『声を奪われたカナリア』 第二章


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          ◇          ◇          ◇

2011/09/11(日) 更新分


「う、うーん……」

「あ、気がついたか?」

いつの間にか私はベッドの上にいた。
ロフトだろうか?
窓から入ってくる風が気持ちいい。
体も嘘のように痛みがなく、包帯で手当てしてある。もう起きてもよさそうだ。

「あ!まだ動いたらいかんよ。さゆに治して貰ったばかりなんやから」

目の前の女性は自己紹介をしだした。
彼女は高橋愛というらしい。
高橋愛?
彼女が噂の生体兵器なのだろうか?
とてもそうは見えないけれど。
でも、どうして元ダークネスの私を助けてくれたのだろうか。
手紙を読んだのか?
だったら分かってくれてるはずだ、傷の手当ても治癒能力者に治して貰ったのだから早く、ここから退散しよう。


「そういう訳にはいかん」

「!!」
私の心を読んだのか!?
これが生体兵器の能力……。
「あんたが私達に頼み事をするんなら、あんたもそれなりの事を私達にしてもらわないかん」
「はぁ?」
「いくらダークネスを抜けたといっても、あんたは元ダークネスや。里沙ちゃんを始め、リゾナンターのみんなの願いを、あんたの能力を

使ってもええから、みんなのお願いを叶えるんやよ。そしたらきっと、みんなは、あんたの事を信用するやろ」
「ちょっと待ってよ、私は新垣里沙に話をしにきただけ……」
「傷の手当ても、したったんやから、そうやなあ、まずは私は今から店の仕込みがあるから絵里を病院にまで迎えに行ってくれんか?あっ

、絵里には、あんたが迎えに行くってメールしとくから大丈夫やで~」


どうしてこんなことに……。
私は今、一人の少女をおぶさっている。
しかも気持ちよさそうに眠っている。
病院の入り口では元気そうだったが彼女は、心臓に重い病気を抱えているようだ。


住宅街を歩いている途中、彼女はいきなりうずくまった。
発作を起こしたのかと思い、私は念のため、ダークネスが襲撃に来ないように私達の周りだけ結界を張った。
ここで矢口の仕返しが来るのも面倒だったし。
「どうしたの!?大丈夫?」

「頭がぼーっとします……」

救急車を呼ぶよりもさっきの病院に引き返した方が早いと思った私は彼女をおんぶした。
すると、
「えへへぇ、あったかいです……」

「は?」


いい加減にしろよ。眠かっただけなのかよ?
私はてっきり……。
このまま振り落としてやろうか。
私は元ダークネスなのよ。この娘は分かっているんだろうか?
あなた達はダークネスの敵なのよ?

重い……。
歩けるんなら歩け!
振り落とそうとしても、びくともしない!
何なのよ、この娘。
マイペースにもほどがある!
めんどくさいなあ……。
なっち以上にマイペースなのかな?

「福田さんは悪い人じゃないですよ」

そう言った彼女は再び眠りについた。
「はあ……」

――明日香は甘くなったよね。

誰のせいよ、誰の。
それに願い事って何をすればいいのよ。
ほとんどが初対面の相手な人ばかりなのに。
私は新垣里沙に頼み事をしようとした自分に少し後悔した。

          ◇          ◇          ◇

2011/09/15(木) 更新分


私は亀井さんを喫茶リゾナントに送った。
すると、亀井さんは今日あった事を、ふんわりとした笑顔でカウンター越しの生体兵器に話していた。
もう用はないだろう。
要件は伝えたし。
これ以上、生体兵器の言う事を聞きたくない。
倒れていたところを助けてくれたのは、しゃくだけれど。

ここはダークネスほどじゃないけど居心地悪いったらありゃしない。
私は、あなた達のような共鳴もないし、ここは私のいるべき場所じゃない。
私は足早に玄関に向かった。

玄関から出た私は気晴らしにギターを取りに行きたくて家に帰る事にした。
家といっても、もう帰ってこれないかもしれないと書き置きをした、パブ兼、実家なんだけど、こっそり行くしかないか……。


