(59) 29 名無しスイートデビル



泉はバックステップをし、愛を庇うように前に出て再び構えをとる。
井坂は落ちていたナイフを拾いニヤリと笑って刃を泉に向けながら近づいてくる。
「逃げて、早く、逃げて!もう私の目の前で誰も殺させない、傷つけさせない、誰も失いたくないの!!」

泉が叫ぶ。

泉の脳裏には時間を魔術で戻す前、自分を犯人から守って血まみれになった高取刑事、港で灯子が
『愛してる』と言いながら銃をこめかみに当てて引き金を引き、そのまま海に落ちた事が浮かんだ。

その様子が泉の背中にいる愛に伝わってきた。

「泉さん……」

「うるせえ!」


井坂が銃をぶっ放す。
空砲が泉の耳をつんざく。思わず構えをとき、肩をすくめてしまった。

「次の弾は入ってるぞ……」
うすら笑いを浮かべながらゆっくりと近づいた後、一気に井坂は泉にナイフを振りかざしながら向かってきた!
「死ねぇっ!」

「危ない!」

井坂が愛めがけてナイフを振り下ろした時、泉は間一髪で愛の小さな体を抱いて受け身を取った。
ゴロゴロとアスファルトを転がっている間、泉の腕から鈍い音が聞こえてきた。

「泉さん!」
ナイフで泉の半袖のシャツを切り裂かれ更にそこからは深くはないが切り傷があり、ポタポタと血が滴り落ちている。
「泉さん……」
愛は悲しそうな目で泉を見た。
そんな愛を見た泉は顔を痛みでしかめながらも笑顔を作った。
「大丈夫よ。いつものことだから」
「でも……」
泉は思った。
彼女がこんなに怖い目に合っているのに自分を心配してくれている。
彼女を信じて良かった。
見ず知らずの女の子だったけど悪い人じゃなかった。

泉は愛の頭を撫でて立ち上がった。
(これだけ騒げばもうすぐ警察が来てくれる、それまで私が井坂を食い止めないと!)

「今度は外さねぇぞ」

「はぁ、はぁ……」
右腕を押さえても血はまだ滴り落ちている。
泉の息が荒い。

「逃げて、早く……」

「嫌や……」

「もう、誰も死なせたくないの」
泉は稟として言い放った。
「死ねえっ!!」

「嫌やーー!!」

井坂がナイフを振り下ろした時、愛は泉を突き飛ばした。










最終更新:2011年08月15日 22:22