『やくそく。』


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「なんでよっ!!」

ガチャン、と食器が激しくぶつかる音と共に聞えた絵里の声。
滅多に声を荒げない彼女が怒っている。
さゆみは急いで病室の扉を開けたが、そこに居た絵里が今にも泣きそうな顔をしていた所為で声をかける事を躊躇った。

「二日延びるだけじゃない」
「そんなの嘘でしょ!絵里知ってるもん!そうやってもっと入院延ばすんでしょ!?」

幸い食事は済ませた後らしかった。絵里が感情に任せて強く机を押した所為で
今度こそ食器は白い床に落ちて音を立てた。
その音に驚いて思わず息を呑むと気配に気付いた絵里と目が合った。

「さゆ…」

気まずそうに目を逸らされる。絵里はシーツをぎゅっと握って唇を噛んだ。
こんな姿を見るのは久しぶりだ。
昔―絵里とまだ出会ったばかりの頃―は入院が予定より長引く度に泣きじゃくり、物を投げていたのだが
さすがに年齢を重ねるたびそれは減り、そしてリゾナントの仲間と出会ってからは滅多と起こらなかった。

「どーしたのよ絵里。珍しいね、怒鳴ってるなんて」

努めて明るい声で、いつもの調子で話しかけたがバツが悪かったのか絵里は目を合わせようとしない。

「さゆみちゃん、絵里ちゃんの着替え後二日分よろしくね。軽い貧血。大事をとってだから、心配しないで」

落ちた食器をトレイに乗せながら看護士が小声でさゆみに伝えた。

「すぐに先生来るから、どこも行かないでね」

優しい声でそう残し部屋を後にする。静寂が二人を包んだ。
――― 大したことないって。二日延びるだけじゃん。
平気な振りしてそう声をかけるのは簡単だった。だが今のさゆみにそれを言うことは躊躇われる。
絵里にとっての二日間がどれほど長いか。病院で過ごす一日一日がどれほど不安か。
出会ってもう10年近い。その気持ちは、痛い位理解しているつもりだ。

「調子悪かったの?」

ベッドの傍にあった丸イスに腰を下ろした。顔色も悪くない。点滴だっていつものやつだ。
大事をとって、その言葉に間違いはないようだ。

「悪くないもん。元気だもん…」

ベッドに備え付けられているテーブルに突っ伏した。

「明日着替えもって来るね。赤いチェックのパジャマ、乾いてるから」
「持ってこなくていいよ。絵里今日帰るもん」

くぐもった声は震えていた。

「絵里…」
「帰るもん!!帰るんだってばっ!!!!」

ドン、と拳でテーブルを叩いた。部屋が揺れた様な気がした。
どうしようもないことは絵里自身が一番分かっている。だからこそ、この感情をどこにぶつければいいのか分からない。
絵里の腕はさゆみを求めた。さゆみはイスから立ち上がり絵里のしたいように体を預ける。
ぎゅう、と痛いほどの力で抱きしめられて、さゆみはどうしようもなく切なくなった。だから同じくらいの力で絵里の頭を抱きしめた。

「約束したんだもんっ!明日帰るねってみんなに言ったもん!絵里がチーズケーキ作るって
 愛ちゃんがお店に出してくれるって言ったもん。れいなだって材料買ってきてくれるって
 ガキさんも愛佳ちゃんも、小春もジュンジュンもリンリンも楽しみにしてるって…!」

さゆみのお腹に顔を押し付けながら、絵里は喚いた。涙でいっぱいの、そして震えた声で。

「それから、さゆと約束したもん…今日はクレープ買って帰るんでしょ…、一緒に、食べたいよぉ…」


明日生きられるか分からない絵里にとって、約束がどれほど大切なものか、それはきっとさゆみの想像を遥かに超える。
でもその約束が、明日を生きるための目印になっている事は知っている。明日の約束を守ること。絵里はそれを大事に胸に抱き眠るのだ。

あの日、屋上で青空へ飛び出してしまいそうな絵里に、約束を取り付けた。
明日またこの屋上に一人で来てしまわないように。さゆみはしっかりと絵里の手を掴んだ。

明日は絶対クレープ食べようね
明日は面白い絵本もって来るね
明日は絵里の好きな本をさゆみに教えてね
明日はこっそりお菓子もって行くね
明日は、あしたは…



だから絵里は。ワァァァァと、迷子になった小さな子どもみたいに声を上げて泣いた。

「明日も絶対来るよ、絵里。予定は変更。中庭に行こ。ね、何しよっか」



絵里が生きる目印を見失わないように。
絵里の約束が果たせぬ日が来ぬように。
絵里が明日もわらっていられるように。

時々弱虫になる絵里をさゆみは守らなくちゃいけないの。
明日も明後日もずっとその先も、さゆみは約束を守るよ。

明日の約束をすることがさゆみの約束
明日の約束を守ることが絵里の約束



寝癖で跳ねた頭に鼻先を押し付けて、さゆみは精一杯の弾んだ声で絵里に明日の約束を取り付けた。




ちょっと真面目で懐かしい感じ、でした。
もうちょっとスマートに書けたら…と不完全燃焼ですが上げさせていただきます。

9期設定にも夢中になるけど、やはり、ふと原点に戻りたくなります
とりあえず形が変わってもリゾナンターは大好きだということです。