それで私は今、山手線の池袋駅にいる。
帰宅ラッシュは今、始まったばかりのような感じで電車の中では他人と体を触れ合わせるくらいのラッシュだった。

池袋を出て少しした時、改札口の出口のそばに立っている一人の女子高生を見つけた。

彼女の制服は、どうやらこの辺りの名門校のようだ。私が予備校に行っていた時、彼女と同じ制服の生徒を見かけた事があったからだ。
ん?
数分すると、数人の女子高生に取り囲まれている。
彼女は周りの女子高生を押し通してでも改札口へ向かおうとしていたが周りの女子高生達が、それを許さないみたいだ。

駅から出たいん、だろうな……。

私は、このまま電車に乗って帰りたいのだが……。

「通して下さい!」

彼女は叫んだ。
イントネーションが低い。まるで裕ちゃんみたいだ。それを聞いた女子高生達は彼女をあざ笑っていた。

――っ!
私は人助けをする性分じゃないのに。
彼女を見ていられなかった。
まるで昔の私を見ているようだったから。

私は、ポイ捨ててあった空っぽのジュースの缶に軽く念を送った。
すると、缶はアスファルトの上をカラカラと音をたて、彼女を取り巻いている女子高生達の一人の足元に軽く当たった。
驚いた女子高生達は、そのはずみで彼女の手を外した。

――今だ!

私は帰宅ラッシュの人たちをくぐり抜け、背を少しかがめて彼女の側に近づいた。
「ちょっと、ちょーっと通して下さい!」

私は彼女の手を握って

「ねえ、あなた今どこか行く途中じゃなかったんじゃないの?」
と話しかけたものだから目の前の彼女は、おっかなびっくりだった。
当然だろう。
もし私が、こんな目に合えばナンパか、誘拐かと思ってしまう。
しかし目の前の彼女は私の顔を見た途端、にっこりと笑って私の手を握ったまま改札口を出た。

彼女を取り巻いていた女子高生達は呆然としていた。

私、何やってるんだろう……。これじゃあギターを取りに行けないじゃん……。

改札口を出た私達は手を繋いだまま繁華街を歩いた。しばらく無言だったが彼女の方から話しかけてきた。

「私、愛佳ゆうんです、光井愛佳。おかしな話しですけど私には視えたんです。あなたが私を助けてくれるのを」
「!?」
みえた!?
カオリみたいなことを言う人だな……。
私には分かるの、こうなるって事が、とかって。

でも久しぶりに聞いたな、関西弁。
彼女は東京の人じゃないのかな?
裕ちゃんみたいに何かあって上京したのだろうか。
それを珍しがって、さっきの女子高生達が彼女をからかっていたのかもしれない。
「あなた、京都か和歌山の人?」
いきなり初対面の人に聞くのも、おかしいが、つい口に出してしまった。
「えっ!?どうしてそう思うんですか!?」
「昔の知り合いに京都出身の人がいたの。関西弁でも色々あって、あなた囲まれてた時に『ほっといてんか!』って言ってたでしょ?」
「?」
「『ほっといてんか!』って京都というよりは和歌山の紀州弁に近いって聞いた事があるけど違う?」
「い、いえっ、愛佳は関西なんは関西なんですけど滋賀なんです!」
「そんなに慌てなくても、いや、私が悪いよね、ごめんなさい」
「とんでもないです!助けてくれてありがとうございました!」
彼女はまくし立てるように言うと顔を真っ赤にして、しょげてしまった。
また私が、素っ気なく言ってしまったのだろうか?
私は、そのつもりはなくても相手には冷たいと捉えられる時があるから直そうと思っていても子供の時から直っていないようで、つい、初

対面の相手にも、こういう対応を取ってしまう。だから今だに実家でも接客ができなくて裏方なのかな……。
「……でも、お姉さんは、何で愛佳を助けてくれたんですか?」
「別に、放っておけなかっただけ……」
「……………」
彼女は何も言わなかった。放っておけなかったのは事実だった。
女子高生達に囲まれていた光井さんに過去の自分と、なっちを見たから……。


