Dive into the“FUTURE”(中)


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「安倍さんが…ガーディアン」

ガーディアンとは、精神に侵入してきた異物を排除するための本能のしもべであり、人体で言えば白血球に相当する。
飯田圭織の防衛本能が、安倍なつみをして己の精神を守らせているのだろう。
しかし、守るべき物など、この見渡す限りの無機質のどこにあるというのだ。

「こちらに気付いたか…」

軽く舌打ちをしながら吉澤が呟いた。
空間内の飯田圭織の意識濃度があまりに薄いため、二人は意識を纏ってのカモフラージュを施していない。つまり、異物と判断される。
その上、ガーディアンとの間に遮蔽物は無く、身を隠す事が出来ない。と、なれば…

「どうします?」

里沙は、梟の目を元に戻し、吉澤を見た。
安倍なつみはダークネス最強といわれる能力者である。
いくら二人の前にいる者が安倍なつみ本人ではなく、飯田圭織の防衛本能が生み出したガーディアンであるとしても、その実力は未知数だ。
慎重を期すなら、このまま引き上げるという選択も十分に妥当だと思われる。

「ますます気になってきたねえ、一体飯田さんに何があったのか」

吉澤の口角が僅かに吊り上った。
安倍なつみがガーディアンであるという事は、そこまでして守らねばならない何かが飯田圭織の精神に隠されているに違いない。

「それに、ここまで来て逃げんのは私の趣味じゃない」

そう言って投げかけられた吉澤の視線に、里沙は無言で同意を示した。
いくら里沙が安倍なつみの信奉者であっても、姿かたちがそっくりだというだけで躊躇を見せる程うぶではない。
この戦闘の結果がどのようなものになろうと、安倍なつみ本人がそれを知る可能性は皆無である。


二人に歩み寄るガーディアン安倍なつみの左手を、白い光が包み込んでいく。
それがホワイトスノーと呼ばれる破壊エネルギーの結晶である事を、里沙は話には聞いていたが実際目にするのは初めてだった。
“本物”ではないといえホワイトスノーを里沙がこの時点で体験した事が、
その後の新垣里沙と安倍なつみの運命に大きな影響を及ぼすのだが、ここでは置く。

「一気に行くぞ」

吉澤の両手に二挺のサブマシンガンが出現した。
いくら本物ではないとはいえ相手はあの安倍なつみである。戦力を出し惜しみしていい相手ではない。
同時に、里沙の背中にイメージで作り出された猛禽の翼が翻った。

張り詰めたものが、二人を包みこんでいく。
希薄な意識からなる空間が、たたかいの予感に耐えきれないかのように、きりきりと軋みを上げた。
その軋みが極限に達しようかというその一瞬をすかさず捉え、二人のダイバーは同時に動いた。

―シィッ!

吉澤は右から一気に距離を詰め、その射程に安倍なつみを捉える。
里沙は翼の羽ばたきとともに、上から仕掛ける。
熟練のダイバー二人の挟み撃ちをしのげるガーディアンの存在など皆無であると言っていい。
安倍なつみは微動だにしようとはせず、ただ物憂げな表情を湛えていた。

―もらった!

外しようの無い距離で、吉澤の両手に握られたマシンガンから無数の弾丸が狂ったように放たれた。
しかもその一発一発の弾丸は現実世界のそれとは性質を異にする。
喰らえば蜂の巣では済まない。消し飛ぶ。

その時、安倍なつみの全身を白い光の壁が包み込んだ。

―!?

弾丸のことごとくが光の壁に遮られ、星の瞬きにも似た破壊エネルギーの光を放ちながら消え去っていく。
一流のダイバーが必殺の意思を込めた攻撃、それが安倍なつみには触れることすらできない。
安倍なつみのホワイトスノーが何故闇の頂点に君臨しているのか、その理由を余りにも明確に吉澤は目の当たりにした。

―バリアにもなるのかよこの能力は!

既に、両者は互いに牙を突き立てられる間合いに入っている。吉澤の牙が届かなかったとなれば、当然安倍なつみの牙が彼女に向けられる。
光の壁の向こうで、殺意がうねった。
白雪から生み出された破壊エネルギーの鷹が光の壁から出現し、吉澤に襲いかかる。

―まずい!

己の渾身の攻撃が全く通用しなかったという動揺が、吉澤の反射神経に刹那の翳りを生んだ。
このままでは迫りくる破壊エネルギーの鷹をやり過ごせない。
精神体における死とは直接生命を脅かすものではないが、本人の精神には重篤な痛手がある。少なくとも、ダイバーとしては死ぬ。

「吉澤さん!」

上空から里沙の声が響くと同時に、彼女の袖口から放たれた二本の鋼線が鷹を絡め取った。
鋼線が鷹を切り裂くとともに、里沙の意志力とホワイトスノーの破壊エネルギーが衝突し、力の奔流が迸る。
その光に目がくらんだ一瞬に、吉澤の体が宙に浮いた。
里沙が空中から吉澤をかっさらうように掬いあげたのだ。
そのまま里沙は速度を増しながら空を駆け、安倍なつみから距離を離していった。

