『Loving you forever・・・』


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。



「なぁ里沙ちゃん…」
「何…?愛ちゃん」
「この戦いが終わったらさ…一緒に色んなとこ…行こな」
「うん……。絶対に……行こうね。絶対」



   §    §    § 



「こらー!今日は出かける約束だったでしょうが!早く起きろー!」

耳元で賑やかに響く声に、愛はゆっくりと目を開いた。
眩しさに白く霞む視界の中、自分を覗き込むようにしている里沙の顔が目に入る。

「うそ!?もうそんな時間?」

目覚まし時計を止めた覚えはないのにと、愛は枕元に手を伸ばす。
針は、愛がセットした時間には、やはりまだ到達していなかった。
視線を戻すと、里沙は悪戯っぽく笑っている。

「なんだよやっぱりまだ早いんじゃんかー」

安堵と不満を混ぜ合わせた声でそう言うと、愛はベッドの上に体を起こし、胡坐を掻いた。

「もー、愛ちゃんもいい加減大人の女性なんだから、そういうのやめなってば」
「朝から文句が多いってー」

やや訛った返答をしながら、愛は改めて里沙へと視線を注ぐ。
そこには、自身の言葉通り、どこか「大人の女性」を感じさせる立ち姿があった。

「…里沙ちゃん、なんか…大人っぽくなってない?」
「急に何言ってんのさ。そりゃもうすぐ23歳だしね、一応」
「23歳…?そう…だっけ?もうそんなになるんだっけ?」
「ちょっとちょっと、まだ寝ボケてんの?そうだよ。お互いいつまでも子どもじゃないんだから」
「そっか……」

ぼんやりと里沙の顔をしばらく見つめた後、愛はベッドから降りた。

素足の裏にカーペットの感触を心地よく感じながら、里沙の脇を抜けて洗面所へと向かう。
歯磨きと洗顔を終えて戻ってきた愛の目に、ハンガーに掛けられたカットソーが飛び込んできた。

「これ……」
「今日はそれ着るんでしょ?」
「…あ、うん」

やや照れたような口調の声に、先日里沙とショップを回った記憶が甦る。
「次の里沙ちゃんとのデートでは絶対にこれを着る」と言って選んだとき、顔を赤らめていた里沙の表情も一緒に浮かび上がってくる。
ようやく平和な日常が訪れたんだなという実感が、愛の中に広がった。

人とは違うチカラを持って生まれたが故の孤独と絶望。
そして戦いの日々。

ようやくそれらに別れを告げ、平穏な毎日を送れる未来を手にすることができたのだと。

「れいなはちゃんとやってるかな。様子見に行かなくても平気かな?」

ふと、れいなに喫茶リゾナントの業務を任せてあることを思い出し、愛は首を傾げる。

「心配ないって。カメもさゆみんも手伝ってるんだし」
「そっか。そうだよね。あの3人なら大丈夫だよね」

心臓の病気も完全によくなった絵里の顔が、大学を無事卒業したさゆみの顔が、そしてすっかり頼もしくなったれいなの顔が脳裏に浮かぶ。
初めて出会った頃からは考えられないほど、3人とも強く、そして明るくなったと改めて思う。

「小春とみっつぃが昨日一緒にリゾナントに行ったらしいんだけど、ちゃんと喫茶店でしたよって褒めてたし。なんか上から目線だけど」
「あはは、そっかー。じゃ、安心だね」

本腰を入れた芸能活動にようやく集中できるようになり、それが軌道に乗り始めた小春の表情は、前にも増してキラキラと輝いている。
この春、見事に難関大学への入学を果たした愛佳も、キャンパスライフを心から楽しんでいる様子が全身から伝わってくる。
最年少の2人もまた、初めて出会ったときに抱えていた暗い表情は、今では想像もできない。

「あ、そういえばリンリンからメール来たよ。相変わらずおもしろかった」
「私もジュンジュンからメール来た。相変わらず食べてるとこの写メ付きで」
「変わってないなー」
「変わってないねえ」

祖国へと帰った2人の仲間の顔を思い出し、思わず笑みが浮かぶ。
頻繁に顔を合わせることがなくなってしまったのは淋しいけれど、この空が繋がっている限り、またいつでも会える。
決して永遠の別れではないのだから。

