『R-Infinity(6) ステージへ』


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承前


夢を見ていた。

小さい小さい私が泣いている。

かなしいのだろうか。寂しいのだろうか。それとも何かが思い通りに行かなくて、駄々をこねているのだろうか。

女の人が、泣き喚く私を見ている。かなしそうな目をしながら。

ああ、そうか。私はこの人に抱きしめてほしいんだ。

抱きしめてほしくて私は泣いていたんだ。

でも、女の人は私を抱きしめる事が出来ない。

抱きしめたら、壊れてしまうから。

だから代わりに女の人は

「愛してる!」

と叫んで、言葉で私を抱きしめる。

第6話 ステージへ


「また、あの夢」

夢から覚めた愛は額をさすり、意識の鮮明を取り戻した。わずかに、額が汗に湿っている。
この夢を見るのは何度目になるだろうか。

横浜で里沙の精神を里沙に帰した際、“私”も“あたし”に還って来た。
幼少時に心の奥に封じ込めたi914としての古い記憶と、
現在の自分の意識が混ざり合う過程でこういう夢を見るのだろう。

深く息を吐いて、天井を見上げたその時、愛は思い出した。そして叫んだ。

「バカかあたしは!」

自分の迂闊さを呪いながらベッドから跳び起き、瞬間移動のための精神集中に入る。
行き先は無論喫茶リゾナントだ。きっと仲間達はみんな心配してるに違いない。
リゾナントのイメージを固めるのに殆ど時間はかからない。瞬間移動を発動した。
が、風景に変化はない。

「結界……当然か」

能力の発動自体は出来るが、ここから外へは跳べなくなっているらしい。
だが、呟いた愛の言葉に焦りの色はない。
愛ほどの強力な能力者を場に留めおける位の結界などそう広い空間に張れるものではない筈だ。
跳べる所までは自分の足で行けば済む。

「でも、なんやろこの部屋……」


愛は部屋の中を見まわし、軽くため息をついた。初めて見るのになんだか懐かしい感じがする。
内装や家具、調度品の類、そして部屋自体の雰囲気が妙に心を落ち着かせる。
どれも特別なものを使っている訳ではないが、それらの一つ一つが愛の好みと調和しているのだ。
不意に、その調和の中にノックの音が響いた。

「もう起きた?」

黒のドレスに身を包んだ女が、開かれたドアの向こうに立っていた。
右手に提げた紙袋が、その身に纏う孤高のエレガンスをどこか飄々としたものに変えている。

「あ、あんた……!」
「コレ、着替えね。服汚しちゃったから」
「いらんわそんなもん!」
「着替えといた方がいいよ。会って欲しい人がいる」

そう言って黒のドレスの女――後藤真希は愛の手を取って強引に紙袋を握らせた。

「何であたしがあんたらの言う事なんか」
「真実を知りたいと思わない?」
「え?」
「知りたいでしょ?だったら着替えて。終わる頃また来るからね」

そう言って後藤はさっさと部屋を出て行ってしまった。
向こうの妙なペースに毒を抜かれた愛は、嘆息してベッドに紙袋を放り、上着を脱いだ。

「ん?」

ベッドの脇に置かれた写真立てが愛の視界に入った。
飾られている写真を見て、愛は息を飲んだ。
写真には12、3歳くらいの少女がややぎこちない笑顔で写っている。

「コレ……あたしや……この写真、確か」

確か十年くらい前に祖母が撮った物だ。
とびきりの笑顔を見せてくれと言われたが、その頃は写真に不慣れだったためその希望には沿えなかった。
おぼろげに、祖母に申し訳ない事をしたような、軽い後悔のようなものが記憶にある。

「なんで、ばあばが撮った写真がこんな所に」



リゾナンターは二台の高級車に分乗し、運命へ向けて疾走する。
前の車両には里沙、ジュンジュン、リンリン。
後ろには絵里、さゆみ、れいな、愛佳がそれぞれ乗っている。

「いや~、光栄です。リゾナンターのみなさんと同乗できて」

そう言って優男風の隊員は助手席に座るさゆみに笑顔を向けた。
やや軽薄そうな印象はするが、裏表のあるような人間には見えない。

「あの、前見て運転して下さい。えっと……」
「第十三小隊所属の古湊と申します。道重さゆみさん、それから光井愛佳さん。
 私の顔をよく覚えていて下さいね。お二人をお守りするよう言い付かってますので」

古湊は再度さゆみに笑顔を見せ、さらに後部座席の愛佳の方に顔を向けた。

「だから!前!」
「おっとこれは失礼。決戦前に事故ったんじゃ笑い話にもなりませんねアハハハ」

場を暗くさせないためか、この男の性格が単にそうなのか、やたら口調が軽い。

「あの……古湊さんは、怖くないんですか?」
「怖いですよ。そらもう、物凄く怖い」

古湊は急に真顔になり、言葉を続ける。

「でもね、私もうすぐ父親になるんです。怖いですけど、産まれてくる子の未来のためになるなら、
 私はやれるだけの事をやります。そう決めたんです」

見ると、確かに左手の薬指に指輪をしている。
未来のために戦う。そう言った古湊の横顔から先程までの軽薄が消え、戦う男のそれになっていた。
少しだけ、さゆみはこの男を頼もしいと思った。その矢先、

