(61) 67 名無し募集中(からあげ隊出動)


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それは新垣里沙が闇に身を投じる前のこと。
純粋に正義を信じ、ひたむきに未来に向かっていた頃の話。

能力者の影が感じられる違法セミナーを内偵していた里沙は、事態の急変に気づく。
受講者たちのことごとくが、処分可能な資産を現金化した上に、限度額の借財を作って何処かに向かおうとしていたのだ。
その内の一人、泣いて取り縋る小五の娘を突き飛ばして、車に乗り込んだ母親の目を見た里沙は【催眠】能力者の介在を感知した。
別の事案で要員が出払っていることを理由に、静観するように指示が下るが、去って行った母を思う子供の涙が里沙を動かす。
「お姉ちゃんがあなたの優しいお母さんをきっと取り返すから」

母親を乗せた車が港に向かっていく。
里沙は内閣官房長官の極秘通達Mに基づき、海上保安庁にヘリの出動を要請した。
能力者以外の戦力を保持しないMは、防衛庁、海上保安庁、警察庁に出動を要請できると同時に、一時的な指揮権も行使できるのだ。
一歩及ばず母親の乗り込んだ貨物船を追跡するために、里沙は波止場に強行着陸したヘリに乗り込んだ。
「お嬢ちゃん、からあげ隊にようこそ」

ヘリには二人の乗員が乗り込んでいた。
パイロットは寡黙で真面目そうだが、もう一人の保安正の緊張感に欠けた態度は里沙を苛つかせる。

「ふざけないでください。 からあげ隊って何のことです」

「俺ら出動待機の時は自炊と決まってるんだけどよ、操縦してるそいつの作る唐揚げが絶品なんだ。 下味の付き具合が抜群でねえ」
もう一時間後だったら、里沙にも唐揚げを振る舞えたのにと豪放に笑う。

「真面目にしてください」

冷たい里沙の糾弾に男はため息をつく。

「お嬢ちゃんはお堅いねえ。じゃま俺らも堅くいかせてもらうわ」
男は制服から取り出した手帳を開くと、アルファベットと数字からなる符合を読み上げる。

「はぁ?」

何のことか判らず戸惑う里沙に男は説明した。
Mと海上保安庁の間で結ばれていた便宜供与の協定に変更があったのだ。

「あんたの所のG、後藤真希っていう別嬪さんがいけないんだぜ」

海賊とは名ばかり、レアメタルの輸送船を標的とする武装集団の討伐任務に従事した後藤真希が、賊の高速艇を沈めるために、海上保安庁所有の新鋭ヘリ三機を砲弾代わりに使用したのだ。

「ヘリコの損害もさることながら、搭乗員が乗ったままの機体を、【重力操作】で動かしたことにウチの上の方はご立腹でね」

死者こそ出なかったが支援部隊として出動した海上保安庁を蔑ろにした後藤の行動は、Mと海上保安庁の関係を悪化させた。
内閣官房の斡旋で協力関係の断絶という最悪の事態こそ免れたが、従来のような無条件かつ無制限な便宜供与は見送られることになった。

「それがこのコードブックってわけよ」

捜査権、逮捕権、交戦権という高度な判断が求められる権利を行使する有資格者のみに、その都度に、協力要請用のコードが付与されるという。

「悲しいけど、俺たち公務員なのよねえ。 正規のコードが確認されない限り、お嬢ちゃんを乗せて飛ぶわけにはいかない」

里沙がM上層部の指揮から離れて行動しようとしていることを見透かした保安正の男は、単独行動の危険性を指摘して、里沙を諫める。

「待ってください。 私は決して…」

「お嬢ちゃんがとてつもなく正しいことをしようとしていることは判るよ。 そしてとっても危なっかしいこともな」

里沙は先刻のそっけない態度をかなぐり捨てて、狭い機内の中で男たちに頭を下げる。
自分が見た母と子の悲しい別れの場面を告げた上で訴える。
責任は全て自分が被るから、貨物船を追跡してくれるように懇願した。

「そんな泣き落として俺たちが動くとでも思っているのか。 あんたの言うことを聞いてやったらこっちの首も危ないんだぜ」

「それは…」

言葉に詰まった里沙に男は言った。
福井管区で勤務していた頃、拉致された日本人を運んでいることが確実の不審船を追い回したことがあると。
もう少しで不審船の機関を停止して、臨検に持ち込めるというところでストップがかかった。

「まああまり詳しくは言えねえが、政治的判断ってやつさ」

保安正の暗い顔に里沙は言葉を失った。

「そんな俺がよ。 海上保安官って仕事を失うのが怖くて、助けを求めてる人間を見捨てたほどの俺が、お嬢ちゃんみたいなクソ生意気な小娘の口車に乗ってヘリを飛ばすと思うか」

「…でも」

「飛ばすに決まってるだろう」

保安正の男は操縦士に目で合図をした。
ヘリのローターが回りだす。

「良いんですか?」

感謝の思いを込めながらも、男たちを気遣う。

「俺は海に漂うクラゲみたいなもんだ。 正しくありたいって思っても長いものに巻かれ、強い流れに流されて。
だが正しいことを貫こうとしている人間を助けることは出来る。 お嬢ちゃん」

「ハイッ」

自分よりも遥かに年上の男に真顔で見つめらて里沙は戸惑った。

「お嬢ちゃん。 たった今からあんたはからあげ隊の隊長だ。 あんたの良いように働いてやるぜ」

「あの船の上空につけたら私を降ろしてください」

保安正と話しながら、里沙は降下用の器具を装着する。

「あの船に乗り込んでいる筈の【催眠】能力者は、自分の生体電気を変換した電磁波で対象の脳内の電流を操作して思い通りに動かします」

人工的な電流で増幅した場合、【催眠】の効果は激減する為、その有効射程は長くはない。

「だから、30メートル以内に接近しない限り、【催眠】の威力からは逃れられる筈です」

里沙の冷静な指示に男は驚きを隠せない。

「こいつは頼もしい。 こんなにかわいい顔をしてるのに歴戦の強者みたいな口ぶりだな」

「私もMの人間ですから。 それとお嬢ちゃんは止めてください。 私にもちゃんとした名前がありますから」

「おっとうっかりしてた。 からあげ隊の隊員のくせに隊長の名前を知らないなんでどうかしてる。 で、お嬢ちゃんの名は?」

一瞬、男に抗議しようとした里沙だったが、諦めたように首を振ると名前を告げる。

「新垣里沙。 マインドコントローラーです」