ダークネスにいたころや抜けた後、新しい生体兵器の研究をしだした時にはまだ私に情報が入っていた。
私が抜けた後のなっちは私がいた時よりも更に孤独だった。
常に最前線として年上の大人達よりも、まだ子供だった私と、なっちがツートップだった頃……。

『なっちはみんなに嫌われてるんだよ。みんながなっちを避けるの。なっちのチカラが怖いのかな?』

まあ、なっちの軽口には問題あるとして、毒舌だけならカオリも変わらない。
二期メンバーとして、矢口、圭ちゃん、紗耶香が入ってきて永遠の八人と言っていた私達……。
永遠の八人だったのに二人が脱退した後、紗耶香や彩っぺまで食事会にまで誘うのに、なっちだけ誘わないのはひどくない?
だけど、なっちは自分に降りかかってきた名声と名誉を引き換えに孤独、孤立を耐えてきて、今も、耐えている……。
仕方ないと大人だからと割り切っているんだ、なっちは……。
私がいた時は、よく私に泣きついていたものだ。

良い言い方をすれば私は信念を貫き通すためにダークネスを抜けた。

しかし、それは言い訳にも聞こえるかもしれない。
私はダークネスから逃げたのだ。
なっちを見捨てて自分らしく生きたいなんて言っているんだ。
と、この間みたいな襲撃があったら、つい、そう思ってしまう。
私はかぶりをふった。
いけない。
自分で決めたんじゃないか。
自分らしく生きて、なっちを助けるって。


「お姉さん?」
彼女は急に立ち止まった。考え事をしていた私を不信に思ったのだろう。
そういえば、彼女は、どこかに行く途中か帰る途中だったのかもしれない。
関わってしまったのなら仕方ない、彼女を送ってあげよう。
「ごめんなさい私のせいで、あなたを引き止めてしまって」
「いえ、愛佳が悪いんですよ!お姉さんの方こそ急いでたんやないですか?すいません……」
急いでた訳じゃないけど用事があったのはあった。
ギターはいつでも取りにいける。
今は彼女を優先させよう。また囲まれて目的地に行けなかったらかわいそうだし……。
「どこへ行く途中だったの?」

出会った時に初めて言った台詞を私は光井さんに言った。
「喫茶店なんですけど、喫茶リゾナントって知ってますか?」
光井さんの返事を聞いた私は心の中で、ガックリとうなだれた。

……私、ギター取りに行けないじゃん。

          ◇          ◇          ◇

2011/09/17(土)  更新分


私は12才の時にダークネスに入った。
その時の私は生まれ持った念動力に加えて、自分のチカラが誰かに封印されたり自己を抑えつけられたりしたら内なるチカラを解放して更

に強大な念動力が使えた。

だけどダークネスを脱退する時に命と引き換えに私の声を裕ちゃんに封印された。

しかし、26才になった今、あの時のようなモダンバレエを使った格闘術、強力な念動力は使えなくなったようだ。
だけど最近、ダークネスからの襲撃の後、なぜか封印されていた声が出た。
―――12年ぶりに。
能力解放が使えたのは、母さんを助けたいと思った時、矢口の能力阻害を破った時。
あの時、どちらも、いきなり胸が熱くなり自分の中に一匹の獣がいるのではないかと思うほど暴れ狂っていた。
こうなってしまったら、いくら冷静な私でも助けたい相手を思わないと、暴走してしまいそうだった。
息も苦しくなって、チカラだけが溜まってゆく。
冷や汗が背中をつたう。
体が熱くなって早く、この苦しみから解放されたい。その思いが自分の中で支配されると私の精神は破壊されたも同然だ。
これでは自分らしく生きる事には、ならない。

