと近づいていく。
里沙の鋼線は風力に圧され絵里まで届かない。
武器を持たない生身の愛も同様。
絵里は二人を倒さぬままこの場を突破しようとしていた。

では愛と里沙はここで易々と引き下がるのか。

否。
二人は目配せをした。
目の動きと長年の経験で、二人は瞬時に次の戦法を理解し合う。

「行かせない!」

里沙が絵里の行く手に立ち塞がった。
同時に、精神干渉の触手を伸ばす。
精神干渉の能力は精神系・非精神系問わず相手が強力な能力者であるほど通じにくい。
当然絵里も例外ではなかった。
しかし、躊躇している余裕はもはやない。
一刻も早く彼女を止める。彼女がこれ以上罪を重ねるその前に。

「……わかってるよ。ガキさんたちが考えてること」

立ち止まり、絵里は神妙に呟いた。
“台風”の勢力が徐々に弱まっていく。
術を解こうとしているのか?

彼女は反逆者。これは任務。
それはわかっている。
けれどかつての仲間、それも無抵抗の者の心をざらりと撫でることができるほど里沙は場に染まりきれていなかった。
動揺から、里沙の動きが止まる。



ゼロコンマの躊躇いは命取り。
今しがた、その様を見せつけられたばかりだというのに。



「ガキさんは囮なんでしょうっ!?」

絵里の口元がこの日一番の曲線を描いた。
歪んだ笑みは頭上を見つめ、その先には驚愕という驚愕を顔に貼りつけ空中で固まる愛の姿。
見破られていた。
二人の狙いも、その戦法も。

里沙が絵里の心を操作するという試みは偽りではないが、確実性に乏しい試みではあった。
結果が最優先の任務にあって、確率の低い試みに全てを懸けるわけにはいかない。
里沙の精神干渉は保険でしかなかった。
“うまくいけばいいね”。
その程度の期待。

「今の絵里を止めるには台風より強い技を出すか“目”の中に入るかしかないもんね!わかるよ!絵里が逆の立場でもきっと同じことしたと思う!」

里沙が絵里の注意を引きつけている間に、愛は瞬間移動で絵里の頭上に。
そのまま愛が絵里を取り押さえることができれば里沙はリスクや罪悪感を背負わずに済む。
仮に愛が失敗しても、交戦の合間に隙を見つけて必ずや里沙が絵里の心の自由を奪う。
それが、愛と里沙が目配せで講じた作戦。
二対一のメリットを最大限に活かした戦法。
だが戦法はあくまで戦法であって、戦果をもたらすまでには至らなかった。

「絵里を甘く見た罰だよ」

絵里の眼が妖しく光る。歪んだ笑みが引いていく。
次の瞬間。
愛の全身は発生した無数の風の刃によって切り刻まれた。

愛は赤い雨を降らしながら落下する。
絵里は無表情でそれを眺めている。
里沙は叫んだ。
喉が嗄れ裂けるまで。

「愛ちゃぁぁあぁぁん!!!」

けれど、その叫びが里沙本人の鼓膜を揺らすことはない。
聴覚が視覚が全ての感覚が目の前の現実を拒絶する。
無二の相棒が無二の戦友を傷つけた。そのきっかけを作ったのは他の誰でもない里沙自身の油断。
いっそ、このまま狂ってしまえばいいのに。自分も時間も世界さえも。
しかし現実は容赦なく里沙の眼前を覆い尽くす。

拒絶したはずの聴覚は、何かがどさりと倒れる音を捉えた。
拒絶したはずの視覚は、身体を朱に染めて動かないうつ伏せの人間を捉えた。
ごまかしのきかない心音と冷や汗だけが、目の前の惨状は狂いようのない事実であると思い知らせてくれた。


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ぱんっ、と乾いた音。
続けて掌に痺れるような痛み。
そうか。
自分は、差し出した手を叩かれたのか。

「……なめんな」

静かに、だがはっきりとれいなは拒絶を示した。
彼女は怒りに打ち震えている。
それについては驚きも悲しみもしない。
彼女はきっとそれを選ぶだろうと、ジュンジュンにはわかっていた。

猫のようにふらふらとすぐどこかへ行ってしまいそうに見えて、自分の帰るべき場所はしっかりと弁えている。
気まぐれだけど芯の通った人だった。
ジュンジュンは彼女のそんなところがとてもとても好きだった。
だから、守りたいと思うのだ。