「ですから、もし道重さんが私に恋心を抱かれても、お気持ちには答えられません。ごめんなさい」
「好きになったりなんかしません!ちょっと、絵里何か言ってやってよ」
「さゆ、人の幸せな家庭壊しちゃ駄目だよ」
「もう!絵里のバカ!」

頬を膨らませてそっぽを向いたさゆみであったが、幾分心が軽くなったような気がしていた。


長い沈黙があった。
沈黙にもリズム、呼吸といったものはあるが、里沙の張り詰め方が尋常でないため、沈黙を破るタイミングがつかめない。
いかつい顔の隊員は、重い水の中に首を突っ込むように、呼吸を整えてそれを破った。

「第五小隊の荒腕です」
「新垣です」
「久住さんの件についてお伺いしても」
「駄目です」

ぴしゃり、と言いきって里沙は前方を見据えている。
愛想もへったくれもない態度であるが、彼女のMに対する不信感を鑑みれば無理からぬことだろう。
荒腕は頬に苦笑を溜めながら、里沙に語りかける。笑うと妙に人の好さそうな顔になる男だった。

「姐さんの言った通りの方ですね、新垣さんは」
「姐さん?」
「中澤さんがね、あなたの事を話してたんです。真っ直ぐで、強い人だと。」
「――」
「でも、その分傷つきやすい」

荒腕の言葉が、次第に静かな熱を帯びていく。

「そういう女の子が、今日まで必死に戦ってきたんだと。
 数えきれないくらいの勇気とかなしみを振り絞って、今日まで生きてきたんだと」
「中澤さんがそんな事を……?」
「そう聞かされて、心が熱くならなかったら男じゃありません」

中澤は今もダークネス、というよりはなつみと、繋がっている事は間違いない。
罠とは知りつつも、愛を助けるためならば里沙達は戦場に赴かざるを得ないと見越して、
露骨な取引を持ちかけたその中澤の言葉とは思えない。
この段階に至って、里沙は中澤裕子という人間が分からなくなった。

(安倍さんと中澤さんの思惑には何らかのズレが……?)

仮に二人の間にズレがあったとして、それが自分達の運命にどんな影響を及ぼすのか。
里沙の巡らせる思考は、車のブレーキ音とともに打ち切られた。
「着きました」と荒腕が言って、ドアのロックを外した。

「ここは……」

見上げた里沙の視線の先には、地方都市特有のこざっぱりとした外観のコンサート・ホールが佇んでいた。

「折角だから、ステージ側から入りましょう」

荒腕はそう言って里沙を見つめ、唇の端を軽く持ち上げた。


その頃、久住小春はあるテレビ局の楽屋の一室にいた。
その小春に、中年の男と、その男のマネージャーと思しき三十そこそこ位の女が困惑の視線を送っている。
二人の困惑も無理からぬことだろう。いきなり月島きらりが楽屋に乗りこんできて土下座しているのだから。

「月島さん、頭上げて」
「お願いします」

このやり取りを何度繰り返しただろうか。
何度繰り返しても、この男が首を縦に振ってくれるまでは、小春には頼み込み続ける以外の選択肢はない。
どんな事をしてもこの男に願いを聞いてもらわなくてはならない。
体を開けと言われればいくらでも開いてやろう。靴を舐めろと言われればいくらでも舐めてやる。
それくらい、命を賭して戦いに行った仲間達を思えば何の事があるか。

小春の意志の強固さが尋常ではないと悟った男――芸人田島明夫は傍らのマネージャーに声をかけた。

「マネちゃんよ、火ィくれ」

マネージャーは慣れた手つきで田島の咥えている煙草に火をつける。
紫煙が小春の嗅覚をくすぐった。
確か、田島は煙草はきっぱり止めたとTVで自慢していた筈だが。

「ちょっと外してくんない、この子と二人で話すよ」

「来た」と心の中で呟いて、小春は僅かに身を固くした。
マネージャーが部屋を辞すとほどなく、田島が喋り出した。
半ばおどけたような口調であったが、舞台で鍛えられた、よく通る声だった。

「こんなご時世だからTVじゃ煙草止めた止めた言ってるけど、本当は止めようと思ったことすら無いんだよねえ。
 あっ!……コレ誰にも言わないでね。二人だけのヒミツってやつ」
「……」
「で、君のヒミツってやつも聞かせてもらえるかい?」
「え?」
「何か事情があるんだろ?じゃなかったらいきなり番組に出してくれって土下座なんかしねえよ?」