能力に翻弄されずに自分を持つ。
これが私の生き方だ。

――だから私はダークネスを抜けた。

――福田明日香・ダークネス加入12才。
――脱退14才。

          ◇          ◇          ◇

2011/09/23(金) 更新分


私は喫茶リゾナントに光井さんを送った後、店内にも入らずに立ち去ろうとした時、ドアノブに手をかけた光井さんが私に振り返って丁寧

にお辞儀をした。
「今日は本当にありがとうございました。気をつけて帰って下さいね」
私は彼女を無視しようとしたが、にっこりと笑いかける笑顔に負けて思わず微笑を浮かべ『じゃあね』の変わりに左手を軽くあげて駅を目

指して歩いた。

今から駅を目指して実家へ帰ったとしても閉店は25時だ。
閉店の看板を出しても店内にいるお客さんはだいたい深夜2時くらいまでいるので母さんや弟に見つかる前に帰るには二人が寝静まった所

を狙って、こっそり帰るしかない。
終電間際の電車に乗れば、駅から歩いてゆっくり帰ると実家に着くのは深夜になりそうだ。
これでやっとギターを取りに帰れる。

でも、この時の私は今夜、思わぬ人物と再会するなんて夢にも思わなかったんだ。

私は駅から降りてイルミネーションが照らされた街をゆっくりと歩いた。
街には酔っ払いばかり。
若者といえば夜遊びするガキばかりが街に溢れていた。
平和なんだか、平和じゃないんだか…。

ようやく実家に着いた私は、まず始めにしたことは持ちビル一階と母さん達が眠る二階と自分の部屋、そしてビル全体に結界を張った。
またダークネスの襲撃が来たらめんどうだし用事を済ませたら早くここから退散しよう。
まずは、この血まみれの仕事着を何とかしたい。
自分の着替えはギターと一緒の部屋にあるし今から取りに行こう。
もう、ここには余り帰れないから少し大きめのバッグに仕事用のヒールと軽いドレスを入れよう。
そして今の自分は少し動きやすい半袖のシャツにカジュアルなジーパンにスニーカー。
正直スカートは余り、はきたくないんだ…仕事以外では。

私が荷造りをしていると、矢口とは比にならないくらいの気配に、急に身体が強張った。
慎重に辺りを見回すけど感じるだけ。
不信に思った私は急いでビルの屋上に向かった。
階段を登るたびに感じる凍てつく程の殺気が私の身体を突き刺す。
屋上へ続く踊り場に向かうと、身体に流れるダークネスにいた時の血が沸々と湧き上がってくる。
同時に念動力を発動させるチカラもだ。
どちらも抑えようとしてるのに心と身体は裏腹だ。


私は屋上の扉を開けた。
まだ息が弾んでいる。

私が来たのに気付いたのかネオンが落ちた街を見下ろす目の前の人物は、今の状況には似つかわしい爽やかな笑顔で挨拶をする。

「ふふっ、久しぶりだね明日香。元気そうだね」
「紗耶香!?」
私は確信した。
実家に来て、急にチカラが湧き上がったのは紗耶香がいたからだ。
同じダークネスの血を持つ紗耶香が。
でも紗耶香は私が張った結界を破っていない。
破らないまま、屋上にまで来れた。
まさか、また待ち伏せ!?それとも紗耶香のチカラのせい?
まだ手の内を明かさず飄々としている紗耶香に私は苛立ち、紗耶香を睨みつけた。

          ◇          ◇          ◇

2011/09/24(土) 更新分


「どうやって上陸したかって顔してるね?」
「上陸って、ゴジラじゃないんだから」
上がり眉の私を前に、にやけ笑いをしながら紗耶香は両方のポケットに手を突っ込んで立っている。

「紗耶香のチカラは、どんな物のカギも開けられる。それが結界だろうとトラップだろうと、閉ざされた心でも」
このチカラで頑なな後藤さんの心を開いたと聞いている。
「そうだよ。ただし開けた物は閉められない」
「迷惑ね。私が張った結界が意味ないじゃない。他の連中が来たらどうするの?」
「市井は心配だったんだよ。抜けた明日香がずっと心配だった。明日香を一人にするのを。だから迎えに来たんだ」

嘘だ。

紗耶香には後藤さんという弟子がいたはずだ。
それなのに留学するといってダークネスを抜けた。
周りの反対を押し切って。それなら、それを突き通せばいいのに、どうして今になって私の前にいるの?