心から大好きだと思える人。
もう二度と、失いたくない。


「あいつらはムカつく。何遍ぶん殴っても足らんくらいムカつく。けど、れいなは……れいなは、そんなんで仲間を裏切ったりはせん」

怒りを、悲しみを。
抑えきれない感情を抑えつけ、れいなは想いを吐き出した。
肩も瞳も震わせて、それでも視線だけは決して揺らぐことなく。

「外に飛び出すのはいつだってやれると。やけんれいなは『内部の人間』って立場で文句を言う。…組織の中で、みんなを守る」

言って、れいなは真っ直ぐ正面を見据えた。
迷いを全て受け止め新たな一歩を踏み出した者の瞳。
この瞳に会えただけで今日ここに来た価値がある。ジュンジュンは思った。

とはいっても。
それとこれとは、また別で。

「やっぱ田中さんダメなんだー…」

彼女は、自分たちと一緒には来てくれない。
決して覆すことのできない現実にジュンジュンは落胆する。
脱力。
そして。

「…は!?」

一足飛びでジュンジュンはれいなの鼻先へ。
不意を突かれたれいなは反応が僅かに遅れた。
待たず、ジュンジュンは容赦なくれいなの腹を蹴り上げる。
軽々と宙を舞うれいなの体。それを宙で待ち構えていたのはリンリン。
リンリンはその腕でれいなの首をしっかりと捕まえ、落下する勢いのままにれいなの脳天を床へ叩きつけた。

「れいな!」「田中さん!」
「だから田中さんって好きだヨ」

ジュンジュンはれいなに手を差し出す前と全く同じ台詞を口にした。
その意味合いも、全く変わっていないつもりだった。

田中れいなという人間は自分の心に正直に生きている。
嫌なことは嫌だとはっきり言うし、それを態度で表すことも少なくない。
けれど、その“わがまま”はいつだって自己の立場を認識した上での“わがまま”だから。
彼女は自分たちと同じにはならないだろう。
道を踏み外したりは、しないだろう。
それがどこまでも好ましくて……どことなく寂しかった。


「イチバン手強い人まず仕留める。戦術の鉄則ですねー」

中華料理の解説でもしているのかと思うほど気軽にリンリンが言ってのけた。
彼女は笑っている。
慕っていたはずの先輩を躊躇せず叩き潰しておきながら、リンリンは笑っていた。

「よくも!」

愛佳は激高した。
憤怒に目を吊り上げ、自らを奮い立たせる一歩を踏み出す。
おそらく愛佳も怖いだろう。嘆いているだろう。かつての仲間と一戦を交えること。
まがりなりにも同期だ、ジュンジュンは彼女がたった今取り出し投げたダガーを一見するだけで彼女の胸の内をある程度感じることができた。

不惑の軌道。震える切っ先。

ジュンジュンは部分獣化で腕を大熊猫と化し、己の感傷と愛佳のダガーを強引に払いのけた。

「次、光井さん…?」

一切の感情を封じ込める。
獲物を捉える肉食獣の瞳を愛佳へ向けた。
目を切らず愛佳の懐に飛び込む。
感情のない獣の腕を振りかぶる。

その刹那、様々な愛佳がジュンジュンの脳裏を駆け抜けた。
怒らせた顔。泣かせた顔。笑わせた顔。喜ばせた顔。それから。それから―――

…きっとこんな気持ちになるのは今日でおしまい。
さよなら、光井愛佳。

「だめぇーっ!」

瞬間、黒い影がジュンジュンと愛佳の間に割って入った。
道重さゆみ。
さゆみは全身で愛佳を突き飛ばし、自らの身体を大熊猫の爪の前に差し出した。

「ぁぐっ!」
「道重さん!」
「……困るよ道重さん。ジュンジュンは光井さん狙ってたなのに」

愛佳と入れ替わり爪を受けたさゆみ。
赤く染まりゆくその背中を見下ろしながら、ジュンジュンは淡々と不平を漏らした。

ジュンジュンは愛佳を狙うつもりでいた。
ここでさゆみに入ってこられるのは完全に想定外。
予定が狂う。
調子が狂う。

ただ、これでさゆみはしばらく動けない。
狂った予定と調子は微々たるものだ。
残る標的が一人であることに変わりはない。

「将(ジャン)。……王手ですよ、光井さん」

リンリンと二人で愛佳との距離を詰めていく。
もはや愛佳に、為すすべはない。



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戻れたらいいのにね。
何事もなかったみたいに笑い合って、肩を叩いて、ずっと同じ道を歩んでいけたら。
…それをできなくした張本人が言うことじゃないか。

そう、原因を作ったのは私。決めたのも私。
だから迷ったりしないよ。
誰かのせいにしたりもしない。

ほんの少し、有り得た未来を夢見ただけなんだ。