小春は昨夜の事を思い出しながら、ゆっくりと口を開いた。



「新垣さん……死ぬつもりなんですか?」

分かりきった事を訊いて、困らせるだけじゃないか。
分かってるけど、でも、でもそんなのって無いですよ。新垣さん。

「死ぬつもりはないよ。小春」
「嘘!」

優しい声で嘘ついてる。
死ぬつもりはないと言ってるくせに、生きて帰れるなんて思っちゃいないんだから。
私には分かるんだから。

「どうしてなんですか!?どうして小春も連れて行ってくれないんですか!
 小春は強くなったって新垣さん言ってくれたじゃないですか!頼もしくなったって!」
「……小春は強くなったよ。本当に」
「だったらどうして!」
「小春が生きていてくれれば、私達の負けじゃない。私達がいなくなっても、いつか……小春なら私達の出来なかった事を出来る」

新垣さんは私を見つめて、少しだけ笑った。

「小春は、私の希望だもん」
「希望?」
「見て」

新垣さんは私に手を差し出した。
ちっちゃい、子供みたいな手だ。

「私の手は、汚れてるの。たくさん酷い事してきたから。
 本当はこんな手で誰かを助けようなんて間違ってるのかもしれない」
「新垣さん……」
「みんなにも、酷い事しちゃった。嘘、ついちゃった」

新垣さんの声が震えている。

「きっと生きて帰れないって分かってるのに、みんなに言えなかった。愛ちゃんを助けたくて、私……」
「そんな事ないですよ。ちゃんと罠だってみんなに言ったじゃないですか」
「私本当は心のどっかで、愛ちゃんのためにみんなが死んでもしょうがないって思ってる。
 みんなの事裏切ってる。せっかく仲間になれたと思ったのに、やっぱ駄目だった」
「バカ!」

思わず、新垣さんを抱きしめていた。
私よりずっと背がちっちゃい。なのに、一人で色んな事を抱え込んで。

「でも私……小春には生きててほしくて……ずるい。ずるいけど、きっと小春が死んじゃったら私、もう耐えられないから。
 小春の事、好きだから。ずるくて最低なんだけど……でも、どうしようもないの。心が壊れそうで……」

新垣さんの体が熱い。新垣さんの命が熱い。

「ごめん……小春。お願いだから、生きて……」

新垣さんは、私の腕の中で肩を震わせながら泣いていた。
泣いてる顔を見ないように、私は新垣さんをぎゅっと抱きしめた。

そして、私は決めた。
新垣さんを嘘吐きなんかにしない。絶対しない。



超能力の事、リゾナンターの事、ダークネスの事、特務機関Mの作戦の事。
気付くと、小春は思いついた事を全て田島にぶちまけていた。
気がふれたと思われるかもしれない。それでも、里沙の事を思うと喋らずにはいられなかった。

「お願いします。番組に出して下さい」

田島明夫は正午から生放送の情報バラエティ番組の司会をやっている。
以前一度小春は出演して、司会の田島の裁量によって番組内容の融通が相当に利く事を知っている。
その田島に頼み込めば直前に出演者を一人ねじ込むような力技も可能かと思っていたが、狂人と思われてしまえば元も子もない。

が、小春の予想に反して、田島から返ってきた声は水のように落ち着いていた。

「俺、昔っから飛行機が嫌いでね。何であんなもんが空飛べんのか未だに全然信じられねえの」
「は?」
「いつだったかなあ、大阪の仕事が終わって東京に戻る時。夜でさ。何か嫌な夢見てうなされてさ。
 で、起きたら飛行機すげー揺れてんのね。この世の終わりかと思ってさ。もうパニックよパニック。
 ああいう時アレだね。醜いね人間って。いやあ酷いもんだった」

田島は煙草を揉み消し、小春の目を正面から見つめながら話し続ける。

「でもその時、スッと心に何かが入ってきたのね。詳しくはよく憶えてねえんだけど、そういう感覚?あったのよ。
 そしたら何だかいつの間にか俺なんか冷静になっててさ、逆に乗客を落ち着かせてたのよ。
 こうなると人間偉いもんでね、一人ひとり知恵出しあってさ、何とか飛行機安定させちゃったわけ。凄いね」
「……あの、その話が何か」
「それからずっと不思議でね。アレは俺だったけど俺じゃなかったって言うのかな。
 誰かが俺の心を使って、みんなを助けてくれたんじゃないかって、ずっと疑問に思ってたんだけど、
 君の話を聞いて何か謎が解けた気がする。心を操る不思議な力を持ってる人、君の周りにいるかい?」
「はい!新垣さんっていうんです!」
「じゃあその新垣さんに、ありがとうって伝えてくれ。それが条件だ。番組に出すためのね」
「……はい!」





なにぶん急いで書いてますもんで文章がかなり粗いんですがどうか御容赦下さい

そして作中に登場した芸人田島明夫は
私の憧れBGMの人の名作『関空発→羽田 ボーイング機内』
から出演していただきました
作中で語られているエピソードは殆ど元の作品に沿っています
よかったらこちらもどうぞ
http://resonant.pockydiary.net/index.cgi?no=15

今も見てらっしゃるか分かりませんが
作者様どうもありがとうございました