「明日香、何を我慢しているの?欲望のままに喰らえばいい。市井がそばにいてあげる。市井が明日香の欲求を満たしてあげる。苦しみを

取り除いてあげる。だから市井と一緒に行こう」

紗耶香は私に手を差し伸べてきた。
瞬間、今まで抑えてきたチカラが噴き出しそうになった。
紗耶香がチカラを使ったんだ。
私の自分自身のチカラを解放する、身体の中のカギを開けたんだ!
冷や汗のせいで前髪がベットリと、おでこに張り付いていた。
Tシャツもぐっしょり真夏の夜の汗と一緒になって背中に張り付いている。
理性を失わないように私は紗耶香を睨みつけた。

「まだ反抗するの?いい加減、市井の仲間になろうよ。そして市井と明日香だけのダークネスじゃない新しい組織を作ろうよ」
「私のことは放っておいて!普通の人まで巻き込まないでよ、下には母さん達がいるんだから!」
そんな私を紗耶香は鼻で笑った。
これ以上話しても無駄だ。紗耶香は聞く耳を持たない。私が言い返しても紗耶香の神経を逆撫でするだけだ。
でも本来の私は余り闘争心がない。
母さんに拾われてから劇団も合唱団もブラスバンドも辞めちゃったし唯一続けられたのは九年間やってきたモダンバレエだけだった。

だけど、下には母さん達がいる。
守らなければ。
戦いはイヤだけど、降りかかる火の粉は払わないといけない。
私は紗耶香を前に前屈下段払いの構えを取って睨みつけた。

しかし目の前の人物は相変わらずニヤニヤしている。紗耶香が入って来た時は今みたいじゃなかった。
もっと物静かで任務が終わる度に、わんわん泣いていた泣き虫紗耶香だった。

留学してから紗耶香の身に何があったの?
きっと紗耶香はダークネスにいる間にも自分の思う通りにしたかったのかもしれない。
私が抜けた後、紗耶香は後藤さんを室内犬のように育てたかったんだ。
後藤さんのチカラが余りにも強大すぎたからだ。
フリスビーを投げれば取ってくる、紐を付けて散歩をさせるように育てたかったんだろう。
ダークネスという名の檻の中にいれば飢えはしない怪我もしない幸せなペットになって、それを欲しがっていたのだ。

でもそれはできなかった。
後藤さんは筋金入りの頑固者だと聞いた。
やるといったら、それをやり通す人だと。
紗耶香の脱退を応援すると涙をこらえたそうだ。
紗耶香は守るべき愛弟子を自ら突き放して頼りがいのあるパートナーを手に入れようと、今、私の目の前にいるのだろう。
一人で苦しみ一人で笑う、自由奔放を勘違いした紗耶香に対して私は思った。

――ご愁傷サマ。
チカラ抑えるのも限界に近くなった。
無闇に人のナカをこじ開けるあなたが悪いのよ。

          ◇          ◇          ◇

2011/10/11(火) 更新分


紗耶香が私の身体の中の鍵をチカラで開けてしまったから理性を保つのに必死だ。
そんな私には、おかまいなしに紗耶香はポケットから折りたたみ式のナイフを取り出し、私の首目掛けて襲いかかる。でも、とっさによけた私は腕こそ切られたが致命傷を受ける程の傷は付かなかった。
もちろん、外傷が残らないように再び切りかかる紗耶香を振りほどく。
それでも腕からは、生々しい程の血が滴り落ちている。
私は苦痛に歪む顔で切られた傷口を手で押さえながら神経を尖らせた。
屋上全体に広がる重苦しい空気。