「悪い。助かった」
「吉澤さん、後ろを」
「後ろ?」
「どれくらい追ってきてますか?」

吉澤が振り向くと、視線の先には異様な光景が広がっていた。
先程の白く光る鷹が十数羽、恐るべきスピードでこちらに向かってきている。
そして、その後方には白い翼をはためかせ飛翔する安倍なつみの姿があった。

「おいおいおい…何でもアリかよ」

冷や汗が頬を伝うのを感じながら、吉澤は僅かに口角を吊り上げた。
精神空間における「何でもアリ」はサイコ・ダイバーの専売特許だと思っていたが、そうではないようだ。

「どうするよ?このまま尻尾巻いて逃げだすかい?」
「そうしたいのは山々ですけど」
「ダイバー二人がかりで手も足も出ないってのは癪に障――追いつかれるぞ!」
「撃ち落として下さい!」

トップスピードのまま、ほぼ直角に里沙が旋回した。

「ちい!」

「もっと優しく飛べよ!」という言葉を飲みこんで、吉澤は鷹へ向けてマシンガンをぶっ放す。
群の一羽に命中し、力の奔流が煌めいた。
無茶苦茶な姿勢から撃ってる割には正確な射撃だ。続けて二羽、三羽と撃ち落としていく。
しかし、安倍なつみは少しも気にかける様子を見せず、新たな光の鷹を生みだし二人を追尾させる。

「これじゃキリがねえな…何か手は無いか」
「……」
「聞こえてるか?」
「…あるにはありますけど…」
「歯切れが悪いな。どうした」
「…私の言った通りにしてくれるって、約束してください」
「言ってくれなきゃ分かんねえよ」
「約束してくれないと言えません」

翼をはためかせ空を駆ける里沙の横顔には、ある種の葛藤が見て取れた。

「…あのガーディアンを何とか出来るってなら、約束してやるよ」
「本当ですね?」
「てめえの上司が信用できないって?」

そう言って吉澤は迫りくる鷹の群へ弾幕を張った。

「まずは…時間を稼いで下さい」
「どんくらいだ?」
「1分あればなんとか」
「1分!?」

思わず吉澤の声が裏返った。
このままでは埒が明かないとはいえ、二人がかりでも逃げ回っているのが精いっぱいという状況で、
一人で踏みとどまって1分持たせるというのは、相当きつい注文と言える。

「それからもう一つ」
「まだあんのかよ?」
「これから私がやる事を…忘れて下さい」
「どういう意味だ」
「お願いします」
「今更嫌だとは言わねえよ」

そう言った時にはもう吉澤は腹をくくっている。
新垣里沙の切所における応変性には神秘的な鋭さがあるのを吉澤は見抜いていた。
里沙のダイバーとしての実力と自分自身の眼力。その目に張ってみる価値は十分にある。
第一、「自信が無いから出来ない」などと吉澤ひとみのどの口が言えるというのか。

「減速任せます」

高速で滑空しながら里沙は着地の態勢を整える。
地表すれすれの所で、吉澤はパラシュートを後方に展開し、一気にスピードを殺した。
衝撃とともに地面に降り立った二人は、すかさず次の行動へ移った。

60
「せいぜいあがいてきてやるよ」
「信じます」

里沙は猛禽の翼を消し、己のイメージ力を限界まで高めるための精神集中に入った。
その無防備な状態にある里沙を守り通すため、吉澤は距離を取って安倍なつみを引きつける。

それぞれの1分間の火蓋が切られた。

破壊の鷹の群を睨みつけて、吉澤は深く息を吸った。
―やってやろうじゃないか
心を研ぎ澄まし、新たな武器を創造する。
―とっておきをお見舞いしてやる
吉澤はロケットランチャーを担ぎ、鷹の群の中心―安倍なつみへ照準を合わせた。

50
「鳥を撃つにしちゃ大袈裟すぎるけど」

破壊の鷹を引き連れたガーディアンが吉澤の前に降り立つ。
その瞬間、ちょうど安倍なつみの足が地面に着いた瞬間に、ロケットランチャーが火を噴いた。
爆風が吉澤の頬を打った。轟音と閃光が辺りを包む。
常識的にはあり得ない至近距離からの射撃だ。

―少しは効いたか?
たちこめていた煙が晴れると、そこには白く光る壁があった。
―おいおいおい
光の壁の粒子が天に昇っていくと共に、安倍なつみが姿を現す。
まるで何事もなかったように、その闇色の瞳で吉澤を見つめていた。
ホワイトスノーによる障壁が、至近距離からのロケット弾の直撃からすらも彼女を守り抜いたのだ。
―無傷って…
吉澤の頬から冷たい物が流れ落ちた。
吉澤のとっておきも、安倍なつみには春の風ほどにしか感じられていないのだろうか。