「別れ……」

自分で思い浮かべた言葉にふと引っ掛かり、愛は小さくその言葉を呟いた。
何か大切なことを忘れているような気がして。

「ねえ、愛ちゃん。そろそろ着替えて出かける準備してよ。ほんとに時間なくなっちゃうって」

だが、里沙はそれに気付かなかったようで、そう言いながら愛を追い立てる。

「分かったって。押さんでやもう」

まだ頭の片隅でさっきの感覚が気になりながらも、愛はパジャマを脱ぎだした。


            ・

            ・

            ・


「楽しかったねー」
「ほんと楽しかったぁ」

満面の笑顔を向けてくる里沙に同じ笑顔を返しながら、愛は心からそう言った。

気分が赴くままのショッピング。
以前からずっと気になっていた舞台の観劇。
前回満席で入り損ねた店での念願のディナー。
里沙とのとりとめのない会話。
真剣な会話。
お腹が痛くなるくらい笑える会話……

本当に、本当に楽しかった。
何があっても忘れることはないだろう。

自然と、感謝の言葉が滑り出る。

「ありがとうね、里沙ちゃん」
「何よそんな改まっちゃって」

居心地の悪そうな里沙に構わず、愛は言葉を重ねる。

「だって里沙ちゃんがあーしの願い、叶えてくれたんやもん。本当に…ありがとう」
「…え?ちょっ…泣いてんの?愛ちゃん。やめてよ」
「だって……優しいんやもん……里沙ちゃんが……」
「やめてってば。泣かないでよ。こっちまでつられちゃうじゃない」

目に滲んだ涙を慌てて拭き取りながら、里沙が無理やりに笑顔を浮かべる。

里沙の泣き笑いに同じ表情を返し、愛は頭上に広がる夜空へと視線を動かした。
そこは、数え切れないほどいっぱいの星で満たされている。
その満天の星空も、愛が里沙と一緒に見たいと願っていたものだった。

座ったままの体勢で空を見上げるのに疲れ、愛は体を後ろに倒す。
その頭を、柔らかいものが優しく受け止めた。

「里沙ちゃん、本当にありがとう」

里沙に膝枕されたまま、愛は再び里沙へと感謝を告げる。
何かを言おうとした里沙に小さく首を振り、愛は笑顔を浮かべた。

「もういいよ、里沙ちゃん。十分に忘れられない想い出が…できたよ。だから、もういいよ」
「……っ! 愛ちゃん……。でも……」

言葉を見つけられないでいる里沙にもう一度小さく首を振り、愛は言った。

「だって、あーし…ちゃんとお別れが言いたい。里沙ちゃんに」
「あい……ちゃん……」

堪えきれずに伝い落ちた涙で濡れる里沙の頬に手を伸ばし、愛は微笑む。
そして、里沙を促すように頷いた。
しばらくの逡巡の後、里沙も微かな頷きを返す。
それを見て、愛は静かに目を閉じた。



   §    §    § 



「愛ちゃん……」

耳元で静かに響く声に、愛はゆっくりと目を開いた。
痛みと苦しさに霞む視界の中、自分を覗き込むようにしている里沙の顔が目に入る。

愛の手がそえられたそれは、まだどこか子どもっぽさを残した、愛のよく知る泣き顔だった。

「ありがと…里沙…ちゃん…。いつも…あーしの…わがまま…きいて…くれて…」

掠れ、途切れがちになる愛の声に、里沙は無言で首を横に振る。
そして、愛の手をそっと下ろさせると、優しく握る。
愛の手が触れていた頬には、赤い跡が残っていた。

「ごめん…汚し…ちゃったね…」
「ううん、そんなこと気にしないでよ」

自分の血で赤く濡れた手が、今度は里沙の手を汚していることに気付き、愛は小さく謝る。
だが、それ以前に、自分を抱きとめた里沙の体はとっくに愛の血で真っ赤だということを思い出し、申し訳なさと苦笑が湧き上がる。
こうして膝枕をしてくれている今も、愛の体から新たに流れ出る赤は、里沙を濡らしていた。


「じゃあ……そろそろ……行くね」

急速に暗さを増し始めた視界の中、里沙の顔に向け、愛は力なく微笑む。

「里沙ちゃんの…こと……里沙ちゃんが…くれた…想い出……あーし…絶対…忘れん…から…」
「私も……私も忘れないよ、愛ちゃんと過ごした大切な時間。一つ一つの想い出。絶対に……忘れない。絶対」

じゃあ安心だね。
里沙ちゃんの絶対は絶対だもんね。

笑顔を浮かべて言ったそれは、もう声にはならなかった。

「あり…がとう……大好き…だよ……里沙…ちゃん……」

最後の力を振り絞って言葉にしたそれも、空気を震わせることができたかどうかは愛には分からなかった。
だが、それに応えた里沙の声は、はっきりと聞こえた。


「私もだよ、愛ちゃん」


涙と血で濡れた顔に幸せそうな微笑みを浮かべ、愛は静かに目を閉じた。