あーあ、また血だらけに、なっちゃった。
グローブもシャツも真っ赤だよ。

グローブを見るとダークネスにいた時、刺繍された私となっちのコンビ名、私のコードネームが血に染まっていた。

そこで「私」の意識は何かによって支配された。

グローブから滴り落ちる血をゆっくり舌で拭いながら紗耶香を見つめると紗耶香は髪をかきあげ立っていた。
その表情に思わず息を呑む。
来るっ!
構えた瞬間、紗耶香はナイフを右手に持って、どんどん私との間合いを詰めていってる。
紗耶香は、そのまま私の襟首を掴み上げようとしてすり抜けた。そして私は素早く紗耶香の背後に回りこんで左右の脇腹に両手で手刀を入れてやった。
痛みに悶えて地面に転がる紗耶香。
それでも紗耶香は起き上がり一気に詰めてくる。

ガスッ!
「くうっ!」

鋭く肘うちを紗耶香の懐に叩きこんでやった。
もう悶えるだけの気力のない紗耶香は地面に崩れ落ちた。


カランカラン

紗耶香の右手から乾いた音をたてながらナイフが地面に転がった。
私は、それを拾って転がっている紗耶香の右肩と左脇腹を切りつけると、そこから血が吹き出た。

「お返しはしておいたよ。傷は深くないけどね」

私は再び切りつけた。
紗耶香の表情に絶望の色が見え始めた。

「次は?ほら、死ぬよ、もう終わり?」
すると紗耶香は、左側のポケットから仕込んでいたであろうナイフを取り出して再び切りかかる私の攻撃を受ける。

「用意がいいなあ」

もはやそれだけで精一杯だろう。しかし、それも時間の問題である。
そして私は切りつける手を止める。

「?」
もうナイフを振るう事すらもしない紗耶香。
「もう終わりか。つまらないな」
「ひっ!」
「じゃあ、終わりにしようか」
私は不自然な笑顔を作り、紗耶香に笑いかけた。
怯える紗耶香を前に私はナイフを放り投げ、右手の照準を紗耶香に向けた途端、今まで抑えていたチカラを放出した。


すると、突然看板のボルトが吹っ飛び、紗耶香の背中に当たった。紗耶香が後ろを振り返ると巨大な看板が揺れ出した。
看板の電飾から火花が散り、紗耶香に火の粉が降った。
紗耶香は悲鳴を上げ、目を瞑り火の粉を払う。
目を開けると看板がすぐ目の前まで倒れてきていた。紗耶香は恐怖に顔を歪ませるが、どうすることもできない。紗耶香は火花を散らしながら倒れてきた看板に押しつぶされ、悲鳴は天に響き渡った。

私は実家を後にしてよろめきながら裏道を歩いている。無理もない。荷物とギターを背負いながら、紗耶香から受けた傷を左手で支えながらなんだから。
そして無意識のうちに壁に体を預けるようにしてしゃがみこんだ。少し、休みたくて。

「……はっ!」
しゃがみこんだ私は返り血に汚れた自分の手に気付いた。
途端に手のひらに蘇ってくる冷たく硬いナイフの感覚。右手をそっと開いて目の前にかざしてみる。
血だらけなところ以外は、私自身のいつもと変わらない手のひらだけど、なぜか別の生き物のように感じられて強く握り締めた。


「私、また……」

色々なことを考えたかったけど自由に動けなかった。体に溜まった疲労はハンパじゃないようだ。

そうして少し、まぶたを閉じた時――

「ねえ絵里ダークネスいた?」
「いないよ、さっきまで気配は感じていたんだけど急に消えちゃって……。あっ、さゆ!!」
「どうしたの?」
「あそこに人が倒れてる!!」
「この人、どこかで……」
「明日香さん!?」
「明日香さんっていうの?どうしてこんなに血だらけなの?華奢で綺麗なお姉さんだけど……」
「そんなこと言ってる場合じゃないよ!さゆの家、ここから近いでしょ?早く治してあげようよ!」
「分かった。じゃあ、さゆみはギターと右肩、絵里は荷物と左肩ね」
「うん」

意識が朦朧としている中、私のそばで二人の女の子が言い争いをしているようだ。いつの間にか引きずられてる。
私は意識を失い、そのまま彼女達に体をあずけた。