45
「まあ、それほど期待しちゃいない」

そうは言うものの、彼女の自信には相当のひびが入ってきている。
精神空間におけるダイバーの戦闘力は意志の強固さが非常に重い比重を持つ。
気を呑まれてしまっては話にならないのだ。かといって、既に奥の手は使ってしまっている。
この状況で残りの時間をしのぎ切るには、もう、開き直るしかない。

―こうなりゃとことん逃げ回ってやるよ
後は専業の里沙に任せる。
その里沙でも太刀打ちできなかった場合はどうするか?等は一切考慮に入れない。
余計な心配などせず目的を単純化することで己の能力を最大限に生かすのだ。
この種の気持ちの切り替えは吉澤ひとみの得意とするところであった。一種の美質と言ってもいいだろう。

―!
左右から、白く光る鷹が襲いかかってくる。
身を翻しそれを避けたと思った矢先、吉澤の眼前に白狼が牙を剥いた。
―ちいっ!
身を屈めて狼の牙を潜りぬけ、狼のどてっ腹にマシンガンを乱射した。
破壊エネルギーの閃光が走り、破壊の狼は霧消した。
と思った瞬間には間髪入れず白の鷹が吉澤目がけ突っ込んでくる。
―ッぶねえ!
地面を転がって何とかやり過ごす。
体勢を立て直しながら、吉澤はちらりと安倍なつみへ視線をやった。
―まるで無尽蔵だな…
安倍なつみの手に宿る光から、次々と猛獣どもが生み出されていた。

30
「まだか?まだ1分経たないか?」

苛烈さを増す白の嵐が、吉澤の気力と体力をみるみる奪っていく。
やっと半分の時間が過ぎた頃だというのに呼吸が乱れてきている。
里沙の精神集中が完了するのが先か、吉澤が限界を迎えるのが先か。

―痛ッ!
鷹の鉤爪が吉澤の頬を掠めた。
そのわずかな傷からホワイトスノーの破壊エネルギーが流れ込み、スパークを起こして彼女の頬を割った。
ばっくり口を開けた傷口から血が溢れだす。
もし生身であれば、一生消えない傷になっていただろう。

「乙女の顔になんて事しやがる」

自分の舌打ちがやけに鮮明に聞こえた。

20
まるで泥の中を泳いでいるかのように、時間の進みが遅い。
1秒、1秒をやっとの思いでもぎ取っていく。

目に見えて吉澤の動きから鋭さが失われていた。
その代わりとでも言うように彼女の体には大小の傷が刻み込まれている。

―持つか私、持つか?どうだ?
霞む視界に、白い獣の牙が煌めいた。

10
―こんなとこで死ねるか!
吹き荒れる痛みと恐怖の嵐の中でもがく吉澤のすぐそばまで、限界がにじり寄る。

5
―足がもつれる!
気力の限界が、狙い澄ましたかのように吉澤の両足に絡みついた。

4
―前!かわせ!
言う事を聞かない足を無理やり引きずって身を翻した。

3
―まだ来るのか!
白い破壊の嵐は、微塵も衰える様子は無く、確実に吉澤を追い詰める。

2
―くそっ!体が動かねえ!
白狼が牙を剥き、吉澤の首元へ跳びかかった。

1
―かわせない!
狼の牙が吉澤の白い首筋に――

0
―!!!!



瞬間、吉澤ひとみは空間を跳躍した。

――?

―何だこの感覚…?

空間を跳ぶ感覚。組織のワープホール、転送ゲートをくぐる時に似ているが、少し違う。

これは――瞬間移動?

「集中終わりました」

その声を聞いてやっと、吉澤は自分の右手を誰かに掴まれている事に気が付いた。
右手を見つめる視線を上げた先には――

「高橋愛?」
「後は私がやってみます」

当然ながら、吉澤の目の前にいるのは高橋愛本人ではない。
サイコ・ダイバー新垣里沙がその姿を変じているのだ。

「まさか――」

そこまで言って、吉澤ひとみは後に続けるべき言葉の選択に戸惑った。

―そんな事が出来るのか?
いくら専業のダイバーとはいえ、全くの他人になり替わっての実戦が可能なのか?
―高橋愛なら安倍なつみに対抗できると思ってるのか?
流石に無謀ではないか?
―そこまで、信じてるのか?
それを人は共鳴と呼ぶのではないか?

巻き起こる疑問符の中にいる吉澤に向けて、高橋愛の姿をした里沙は寂しそうに微笑んだ。

「…忘れて、下さいね」

吉澤は息を飲んだ。
つまり、理解したのだ。里沙の苦悩を。

里沙は、高橋愛も安倍なつみも、どちらも裏切る事が出来ない。
結果、どちらも少しずつ裏切らざるを得なくなっていた。
その矛盾を、一人で幼さすら残る小柄な体の中に背負いこんでいる。

「いつの間にそんな…」

そんな事を、一人で決めてしまったのか。
いつの間にそんな、寂しそうな顔で笑うようになったのか。

「行ってきます」

吉澤の言葉を制するようにそう言って、里沙は無機質に覆われた空間を歩き出した。

光と闇の狭間で、新垣里沙の孤独の死闘はその幕を開くことになる。