『confrontAtion ―詰問―』


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「あんたねえ……いいかげんにしなさいよ!?」

怒声を纏った鋼の蛇の突進は風の結界によって阻まれる。
里沙の鋼線を涼しげに受け流す彼女の顔には少しだけ口角の上がったいつもの笑みが刻まれていた。

「いいかげんにしてほしいのはこっちなんですけど。『そこどいて』って、さっきから何回言わすんですか」

亀井絵里は大広間の窓際に立っていた。
彼女の足元には大小様々なガラスの破片が散らばっている。
全て、絵里が強引に窓を突き破ってきた時にできたものだ。
どちらかの攻撃によって散った破片は今のところ一つもない。

彼女は単身、愛と里沙の待つこの大広間に乗り込んできた。
加勢の手が現れないところを見ると、やはり愛佳の予知通り、ジュンジュンとリンリンの二人は別ルートを辿ったことになる。

「わかってると思うけど、あたしたちはここを一歩も引かないよ。だから……だから、諦めて帰んな。今ならまだ見逃してやれる」

愛は“敵を前にしたリゾナンターのリーダー”というよりも、“絵里の先輩”としてそう忠告した。
警告でなく忠告。
甘いことはわかっている。通常の任務であれば絶対にこんなことは言わない。
だがそれでも、甘くならずにはいられない。
何しろ彼女は7年もの間愛たちと行動を共にしてきた仲間“だった”のだ。

「気持ちはありがたいけど、それじゃダメなんですよ。ここで帰ったら私たち何のためにチームを抜けたのかわからなくなっちゃう」

絵里は一歩も引く様子を見せない。堂々巡り。
ぐずぐずしていると組織から応援の部隊が寄越されてしまう。
なんとしてもその事態は避けたい。
この問題だけは、誰にも介入されたくない。

「…あんたたち、なんで抜けたのよ。それを確かめる方法なんていくらでも」
「いくらでもあるんですか。じゃあガキさんは知ってるんだ?」

絵里の詰問は愛の焦燥と里沙の言葉を同時に遮った。

「ねえガキさん知ってるなら教えてくださいよ。絵里とそれからこんなバカなことに付き合わせちゃったあの二人に」

こみ上げる怒りを隠そうともしない彼女。
怒りは早口に乗って愛と里沙を責め立てる。
冷たく細められたその目が愛にとって最も心苦しい部分を射抜いた。
室内の空気が冷えていくような心地さえする。

どうか言わないで、その先は。
心の手が空をもがく。
できることならその口を押さえつけてしまいたかった。
言わないで。言わないで。言わないで。
けれども現実は凍りつく指先。
現実には指一本動かせぬまま、愛の願いは冬空の下の吐息よろしく宙を漂い儚く散った。


「どうして小春は消えたんですか」



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小春が任務中の事故で命を落としたと聞かされ、誰よりも強く不信感を露わにしたのは絵里とジュンジュンだった。
後になってさゆみに「れいなが強く出なかったのが意外だった」と漏らされたことがあったが、
れいなだって抑えようと思って抑えていたわけじゃない。
ただ圧倒されてしまっただけだ、絵里の剣幕に。

ジュンジュンは元々感情的な面があった上、小春にかなり懐いていた。
そのため彼女が憤る姿を見てもあまり驚きはしなかった。
だが絵里は違う。
仕事に関してはどちらかといえば冷静で感情的になることの少ない彼女が、小春の消えた原因についてしつこく上層部に食い下がっている。
れいなは自分が怒ることも忘れ、絵里が感情を爆発させる様を離れた所から見つめていた。
今になって思えば、確かにその役目は自分が担っていたほうが相応しかったかもしれない。
自分がその役目を負ってさえいれば、三人をこうしてリゾナンターから離反させることもなかったはずだ。

あの時、怒っているのが自分であれば。

後悔は絶えない。
けれど、前に進むしかない。
今は。


「あんたら、まだ納得できてへんのか」

一歩前に進み出て愛佳が言った。
普段よりもいくらかトーンが低い。
二人に甘い顔は見せまいという意思の表れだろうとれいなにはわかった。

「光井さんは納得しているですか?」

リンリンが尋ねた。
昨日の晩御飯はなんでしたか、と尋ねてくるような自然さ。
このような状況下に置かれても未だ受け入れることが難しい。
見た目も話し方も、何一つ変わっていないのに。

「納得…するしかないやろ。愛佳たちが何をしても久住さんは帰ってけえへん」
「…ふうん。じゃあ、道重さんは?」

リンリンの追及はさゆみにも及ぶ。
唐突に矛先を向けられ、さゆみは肩をびくりと震わせた。
暗く沈み青ざめた表情。
さゆみは今にでも倒れてしまうのではないかとれいなは思った。

「…わからない。わからないよ。……けど。あんな思いは二度としたくないし、誰にもさせたくない。だからあたしはここで頑張ろうって決めた」

弱々しい印象とは裏腹の毅然とした物言い。
顔面蒼白は変わらずでも、さゆみの言葉には熱意が感じられた。
悲劇を繰り返さないために留まる。
それがさゆみの出した答えだ。
れいなは彼女の身を案じた自らを恥じると同時に、ただ一人傍に残ったこの同期のことを誇りに思った。
彼女は立派な「リゾナンター」の一員だ。

「っじゃ、田中さん」

そして最後のバトンはジュンジュンかられいなへと投げ渡された。

ジュンジュンとリンリンが聞いているのは、小春の“死”を受け入れているか否か。
精神的に大人びた愛佳は、現場の人間が喚いたところでどうにもならないと悟って苦々しくではあるものの受け入れた。
頭の回転が速いさゆみは、受け入れるのではなく自分が何をなすべきか悟って前だけを見据えている。
では、れいなは?
大人びているでも頭の回転が速いでもないれいなはどういった答えを導き出せばいいのか。
れいなの、れいなだけの結論は。

「田中さん?」
「…納得なんてできん。小春はアホで無神経なとこもあったけど任務で無茶するような奴じゃなかった」
「そだね」
「上の連中は絶対なんか隠しとーやろ。今すぐ突っ込んでって、あいつら全員ぶん殴って白状させてやりたい」
「うん。だから田中さんって好きだヨ」

ジュンジュンは満足そうに頷き、愛佳とさゆみは息を呑んだ。
今この場にいるのは五人。
離反者二人とそれを迎え撃つ者三人。それでようやく戦力が拮抗している。
ただしれいなが翻意すればその限りではない。
離反者二人と迎え撃つ三人が、戦闘員三人と非戦闘員二人になる。
折衝すら通じない戦力の不均衡。

そんな空気を知ってか知らずか、ジュンジュンは無邪気に笑んでれいなに歩み寄った。

「ね、ジュンジュンたちと一緒行こ?一緒に久住さんのこと聞こ?田中さんが入ってくれたら私すっごい嬉しいヨ?」

衝突の行方を左右する一手が差し出された。



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こうなった以上、今までのようにはいられない。
だってそうでしょう?
人の命がこんなにも重いなんて知らなかった。
こんなものを背負って元通り生きていくなんて不可能だよ。
もう戻らない。

戻れない。